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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第71話:相対戦=第三戦その9=
作者:蓬莱   2016/05/15(日) 23:17公開   ID:.dsW6wyhJEM
互いに覚悟完了した銀時とランサーによるセイバーとの死闘がさらに激しさを増そうとしていた頃、アインツベルンの森を駆け抜ける一台の車があった。

「くっ、もっとスピードは出ないのか!! もう闘いは始まっているのだぞ…!!」

そして、その車中において、助手席に座る桂は運転席に座る近藤にむかって普段の彼らしからぬほど声を荒げながら急かした。
先の相対戦第二戦終了後、葵の折檻を受ける時臣と綺礼を置き去りにした桂達は相対戦第三戦に挑む銀時を応援する為に、葵から借りた車でアインツベルン城へと向かっていた。
だが、アインツベルンの森へと差し掛かったと同時に、連絡要員として派遣していたアサシンのトランプカードから桂達に伝えられたのは、銀時と同じ陣営である筈のセイバーが突如として乱心を起こしたという衝撃の凶報だった。
この予想外の事態に対し、桂達は思わぬ窮地に陥った銀時を救うべく、アインツベルンの森の山道をひた走りながら、アインツベルン城を目指していたのだ。

「無茶言うな、桂!! 道路ならともかく、山道じゃこれで精一杯なんだよ!! それと仮にも警察官に交通違反させんじゃねぇよ!!!」
「…っ」

だが、一刻も早く銀時を救いたいと願う桂に対し、近藤から悪態混じりの言葉と共に返ってきたのは“現状”が精一杯という重い現実を突き付けるモノだった。
確かに、近藤の言うように、満足に舗装されていない山道を今よりも速度を上げて走るのは余りにも無謀だった。
これには、さすがの桂も何も言えないまま、無力な自分を責めるような歯痒い表情を浮かべながら押し黙るしかなかった。

「…俺だってお前の気持ちは分からねぇわけでもねぇさ」

とはいえ、銀時とは浅からぬ縁のある近藤としても、普段の彼らしからぬ行動を取ってしまうほど親友の身を案じている桂の気持ちは痛いほど理解していた。
仮に、近藤が同じ立場であったならば、後先考える事無く、葵から借りた車を廃車寸前にしてでも窮地に陥った友を助けに向かっていただろう。
しかし、後に下されるであろう葵の筆舌しがたい凄惨な制裁以外で、今の近藤達には、いつものように友の為に無謀な行動を取る事ができない理由があった。

「だけど、それで、イリヤちゃんや凛ちゃんを危険な目に合わせるわけにはいかねぇだろ」
「…確かにその通りだな」
そして、桂と自分自身を納得させるべく、近藤はこの車中にはイリヤと凛も共に同乗している事を言い聞かせるように指摘してきしてきた。
これには、さすがの桂も何も言い返す事もできずに、ただ不承不承納得するように重々しく頷くと、先の一件―――イリヤと凛の同行についての事を思い返した。
実は、先のセイバー襲撃の一報が近藤達の元に届いた際、その場に居たイリヤがアインツベルン城へ向かわんとする近藤と桂に同行を言い出してきたのだ。
さすがに、近藤も桂も子供を危険な戦場につき合せる訳にはいかないと渋っていたが―――

“自分には何もできないのかもしれない…”
“それでも、私の大切な友達を、銀時とセイバーを助けに行きたい…!!”
“大切な人だから…キリツグを止めたいの…!!”

―――そう涙を零しながら必死に訴えるイリヤを前に何も言えなかった、何も言える訳が無かった。
なぜなら、近藤も桂も否応なしに分かっていた―――自身が同じ立場であったならば、絶対にイリヤと同じ行動を取っていた事を。
結局、近藤と桂もイリヤの必死の懇願に折れるしかなく、イリヤと相対戦第二戦における恩を返したいと申し出た凛も加えて、アインツベルン城へ目指すことになったのだ。
とここで、近藤と桂はお互いにさり気無くバックミラーに視線を向け、後部座席に座るイリヤスフィールと凛の様子を案ずるように伺った。

「キリツグ…何で…どうして…」
「イリヤ…」

そこに映っていたのは、隣に座る凛に慰めるように身体を支えられながら、顔を俯いて涙が止まる事無く溢れるかのように泣きじゃくるイリヤの痛ましい姿だった。
イリヤにとって、銀時やセイバーは聖杯戦争で冬木市に赴くまでの間、NCA砲作りや捕獲した狼で独立形態のセイバーとの犬ぞりレース、アイリスフィールやメイド勢を含めたアインツベルン城の一同による雪合戦(切嗣とアハト翁は留守番で不在)など、何かにつけて自分と遊んでくれた大切な友達といっても過言ではなかった。
その大切な友達である銀時とセイバーが、同じくらい大切な父親である切嗣の謀略で殺し合わされているのだから、絶望の淵に叩き落されたイリヤの胸中は察するに余りあるモノだった。

「案ずるな、新リーダー。あの銀時がそう簡単にリーダーのお父上の思い通りに事を運ばせんよ」
「ヅラぁ…」

故に、同じく銀時の友として、桂は大切な者を失いかねない状況に絶望するイリヤを優しく励ますように断言した。
確かに卑劣さと非情さを省みなければ、切嗣の策は“友”や“仲間”を見捨てる事のできない銀時の情の厚さを見事に狙い撃ちした極めて的確で有効なモノだった。
事実、銀時の友の一人である桂自身、友の窮地を救う為に自身の身さえ省みない銀時の危うさを誰よりも見てきたし誰よりも理解していた。
だが、それと同時に、桂は銀時と共に幾重にも及ぶ死線を潜り抜けてきた間柄であるからこそ、切嗣が唯一にして致命的な欠点を見落としている事にも気付いていた。
そう、護るべき大切なモノを救うためならば、銀時は如何なる逆境をはねのけるほどの力を発揮できる事を…!!

「その通りだぜ、嬢ちゃん。あの万事屋がそう簡単にくたばるかよ」

だからこそ、銀時と腐れ縁の中である近藤も普段は警察とテロリストである立場上、互いに反目する桂の言葉に珍しく同意するように言い切った。
そして、イリヤと凛の座る後部座席へと顔をむけって振り返った近藤は泣きじゃくるイリヤを宥めるように豪快な笑みを見せようとした。
しかし、それがいけなかった。

「なんせ―――ドン!! ドン!!―――うぉっとっ!?」

次の瞬間、“俺の恋敵だからよ”と某キャバ嬢が耳にすれば即殺級の戯言を言い出しかけた近藤の耳に飛び込んできたのは、まるで肉の塊がぶつかったような二つの鈍い衝撃音だった。
突然の事態に、ほぼ反射的にブレーキを思いっきり踏み込む近藤であったが、ふと車内全体を覆い尽くすような不穏な空気を感じ取った。
思わず、何事かと車内を見渡す近藤であったが、自分を除く全員が口を大きく開ける程に愕然とした表情で前方を凝視している事に気が付いた―――まるで、見てはいけないモノを目の当たりにしてしまったかのように。
そして、何より問題だったのは、その二つの衝撃音が、近藤自身が嫌というくらい聞き慣れてしまうほど身を以て味わってきたモノと似通っている事だった。
―――いやいや、きっと猪とか鹿とかに決まっているよね?
―――こんな山道だから野生動物の一匹や二匹ぐらい飛び出してくるもんだよな。
―――だから、絶対に、絶対に俺の気のせいだよな、おいっ!!
そう内心で願いつつも拭いきれない悪寒を抱えたまま、近藤は全身から嫌というほど冷や汗を噴き出しながら、恐る恐る自分が撥ね飛ばしてしまったモノへと視線を向けた。
果たして、この後の展開をほぼ確信せずにはいられない近藤の目に飛び込んできたのは―――

「「…」」
「う、嘘だろぉおおおおおおおおおおお!! つうか、何がどうなってそうなるんだよぉ!?」

―――某有名探偵映画の被害者の如く、下半身をさらけ出しながら上半身が地面に突き刺さったように埋まっている被害者と思しき二人組の男の哀れな姿だった。


第71話:相対戦=第三戦その9=


そんな警察官から犯罪者にクラスチェンジしようとしているゴリラの悲痛な叫び声がアインツベルンの森全体に轟かせていた頃、時を同じくして、アインツベルン城では覚悟完了した銀時とランサーによる反撃の狼煙が上がろうとしていた。

「ランサー、合わせろ!!」
「そっちもね、銀時!!」
「がぁあああああああああああああ!!」

それまで守勢から攻勢に転じた銀時とランサーは互いに軽口を叩き合いつつ、セイバーの元へと駆け抜けるように攻め込んだ。
これに対し、セイバーも迫りくる銀時とセイバーに臆することなく、逆に二人の気迫に飲まれまいと果敢に立ち向かっていった。
そもそも、切嗣が令呪によってセイバーに下した命令は“銀時の殺害”。
加えて、如何に二人掛かりとはいえ、まともに共闘したことの無い銀時とランサーがそうそうにうまく連携が取れるとは到底思えなかった。
事実、両者共にタイミングを合わせるように口にしながらも、銀時がランサーより数歩先に先行している有様だった。
故に、セイバーは標的である銀時に狙いを定めると、先の怪我による影響で反応が遅れている銀時の左腕の側へと回り込むように近づいて行った。
そして、まんまと銀時の左側面に接近したセイバーは自身の腰に差した小太刀を抜き放ち、無防備同然に晒された銀時の脇腹を刺し貫かんとした―――自身にとって致命的ともいえる二つの見落としに気付かないまま。

「甘いっ!!」
「っ!?」

その事を示すかのように、セイバーの小太刀が銀時の脇腹を突き刺す寸前、足音さえも置き去りにするほどの速さで駆け抜けてきたランサーが間髪入れずに割り込むや否や、相手を気圧すほどの一喝と共に突き出された盾によって阻まれてしまった。
この神業じみたランサーの援護防御を前に、思わず驚愕するセイバーであったが、瞬時に大剣を構えたランサーが追撃に転じんとしているのを察し、距離を取るべく後退せんと試みた。
確かに、未だに理性を失っても直、ほぼ的確に状況を把握しつつ敵の急所を狙い突けるほど発揮された、セイバーの剱冑として培われた戦闘経験は見事なモノだった。

「けど、最速の称号は伊達じゃないわよ、セイバー」

ただし、地上に於いてならば、セイバー自身が有する“磁気・加速”と“辰気・加速”に勝るとも劣らず、たかが数歩分の距離ならば瞬時に詰められるランサーの機動力を見落としていた事を除いてはだが…!!
そもそも、マティルダに宛がわれたクラスである“ランサー”は敏捷性や運動性能に秀でた英霊に配置される事から“最速のサーヴァント”と称されているのだ。
無論、マティルダもその例に漏れず、バーサーカーや覇道神達のような規格外の存在を除けば、他に追随を許さないほどの高い敏捷性を有していた。
故に、ランサーの機動力を以てすれば、たかが数歩分の距離を刹那の内に縮める事などケイネスの毛根を根絶やしにするのと同じくらい容易い事だった。
そして、もう一つ、セイバーにとっての致命的な見落しとは―――

「お見事ってか」
「当然よ」

―――自身が銀時を仕留める好機と思い込んだ隙そのものが、銀時とランサーがセイバーを接地戦に持ち込む為の罠である事だった!!
そもそも、セイバーの本領をもっとも発揮できるのは、関鍛冶特有の高い旋回性能が肝となる空戦技術を活かした騎航戦にあるのだ。
無論、セイバーの仕手である銀時はもちろん、倉庫街の一件でセイバーと闘ったランサーも騎航戦のような空中での戦いに於けるセイバーの脅威は充分に承知しており、先のセイバーとの打ち合いの中で身に染みる程思い知らされていた。
故に、空中戦ではセイバーに太刀打ちできない銀時は考えた――自らを囮とすることで、標的である自分を狙うセイバーを惹き付けて、自分達にとって有利な地上戦に持ち込む事を。
故に、空中戦ではセイバーにやや劣るランサーは考えた―――セイバーが優先的に銀時を狙う事を利用し、銀時への援護防御が間に合うギリギリの距離を保ちつつ、ワザとセイバーが攻め易い隙を作る事を。
そして、これらの策が功を奏し、銀時とランサーは正気に見せかけた罠に飛び込んできたセイバーを自分達の土俵である地上へと引きずり込んだのだ。

「逃がすかよ…!!」

そして、今、極限まで研ぎ澄まされた銀時の双眸は思わぬ反撃に後退せんとするセイバーの姿をはっきりと捉えていた。
恐らく、セイバーとしては、一旦、距離を取りつつ、自身の本領を発揮できる空中へと跳びあがるつもりなのだろう。
無論、銀時もそれを許すほど甘くなく、距離を取らんと後退するセイバーを追撃せんと木刀を構えた。

「ほわたぁああああああああ!!」
「―――っ!!」

次の瞬間、これまでの守りから攻めに転じた銀時は気迫を込めた雄叫びを上げながら、空中へと飛び立つ寸前のセイバーに向かって木刀を勢いよく突き出しながら突進した。
本来ならば、一直線に向かってくる銀時にカウンターを合わせて反撃するなり、“磁気・加速”や“辰気・加速”で空へ回避するなど、セイバーにも幾つか対処しようがあった。
だが、当のセイバーは銀時の攻勢に手を打つどころか、迫りくる銀時を前にして気圧されたのか、指先一本動かせないまま、大蛇に睨まれた蛙のように身体を竦ませているだけだった。
確かに、セイバーは心のタガが外れてしまった事で理性を失った代わりに、銀時とランサー二人を同時に相手できるほど、自身の力を限界まで引き出していた。
しかし、その反面、相手の圧倒的な気迫や殺気に対して、セイバーの本能が過剰なほど反応してしまうというデメリットまで背負ってしまったのだ。

「そこだぁああああああああ!!」
「っぐぎげぇ…銀、時ぃ…!!」

そして、銀時の突撃による加速が上乗せされた木刀の刺突が身動きの取れないセイバーの胸に目掛けて杭打機のように激しく打ち込まれた。
辛うじて、セイバーの心臓にあたる心鉄にまで及ばなかったものの、その強固な胸部甲鉄には次々と大きな皹が駆け抜けるように走っていた。
この銀時が叩き込んだ強烈な一撃を真っ向から受けたセイバーは獣じみた悲鳴を上げると同時に、耐え難い痛みに悶絶するかのように動きを止めてしまった。
当然の事ながら、銀時がこの絶好の勝機を見逃す筈が無く、更なる追撃の一手に打って出た。

「ぉおおおおおおおおおおおお!!」
「…がぁ!!」

さらに、銀時は木刀の柄を右手で固く握りしながら、身動きの取れないセイバーに木刀を強引に押し込むように前へ前へと前進していった。
気迫の雄叫びを上げる銀時が一歩一歩突き進むたびに突き立てられた木刀が楔のように打ち込まれ、セイバーの胸部甲鉄に次々と根が張り巡らされるかのように罅割れ始めようとしていた。
このまま、銀時の追撃を受け続ければ、如何に頑丈な胸部甲鉄といえども致命的な損傷になり得るのは目に見えていた。
少なくとも、常のセイバーならば、これ以上のダメージを避けるべく、即座に後退するか騎航するなりして回避した上で、損傷した胸部甲鉄の復元に徹していたであろう。

「げぁああああああああああああああああああああ!!」
「んなっ!?」

だが、この時、セイバーは安全策に徹して後退するどころか、逆にこちらに向かってくる銀時を捕らえんと自ら前へ前へと突っ込んできたのだ。
もし、ここで突き立てられた木刀を引き抜かんとセイバーが後退すれば、勢いに乗る銀時の更なる追撃によって押し切られるのは火を見るより明らかだった。
その上、仮に上空に撤退した上で、損傷した胸部甲鉄を復元しようにも、この展開に至るまで大量の魔力を消耗してしまった結果、セイバー自身が現界する為の魔力さえも使え切りかねないほど危うい状態だった。
そう、一見すれば、安全牌に思える後退という受け身は、セイバーの勝機を完全に潰えさせる致命的な地雷に他ならなかったのだ。

“ならば、攻め続ければ良い…!!”

故に、無意識のうちにそう感じ取ったセイバーは罅割れかかった胸部甲鉄が砕け散る事さえ厭わずに真っ向からの突撃を敢行した。
―――もしも、銀時が突き立てた木刀を手放して後退しても、相手の得物を奪いつつ、敵の気勢を大幅に削ぐことができる。
―――また、銀時が破れかぶれに突っ込んできたとしても、その瞬間に鋼糸で雁字搦めにして、そのまま、自身にとって優位な戦場である上空へと飛んでしまえばこちらのモノ。
―――故に、その過程で己の身がどれだけ傷つこうとも構わない。
―――どちらに転ぶにせよ、この劣勢を覆しつつ、相手の骨を断ち切る一手となる事だけは確実なのだから…!!
もはや、一手でも誤れば敗北確定という絶体絶命の状況に加え、圧倒的な力の代償に課せられた理性の消失。
そんな諸々のハンデを力技で覆さんと、文字通りの“肉を切らせて骨を断つ”という保身無き攻勢に勝機を本能的に見出したセイバーの底力は見事としか言いようが無かった。

“やべぇ…!!”

そして、この時点において、それを誰よりも感じ取っていたのは、セイバーの反撃によって窮地に追い込まれた銀時自身だった。
事実、当の銀時からすれば、どちらを選んだところで、自分が不利になるのが確定というとんでもなく理不尽極まりない最悪の選択を突き付けられたのに等しかった。
それほどまでに、このセイバーの繰り出した起死回生の一手は、銀時の優位を一転して劣勢に覆すに足るモノだった―――ある一点を除いてだが。

「…まぁ、やるしかねぇよな」

やがて、ほぼ刹那の逡巡の後、ある種の覚悟を決めたかのように呟いた銀時は意を決して足を一歩前へ力強く踏み出すと同時に、迫りくるセイバーに向かって自ら飛び込んでいった。
傍目から見れば、この土壇場の窮地に立たされたことで、焦りの生じた銀時が破れかぶれに突っ込んできたようにしか見えなかった。
むろん、セイバーも待ち構えていたと言わんばかりに銀時を拘束するための鋼糸を両手から網目状にして放たれた。
やがて、セイバーによって無数に放たれた鋼糸が飛び込んできた銀時の身体を絡め取らんとした瞬間―――

「―――甘いっ!!」
「げぇえ!?」

―――ランサーの一喝と共に振り下ろされた大剣の一撃によって母衣諸共全て断ち切られる形で阻まれてしまった。
確かに、自身の損傷を厭わずに乾坤一擲の一撃を以て勝機を見出さんとしたセイバーの決断に誤りはなかった。
だが、それと同じくして、ランサーも、また、必ず仕掛けてくるであろうセイバーの反撃に対する銀時への援護と空中という逃げ場を封じる為にセイバーの母衣を破壊する機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
そして、先の太刀合いに於いて、ランサーとの連携を為した銀時が攻撃の機を窺うランサーの事に気付いていない訳が無かった。
事実、セイバーが反撃した際に、銀時が自殺行為同然の無謀な突撃を仕掛けたのも、セイバーの目を自分に向け続けさせる事で、攻勢に転じるタイミングを見計らうランサーの存在をセイバーの意識の外へと追いやる為のモノだったのだ。
もっとも、言葉にすれば極めて単純なように思えるが、いざ行動に移そうともそう容易く為せることではない。
もし、ランサーの援護が一秒でも間に合わなければ、銀時はなす術もなくセイバーによって間違いなく討ち取られていた。
さらに、セイバーに伏兵であるランサーの存在を少しでも気取られていたなら、セイバーは即座に攻撃を中断して上空に撤退していただろう。
文字通り、相手の動きを一挙手一投足まで予測できるほどの以心伝心の連携を以てしか成立しえない“神業”。

「お見事」
「そっちもね」

しかし、当の銀時とランサーは如何にサーヴァントの身であろうとも一朝一夕で容易く為し得る筈のない“神業”を、さほどのことは無いと言わんばかりの軽口を叩く程度に難なくこなしていた。
もしも、この場に切嗣が居て、セイバーに理性があったのならば一つの疑問が生じていただろう―――“なぜ、敵同士である筈の銀時とランサーが、ここまでセイバーを翻弄するほどの連携を取る事ができるのか?”と。
事実、これまでの闘いの中で、銀時とランサーは互いに刃を交えたことは有れども、一度たりとも共闘したことは無かった。
無論、理性を失ったままとはいえ、極限まで力を研ぎ澄まされたセイバーがそう簡単に後れを取る事などあり得ない。
では、何故、ほぼ急造コンビ同然の銀時とランサーが普段以上の力を発揮しているセイバーを追い詰める程の連携を取る事ができるのだろうか?

“だけどな…”
“けどね…”

だが、そんなつまらない疑問など、実際に刃を交えた銀時とランサーから言わせれば愚問以外の何物でもなかった。
文字通り、一手でも過てば即死という壮絶な一騎打ちに於いて、幾度も死線を乗り越えてきた銀時とランサーは互いに限界を引き出し合いながら、己の全身全霊を絞り尽くすほど闘い抜いた。
そう、互いの動きや太刀筋は愚か、相手が何を考えているのかさえも、心だけでなく身体そのものが理解するほどに…!!
故に、己の心と肉体にしっかりと焼き付いた相手の思考と動きを元に行動した結果、銀時とランサーは一言も言葉を交わす事もなく、“神業”の如き連携が取る事ができたのだ。

「ま、オメェらには一生分からねぇかもしれねぇけどな」

もっとも、愚痴をこぼす銀時の言うように、“闘い”を悪しきモノとしか捉えられないセイバーや切嗣には断じて理解できない境地だろう。
確かに、切嗣やセイバーの言うように、誰が何と言おうとも“闘い”が“悪”であることには間違いないだろう。
しかし、例え、“闘い”そのものが“悪”だとしても、その“闘い”の中で生まれるモノも“悪”なのだろうか?

「だからこそ、私達はこうして共に闘えている」

事実、この聖杯戦争に於いて、ランサーは互いに全力で戦い合う中で生まれた数多のモノを幾つも見てきた。
―――己の譲れない“信念”を背負いながら、心の底から“拳”と“拳”で語り合ったランサーと真島。
―――一度は敵として対峙し壮絶な逃走劇の末に、“師弟”としてではなく、“友”としての契りを新たに結んだ時臣と綺礼。
―――さらに、ランサー自身も、銀時と互いの命を懸けて全力で刃を結んだ事で恐るべき強敵すら押し返せるほどの連携を為す事ができた。
一度はバーサーカーの処遇を巡って、擁護派と討伐派として対立した両者であったが、相対戦の中でより決して断ち切る事のできない鋼のような友誼の交わりを結んできた。
そして、そんな銀時達の闘いは普通ならば目を背けるような壮絶な闘いにも関わらず、多くの人を惹きつけてやまない“輝き”が存在していた。
それは、切嗣の語る“闘争”という絶対悪によって生み出される負の産物―――“流血”や“死”とはまったく異なるモノだった。
そう、それこそ、互いを認め合った上で、相手と向き合って本気で闘い抜くからこそ生まれる“命の輝き”の一つ―――かのライダーの掲げる“絆”に他ならなかった。

「ぐぎぃいいいいいいいいいいいいいい…!!」

一方、そんな銀時とセイバーが見せつけた“絆”を前に、セイバーは理性を失っているにもかかわらず、明らかに苛立ちと不快感をあからさまに含んだ敵意の眼差しを叩き付けるように返した。
確かに、銀時達の示したように、闘いそのものが“悪”であろうとも、互いに闘い合う事で生まれる“絆”があるのも一つの事実なのだろう。
だが、“善悪相殺の誓約”という業を背負ってまで全ての闘争を根絶せんとしたセイバーからしてみれば、闘いを肯定するかのような事実を到底受け入れる訳が無かった。
“認められるかっ…!!”―――そう啖呵を切るかのように叫ぶと同時に、セイバーは決して浅くはない手傷を負っているにも関わらず、対峙する銀時とランサーにむかってなりふり構わずに斬りかかった。
ただ、令呪によって切嗣に命じられたからだけではなく、自身の存在意義さえ否定せんとする者達を一刻でも早く目の前から消し去るべく…!!

「ったく、完全に頭に血が上っていやがるな、セイバーのヤロー…」
「まったく、極端に頑固というか捻くれ者というか…」

もっとも、当の銀時とランサーは見る者の心を恐怖に駆り立てる程に猛り荒ぶるセイバーと対峙しながらも一切動ずることなく、逆に呆れ交じりの言葉をため息とともに洩らすほどに落ち着いていた。
確かに、如何に深手を受けたとはいえど、セイバーの力は未だに衰えるどころか、感情を爆発させたことで先程以上に増しており、直撃すれば一撃で相手を絶命させるだけの暴威を宿していた。
しかし、先の攻防戦で見せつけた闘いぶりと比べれば、今のセイバーが撒き散らす“力”そのものは脅威であるものの、その力任せに振るうだけの太刀は英雄の“武”としては余りにも無様なモノと成り果てていた。
皮肉なことに、理性の消失と感情の爆発により純粋に力を増した反面、セイバーが有していた英霊としての技量を大きく削ぎ落としてしまったのだ。
故に、今の銀時とランサーにとって子供のチャンバラごっこにまで堕ちたセイバーの太刀を見切るなどアーチャーにツッコミを入れるよりも容易い事だった。
そして、己の得物を構えた銀時とランサーは、烈風の如く太刀を振り回しながら迫りくるセイバーに臆することなく―――

「「だったら、そんな鈍刀で俺(私)達の首、取れるもんなら取ってみやがれぇ(みなさいよぉ)―――!!」」

―――荒ぶる悪霊同然に成り果てたセイバーの凶行を止めるべく真っ向から立ち向かっていった。



そして、アインツベルン城にて繰り広げられた激闘に次ぐ激闘の相対戦第三戦もいよいよ終盤を迎えようとしている頃―――

「嘘だろぉおおおおおお!! 嘘だと言ってよ、トッシぃいいいいいいいい!!」

―――アインツベルンの森では、運転中に被害者二人を撥ね飛ばして地面に突き立てたという交通事故をやらかした事で人生の窮地に立たされた近藤の絶叫が天高くにまで轟いていた。
何しろ、人気が無い森と油断して前方不注意をやらかした結果、ほぼ有罪確定な人身事故をやらかしてしまったのだから、近藤が某機動戦士じみた台詞を口走るほど動揺するのも無理からぬ話だった。
さらに言ってしまえば、よりにもよって真選組局長が交通事故を起こしてしまったのだから、警察の不祥事的な意味でも近藤の罪の重さは冗談で済まされるモノではなかった。
もっとも、この世界に於ける近藤の立ち位置はあくまで、凛の召喚した使い魔という名のゴリラではあるので、警察の不祥事としては無問題ではあるが。

「「「…」」」

とその最中、近藤よりいち早くショックから立ち直った桂達三人は互いに無言で目を配らせるや否や、徐にドアノブや座席など丁寧にハンカチで一斉にふき取り始めた。

「そっちは大丈夫か、新リーダー、髪の毛一つ残せば厄介なことになるぞ」
「うん、そうだね…ちょっと、凛、そこも触ったでしょ!!」
「あ、本当だ!? うっかり忘れるところだったわ、イリヤ」

まるで大掃除をするかのように車内を隅々までふき取りつつ、髪の毛や糸くずなどの塵を処理していく桂達。
そして、数分後、自分達が触れたと思しき所をふき取り終えた桂達は未だにショックから立ち直れずにいる近藤を残して車から降りっていった。
無論、自分達の指紋を残さないように、ハンカチでドアノブを慎重に掴みながら。

「ど、どうしたんだよ、皆?」
「「「…」」」

やがて、桂達の突然の行動に近藤が訳も分からずに茫然とする中、車から降りた桂達は唯一人車内に取り残された近藤へと視線を向けた。
後に近藤はこの時の桂達が自分に向けた目についてをこう思い返していた―――“まるで、これから殺処分されることが確定したゴリラを憐れむような目だった”と
そして、次の瞬間、桂達の告げた言葉によって、近藤は声を上げる事すらできなくなるほどの衝撃を受けることになった。

「お前とは長い付き合いだったが、こんな形でしばしの別れが訪れようとは…」
「動物園に帰っちゃうんだね…可哀想…」
「グスっ…ちゃんとおいしいバナナ持って行ってあげるからね、近藤さん」
「…待て待て待て待て待てぇええええええ!!」

“後の事は任せて、お前(あなた)は安心して捕まってくれ(ね)”―――そんな考えが見え見えな桂達の言動と今の自分の状況に対し、なけなしの思考力が回復した近藤は桂達が何をしようとしているのかようやく気付いた。
そう、この車に自分達が同乗していた痕跡全て抹消した上で、桂達が自分一人に全ての責任を押し付ける腹積もりだという事に―――!!
既に車内に存在していた桂達の指紋は全てふき取られている上に、夜の森の奥地故に自分達以外に目撃者はいないという状況。
もし、ここで、桂達が“自分達は車に乗っていない”と口裏を合わせれば、全ての罪を近藤一人に押し付ける事など不可能ではなかった。
そして、元々敵対関係に有った桂はもちろんの事、凛やイリヤにとっても銀時の窮地という一刻を争う事態である以上、警察を敵に回してまで近藤を庇う理由など何処にもなかった。
故に、桂達は先程までの一体感は何だったのかと言いたくなるような手の平返しをぶちかましたのだ。
もはや、一種の清々しささえ感じるほどの外道振りを発揮する桂達であるが、そもそもの原因が近藤のわき見運転である以上、どう転んでも近藤の有罪はほぼ間違いなく確定なのだが。

「ふ、ふざけんじゃねぇぞぉおおおおおおお!! 待ちやがれぇ、桂ぁ!! つうか、何で、イリヤちゃんも、凛ちゃんもゴリラ扱いなの!? 本気で待って、お願いだから待ってくれよ、待っ―――すみません―――えっ!?」

とはいえ、余りにも薄情すぎる桂達の塩対応に対し、近藤も相変わらずのゴリラ認定なイリヤと凛へのツッコミを忘れずに入れつつ、抗議の声を叫ばずにはいられなかった。
しかし、既に“近藤は俺(私)達の心に生きているんだ”と割り切ったのか、桂達は近藤の叫びを完全に無視して、振り返る事無く森の奥へと進んで行った。
“もはや、俺には三食バナナオンリーな動物園の檻に還る以外の選択肢しか残されていないのか?”―――そんな絶望の未来を想像する余り、某魔法少女の如く、身も心もゴリラ化寸前となる近藤であったが、ふと淡々とした口調でしゃべる少女の声が耳に届いてきた。
そして、思わず驚きながらも声のした方向へ顔を上げた近藤が目にしたのは―――

「こんな所で何をしているのですか、近藤様? もしや、新手の求愛行為ですか?」
「どうして、そうなるんだよ…」
「というか、アレは無視して良いのか?」
「はっははははははは!! 相も変わらず、ホライゾン殿らしいな」

―――未だに地面に上半身が埋まったままの被害者二人もといアーチャーとメルクリウスに目もくれず、相も変わらずな毒舌スキル混じりの質問を口にするホライゾンと三者三様の反応を見せるアサシン、キャスター、ライダーの一行であった。
ちなみに、近藤は知る由もない事だが、先の人身事故の原因が、夜の山道を爆走する近藤達の自動車を発見したホライゾンがアインツベルン城までヒッチハイクすべく、車を止める為に全裸と変質者を突き飛ばしたことであるのはまた別の話である。



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