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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第72話:相対戦=第三戦その4=
作者:蓬莱   2016/12/31(土) 22:19公開   ID:.dsW6wyhJEM
アインツベルンの森にて様々な想いを抱きながら多くの者達が集いつつある一方、混沌の坩堝と化したアインツベルン城にて事態を収拾せんと奔走する者達もいた。

「くそ、やられた…!!」
「えぇい…!! こんな時に…!!」

現在、ウェイバーとケイネスはそれぞれ悪態を吐きながら、数多くの瓦礫が散乱した廊下を必死に走り抜いていた。
“セイバーによる銀時の襲撃”―――アラストールから齎されたその凶報を前に、ウェイバーとケイネスは事の重大さに耳を疑うほど驚愕すると同時に、事の元凶である切嗣の乱心に憤怒の表情を激しく顕にするほど激怒した。
当の銀時とランサーが自覚しているかどうかは不明だが、ウェイバーやケイネス達にとっては擁護派と討伐派の実質的なリーダーであり、ひいてはアーチャーとライダーと並んで六陣営同盟を要となる存在と言っても過言ではなかった。
もし、その銀時とランサーのどちらか、或いは両者がセイバーに討たれたなら、六陣営同盟そのものが瓦解するのは火を見るより明らかだった。

「早く止めないと…!!」
「ランサー…どうにか持ちこたえてくれ…!!」

故に、ウェイバーとケイネスはこの六陣営同盟瓦解という未曽有の危機を阻止すべく、今も銀時達が死闘を繰り広げているアインツベルン城の中庭に向かってひた走った。
そして、ウェイバーとケイネスは知る由もなかった―――数分後、雨の如く飛び散る鮮血と共に宙を舞う銀時の姿を目の当たりにする事になるのを…!!


第72話:相対戦=第三戦その4=


一方、ウェイバー達が到着する数分前、アインツベルン城での闘いもいよいよ終結にむかうべく、正真正銘の最後の攻防戦が繰り広げられていた。

「うぉおおおおおおおおおおお!!」
「はぁあああああああああああ!!」
「がぁああああああああああああぁ!!」

もはや、そこに、何人であろうとも、己が死を代償とする以外に介入できる余地など一切なかった。
疾風の如く迫りくる敵を圧殺せんばかりの気迫の咆哮を互いに叩き付け。
互いの刃が激しくぶつかり合うたびに、甲高い斬撃の音色と閃光の徒花を絶え間なく奏で咲き散らして。
それと同時に荒れ狂う台風の如き暴風と地震と錯覚するほどの衝撃波でアインツベルン城を半壊寸前まで追い込むまで叩き揺らしながら。
ただ、只管に三体のサーヴァント―――銀時とランサーとセイバーはいつ終わるやも分からぬままに己の残された渾身の力で刃を交え続けた。

「ほぁたぁああああああああ!!」
「はぁああああああああああ!!」
「がぎゃぁああああああああ!!」

片や互いに極限の闘いを繰り広げた中で紡いだ“絆”の力で以て、セイバーを救わんとする銀時とランサー。
片や切嗣の怨念を込めた令呪と己を呪縛し続ける妄執に突き動かされ、銀時を討たんとするセイバー。
それはまさしく、神代の世界で繰り広げられていたであろう英雄と怪物によって為されてきた、凄絶にして壮絶な闘争の再現だった。
そして、文字通り、龍虎相打つかのごとく、銀時達は残された力と信念を糧に一進一退の激闘を繰り広げていた。
―――しかし。

「ぎぃ…!! ぎぃ…!!」
「っと、さすがにバテてきたみてぇだな」
「でしょうね。こんだけ激しくやり合っているんだから」

この永遠に続くかと思われた銀時達の闘いも刻一刻と時を追うごとに徐々に両者の拮抗が崩れつつあった。
事実、仕切り直しを図るべく距離を取った銀時とランサーに対しても、セイバーは即座に銀時達を追撃できずに、太刀と脇差を杖代わりに辛うじて体を支える事しかできないまま、苦しげに息を切るほど死に体の有様だった。
もはや、誰の目から見ても明らかだった―――セイバーが闘うことすらままならぬほど衰弱しているのは…!!
元々、バーサーカーを除けば他のサーヴァントに比べて魔力の消耗が多い上に、今日に至るまで、セイバーは切嗣の令呪に抗う為に自身に蓄えられた多くの魔力を消耗していた。
さらに、セイバーが理性を失った事でバーサーカー同然と成り果て、銀時とランサーを相手取りながらの度重なる激闘が更なる魔力の消耗に拍車をかけていた。
その結果、セイバーは切嗣の魔力供給が追い付けないほどに消耗し、かろうじて現界できるほど死に体も同然に成り果てしまったのだ。
当然の事ながら、窮鼠猫を噛み殺すのを知り尽くした百戦錬磨の兵たる銀時もランサーも瀕死のセイバーの弱みを見過ごしてやるほど甘くも油断もなかった。

「“斧槍”…取り押さえるわよ!!」
「ぐっ、げぇえ…!!」

すぐさま、止めの一手を打たんと“騎士団”を発動させたランサーは、炎で形作られた重装甲の騎士達と共にセイバーに向かって覆いかぶさるように一斉に飛び掛かった。
無論、セイバーも数の暴力で襲い掛かってくるランサー達の攻撃を回避せんと試みるも、騎航に必要な母衣を断ち切られた上に、魔力切れ寸前では満足に動ける筈も無かった。
そして、狙いすましたかのように蹴り込まれたランサーの飛び蹴りがセイバーを地面にたたき伏せると同時に、迫りくる雪崩の如く重装騎士達が次々と覆い尽くすように倒れ込んだセイバーに圧し掛かっていった。
何とか振りほどかんとするセイバーであったが、魔力切れ寸前である以上、満足に力を発揮できる筈も無かった。
これでは、さしものセイバーもなす術もないまま、獲物を捕らえた蟻の如く覆い尽くす重装騎士達に抑え込まれるしかなかった。

“まぁ、これぐらいで良いかしらね…”

一応、ランサーとしては今までの鬱憤を晴らす事と万全を期す意味も含めた上で、セイバーの手足に槍を突き立てて地面に縫い付ける事も少しだけ考えていた。
しかし、銀時の左腕としての役目に徹する以上、ランサーは多少乱暴ながらも、もっとも穏便な方法でセイバーの動きを封じることにしたのだ。
そして、セイバーを行動不能に追い込んだランサーがようやく厄介事が終わったと心中で安堵のため息を漏らしした直後だった。

「がぁあああああああああああああ―――!!」
“マティルダ、避けろ…!?”
「やばっ…!!」

次の瞬間、セイバーの雄叫びと共にセイバーに覆いかぶさる重装騎士達の隙間から無数の糸が一斉に噴き出してきた。
この突然の事態に対し、アラストールは即座に警告を発するも時すでに遅く、噴き出された糸は重装騎士達ごとランサーの身体を絡め取るようにして雁字搦めに絡め取られてしまった。
すぐさま、ランサーは巻き付いた糸を引き千切らんともがくも、セイバーの甲鉄と同等の強度を有する鋼の糸を引き千切るのは容易な事ではなかった。
文字通り、ランサー達が蜘蛛の糸に囚われた獲物と化したと同時に―――

「ごぉおギャアああああああああああああああああああ…!!」
「んなっ!?」
「銀時ぃ!!」

―――剱冑としての姿から人間形態へと変化したセイバーが太刀を振りかざしながら驚愕する銀時へと地面を這うように襲い掛かった。
“やられた…!!”―――ここに至って、ランサーは心中で激しい後悔と憤りが入り混じった声を上げると共に、自身の油断が招いてしまった思いもよらぬ失策に気付いた。
あの時、重装騎士達に抑え込まれたセイバーは即座に無数の糸を吐き出し、ランサー諸共自身を押さえつける重装騎士達を縛り上げた。
それと同時に、ランサーと重装騎士達を糸でガチガチに固定した後、セイバーは剱冑形態から人間形態へと変化する事で、そこから生じた隙間からまんまと抜け出したのだ。
もはや、それは理性を失いながらも、銀時の抹殺という切嗣の命令を果たすべく、この絶体絶命の窮地においても最善策を導き出したセイバーの執念が為した“業”と呼ぶべきモノだった。

「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「…こいつは要らねぇよな」

だが、そんな咽喉が張り裂けるかの如くあらん限りの怨念に満ちた雄叫びを上げるセイバーの脅威を前に、銀時は臆する様子は一切ないまま、徐に得物である木刀を投げ捨ててしまった。
そして、無防備その物となった銀時は太刀を振りかざしながら迫ってくるセイバーを正面から受け止めるようにジッと見据えた。
確かに、傍目から見れば、憎悪と怨念に塗り固められたセイバーの表情は見る者全ての心を握り潰す悪鬼の形相そのモノと成り果てていた。
しかし、それでも銀時の目は畏怖すべき悪鬼の仮面に惑わされる事無くハッキリと見抜いていた―――

“救けて…銀時…”
「ああ、任せろよ」

―――必死に銀時を拒絶しながらも救いを求める幼子のように泣きじゃくるセイバーの姿を。
そして、そんなセイバーの声に応えるかのように、銀時は一切の迷いも無く、丸腰のまま、狂乱のままに襲い掛かるセイバーに飛び込んで行った。
周りから見れば、自殺行為としか思えない無謀を通り越した狂気の沙汰。
しかし、それでも、銀時は如何なる逆境であろうとも立ち向かうのだ―――救いを求める者の為に命を懸けて救け抜くという“鉄の信念”に誓って…!!

「―――さっさと正気に戻りやがれぇ!!」
「あ、う…!?」

故に、相手を討ち倒す為の武器は無用の長物であり、銀時が求めるのは狂気の檻に囚われているセイバーの心を解放しうる魂を込めた一撃だった。
次の瞬間、セイバーの太刀が振り下ろされる刹那より早く、銀時はその気迫に気圧されたセイバーの額に目掛けて、自身の思いを込めた渾身の頭突きを叩き込んだ。



一方、セイバーを解き放たんとする銀時の一撃が叩き込まれた時から数分前、刻一刻と混沌と化していく事態に対し、聖杯戦争の裏で暗躍してきた者達も動きださんとしていた。

「止むを得んか。我らも動くぞ」
「「「…!?」」」

“まさか、ここでっ!?”―――司令室のモニター越しに事の経緯を見計らっていた“首領”の口から徐に出た思わぬ言葉を前に、配下の者達は声に出さないモノの、そう心中で動揺せずにはいられなかった。
この“組織”が創設されてから今日に至るまで、“首領”は配下の者達に“僅かな切っ掛けさえ気取られぬように任務を遂行すべし”、“これに背きし者は即自害せよ”という二つの旨を厳命させていた。
なぜなら、“組織”の掲げる計画遂行のためには、聖杯戦争の根幹を知る御三家の内の二家だけでなく、この世界の神秘のほぼ全てを司っている“魔術協会”と“聖堂教会”を相手取らねばならないのだ。
もしも、この“組織”の存在を僅かにでも掴まれでもしたら、“魔術協会”と“聖堂教会”からの数多の刺客が送られてくることは必定。
そうなれば、この神秘を司る二大組織に勝利する事は出来ても、これまで“組織”が築き上げてきた計画そのものが破綻する事は火を見るより明らかだった。
そして、だからこそ、それを理解していた配下の者達も“組織”の存在を徹底して隠し通さんとする“首領”の徹底した隠密行動も当然の事として受け止めていた。
故に―――

「無論だ。今、ここで、奴らを失う訳にいかん。特にセイバーの片割れは決して、な」
「「「…」」」

―――この局面において、“組織”の存在を明かす事さえ厭わずに、セイバーの片割れである“銀時”を助ける事を優先せんとする“首領”の決断に絶句するほど驚きを隠せなかった。
確かに、“組織”としても計画の根幹そのものをぶち壊しかねないバーサーカーの討伐は最重要課題であり、それを為すには六陣営の総力を結集せねばならない事は“組織”全体の共通の認識だった。
もっとも、“首領”としては六陣営の総力を以てしても、バーサーカーを討伐できなければ次善の策を取る腹積もりであったが。

「…何か不服な点でもあるのか?」
「いえ、そんな事は…」

しかし、無尽蔵の魔力供給を有するキャスターや軍勢単位での戦闘を可能とするランサーとアーチャー、“首領”から未だに真価を発揮していないと目されているライダー、諜報及び暗殺に特化したアサシンに比べ、如何に最優のサーヴァントいえども、セイバーと銀時が他陣営のサーヴァントよりも幾らか見劣りしている事も否めない事は明らかだった。
しかも、片割れである銀時については、並のサーヴァントよりかは上である以外に特に見るべき特殊能力も宝具も持ち合わせていない、あくまで正規のサーヴァントであるセイバーの“おまけ”でしかないというのが配下の者達の共通認識だった。
だからこそ、配下の者達も、淡々としながらも拒否は許さぬ口調で問いかける“首領”に怯えつつも、“果たして、そんなおまけに、それだけの労力を割き危険を冒すメリットはあるのか?”という疑念を抱かずにはいられなかった。

「くかっかかかかかか…怖い怖い。」
「…」

もはや、この場に居る全ての人間の心を潰さんばかりに重々しい空気が司令室全体を満たさんとする中、唯一人、“首領”の協力者である老魔術師だけは不気味な哄笑と共に人外じみた笑みを溢していた。
この老魔術師のあからさまな煽りに対し、“首領”は表情一つ変えぬまま、沈黙こそ保ったものの、老魔術師に向ける視線がありありと語っていた―――“羽虫風情の相手をしている暇はない”と
しかし、当の老魔術師は“首領”の侮蔑混じりの視線すら意にかえすことなく、“首領”のらしからぬ行動を質すようにさも愉快気に平然とこう問いかけた。

「しかし、お主にしては少々珍しいのう。あの銀時というサーヴァントやらに何かとご執心のようじゃが?」
「…っ!?」

次の瞬間、老魔術師の問い掛けを前に、“首領”は表情野こそ出さなかったものの、内心で驚愕している事を示すかのようにカッと目を大きく見開いてしまった。
確かに、“首領”もウェイバーやケイネスと同じく、六陣営同盟の要として銀時の存在を重要視していたのは事実だ。
だが、柳洞寺の一件に於いて、銀時達の前に姿を見せる必要が有ったかと問われれば、常の“首領”が返す答えは“否”であろう。
如何に“組織”の存在が明るみに出ていないとはいえ、“組織”の存在を勘付かれるような真似だけは絶対に避けるべきだった。

“だが、あの時、我は…!!”

しかし、そうであるにも関わらず、あの一件に於いて、“首領”は他愛もない事で言葉こそ少なかったとはいえ会話まで交してしまった。
しかも、それだけではなく、わざわざ、自分が敵である事を暴露する事も構わず、銀時に対して、明らかな“殺意”まで向けるという大きな過ちを犯していた。
そう、老魔術師の問い詰めるように、今の“首領”は明らかに銀時に対する“憎悪”と“殺意”が入り混じった執着心を抱いてしまっていたのだ。
まるで、“首領”の唯一信ずるにたる“理性”さえみ押し退ける程の抑えがたい衝動に突き動かされたかのように―――!!

「ほほぉ…どうやら図星じゃったようじゃのう」
「…下らん。我にとってさような些事などどうでも良い事だ」

とはいえ、図らずも自身すら気づけなかった内心を見透かされた事に若干の苛立ちを感じない筈もなく、“首領”は明らかに“してやったり”と言いたげに愉快気な笑み浮かべる老魔術師を忌々しげに一瞥しながら吐き捨てるように断言した。
そう、この混沌とした状況下において重要なのは、六陣営同盟の瓦解を防ぐことであり、彼の過ちを省みる事ではないのだ。
やがて、未だに困惑を隠せないでいる“駒”達に指示を出すべく、“首領”がモニターに目を移した瞬間―――

「何…だと…!?」

―――これまで誰にも見せたことの無い驚愕の表情を浮かべてしまっていた。
直、この時、その場に居合わせた老魔術師を含めた誰もが一斉に手持ちの携帯電話のカメラ機能で“首領”の驚き顔を撮ったのはまた別の話である。



そして、そんな自分達の与り知らぬところで一騒動が起こっているなど知る由もなく、銀時とセイバーの死闘もいよいよ終わりの時を迎えようとしていた。

「…っ」
「…が、あぁ―――」

文字通り、脳を突き抜けて心の奥底まで浸透するように叩き込まれた銀時の渾身の頭突きよって、セイバーは手にしていた太刀を手放し、一歩も動くことなく、棒立ちのまま立ち竦んでいた。
まるで意識を断ち切られたかのように白目を向いたまま、僅かに呻き声を上げるセイバー。
それでも、虚ろその物と化したセイバーから目を逸らすことなく見据える銀時の額から一筋の血が滴り落ちる同時に―――

「―――あ、あんたは…どんだけ、無茶すれば気が済むのよぉ…!!」
「おぉう、やっと目が覚めたかよ、泣き虫娘」

―――目の前にいる銀時に向かって溢れんばかりの涙を湛えた両目で睨み付けたセイバーは武器を投げ捨てるという余りにも無謀な銀時の行動をとがめるように叫んだ。
だが、当の銀時は何時ものように憎まれ口を叩きながらも、自分を批難するセイバーの瞳に再び宿った理性の光を見て安堵の笑みを浮べていた。
恐らく、先程の一撃のショックで一時的に気を失った事により、セイバーの錯乱状態となっていた意識を正常な状態へと戻したのであろう。

「は、離れなさい、銀時…!!」

しかし、切嗣の命じた令呪の呪縛から解放されていないのか、セイバーは、すぐさま、自分から離れるように銀時に向かって悲痛な声で叫んだ。
事実、理性を取り戻したことで辛うじて抑え込んでいるものの、令呪の有する強制力によって、セイバーは今にも銀時の首を絞め掛からんとする衝動に突き動かされようとしていた。
このままでは、先程のように、“銀時の殺害”という命令を実行するだけの、理性を消失した狂戦士と成り果てる事は明らかだった。

「それにしても…切嗣の野郎、本気で俺を殺してぇみてぇだな」
「う、このぉ…分かっているんだったら、私をさっさと斬り捨てなさいよ…!!」

もっとも、当の銀時は何が何でも自分を殺そうとする切嗣の殺意の高さにうんざりした表情で、“本当に何やってんだよ…”と言いたげにぼやくだけだった。
“何で、こいつは…!!”―――この銀時の危機感のなさを前に、セイバーはそう心中で罵りながら、捨て置かれた自身の太刀を指さして怒鳴りつけるように訴えた。
少なくとも、令呪の強制力に抗える今なら、銀時が自身を討ち取るのは充分に容易い事の筈だった。
故に、セイバーは、自身が犯したかつての過ちを繰り返すくらいならば、銀時の手で討ち取られる事を望んだのだ。

「このままじゃ、本当に私―――ふざけんじゃねぇぞ!!―――っ!?」

だが、それが坂田銀時という“侍”の逆鱗に触れた!!
次の瞬間、自身を殺せと訴えるセイバーの叫びを遮ったのは、その場に居る誰もが竦ませる程の怒気をはらんだ銀時の一喝だった。
そして、予想外の一喝に動揺するセイバーを尻目に、銀時は沸き起こる怒りが収まらぬまま、畳み掛けるかのように言い放った。

「切り捨てるかよ…見捨てるかよ…!! 例え、何があろうと、もう二度と俺が護りてぇもんを、仲間を捨てたりしねぇ!!」
「…っ!? どこまで馬鹿な事に意地張れば気が済むのよ、あんたは…!!」

そう、坂田銀時は決して自身が護るべき者、すなわち、“仲間”や“友”を見捨てる事など絶対に有り得ないのだ―――かつて、多くの“仲間”と“友”、“師”を失ったが故に。
だからこそ、そんな銀時が護るべき“仲間”であるセイバーの自身を省みない自己犠牲を受け入れ筈がなかった。
あくまで自身を救わんとする銀時の宣言を前に、セイバーは自身の心中で沸き起こった“喜び”の感情に戸惑い、ほんの一瞬だけ言葉を失ってしまった。
しかし、その感情を振り払うかのように、セイバーは銀時の強情さに苛立ちをぶつけるかのように殴りかかってきた。

「大体、自分を殺そうとする相手に仲間も何もないでしょうがぁ!!」
「…っ!?」 

次の瞬間、自身の心中を隠すことなく曝け出した言葉と共に襲い掛かったセイバーの拳は常人ならば頭蓋骨ごと粉砕する勢いで銀時の顔を殴り飛ばした。
もはや、言葉で何を言っても分からぬ以上、銀時をその気にさせるには実力行使以外に方法はないと考えたセイバーの苦渋の決断だった。
“だから、さっさと私を殺しなさいよ…!!”―――もはや、零れ落ちる涙さえ振り払う事無く、セイバーはそう心中で銀時に懇願しながら、悲痛な決意を固めると共に拳を握りしめた。

「…うっせぇ!! 例え、そうだとしても仲間は仲間だろうが!! 切嗣の馬鹿に無理やりやらされているんなら、尚更、てめぇを見捨てられるかよ!!」
「このぉ…!!」

しかし、思わぬ不意打ちを突かれた銀時は臆する事もたじろぐ事もなく、自身を殴りつけたセイバーから目を逸らすことは無かった。
それと同時に、あくまで自己犠牲に走らんとするセイバーの心中を察した上で、銀時は何があろうとも見捨てないと宣言するかのように苛立ちを隠せないでいるセイバーに向かって啖呵を切り返した。
“だから、俺は何が何でも助けるんだよ…!!”―――そして、口元から滴り落ちる血を拭う事無く、銀時は拳一つ握る事無く、自身の思いをセイバーに訴えかけるようにジッと見据えた。
銀時を殺さぬ為に、銀時を傷つける矛盾に満ちた拳を振るうセイバー。
セイバーを助ける為に、セイバーの想いを全て受け止めんとする銀時。
もはや、ここに至って、銀時もセイバーも、自分達の闘いがただ相手を討ちのめせば終わるモノではないと理解し―――

「「いい加減にいつまでも意地張ってんじゃねぇ(ないわよぉ)―――!!」」

―――互いの想いをさらけ出し、相手の心に叩き付けるようにぶつかり合った。

「大体、自分を殺そうとしている相手を助けようなんて何を考えているのよ、あんたは…!!」
「そっちこそ舐めな、ごらぁ!! あんなブレブレに迷った刀で殺せるわけねぇだろうがっ!!」

セイバーは殴りつけた―――何度も殺されそうになっても、自分を救わんとする銀時の甘さを問い詰めながら。
対する銀時は反論した―――何度も殺しかかろうとしても、自分を殺せなかったセイバーの迷いを指摘しながら。

「殺せるわよ、殺せるに決まっているじゃない!! だって、私は世界さえも殺す最悪最凶の妖甲“村正”なんだから…!!」
「んなもん関係ねぇよ!! てめぇが世界を滅ぼそうがどうしようが、てめぇのついでに世界も救ってやんよ!!」

セイバーは殴りつけた―――かつて、自身の過ちによって世界を滅ぼしかけた自身の業を暴露するように叫びながら。
対する銀時は反論した―――例え、何があろうとも、セイバーを見捨てるような真似はしないと断言しながら。

「そもそも、仲間仲間って言っているけど、先に私や切嗣達を見捨てたあんたが口にできる台詞なの!!」
「はぁ!? 何時、俺がてめぇらを見捨てんだよ? 何年何月何日何時何分何秒か言ってみやがれ、コノヤロー!!」

セイバーは殴りつけた―――かつて、自分や切嗣達とアインツベルン城で決別した時の事を涙ながらに糾弾しながら。
対する銀時は反論した―――子供じみた屁理屈の中に、袂を別った今でも、セイバー達を仲間だと思っている事を明かしながら。

「知るか、マダオ!! いい加減な癖に細かい事にネチネチツッコむじゃないわよ!!」
「仕方ねぇだろうがぁ…!! おめぇと切嗣があほみたいに頑固すぎんだよ!!」

セイバーは殴りつけた―――普段はズボラな割に、どうでも良い事にだけ拘る銀時の悪癖に逆切れしながら。
対する銀時は反論した―――何もかも背負い込んで圧し潰れかけても直、己の業に囚われ続けているセイバーと切嗣にうんざりしながら。

「つうか、泊まる家がことごとく、真っ当なドS人間を目指す超絶ドS神父だったり、SAN値直葬なクリーチャー飼っている不気味系幼女とかマジで碌なもんじゃなかったんだぞ、てめぇ!!」
「だったら、自業自得でしょうが!! どうせ馬鹿みたいニヤついて、あの独善女との逢瀬を楽しんでいたくせに!!」
「んっ…?」

続けて、銀時は怒鳴りつけた―――セイバーらと袂を別って以降、冬木教会と間桐邸にて精神をゴリゴリ削るような理不尽な目にあった事を訴えながら。
対するセイバーは殴りつけた―――こちらの苦悩など知る事なく、能天気に第一天とデートしていた事への怒りを咎めるように顕にしながら。
とここで、この闘いの見届け人に徹していた第一天はセイバーが徐に口にした言葉に聞き捨てならないモノがある事に気付いてしまった。
第一天は“ま、まさか…!?”と心中で何かを察し、全身のありとあらゆるところから血の気が引いていくの感じずにはいらなかった。
そして、顔面蒼白となった第一天は自分が何かを忘れて、神にでも縋るように“何かの間違いであってくれ!!”と必死に願った。

「やっぱ、おめぇも出歯亀してたのかよ!! やけに殺気立った奴が一人いると思ってたけどよ、オメェあったのかよ!!」
「五月蠅い!! こっちの気も知らないで…!! 私達の事に気付いていたならさっさと戻ってこい!!」
「…いやいやいや、待て待て待てぇえええええ!! 出歯亀ってなんの事だ!? ま、まさか、一部始終をみ、見ていたのか…!? 本当に見ていたのか!! しかも、“おめぇも”って、どういう事だ、おい!?」

だが、そんなささやかな祈りも虚しく、銀時とセイバーの両者が口にしたリトル・ボーイ級の爆弾発言を前に、何てこったと頭を抱えた第一天はアインツベルンの森の隅々まで響くかのような悲鳴交じりの絶叫の声が上がった。
何しろ、覇道神達の中では堅物の部類に入る第一天からすれば、あの銀時との逢瀬はお忍びという形だからこそ勇気を振り絞って為し得た歴史的偉業(誇張表現含)なのだ。
だからこそ、銀時とセイバーが口にした聞き捨てならない不穏な言葉に対し、第一天が立会人という立場である事を忘れる程に動揺するのも無理からぬ話だった。
もはや、恐る恐るといった有様ながら、第一天は事の真相を問いだすべく、未だに意地の張り合いを続ける銀時とセイバーの両者を問い詰めんとした。

「あ、私もいたわよ。真面目で奥手かと思っていたけど意外に大胆だったわね、神様v」
“一応、野暮な事はいかんと止めたのだが…すまん”
「確か、アーチャー達も一緒にいたみたいだったけど…」
「セイバーと一緒にイリヤ達もついて行ったから、その場にいた筈よね」
「…ふんぎいやあああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁあ!!」

その直後、セイバーと同じく、銀時と第一天のデートを出歯亀していた連中からの援護砲撃によって辛うじて大破に留まっていた第一天の精神を見事に粉砕撃沈した。
―――初心な第一天のリアクションを面白がって、後で思いっきり弄り倒す気満々なランサー。
―――申し訳程度のフォローをしつつ、自身に被害が回らないように徹しようとするアラストール。
―――GM粒子の影響下なのか、知らず知らずの内に第一天のメンタルに止めを刺していくソラウとアイリスフィール。
その瞬間、乙女特有の羞恥心が限界値を超えた第一天はそれまで蒼白していた顔を一瞬で紅くさせながら、冬木の街にまで轟くほどの大絶叫の声を上げて悶え倒れた。

「何でそんな大事な事を教えてくれなかったのよ、銀時の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿大馬鹿ぁああああああああああ!!」
「んな、余裕ある訳ねぇし、教えたら教えたで、二次災害が半端ねぇだろうが!!」
「まぁ、確かに、第一天さんの性格なら恥ずかしさの余り、周囲の被害に気付くことなく、悶絶して大暴れはしそう―――うっさい、近親相姦神父!!―――うぼぁ!?」

もはや、神様の威厳なんかかなぐり捨てる勢いで泣きだした第一天は恨みがましい眼差しで睨み付けながら、全てを知りながら何も教えてくれなかった銀時を理不尽に責め始めた。
もっとも、銀時からすれば年の割に真っ当なデートは初体験だった上に、事実が発覚した時に巻き起こる周囲への甚大な被害を鑑みれば、銀時が第一天に何も語らなかったのも無理からぬ話だった。
直、空気の読めない神父様が要らぬ事を口走って、第一天が繰り出した八つ当たりの裏拳制裁によって一撃で仕留められたのはどうでも良い話である。

「しかも、人気のない寺社に誘い込んで、口付けまでして白々しいのよ、この天パ変質者!!」
「誰が変質者だ、ごらぁ!! 俺だってそんな特殊な性癖なんざ持ち合わせてねぇよ!! キスだって未遂だったつうの!!」

もっとも、積もりに積もった不信感によって疑心暗鬼に陥っているセイバーから見れば、銀時と第一天のやり取りもただ痴話喧嘩にしか見えず、より一層セイバーの神経を逆なでする事となった。
先程より一層怒りを顕にしたセイバーは自身が柳洞寺で目撃したモノを口にしながら、全ての元凶である銀時をあからさまに非難するような口調で容赦なく罵った。
当然の事ながら、柳洞寺の一件に関してはほぼ無実な上に、相手の口喧嘩に口喧嘩でやり返す銀時がセイバーの非難に我慢できる筈も無く、セイバーを宥めるどころか真っ向から罵り返してしまった。
その結果―――

「言い訳がましいのよ!! そう言われて、“はい、そうですか”って納得できると思ってんの!! そんな浮気男の常套文句で騙されるわけなんてないでしょ!!」
「ちょっと待てよ、てめぇ!! 何でそうなんのぉ!? 何で浮気男扱いされなきゃいけねぇんだよ!!」
「言わなきゃ気付かない馬鹿なの、馬鹿なんでしょ!? 本当に馬鹿しかやらないんだから、この糖尿病持ちの大馬鹿浮気天パ野郎!!」
「馬鹿って何だよ、馬鹿ってよぉ!! つうか、さり気無く、糖尿病持ちを馬鹿扱いしてんじゃねぇよ、コラぁ!! 糖尿病持ちの読者様だっているかもしれねぇんだぞ、ポンコツ蜘蛛娘!!」
「ポンコツ言うな、浮気天パ野郎!! 大体、糖尿病になるくらい健康管理できない時点から馬鹿なんでしょうが!! それ以前に、あんな糖分しか取れないようなゲテモノ丼食べてる時点で馬鹿確定なのよ!!」
「てんめぇ…!! 言うに事欠いて、人の好きな喰いモンにまでケチ付けてんじゃねぇよ、男受け狙いの多重属性持ちのモン娘が!! てめぇは俺の母ちゃんか何かですか、コノヤロー!!」

―――殴りながら銀時を罵るセイバーとあくまでセイバーへの口撃に徹する銀時による終わりの見えない泥仕合が始まってしまった。
もはや、互いの命を代価にしながら斬り結び、夜の闇さえ染め上げる程の血飛沫が飛び交うほどの壮絶な闘争の空気は完全に霧散していた。
ソレに取って代わるかのように、銀時とセイバーの闘争は何処の時代、何処の国、何処の街でも良く見かけるような痴話喧嘩へと変わり果ててしまった。
しかも、銀時もセイバーもお互い性格的に意地っ張りなために、どちらかが負けを認めない事には決着がつかないのにどちらも一歩も退かない泥沼状態に陥ってしまっていた。

「へぇ〜そうなんだ〜♪ で、本当なの?」
「聞くな!! というか、言えるか!! というか、何で、銀時も駄蜘蛛も、こっちの傷を抉りにかかっているのよ!?」
「「「「…」」」」

加えて、この場に居る面子の中でこの不毛な闘いを止められそうなランサーは銀時とセイバーを仲裁するどころか、羞恥心に震える第一天を弄り倒すのに夢中になっている為に誰の目から見ても当てにできないのは目に見えていた。
しかも、当の第一天も自身の秘め事を暴露された為に、“もう知るもんか!!”と頬を膨らませて拗ねながら不貞寝をし出すという有様だった。
もはや、無力な人間であるアイリスフィール達には“どうしよう、この惨状…?”と心中で打開策を思案しながらも何もできないまま、銀時とセイバーの勝負の行方をただ見守るしかなかった。



一方、この一向に終わりの見えない闘いの中で、セイバーの心は度重なる激闘で傷ついた肉体以上にボロボロに荒れ果ててしまっていた。
“もう終わらせてほしい”―――セイバーは切嗣の令呪によって自身の望まぬ闘いを強いられる事に耐えられず、そんな自身の死さえを願ってしまっていた。

「へっ、どうしたよ? いつもより全然軽いんじゃねぇか?」
「…どうして、あんたはいつも、いつもそうなのよ!!」

だが、そんなセイバーの思いとは裏腹に、銀時は痣と腫れと血で覆われた顔にもかかわらず、セイバーの心情を逆撫でするかのようにいつもと変わらぬ憎まれ口を叩き続けた。
この銀時の不敵な挑発を前に、セイバーは残された魔力を振り絞るかの如く、より一層激しく沸き起こる激昂を上乗せした拳で銀時を必死に殴り続けた。
もはや、銀時とセイバーの両者が負った傷は、サーヴァントという超常の存在であろうとも真っ当に闘う事はおろか立つ事さえままならぬほどの深刻なモノだった。
否、ランサーとの一騎討ちやセイバーの一方的な殴打など鑑みれば、銀時はセイバー以上の生死にかかわるほどの深手を負っている筈なのだ。
故に、本来ならば、当の昔にセイバーが死に体同然の銀時を殴り倒してもおかしくはない筈だった。

「聞こえなかったのかよ…軽過ぎんだよ、てめぇの拳なんざ」
「何で…っ!?」

だが、死にかけ同然の身体にも関わらず、銀時はジッとセイバーを見据えたまま、膝を屈する事を拒むかのように立ち続けていた。
そんな銀時の姿を前に、セイバーは思わず相手を気圧すほどの銀時の気迫に臆したのかのように後ずさりながら言葉を詰まらせる程に困惑した。
“あんたは倒れないのよ…”―――既に銀時の身体が限界を超えているのは誰の目から見ても明らかなにもかかわらず。
“私が追い詰められていのよ…”―――本来なら追い詰められているのは銀時である筈にもかかわらず。
だが、それ以上にセイバーが何よりも困惑したのは―――

「…あんたは何一つ抵抗しないのよ!?」
「へっ、何言ってんだよ…」

―――ここに至っても直、銀時が自分に対して一切攻撃を仕掛けていない事だった。
事実、セイバーが正気を取り戻して以降、銀時は口喧嘩には応じたものの、セイバーに攻撃をすることは一度たりとも無かった。
しかも、銀時は自ら攻撃する事はおろか避ける事も守る事もなく、セイバーの一方的な殴打をその身体で受け続けていたのだ。
当然の事ながら、セイバーは一切手加減などしていないし、万全の状態ならともかく死にかけ同然の身である銀時がセイバーの攻撃に耐えられる筈などなかった。
にもかかわらず、何故、銀時はまるでセイバーの攻撃を全て受け止めるかのように無抵抗のまま、直も立ち続けられることができるのか?
だが、その事を問い質さんと叫ぶセイバーに対し、銀時は至極当然と言わんばかりの口調でセイバーの問い掛けにあっさりと答えを返した。

「…お前が抱えている厄介なモンを気が済むまで受け止めんのは、仲間として当たり前だろうが」
「…っ!!」

そして、自身の理解の範疇を越えた銀時の告げた言葉を前に、セイバーは拳を振るう事さえも忘れ、心の空白を生じさせるほどの衝撃と共に絶句してしまった。
この切嗣の仕掛けた闘いの中で、銀時は狂乱状態のセイバーの手によって幾度も傷つけられ、セイバーの振るう刃によって幾度も殺されかけてきた。
にもかかわらず、ここに至っても直、銀時はセイバーを仲間だと言い切った上に、あろう事か救いの手を必死に伸ばさんとしているのだ。
もはや、セイバーからすれば銀時の言葉は理解の範疇を越えたモノであり、覇道神にも勝るとも劣らない狂気としか思えなかった。

“でも、こいつならきっと…”

だが、その一方で、セイバーは心の何処かで銀時の言葉を信じ、差し出された手を自身が握り返そうとしている事にも気付いていた。
事実、先程の銀時の言葉には、セイバーを情で懐柔せんと目論むような虚偽や打算などの目論みは一切含まれていなかった。
だからこそ、セイバーは心の何処かで自身を救わんとする銀時を受け入れるべきかと思ってしまっていたのだ。

「五月蠅い!! 五月蠅い!! 口先だけの出まかせなんてもうたくさんよ!! どうせ、あんたも、あの時みたいに…!!」

しかし、そんな自身の意に反するかのように、セイバーが銀時に返したのは、銀時に対する拒絶と敵意を込めた言葉だった。
これまでを通して、セイバーも銀時が身体を張ってまで自分を助けんとしている事も充分すぎるほど分かっていた。
そして、徐々にではあるモノの、セイバー自身、そんな銀時を内心では受け入れようとしている事も痛いほど感じ取っていた。
だが、それでも、今のセイバーには自身を救わんとする銀時の手を取れなかった、否、取る訳にはいかなかった。

“…だって、私みたいな剱冑が銀時の傍に居られるが訳ない、居て良い筈がないのよ!!”

この相対戦第三戦が始まるまでの間、セイバーは切嗣の下した令呪に抗い続けながら、夢という形で銀時の歩んできた壮絶な過去と銀時が命を懸けてまで仲間の為に闘う理由を知った。
恐らく、今後も、銀時は全身全霊で闘い続けるだろう―――セイバーを含んだ自身が護ると決めた者達の為に。
だが、セイバーの有する“善悪相殺の誓約”はそんな銀時の護るべき者達を殺めかねない呪いに他ならなかった。
だからこそ、セイバーは銀時が自分を討たんと決意するまで拒絶し続けるしかなかった―――もう二度と銀時が護らんとするモノを喪わせないと誓いながら!!

「―――景明の時みたいに、私の事を捨てるつもりの癖に…!!」
「…」

そして、“自分を斬り捨てる事を躊躇うな!!”と焚き付けるように声を荒げたセイバーは銀時の決断を促すべく、振りかぶらんとする拳に剱冑の籠手を纏わせた。
無論、満身創痍の銀時が頑強な甲鉄で形成された拳をまともに受ければただで済むはずがなく、この近距離では攻撃を避ける事さえままならないのは明白。
“だから、反撃する以外に手はないわよ、銀時!!”―――そう心中で確信したセイバーは未だに沈黙する銀時に向かって渾身の殺意と敵意を込めた拳を振り放った。
そして、迫りくるセイバーの拳を前に、銀時は意を決したかのように無言のまま―――

「ぐっ…!!」
「え…?」

―――怒涛のごとく押し寄せる激痛と衝撃で飛びそうになる意識を保ちながら、セイバーの拳を真っ向から顔面で受け止めたのだった。
 


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