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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第75話:■■■■■■−−−■■■編その1
作者:蓬莱   2018/02/25(日) 20:11公開   ID:.dsW6wyhJEM
留置所の檻に囚われた切嗣が“首領”と対峙した同じ頃、冬木警察署内部に一匹の毒蜘蛛が己の抱いた望みを叶えるべく密かに暗躍せんとしていた。

「さて、私の見立てが確かならば…」

そして、その毒蜘蛛―――シュピーネは署長室の周囲を見渡すように歩きながら、目当てのモノを探るかのように髑髏のように落ちくぼんだ眼を忙しなく巡らせていた。
普通ならば、如何に人気の少ない深夜といえども、国家権力の一端である警備の厳重な警察署の、その長たる署長室に這入り込むなどほぼ不可能であろう。
しかし、シュピーネは連続爆破テロ事件の捜査協力者という立場を利用する事で、人目を憚らずに堂々と署内を闊歩することができたのだ。
それに加えて、サーヴァントとしての能力である霊体化によって、一般人の立ち入りが困難な場所にも潜入できた事もシュピーネの探索をより容易なモノにしていた。
そして、黒円卓最優と称される諜報能力を駆使したシュピーネは切嗣の逮捕に協力する傍ら、周囲に気付かれることの無いまま、防犯システムの穴と署内の怪しい場所を隈なく探索していたのだ。
その後、署員の立ち入りが比較的少ない署長室に目星をつけたシュピーネは自身の願望を叶える千載一遇の機会と判断し、一番の障害となるラインハルト達が自分から目を放す相対戦の最中を狙い、ほぼ独断専行の形で署長室へと潜入する…筈だった。

「…で、そろそろ、出てきたら如何ですか、御三方?」
「…気付いていたのかよ」

とここで、徐に背後を振り返ったシュピーネはヤレヤレといった様子で扉の隙間から自分を監視する者達に声をかけた。
実は、署内に潜入して以降、シュピーネは人気のない筈の署内で自分を監視する視線を察知し、自分を尾行する者達の存在に気付いていたのだ。
とはいえ、下手に騒動を起こせば、“敵”に自身の存在を明かす事にもなりかねないと考えたシュピーネはあえて監視者を泳がす事で、自身の脅威となり得る存在であるかを見極める事にしたのだ。
当然の事ながら、相手が自分にとって脅威となる存在であるならば速やかに始末する事も考えつつ。
その後、署長室に潜り込んでも直、襲撃を仕掛けてこない監視者たち対し、シュピーネは少なくとも自身の“敵”足り得ない存在と判断し、監視者たちに姿を見せるように促したのだ。
やがて、そんなシュピーネの呼び掛けに対し、監視者たち―――伊達、大輔、外道丸の三名は観念したかのように呟く伊達のぼやきを合図に姿を露わにした。
もっとも、伊達たちの目からは目の前にいる“信用ならざる人物”であるシュピーネに対する拭いきれない警戒心が込められていたが。

「あぁ、お気になさらずに。決して貴方がたの尾行に不手際があったのではありません。ただ、黒円卓における私の立場上、より慎重により用心深くあらねばならないので」
「まぁ、そうでしょうね…」
「・・・」

一方、当のシュピーネは伊達たちの警戒心などまるで気に止める事無く、客人を出迎えるかのような仕草で応じるだけだった。
しかし、紳士然としたシュピーネの対応とは裏腹に、伊達たちには自分より遥かに劣る存在と見下し、自身の優秀さをひけらかすシュピーネの下卑た傲慢さが嫌というほど伝わってきた。
そこには、シュピーネが生前から抱いていた黄色人種に対する蔑視に加え、常人では太刀打ちできない超常の存在たるサーヴァントとなった自身への優越感が込められていた。
当然の事ながら、伊達たちは慇懃無礼なシュピーネに対する拭いきれない嫌悪感と不信感を抱かずにはいれなかった。
だが、それと同時に、廃発電所や六陣営会談の一件を通して、自分達では超常の力を有する存在に太刀打ちできない事も理解していた。
故に、その超常の存在でもあるシュピーネに自分達の生殺与奪を握られている以上、大輔たちは相手を刺激しない程度の無難な言葉で返答するしかなかった。

「それで必死に駆けずり回っているお仲間を出し抜いて、こそ泥の真似事しているでござんすか?」
「おやおや、随分と人聞きの悪い言い方をなさりますねぇ、お嬢さん」

ただし、シュピーネ達と同じく超常の存在である式神の外道丸だけは明らかにシュピーネへの侮蔑の態度を隠すことなく、私利私欲の根端が見え見えの抜け駆けだと言いたげな口調で問い詰めた。
この外道丸のあからさまな挑発に対し、思わず苛立ってしまったシュピーネは不機嫌そうに顔を歪ませながら幾ばくか頬を引き攣らせた。
そして、シュピーネは相手を宥めるような口調で語りかけつつも、自身を虚仮にした外道丸を伊達たち諸共に始末せんと考えた―――

「ふぅ…私はあくまで部外者の介入は最小限に留めておくべきと思いましてね。故に、その予防策として赴いたのですよ…我々の力を見せつけることね」

―――直前、持ち前の危険認識力による判断と自身の目的の成就を優先すべく思い止まった。
無論、サーヴァントたるシュピーネが伊達と大輔は当然の事、一介の式神に過ぎない外道丸に後れを取る事などまず有り得ないだろう。
とはいえ、式神としてそれなりの力を有する外道丸と一戦交えることになれば、間違いなく大きな騒動となるのは火を見るより明らかだった。
そうなれば、仮に外道丸たちを始末できたとしても、“敵”はおろか六陣営や覇道神連合の面子に自身の企みを嗅ぎつけられる危険性は極めて高く、シュピーネとしては断じて避けねばならない事態だった。
さらに付け加えるなら、シュピーネは本来なら足手纏いにしかならないであろう伊達たちにもそれなりに使い道が有る事にも思い至っていた。
だからこそ、気を静めるように一呼吸したシュピーネはあくまで私利私欲に走った訳ではない事を強調しつつ、自分に不信感を抱く伊達たちに対して自分に敵意はない事を示すかのように物腰の低い丁寧な口調で語りかけた。

「…それはこの街の在り方自体が異常という事に関係しているでござんすか?」
「「…」」
「おや、そちらも気付いておられでしたか」

しかし、シュピーネの腹の内を探るかのように問い掛ける外道丸を筆頭に、伊達も大輔もシュピーネに対する警戒を解くつもりは一切なかった。
この時、刑事である伊達や大輔、自身も外道である外道丸は先のやり取りと己の経験則からシュピーネという男の悪辣な性格さを見抜いていた。
故に、伊達たちはシュピーネに対して確信していた―――“隙を見せれば躊躇いなく自分達の寝首を掻いてくる凶手”であることを!!
もっとも、当のシュピーネは伊達たちの剣呑な空気を察していたが、事を無用に荒立てるのを避けるべく、外道丸の問い掛けに答える形でスルーした。
やがて、署長室の本棚の前で立ち止まったシュピーネは整然と揃えられた数々の本の中で唯一逆さまに置かれた“史記呂后本紀”という一冊の本に手を掛けた。

「こいつは…!!」
「嘘だろぉ…!?」
「何とまぁ…」
「…それではお話は道中で続けながら、彼の者達の虎児を得る為に虎穴へと参りましょうか、皆様方」

その直後、本棚に仕掛けられた装置が起動したのか、シュピーネ達の眼前で本棚が天井に収納され、その背後に隠されていた地下へと続くエレベーターの扉が姿を現した。
そして、シュピーネは呆気に取られる伊達たちを手招きながら、自身の願望を叶える第一歩を踏み出したのだった―――ここが己の死地である事など一切気付くことも感じ取ることもなく。



最初に朦朧とする意識の中で目覚めたセイバーが感じ取ったのは己の身体が宙を疾走する浮遊感だった。

“ここは…?”

まるで夢見心地にいるような感覚に囚われたままであったが、セイバーは靄のかかった思考を振り払いながら、唯一はっきりと知覚できる聴覚を頼りに自身の置かれた周囲の状況を把握せんとした。
―――絶え間なく轟き続ける爆発音。
―――途切れる事無く響き渡る銃声と剣撃。
―――その合間ごとに次々と飛び交う人々の悲鳴や怒号、断末魔。
その誰もが凄惨な地獄絵図を想像せずにいられない数多の音色が、まるでオーケストラのように周囲のいたる所から奏でられていた。
そして、この音色を剱冑となる以前から聞き慣れていたセイバーは不意に飛び込んできた聞き覚えのある複数の声を聞き、自身の置かれた状況を即座に理解した。

「なんと…!?」
「ちょっと、今度は何なの!?」
「んなっ、てめぇは…!?」
「止めろ…止めろ止めろ止めろ止めろ止めろおおおおおおぉ、村正ぁああああああああ!!」
“そうか、ここは…”

セイバーは知っていた―――困惑する二人男の声が四公方の長老格“遊佐童心”と四公方の一人にして六波羅最強の武者“今川雷蝶”である事を。
セイバーは知っていた―――不意を突かれた少女の声が自身から景明を奪った生体甲冑“足利茶々丸”である事を。
セイバーは知っていった―――鬼気迫る絶叫を上げながら迫ってくる少女の声が村正二世の仕手“湊斗光”である事を。
故に、セイバーは理解せざるを得なかった―――今まさに、セイバー、否、村正自身の手によって己の仕手であった湊斗景明を茶々丸諸共斬り捨てんとしている事を…!!
何故、自分が過去の世界に居るのか理由は定かでなかったが、村正からすればそのような些事などどうでも良い事だった。

“あぁ…私はこんな事しかできない、出来損ないの鉄屑なんだ”

かつて、景明を殺して以来、村正は生前だけでなく座に招かれてからも、夢という形でこの光景を幾度も幾度も体験し続けてきた。
その度に、村正は景明を殺した自身を責め続け、自身の凶行でもたらされた災厄に苦悩することしかできなかった。
いっそ、誰かに裁かれたのならば幾ばくかの救いはあったかもしれないが、人類滅亡寸前の世界で朽ち果てるしかなかった村正には叶わぬ願いだった。
もはや、村正に許されるのは、“結局、自分は景明を未来永劫殺し続けるしかない”と自身の運命を受け入れる事だけだった。
そして―――



一方、銀時達が過去の業に苛まれる村正を救うべく動き出した頃、シュピーネ達も聖杯戦争の舞台である冬木市に潜む“闇”の正体に迫らんとしていた。

「まさか、署長室からこんな施設に通じているなんて…」
「一応、根が深い組織とは思っていたが…想像以上だぜ、こいつは」

そして、その奥深くへと歩む最中、大輔と伊達も周囲を警戒するように見渡しつつも、思わず驚嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
当初、廃発電所の一件やヴェヴェルスブルク城への強制招待などの人智を超えた体験を経た大輔も伊達もいい加減一般人としての感覚が麻痺してきたのか、冬木警察署に存在した地下施設ついてもさして驚くことなく受け入れる事ができた。
だが、署長室の隠しエレベーターから地下施設に降りた際、大輔と伊達は開かれた扉から飛び込んできた光景に自分達の認識が如何に甘かったかを思い知ることになった。
―――いつ終わるかも分からなくなるほど延々と続く近未来的な金属質の通路。
―――その各所に仕掛けられた既存のモノより数世代先を行くであろう監視カメラの数々。
―――徹底した侵入者の発見と排除を狙った赤外線センサーを搭載したレーザー発射装置。
―――定期的に周囲を巡回する警備兵らしき小型ロボットとサイボーグ兵。
この地下施設の光景を目の当たりにした大輔も伊達も、自分達がSF映画のセットに迷い込んだのではと思い込みかけるほどにただ圧倒されるしかなかった。
もはや、一地方警察機関はもちろん、一地方都市の力だけでは容易に建設・管理しうる規模の施設でない事に加え、自分達の踏み込んだ“組織”が有している“力”の巨大さは誰の目から見ても明らかだった。

「恐らく、この地下施設と組織の規模から察するに、少なく見積もっても数十年かけて用意したのでしょうね」
「となると、時期的には第三次聖杯戦争前後に根を張り巡らせたでござんすか」

そして、常人たる大輔と伊達のSAN値が順調に削られる傍ら、人外の存在たるシュピーネと外道丸は互いの推察を語りつつ、伊達と大輔を護衛するかのように先行していた。
無論、通路には監視カメラなど機械装置だけでなく、結界や使い魔のような魔術的な仕掛けも防犯システムとして組み込まれており、侵入者の潜入を阻むモノとして充分すぎるモノではあった。
しかし、並の侵入者ならいざ知らず、シュピーネと外道丸が相手とあっては、その進行を阻む事など出来る筈も無く、難なく突破されるしかなかった。

“とはいえ、些か不本意ではありますがね”

もっとも、表情にこそ出さないモノの、シュピーネの内心としてはこの不本意な状況に多少の不満があった。
そもそも、シュピーネの本分が諜報と斥候であり、己の身の安全と目的を最優先に考えるならば余計な戦闘は可能な限り避けたいところであった。
しかし、一般人にすぎない伊達と大輔の安全を確保する必要がある以上、シュピーネの求める“本命”に辿り着くまで余計なリスクを背負わねばならない可能性が少なからずあった。
故に、シュピーネにとって一番手っ取り早いのは“使い道”としての価値の低い伊達と大輔を始末するという事ではあるが、自身のすぐ傍で話しかける外道丸がそのシュピーネの企みを阻んでいた。
恐らく、シュピーネの魂胆を見抜いているのであろうか、外道丸は何気なく会話を交わす間も、シュピーネが事を起こした瞬間に迎撃せんと警戒し続けていたのだ。
だからこそ、シュピーネも外道丸に護られている伊達と大輔に手出しが出来ぬまま、“本命”へと続く通路を進む以外に手はなかった―――相手を出し抜く算段を抜け目なく謀りながら。

「ところで、あんた達が口にしたこの冬木の街が異常ってのはどういう事なんだ?」
「…これはあっしが状況報告の為に元の世界に戻った時の事でござんす」

とここで、シュピーネと外道丸の一瞬即発の空気に耐えかねたのか、伊達が二人の会話に割り込む形で冬木市の抱える異常について問いかけてきた。
この伊達の問い掛けに対し、外道丸は一瞬だけシュピーネに目を配らせた後、重々しい口調で自身の世界で発覚したある事実について語り始めた。
そもそもの切っ掛けは、外道丸が新八達に異世界に召喚された銀時が聖杯戦争に巻き込まれた事について説明すべく、自身の世界に戻った時の事だった。
その際に、外道丸が持ち込んだ冬木市の地図を広げた際、元巫女のキャバ嬢と陰陽師一族の長が普通の街ではまず有り得ないある事に気付いたのだ。
そう―――

「どうにも、この街はわざと“魔力”を取り込むように造られているでござんす、ほぼ無制限に」
「「!?」」
「ほう…」

―――この冬木市そのものが“魔力”を取り込む事を前提に造られているという事実に…!!
この外道丸の発言に対し、伊達と大輔が思わず絶句したのに対し、シュピーネは“やはりか…”といった表情で呟きながら頷いた。
そもそも、シュピーネがこの施設の存在や外道丸の指摘した冬木市の“異常”に気付いたのも、切嗣を捕まえる算段を練る為に冬木の街を調査した事が切っ掛けだった。
そして、シュピーネが調査した結果、この冬木の街に存在する各種交通機関に上下水道や電子網など都市基盤そのものを意図的に調整する事で結界を発生させ、冬木の霊脈を周囲に存在する“魔力”を取り込む特異地点へと変質させている事が判明したのだ。
元々、黒円卓の裏方を担当していたシュピーネは生前においてもとある“儀式”の為に街一つを開拓するという任務を請け負った事も有ってか、冬木の街に施されたこの仕掛けにいち早く気付く事ができた。
もっとも、本来なら聖杯戦争の行方を左右しかねない最重要情報を掴んだにもかかわらず、シュピーネは身内である筈の黒円卓の面子はおろか、主である筈のラインハルトにすら報告してはいなかったが。

「…ちなみにこの冬木の街が“魔”を無制限に取り込むって話だけどよ…大丈夫なのか、それって?」
「勿論、大丈夫な訳ないでござんすよ」

一方、自分達が踏み込んだ土地がとんでもない厄ネタだと改めて思い知らされた伊達は発狂寸前の理性を何とか保ちつつ、外道丸に冬木市の抱える“異常”が何をもたらすのかを問いかけた。
“せめて、何事もないであってほしい”―――無論、これまでの話の流れから何事も無い訳がない事など充分に理解しつつも、伊達としてはなけなしの理性を保つ為にそう願わずにはいられなかった。
だが、淡々とした口調でそんな伊達の儚い願いを断ち切るかの如く、外道丸は淡々とした口調で伊達の懸念が的中している事をキッパリと告げた。
事実、元巫女のキャバ嬢と陰陽師一族の長も口を揃えて断言していた―――“正気の沙汰ではない”と。
事実、冬木の街のようにむやみやたらに取り込んだ“魔力”をその内に溜めこめば人に仇為す“怪異”や“悪霊”を引き寄せてしまう危険性が極めて高かった。
本来なら、元々質の高い霊脈である冬木の街は当の昔に溜めに溜めこまれた“魔力”におびき寄せられた“怪異”と“悪霊”達が溢れ返る魔都と化してもおかしくなかった。
そう、本来ならそうなっていなければおかしいのだ。

「…にもかかわらず、第三次聖杯戦争以降の冬木の街を調べた限り、人目につくような霊的事件は一切見られないのですよ」
「「「…」」」

しかし、シュピーネが語るように、この冬木市の都市基盤が造られたと推測される第三次聖杯戦争から今日に至るまで、周囲の“魔力”を取り込みはすれども、冬木の街は魔都と化すどころか、発生すべき“怪異”や“悪霊”絡みの事件事故は不気味なほど何一つ起こっていなかった。
まるで、誘蛾灯に群がる羽虫のように引き寄せられた“怪異”や“悪霊”さえも“魔力”として飲みこんでいるかのように―――!!
さらに付け加えるなら、このような大規模な仕掛けを施しながらも、冬木の土地を管理する遠坂家がまったく気付いていない事が異常事態以外の何もでもないのだ。
―――国家権力の象徴である筈の警察署の地下にて秘密裏に造られた大規模施設。
―――遠坂家に察知される事無く、“魔力”を取り込む結界として調整された都市基盤。
少なくとも、一国に相当する規模の権力と“時計塔”に匹敵する規模の魔術を併せ持つ組織でなければ為し得る事でないのは明白だった。
“恐らく、組織力だけを取っても我が黒円卓と同等と見るべきでしょうね”―――だからこそ、自分達が探らんとする組織の巨大さに絶句する伊達たちを尻目に、シュピーネはそう内心で組織の有する力を冷静に評しつつ、想定以上の難敵であると認識を確かなモノとした。
もっとも、それと同時に、当のシュピーネは思わずこぼれそうになる下卑た笑みを抑え続けねばならぬ程、図らずも訪れた千載一遇の好機を前に心を躍らせていたのだが。

「…それで、あんたの狙っている“虎児”ってのはいったい何なんだ?」

とその時、自身の願望を叶えんと先に進むシュピーネに対し、伊達が不意に神妙な面持ちでシュピーネの反応を見定めながら、署長室にてシュピーネが口にした“虎児”について探りを入れるかのように問い詰めた。
恐らく、これだけの大掛かりな施設を拵える組織が所有している以上、一般人である伊達にもシュピーネの狙っている“虎児”が極めて重要なモノであるのは明白だった。
少なくとも、切嗣と同じく用心深さと慎重さを併せ持っているシュピーネが下手をすれば抜け駆け同然の単独行動を取るという危険を冒してまで欲するだけの価値が、その“虎児”には充分あるのだ。
恐らく、大輔や外道丸も伊達と同じく、その事には気付いているからこそ不穏極まりないシュピーネの提案に乗る事にしたのだろう。
だからこそ、伊達は“虎児”の正体を知るべく、シュピーネから問い質せばならないと確信していた―――この信用ならざる危険人物の企みを阻止すべきだという元刑事の直感から。

「…その前に、ハイドリヒ卿の城にてツァラトゥストラ、“永遠の刹那”が聖杯の担い手に対し告げた言葉を記憶に留めていますか?」
「えっ? あぁ、ある程度は…」

一方、シュピーネは考え込むように天井を見上げた後、伊達の問い掛けに答えぬまま、徐にヴェヴェルスブルク城で蓮とアイリスフィールとのやり取りを覚えているか確認するように話を切りだしてきた。
このシュピーネの問い掛けに対し、“質問に質問で返すのかよ…”と内心でぼやく伊達であったが、シュピーネの問い掛けに頷きつつ、今も脳に焼きつくように残るヴェヴェルスブルク城での一幕―――蓮とアイリスフィールのやりとりを改めて思い返した。

“まぁ、俺は色々と腹の探り合いとか苦手だから、単刀直入に言わせてもらうぞ。俺たちの目的は第六天を討つことだ。そのために、この場にいるマスターとサーヴァントの力を借りたい。その代り、俺たちは第六天を討つまでの手段を教えてやる”
“…もし、それを断った場合はどうなるのかしら?”
“…あんたらがこの提案をのめない場合―――俺たちは、即座に第六天の願いを叶えるのを阻止する為に、第六天に聖杯を使わせないように、聖杯もろとも聖杯の担い手―――アイリスフィールを破壊するつもりだ”

この蓮の脅迫まがいの発言に対し、伊達は当初、“随分と物騒な事を口にするもんだ…”と蓮から発せられるプレッシャーに身震いせずにはいられなかった。
もっとも、後に思い知らされたバーサーカーの悪辣外道な所業を前に、蓮の強硬過ぎる発言や態度も無理からぬ話であると改めて思い知らされたわけだが。
とはいえ、このタイミングで、シュピーネは、何故、一見すると無関係に思える蓮とアイリスフィールの会話を持ち出してきたのか?
そんなシュピーネの意図が読めずに困惑する伊達に対し、シュピーネはあからさまにワザとらしいほど肩をすくませながら伊達の抱いている疑問に答えるかのように“本題”にむかって話を進めた。

「…前回、すなわち、第三次聖杯戦争の失敗は“小聖杯”が破壊されてしまった事によるものだそうです」

そして、シュピーネは自身が間桐邸に残された資料から調べ上げた前回の聖杯戦争―――全ての発端となった第三次聖杯戦争の経緯と結末について語り始めた。
時は西暦1940年頃、二度目の世界大戦となる第二次世界大戦真っただ中の冬木の地に於いて三度目となる聖杯戦争が人知れず繰り広げられていた。
さすがにルール無用の殺し合いにより聖杯降臨が失敗に終わった第二次聖杯戦争の反省もあってか、当時の御三家の当主たちもより細分化されたルールを設けた上で、聖堂教会から派遣された“言峰璃正”を監督役に置く事で前回の過ちを繰り返さぬように準備を整えていた。
そして、誰もが聖杯の降臨を確信する中で始まった第三次聖杯戦争は―――

「…モノの見事に失敗に終わったのですよ」

―――またもや、誰一人勝利者の居ない無効試合という無残な結果を迎えることになった。
何故、このような結末に至ったかといえば、御三家に於いて聖杯の器を提供するアインツベルン家の早すぎる敗退にあった。
実は、この第三次聖杯戦争に於いて、万能の願望器である“聖杯”を奪取する為に、ナチスや帝国陸軍の介入という非常事態が発生していたのだ。
これにより、御三家の一つであるアインツベルンはその戦いの序盤に敗退した上に、聖杯の器である“小聖杯”を破壊されてしまった事で、第三次聖杯戦争は無効に終わったのだ。
この第三次聖杯戦争の失敗を受け、アインツベルンはより安全に“聖杯の器”を守るための対策を迫られる事になった。

「だからこそ、アインツベルンは考えたのですよ、自らの身を守れる“聖杯の器”をね」

やがて、月日は流れ、四度目となる聖杯戦争に際し、アインツベルンは前回の反省から自らの身を護れるように自己管理能力を備えたとある“聖杯の器”を作り出すに至った。
そう、より高度に聖杯戦争に特化しつつも、“小聖杯”を胎内に埋め込む事で“聖杯の守り手”としての役目を果たし、英霊の魂を取り込むことで自身の死を引き換えに“聖杯”を完成させる機能を持った一体のホムンクルスを鋳造したのだ。
そして、この“小聖杯”を守る為に製作された“器の守り手”であるホムンクルスこそ―――

「すなわち、セイバー達の表向きのマスターであるアイリスフィール・フォン・アインツベルンなのですよ」
「「「…!?」」」

―――アイリスフィールに他ならなかった。
このシュピーネの明かしたアイリスフィールの真実を前に、伊達たちは一瞬周囲への警戒を一瞬忘れてしまうほどに絶句した。
確かに、それが事実であるならば、蓮がアイリスフィールにむかって言い放った脅迫まがいの言動にも納得できた。
何しろ、アイリスフィールが“聖杯”そのものと言っても過言ではない以上、圧倒的な力を有するバーサーカーの願いを叶える事を阻止する手段としては一番の最善手には間違いなかった―――アイリスフィールを犠牲にするという一点を除けば。
むしろ、否、だからこそ、蓮もアイリスフィールに対し余計な情を抱かぬように徹すべく、人でなく物として扱うように“殺す”ではなく“破壊する”と言ったのだ。
恐らく、このアイリスフィールの真実については、サーヴァントである銀時達にも知らされてはいないのだろう。
何しろ、“護るべき者の為に闘う”銀時からすれば、アイリスフィールの死によって完成に至る“聖杯”を認めるなど断じて有り得ない事なのだから。

「しかし、この事実が判明した時、私にはある不可解な疑問が浮かんできました」
「不可解な疑問って…どういう事だ、そりゃ?」
「何か妙な点でもあったって事ですか?」
「…そろそろ、そちらの答えを明かしてもらいたいでござんすね」

とここで、伊達たちの狼狽える様を愉快気に眺めていたシュピーネは徐に伊達の問い掛けに対する“答え”を明かすべく、自身が気付いた“疑問”について語り始めた。
さすがに話の本題に入る事も有ってか、伊達たちは未だに動揺が治まらぬ心に促されるまま、ここに至っても勿体付けるシュピーネを問い詰めるように話の続きを促した。
やがて、伊達たちに注目の視線を向けられる中で、シュピーネは下卑た笑みを浮べながら、自身が辿り着いた“疑問”について淡々と語り始めた。

「これまで、この組織…仮に“組織X”と称しましょう。これまで組織Xは聖杯戦争の裏でマスターである魔術師に脅迫或いは懐柔を試みてきました」

まず、シュピーネはこの巨大地下施設を作り上げた“組織X”の聖杯戦争における動向について指摘した。
この第四次聖杯戦争が始まってから今日に至るまで、“組織X”は様々な局面で暗躍を重ねてきたが、マスターである魔術師に対しては
―――ある時は。アインツベルン城での乱戦に介入して、打ち倒した綺礼の拉致を試みた事があった。
―――また、組織の保有する秘密施設を探りに来たウェイバー達に武装ゾンビを嗾け、余計な同行者を始末せんとした事も有った。
―――さらに、相対戦の準備期間に至っては、凛とイリヤを無理やり誘拐した上で、時臣と切嗣を脅迫するという強硬手段を取ってきた。
確かに、手段その物は典型的な悪の組織そのものでは有ったが、マスターである魔術師達に対しては極力危害を加える事無く、一貫して組織への協力を強いる程度に留めていた。
そう、“組織X”も“聖杯”を求めているならば、マスター達はそれを奪い合う敵でしかないにも関わらずにだ。

「だけど、それは“聖杯”を得る為に必要なマスターとサーヴァントを確保したかったからじゃ…」
「えぇ、確かにその通りなのですが…それにしたって他に手段も有るのにおかしいとは思いませんか?」

無論、大輔が言うように、“聖杯”を得られるのが勝ち残ったマスターとサーヴァントの一組だけである以上、“組織X”がなりふり構わずにサーヴァントを使役するマスターの身柄を拘束せんとするのは当然の事だろう。
しかし、シュピーネは大輔の意見に一理有ると頷きながらも、“なぜ、組織Xがマスターの確保に執着するのか?”を問いかけるように反論した。
事実、“聖杯”を得る事が目的であるならば、マスターの確保という余計な手間を取らずとも、マスターから聖杯戦争の参加者の証にしてサーヴァントの支配権でもある“令呪”を奪い取れば済む話なのだ。
無論、マスターから令呪を無理やり奪わねばならない以上、ある程度の魔術を用いた移植手術が必要となってくるだろう。
しかし、廃発電所や冬木の街の仕掛けから考えれば、“組織X”が令呪の移植など容易くできるだけの、魔術の知識と技術を有している事など容易に想像できた。
そして、答えを出せぬまま沈黙する伊達たちに対し、シュピーネは皆の注目を集めるかのように芝居がかった手振り目振りを交えつつ、“そもそも―――”と前置きしながら問いかけた。

「―――何故、組織Xは“聖杯”の担い手にして“聖杯”そのものであるアイリスフィールの奪取はおろか、彼女に対して何一アクションを取ろうとしないのでしょうか?」

そう、通路に仕掛けられた監視カメラの一つに自分達の姿が捉えられている事を、伊達たちに気付かれぬように仕向けながら…。



―――何もかもを諦めた村正が瞳を閉じて己の運命を受け入れかけた直後だった。

「―――いい加減、いつまでも自分のやっちまった事から目逸らすんじゃねぇよ、村正ぁ!!」
“えっ…!?”

そう、がらんどうである筈の剱冑の内から、己の罪から目を逸らさんとする村正を激しく叱咤する一喝が飛び込んできたのは―――!!
次の瞬間、村正は思考を遮ってきた靄が一斉に晴れていくのを感じると共に、思わず二重の意味で驚きの声を上げた。
一つは、景明を斬り捨てた際にはいなかった筈の仕手が確かに存在している事。
そして、もう一つは何よりも有り得ない事、すなわち、自分を一喝した声の主である仕手がここに、村正の生きた世界に居る筈のない人間であった事だった。
やがて、靄に隠されていた記憶が鮮明となっていく中で、村正は“有り得ない”と思いながらも、鮮明となっていく記憶から真っ先に浮かび上がった仕手の名―――“妖甲・村正”を護るべき“仲間”だと己の身命を懸けて示した“侍”の名を叫んだ。

“本当に、本当に銀時なの…!! どうして、ここに!?”
「言っただろう? オメェが背負っちまったもんを一緒に受け止めてやるって」

だからこそ、そんな村正の問い掛けに対し、声の主“坂田銀時”はいつもの軽口を叩きながら、村正と交わした“約束”を果たすべく啖呵を切ってきた。
この瞬間、全ての記憶を取り戻した村正は自身が過去の世界にいるという不可解な状況をようやく理解する事ができた。
かつて、第一天と一騎打ちを繰り広げていた村正たちは突如として乱入してきたキャスターの宝具によって各々自身の記憶の世界に囚われた事があった。
恐らく、今回の場合については、覇道神連合の中でもっとも魔術に秀でたメルクリウスがキャスターの宝具を自身の魔術で再現したのだろう。
そして、相対戦終了後、アインツベルン城に現れたメルクリウスは村正や銀時らを村正の記憶の世界へと送り込んだのだ。
そう、全ては過去の罪に囚われ続ける村正を救いたいという銀時の願いを叶える為に…!!
故に、だからこそ、だからこそ―――

「だからこそ、あいつらも駆けつけてくれたんだからよぉ」
“あいつらって、まさか…!!”
「あぁ…俺と同じでどうしようもない位の、お人好しの馬鹿ヤロー共だよ」

―――そんな銀時の思いに応えるべく、一騎当千万夫不当の“仲間”達も駆けつけてくれたのだ!!



そして、主演の一人である村正が記憶を取り戻すのを前後し、この幕間劇の脚本家たるメルクリウスの合図と共に舞台の幕を上げようとしていた。

「―――では、各々の手筈通りに事に臨んでもらいたいがよろしいかな?」

やがて、村正が覚醒した事を察知したメルクリウスが呼び掛けると同時に、自身の役目を果たすべく散っていった共演者からの声が通神帯(レンタル版)を通して次々と飛び込んできた。

“Jud. こっちはいつでも行けるぜ”
“Jud. 銀時様にもそのようにお伝えください、”

召喚した“武蔵”の艦首に立つアーチャーとホライゾンは、セイバーの為に奮闘する銀時に思いを馳せながら応じた。

“えぇ、私達もすぐにでも出撃できるわよ”
“足止めと露払いはこちらで任せてもらおう”

自身の宝具たる“騎士団”によって呼び出された紅蓮の軍馬に跨るランサーは、アラストールと共に今か今かと久方ぶりの戦場に待ちわびながら応じた

“うむ、ワシの方も配置についた。いつでも号令をかけてくれ、メルクリウス殿”
“…!!”

飛行する忠勝の背に仁王立ちするライダーは、“絆”を結んだ友の為に力を振るわんと意気込みながら応じた。

“こちらももうすぐ到着する。そちらも手筈通りにいけるな、アサシン?”
“…ま、いくら何でも、アサシンが暗殺を仕損じる訳にはいかねぇからな”

人目につかずに身を潜ませて移動するキャスターとアサシンは、図らずも訪れた“借り”を返せる機会に感謝しながら応じた。

「…では、各人の奮闘を願おう。では、これより―――」

そして、全ての準備は整ったのを確認したメルクリウスは協力者として尽力せんとするアーチャー達への労いの言葉を送る共に声も高らかに舞台の開演を宣言せんとした。
―――それでは一つ、皆さま…彼らの歌劇をご観覧あれ。
―――その筋書きは荒唐無稽、ご都合主義に思われるが。
―――役者が良い、至高と信ずるよ。
―――されど、これは恐怖劇には非ず。
そう、なぜなら、これは―――

「―――逆襲(ヴェンデッタ)を始めようか」

―――理不尽な運命を理不尽で以て覆す英雄達の逆襲劇なのだから…!!

第75話:装甲悪鬼村正―――白夜叉編!!


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