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Fate/ZERO―イレギュラーズ― 第74話:集いし絆の仲間たち
作者:蓬莱   2017/11/05(日) 16:42公開   ID:.dsW6wyhJEM
当事者たちの予想を超える数々の波乱に次ぐ波乱を繰り広げられた相対戦第三戦の決着を迎えようとする中、近藤達の乗ってきた自動車の車内からひっそりと事の成り行きを見守っていた者達―――アインツベルンの森にて近藤達と合流したアーチャー達の姿が有った。

「さて、一時はどうなる事かと思ったが…これを以て、この混沌の坩堝となった相対戦第三戦の決着がついたわけだが…これで満足いただけたかな、アーチャーよ?」
「おう、色々と助けてくれてありがとうな、メリー」

その最中、常と変らず舞台役者めいた大仰で口ぶりで尋ねるメルクリウスに対し、アーチャーはメルクリウスのウザさに苛立つどころか、色々とこちらに手を貸してくれたメリクリウスへ愛称付きで感謝の言葉を返した。
事実、近藤達と合流した後、事の成り行きを知ったメルクリウスの提案で、メルクリウスの有する“永劫回帰”をちょっと応用した転移魔術でアインツベルン城へとワープしたのだ。
そのおかげで、近藤達はセイバーが銀時を殺さんとする間一髪のところで間に合う事ができたのだ―――まぁ、普通の人間なら死にかねない程度の多少荒っぽい方法ではあったが。

「ですが、本当に宜しかったのですか、メルクリウス様?」
「うむ…一応、何か訳があってと思い、近藤殿達には黙ってはいたが…」

とここで、乗り合わせの為に霊体化していたホライゾンとライダーが何処か納得しがたい後ろめたさがあるかのような口調でメルクリウスに問い詰めた。
よくよく考えてみれば、相対戦第三戦の舞台であるアインツベルン城までわざわざ徒歩で向かわずとも、メルクリウスの転移魔術を使っていればすぐにアインツベルン城に到着する事ができた筈なのだ。
事実、この展開を見越していたかのようなメルクリウスの口振りと覇道神としての権能から鑑みれば、アインツベルン城に向かっている時点で、メルクリウスがセイバーの乱入に気付いていてもおかしくなかった。

「普通に考えれば、私達なら、あの場を制するなど容易かった筈だ」
「まぁ、俺の場合は駆けつけたところで、ほとんどやる事はなかったけどな」

そして、キャスターの言うように、自分達が加勢すれば、度重なる暴走により魔力を消耗しきったセイバーを打ち倒す事など造作もない事だった。
もっとも、直接戦闘に不向きである事を皮肉るように自嘲するアサシンについては別だが。
とはいえ、メルクリウスがセイバー襲撃を察知した時点でアインツベルンの城に乗り込んでいれば、少なくとも銀時がここまで追い詰められる事は無かったはずなのだ。
このメルクリウスの不可解な行動に対し、車内に残った面子の誰もが疑念の念を抱かずにいられない中で―――

「でも、それじゃあ…セイバー、いや、村正のねえちゃんが助けられねぇよ」

―――アーチャーだけはやれやれと座り込む銀時と安堵の余り放心状態となったセイバーの姿をジッと見比べながら、メルクリウスの真意を代弁するかのように言い切った。
確かに、キャスターの指摘通り、あくまで銀時を助けるだけならば、六陣営のサーヴァントが総掛かりで事に当たれば、暴走したセイバーを倒すのは容易い事だっただろう。
しかし、それでは切嗣の令呪によって銀時との不本意な闘いを強いられた上に、己の抱える“善悪相殺の誓約”の業に苛まれて頑なに心を閉ざしたセイバーを救う事はできないのだ。
無論、護るべき仲間であるセイバーの暴走を止めるべく、我が身と命を削るような説得を続けていた銀時にとってもそのような結末を望むところではないだろう。
そして、他者の心を読み抜く事に長けたメルクリウスがその事に気付かない筈がなかった。

“故に、私はあの男を、坂田銀時を信ずる事を選んだ”

だからこそ、今後の本番に向けての影響を含めた上で、メルクリウスはセイバー襲撃の時点で転移魔術を行使しないどころか、銀時が殺害されるギリギリまで事の成り行きを見守るのに徹した。
そう、自身の業によって摩耗したセイバーの心を救える者が銀時を差し置いて他にいないと見ん込んだ上で、メルクリウスは一切干渉することなく、坂田銀時という“侍”に全てを託したのだ。
そして、銀時の命まで張った説得によりセイバーは戦意を完全に喪失し、イリヤやアイリスフィールによる切嗣の説得という想定通りの介入もあってか、ほぼメルクリウスの目論み通りの結果となった。

「まったく…あの銀髪の侍を色々とかっているようだが…それにしても分の悪い賭けに乗ったものだな」
「…その意見に関しては然りとしか言えぬよ」

とはいえ、やれやれといった様子で苦笑するキャスターの指摘通り、一歩間違えれば、メルクリウスの目論みの全てがご破算という可能性が全く無い訳ではなかった。
―――もし、銀時が説得するよりも先にセイバーに斬られていたら?
―――もし、この聖杯戦争の裏で暗躍する招かねざる客の介入を許していたら?
―――そもそも、銀時がセイバーを救う事を諦めてしまったら?
もはや、例を挙げる事すら馬鹿らしくなるような数多くの不安要素から鑑みれば、メリクリウスの挑んだ賭けは余りに分の悪いモノだった。
そんな呆れ混じりのキャスターの指摘に対し、さすがのメルクリウスも常の自分らしからぬ危うい選択をした事を素直に頷かざるを得なかった。
しかし、それと同時に、キャスターとメリクリウスは知っていた―――

「だが、それでも最後まで諦めなかっただろう。あれはああいう類の人間だ」
「然り。我が愚息とマルグリットが認めたのだろう」

―――“それでも坂田銀時が護るべき者であるセイバーを見捨てるなど決してあり得ない”という事を。
恐らく、この聖杯戦争に召喚されたサーヴァントの中で、銀時は誰よりも人らしい“強さ”―――“護るべき者の為に命を懸けて闘う信念”を有しているのだ。
だからこそ、自身の信念という武器を以て、銀時は最強の一角たるランサーとほぼ互角に渡り合い、狂乱状態のセイバーの心を下すができたのだろう。
そして、そんな銀時の姿を前に、メルクリウスは自身が抱いていた“予感”を“確信”へと転じさせていた―――“あの第六天を討つ者は銀時を於いて他にいない”と。

「おおぉ…やっぱり、金髪巨乳教同士、何か通じ合うものがあるのかな?」
「はっはははははは!! 確かに性癖はともかく、お互いにマルグリット殿に対してそうとうほれこんでいるようだからなぁ」 
「しかし、同じ意味合いでも、キャスター様はともかく、メルクリウス様には殺意しか湧かないのはなぜでしょうか?」
「まぁ、中身は色んな意味で五十歩百歩だとしても、外見の差がなぁ」

ちなみに、周りの外野のひそひそ話については、メルクリウスもキャスターも色々と空気を読んでなのか、敢えてスルーに徹することにした。
メルクリウスは思った―――“非生産的なレズ欲情に爆走する小娘と同列にするな”と。
キャスターは思った―――“童貞拗らせた自殺志願者と一緒なんぞ御免だ”と。
もっとも、メルクリウスもキャスターも愛のベクトルは違えども、黄昏の女神たるマルグリットにグラヴィティな想いを寄せている事に変わりはない以上、同類扱いされるのもやむを得ない事だろうが。
とにもかくにも、相対戦第三戦の決着を見届けたアーチャーはいつもと変わらぬ笑みを浮べながらこう言い切った。

「…んじゃ、後一仕事頑張ろうぜ、皆」

そう、第四次聖杯戦争において最大規模の戦闘となるバーサーカーとの決戦に向けた最後のやり残しを片付ける為に―――!!



第74話:集いし絆の仲間たち



「たく、冷や冷やさせやがって…オメェが何で切嗣のヤローに喧嘩売ってまで命懸けて体張ってんだよ」

相対戦第三戦終了後、傷ついた体を労わるように一息ついていた銀時は自分に治癒魔術を施しているアイリスフィールに心底肝が冷えたと言いたげに悪態を吐いた。
一応、切嗣の目論んだ銀時の抹殺はイリヤとアイリスフィールの説得により断念する事となった。
とはいえ、切嗣が令呪を解くのが後数秒遅れていたならば、セイバーの刃は銀時ごとアイリスフィールを斬り捨ててもおかしくはなかったのだ。
もし、そうなっていたら、護るべき者の為に闘う銀時にとっては絶命の直前まで死んでも死に切れないほどの後悔に苛まれずにはいられなかっただろう。

「でも、良かったのかよ、切嗣の事は?」
「…正直、これで良かったのかは、私にも分からないわ」

さらに、銀時の指摘するように、この一件によって切嗣とアイリスフィールとの間に浅くない溝が生じてしまった事も決して無視できないモノだった。
事実、生涯初めてとなるアイリスフィールの反発は、切嗣の心に多大な衝撃を与える事になっただろう。
しかも、その切っ掛けとなったのが、切嗣にとって憎まずにはいられない銀時の存在であるのだから事態の深刻さにより一層拍車をかけていた。
だが、アイリスフィールはやや戸惑いがちに首を横に振りながら銀時の問いに答えつつも、“でも―――”と付け加えて、心の中で未だに燻る迷いを振り切るように言い切った。

「―――それでも、私にとっても銀時は命を懸けたくなるほど大切な“仲間”だから」
「…ありがとな、アイリ」

その一切の偽りのない自身の本音を打ち明けたアイリスフィールを前に、銀時はしばしの沈黙の後、やれやれと頭を振りながらも思わず笑みを浮べてしまった。
恐らく、アイリスフィールにとって、切嗣に対する命懸けの反抗は心身ともに相当大きな負担を強いるモノであっただろう。
だからこそ、銀時はアイリスフィールへの感謝の言葉を口にせずにはいられなかった―――僅かな付き合いしかない自分の為に命を懸けてくれた“仲間”に向かって。
故に、銀時は確信するのだった―――

「…ふっ、どうやら、お前も人妻の良さが分かってきたようだな」
「安心しろ、万事屋。お妙さんは俺がきっちりねっとり見守ってやるからよ!!」
「おぉう、これが桂の言っていたNTRか」
「とりあえず、人としては最低の部類の上に、傍目から見ればどっちもどうしようもないマダオですがね」
「おう、お前ら…とりあえず、一発ずつキツイツッコミくれてやるよ」

―――そんな人の感傷をぶち壊すかのように、色々と人の事を人妻趣味やNTRマダオだとほざくヅラ達をしばき倒さなければならないのは人として当たり前の事なんだと。
如何にアイリスフィールから治癒魔術を施されたとはいえ、本来なら銀時の負った手傷はサーヴァントであろうと身体を満足に動かせないほどの深手である筈だった。
だが、持ち前の身体の頑強さやギャグ系キャラ特有の高回復力によるモノなのか、銀時はまるで完治したかのように立ち上がるや否や、人の尊厳を貶めたヅラ達にキツイ一発を叩き込むべく襲い掛かった。

「…」

そんな銀時達の馬鹿騒ぎが繰り広げられる中、中庭の片隅に蹲ったセイバーは無言のままに顔を俯かせるしかなかった。
もはや、出鱈目としか言いようがない銀時の頑丈さに呆れる一方、セイバーは如何に令呪による影響下であったとはいえ、自身の心の弱さゆえに銀時を傷つけてしまった不甲斐無さを心の中で責め続けていた。
“俺にとっちゃ命を懸けてでも護りてぇ仲間なんだよ”―――そんなどこまでも真っ直ぐな銀時の言葉を前に、セイバーは己の業に押し潰されかけていた心を救われた半面、本当に今の自分にその資格があるのだろうかと思わずにはいられなかった。
それでも、どうにか言葉を紡がんと考え込むセイバーであったが、銀時に対する負い目から声を掛けられずにいたのだ。
その結果、周りに目を向ける余裕すらないまま、セイバーは澱のように溜まっていく悶々とした感情に心が沈んでいくのを感じながら蹲るしかなかった。

「うりゃっ!!」
「ひゃん!?」

だからこそ、セイバーは気付けなかったのであろう―――いつの間にか目の前に立っていた誰かに強烈なデコピンを打ち込まれるまで。
この思わぬ不意打ちを前に、セイバーは避ける事も防御する事も敵わぬまま、おでこに叩き込まれた痛みと衝撃に思わず軽い悲鳴を上げるしかなかった。
やがて、未だにズキズキと痛みの残るおでこを抑えたセイバーは何が起こったのか分からぬまま、そのデコピンが放たれた方向へと目向けた。

「ランサー…」
「いい加減、馬鹿みたいにイジケるのは止めときなさいよ。もう素直に自分の気持ちを全部言っちゃえばいいじゃない」

そこには、完全に心の折れたセイバーの有様にヤレヤレといった様子で苦笑しつつも、それでもセイバーにさっさと立ち上がれと言いたげに活を入れるランサーの姿が有った。
正直なところを言えば、今後二度とない銀時との真剣勝負を心待ちにしていたランサーとしては、その機会をぶち壊した実行犯であるセイバーに軽い文句の一つでも言ってやりたい程度の事は思っていた。

“だけど、さすがにアレは無いでしょうが…”

しかし、未だに自責の念に打ちひしがれたままでいるセイバーを見た瞬間、さすがのランサーも思わずムッと苛立ちを感じずにはいられなかった。
元々、ランサーの性格からそういったイジケ根性が嫌いな事に加え、後悔するだけで自ら何とかしようとする気概さえ見せないセイバーの在り方もランサーの苛立ちに拍車をかけていた。
そんな自分の殻に閉じこもるセイバーの姿は、ランサーからすれば自らの命を懸けて奮闘しながら救いの手を差し伸べ続けた銀時の想いを無碍にしているようにしか思えなかった。
故に、ランサーは一時的とはいえ共に闘った銀時の誼として、腑抜けたままでいるセイバーを立ち直らせようと多少手荒い方法で活を叩き込んだのだ。

「わ、私だって…私だってそんな事ぐらい分かっているわよ。でも…でも…!!」

一方、そんなランサーの正論を前に、セイバーは何かを言い返さんとしながらも言いよどんだまま、ただ目を背けるように俯くしか術は無かった。
無論、セイバーとしても、ランサーの言うようにこのまま無意味に後悔に苛まれているだけでは一歩も前に進めない事も、自分の為に命を懸けた闘い抜いた銀時の想いも痛いほど理解していた。
だが、それでも、セイバーは銀時の過去を思い返すたびに、差し出された銀時の手を握り返す事に躊躇せずにいられなかった。

「もう二度と銀時にあんな思いはして欲しくないの!! 私のせいで…私の“善悪相殺の誓約”のせいで、銀時の護りたい人たちを殺してしまうかもしれないのよ!!」

かつて、銀時は“仲間”を護り抜くという“師”の約束を果たすべく、仲間である桂と高杉の目の前で師である松陽を自らの手で殺めた。
それ以降、銀時は二度と同じ過ちを繰り返さぬように、護り抜くべき大切な“仲間”の為に幾度となく闘い抜いてきた。
しかし、セイバーに課せられた“善悪相殺の誓約”はそんな銀時が護らんとする“仲間”―――アイリスフィール達を殺めかねない危険性をはらんでいた。
それは銀時にとってもっとも忌むべき過去の再現にほかならず、同じく“仲間”として銀時を想うセイバーにとっても絶対に避けねばならない事だった。
そう、例え、それが自身と銀時との間に紡がれた“絆”さえも断ち切る事に成ろうとも―――!!

「だから、私は―――馬鹿か、おめぇは?―――えっ?」
「たくっ、どんだけ面倒臭ぇ性格してんだよ、この馬鹿剱冑は…」

だが、そんな悲痛な想いと共に“…銀時の“仲間”になる資格なんてない!!”と叫ばんとしたセイバーの声を呆れ混じりの口調で遮ったのは、他ならぬ銀時本人だった。
そもそも、銀時がどれだけ自身が傷つこうとも命を懸けてまで闘い続けたのは、かつての過去の再現を繰り返さんとするセイバーを押し止めるためであり、護るべき仲間を助けたかっただけなのだ。
だからこそ、ここまで自分が身体を張った説得にもかかわらず、未だに自身の業に囚われて立ち直れないでいるセイバーの有様に対し、銀時がうんざりした表情で苦笑するのも無理からぬ話だった。
無論、その程度の事で銀時が仲間であるセイバーを見捨てるなど絶対に有り得ない事だが。

「いきなり、馬鹿って何よ、馬鹿って!! そもそも、私の“善悪相殺の誓約”がどういうモノか、銀時が一番良く分かっている筈でしょ!!」
「あぁ、俺も色々と夢の中でオメェの酷ぇ過去を散々見せつけられたしな」

一方、そんな銀時の心中など知ってか知らずか、セイバーは苛立ち混じりの声を荒げながら、“善悪相殺の誓約”がどれほど危険な呪いであるのかを訴えるように叫んだ。
先もランサーに言ったように、セイバーの“善悪相殺の誓約”は憎むべき敵を殺したなら愛すべき味方を殺さねばならない、“仲間”を重んずる銀時にとって忌むべきモノなのだ。
しかし、当の銀時は一切動ずることなく、必死に拒絶せんとするセイバーの言葉をしっかりと受け止めていた。
実際、“善悪相殺の誓約”の危険性やそれによって齎されたセイバーの悲劇については、銀時も夢の中に現れた洞爺湖仙人との対話を通して充分に理解していた。
無論、護るモノの為に闘う銀時にとって“善悪相殺の誓約”は未だに受け入れがたいモノである事には変わらなかった。

「…それでも、俺にとっちゃオメェも護りてぇ大事なモンの一人なんだよ、“村正”」
「―――っ」

だが、その上で、その全てを背負う覚悟を決めた銀時はセイバーの真名である“村正”の名を躊躇う事無く告げながら、唖然とするセイバーに向かって泣きながら蹲る幼子が立ち上がれるのを助けるかのように手を差し伸べた。
確かに、セイバーの“善悪相殺の誓約”は一見すれば、味方殺しを強いる呪いにすぎないのかもしれない。
しかし、否、だからこそ、銀時が今日に至るまで“聖杯戦争”の舞台に投げ出されながらも、殺し合いの空気に飲まれる事も誰一人殺すこともなく闘い抜いく事ができたともいえるのだ。
そして、バーサーカーという共通の脅威や銀時・アーチャー・ライダーのような間を取り持つ存在がいたとはいえ、銀時と闘った者達を含めて誰一人脱落しなかった事も、本来ならば有り得ない六陣営同盟を為し得る一因になったのは紛れもない事実だった。
そう、“善悪相殺の誓約”はセイバーの語るように“絆”を断ち切だけでなく、この聖杯戦争に於いて敵味方の垣根を越えた“絆”を築く事ができたのだ

「だから、村正…俺はオメェを絶対に切り捨てたりしねぇからな。オメェが背負わされたもん全部ひっくるめて背負ってやるよ」
「…馬鹿っ」

故に、銀時はセイバーに宣誓するように告げるのだった―――“善悪相殺の誓約”も“妖刀悪鬼村正の過去”を含めて、この掛替えのない“絆”を齎してくれたセイバーの全てを“仲間”として受け入れる事を。
無論、それは口で言うほど容易いモノではなく、“善悪相殺の誓約”が枷となり、この先の闘いに銀時が苦戦を強いられることになるのは容易に誰でも予想できるだろう。
だが、当の銀時からすれば、その程度の苦戦を強いられる事など、己の信念を曲げて生き続けることに比べればさして問題ではなかった。
やがて、“坂田銀時は絶対に自分を見捨てない”事を否が応でも理解せざるを得なかったセイバーはただはき捨てるように悪態を吐いた後―――

「本当にどうかしているわよ、大馬鹿…!! 私みたいな仕手殺しの妖刀を仲間だって言い張るなんて、どこまでお人好しなのよ、あんたは…!!」
「こっちは今までも色んな面倒なもんを散々背負ってきたんだ。今更、こんぐらいどうって事ねぇよ」

―――差し出された銀時の手をしがみつくように取りながら、銀時に支え起こされるように二本の足でようやく立ち上がったのだった。
それと同時に、これまで胸の内に溜め込んだ澱の全てを吐き出すかのように泣き顔で罵倒するセイバーであったが、そこにはそれまでの悲愴な想いとは真逆の感情―――“感謝”と“喜び”の想いがはっきりと込められていた。
一方、いつもと変わらぬ軽口を叩く銀時も、己の“業”と“過去”により自身を拒絶していたセイバーがようやく立ち直れたことに安堵の笑みを浮べていた。
そう、“もう二度と離さない、離したくない”という自身の想いを示すかのように固く握りしめられたセイバーの手に宿る確かな温かさを感じ取りながら。
そして、今ここに、一度は相容れぬ信念故に別たれた仕手と剱冑は凄惨な殺し合いを経て互いを受け入れることで、如何なる太刀でも断ち切れぬ鋼の“絆”を結んだのであった。



一方、アイリスフィールはようやく“絆”を取り戻した銀時とセイバーのやり取りを遠巻きに見つめていた。
“本当に良かった…”―――そう心中で呟くアイリスフィールであったが、先程までケイネス達に一通りの事情を説明していたソラウが神妙な面持ちで話しかけてきた。

「ねぇ、あなた…少しだけ後悔している?」
「…うん、ちょっとだけ」

まるで自身の心中を見透かしたかのようなソラウの唐突な問い掛けに対し、アイリスフィールは気まずそうにやや顔を俯けつつも、自身の不安を打ち明けるようにポツリと小さく呟いた。
事実、この一件によって、アイリスフィールは切嗣を盲目的に信ずる“人形”ではなく、一人の“人間”として切嗣の暴挙を止める事を選んだ。
それは同時に、アイリスフィールがこれまで築き上げてきた切嗣との関係を自ら打ち壊してしまったことに他ならず、自身の心の支えでもあった切嗣との“絆”を失ったことへの後悔の念を抱いてしまうのは無理からぬ話だった。
だが、アイリスフィールは少なくとも自身の選択が決して間違いではないと確信していた。

「それでも、銀時やイリヤが示してくれたように、私も皆の前で“仲間”だって胸を張って言えるような自分になりたいから」
「そう…」

なせなら、アイリスフィールが思わず憧れて思ってしまうほど眩い“絆”―――“仲間”や“友”の為に命を懸けて闘わんとした銀時やイリヤの在り方が決して間違いである筈がないのだから。
故に、アイリスフィールは初めて自らの意思で“人”としての在り方を示す第一歩を踏み出させたのだ。
だからこそ、未だに胸で燻る後悔を抱きつつも、アイリスフィールの目には銀時達と同じ“絆”を結んだ者として自身の生き方を貫く事への迷いの色など一切なかった。
そんなアイリスフィールの決意を前に、ソラウは“要らぬお節介だった”という口振りで素っ気なく頷いた。

「なら、精一杯頑張りなさい。あなたの選んだ生き方をあなたの大切な人にちゃんと分かってもらえるまでね」
「…ありがとう」
「…」

その直後、それでもなお一度は失った切嗣との“絆”再び結ばんと決意するアイリスフィールにむかって、ソラウは自身の生き方を選んだ先達として後進を後押しするかのように微笑むのであった。
この思いもよらぬソラウの励ましの笑みを前に、アイリスフィールはまたもや自身の胸中を見抜かれた事に戸惑いながらも、迷ってばかりの自分にエールを送ってくれたソラウの心遣いに感謝の言葉で以て返すのだった。
そんなアイリスフィールからの感謝の言葉に対し、ソラウは徐に背を向けると“どうも”と返答するかのように手を振りつつ、こちらを見つめるランサーの元へと足早に戻っていった―――アイリスフィールに気恥ずかしそうに赤くなった自身の顔を見られぬように。

“…本当にらしくない”

その一方で、ソラウは心中で魔術師らしからぬ自身とアイリスフィールとのやり取りを思い返しながら思わず苦笑するしかなかった。
事実、かつてのソラウならば必要以上に他人の心情に踏み込むのはおろか、魔術師の道具でしかないホムンクルスを人として接した上で慰めるなど絶対に有り得ない事だった。
もっとも、それと同時に、ソラウにはどうして自分がここまで変われたのかという理由も分かっていた。

「結構優しいじゃないの、ソラウ」
「…ま、どこかの誰かのおかげかしら?」

そう、こちらの気持ちまで良くなるほど満面の笑顔で迎えてくれたランサー、否、マティルダ・サントメールという“友”のおかげである事を。
だからこそ、ソラウは若干本心をはぐらかすようにランサーの軽口に応えつつ、心の底から微笑み返すのであった―――自身を変えてくれたマティルダとの“絆”への感謝の思いを抱きながら。



そして、セイバーやアイリスフィールの抱えていた問題にひと段落ついてからしばらく時を置いた直後だった。

「さて…」

それまで泣きじゃくるセイバーを宥めていた銀時は徐に何かを確かめるように軽く身体を動かし始めた。
“精々、あと一戦ぐらいか…”―――そう心中で未だに癒えぬ身体に少なからず痛みを感じつつも、銀時はもう少しだけ闘えるだけの余力を確認した。
その直後、銀時は不安げに自分を見つめるセイバーにむかってこう告げるのだった。

「んじゃ、早速だけど、オメェの気づいていねぇ事も教えてやんねぇとな」
「へ?」

この思いもよらぬ銀時の言葉に対し、セイバーは思わず間の抜けた声を上げてしまうほど呆気に取られてしまった。
少なくとも意味ありげな銀時の口振りからして、セイバー自身が気付いていない何らかの秘密を有しているのはある程度察する事はできた。
しかし、その当事者たるセイバーからすれば寝耳に水の話であり、銀時が口にしたような秘密についての心当たりなど全く無かったのだ。

「まぁ、その前に…」

しかし、困惑するセイバーを尻目に、銀時はその疑問に答える事無く、やれやれといった様子で近藤達の乗ってきた自動車(血糊塗装)へと近づいて行った。
先程、銀時がセイバーに斬られる直前、まるでタイミングを見計らったかのように近藤達の自動車は何もない空間から突如として出現した。
当然の事ながら、魔術師でない近藤やヅラはもちろん不可能だし、才能はともかく魔術師としては未熟な凛やイリヤにあのような芸当ができるなど到底思えなかった。
故に、銀時は近藤達の車の前で足を振り上げながら確信した―――

「んで、いつまでスタンバってんだよ、ニート変質者ぁ!!」

―――この相対戦三連戦を提案した張本人であるメルクリウスが近藤達と同行してきた事を…!!
あの“他力本願が十八番”と言い切るメルクリウスがわざわざ重い腰を上げて出向いてきた以上、自分の助力が必要となる事を大凡理解しているのだろう。
実際、銀時もセイバーの抱える秘密を明かす為には、魔術に長けたメルクリウスの力を借りなければならない事も分かっていた。
さらに付け加えるなら、こちらの意を汲んでか、狂乱したセイバーとの闘いにあえて介入してこなかった事には一応感謝もしていた。

「オラ、いい加減出てこいや!! 金髪巨乳マニアストーカー変質者なテメェにぴったりな仕事だぞ、キリキリ働きやがれ!!」

しかし、事が終わっても一向に出てこようとしないメルクリウスの筋金入りのニート振りを前に、さすがの銀時もいい加減キレてしまったのか、ヤクザじみた罵声を捲し立てながら、車内にいるメルクリウスを叩きださんと近藤達の車を蹴り続けた。
まぁ、元々の好感度が最底辺な上に、如何にサーヴァントの身であるとはいえ、タイミングを見計らったようにワープしてきた車に撥ね飛ばされた銀時からすれば、メルクリウスに感謝の気持ちを抱けという方が無理な話ではあるが。

「いい加減に―――“やれやれ…”―――っ!?」

やがて、近藤達の車がその原形を辛うじて分かるまで破壊されても直、未だに姿を見せないメルクリウスに苛立ちをつのらせた銀時が更なる一撃を与えんとした瞬間だった。
突如として、未だに怒り心頭の銀時の罵声を遮るかのように、“まったく仕方ないなぁ、銀時くぅんはぁ…”と某猫型ロボットを思わせる口調で語りかける変質者の声が銀時の背後から割り込んできた。
そして、その声の主が誰であるか察した銀時がすぐさま自身の背後を振り返った時だった。

「―――私が愛するのは唯一無二の女神“マルグリット”のみ。断じて金髪巨乳などという犬臭い忍者の嗜好と一緒にされては困る」
「うん、やっぱ…どうしようもねぇくらい変態だよ、テメェ」

そこには、銀時への非難や遅参した事への謝罪よりも先に“点蔵(パシリ)とは違うのだよ、点蔵(パシリ)とは!!”と釘を刺すように宣言する“水銀の蛇”ことニート変質者がまるで芝居がかった大仰な仕草でポーズを決めて立っていた。
ちなみに、何故か“ドッキリ成功”のプラカードを掲げたアーチャー達を引き連れていたがいつもと変わらぬ事などでスルーに徹した。
そう、実は銀時が近藤達の車に近付くよりも前に、メルクリウス達は霊体化した上で車内から抜け出し、誰も居ない車に罵声を浴びせ破壊する銀時の背後でスタンバイしていたのだ。
無論、メルクリウスがわざわざこんな登場の仕方をした理由については、自分を働かせた銀時への嫌がらせの為だけであり、それ以外の意図は全くなかった。
とはいえ、メルクリウスの力が必要な以上、銀時も内心で“うぜぇ、超うぜぇ…!!”と助走してから殴りつけたい衝動に駆られそうになるのを必死に抑えるしかなかった。
そして、銀時は魔術を行使する準備に取り掛かったメルクリウスに精一杯の皮肉を返しつつ、ジッとこちらを見据えるアーチャーにむかって最後の確認を取る事にした。

「んで、呼ばれてもないのにテメェらも付いてくんのかよ、全裸」
「オイオイ、今更、そんな水臭ぇ事は言いっこなしだぜ、銀時」
「その通りだ、銀時殿」
「まぁ、今更無関係でいる訳にもいかんからな、天パ」
「色々と言いたいことは有るけど、ここは素直に力を借りとけ、坂田」
「そうそう、ここまで来たら一蓮托生という奴よ、銀時」

銀時はアーチャーに問い掛けた―――“ここから先は自分とセイバーの問題だ”と無関係なアーチャー達を巻き込みたくないと険しい表情で。
それに対し、アーチャーは銀時に返答した―――“だったら、俺達も無関係じゃないぜ”と皆の気持ちを代弁するかのように笑みを返しながら。
さらに、この場に集ったライダー達はそれぞれの言葉で以てふん切りのつかない銀時に向かって告げた―――“仲間と思っているのはお前だけじゃない”と訴えかけるような眼差しで見据えながら。
本来の聖杯戦争ならば、アーチャー達はサーヴァントとして自身の願望を叶えるべく、万能の願望器である聖杯を求めて相争う敵という関係でしかない筈だった。
しかし、バーサーカーの処遇を巡っての対立などの紆余曲折は有れども、アーチャー達は一切の打算なく、自らの意思で“仲間”として力を貸すべく駆けつけてくれたのだ。
恐らく、これから始まる“戦い”がセイバーを救う事しか意味もないという事も承知した上で…!!
やがて、銀時は“そうか”と小さく頷いた後、ここに集ってくれたアーチャー達に向かってこう告げるのだった。

「…ありがとよ、皆。オメェらに出会えて本当に良かったぜ」

そう、唯一つの思いを、この聖杯戦争に於いて“絆”を結んだ仲間達への感謝の思いを精一杯込めた言葉で以て―――!!

「え、ちょっと、私がまだ知らない真実って…どういう事なの、銀時?」
「まぁ、オメェもオメェで第一天のねーちゃんと同じくらい逃げていたって事だよ」

とここで、ただ一人だけ事態をのみ込めずにいるセイバーが銀時に何を始めようとしているのか説明を求めるように詰め寄ってきた。
しかし、当の銀時はセイバーの問い掛けに応える事無く、先程と同じように意味深な言葉を投げかけるだけだった。
この銀時達の不可解な言動に困惑するセイバーに対し、銀時は“心配すんじゃねぇよ”と宥めるように笑みを浮べつつ、いつもの死んだ魚のような眼に光を宿しながらこう告げるのだった。

「…今度こそ受け止めようぜ、おめぇに伝わらなかった湊斗景明の思いを一緒によ」

次の瞬間、その銀時の言葉を合図とするかのように、セイバーを中心に展開された魔方陣によってメルクリウスの魔術が発動した。
 
 
 
 
 
 
 
 
一方、アインツベルン城にてメルクリウスの魔術が発動した同時刻、切嗣は力なく頭を項垂れながら冷たい牢獄の中で絶望に打ちひしがれていた。

“…終わった、本当に全てが終わった”

もはや、ここに至って、切嗣も取り返しのつかないほどに自分が詰んでしまった事を否応なしに理解せざるを得なかった。
バーサーカー陣営の謀略で警察に身柄を捕らえられた事に加え、頼みの綱であったアイリスフィール達による救援も銀時の暗殺にセイバーをけしかけた事でほぼ絶望的となった。
さらに、残された令呪でセイバーに助けを求めようとも、拘束具で口をふさがれている為に令呪を行使する事もできなかった。
否、仮に残された最後の令呪を行使して脱獄したとしても、セイバーを御する術がない以上、銀時の暗殺を強いられたセイバーが切嗣に従う道理がない事など火を見るより明らかだった。
それに加えて、あのシュピーネと名乗る男によって警備の強化が為されたのなら、唯一の頼みの綱となった舞弥の助けもほぼ不可能であるのは明白だった。
だからこそ、切嗣は否応なしに受け入れざるを得なかった―――自身の聖杯戦争はここで終えてしまった事実を。

“どうして、アイリは奴の為に命を懸けられたんだろうか…?”

もっとも、それ以上に、切嗣の心を打ちのめしていたのはよりにもよって自身の理解者にして愛する妻であるアイリスフィールや最愛の娘であるイリヤまでもが命を懸けてまで銀時を護らんとした事だった。
少なくとも、アイリスフィールやイリヤが銀時と親しくしていた事は、切嗣も内心で好ましく思ってはいなかったが一応理解はしているつもりだった。
だが、所詮は聖杯戦争が終わるまでの関係である以上、切嗣も殊更咎める事ではないと見て見ぬふりをするだけだった。
その結果、切嗣にもたらされたのは、切嗣の悪辣な行為に反発したアイリスフィールとイリヤが銀時側に就くという最悪の展開だった。

“いっそ、このまま…、ん?”

そして、自身の願望を叶えられずに聖杯戦争に敗れ、愛する者達との“絆”さえも失った切嗣に直も再起を図らんとする心がある筈も無かった。
もはや、このまま、誰一人見とられる事無く、冷たい牢獄で衛宮切嗣と呼ばれた男の抜け殻に成り果てるのは時間の問題だった。
だが、不意に映り込んできた人影に切が何気なく目を向けた瞬間、ただ朽ち果てるだけだった筈の切嗣の運命は大きく流転する事になった。

「出ろ、衛宮切嗣。これより貴様の身柄を移送する」
“…っ!?”

そこには、警察服―――署長を示すバッチを付けた、あの“首領”と称される青年が冷たい眼差しで切嗣を見下ろすように立っていた。


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