アキトの胸を敵のドリルが貫く。
 大量の血が周囲に飛び散り、辺りを血の海へ変える。
 キヤルは目の前の光景が、とても信じられなかった。
 自分を襲ってきたはずの凶刃が、アキトの胸を貫ぬく。
 飛び散った血が、キヤルに降り注ぐ。
 そっと頬に付いた血を手で拭い取ると、キヤルはそれを見て絶叫した。

アキト――――っ!!!



紅蓮と黒い王子 第9話「オハヨウゴザイマス、ラピス」
193作





 ダレ? ダレ? ダレナノ? アナタハ――

 サレナと融合したその少女は、様々な記憶を体感していた。
 それは一人の少年と少女の出会いから始まった。
 多くの仲間に囲われ、ロボットに乗って戦う少年。
 少年は時を経て青年へとなり、最愛の少女と誓いを立てる。
 だが、その幸せも一部の男達の凶行によってもろくも崩れ去る。
 青年はからくも旧友の手によって助け出されるが、すでにその身体は普通の人間と呼ぶには遠く、全てを奪われた青年に残された物は、奪った物たちに対する憎悪と復讐のみだった。
 青年はかつての仲間達の手を振り解き、復讐に走る。
 幾千、幾万の命が失われ、復讐が果たされたその時には、傍には一人の少女を残し何も残らなかった。
 暗く冷たい宇宙。そこで青年は願う。
 自分と同じ道を歩ませてしまった少女の幸福を。
 青年は想う。
 振りほどいてしまった、悲しませてしまった、友人達のことを。
 そして、青年は口にする。
 愛した人たちの名前を。

「――――。それがあなたの心に残る人の名前……」

 サレナとの融合を解き甲板に降り立った少女の瞳にはかつての様な冷たさはなく、深い悲しみの色が宿っていた。






sasie
  カミナが敵のガンメンを奪った事件から、5日ほどの時が過ぎていた。

「グレン?」
「そう、グレンだ!! いい名前だろ」

 先日の奪ったガンメンはリーロンとラピスの手によって完全に補修され、機体の色は燃えるような赤、顔にはカミナと同じようにサングラスの様な物をかけ、肩には炎のマークが付けられている。
 シモンのジャケットの背中にも同じようなマークが付けられており、カミナの身体に彫られている炎と同じ、うねりをあげている。

「そのマークは?」
「こいつは俺達グレン団の旗印だ」
「あ、そう……」

 自信満々に背中のマークを見せ、宣言するカミナに少しどう対応していいか分からないヨーコは曖昧に返事を返す。

「ま、いいわ。それよりも狩りに付き合ってくれない?」
「狩りだ? そんな悠長なことをしてていいのかよ」
「大丈夫よ。ガンメンは朝しか襲ってこないし、向こうには向こうのルールがあるみたい」
「ふ〜ん、そんなもんか」
「あれ? そう言えばアキトは?」

 シモンがアキトはどうしたのかとヨーコに問いかけると――

「アキトならリーロンとラピスの指示で、黒の兄妹と一緒にトラップを仕掛けに行ってるわ。また、いつガンメンが襲って来てもいいようにってね」

 そう言うとグレンに乗り込むヨーコ。

「ほら、カミナ動かしてよ。グレンとラガンなら大量に水や食料も運べるでしょ? 今のうちにこっちも蓄えられるだけ蓄えておかないとね」

 パンパンとグレンを叩きながら言うヨーコに、頭を掻きながらも付き合うカミナとシモンだった。






「アキト、この辺りでいいのか?」
「ああ、適当に100メートル置きぐらいに設置しておいてくれ」

 谷の合間に沿って、小型の探査レーダーを仕掛けていくアキトと黒の兄妹。
 この探査レーダーはユーチャリスのシステムと直結しており、敵の索敵と奇襲用の爆弾の役目も担っていた。

「しかし、便利なもんだな。あのリーロンって奴もそうだが、ラピス嬢ちゃんにアキトも次から次へとすげえモン出してくるし、それにこないだのあのガンメンをやっつけた光を出す武器なんつったか?」
「グラビティブラストだ。もっとも今の状態では、そう頻繁に撃てる物でもない」
「でも、いいのか? リーロンとラピスの嬢ちゃんが最近、随分とつるんでるみてえだが、お前らって何かあの艦や持ち物にあんまり触れて欲しくなかったんじゃ?」
「その事なら問題ない。ラピスもその事は分かっているし、それにあのリーロンという人物、メカニックとしての欲望には忠実だが、それを決して悪用する人物ではないだろう」

 それに知られて困る範囲にはラピスがプロテクトを掛けている。リーロンもあの様子からするとそこまで心配がないとアキトは考えていた。
 かつての旧友であったメカニックの男と、説明お姉さんの姿が少し脳裏を横切ったが……

「アキト様、こちらも設置終わりました」

 そう言うとキノンとキヨウも、アキトとキタンの元に戻ってくる。

「キヨウ、キヤルの奴はどうした?」
「あれ? そう言えばいないわね」

 一緒にさっきまで設置作業をしていたはずのキヤルの姿が見当たらないことで、辺りをキョロキョロと見渡すキヨウ。

「たくっ、あのバカ、どこで油売ってやがるんだ?」
「アキト、兄ちゃん!!!」

 全員が声のした方を振り向くとキヤルが大声でこっちを手招きしている様子が見える。
 一同はキヤルのいる方向に向かう。

「お前、何やってんだ? こんなとこで」
「それどころじゃねえよ!! これ見てくれよ」

 そう言ってキヤルが指差す岩陰には、白い肌をしたラピスと同じくらいの年頃の少女がそこに倒れていた。
 青く長い髪に、見たこともない衣服を身に纏っている。
 その露出具合から見れば、ヨーコとそれ程変わらないであろう過激な衣服を見てキタンは――

ぐおおおお!!! 俺はロリコンじゃないロリコンじゃないロリコンじゃない……」

 何やら、また発作が発動していた。

「以前にラピスちゃんのワンピース姿見せてから、ずっとこんな感じなのよね?」
「ま、あれは確かに可愛かったしな〜」

 発動したキタンの発作を無視するとアキトは少女を抱える。

「取り敢えずユーチャリスに戻るぞ。ここでは治療も出来ない」






 ユーチャリス内にある医療用ベッドに寝かされた少女、その横ではリーロンが何やら機械を使って診察の様なことをしている。
 診察が終わると、リーロンは扉の外で待っていたアキトの元に報告にいく。

「大丈夫よ、ちょっとした過労でしょうね。おそらく荒野を着の身着のままで逃げてきたって感じかしら?」

 おそらくガンメンから逃げる途中であそこで倒れてしまったのだろうとリーロンは推測していた。

「でも、少しおかしくってね」
「おかしい?」
「そう、あの娘の身体の構成は限りなく私たち人間と酷似してるんだけど、ほんの数パーセント、遺伝子的におかしな部分があるのよね」

 そう言って、リーロンが見せる画面には解読不能の文字が。

「どういうことだ? 獣人なのか?」
「そうじゃないわ。言ったでしょ、限りなく私たちに近いって。むしろ後天的に身体を弄られたか、そう言う風に作られたのか? どっちかだと思うんだけど」

 リーロンの言葉に嘗ての自分やラピスのことが頭を過ぎる。――人体実験。
 世界は違えど、同じことが行われていると言う可能性にアキトの表情が厳しくなる。

「アキト、大丈夫?」
「ああ、リーロン、すまないがその事は他の皆には黙っていてくれるか?」
「……いいわ。あなた達のこともある程度、推測は付いているしね。このことは内緒にしておくわ」
「……感謝する」

 アキトは少女の眠っているベッドの傍に立つと、静かに憎しみと怒気が篭った声で呟いた。

「人の業はどこの世界も同じか……」






sasie
 時を同じくして狩りにでていたカミナ達は、偶然出会った獣人との戦いの渦中にあった。

「人間掃討軍極東方面部隊長、ヴィラル!!」
「……にんげんそうとうぐん?」
「そうだ、地上に出た人間は我々が殲滅する。逃がしはせんぞっ!!」
「……ああ、そうかよ」
「ぬっ!!」

 カミナは持っていた刀を引き抜くと、ヴィラルに向かって怒号を発す。

「なめんなよっ?! 泣く子も黙るグレン団のカミナ様が、敵に背中を見せるとでも思ってんのか?!」
「フッ! その生きの良さは買ってやろう、だが強がりは……死を呼ぶぞ!!!」

 ヴィラルは持っていた刀をカミナに向かって振り下ろす、カミナは刀でその一撃を外すも、二撃三撃と刀を返すヴィラルの圧倒的な剣速の前に防戦一方になる。

「ハハハッ! どうした?! 訓練された兵士の攻撃を、素人の剣でどこまで防ぎきれるかな?!!」


 ――ガキンッ!!
 カミナは持ち前の反射神経でヴィラルの刀をかわしてはいるが、その実力は歴然だった。
 とくに武道や剣術をやって来た訳でないカミナと、兵士の訓練を受けているヴィラルでは持ち前の力量に差があるのは当然。
 さらに人間の数倍の筋力と瞬発力を持つ獣人の攻撃を、ここまで防ぎきっているカミナの身体能力はそれだけでも驚異的と言える。

「くっ!!」

 ヴィラルの重い一撃をカミナの刀が受け止めた瞬間。ラガンがその間に割って入った。

「兄貴っ!!!」
「シモンか、助かった」
「小型のガンメンだと?!」

 ――ズキュン!
 高台から狙い打つヨーコの銃弾を咄嗟に飛びのいてかわすヴィラル。

「かわされた?!」

 この距離からの不意打ちでかわされると思ってなかったヨーコにも動揺が走る。
 続けて二射、三射と放つが草を掻き分けながら移動するヴィラルに、ことごとくその攻撃はかわされてしまう。

「仲間がいたか。まあいい、ガンメンで一気にカタをつけてやる」

 そう言うとヴィラルは岩陰に隠してあった白いガンメンに飛び乗り、その機体を起動させる。

「ガ、ガンメン?!」
「ヨーコ、飛び乗れ!!」

 ラガンに飛び乗ったヨーコを連れて、グレンの元に戻るカミナ達。

「向こうがガンメンだって言うならこっちもグレンででるぞ!!」

 カミナが搭乗すると機体が起き上がり、白いガンメンに向かってその向きを変える。

「ヨーコはここで待ってて」

 シモンはヨーコをラガンから降ろすと、グレンと一緒に白いガンメンの前に出て行った。



「ガンメンを奪った連中がいると報告を受け呼び戻されたが、まさか貴様らだったとはな」
「ガンメンだあ? そんな野暮な名前で呼ぶんじゃねえ!! こいつはグレンだ!!!

 そう言うとカミナはヴィラルのガンメンに向かって正面から体当たりを咬ます。
 お互いに拮抗して押し合う二体のガンメン。

「テメエこそ、顔が二つとは随分と生意気じゃねえか!!」
「二つ? ああ、カブトのことか。武人のたしなみよ」

 そう言うヴィラルのガンメンの頭には、ロボットの頭部のようにも見える飾りが付いていた。
 ヴィラルはグレンの腹部を蹴り上げるとそのまま後方に突き飛ばす。

「兄貴っ!!」

 シモンはヴィラルのその隙を突き先端をドリルに変え攻撃を試みるが、それもヴィラルの放った蹴りによって弾かれてしまう。

「うわああぁぁ!!!」

 ――ドゴーン!!
 岩肌に叩きつけられる二人。
 それを確認するとヴィラルは頭部のカブトにエネルギーを集中させる。

「これで終わりだ、人間」

 収束されたエネルギーが臨界に達した瞬間、ヴィラルの一言によりその膨大なエネルギーが光の帯となって二人に迫る。

エンキ・サン・アタック!!!

 ゴオオオオォォォ!!!
 地表をえぐり、周囲の岩と一緒にグレンとラガンを飲み込でいく。

「カミナ、シモン――っ!!!」

 ヨーコの悲痛な叫びが周囲に木霊す。
 攻撃が止み、土煙の向こうには大きなクレーターが出来上がっていたが、周囲を見回してもガンメンの残骸の様なものも見当たらない。

「いない? 一体、どこに……」

 その時、真っ赤な夕日がヴィラルのガンメンを照らす。

「ちっ! 時間か……まあいい、どの道、明日には片が付く」

 そうしてヴィラルが立ち去った後には膝が折れたヨーコとクレーターのみが取り残されていた。



「カミナ、シモン……」

 また、目の前で何も出来なかった。戦うことの意味、仲間の大切さ、判ってはいても圧倒的な力の前に蹂躙され崩されていく。
 今も何も出来ずに二人を見殺しにした自分に、悔しさがこみ上げていた。

 ――ガラッ。

 クレーターの下の岩が崩れ、大きな穴が開いたと思うとそこからラガンとグレンが姿を現す。

「二人とも……よかった」

 頬に涙を這わせながら、ヨーコは二人の無事に心から安堵する。

「シモン……何で逃げた?」

 グレンのコクピットからシモンに向かってカミナは問いただした。
 相手との実力差が開きすぎていたことは明確だった。シモンが咄嗟に穴を掘って地中に逃げなければ助からなかったかも知れない。
 それでも、カミナは納得が行かなかった。
 敵に背を見せたことに? 隠れてその場をやり過ごしたことに?
 シモンはその問いに答えられないでいた。






アキトとキヤルが行方不明だと?!

 ボロボロになりながらもリットナーの村に帰り着いたカミナ達を待っていた物は、アキトとキヤルが突然目の前で消えてしまったと言う事実だった。
 昼間、谷の入り口に倒れていた少女を介抱したアキト達だったが、目を覚ました少女は突然悲鳴を上げ、近くにいたキヤルを襲った。
 アキトは咄嗟にキヤルの前に飛び出て、攻撃をその身体に受けるが重症を負う。
 その瞬間、キヤルの悲鳴と共に少女、アキトの身体が眩く光、周囲の物を飲み込んで姿を消したのだと言う。

「そんな、アキト……」

 ヨーコの目の前には荒れ果てた部屋の跡と、残された大量の血痕があるだけだった。

ちくしょおっ!!

 ――ドンッ!! キタンの拳が壁に打ち付けられる。
 アキトのことは信頼しているが、キヤルのことも心配だった。
 それ以上に、ラピスも事件があった後からユーチャリスのコンピュータールームに篭ったままでてこないと言う。

「……今は明日の敵をどうするかを考えましょう。アキト達なら大丈夫よ。それはあなたが一番よくわかっているでしょう?」

 リーロンの言葉に俯きながらも首を振るヨーコ。
 カミナ達から報告を受けた圧倒的な力を見せた白いカスタムガンメン。
 現状、生き残る為には明日来るかもしれない、その敵への対処が優先すべきことだった。

 全員の心に深く闇を落としたまま、約束の時は訪れようとしていた。







 大きな卵の様なドーム上のコンピュータルームの中にラピスの姿があった。
 いつもの服とは違い、薄い水色の身体のラインがしっかりとわかる衣服を纏っている。
 ラピスの金色の瞳はボウッっと光り、その白い肌には薄っすらと神経の様な青白いラインが浮かび上がっていた。

「ユーチャリス、全体出力ノ40%ヲ確保。システムヲ、セーフモードカラ通常モードヘ移行」

 ラピスの言葉に反応するように赤く点滅していた文字が緑色へと変わり、周囲の画面にオモイカネ≠フ文字と共に鐘のマークが姿を現す。

『オハヨウゴザイマス、ラピス』

 画面に映し出される文字を確認すると、ラピスはオモイカネに命じる。

「艦内デ過去8時間以内ニアッタ異常ヲ全テ検索」

 するとIFSを通じてラピスに大量の情報が送られてくる。
 その中からもっとも重要度の高い物をオモイカネが選別して表示する。

『1507、ディストーションフィールド及ビ、ボース粒子ヲ艦内ニ確認』

「ジャンプ場所ノ特定、予測ハ?」
『不可能デス。突発的事故ニヨル、ランダムボソンジャンプト推測サレマス』

 オモイカネの報告にラピスの表情に焦りが見える。

「アキト……」
『ラピス、有事ノ際ノ秘匿メールガアリマス。アキトカラ、ラピスニ宛テタ物ノヨウデス』
「見セテ! オモイカネ」

 そのメールの内容を見て、ラピスの瞳に先程までとは違った決意が宿る。

「ウン、私ガアキトノ帰ル家ヲ守ルヨ。ダカラ、早ク帰ッテキテ……アキト」

 手紙には一言、こう添えられていた。

 ――俺たちの家、そして最愛なる家族へ。






 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 新幕開始です。いよいよ現れた謎の少女に、ヴィラル。
 ここから本編とはまた違ったグレンラガンの世界がスタートしていきます。
 アキトという本来は存在しない鍵がこの世界に関わることでどう言う変化が訪れることになるのか?
 今後の展開にご注目下さい。
 あと、8話の後書きでも書きましたが月曜はリアルの事情のために更新が出来ないかも知れませんのでご了承を。
 可能なら更新します。

 次回は、いなくなって気が付くその大切さ。アキトがいなくなったことにより、全員の心に絶望の芽が咲く。だが、一人どんな時も諦めない漢の姿があった。
 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。



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