夢に見たあの人の胸を私の手がつらぬく。
 何故、彼は飛び出したのか?
 何故、彼は他人の為に血を流せるのか?
 この少女のことがそれ程、大切だったのか?

 ――否。どれも正解で、正しくはない。

 彼はそういう生き物だからだ。
 私は知ってしまった。人間と言う物の愚かさを、醜さを。
 だが、同時に私は知る。
 彼らの愛を、優しさを、思い遣りを。
 悲しいほどに他者を想い、泣き叫びながら戦う一人の青年の事を……

アキトに近づくなっ!!!

 キヤルの怒号が荒野に響き渡る。
 その胸には血を流し倒れるアキトの姿があった。
 件の少女を睨みつけるキヤル。

「そのままではアキトが死んでしまう」
「――っ?!」

 アキトが死ぬ。その言葉にキヤルに動揺が走る。

「私は、アキトを死なせたくない」

 悲しそうに話す少女にキヤルも徐々に落ち着きを取り戻す。

「何なんだよ、お前! アキトをこんなにして、死なせたくないとか……何で、そんなに悲しそうな顔をするんだよ」
「私は……」

 少女は自身の名前を口にしようとするが上手く口に出せない。
 過去の大戦で生み出され、その特殊な力故にこの大地に封印された。
 数千年の時を経て目を覚まして見れば、僅かな感情を持つが故に螺旋王からも紛い物として扱われ、存在を否定された。

 少女は心という不安定な物を持つが故に兵器となりえない。
 故に名前はなく、稀な例として番号と実験体の名を与えられた。
 私は紛い物。誰の力にもなれない。ただ、使い捨てられる道具。
 それも、サレナと一緒になり人間の心に触れたことで、私は更に壊れてしまった。

 アキトの胸を貫いた時、私を襲った得も知れぬ痛み。
 攻撃した私が恐れている。それは何に? アキトを失うことに? 生き物を殺すことに?
 判らない。胸がモヤモヤして、頭がグチャグチャして、どうして良いかわからず、沢山の不安に襲われる。
 でも……一つだけ判ることがる。

「私はアキトに死んで欲しくない」

 その時、アキトの意識が僅かに戻る。

「アキトっ!!」

 キヤルが両目に涙を浮かべながらアキトを優しく抱きとめる。

「キヤル……酷い顔をしているな」
「バカ、バカ野郎。俺の為にこんな……」

 キヤルに抱きとめられながらも、アキトは視線を少女の方に向けると、笑みを浮かべその名を呼んだ。

「――お帰り、サレナ」



紅蓮と黒い王子 第10話「俺を誰だと思ってやがる!!」
193作





「まだ、見つからんのかっ!」
「も、申し訳ありませんっ!!」

 半球の形をした巨大な移動要塞ダイガンド。
 そこでは螺旋王から預かった少女とサレナの突然の失踪に、大きな騒ぎになっていた。

「まったく、だからあんな過去の遺物を引っ張り出してくることには反対だったのだ。ロージェノムめ何を考えている?」

 グアームは考える。確かにあの機体を動かすのに実験体は必要だった。
 だが、そんな回りくどいことをしなくても、ガンメンを数機とこのダイガンドを投入すれば、異邦人を捕らえる事もそれ程難しいことではなかったはず。
 しかし、ロージェノムはサレナを実験体に与え、それを使い捕らえるように命じた。
 異邦人とはそれ程の存在なのか? いくら強いといっても一人の人間ではないのか?
 ロージェノムは何かを知っている上で、何か策を講じたのでは?
 グアームは得も知れぬ存在に、自身が動かされている感覚に苛立ちを覚える。

「まあ良かろう、あやつの行くところは決まっておる」

 そう言うと口元に笑みを浮かべるグアーム。

「異邦人も気になるが、久々の狩りだ。楽しませて貰うとするかの」






 その夜、リットナーの村ではダヤッカと男達が慌しく動いていた。

「ありったけだっ! とにかく弾薬は持てるだけ準備しておけ」

 ダヤッカの指示の元、明日の戦いに向けて準備を進める男達。
 昼間のアキトの件もあったが、そうも言っていられない。
 カミナたちが戦った強力なガンメンが明日にも村を襲って来るかも知れないのだ。
 そんな中、シモンもラガンの前でコアドリルを片手に複雑な表情をしていた。

「……シモン?」

 ヨーコに呼ばれて後ろを振り向くシモン。

「ヨーコ、な、何でもないよ。ヨーコこそどうしたの?」
「明日には敵が襲ってくるかもしれないしね。出来るだけ万全にしておかないと」

 そう言うと持っていたライフルを上にかざすヨーコ。

「ヨーコは、その……」
「何よ、ハッキリしないわね。男でしょ? 言いたいことあるなら言いなさいよ」
「ヨーコは、大丈夫なの? アキトがあんなことになって」

 みんな、必死になって明日の準備をしている。
 しかし、その姿の影には不安を落としていることは見て取れた。

「……心配よ。今もすぐに飛び出して捜しに行きたいくらい」
「なら、どうして?」
「でもね。今、ここで何もかも放り出して飛び出しちゃったら、全てを失ってしまう。アキトの帰る場所も、大切な人たちも、守りたい物も」

 シモンは思い出す。このラガンの前でアキトに問われた言葉を。

 ――シモン、君は何故戦う?
 ――君にとって大切なものとはなんだ?

「この事を私に気付かせてくれたのは他でもない、シモン、あんたやカミナなんだよ」
「え、俺は何もしてないよ? 俺なんか兄貴に比べて臆病だし、強くもないし……こないだだって」

 ヴィラルとの戦いで、地中に逃げやり過ごそうと思った自分を思い出す。
 兄貴ならけして逃げない。でも、自分は臆病だから逃げてしまう。足がすくんでしまう。
 だから、兄貴は大きくて、アキトは凄くて、自分とは違う世界のことのように思える。

「う〜ん……」

 シモンの顔に顔を近づけるヨーコ。
 突然のその行動に、シモンは顔を真っ赤にして後ずさる。

「な、なんだよ。ヨーコっ!!」
「シモンってさ、どことなくアキトに似てるよね」
「……え?」

 思いもしなかったヨーコの発言にシモンは固まってしまう。
 アキトは兄貴と同じくらい凄いと思った人物だ。自分とは生きてる世界が違うとも思えた相手に似ていると言われて、どう返事を返して良いか迷ってしまう。

「前にね。アキトに聞いたことがあるのよ。アキトは怖くないのか? ってね」

 それは自分もアキトに聞いた質問。それにアキトは……

挿絵「そしたらね、『怖いよ』ってあの笑顔で笑いながら言うのよ? 正直、返す言葉をなくしちゃったわ」

 怖い。アキトは確かにそう言った。だったら兄貴も怖いんだろうか?

「シモン。正直、最初のアンタを見てたら、昔の私ならイライラしてラガンには私が乗るって言ってたかもしれないわ」
「俺は、アキトや兄貴みたいに強くないから……」
「違うわ、シモン。アキトやカミナがどうとかじゃない。アンタがどうしたいかよ? 私は皆を守りたい。アキトに胸を張れる恥ずかしくない自分でいたい。だから、その為に戦うわ」
「俺がどうしたいか……」
「カミナも言ってたわよ、シモンは凄いやつだって。アイツを信じられるから俺は戦えるんだってね。シモン、あなたはどうなの?」
「俺は……」

 下を俯きながら拳を握り締めるシモン。
 そんなシモンを見て、ヨーコは微笑む。

「グレンを奪った時の戦いのアンタたち、格好よかったわよ」

 そう言いながら手を振ってその場を後にするヨーコ。
 その表情は先ほどとは違って、より真剣な物へと変わり、瞳には決意を宿らせる。

「そう、私はカミナやシモンのようになれない。だから、私のやれることを全力でやるだけ」

 夜空の下、倉庫から広場にでたヨーコは空を見つめ、どこにいるとも知れない大切な人の事を想う。

「アキト、ラピスとあなたの帰る場所は私たちが必ず守るから」

 それは自身にも打ち立てた覚悟の言葉だった。






「やっぱり来ますかね?」
「おそらくな。どの道、俺たちに逃げ場はないさ」

 翌日、リットナーの若者達とダヤッカ、カミナ達は谷の開けた場所に陣を敷き、来る敵を待ち受けていた。

「シモンの奴はこなかったな、それにラピス嬢ちゃんも……」
「来るさ、アイツは絶対に」

 キタンの言葉に絶対の自信を持って答えるカミナ。

「まったく、テメエのその根拠のない自信はどこからくんのやら……ま、でも今回は乗らせて貰うぜ」
「それに俺たちにはここ以外に住む場所なんてないからな」
「ダーリンがいない間は、ここの留守は私たちが守らないとね」
「留守を守るのは奥さんの仕事ですから……ポッ」
「ポッ! って何顔を赤くして言ってるのよっ!! キノンっ?!」
ハハハハッ!!

 グレンの中で話を聞いていたカミナが大声で笑い出す。

「気に入ったぜ! お前らにグレン団メンバーの称号を与えてやるぜ!!」
「グレン団? なんだそれは?」

 ダヤッカの質問にカミナは自信満々に答える。

「漢の魂の在り処だ!!」

 その瞬間、空から物凄い轟音を響かせ、先刻の白いガンメンが姿を現した。

「逃げずに待っていたことは褒めてやろう、人間」

 土煙を巻き上げながら、先刻のヴィラルと名乗った獣人は堂々とした趣でカミナ達を見据える。
 ダヤッカとキタン達はヴィラルの側面を取ると、持っている武器で一斉に攻撃を始めた。

 ――ズドドドドドッ!!!

 無数に打ち込まれる弾丸と、キタン達の爆撃。
 だが、その攻撃が全く応えていないのか、ヴィラルは微動だにしない。

「そんな攻撃がこのエンキに通じるとおもうかっ!!」

 ヴィラルはその持っているソードでダヤッカ達を狙う。
 その瞬間――カミナのグレンが両者の間に入り、その振り下ろされる腕を抑えた。

「カミナっ!!」
「へへ、大事なメンバーをやらせるわけにゃいけねえからな」

 カミナはスロットルを全開に倒し、エンキに全力で体当たりをかまし、距離を取る。

「くっ! 相変わらず癪に障る奴だ」

 ヴィラルは距離を詰め、持っていた剣を振り下ろすがグレンはその攻撃を屈んでかわす。
 それに咄嗟に反応したエンキは剣を振り下ろした反動のまま身体を半回転させ、グレンの身体に蹴りを放つ。

 ――ドゴオオオォォォ――ッン!!

 轟音とともに岩に叩きつけられるグレン。その様子を見ていた一同にも動揺が走る。

「つ、強ええ……」
「何よ、圧倒的じゃない……」

 倒れたグレンを掴み上げ、更に攻撃を続けるエンキ。

「俺達も行くぞっ!!」

 キタンの言葉に攻撃を再開する一同、その隙をついてグレンが距離をとる。

「五月蝿いハエどもがっ!!」

 キタン達めがけて再び攻撃を仕掛けようとするヴィラルだが、グレンの背後からの攻撃によって動きをとめられてしまう。

「やらせねえっって言っただろうがっ!!」
「このっ! 人間風情がぁぁっ!!」

 エンキの剣線がグレンを襲う、先ほどまでとは違いスピードをましたその一撃に完全に対応できず宙を舞うグレン。

「ぐはっ!!」

 そのままエンキは宙に飛び上がると、グレンを地面に向かって蹴り飛ばす。

ア、アニキ――っ!!

 その様子をラガンに乗って後方で見ていたシモンは悲鳴を上げる。

 ――シモン、君は何故、戦う?
 ――アキトやカミナがどうとかじゃない。アンタがどうしたいかよ?

 シモンの脳裏に浮かぶ、アキトとヨーコの言葉。
 昨晩からずっと考えても答えは出なかった。
 そんなに簡単に割り切れない。強くなんてなれない。
 今だって物凄く怖い。だけど……

 ――俺は、兄貴に死んで欲しくないっ!!

 アキトに言ったあの言葉、あれは嘘ではない。
 心からそう思った言葉。
 シモンの操縦桿を握る手に力がこもる。
 それに呼応するように、ラガンが光を発する。

「ほう、まだ立ち上がるか?」

 ボロボロになりながらも立ち上がるグレン。
 カミナの瞳にはそれでも諦めた様子はない。
 以前のようにアキトもいない、全員がどうしようもない恐怖と諦めに満ちた絶望を感じている中、カミナだけは真っすぐにエンキを見詰めていた。

「たりメエだ!! テメエなんかにここでやられる訳にはいかねえだよ!!」
「その往生際の悪さだけは認めてやるがなっ!!」

 エンキの頭部にエネルギーが集まる。
 それは先刻放った、あのビームの合図でもあった。

「まずいっ! アレはっ!!」

 ヨーコの脳裏に先刻の映像が浮かび上がる。
 その時、谷に響き渡る大きな声をあげ、エンキの足下から地面を突き破りラガンが姿を現した。

「な、なにっ?!」

 ラガンの攻撃に後ろに倒れこむエンキ。その反動で、ビームは空へと軌道を逸らす。

「へへっ、やっときたなシモン!」

 グレンの前に降り立つラガン。シモンはコクピットで震えながらもカミナのその言葉に答える。

「怖いよ。今も凄く怖い……だけど、兄貴を見殺しにする方がもっと嫌だっ!!」

 シモンのこれまでにはないほどの感情的な言葉に、カミナはグレンの中で静かに微笑むと、シモンに告げる。

「よしっ! 最後の手段だアレをやるぜ」
「え、アレって?」
合体だっ!!

 …………カミナの突然の発言に一瞬、敵味方を含め、凍りつく一同。

「「「「な、なんだってええぇぇぇぇ――っ!!!」」」」

 全員の言葉が一斉に揃い、谷中を駆け巡った。

「が、合体だと?!」

 ヴィラルにも動揺が走る。

「不可能よ。そんな機能はついてなかったわ」

 冷静に通信で伝えようとするリーロンにカミナは気合で応える。

「んなもん、やってみなくちゃ――!!」

 ラガンをその手で掴み持ち上げるグレン。

わかんねえだろうがっ!!

 ――グシャアッ!!

 グレンの上部に突き刺さるラガン。そのシュールな光景に場の空気が更に凍りつく。

「どうだケダモノ野郎! これでこっちも顔が二つだぜっ!!」
「ふ……ふざけるなあぁぁ――っ!!

 バカにされた事に怒りを顕にしたヴィラルが、再びエネルギーを溜め、ビームをグレンとラガン目掛けて放つ。

「カミナ、シモンっ!!」

 ヨーコの悲鳴が響くが、その目の前では誰も予想しなかった出来事が起こっていた。

「なっ! ビームを吸収だとっ!!」

 ラガンの頭部からでた渦のような壁がエンキのビームを吸収する。
 それに反応するかのように身体全体を眩く光らせるグレンとラガン。
 それを見たヴィラルは、うろたえながらも距離を詰め、グレンに攻撃を仕掛ける。
 だが、反応したグレンの攻撃とクロスカウンターをする格好となりよろめくエンキ。
 グレンはそのままエンキのカブトをその手で掴む。

挿絵「覚えとけ、ケダモン!! 合体ってのはな……気合と気合のぶつかり合いなんだよっ!!!」

 エンキの頭部を吹き飛ばし、宙に舞うカブト。

「こいつ、私のカブトをっ!!」

 そのままラガンの頭におさまるカブト。その瞬間、眩く光っていた身体が収束していき、合体した新たな巨人が姿を現す。

「男の魂、燃え上がるっ!!」

 カミナの声が谷を駆け、空に響き渡る。

度胸合体っ!! グレンラガンだっ!!!
「「「「グレンラガンっ?!」」」」
「まんまね……」

 一斉に声を揃えその名を呼ぶ一同。冷静に分析するリーロン。
 そして、エンキを見据えるグレンラガン。
 カミナは動揺するヴィラルの様子を感じ取ると、その最後のセリフを続けて言った。

俺を誰だと思ってやがる!!








 ……TO BE CONTINUED









 あとがき

 193です。
 グレンラガン登場です。
 アキトは今回はちょこっとのみの登場。遂に登場したグレンラガン。
 この合体あってこその本作w 今回はいつもより少し増量です。
 抑えようとしましたが、見せ場を削るわけにもいかないので断念しました;

 次回は、グレンラガンの圧倒的な力でエンキを退けるカミナとシモン。しかし、続いて現れる新たな大きな敵の影。嘗てないピンチに現れた、謎のロボットとは?
 紅蓮と黒い王子は定期連載物です。毎週木曜日の夜定期配信です。



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