【Side:公爵】

 黄金に輝く聖機人、何と神々しい輝きなのだ。こんな物が存在するなどと噂にも聞いたことがない。
 圧倒的な存在感だった。神が本当にいるのだとしたら、それはこの聖機人のようなものを言うのかも知れない。

「散々、好き勝手やってくれたんだ。覚悟してもらう」

 その声は、あの小僧のものだった。
 この聖機人に乗っているのが正木太老≠セと知り、儂は腰を抜かしてその場にへたれこんでしまう。
 例え金と権力に物を言わせて雇った凄腕の浪人であっても、この聖機人を相手には敵うはずもないと本能が悟っていたからだ。
 浪人がやられれば次は自分の番、そう思うと身が振るえ、嫌な汗が噴き出して来る。
 にも拘らず、ピクリとも体が動かなかった。恐怖から足が竦んで微塵も身動きが取れなかったのだ。

「――なっ! そんな!」

 案の定、たったの一撃で四肢をもぎ取られ、粉々に破壊される紫の聖機人。
 しかし、何と言う破壊力だ。ほんの一振り、尻尾を振るっただけで、ああも完全に破壊しきるとは……あれでは、例え回復に長けた聖衛師≠ェ乗っていようと結果は同じだっただろう。
 あの黄金の聖機人の攻撃は、まさに一撃必殺。それに、あれでも全力ではないのかも知れない。
 現に、奴はあの場所から、ほとんど動いてはいない。その攻撃も撫でるように優しい一撃だった。

(こ、殺される!)

 こちらを向き、儂の方に迫ってくる黄金の聖機人。すでに恥じも外聞もない。
 鼻水と涙で顔をグチャグチャに濡らし、情けなく惨めな醜態を晒しながら、床を這いずってどうにか逃げようとする。
 しかし、体は重く、まるで自分の体ではないかのように身動きが取れない。

「――ひっ!」

 儂が逃げようとしていた進行方向に巨大な聖機人の槍が突き刺さった。
 あの黄金の聖機人が投げ捨てたのだ。

(に、逃がさない気か!)

 じわじわと弄り殺す気なのだと儂は思った。今になって後悔の念が後を絶たず襲ってくる。
 何故、決闘を挑んでしまったのか? 正木太老を敵視して、軽率な行動を取ってしまったのか?
 と、そのことが悔やまれてならなかった。

 だが、後悔してもすでに遅い。儂は、怒らせてはならない男を、怒らせてしまったのだ。
 黄金に輝く腕が儂へと迫る。

(もう、終わりだ)

 余りの恐怖に耐え切れず、儂の意識は迫る黄金の腕を見たのを最後に途切れてしまった。

【Side out】





異世界の伝道師 第36話『天の御遣い』
作者 193






【Side:太老】

 さて、どうするか? まあ、この聖機人のスペックは誰よりもよく俺が理解している。
 目の前の並の聖機人くらいが相手なら、まったく問題にならないだろう。
 と断言できるのも、工房の技師連中に、随分と色々なデータ取りに付き合わされた経験があるからだ。
 この黄金の聖機人、攻撃力もそうだが、防御能力が半端じゃなく高い。

「な、何だって!?」

 ガキーンと、大きな金属音を響かせ、その衝撃で後退する紫の聖機人。
 手に持っている槍を、俺の聖機人に向かって突き刺そうとしたようだが、並の武器でそれは逆効果だ。
 案の定、攻撃したはずの聖機人の右腕が攻撃の反動に耐え切れず、おかしな方向に曲がってしまっている。
 槍も先がボロボロになり、もう斬ることも突くことも出来ず、使い物にならないだろう。勿体無い。

「一体、何をやった!」

 そう、この聖機人の防御力は生半可なものではない。
 亜法による攻撃は、並大抵のものでは効果がないどころか、逆に反射してしまう。
 最初、これを見た時は種運命≠フことを思い出して、『ヤタノカガミ?』と疑問を口にしてしまったほどだ。
 それが、そのまま技師達の手によって、この能力の名前としてデータに登録されていた時には驚いたが……。

 この聖機人、どうも亜法に限らず、攻撃による衝撃そのものを反射しているようで、一定の衝撃を超える攻撃以外はすべて反射して相手に返してしまう。
 外周部に目に見えない高密度の障壁を常時展開しているらしく、それが衝撃を反射しているのではないかと技師達は考察していた。
 この黄金の聖機人の力の真価は、尻尾の攻撃力ではなく、このチートな防御性能にある。

(まったく……重装甲、大火力って、どこの『白い悪魔』だよ)

 加減をしないと迂闊に放てない尻尾攻撃に、搭乗者の意思を無視して相手を傷つけてしまう反射能力。
 平和主義≠フ俺に真っ向から逆らっているとしか思えない機体性能だ。

「何も? だけど、迂闊なことはしない方がいいよ」
「くっ!」

 やはり、攻めあぐねているようだ。俺だってこんなチートな聖機人を相手に戦いたくない。
 しかし、どうしよう? 実はこいつの武器って尻尾攻撃しか知らないのだ。
 ヤタノカガミの性能実験に集中する余り、実際の攻撃に関しては、尻尾攻撃が使えないと判断してから真面目に模索していない。
 迂闊に尻尾を使う訳にいかないし、さすがに素手じゃな。
 だからと言って、こいつが最初から装備していた新品の剣を使ってしまえば、尻尾のようにやり過ぎてしまわないか心配でならない。

(そうだ。あの槍を使ってみれば!)

 先程、俺の聖機人を攻撃してボロボロになった中古の槍を見る。
 今は用済みとばかりに地面に投げ捨てられ、俺のすぐ傍に転がっていた。
 これなら、手加減することも可能だろう。幸いにも、奴はこちらの動きを警戒して攻撃を仕掛けてくる様子はない。

(んじゃま、遠慮なく使わせてもら――)

 持っていた剣を投げ捨て、槍に手を掛けた、その時だった。
 全速力で、紫の聖機人がこちらに走ってくる。その左手には、赤い炎のようなものが見えた。

(これが奴の奥の手か!)

 亜法による攻撃を使う気なのだろう。しかし、あの規模の亜法攻撃をここで使えば、観客にも被害が及ぶ可能性がある。
 周囲の状況が見えてないところを見ると、余程焦っているに違いない。形振り構っていない様子だ。
 俺は何とかその攻撃を止めさせようと、槍を握り締めた状態で敵の左腕に手を伸ばした。

(げ! 嘘だろ!?)

 自分の仕掛けた落とし穴の罠に左足を取られてしまい、そのまま左腕を素通りし、バランスを崩して倒れそうになる。
 転倒しかけた機体を支えようと、残った右足で踏ん張った瞬間、穴がバキッと広がり、その穴を軸に機体が反転してしまった。
 その反動で尻尾が体の周りを半周して、相手の聖機人に掠ってしまう。
 
「――なっ! そんな!」

 悲鳴を上げる紫の聖機人の女性聖機師。その姿は生きているか、死んでいるか、ここからでは確認できない。
 心配したとおり、相手の紫の聖機人は原型を留めないほど、バラバラに破壊されてしまっていたからだ。
 やはり、この尻尾は心配したとおり、色々と危険すぎるようだ。
 掠っただけでこの威力じゃ、直撃してたらどうなったことか……想像するだけでも怖い。
 仕返しをしてやろうとは考えていたが、ここまでするつもりはなかったので相手の生死が気になって仕方ない。

(し、死んでなければいいけど……)

 キョロキョロと女性聖機師の姿を捜して、周囲に隈なく目をやる。
 幾ら悪党に手を貸していたとは言え、バカ公爵に巻き込まれて、金で雇われただけの女性を殺すのは心情的に忍びなかった。

(ん、アイツ、あんなところで何をやってんだ?)

 俺と目の合った公爵は怯えた様子で、こちらのことを窺っていた。
 取り巻きの貴族達は全員逃げてしまったらしく、一人取り残されてしまったようだ。
 まさに自業自得と言う奴だ。こう言う時に、人望の無さってのは浮き彫りになる。
 どうやら、さっきの聖機人の解体劇を見ていたらしく、俺の尻尾の威力に恐怖して動けなくなっているようだった。

(ああ、情けないな……)

 顔を涙と鼻水でグシャグシャに濡らしている。余程、怖かったに違いない。
 そりゃ、俺もこの尻尾の威力を最初に見た時は身震いしたもの。ヘタレのバカ公爵では仕方あるまい。
 俺も鬼ではない。幾ら気に食わない奴であっても、心の折れた相手に追い討ちをかけるような真似は出来ればしたくない。
 本当なら、まだ色々とやり足りないのだが、この辺りで許してやってもいいだろう。

「――ひっ!」

 ドオォーンと大きな音を立て、公爵の後に突き刺さる聖機人の槍。

(あ、あれ……俺がさっき持ってた奴だ)

 そう言えば手に持ってない。体勢を立て直そうとした時に、すっぽ抜けて空に投げてしまっていたらしい。
 それが今頃、公爵の近くに落ちたようだ。小さく悲鳴を上げ、体を硬直させてしまっている。
 本当に運のない公爵だ。これも因果応報と言う奴かな?
 っと、槍が倒れかけている。このままだと公爵が槍に潰されてしまうかも知れない。
 さすがにこんな奴でも、目の前で見殺しにしてしまうのは寝覚めが悪い。
 女性聖機師のことも気になるが、まずは公爵を助けないとと思い、俺は黄金の腕を公爵へと伸ばした。

【Side out】





【Side:浪人】

「まったく、冗談じゃないよ」

 あれは聖機人の姿をしているが、まったく別の化け物≠セと私は思った。
 あの公爵の話に乗って、調子に乗ってる貴族の坊やに、ちょっとお灸を添えてやるくらいの気持ちで挑んだはいいが、あれはそんな生易しい相手じゃない。

「何も? だけど、迂闊なことはしない方がいいよ」

 あの時、奴から感じた強大な威圧感は今も忘れられない。あの瞬間、私は逃げることも戦うことも出来なくなった。
 この私が、たったあの一言で、足が竦んで動きを奪われてしまったのだ。
 その後に見せた、あの流れるような動き。咄嗟の判断で私の左手を受け流し、懐に潜り込んだかと思えば反転、尻尾の一撃で機体はバラバラに破壊されていた。
 コクピットを避けて攻撃したのは、殺す必要もないと判断したのか? 情けを掛けられたのか?
 どちらにせよ、あれは正面から戦って勝てる相手じゃない。何が何でも、戦いを避けるべき相手だ。

「しかし、あんな男性聖機師がいるなんて話、聞いたことがないね」

 正木太老、有名な男だ。今や、あの男の名前を知らない者はハヴォニワに一人もいない。
 突如、ハヴォニワに彗星の如く現れ、『ハヴォニワの改革』や『市場の革命』を成し遂げ、平民から貴族に伸し上った傑物。
 その名は私も耳にしていたが、まさか聖機師だとは思いもしなかった。
 いや、噂通りの人物なら、何の不思議もないか。

 彼の逸話には事欠かない。

 男性聖機師百人を相手に大立ち回りをしたとか、生身で聖機人を相手に出来るとか、彼は実は錬金術師≠ナ商会も彼の錬金術により成功を収めたとか、挙句には女神が天上よりこの世界に遣わされた天の御遣い≠セと言う話まであった。
 すべてを信じている訳ではなかったが、あの黄金の聖機人を見てしまった後では、そのどれもが真実のように思えるから不思議だ。
 少なくとも、火の無い所に煙は立たない。その噂の元となるような出来事はあったと言う事だ。
 そして、確かに天の御遣い≠ニ呼ばれても不思議ではない力を私は見せられた。

『母さん、そっちはどう?』
「散々さ……ホント、割りに合わない仕事だったよ。それよりも、そっちの首尾はどうだい?」
『大漁、大漁! 公爵の奴、案の定、たんまり溜め込んでやがったよ!』
「じゃあ、引き上げるよ。落ち合う場所は分かってるね」

 娘と通信機で連絡を取り、私は引き上げの準備をする。
 元々、公爵に雇われ、与したかのように見せかけて、奴の懐に忍び込むのが目的だった。
 そうして、私が注意を惹き付けている間に、娘と仲間が公爵の屋敷からお宝を頂戴する。そう言う段取りだったからだ。
 想定外の出来事があったとすれば、あの正木太老の存在だけだ。

「また、会うことになんのかね?」

 それは確証も何もない予感≠フようなものだったが、また彼とは顔を合わせる様な気がしてならなかった。
 私達は山賊、相手は貴族様。どう考えても、次に出会った時は敵同士だろう。
 今回は見逃してもらえたが、次もそうとは限らない。
 出来れば、この予感≠ェ外れていることを、今は祈るばかりだった。

【Side out】





【Side:マリア】

 どうなることかと思ったが、タロウさんが聖機人に乗り込んだことで勝敗は瞬く間に決してしまった。
 やはり、彼は凄い。敵の聖機師の実力も相当なものだったが、彼は次元が違った。
 一分の無駄もない流れるような動き、私達に被害が及ばないように気を遣いながらも、あの動きだ。
 そして、相手の聖機人を一瞬でバラバラにした圧倒的な攻撃力。神秘的な黄金の輝きも相俟って、まるで武神が降臨されたかのようだった。

「す、すげえ!」
「やっぱり噂は本当だったんだ!」
「そうだ! そうに違いない!」
『天の御遣いさま!』

 皆がタロウさんの聖機人を取り囲み、頭を深く下げ、拝み始めた。
 彼の偉大さ、そして神々しさ、その実力の凄さを、国民すべてが理解した瞬間でもあった。
 この一部始終は大型スクリーンを通して、ハヴォニワ全土に放送されている。
 今頃は皆がスクリーンの前で、涙を流し、歓喜の声を上げているに違いない。

『ハヴォニワに天の御遣い≠ェ現れた』

 その噂は、瞬く間に大陸中を駆け巡るだろう。
 黄金に輝く聖機人、それが噂の信憑性をより高めていく。

 時代は今、変革の時を迎えたのだ。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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