【Side:美琴】

「全く、一体どうなってんのよ!」

 昼過ぎまでたっぷり寝たこともあり、スッキリした頭でコンビニで漫画の立ち読みでもしようかと街に出たところ、

「居たぞ! こっちだ!」
「嘘っ! また!?」

 どう言う訳か、私は風紀委員(ジャッジメント)に追われていた。
 風紀委員(ジェッジメント)に追われる理由なんて私には――

「やばい……思い当たることが山程あるわ」

 昨晩の大停電のことも、もしかしたら私の仕業とバレているのかも知れない、と考えた。
 以前に風紀委員(ジャッジメント)に成りすましたことや、馬鹿二人のことを調べようと黒子に内緒で書庫(バンク)のデータを能力を使ってハッキングしたこともあった。
 黒子に再三注意されているにも関わらず、犯罪者や不良をノシてきた数も既に数えきれない。
 昨夜も十人ほど、頭に血が上ってこんがりと焼いてきたばかりだ。

(でも……全部不可抗力よね?)

 あれは、あのツンツン頭の馬鹿≠ェ作戦が上手く行きかけていたところを、余計な邪魔をしてくれたことがそもそもの原因だった。
 その上、不良も舌を巻くほどの速さで、邪魔をした上に私を置いて逃亡を図る始末。
 冗談ではない。私の電撃を無効化するような力を持っていながら、高が不良相手に逃げ出したりして、強者の余裕か? 正義の味方気取りか? どちらにせよ、邪魔をされたことに腹を立てた私は怒りを顕にした。
 そう――本当に色々と癪に障る男だった。

(まあ、確かに私もちょっと遣り過ぎたかな? と思わなくはないけど……)

 結局、虚仮にされたことに頭にきて、重要な手掛かりである不良達を口も聞けないほど痛めつけてしまい――
 更には、あの馬鹿とのいざこざが原因で放った全身全霊の電撃が原因となり、鉄橋を中心に半径十数キロに渡って大停電を引き起こしてしまった。
 そのため、時間も遅くバスもなく、モノレールも全て停電の被害で運行を停止してしまい、どう言う訳かタクシーも捕まらず、徒歩で寮に帰る羽目になってしまったのだ。
 そうして深夜遅くに寮に帰ることになってしまい、昼過ぎまで死んだように眠り扱ける羽目になってしまったのも、全て元凶はあの男の所為だ。

「……そう、全部アイツが悪いのよ」

 確かに日頃の行いが……ちょっとばかし悪いことは私も認める。
 だからって、こんなに徒党を組んで追い回される理由はないはずだ。
 私を捕まえる前に、あの馬鹿を何とかしなさいってのよ。

「覚えてなさいよ! あの馬鹿――っ!」
『ぎゃああぁぁ!』
「……あっ」

 うっかり怒りから漏れ出た電撃の餌食になり、追い掛けてきていた風紀委員(ジャッジメント)は、全員こんがりと丸焼けになってしまっていた。
 さすがに、これでは言い訳できない。私は『しまった』と顔に手を当てる。
 そうしている間にも騒ぎを駆けつけた通行人や、ドタバタと他の風紀委員(ジャッジメント)のものと思われる足音が近付いてきていた。

「もう――どうすればいいのよ!」

 とにかく、この状況で捕まる訳にはいかない。そう考えた私は、その場から慌てて逃げだす。
 結局、誤解を解こうにも、益々誤解を招くような状況に陥ってしまっていた。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第16話『抹殺指令』
作者 193






【Side:太老】

 幾つかの情報を手に入れた俺達は、まずは天井亜雄に会うために郊外にある研究所の一つにきていた。

「ここに、その男がいるんですの?」
「ああ、データ通りならな」

 ブラフの可能性は否定できないが、他に当てもない以上、この情報に期待するしかない。
 日も陰りを見せ、時刻はそろそろ夕刻に差しかかろうとしていた。
 本当なら夜を待ってから行動に移したかったが、逃亡している他のミサカ達のことも気掛かりだ。
 それに見張られていた可能性が高い以上、対策を講じられる前に出来るだけ早く打ち止め(ラストオーダー)を確保しておきたかった。

「じゃあ、行って来るから黒子とミサカは……」

 俺がそう言いきる前に黒子が割って入る。

「ここまできたら一蓮托生ですわ。あなただけに格好をつけさせませんわ」

 俺は『はあ……』と大きく嘆息する。何となく、こうなることは分かっていたからだ。
 正直に言えば、俺だけの方が何かと行動しやすいと言うのはある。
 だが、黒子とミサカを残していくのに不安がないか、と問われればそうでもなかった。
 だとすれば、答えは最初から出ていたようなものだ。
 黒子は自分の主義を決して曲げないだろう。でなければ、こんなことに関わろうなどと最初から思わないはずだ。

「ミサカも、いいのか?」
「ミサカは太老に拾われました。だから最後まで責任を取ってください、とミサカは主張します」

 ミサカの相変わらずのお惚けはこの際スルーするとして、やはり置いていくと言う選択肢はないようだ。
 まあ、そんなことになるとは思っていたが、やはり最後までこの二人の分も責任を持たないと駄目と言うことだろう。

「じゃあ、作戦を確認する」

 まずは天井亜雄を確保すること、これが今一番の目的だ。
 それと可能であれば、研究所内のデータを出来るだけ持ち帰ること、これが後々、俺達の正当性を証明する物的証拠になる。
 幾ら統括理事会が黙認していると言っても、これらの情報を表沙汰にされれば無傷では済まないはずだ。
 当然、何らかの手を講じてくる可能性は高いが、いざとなれば幾らでもやりようがあると言うことを見せてやる。

打ち止め(ラストオーダー)はいいんですの?」
「天井亜雄なら彼女の居場所を知ってるだろうし、何より手はそれだけじゃない」

 打ち止め(ラストオーダー)を押さえることは最も手っ取り早い方法の一つだ。
 統括理事会と本気で争うつもりなら、手段など選ばずとも幾らでも方法がある。
 そうなると学園を本気で敵に回すことになるし、黒子もここには今までのように居れなくなることは間違いない。
 個人的には余り打ちたくはない手なのだが、最終手段として考えておいた方がよさそうだ。
 癪だが鷲羽(マッド)がここに居れば、もっと手っ取り早い方法が色々とあるんだろうが、残念ながら俺にはこれが限界だった。

「黒子、研究所の見取り図は頭に入れたな」
「ええ、ですが私の空間移動(テレポート)で行けるのは、この見取り図だけでは地下二階が限度ですわ」

 その先は外部と完全に隔離された施設となり、見取り図は愚か一切の情報が得られなかった。
 天井亜雄がここにいることが分かったのも、表向き奴が出入りしている研究所の名前が製薬会社を偽装していたからだ。
 その証拠に入り口の監視カメラにも、バッチリ奴の顔が映っていた。
 確実と言う訳ではないが、それらのことからもここ≠ノ奴が潜伏している可能性は非常に高いと思われる。

「構わない。そこから先はどの道、完全に警備の眼を誤魔化すことは難しいだろう」

 ある程度は強引でも、俺達には他に取れる道がない。

「では、行きますわ」

 黒子の空間移動(テレポート)を使って、建物の中に侵入する。
 こうして『天井亜雄確保作戦』が開始された。

【Side out】





【Side:黒子】

 研究所の中は静かなものだった。地下二階まで誰とも遭遇することなく、順調に侵入することに成功したわたくし達は、天井亜雄を捜して研究所のフロアを徘徊していた。
 手馴れた物で、壁際に配置されている操作パネルからハッキングを試み、最新のセキュリティの眼を見事に誤魔化していく太老。
 どこでこんな技術を身に付けたのかは分からないが、その手際の良さにはただ感服するばかりだった。

「この二つ下のフロアに完全に外部と隔離された施設があるな」
「では、そこに?」
「可能性は高い。この研究所の中でも、表向きは存在しないことになっている重要ブロックだ」

 後ろ暗いことがあるからこんな穴倉に篭もっているのだろうが、ミサカのことを思うと胸が痛む。
 実際にわたくしがこれから足を踏み入れようとしているのは、そんな学園都市の闇の部分なのは間違いない。
 太老が突入を前に、わたくし達を試すように確認を取ったのも、その覚悟を問いてのことだと、わたくしは察していた。
 ここから先に足を踏み入れれば、二度と表の世界には戻れない。そんな確信めいた予感が、わたくしにもあった。
 初春と街中を駆けずり回ったあの風紀委員(ジャッジメント)の日々も、お姉様との楽しい学園生活も、もう二度とは戻って来ないかも知れない。
 その覚悟が本当にあるのかどうかを、太老は尋ねていたのだ。

「では、そこに行きますわよ」

 太老の話に、わたくしはそう言って頷く。
 確かに一度こうした裏の部分を知ってしまった以上、この事件が上手く解決できたとしても、以前のような生活に戻れる保証はない。
 それでも、わたくしはこの目の前の事件を見過ごすことなど出来なかった。

(絶対に解決して見せますわ)

 初春も、お姉様も、このことを知れば必ず事件に首を突っ込もうとするはずだ。
 あの二人は、そのくらいお節介で、とても強く、心優しいことをわたくしは知っている。
 だからこそ、この事件を放っておくことなど出来ない。

 犠牲になるのは自分だけでいい、などと奇麗事を言うつもりはない。
 しかし、そんな大切な友人だからこそ、こんな事件に関わらせたくはなかった。

 今でも、それとなく都市伝説などに姿を変え、噂になっているくらいだ。
 この実験が今後もこの街で繰り返されれば、自然とお姉様がその存在に気付く時はやってくる。
 そのことに気付いたお姉様が、ミサカを放って置けるとは思えない。必ず、独りで全てを解決しようと事件に首を突っ込まれるはず。
 その時、真実を知って苦しむお姉様を、ただ黙ってみていることなど、わたくしには出来そうもない。

(見て見ぬ振りなど、出来るはずもありませんものね)

 結局は、わたくしに見過ごすことなど出来るはずもなく、この事件に首を突っ込むことになるはずだ。
 しかも、そのことで初春も巻き込んでしまう危険性だってある。
 この事件のことを知った時点で、関わらないと言う選択肢は存在しなかった。
 結局のところ、早いか遅いかの差でしかない、そうわたくしは思う。

「……妙だな」
「ですわね。幾らセキュリティを誤魔化していると言っても、巡回している警備の姿も見当たらないなんて……」

 太老の言うとおり、どこかおかしかった。
 幾らセキュリティの眼を誤魔化しているとは言え、巡回の警備員(ガードマン)は愚か警備ロボの姿もないなどと、ありえないことだ。

「ミスったな。やっぱり監視≠ウれてたか」
「監視!? どう言うことですの?」

 そう言って、面倒臭そうに通路の奥を睨み付ける太老。誰かがいる? と警戒するが、しかしわたくしには分からなかった。
 地下三階からは電力の供給が途切れているのか、薄暗く明かりが殆ど点っていない。
 防犯用の青色灯が僅かに周囲の壁や床の輪郭を浮かび上がらせてくれているだけで、通路の奥までは薄暗く様子を確認することは出来ない。
 しかしミサカは、太老の言葉の意味が分かるようで、同じ方向を警戒している。
 二人には何者かが、そこに身を潜めていることが分かっているかのような様子だった。

「――こいつ、視界の悪いこの場所で音≠熈気配≠烽ネしに、この距離で気付いたってのか?」
「情報通り、結構できるみたいだな。しかし、本当に無能力者(レベル0)か?」
「どっちだっていいさ。任務はこいつ≠フ始末だ」

 廊下の奥、下品な言葉を連ねながら、暗闇から姿を見せる真っ黒な衣装≠ノ身を包んだ三人の男達。
 視界も悪く、全員が同じような黒ずくめの姿をしているために確認は取れないが、ただの警備員(ガードマン)でないことは間違いない。
 わたくし達のことを見て『始末』と言った言葉の意味が、彼等の身に付けている装備(もの)を見て直ぐに分かった。
 肩にはサブマシンガン、顔には軍用ゴーグルとヘルメット。体の至る所にプロテクターのような物を身に纏っている。
 その重装備から察するに、他にも拳銃や手榴弾などで身を固めていることは間違いない。警備員(アンチスキル)の規格とはまた違う、人の命を簡単に奪える殺傷兵器を平然と身に纏った集団がそこにはいた。

「黒子、ミサカを連れて安全なところに隠れてろ」
「ですが――」
「早く行けっ!」

 太老の迫力に押され、よく分からないまま、わたくしはミサカの腕を掴んで空間移動(テレポート)した。
 その瞬間――直ぐに大きいな銃声と爆発音がフロアに木霊した。
 わたくし達が身を隠している廊下の向こう側、先程までわたくし達が居たその場所で、何十、何百と言う弾丸がけたたましい音を立てて飛び交い、手榴弾の物と思われる爆発音が響き渡る。

「くっ! 太老……」

 飛び出して行きたい気持ちを必死に抑え、静かになるまで息を殺しジッと身を潜めていた。
 これでは何のためについて来たのか分からない。太老を囮にして隠れていることしか出来ないなんて――
 しかし、あれだけの重装備をした男達を相手に、この狭い廊下で戦うのは不利だと言うことは分かっていた。
 この状況下では、わたくし達では何の役にも立たない、と言うことも――

「音が止んだ……」

 恐る恐る、わたくしは先程の廊下の方を覗き込む。
 手に当たるゴツゴツとした感触。床や壁には痛ましい銃弾の痕が残されており、今も巻き上げられた砂埃で視界が閉ざされ、暗闇と相俟って思うように状況が確認が出来ない状態になっていた。
 この様子では、とても逃げ場などなかったはずだ。嫌な予感が頭を過ぎる。
 そんなことはない。そう信じたいが、これでは太老も――

「黒子、もういいぞ」
「ヒッ――!」

 突然、背後から声を掛けられ、わたくしは小さな悲鳴を上げて尻餅をついた。
 驚きから硬直した表情も解けぬまま、声のした方を振り向いてみると、そこには先程までと一片も変わることなく、怪我一つ負っていない太老が立っていた。

「あなた、無事だったんですの?」
「……人を勝手に殺すな」

 そう呆れた様子で話す太老の足元には、気絶させられた先程の黒ずくめの男達が転がっていた。
 どうやったのかは分からないが、あの一瞬で彼等の攻撃を全て退け、その意識を刈り取ってしまったようだ。
 以前から強いとは知っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
 一方通行(アクセラレーター)から幾度となく無傷で逃げきったと言う実力といい、やはり太老の実力は疑いようがない。

(……下手をすると、お姉様以上かも知れませんわね)

 自己申告や書庫(バンク)のデータによれば無能力者(レベル0)と言う話だが、それも本当にそうか疑わしい。
 書庫(バンク)にも登録されていない未知の能力など信じられない話だが、少なくとも戦闘力だけなら超能力者(レベル5)に匹敵するほどだと、わたくしは太老の力を推測していた。
 もし太老と戦闘になった場合、殆どの能力者は能力を発揮する暇もなく倒されてしまうだろう。
 その身体能力も驚異的だが、この状況でも一切の動揺を見せない強靭な胆力、明らかに相当の場数を踏んでいることは想像に難くないからだ。

「こいつら猟犬部隊(ハウンドドッグ)だな」
「……猟犬部隊(ハウンドドッグ)?」

 聞いたことのない名前だった。しかし、太老は何か知っているようだ。

「この学園の暗部≠フことさ。まあ、俺も詳しくは覚えてないんだが、クズばっかを寄せ集めた集団ってことかな?」
「太老……何を?」
「拘束しとかないと、目を覚まされても面倒だしね」

 そう言うと太老は男達の武装を剥がし、その中から鉄線のような物を見つけると、それで男達の手足を器用に縛り上げてしまった。
 普段から、遣り慣れているのか? 随分と手馴れている様子だ。

「随分と慣れているんですのね」
「まあ、色々とあってね。おっ、いい物持ってるな」

 男達の荷物の中からサインペンを見つけると、それを使って覆面を剥いだ男達の顔に落書きを始める太老。
 更に上着とズボンも脱がし、肌着一枚にさせたところに、これでもかと言うくらいの落書きを嬉々とした表情で書き込んでいく。
 武装をして容赦なく命を奪いに来るような野蛮人達だ。
 殺されても文句を言えない立場にあるのは分かるが、これは目を逸らしたくなるほど余りに惨たらしい姿だった。

「最後にゲジゲジ眉毛を書いてっと、よし完成!」

 何だか満足気な様子の太老を見て、何も言葉が出てこなかった。
 ある意味で殺されるよりも惨たらしい末路かも知れない、と黒ずくめの男達を見て、そう思う。

「こいつ等がいるってことは、ここには何もない可能性が高いな」
「彼等に聞き出せば、よいのでは?」
「無理だと思うよ? どう見ても捨て駒≠セろうし」

 確かに太老の言うとおり、見るからに品のない野蛮人達だ。
 それに暗殺に寄越すような人間に、重要なことを知らせているとは考え難い。

(狙われたのは、太老? どちらにせよ、引き返せないところまで、きてしまったようですわね)

 より面倒な事態になっていることだけは、説明されずとも理解できた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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