【Side:太老】

『それじゃあ、頑張ってね。太老殿=x

 と満面の笑顔で瀬戸に送り出されたのが二週間前。
 守蛇怪・零式は現在、あてもなく簾座連合と樹雷領の領境に位置する未開拓宙域を流離っていた。
 この辺りは銀河連盟の勢力圏にも近く、勢力図が交わる地点にも当たる少し特殊な場所だ。
 情報部が集めた情報を元に、海賊の目撃情報が多い地点を重点的に回っていた。
 これも囮部隊の役割と言ったところか。尤も、単なる囮で済めばいいのだが――

「林檎さん……書類、多すぎません?」
「ここ二週間で捕縛または撃沈された海賊艦が、想定以上に多かったですからね……」

 宇宙に来てまで書類整理に追われていた。その理由は、集まって来た海賊艦を次々に捕縛・撃沈した事に原因があった。
 囮艦の本来の役割は、その名の通り敵を誘導するための囮役であるはずだ。
 しかし、この船は鷲羽(マッド)が造ったというだけあって、色々と圧倒的(チート)過ぎた。
 囮をするはずの船が、餌に食いついた海賊艦を軽く撃沈するほどの性能を有しているのだから、結果はこの通りだ。

「もう、この辺りに海賊なんて残ってないんじゃないですか?」
「……かも、しれませんね」

 その上、乗組員もはっきり言って規格外もいいところだ。
 鬼姫の女官達に、『鬼姫の金庫番』の二つ名を持つ立木林檎。『瀬戸の盾』の二つ名で恐れられている柾木水穂。
 兼光と夕咲の娘で『武神』の名を継ぐ者とまで言われている麒麟児、平田桜花。そして、その義妹のラウラ。
 更には鷲羽(マッド)と一緒に船の製作に関わり、システムエンジニアとして同乗している柾木天女。

 まさに過剰戦力。どこの世の中に、こんな銀河でもトップレベルの人材が集まった囮艦があると言うのだろうか?
 下手すると西南のところよりも酷い。艦隊戦はともかく、白兵戦なら無敵だろ、この布陣は……。
 これだけ有能な人材が揃った弊害と言うべきか、艦長職は特にやる事がなく退屈そのものだった。
 特に戦闘など、有能なオペレーターが控えており、零式には自称宇宙一の天才科学者が作った人工知能も搭載されている。言ってみれば、指示する事無く戦闘が終わっているくらい、俺の出番がない。
 で、結局落ち着いたのが、この書類整理と言う訳だ。

 艦内に設けられた執務室で書類に目を通し、今日もペッタン、ペッタンと判子をついていく。物凄く地味な作業。
 これも重要な仕事だというのは理解しているが、艦長に就任する前とやっている事が変わらない。
 情報部で書類整理を手伝っていた時よりも、寧ろ地味な仕事になった気がしてならなかった。

 管理職というのは、どこでもこんな物なのだろうか?
 まあ、上に行くほど事務仕事が増えるのは、どこも同じだと思うが……。

『海賊艦と遭遇。本艦は第一種戦闘態勢に移行しました――』
「また、警報ですね」
「あの……林檎さん? 俺達もブリッジに行かなくていいんですか?」
「相手の規模から考えても、太老様が出張るほどの事ではないかと。それよりも、こちらの書類にも判をお願いします」

 ドサッ、と更に机の上に積み重ねられた書類の山。
 もう、向こう側が見えないほど大量の書類が机の上を埋め尽くしていた。

(俺は艦長だよな? 事務員じゃないよな?)

 ちょっとばかし『艦長』という物に浪漫を持っていたのだが、その幻想はここにきて見事に打ち砕かれた。
 若干十五歳にして、中間管理職の大変さを身にしみて理解する俺だった。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第81話『家族の温もり』
作者 193






【Side:瀬戸】

 守蛇怪・零式が出発して二週間。海賊の検挙数は右肩上がり。囮艦はその本領を発揮し、順調に成果を上げている。
 囮艦が討伐まで請け負うのは本来の主旨とは外れるが、ここまでは想定範囲内の出来事だ。
 寧ろ、太老が目立った行動を取ってくれる事は、作戦の成功確率を引き上げてくれる。
 太老の乗る囮艦の危険度は、海賊達の間で日に日に増すばかり。海賊ギルドのブラックリストに最重要危険人物として、『鬼の寵児』そして『守蛇怪・零式』の名前が挙がっていた。
 その成果からも、ここまでは立派に囮の役目を果たしてくれている、と言える。

「敵の動きは?」
「偵察艦からの連絡は未だありません」
「ふむ……まだ、餌に掛からないか」

 オペレーターの報告からも、敵も意外と慎重な事が窺える。
 零式の登場により海賊達は行動範囲が更に狭められ、満足に活動も出来なくなっているはずだ。
 アイライと銀河軍の動きは、経済的な側面から完全に封殺されている。後は干上がった海賊達が、勝手に暴走してくれるのを待つばかりだった。
 しかし未だその動きが無いという事は、敵側にもなかなかの指揮官が居ると思われる。
 考え足らずのただのバカと言う訳ではなさそうだ、と評価を上方修正する。

 尤も、それを考慮しても、保って後二週間と言ったところだろう。
 行動を制限され、補給を絶たれている彼等の立場は依然厳しいままだ。このまま行けば、自滅するのは確実。
 潔く降参して投降するような相手とは思えないし、破れかぶれであろうと、きっと反撃の一手を打ってくるはずだ。
 その時こそ、彼等に引導を渡す時だと私は考えていた。

 こうして水鏡と第七聖衛艦隊を中心に部隊を展開しているのも、そのためだ。
 太老という極上の餌に食いつく瞬間を待つばかり、後は時間の問題だった。
 それよりも――

「Dr.クレーね……」

 春牙強奪容疑で服役中だったクレーに目を付け、銀河軍が出所の手引きをしていた事が判明していた。それも今から五年前にだ。
 今回の事件に、クレーが関わっている事は間違いない。
 津名魅様の力でも皇家の樹の発見に至らなかった事や、皇家の樹を維持する以上、コアユニットの件もある。
 それらの物を用意できる科学者となると、ある程度、人選は限られてくるからだ。
 クレーならば能力的には申し分ない。それにクレーの犯行であると確信できたのは、ある証拠が挙がっていたからだった。

「バカなのかしらね? ご丁寧に自分のマークを残していくなんて……」
「バカですね」
「バカだと思います」

 ブリッジのオペレーター達も、私と同意見のようだった。
 そう、皇家の樹が動力炉として使用されていた惑星規模艦。そのユニット部分に、クレーの物と思われるマークが記されていたのだ。
 普通、犯行の証拠を現場に残していくバカはいない。しかし、それを平然とやってしまうのがクレーという人物だった。
 自分の発明品や気に入った物には、なんでもマークを入れる癖があり、自己主張の強い人物だという事が窺い知れる。大物と言うべきか、バカと言うべきか。
 一度捕まって少しは性格が丸くなったか、と思われていたが、それはどうやら甘かったようで鷲羽殿曰く――

『クレーが改心? あー、それはないない。寧ろ今頃、復讐心をメラメラ燃やして、またくだらない計画を練ってるんじゃないかね?』

 あの鷲羽殿にそこまで言わせる相手だ。大体の人物像は想像がつく。
 総じていえば、なまじ能力があるだけに敵に回すと面倒で厄介な相手、という評価だった。
 寧ろ、アイライや銀河軍よりも、クレーの方が対処の面倒な相手だと私は判断していた。
 恐らく彼の狙いは――

(間違いなく、太老でしょうね)

 この作戦を最終的に決断した大きな要因はそこにあった。
 鷲羽殿の見立て通りの人物であれば、クレーが太老を見逃すはずがない、と考えたからだ。
 私が太老の事を『極上の餌』と例えたのも、そうした理由からだった。

【Side out】





【Side:ラウラ】

 ――私の養女に成らない?
 と今のお母さん、夕咲さんに誘われたのが四ヶ月前。
 桜花ちゃんが私のお姉さんになるなんて、天樹の孤児院に預けられていた時は考えもしなかった。

 だからといって、私の事を女手一つで育ててくれた母親。
 手紙のやり取りだけで一度も顔を合わせた事はなかったけど、遠くで仕事をして私達を見守ってくれている、と聞かされていた父親。
 その二人の事を忘れた訳ではない。

 あの人はお世辞にも良く出来た母親、優しい母さんと言う訳では無かった。
 手を上げられた事は何度もある。食事を満足に与えられなかった日も少なくは無かった。
 寝室から聞こえてくる父さん以外の男の人の声。その度に酔っ払って、物に八つ当たりをする母の姿を、私はずっと見てきた。
 それでも、そんな母親でも私にとっては血を分けた、たった一人の母親だった。

 だから嬉しかったのだ。『父親に会いに行く』と言ってくれた母の言葉が――
 父さんが帰ってくれば、家族三人。極普通の温かい家庭に変われるのだと、淡い希望を抱いていた。
 父さんに会ったら何を話そう――そんな事を考えながら乗り込んだ船。しかし、そこで私の願いは無残にも打ち砕かれてしまった。

 海賊の襲撃に遭い、乗っ取られた旅客船。その海賊の中に、自分の父親が居たという事実。母がその手引きをしたのだという事は、子供ながらにも直ぐに察する事が出来た。
 結局、父さんは突入してきた樹雷軍の闘士に殺され、母さんも共謀罪で逮捕されてしまい、私はその瞬間から天涯孤独の身になってしまった。
 犯罪者の子供を引き取ってくれる赤の他人が居るはずがない。
 どこにも行く当てのなかった私は孤児院に預けられ、そこで船穂様、桜花ちゃん、夕咲さんと出会い、そして正木太老と再会した。

「ラウラ、眠れないの?」
「あ……うん。ちょっと考え事をしてて……」

 どこに行く時も、寝る時も桜花ちゃん……いや、お姉ちゃんは私の傍にいてくれる。
 私が平田家の養女になる事を決めた日。
 お姉ちゃんが言ってくれた言葉は、私の記憶に焼き付いて離れない。

 ――これからは私がラウラのお姉ちゃんだから
 ――ラウラの事は私が守ってあげる。ずっと傍に居てあげる
 ――だから、独りぼっちじゃない。寂しくないよ

 その約束の日から、桜花ちゃんは私にとって『お姉ちゃん』に変わっていた。

「お兄ちゃんの事?」
「…………」

 お姉ちゃんは相変わらず他人の事となると鋭い。
 それだけ私の事をよく見てくれているのだと思うと、少し嬉しかった。
 初めて出来たお姉ちゃん。血は繋がっていないけど、この私が感じている温もりは確かなモノだ。

「次の港で一度補給をするって話だから、お兄ちゃんを誘ってどこかに遊びに行こうか?」
「お姉ちゃんは、それでいいの?」
「妹が余計な気を遣わないの!」

 お姉ちゃんが、太老を好きなのは誰もが知っている事だ。
 本当は二人きりでデートしたいはずなのに、私の事を思ってお姉ちゃんはいつも私を誘ってくれる。
 私も太老の事は嫌いではない。どちらかというと好意を持っているのだと思う。
 私が太老に向けている感情も、本当は八つ当たりなんだって事くらい、私だって分かっていた。

 父さんの事も、母さんの事も、太老が悪い訳ではない。太老は自分の仕事を、責任を果たそうとしただけだ。
 天樹の孤児院に入れるように手配してくれたのも太老だと聞いた。
 新しい家族が出来たのも太老のお陰と言えなくはない。
 寧ろ、太老は私にとって恩人と呼べる存在なのかもしれない。

 それでもお姉ちゃんのように、『お兄ちゃん』と素直に接する事は私には出来ない。
 私から血を分けた肉親を奪った事件に、確かに太老は関わっていた。本人もそれを否定はしない。
 でも、太老が私にしてくれた事も事実……。
 多分、私は太老への接し方が分からず、戸惑っていたのだ。

「こんな美少女二人を侍らせてデート出来るんだから、お兄ちゃんも幸せ者よね」
「……うん。太老は幼女体型が好きなんだよね」
「だからこそ、私達はオバサン達に負ける訳にはいかないの! このアドバンテージを活用しないと!」

 太老は優しい。お姉ちゃんは温かい。
 今のお母さんも、お父さんも、私の周りの人達は皆、騒がしい人達ばかりだけど不思議な温かさで一杯だ。
 忘れられない過去。温もりに満ちた現在。ちょっぴり不安だけど、希望のある未来。
 多分これが、『幸せ』と言うものなのだろう、と私は考える。

 これが夢なら覚めないで欲しい。
 いつしか私は、そんな風に考えるようになっていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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