【Side:林檎】

「水穂さん、ラウラちゃんの検査結果が出ました」
「そう……どうだった?」

 天女さんの報告や周囲の証言からも、ラウラちゃんの様子がおかしかった事もあり、念のために精密検査をする事になった。
 最悪の場合、知らない内に敵に洗脳されている可能性もあった。
 船の仲間を、それも桜花ちゃんの妹を疑うような真似をしたくはないが、最悪の場合、太老様だけでなくここに居る全員が危険に晒される可能性もある。ラウラちゃんの身の安全と潔白を証明する意味でも、検査はして置いた方が良いという結論に達したからだ。
 水穂さんも『念のための処置』と言っていたが、場合によってはラウラちゃんを船から降ろす事も検討しなくてはいけない事態に直面していた。
 だが、検査結果は――

「生体パターン、アストラルパターン、DNAバンクとも照合しましたが異常は見られませんでした」

 そう、ラウラちゃんは至って健康その物。
 あらゆる観点から精密検査を行ってみたが、洗脳された痕跡どころか身体には一切の異常が見られなかった。

 だとすれば、天女ちゃんの報告はなんだったのか? 彼女の見間違い?
 ラウラちゃんが突然姿を眩ました理由は? 本当にただの迷子?

 疑問は残ったままだ。
 だが少なくとも、彼女の身に何かあった事だけは間違いない。
 そして彼女の後をつけていたという人物の事も――

「太老様が捕まえた不審人物ですが、記憶を操作された痕跡がありました。指名手配中のS級諜報員(スパイ)で間違いありません」
「口封じ……と言ったところね」
「はい。他にも仲間が潜伏している可能性が高いので調査させています」

 隠密行動に優れた超一流の諜報員で、今までGPや樹雷の捜査網にも一度として引っ掛からなかった人物だ。
 危険度のランクはS。ウィドゥーほどではないが、瀬戸様の『盾』を一斉に導入してようやく追い詰めるか、という相手だった。
 戦闘力はそれほどではないが、相手の裏をかき逃げ回る事に関しては超一流の相手。
 そんな相手を、この状況を予測していたかのように先回りをしていた太老様が捕らえられた。
 これにはさすがに女官達も驚きを隠せなかったようだ。
 私自身、それほどの諜報員が潜入していた事もそうだが、その先を行く太老様の手腕には驚かされた。

 だが、捕らえられた男は記憶を失っていた。
 いや、記憶操作と言うのも生温い所業かも知れない。
 捕まった時点で、あらかじめ注入されたナノマシンが暴走し、脳を破壊をするようにプログラミングされていたのだ。

「残された手はアストラルリンクしかないわね。でも……」
「それは難しいと言わざるを得ないと思います。ここの設備では不可能ですし、その程度で許可が下りるとは思えませんし」

 アストラルリンクからなら記憶を読む事も可能かもしれないが、現状ここの設備ではそれは難しい。
 対象の過去の行動を読むにはアストラルメモリーと呼ばれるアストラル海に記憶された情報を検索する必要があり、そのためには五割以上の同形質アストラルを形成する必要がある。
 アストラルコピーも同様。アストラルへの干渉には膨大なエネルギーを必要とするので、第二世代以上の皇家の樹のバックアップが無ければ難しい方法だった。

 それにアストラル海≠ヘ出来る限り弄らない方が良い、というのは研究者や科学者の間で暗黙の了解となっていた。
 アストラル海とは、地球風に言えば死後の世界。全ての次元や平行世界に重なるように存在している知識の海の事で、この世界に存在する全ての生命と繋がりを持ち、経験や事柄、感情といった記憶の全てがメモリーされている場所とも言われていた。
 これが先述でも話にでた『アストラルリンク』と言う物だ。謂わば魂と呼ばれる物『アストラル』は、私達とアストラル海を繋ぐためのアクセスターミナルのような物だと考えた方がいい。
 それは使い方によって、アストラル海に記憶されたバックアップから過去の行動を読んだり、再生や復元する事が可能だという事。
 だがそれには、読み取る情報に応じて同形質のアストラルを必要とするため、現在の科学力では完全再現は不可能と言われている。

 それに科学者の間で恐れられている理由は、アストラル海を弄ると祟りがある、という話が実際に信じられているからだ。
 それを裏付けるように事故に巻き込まれたり、不審な死を遂げている研究者が数多く居た。
 それでもアストラル海を弄ろうとする者や研究者が後を絶たない背景には、アストラル海には世界の記憶が眠っていると言われているからだ。
 世界の記憶。それは宇宙創生からの全ての記憶が、そこにある事を意味していた。

 ――アカシックレコード

 それはまさに『全知』と言えるレベルの存在。鷲羽様はこれを『神を創り出すシステム』と例えられたほどの代物だった。

 残念ながら、こればかりは鷲羽様の協力を得る事は難しい。以前に瀬戸様も断られた事があると仰っていた。
 鷲羽様が頂神の一人である事を知っているのは、この宇宙でも極僅か限られた人物だけ。
 知っているのは関係者や裏に関わっている者ばかりで、公的にその事を知る者は一人としていない。
 そして鷲羽様自身、最悪の場合を除いて頂神としてこの世界に干渉する事はしない、ときっぱり断言されている。

 現状、私達だけではアストラルへの干渉など夢のまた夢。成功確率の低い、賭けのようなモノだ。
 それならば、記憶の精密スキャンをした方が遥かに早く手間が掛からない。
 尤も、犯人の脳が破壊され障害を負っている時点で、その方法は既に潰されているも同然だった。

「今のところ、警戒を強化する以外に手はないか……」
「はい。ですが、ようやく餌に食いついてくれました」
「そうね。油断は出来ないけど、これが終われば全てのカタが付く。ここが正念場よ」

 水穂さんの言葉に、首を縦に振って頷いて返す。
 どちらにせよ、私達のやるべき事は決まっていた。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第83話『バルタの姫君』
作者 193






【Side:太老】

 結論から言おう。桜花とラウラはあっさりと見つかった。
 問題はそこではなく、その二人を捜している途中――

『くッ! 先回りされていたか!』

 などと意味の分からない事を叫んでいる黒ずくめの変質者と遭遇し、どういう訳か襲いかかられるという災難に見舞われた。
 二人を捜すなら高いところから捜した方が捜しやすいだろうと思い、建物の上から捜索していただけなのに本当に災難だ。
 だが同時に、運のない奴だとも思った。
 格好からして泥棒か何かだろうと思うが、俺に襲いかかってきたところで老朽化した建物の屋根が突然抜け、落下して瓦礫の下敷きになって目を回し、そこを駆けつけた女官達に連れて行かれたからだ。
 何というか運のない、間抜けな泥棒だった。

「……ラウラちゃん、大丈夫かな?」
「簡単な検査だって話だから、大丈夫だよ」

 桜花にそう言われても、どうにも気になって仕方が無い。
 零式の医務室の前で、俺は左に右にと落ち着かない様子でウロウロとしていた。
 というのも、ラウラが医務室で精密検査を受けているためだ。

 水穂の話では『念のため』という話だったが、天女が見つけた時に頭でも打ったのか、かなり様子がおかしかったらしい。
 しかも、不審人物がラウラの後をつけていた、とかいう話もある。
 天女が居てくれたから助かったが、幼女誘拐なんて事になったら俺は犯人だけでなく自分を許せなかっただろう。
 俺が目を放したばかりに、ラウラを危険な目に遭わせた事に変わりはないのだから――

「あ、あのね……お兄ちゃん。桜花がそうなっても、今みたいに心配してくれる?」
「当たり前だろ。二人は俺にとって大切な女の子≠ネんだから」
「あ、うん。あ、ありがとう……」

 頬を赤く染めて、俯きがちに御礼を言う桜花。
 本当の妹のように¢蜷リにしている二人の事を心配しないはずがない。
 しかし、二人から目を放した自分にも嫌気がさすが、ラウラを怖がらせた誘拐犯はもっと許せない。
 今度そんな奴が目の前に現れたら、生きている事すら後悔したくなるほどのキツイ罰を与えてやる。
 幼女の敵は、俺の敵だ。

「……太老? お姉ちゃん?」

 医務室から出て来たラウラの無事な姿を見て、俺は膝を下ろし思わずギュッと抱きしめた。
 本当に無事でよかった。今回ばかりは天女に心から感謝した。

「ごめんな。俺がついていながら、怖い目に遭わせちゃって……」
「……ううん。私こそ、ごめんなさい」

 そこらのチンピラにラウラが負けるとは思わないが、万が一という事もある。
 今度からは絶対に二人から目を放さないようにしよう、と固く心に誓った。

【Side out】





【Side:クレー】

「念のためにナノマシンを仕込んで置いて正解だったようだな。やはり、迂闊な接触は危険か……」

 貴重な手駒を一つ失ってしまったが、正木太老の実力を計る事が出来ただけでもよしとするしかない。
 樹雷の鬼姫の女官達の目すら欺くほどの隠密性を誇る諜報員を先回りして仕留めるなど、単に戦闘力が高いと言うだけでなく相当に頭の切れる人物と見て間違いない。
 さすがは鷲羽の弟子、鬼姫の後継者と呼ばれるほどの人物。
 あれだけの実力を有している相手となれば、正面作戦では返り討ちに遭うのが関の山だろう。

「やはり、バカ共だけに任せてはおれんか」

 アイライ、銀河軍、海賊風情が、あの少年をどうにか出来るなどと思ってはいない。
 忌々しい事だが鷲羽の人を見る目だけは侮れない事が分かっているだけに、油断は一切していなかった。
 以前に何故、儂が捕まったのか記憶が曖昧な部分があるが、それが鷲羽の仕業である事は記憶している。
 そこに鷲羽の実験動物(モルモット)が関わっていた事も確かなのだ。

「くッ! 鷲羽め……」

 今になって思えば、何かがおかしかった気がする。
 当事者であるはずの儂の記憶が曖昧な事や、ある程度の事件の経緯は思い出せるのに、どうしてそんな事をしたかなどの動機や肝心な部分が靄が掛かったように思い出せない事。
 銀河軍に協力したのも、皇家の樹を使ってアストラルリンクから失ったと思われる記憶を取り戻すためでもあった。
 だが、断片的に記憶を取り戻せはしたが、未だ完全とは言い難い。
 やはり第四世代程度の力では、何本あったところで完全回復には程遠かったためだ。
 これというのも全て、鷲羽が何かをしたからに違いない。そうして鷲羽の周りを調べる内に、一人の少年に行き当たった。

 それが――正木太老という名の少年だった。

「あの小僧の事を鷲羽が大切にしているのは確かだ。そこまで鷲羽が拘る理由……絶対に何かあるに決まっている」

 それを知る事が儂の狙いでもあった。
 鷲羽への復讐というのが前提にあるが、鷲羽が拘る実験動物(モルモット)を手に入れ、自分の手で調べてみたい。
 特に正木太老の事を調べる内に、その欲求は強くなっていった。
 あの年齢であれほどの実力を有し、あそこまでの成果を上げている人物は例を見ない。
 表向きの実力は勿論だが、それ以上に鷲羽が固執する理由が何かある、と儂は考えていた。

「仕込みは上々。後は、奴を誘い出すだけだが……」

 周囲に邪魔な人物が多すぎる。鬼姫の女官だけならまだしも、そこに『鬼姫の金庫番』と『瀬戸の盾』。
 白兵戦では、まず勝ち目のない布陣だ。最強の護衛と言っても過言ではない。
 それほど大切に守らなくてはならない存在という事だ。
 だからこそ、余計にあの少年が欲しくなる。儂の研究者としての欲望を満たすために――

「奥の手を使うしかあるまい」

 そう口にして、儂は目の前に広がる無数にある内の一つの空間モニターに目をやった。
 そこに映し出されたのはラウラ・バルタ――今は『平田ラウラ』と名乗っている少女だ。
 バルタの姓を持つ海賊の一人。そしてあの娘には、本人も知らない大きな秘密があった。

 バルタの姓を持つ海賊の多くは、先祖がバルタギルドの構成員だったという理由からだが、ラウラは違う。
 どれだけ調べようとも遺伝子配列は間違いなくバルタの皇家の血縁者を示す物ではないし、精密検査であろうが現行の技術では異常など一切検出される事は無い。
 だがラウラこそが、バルタ王国の正当な王位継承者である事を、儂は知っていた。
 それはそのはず、そうなるように儂が細工を施したからだ。
 問題は遺伝子ではない。ラウラが持つアストラルの方にあった。

「儂のために役立ってもらうぞ。ラウラ」

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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