あれ? 俺、どこでフラグを立て間違ったんだろう?

「ううん、お兄ちゃん……」

 右腕には桜花が――

「うみゅ……太老」

 左腕にはラウラが、俺の腕を枕に寄り添うようにして寝息を立てていた。
 寝起きの頭には正直きつい状況だ。今のこの状況の説明が、さっぱり付かない。
 見た目九歳ほどの桜花に、もう少し幼い感じのラウラ。
 幼女二人に抱きつかれて、同じベッドで寝るような状況になんで陥っているのか?
 嫌と言う訳では無いが、正直どう反応していいか分からない。

 取り敢えず冷静に状況確認をしよう。ここは二人の部屋ではない。見渡す限り、間違いなく俺の部屋だ。
 金ピカ部屋が嫌で『出来るだけ質素に』と指示したにも拘わらず、回る多機能ベッド≠始めとする面白アイテムで埋め尽くされたバカ人工知能が用意した艦長室だ。
 この部屋は機能的だ。多機能すぎるくらいに機能的な設備が整っている。
 どこぞのラブホテルのように、枕元のパネルで色々とコントロール出来る多機能さには素直に脱帽した。
 相当に曲解した捉え方をしなければ、あの注文でこんな部屋にはならないはずだった。

鷲羽(マッド)が作った人工知能と言われて、妙に納得してしまっている自分が悲しい……)

 俺も最初の内はドン引きだったが、そうは言っても船は既に出航した後。
 使い始めてみると意外と便利な上に、鷲羽(マッド)の作った人工知能に何を言っても無駄そうだし、諦めてそのまま使っていた。
 だが、照明までピンクってのはどうかと思うんだ。
 一応、普通の照明もあるけど、寝ている時に限って勝手にムード作りを始めるこの無駄設計だけはどうにかならないか、と常々思う。
 明らかに別の意図があって狙って作ってるだろう、これ。

 そんな場所で幼女二人に挟まれて身動きの取れない状態の俺。
 俺にそんな気はなくても、これは傍目から見たら構図的にどうなんだろう?
 それに現状に置いて、不安な点がもう一つあった。
 大体こういう時って決まって運悪く誰かに目撃されると、俺の長年の経験と勘が告げている。

『太老様。お休みのところ申し訳ありま――』

 ほら、な。いつの間に回線がオープン設定になっていたのか、突然目の前に現れる空間モニター。
 その向こうで目を丸くして固まっている林檎。その視線は、俺の横に居る二人の幼女に向けられていた。
 二人に挟まれて身動きの取れない俺は、為す術なく『おはよう』とただ一言口にする。

『個人の趣味趣向をどうこう言うつもりはありませんが……私達がどれだけ迫っても応じてくださらなかったのは、やはりそういう趣味なのですか!?』
「それ、思いっきり勘違いだからね!?」

 パニック状態の林檎に必死に言い訳をしながら、昨夜の事を思い出す。
 その甲斐もあって、今更ながら二人がなんで俺と一緒に寝ていたかを思い出した。
 兼光の件があってから気をつけていたと言うのに、今回ばかりは油断をしていた。

『一緒に寝ても良い?』
『へ?』
『お姉ちゃんも一緒』

 あの騒ぎのお陰と言っては変だが、昨晩はラウラと以前よりもずっと打ち解ける事が出来て舞い上がっていた。
 そんなラウラから、『今日は一緒に寝て欲しい』と上目遣いでお願いされて、あっさり陥落したのは言うまでもない。
 いや、そりゃ仕方ないだろう? 未遂とはいえ誘拐されそうになったのだ。
 平気そうに振る舞っているが、ラウラも怖かったのだろう、と思って了承せざるを得なかった。
 あんな風にお願いされたら、誰だって拒絶できるはずが無い。そして当然、ラウラと桜花は一緒だった。

『これは責任を取ってもらわないとね。太老くん、挙式はいつが良い?』
「……夕咲さん、なんでここに居るんですか?」
『もう、お義母(かあ)さんって呼んで!』

 もう一つ乱入して現れたモニターに、批難めいた冷たい視線を向ける俺。
 この状況で夕咲の発言は、火に油を注ぐのと同じだった。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第84話『危険な任務』
作者 193






「それで挙式はいつにするの? やっぱり結婚式は、地球式の方が良いかしら?」
「それは、もういいですから……」

 あの後、何とか林檎を宥めて、部屋に飛び込んできた女官達の追及を逃れ、ようやくブリッジに顔を出せた俺。
 ニコニコと笑顔を浮かべて話を掘り返す夕咲を見て、ピキッと青筋を立てる。
 半分は自業自得ではあるが、あそこで夕咲が出て来た所為で話が余計にややこしくなったのは言うまでもない。
 女官達の間で、正木太老ロリコン疑惑≠ェ浸透中だ。

 ――曰く、幼女・貧乳体型にしか興奮を覚えない特殊な性癖を持ち主
 ――曰く、自分好みの女性に育てるために子供の頃から教育中

 人並みに胸にも大人の女性にも興味があるし、光源氏作戦なんて決行してない。
 更に林檎などは――

『大丈夫です! 太老様に特殊な性癖があったとしても、私の忠誠心はこれまで通り変わりません!』

 と言ってくれたが、絶対に誤解解けてないよな?
 人の噂も七十五日というが、俺は七十五日もこの言われなき誹謗中傷に耐えられるだろうか?
 捕縛した海賊の引き渡しと手続きで、水穂と天女が留守にしていた事が不幸中の幸いと言えた。

 ここにあの二人が居たら、もっとカオスになっていたと思う。
 どっち道、帰ってきたらバレるのは時間の問題とは思うが……それを考えると憂鬱な気分になる。

「幼女体型で太老を悩殺。お姉ちゃんの言うとおり、アドバンテージを生かした結果」
「ラウラ、そこまで計算して……。偉い! お姉ちゃん見直したよ」
「偉くない! そこも笑うな! これもアンタの教えか!?」

 ゲラゲラと腹を抱えて笑っている夕咲を見て、元凶が誰かなど問い質すまでもなかった。
 この人、絶対に鬼姫側の人間だ。
 鬼姫の副官をやってたと言われても、全然違和感が無い。

「太老くん冷たい……あっ、それじゃあ、私と付き合ってみる?」
「可愛い子ぶってもダメです。アンタは人妻でしょうが……」
「人妻属性は?」
「……ありません。それよりも本題を」

 泣いていいよな。最近、こんな風にからかわれてばかりだ。
 女官達もクリスマスイベントを境に遠慮が無くなってきたしな。

 この船なんて男は俺一人だし、気の休まる時間は全くと言って良いほど無い。
 部屋の事といい、船の人工知能にまで、おちょくられている気がしてならないし。
 一応、俺ってこの船の艦長だよな? 俺の立場って一体……。

「まあ、このくらいにして置いてあげましょう。でも、諦めた訳じゃないからね。いつか、お義母(かあ)さんって呼ばせて見せるわ!」

 もう放って置いてください、と言っても、この人には無駄なんだろうな。
 そんな夕咲の態度を見て、大きく溜め息を漏らすしか無かった。
 鬼姫と一緒で天災≠ニ思って、きっぱりと諦めるのが無難だ。

「本題に入るわね。瀬戸様からの指示を持ってきたわ」

 既にこの船の事は敵にマークされている可能性が高く、通信を傍受されるのを防ぐため、夕咲が直接指令を持ってきた、という話だった。
 まあ実際には、桜花とラウラの様子を窺いに来た、と言う方が正しいような気もするが、敢えてどちらが本命かは訊かない事にした。
 藪蛇になりそうだったからだ。それにしても――

「夕咲さんって軍を引退したんじゃ?」
「軍は確かに辞めたわよ。今は瀬戸様個人の政策秘書として雇われているの」

 少し気になって質問してみたのだが、返ってきたのは何とも言えない微妙な答え。
 その説明に訝しいものを感じつつも、黙って話の続きを聞く事にした。
 どちらにせよ、藪蛇はごめんだ。個人の事情など、雇われている立場の俺からすれば余り関係のない話だ。
 任務である以上、それを遂行するのが軍人の務め。鬼姫の指示である以上、最初から拒否権が無いのだから、反抗するだけ無駄というものだ。
 それならば、出来るだけ被害を最小に食い止めたい。主に俺のストレスを溜めないために――

「第十三聖衛艦隊の偵察艦が何者かの襲撃を受け、消息を絶ったわ」
「襲撃? 犯人は分かって居ないのですか?」
「ええ、残念ながら。それに、その消息を絶った船が問題でね」

 林檎の質問に、先程までと一転して苦々しそうな表情を浮かべ答える夕咲。
 行方の分からない偵察艦というのが、第十三聖衛艦隊が誇る情報収集艦『納月(なつき)』である事が重要だった。
 納月と言えば、単体で敵地で情報収集が可能なほど高性能な船で、ステルス機能だけでなく敵の包囲網を潜り抜けるだけの高い機動力と戦闘力を有した万能戦闘艦だ。艦隊戦とも成れば、旗艦として艦隊の指揮を執る事もある。
 そんな高い性能を有した船が消息を絶った。何者かに沈められたかもしれない、という事態は確かに緊急事態と言えた。

「正直、敵を侮っていたわ。瀬戸様もさすがにこの事態を見過ごしてはおけない、と判断されたようね」
「では……」
「守蛇怪・零式には補給が済み次第、納月が消息を絶った宙域に向かってもらいます。今回は情報収集がメインではありますが、可能であれば納月の乗員の救出を……お願いします」

 夕咲の表情からも、納月が無事である可能性は低いと考えている事が窺えた。
 相手が海賊である場合、交渉のために人質として捕らえられている可能性もあるが、何の連絡もなく消息を絶ったという事は出会い頭に撃沈された可能性が高い。その場合、乗員の生存は絶望的だ。

(今回ばかりは少し厳しいかもしれないな……)

 相手は、ただの海賊艦で無い可能性が高い。
 ステルス性の高い納月を発見し、それを一撃で撃沈するほどの力を有しているという事は、ただ数が多いというだけの話では無さそうだ。
 最低でも納月と同じくらいの性能を持った船。
 もしくは、それ以上の高性能な船を有している可能性も視野に入れておかないとまずいだろう。
 事前の情報が不足している点からも、かなり危険度の高い任務だと言える。

「夕咲さん、もしかして……」

 ここに来たのは桜花とラウラの事を心配してか、と思ったが俺の言おうとした事を察してか、夕咲は首を横に振った。

「母親としては心配だけど、それなら最初から反対しているわ。二人とも船を降りる気はないのでしょ?」
「うん。お兄ちゃんは、私が居ないとダメだもの」
「私もお姉ちゃんと……太老と一緒がいい」

 俺も本音を言えば二人を危険な場所に連れて行きたくはない。だが約束をした以上、出来るだけ二人の気持ちを汲んでやりたい。
 それに桜花の強情なところは、間違いなく両親譲りだ。一度口にした事を簡単に覆しはしないだろう。
 本当の姉のように桜花の事を慕っているラウラの気持ちも分からなくはない。
 その事からも、ここでラウラだけ置いていくという選択肢は無かった。

「太老くん、二人の事をお願いね」
「はあ……頼まれました。何があっても、二人の事は守ってみせます」
「お兄ちゃん……」
「太老……」

 ここまで来たら乗りかかった船だ。俺だって、こんなところで死ぬつもりはない。
 何があろうと桜花とラウラ。それに林檎や水穂。この船に乗っている全員、男の沽券に掛けて守ってやるさ。
 幸いにもこの船は、鷲羽(マッド)お手製のチート艦だ。更には乗員は全員、銀河でもトップクラスの実力者ときている。
 相手の戦力がどれだけ凄かろうが、やってやれない事はないはずだ。

 それに俺達に、その任務が回ってきた理由も大体想像がつく。
 偵察艦が一艦消息を絶ったくらいで艦隊を動かせないと言うのもあるだろうが、皇家の船を除けば単独行動が出来て納月以上の性能を有した船と成ると限られてくる。
 零式なら能力的にも申し分ない、と判断されたのだろう。

(……奥の手も用意しておくか)

 それに、こんな事もあろうかと用意した秘策もある。

(誰一人死なせるものか……)

 急ぎ補給を済ませ、明日にでも出航する事が決まった。
 多少の不安は残るが納月の乗員だけでなく、この船の乗員の命が懸かっている以上、いつものように軽い気持ちでは済まされない。
 必ず全員で無事に帰ってくる、そう俺は固く心に誓い、気を引き締め直した。





 ……TO BE CONTINUED



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