【Side:太老】

 バカだ。バカが目の前にいた。

「これが夏侯惇大将軍や!」

 と声高々に掲げるは真桜の背後にある巨大なカラクリ人形。その名も『夏侯惇大将軍』というらしい。
 夏侯惇将軍をまんま巨大化したような鉄と木で出来たカラクリ人形だった。上半身だけだが……。
 ちなみに夏侯惇将軍と言うのは別名『超絶からくり夏侯惇』とか言う、華琳のところに居る春蘭(夏侯惇)を模したカラクリ人形の事で、春蘭が『こんなモノは私ではない!』とか言って発売中止に追い込んだ希少価値の高いカラクリ人形の事だ。
 商会を立ち上げた時、市でこのカラクリ人形を見つけた真桜が物凄く喜んでいたのを今でもよく覚えている。

(でも、春蘭が怒るのも無理はないと思うんだがな……)

 自分の与り知らぬところで、こんな自分そっくりの人形を作られていたら誰でも怒るだろう。
 まあ、それはともかく目の前のからくり夏侯惇≠ヘ大きい。
 腰から上、上半身だけしか無いとは言え、全高八メートルほどある。

「何で、上半身だけなんだ?」
「時間と人手と材料が足らんかったんや。それにコイツを動かすには、まだ色々と問題点が多くてな」

 俺が色々と教えたとは言っても、さすがにこのサイズのロボットは真桜でも無理があるだろう。
 というか、ここまで作っただけでも驚きだ。本当にどうやって作ったのか不思議でならない。
 しかし動かなければ意味がない。ただの置物をどうしようと言うのだろう?

「置物やない! 夏侯惇大将軍は凄いんやで!」
「いや、そうは言うけど……動かないんだろ?」
「上半身は動く! それで十分や!」

 上半身が動いたからどうだと?
 目の前に迫る盗賊団を、こんなでかい的でどうにか出来るとは思わないのだが……。

「目標補足! 射程圏内に入りました!」
「よし! 夏侯惇大将軍の腕をあげぇ! あのバカどもに目にモノ見せてやれ!」
「ちょっ、待て! 真桜、まさかお前!」
『――飛翔拳!』

 夏侯惇大将軍の腕が上がり前方一キロほどの地点に迫った盗賊団に向けられたかと思うと、肘の部分から先がまるでロケットのように飛び出した。
 ――そうロケットパンチだ
 以前に真桜とロボットの事で科学談議した際、俺が冗談で教えたモノの一つだった。
 俺も過去に再現した事があるのだが、あれはあの世界の科学技術があって初めて可能な事。それをこの時代に再現するとか、常識外れも良いところだ。
 確かに色々とアンバランスな世界ではある。衣服ならフリルの洋服があったり、工作機械ならドリルがあったり、兵器ならガンランスのようなモノまであったりと、『何でこの時代にこんなモノが?』と言うモノがゴロゴロしているおかしな世界だ。
 それはもう、三国志ではなく『恋姫†無双』だからと吹っ切れたが、さすがにロケットパンチはないだろう。
 ネタに走っているというか、バランス崩壊必至アイテムだぞ?

「うわ……」

 盗賊団に着弾した。巨大な鉄の腕が突然降ってきたものだから、連中は大騒ぎになっている。
 相手を混乱させるという意味では上手いやり方だったのかもしれないが、さすがにこれは……。

「太老様、好機です」
「ああっ、もう! 真桜! お前は後で説教な」
「な、なんでや! 局長!」

 稟の一言で我に返り、絶好の機会を逃すまいと拡声器を手に取る。
 貴重な資材を無駄にして、こんな物を作れと頼んだ覚えはない。気持ちは分からないでもないが、このままではマッド街道一直線だ。
 最近、技術開発局の連中、変な方向に目覚め始めていると心配していたが今回の事で確信した。コイツ等はやっぱり変人だ。

 ――お兄さんが一番の変人だと風は思うのですよー

 と空耳が聞こえた気がするが、今は無視。

『勇猛なる我が友よ! 我等が聖域を脅かす愚かな者達に鉄槌を下せ! ここに撃滅宣言を発する!』

 拡声器を通じて発せられた俺の号令で、『盗賊団』対『正木商会』の戦いの火蓋が切って落とされる。
 俺の聖域(より住みよい世界)を脅かす愚か者に容赦をするつもりはない。
 二度を刃向かおうと言う意志を抱かせないように徹底的に殲滅する。技術と経験の差を見せつけるように一方的な殲滅戦が開始された。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第14話『天の軍団』
作者 193






【Side:華琳】

『勇猛なる我が友よ! 我等が聖域を脅かす愚かな者達に鉄槌を下せ! ここに撃滅宣言を発する!』

 太老の号令によって始まった戦い。
 それは平穏を脅かし理不尽に街を襲い、今まさに蹂躙しようとしている盗賊達に向けられた太老の怒りの叫びだった。

「凄い……」

 圧倒的と言って良い光景だった。
 もはや戦争と呼べる物ですらない一方的な蹂躙劇。
 力の強いモノが弱いモノを食い殺す様が目の前には広がっていた。

(これが太老の兵……太老の戦い方……)

 最初に盗賊団の中心に目掛けて撃ち込まれた巨大な鉄塊。それは的確に盗賊団の指揮官を撃ち抜いた。
 突然の奇襲で指揮官を失った盗賊団は混乱に陥り、足を止めた盗賊団目掛けて外壁から無数の矢が放たれる。
 通常の倍以上の飛距離を弧を描いて飛ぶ無数の矢に、私は思わず息を呑んだ。明らかに通常の弓矢と射的距離が違い過ぎる。
 それに私達の周りに弓兵はいない。ざっと見て矢の数は二千、いや三千はある。あらかじめ知らされていた五百という兵の数で放てる矢の雨ではなかった。
 そう、それらは全てこの外壁に備えられたカラクリで撃ち出されていたのだ。

(――! なら兵はどこに!?)

 その事に気付いた時には全てが始まっていた。矢の雨で大打撃を受けた盗賊団の左右から突如現れた数百の兵達が挟撃を仕掛ける。
 彼等は最初からこの瞬間を狙い 地面に溶け込むような色の布を被り、荒野に身を伏せていたのだ。
 盗賊団の意識を正面に向けさせる事で、伏せていた兵に目が行かないように状況を作り上げた。
 だとすれば、最初の不意を突いたあの一撃でさえ囮に過ぎなかったという事だ。敵の大将をあの時点で倒せずとも構わなかったのだろう。
 全てはこの状況を作り出すための布石。この場所に盗賊団が現れた時点で、彼等は太老の罠に嵌っていたのだ。

(凄い……それになんて強さなの)

 混乱した盗賊の群れに襲いかかる太老の兵達。一人一人が一騎当千とまで言わないまでも、我が精兵を遥かに上回る力を有している事が窺える。
 一人が十の盗賊を屠り、また別の一人が同じく十の盗賊を屠る。その繰り返しの中、圧倒的な武の前に一方的に蹂躙されていく盗賊達。五千の兵を屠るのに五百で十分と言った太老の言葉が嘘では無い事がよく分かった。
 盗賊とでは余りに個々の力に差があり過ぎる。数で押し切れるのは条件が同じ場合の話であって、太老の前にはその常識は一切通用しない。
 天の訓練によって鍛えられた兵達は他の軍を寄せ付けないほどの圧倒的な練度を誇り、天の知識と技術によって支えられた彼等には『敗北』の二文字はない。まさに『天の軍団』と呼ぶに相応しい力だ。

(やはり、太老を敵に回すのは危険ね。今、太老と敵対しても恐らく勝ち目は……)

 悔しいが万が一にも勝ち目は無いだろう。例え、私の兵が彼の二十倍いようとその結果は覆らないと考える。
 覇道を目指すこの私が、目にした事も無い未知の力を前にして恐怖すら抱いていた。
 しかし敵に回れば恐ろしいが、今の太老は私達の味方だ。私達が約束を違えない限り、それを反故にするような人物ではない。
 問題は私が太老を制御しきれるかどうか。それは文字通り『天』を味方に出来るかどうかに掛かっていた。

(私の覇業に太老が必要だというのなら、見事にその力を御してみせましょう)

 それが私の決意。天を振り向かせられない者に、覇業を成し遂げる事が出来るだろうか?
 答えは否だ。太老が覇業に必要な存在であるならば、私はそれを誰よりも上手く扱ってみせる。
 全ては大陸を覇王の名の下、一つに纏め上げるため。私の目指す理想の国を築き上げるためだ。
 まずは、そのためにも――

「決めたわ。太老、私の夫になりなさい」
「…………へ?」

 目を丸くして驚いた様子の太老。その反応を見て、私は初めてしてやったと笑みを溢す。
 それにこれは冗談ではなく、本気の告白だった。
 ずっと考えていた手段の一つ。どこにも、そして誰にも太老を渡すつもりはない。家臣にする事が叶わないのなら方法は一つだけだ。
 覇王と共に覇道を歩む者として、天の血を曹家に入れる。それが私の考え。

 唯一、私が認めた男。私と対等に覇道を歩むに足る資格を持つ者。
 これから築く国、理想を確実な物とするには、太老の存在が必要不可欠なのだから――

【Side out】





 正木商会が襲撃を受けていた頃、ここ陳留の城でも大きな騒ぎが起こっていた。

「都からの軍令か……華琳様にこの事は?」
「直ぐに早馬を出したわ。明後日には華琳様の元に届けられると思う。でも、やるにしても遅すぎる対応ね」
「全くだな……。しかし、それが今の朝廷の力という事だ」

 秋蘭と桂花は朝廷から寄せられた軍令に納得の行かない様子で不満を口にする。
 朝廷から下された命は『早急に各地で暴れている賊徒を平定せよ』というモノだった。
 遂先日、賊の集団によって河北の城が幾つか攻め落とされたという情報が入っていた。その矢先の事だ。
 何ヶ月も前から兆候はあった。しかし今まで何の対策もして来なかったのは、現在の朝廷の力の無さを示していた。

「細作の話では各地の賊の群れは徒党を組み、続々と河北青州、それに南は荊州に集まっているそうよ」

 勢いづいた賊の群れは各地で朝廷に不満を持っていた農民を呑み込み、大きな反乱の渦となって各地で猛威を振るっていた。
 今までそうした動きは小規模の偶発的なモノばかりだったが、ここにきて動きに大きな変化が訪れる。
 これまで小さな街や村を襲い金品を強奪する事しか芸の無かった者達が徒党を組み、官軍を相手に城を攻め落とせるほどの組織的な動きが出来る一つの巨大な勢力へと姿を変えていったのだ。それはただの賊に過ぎなかった彼等が強力な指導者・指揮官を得る事で、暴徒の集団から組織行動の出来る大軍へと変わった事を意味していた。
 それが河北を中心に各地の城を攻め落とすまでの力へと変貌を遂げ、朝廷が重い腰を上げる切っ掛けとなった事の原因。
 これは河南でも同様の事で、袁術の圧政によって苦しめられた人々が暴徒と化し、数だけでいえば河北を上回る勢力が荊州を中心に猛威を振るっていた。

 歴史は本来進むべき正しい方向へと修正される。張三姉妹が居ない今、黄巾党の結束は避けられたがそれで終わりではなかった。
 太平要術の書という切っ掛けがあったにせよ、民の中に官に対しての不信、朝廷への不満があったのは事実。何れ起こったであろう反乱の波は、何れにせよ避けられない事態だった。
 今の朝廷、漢王朝はそれほどまでに力を失っている。この騒ぎを鎮めるには朝廷だけの力ではどうにもならず、各地の諸侯の力を借りる以外に手が無い惨状が、その事を如実に物語っている。
 しかしそれは朝廷にとって諸刃の剣でもある。
 諸侯に討伐を依頼するという事は、自分達で騒ぎを鎮めるだけの力がない、と明言しているようなモノで漢王朝にそれだけの力が無い事を意味していた。

「予想ではもう少し先の事かと思っていたが……」
「正木商会のお陰で、ここエン州は良くなっていたけど他はそうでも無いのよ。逆に物と人の流れが急激に変化した事で、損をする者達も大勢出る事になった」
「太老殿の所為で反乱が早まったと?」
「そうは言わないわ。結果として救われた人達も大勢居る。得をしたという意味では、私達も旨味を得ている大勢の中の一部なのよ? その事で文句を言える立場に私達は居ないわ」

 桂花の言っている事は間違っていない。得をした者、救われた者達が居る一方で、損をした者、救われなかった者達が居る。
 太老の行動は切っ掛けの一部に過ぎない。何れにせよ起こるべくして起こった事件である事は間違いなかった。

 得をした者達や救われた人達はそれでいい。しかし損をした者達はどうだろうか?
 愚かな者達は、その損を埋めようと更なる重税を庶人に課し目先の難から逃れようと行動した。だがそれは結果的に民の怒りを買う結果へと繋がり、反乱というカタチで大きな波となって現れた。
 太老の行為で損をした者達は先を見据えて動く事の出来ない愚か者や、民に重税を課して私腹を肥やしていた者達が大半だが、この国は既に腐り過ぎていた。その損をした大半と呼べる者達の方が、得をした者達よりも圧倒的に数が多かったのだ。
 もう十年、いや二十年早く太老がこの世界に現れていれば結果は変わっていたかもしれない。だが、それは仮定に過ぎず現実は違う。
 歴史に名を残した『黄巾の乱』。それはカタチを変え、更に強大な渦となって大陸を呑み込んでいく――

「太老殿の肩を随分と持つではないか」
「そんなんじゃないわよ。認められるところは認めているだけ」

 秋蘭はそんな桂花を見て『素直じゃないな』と苦笑を漏らした。
 桂花は言葉通り、太老に心を許した訳ではないが実力は認めていた。
 何れにせよ、華琳が覇道を歩むためには今の朝廷の存在は邪魔以外の何者でもない。あらかじめ大きな争乱が起こる事を予期していた桂花からすれば、それが早いか遅いかの違いでしかなかった。
 突端を開いていくれた太老に感謝こそすれ、批難する理由はない。逆に太老の力が華琳の助けに成る事は認めていたのだから――

(そう、あの男が必要なら利用するだけの事よ。華琳様のために)

 桂花を笑みを溢す。ようやく始まったのだ。
 自身の命と名を預け、生涯の主君と決めた人物が天へと挑む覇業の第一歩が――

「そんな事よりも、華琳様がお戻りに成る前に準備を終わらせておくわよ」
「ああ、兵糧の手配は私がする。姉者にも兵の準備をさせておこう」

 歴史は動き始める。
 覇王の名を持つ少女と真の天の御遣いの、最初で最後の外史(ものがたり)が幕を開けようとしていた。





 ……TO BE CONTINUED



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