【Side:朱里】

 ここ最近、私は商会での仕事を手伝う合間に、商会の人間、陳留の民であれば誰でも利用できるという図書館で書物を読み漁る日々を送っていた。
 その蔵書数にも驚かされたが、やはり一番に驚かされたのが天の知識と技術で書かれたという書物の数々だ。
 建築、医学、料理を始めとした専門書から、カラクリの事を記した技術書まで、それらが全て何の秘匿もせずに公開されているのだ。
 しかも内容が分からない場合は、週末に開かれているという講習会を受けるように勧められた。
 そこで技術書や専門書を理解するために必要な基礎知識の講座を開いているらしい。
 それ以外の日は子供や大人を問わず計算や文字の読み書きが出来ない人達に算術や文字を教えていて、『黒板』と呼ばれる何度も書いたり消したり出来る物を使って勉強を教えている姿を見せてもらった。

 これは『学校』という制度らしく、私が通っていた私塾と違い、公に誰でも学びたい者には分け隔て無く門戸を開いているそうだ。
 そのため、計算と文字の読み書きが出来ない人は、ここ商会には殆どと言って良いほど居なかった。
 通常 筆を持つのが文官、剣を持つのが武官、と言うように城で働く者であっても将軍の中にさえ、そうした基礎的な学力を持ち合わせていない人が多い。
 商人であれば、それらの事が出来るのも分からなくはないが、ここでは末端で働く人達まで皆がそうした基礎知識を学習していた。

 何もかもが外とは違う、外の常識がここの常識には一切通用しない。

 ――由らしむべし、知らしむべからず

 こういう言葉があるのを知っているだろうか?
 権威や力で庶人を従わす事は出来ても、為政者の考えや道理を理解させる事は難しい。為政者は庶人を従わせれば良いのであって、その道理を万人に分からせる必要は無い。
 学があれば頭が回る。頭が回れば、良からぬ事を考える。
 権力者であれば、民に余計な知識を与えたがらないのが普通だが、曹操さんと太老さんの考え方はそうした世間の常識と照らし合わせても大きく違っていた。

『学を与えた程度で民に見放されるようなら、私はその程度って事よ』

 それが曹操さんの答え。当たり前のように迷わずそう答える曹操さんにとって、それは問題にすらならないといった様子だった。
 道理を分からせるのではなく、自分から理解させる。学を与える事が、そのまま権力者への反発には繋がらないという考え方だ。
 民はいつの世も、平穏を求めて生きている。自分達を護ってくれる、生活を豊かにしてくれる有能な為政者が居るのであれば、そこに反発する理由は彼等にはない。
 事実、成果が確かに出ているのが街の様子からも窺える。
 商会から学び取った物を活用し新しく商売を始める者も居れば、その知識を活かして城に召し抱えられる人も居る。
 確かに庶人の出で城勤めの武官や文官になる者はこれまでにも居たが、それは非常に稀な事だ。

 ――世は平等ではなく、人は生まれながらにして平等ではない

 普通は農民の子として生まれたなら農民に、商人の子として生まれたなら商人に、人は与えられた道の上を行くのが世の常だ。
 通常であれば考えられないような話だが、ここではそうした常識も通用しなかった。
 努力すればしただけ、将来の可能性、選択肢が広がる世界。
 必要なのは、生活を良くしたい、贅沢をしたい、学びたい、強くなりたい、という向上心と強い意志だけだ。

(これが雛里ちゃんの言っていた事なんだね……)

 一見、これらの政策は自分達の権力を脅かす危険な賭のように思えるが、天の御遣いという民にとって神にも等しい存在と、曹操さんという優れた為政者の下に統治された治政によって、それらは他に類を見ないくらい見事に機能していた。
 ここには、桃香様の仰る『平和で平等な世界、誰もが優しく笑っていられる世界』が確かにあった。
 だが、同時に似ているようで、桃香様の考えとは相容れない世界である事も感じ取れた。

 曹操さんの作ろうとしている世界は、優れた王の下に統治される圧倒的に強い国だ。
 その信念と考え方があるからこそ、『学校』という制度を一早く用い、優れた人材の輩出と導入に余念がない。
 天の知識と技術、それらを上手く活用し、曹操さんは確かに治政を成功させ勢力を拡大し、領地を豊かに導いている。
 だがそれは同時に、無能である王は必要ないと言っているに相違なく、この世は優れた力ある王の下に統べられるべき、という考え方があってこそだ。

「で、俺に話を聞きにきたと……」
「はい。太老さんの考えている事を聞かせてください。あなたは、どうして曹操さんに協力しているのですか?」

 自分でも思いきった行動を取った物だと思った。失礼な事を訊いていると自分でも思う。
 その場で斬り殺されても文句を言えない事を、きっと私は尋ねている。それでも、確かめて置きたかった。
 曹操さんが作ろうとしている国。桃香様が掲げている理想。
 それは似て非なる物で、でも根本にある民を思う気持ち、平和な世の中を作りたいという理念は一緒だ。

 ならば、天の御遣いと呼ばれているこの人はどうなのだろうか?

 曹操さんに協力しているという事は、曹操さんに近い考え方なのか、それとも彼の理想はもっと別のところにあるのか?
 単に理想を追い求めるだけではなく、現実的な考え方の持ち主だという事は雛里ちゃんの話やこの商会を見れば分かる。
 しかし商会という諸侯にも匹敵する影響力を持つ一大勢力を創り上げ、曹操さんに協力するこの人は一体何を目指し何を考えているのか、私はそれを他の人達からではなく、本人の口から聞きたかった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第32話『目指す物』
作者 193






【Side:太老】

 さすがは、はわわ軍師。じゃない、諸葛孔明と言ったところか?
 難しい事を考えている。桃香の事を一番に考えている朱里からすれば、その心配は尤もな事なのかも知れない。

 朱里に尋ねられたのは簡単だ。
 何故、俺が華琳に協力しているのか? そして、優れた王によって導かれ統治された国の問題点についてだ。
 はっきり言って、政治的な話は俺にはよく分からない。なので、朱里の言っている事も何となく理解できると言った程度の事だ。
 ただ、自分で見てきた物なら答えられる。華琳がやろうとしている事。作ろうとしている国の終着点を、俺は誰よりもよく知っているからだ。

 ――樹雷
 俺の第二の故郷とも言える場所。樹雷皇という強い皇の下に統べられた軍事国家。
 そして銀河最強と呼ばれる軍事力を持ち、数万年以上に渡ってその名を轟かせ権勢を思いのままにしている一大勢力。
 議会は存在するものの、それも四大皇家から選出された者で組織されており、君主制国家である事に変わりはない。
 華琳の掲げる『優れた為政者、強い王によって導かれる国』と言うと、真っ先に思いつくのは樹雷を置いて他に無かった。

「言いたい事は分からなくないけど、為政者は出来るだけ優秀な人物の方が良いと思うけど?」
「今は、それでいいかもしれません。でも、曹操さんや太老さんが居なくなったら、残された国はどうなりますか?」
「それこそ、なるようにしかならないんじゃ……」
「……それは、無責任だと思います」

 無責任と言われると辛いが、俺の本音はそこだ。自分が死んだ後の事まで、正直責任を持てない。
 勿論、次世代の教育は徹底するべきだと思うが、それでも無能な王を擁立してしまったのであれば、それはその時代の人間の責任だ。
 樹雷でも力の無い皇は淘汰される。強さとは何も一つではない。頭が良い、喧嘩が強い、心が強い。その強さの在り方は人それぞれだ。
 だが、魅力のない人間に付いていこうなんて誰も思わない。それが国の代表ともなれば、尚更だ。

「俺は無能な王なら排斥させて当然だと思うけど?」
「ですが、それでは内乱が起こり、国の秩序が乱れてしまいます」
「なら、今のこの国を見てどう思う? 諸侯がやろうとしている事は? 自分達もそうじゃないって言い切れないだろう?」

 朱里の言っている事は分からなくないが、無能な政治家ほど国にとって害にしかならないモノはない。
 為政者の行った治政に民が反感を持ち、その結果で反乱が起こったとしても、それは時代の流れだと俺は考えていた。

「それは……」
「難しく考えすぎだと思うよ。組織や国なんてモノは、絶対的に腐敗する物。恒久的な平和なんて物はないし、百年、二百年先を今考えたってどうしようもない」
「ですが、桃香様の理想は……」

 平和なんて長続きする物じゃない。
 あの銀河最強とまで言われている軍事国家である樹雷でさえ、これまでに多くの問題を抱え、幾度となく戦争と粛正を繰り返してきた。
 先の事を考えるのが悪い事だとは言わないが、余り先の事ばかりを話しても笑われるだけだ。

「勘違いして欲しくないんだけど、俺は別に桃香の理想や考え方を否定するつもりもなければ、悪いと言っている訳じゃない」
「は、はわわ……た、太老さん、何を!?」

 こういう時は、言葉よりも現実を見せてやった方が早い。
 目の前の小動物(はわわ)を抱え上げ、いつも風にしているように肩に乗せると、俺はそのまま早足で商会の外にでた。
 肩の上で『降ろしてくだしゃい』とか、噛み噛みの言葉で抗議している愛玩動物が居るが今は無視する。
 こっちはただでさえ、オーバーワークで疲れているというのに時間を割いて、こうして付き合ってやっているだけでも感謝して欲しいくらいだ。
 我ながらお節介とは思いつつも、こういう子供を見ると放って置けないのは性分だった。

「これを見て、どう思う?」
「……え?」

 朱里の抗議を無視しながら料理屋の建ち並ぶ市に足を運ぶと、俺は行き交う人々を見渡して、朱里にそう問い掛けた。
 軒を連ねる店から威勢の良い呼び声が響き、屋台から食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。
 売る側、買う側、そこを行き交う人達の表情には等しく笑顔が溢れていた。
 今の生活に満足しているかどうかは俺には分からない。しかし今こうして匂いに誘われやって来た人達のように、美味しい物を食べ美味いと感じる心は皆同じだ。
 それを裏付けるように香ばしい良い匂い誘われてか、『きゅう』と小さなお腹の虫が鳴く声が聞こえた。

「丁度良い時間だし、俺達もお昼を食っていくか」
「はうっ! ち、違うんですよ! これは、その……」

 言い訳しても無駄だ。バッチリ耳にした。大体、難しく考えすぎだ。
 どうして頭の良い奴ってのは、こう難しく物事を考えるんだ?

「あ、兄ちゃん!」
「ん? 季衣か。なんだ、風も一緒か」
「……風が一緒だと何か行けないのですか?」
「いや、そう言う意味じゃ無いんだけど……何を怒ってるんだ?」
「……何でもありません。それよりも、どうして諸葛亮≠ェ一緒なのですか?」

 何だか、刺々しい物言いの風。よく分からないが、虫の居所が悪いようだ。
 丁度、昼飯を食べに行くところだった事を伝え、季衣と風もそのつもりだったようなので同行させてもらう事にした。
 普段から美味い物を食べ歩いていると言うだけあって、季衣のオススメの店はなかなかに侮れない味の店ばかりだからだ。
 どうせ外食するなら、出来るだけ美味しい物を俺も食べたい。

「さっきの答えだけど、余り難しく考えない方がいい。自分に正直に、馬鹿になるくらいが丁度良いと思うよ」
「えっと、馬鹿って……」
「季衣みたいに、もっと楽に生きろって事。ほら、あの幸せそうな顔を見たら分かるだろう?」

 これから昼飯を食べに行くと言うのに、袋一杯の肉まんを屋台の店主から受け取り、美味しそうに頬張っている季衣。
 あの小さな身体のどこにそれだけの量が入るのか不思議でならないが、あの幸せそうな顔を見ていると何も言えなくなるから不思議だ。
 季衣を参考にしたのはちょっと難易度が高かったかもしれないが、そのくらいもっと楽に生きてみろ、という俺なりの助言だった。

 季衣の思考は単純だ。政治的な事とか、理想がどうだとか、季衣には関係ない。
 生まれ育った村の皆、友達であり、家族であり、自分にとって大切な人達を護りたい。
 美味しい物をお腹一杯食べられる、そんな幸せを大好きな人達にも味わって欲しい。
 実にシンプルな考え方だ。理想だ、大義だ、と難しい話をされるよりも、俺としては季衣の方が人間らしく分かり易くて好きだ。

「さっきの答えだけど――」

 この世界は平穏を望む以前の問題を抱えている。子供も大人も関係なく、常に命の危険に晒されるような世界。
 天災であり人災であり、その結果食べる物に困り、親が子供を売らなければ生きていけない世の中が平和であるはずがない。
 面倒を見きれないからと言って邪魔者扱いされ、住んでいた場所を追い立てられるような人達が居るのが、この世界が置かれている現状だ。

 世は常に平等ではない。それにしたって、今のこの国の在り方は異常だと言える。
 人の上に立つ者は、常に国と民の事を考え、そのために最善の行動を取らなくてはならない。
 君主制であるならば、それは尚更。無能な為政者など、そこに住む人達にとって害悪でしかない。
 漢王朝にせよ、袁紹に賛同した諸侯にせよ、そうした意味では人の上に立つ器ではないと俺は思っていた。

 華琳が言う、『優れた為政者、強い王によって導かれる国』と言う考え方はよく分かる。
 俺はその結果、『銀河最大の軍事国家』と呼ばれるまでに勢力を拡大させた国の在り方を実際に目にしている。
 一人の王、一部の権力者達に国の方針が委ねられるというのは確かに危険を孕む行為ではあるが、同時に上に立ち導く者が有能であれば、その限りではない。
 優れた指導者が、能力のある者を適材適所に配置し有効に活用する事で、政治・経済と行った物事が円滑に進むという利点もある。
 華琳の考え方は良くも悪くも現実主義。どちらかというと、俺がよく知る『鬼姫』と多くの人達に畏怖された人物のやり方と良く似ていた。

 同時に桃香の言う、『皆で仲良く手を取り合って平和な国を築く』という考え方も間違っているとは言えない。
 皆で話し合い、解決できる方法があるのであれば、それは確かに理想的な答えだと思う。
 一人では難しい事でも出来る人達が知恵を寄せ合い、意見を出し合う事で自分達の住む国をよくして行こう、という考え方は理解できる。
 しかし世の中、そんな綺麗事ばかりではない。国のため、民のためと言いつつも、欲や利に走る者は少なくない。
 寧ろ、それは人間である以上、極自然な事だと俺は思っていた。その結果、言える事はただ一つだ。

 華琳の考え方に利があると考えた人は華琳に付くだろう。
 逆に、桃香の理想に利があると考えた人は桃香に付くだろう。

 人とはそう言うものだ。どちらも悪い事ではない。こういう場合、どちらか片方が間違っていると断じる事は出来ない。
 抱く理念は同じでも、やり方や考え方が違えば、そこに行き着く過程も、掲げる理想さえも違ってくるのは必然だからだ。
 なら俺はどうしたいのか、何を考えているのか、朱里の質問に立ち帰るが俺は誰のためでもない、自分の信じる道、考えで行動している。
 その都合上、華琳に協力しているが、だからと言って華琳のやり方に従順に従っている訳ではない。

「俺が望んでいる事は、ただ一つだよ。平穏に生きられればそれでいい」
「……平穏」
「その中で、季衣や朱里ちゃんのような子供達が笑って過ごせる、そんな(幼女に)優しい世の中になれば良いと考えてる」
「でも、それならば桃香様の理想も! いつの日か、その理想を叶えるために私達は――」
「分かってるよ。桃香も、華琳と同じような事を考えてるって。でも、『いつか』では駄目なんだ」
「――っ!」

 桃香の理想は確かに諦めずに頑張っていれば、いつか叶う日が来るかも知れない。でも、それでは今苦しんでいる人達を救う事は出来ない。
 残念だけど、今の桃香にはそれだけの力が無い。救いたい、助けたいという想いだけでは、何も出来ないのが現実だ。
 理想を幾ら声高々に掲げても、それに伴う力が無ければ、それは机上の空論と同じだ。

 俺も最初は華琳のところなら、少しは平穏に暮らせるのではないか、と甘い考えを抱いていた。
 でも現実は、それほど優しい物では無かった。この国が抱えている問題、そこに住む人達が置かれている状況。
 賊に生きる糧を奪われ田畑を家を焼かれ行き場を失った人達や、本来暮らしを護ってくれるはずの上から課せられた高い重税に苦しみ生きていくので精一杯な人達を目の当たりにし、平穏に暮らしたいと願ったからと言って何もしないで叶う物では無い事を俺は知った。

 それは世界が違うからといって何も変わらない。本来、俺がよく知っているはずの事だった。
 自分の置かれた状況にばかり目が行き、現実を直視できていなかった。我ながら、情けない話だと思う。

 商会の設立は半分成り行き任せのような物だったが、この商会の活動がそうした人達の生きる糧になり、喜びに変わっていると知った時、俺はこの活動を誇りに思うようになった。
 俺の目的と趣味が転じて、役に立ったようなものだ。それでも、商会を頼りに集まってくる人達にとっては無くてはならない物として機能している。
 俺には華琳のような大義は無いし、桃香のような大きな理想はない。
 精々、俺に出来るのは、彼等が自分の足で立って歩いていけるように、生きていくための糧と必要な知識を与えてやる事くらいだ。
 頼ってきてくれた人達を見捨てるような薄情な真似は出来ないし、中途半端に放り出すような事は出来ない。
 それに、どのくらいこの世界に居られるか分からない以上、俺が居なくなっても困らない程度の物は残していってやりたい。
 第一、子供達が笑って過ごせないような世界は俺が嫌だった。幼女に優しく無い世界は断固反対する。

 え? いい話が台無しだって?

 そんな事はない。誰が何と言おうと、これが俺の掲げる理念だ。
 結局は俺の我が儘、自己満足に過ぎないのだが、自分だけが平穏に暮らせればそれで良いと割り切れるほどに薄情には出来ていなかった。
 甘いと言われればそれまでだが、商会という枠で取れる行動、救える人達くらいは抱えたところで文句を言われる筋合いはない。
 朱里に言われたように『何故、華琳に協力しているのか?』と訊かれれば、やはりそこに尽きると思う。
 それが一番無難。俺が思いつく限りで、それしか選択肢は無かったからだ。

 商会という大きな組織を運営する以上、必ず後ろ盾は必要となる。
 だが、袁紹や袁術は言っては悪いが為政者としては下の下だし信用は出来ない。
 かといって、ここではまだ一般人と大差ない桃香が商会の後ろ盾になれるはずもなく、孫策を始めとした呉も袁術の支配下だ。
 他の諸侯も同様。はっきり言って、先の無い相手に協力しようとは思えなかった。

 それに自分で言うのもなんだが、この世界の人達にとって俺のやり方や考え方は異端だ。
 それを受け入れてもらえるかどうか、という話をすれば正直難しいと思うし、知識として曹孟徳がこの世界では特に変わり者≠セという事を俺は知っていた事も決め手になった。
 実際に、会ってみてそれは確信へと変わった。このまま育っていけば『鬼姫』とまでも行かなくても、立派な変人になれるはずだ。
 俺個人としては相性は良くないと自認しているが、華琳のような人間が一番信用できる。
 まずは俺のやり方を知ってもらう相手としては、一番、彼女が適任だったと言うだけの話だ。そこにそれ以上の他意はない。

「本気で理想を叶えたいなら、まずは力を付けないと。いつか、ここを出て独立したいと言うなら別に止めないし、条件次第では協力しても良いと思ってるよ」
「……太老さんはそれでいいんですか?」
「まあ、特には気にしてないかな? 華琳も特に気にしている様子はないし?」

 華琳に駄目と言われた訳ではない。あの態度から察するに、寧ろそれを望んでいるといった様子が窺える。
 正直なところでいえば、考え方の噛み合わない二人だ。
 相性の問題もあるのだろうが、覇王を自称する者として桃香とも戦ってみたい、という想いを少なからず持ち合わせているのだろう。
 真っ向から対峙してその理想を力でねじ伏せてやる、くらいの気持ちで居るのかも知れない。あれでいて、なかなかに頑固なところがあるからな。

 俺は別に桃香達がこのまま商会に残ろうが、独立のために行動を起こそうが、それは本人達の好きにすれば良いと思っていた。
 こそこそとしなくても知識と技術を得たいなら、そのための門戸は常に開いている。人を集めたいなら勧誘は禁止していないし、集められるかどうかは本人次第だ。
 商会として給金は払っているし、それ以上に資金援助を求めているのなら返すあてやこちらの利になる部分を明確にしてくれるのであれば、商人としてきちんと対応するつもりだ。
 出来る出来ないは、桃香達次第。そこまでは面倒を見きれないし、俺の知った事ではない。
 勿論、自分達に降りかかる火の粉は払う気でいるが、それ以外では彼女達が何をしようと俺は干渉するつもりはなかった。
 商会に雇われている間は、対価の分をきちんと働いて返してくれさえすればいい。

「お兄さんはこういう人なので、深く考えるだけ無駄なのですよー」
「話を聞いてない振りして、何気に毒舌を吐くな……」
「風は事実を言っただけなのです」
「風だけ昼飯は自腹な……」
「ぐぅ……」
「寝るな!」

 素早く寝た振りをして誤魔化そうとする風に、俺は素早くツッコミを入れる。今では慣れ親しんだ日常の風景だ。

「そこは風の席なので、そろそろ代わって欲しいのです」
「あっ、はい。すみません。直ぐにおりますね」

 いや、風の席と言う訳では無く、俺の肩なのだが……。
 俺の意見を無視して朱里を肩から無理矢理降ろすと、俺にしゃがむように命令し『よいしょ、よいしょ』と俺の肩によじ登ってくる風。

「ふう。ここが一番落ち着くのですよー」

 いつの間に自分の特等席に指定した俺の肩で、いつものようにマッタリと安堵の声を漏らす風。
 まあ、子供のする事だ。最近、仕事が忙しくて余り構ってやれてなかったし、単に甘えたかっただけなのだろう。
 このくらいで目くじらを立てるのは、大人のする事ではない。そう自分を言い聞かせる事にした。
 それを知られる度に『太老様は風に甘すぎます!』と稟に怒られるのだが、本音を言えば情けない話、風に口で勝てるとは思えない。
 この独特のペースに巻き込まれると、いつの間にか話が決している事が大半だからだ。
 基本、幼女に甘いと自認している俺にとって、まさに風は天敵と言える相手だ。自慢にもならないけど……。

「あの……太老さん。話を聞いて頂いてありがとうございました。もう少し、ゆっくりと考えてみたいと思います」
「まあ、焦らず肩の力を抜いて、ゆっくりやっていけばいいと思うよ。少しずつ頑張れ」
「はわ……あ、ありがとうございましゅ」

 そう言いながら、いつも風達にするように優しく朱里の頭を撫でた。
 俺の知っている軍師の中で一番マイペースなのは風だ。その独特の雰囲気は、あの華琳に対しても変わる事がない。
 せめて季衣とまで行かないまでも風くらい自分に正直に楽に生きて欲しいと、目の前の『はわわ』と狼狽えている小さな軍師を見て、思わずにはいられなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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