【Side:太老】

「ボクは大きい方がいいと思います」
「そうね。大は小を兼ねると言うし」
「ええ……ちぃは大きいのは嫌だな」

 会話だけを聞くと凄く怪しげな集団が、舞台裏の一角、控え室に集まっていた。
 季衣、華琳、地和の順に『大きい方が良いだの』怪しげな言葉を口走っている。
 華琳と地和は分かるが、そこに季衣を巻き込んで欲しくは無い物だ。あの二人は、はっきり言って季衣の情操教育に良くない。
 華琳は分別ある大人と思いたいが桂花を閨に入れて居る事は勿論、

『お兄さん。華琳様に誘われてしまいました』

 と俺に内緒で風を(軍師として)誘ったという前科があるし、季衣がそういう対象≠ノ入ったとしてもおかしくはない。
 勿論、風にもそんな事は早い。きちんと断るように言って置いた。
 まさに英雄色を好むというか、華琳の悪い癖がそこだ。女同士がいけないとは言わないが、もう少し自重して欲しい。

 地和は地和で、何処からネタを仕入れて来るのか、矢鱈とそっち関係の話に詳しく耳年増だ。
 以前に朱里と雛里に怪しげな艶本(エッチな本)を勧めているところを見つけ、注意した事があるくらいだった。
 この二人の毒牙で、純真無垢な季衣を餌食にする訳にはいかない。
 そう思い、季衣を連れ出すべく三人の方へ足を進めると、こちらに気がついた華琳と目があった。

「それなら試してみれば良い事よ。太老も、そんなところに立ってないで、こっちに来て手伝いなさい」
「え、太老? やっほー! 太老こっちこっち!」
「……何してるんだ?」

 俺の姿を見つけた華琳に手招きで呼ばれた。
 それに反応し、両手を振って俺の名前を大声で呼ぶ地和。そこは予想以上に酷い惨状だった。
 地和なんて舞台衣装にまだ着替えてないし、下着姿だ。

「フフン、どう? ちぃの大人の魅力≠ノグッとくるでしょ?」

 胸を張って、淡い水色の下着をこれ見よがしに見せつける地和。しかし、如何せん胸が足りない。
 可愛らしいのだが、地和の言うような大人の色気はなかった。

 下着で思い出したが、この世界の摩訶不思議なところの一つに、この下着の存在がある。
 一つだけ誤解のないように言って置くが、商会が出来る以前からこの手の下着は充実していた。
 下着の種類の豊富さだけは、とても昔の中国とは思えないほどだった。

 ブラにショーツ、ガーターベルトにストッキングと、何故こんなに本格的な下着がこの時代の中国にあるのかと疑問を持つほど。
 服だって中国っぽいチャイナ服に始まり、フリル付きの可愛いドレスやワンピースなど、洋服の種類も様々だ。
 阿蘇阿蘇と言った沙和お気に入りのファッション雑誌が季節ごとに発売されているほど、この世界の人達は服への拘りが凄い。
 まあ、さすがに食べ物より服という事は無いが、そこそこ生活に余裕のある人達は服などに金を掛ける事が多いようだ。
 その辺りも女性の社会進出が著しい、この世界独特の文化背景があるのかもしれない。

 この世界の女性は男性に比べて、社会的な地位が高い事が多い。それは女性の方が希有な人材が多い事に由来する。
 生まれ持ち、この世界では女性の方が突出した才能を持った子供が生まれやすい傾向にあるのだ。
 そのため、必然的に重要な位置を占める人材が女性ばかりという事態になる。

 女性はかよわい物では無く、ここでは特異な才能を持った者というイメージが濃い。とはいえ、誰もがそんな希有な才能を持っている訳ではない。
 女性にそうした武や知に優れた才能を持った人材が多い事と、有能な人材の数は必ずしもイコールで繋がりはしない。
 大多数は男性も女性も平均的な知力と腕力しか持たない一般人と変わりが無いので、農作業などの力仕事には働き手となる若い男手が必要となるし、一般兵の殆どは男で構成されているのもそのためだ。

「取り敢えず、服を着ろ……」
「何か、反応が薄い。ちぃがここまで頑張ってるって言うのにさ……」

 どう反応しろって言うんだ? 大人の色気があるとでも言って欲しいのか?
 それよりも仮にも男の前なんだから、もう少し恥じらいを持って欲しい。

 ああ、これってもしかしなくても、俺が男って思われてないって事か?

 なるほど、と納得してしまう。異性として意識されていないのだと悟った。
 張三姉妹とは、それなりに付き合いが長い。知り合いや友達と言うより、家族のように接しているつもりだ。
 だからといって身の危険を感じないほどに安心感を持たれているって、喜んで良いのか悲しむべきなのか、複雑な気持ちだった。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第40話『失われた仮面』
作者 193






「ううっ……き、きつい。太老、もっと優しく……」
「我慢しろ。ほら、もっと力を抜いて」

 地和のうめき声が控え室に響く。
 ここまでの話の展開で、ムラムラと変な方向に勘違いをしている奴。そんな展開はありえないとだけ言って置く。
 さっきから彼女達が大きい方が良いだの、小さい方が良いだの話していたのは舞台衣装の事だ。

 いつもその日、舞台で着る衣装は地和がコーディネートしているらしいのだが、今回は華琳も居る事もあって意見を聞いていたらしい。
 普段から人の上に立つ者として恥ずかしく無い格好を、と心掛けている華琳だ。当然、身嗜みにも気を遣っている。
 政務に忙しい華琳に代わって秋蘭や春蘭に選んできてもらった物を着ているらしいが、それでも二人のセンスが良いのか、華琳の目が肥えているのか、何れも華琳によく似合った服ばかり。
 どれだけ仕事が忙しくて時間が無くても、一切妥協しないのは実に華琳らしい話だ。

 俺も仕事が忙しくてだらしない格好をしていると華琳に叱られる事がよくある。
 あれは俺がだらしないだけなのだが、華琳の場合は男の俺では決して真似が出来ないほどに徹底していた。
 適当とは程遠い美と健康に気遣った食生活も然る事ながら、左右のクルクル頭をセットするだけで毎朝日が昇る頃には起きているという話だ。
 その見えないところでのたゆまぬ努力は確かに実を結んでいる。少なくとも俺が知る限り、だらしない格好をした華琳を見た事が無いからだ。

 華琳曰く、女性にとって身を飾るのは、軍師が兵法書を選び、武人が武器を拘るのと同じくらい大切な事だという話だ。
 その考え方から、沙和と意気投合しているところを見かけた事があるほどだった。
 覇王といえど、そういうところは女の子≠ネのだと感じさせる日常の一コマだ。

 ――閑話休題

 少し話が脱線した。話は戻るが、今回はいつもの舞台とは少し勝手が違う。
 いつものようにファンの暴走に目を配るだけでなく、今回は会場に刺客が忍び込んでいる可能性を考慮して行動しなくてはならない。
 緊急時を想定して出来るだけ動きやすい服をと華琳と季衣は提案したらしいのだが、地和は見栄もあって前に着ていた一回り小さな舞台衣装を持ち出してきたそうだ。
 まあ、そんな訳で『そんなに言うなら試しに着てみろ』という話になったのが、先程の騒ぎの真相。
 そこに偶然居合わせた俺が、地和の着替えを手伝わされる事になったと言う訳だ。

 だがしかし――

「あっ!」

 パチンッ、という音と共にボタンが弾け飛び、上着がはだけスカートがストンとずり落ちてしまった。
 下着を顕わにして、唖然とした表情で固まる地和。案の定、小さい方の衣装では無理があったようだ。
 華琳や季衣の言うように、無理をせずに一回り上のサイズの衣装を選んだ方が良さそうだった。
 舞台で服が脱げてしまったら大事だ。期待に添えなくて申し訳ないが、そんないかがわしいサービスをうちはやっていない。

「ううっ……前は着られたのに……」

 今まで着られていた服が着られなかった事が本当にショックだったようで、地和は涙を浮かべ地面に突っ伏して塞ぎ込んでしまった。
 思いの外、女の尊厳が傷ついてしまったようだ。

 まあ、彼女達も日々成長している。太ったと言うのとは少し違うだろう。でも、胸は成長してないんだよな。
 半年以上も前の衣装だし着られなくなったのも無理はないと思うが……とはいえ、男の俺と地和では感じ方が違うようだ。

「姉さん、衣装は決まった? そろそろ着替えないと――」
「あ――っ! 太老様がちぃちゃんを襲ってる!?」

 そうこうしていると人和、天和の二人が控え室にようやく姿を見せた。構図としてはこうだ。
 衣装がはだけ、涙を流して塞ぎ込んでいる地和。そんな地和の前に立って、慰めている俺。そこに居合わせた人和と天和。

「ちょっ! 二人とも誤解だ! 華琳もフォローしてくれ!」

 これから起こる事を察知してか、華琳と季衣は薄情にも距離を取って避難していた。

「少し見直したと思ったら、その矢先にこれなのね……」
「――!?」

 気配を消して俺の背後を取るとは、一体何者だ!?

 と思ったら桂花だった。
 後を振り向けば、そこには黒いオーラを発し、鬼の形相を浮かべた桂花が俺の背後に立っていた。
 明らかに軍師のスキルではない。武人として活躍した方がいいんじゃ――

「この万年発情男!」





「酷い目に遭った……」
「だから悪かったって言ってるでしょう? アンタだって悪いのよ? 普段の行いが悪いから……」

 普段から、こんな事をしている記憶なんて微塵も無い。桂花の中で俺がどんなイメージなのか、小一時間、問い質したい気分だった。
 はあ……本当に色々と理不尽だ。何故、着替えを手伝っただけなのに、こんな目に遭わされるのか?
 その後の展開は最悪だった。

 桂花には散々な言葉で罵られるし、天和は何故か服を脱ぎ始めるし、事情を説明し混沌とした状況を鎮めるだけで一苦労。
 人和は姉の奇行を前に呆れ、季衣は事情が全く呑み込めずに首を傾げるばかり。
 華琳は華琳でこういう時、絶対に助けてくれようとしないし。
 まさに樹雷の男子に掛けられた呪いとも言うべき女難の数々。
 ああ、一言だけでいい言わせて欲しい。『不幸だ……』と。

「姉さんの邪魔が入らなければ、もうちょっとだったのに……」
「ちぃちゃん!? 抜け駆けは禁止だって言ったよね!?」

 地和の不穏な一言に天和が真っ先に反応する。というか、アレ嘘泣きだったのか?
 女の怖さの一端を垣間見た気がした。やはり、地和が一番侮れないようだ。
 俺を罠に嵌めて何が楽しいのやら……そんなに地和に嫌われるような事をした記憶は無いんだがな。

「あっ……もしかして、何も無かった事に拗ねてるのか?」
「太老! ちぃの気持ちに気付いてくれたの!」

 この反応から察するに、俺の推測は間違っていなかったようだ。
 以前にご褒美をやると口約束をして置きながら、俺も彼女達も仕事が忙しかった事もあり、なあなあで流れている事に気付いた。
 地和の事だ。その事を根に持っていても不思議では無い。それでなくても、彼女達を働かせすぎだという自覚はあった。

「ごめんな。気付いてやれなくて……」
「本当よ。でもま、ギリギリ合格をあげてもいいわ」
「ちぃちゃんばっかり狡い! 太老様! 私の事は!?」
「大丈夫。ちゃんと分かってるから」

 彼女達は、今や商会を代表するトップアイドルだ。黄巾の乱で名を上げた彼女達は、大陸全土で知らぬ者は居ないと言うほど有名になった。
 そうした事があって、人気に比例するように忙しさが増して行き、なかなか思うように休みが取れない状況が続いていた。
 仕事が忙しいという点では俺も大して変わりが無いのだが、やはりそこは青春真っ盛り、欲しい物があれば遊びたい盛りの少女達だ。
 毎日仕事ばかりでは不満が募るのは無理のない話。今回ばかりは、俺の配慮が足りなかったと反省させられた。


   ◆


「姉さん達。そろそろ開演の時間よ」

 そうこうしている内に人和が呼びに来た。開演の時間がきたようだ。
 舞台の袖から外を覗き込むと、既に大入りの様子で席は全部埋まっていた。

「凄い人だな。おっ、華琳達もちゃんと居るな」

 最前列に親衛隊に囲まれた華琳と桂花の姿を見つける事が出来た。華琳達が座っているのは、地和達が予め俺達のために用意して置いてくれた特別席だ。
 ちなみにあの席、彼女達の応援団の間ではプレミアム価格がついているらしく、普通に買おうとしても十倍の値段はださないと手に入らないという人気席だったりする。
 熱狂的なファンであればあるほど間近で彼女達を応援したいと考えるようで、そこは時代や世界が違っても変わりがないようだ。

「ねえ、太老。本当に舞台袖でいいの? 折角、席を用意したのに……」
「私も、この日のために頑張って準備してきたのに……」
「そうしたかったんだけど、今回は事情が事情だしね」

 不満そうな声を上げる地和と天和だが、こればかりは諦めてもらうしかない。
 今回、命を狙われているのは俺だ。華琳達の傍に居ると、桂花のように巻き込んでしまう恐れが高い。
 しかも、あの人混みの中では身動きが取り難くなる上に、最悪の場合、観客にまで被害が飛ぶ可能性がある。
 俺としては、そうした状況は出来るだけ避けたかった。

 それにこうする事で、ある程度こちら側で狙われる状況をコントロールしてやる事が出来る。
 会場の周囲は技術開発局の張り巡らせた罠と、自警団から募った張三姉妹の護衛部隊も配置されている。
 人数こそ多くはないが連中はこうした荒事には慣れているし、今回は華琳のところの親衛隊も協力的だ。布陣としては申し分無い。
 正直、これだけの警備網の中、暗殺を成し遂げるというのは並大抵の難しさではない。チャンスがあるとすれば一箇所だけだ。

 舞台の中盤に用意されている舞台挨拶。そこで俺もゲストとして舞台の上に立つ事が決まっていた。
 狙ってくるとしたら、俺が舞台の上に顔を出したその時しかない。
 相手は凄腕の狙撃手だ。俺の推測通りなら、そのチャンスをみすみす逃すとは思えない。

「姉さん達も無理を言わないの。申し訳ありません、太老様」
「相変わらず大変だな。人和も……」

 彼女には同情する。天和と地和に悪気が無いのは分かっているのだが、悪気が無いだけに質が悪い。
 とはいえ、天和と地和が不満を募らせていた原因は俺にもあるので強くは言えなかった。
 彼女達のスケジュールの件は後でちゃんと検討するとして、刺客の件を先に処理しない事には安心して外も歩けやしない。

「季衣。太老様の事、よろしくお願いね」
「うん。兄ちゃんはボクが護るから絶対に」

 人和に俺の事を頼まれ、胸の前でギュッと拳を握りしめ、気合いを入れ直す季衣。
 季衣が俺を護ってくれるように、俺も季衣や人和達に危険が及ばないようにと考え、気を引き締め治す。
 仕掛けは上々。後は、俺という餌に獲物が食いつくのを待つだけだ。

「それじゃあ、行ってくるね! ちぃの魅力でメロメロにするんだから!」
「太老様、行ってきます! 確りと私の歌、聴いていてくださいね!」
「ああ、もう姉さん達、ちょっと待って! 太老様、失礼します!」

 三人の背中を見送って、俺は自分の準備に取り掛かる事にした。
 刺客の件も大切だが、舞台挨拶の方も忘れてはいけない。張三姉妹に恥を欠かせないために、ちゃんと余興の方も考えてあった。
 挨拶だけという、場をしらけさせるような真似をこの俺がするはずもない。頼まれた仕事は全力でこなすのが俺の主義だ。
 そのためにこうして――

「あれ? ない!?」

 舞台の上で余興と称して、華蝶仮面のヒーローショー≠企画していたのだ。
 にも拘らず、懐に忍ばせて置いた肝心の仮面≠ェ無くなっていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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