虎牢関の戦いで反董卓連合は壊滅的な被害を受け、洛陽解放を断念。函谷関より進軍した張譲率いる白装束の軍勢も、天の御遣いとその従者を相手に敗れ――洛陽に再び平和が訪れた。
 諸侯連合、董卓軍共に人的被害が殆どゼロという奇跡的な結果を残して。
 その奇跡ともいえる所業を成し遂げた人物こそ――天の御遣いと噂される男だった。

「ハハハッ! 片腹痛いわ! その程度でこの私に挑むとは!」
「くッ! だが、ここで敗れる訳には……」
「オーホホホッ! その調子ですわ。馬面仮面そろそろ年貢の納め時ですわね。むねむね団の敵ではありません。やってしまいなさい!」
「誰が馬面だ! 白馬だ、白馬! 仮面白馬だ!」

 仮面を付けた怪しげな集団が武器を構え……争っていた。
 高らかに笑い声を上げる親玉と思しき金髪縦ロールに、女幹部と思しき怪しげな紫の女。
 対峙するのは最近売り出し中の仮面白馬。全身タイツを纏った戦闘員と女幹部を相手に、あれやこれやと舞台の上で大立ち回りを披露していた。

「……これ、演技だってわかってるよな?」
「多分忘れてるのですよ。アイツ等バカですから」

 ハアとため息を吐く太老。イベントとして企画したヒーローショー。観客には受けているものの舞台には大きな穴が空き、幕は破れ、小道具は粉々に破壊され、当初の予想以上に甚大な被害がでていた。
 失敗の原因は、配役の人選を誤ったことだ。むねむね団率いる袁紹。そして女幹部の華雄。対するは、いつの間にかヒーローデビューをしていた影の薄い田舎ヒーロー仮面白馬。
 共通して言えることはバカ。陳宮の言うように忘れている可能性が一番高かった。

「……まあ、被害額は報酬(ギャラ)から引いておこう」

 現実逃避をしながら、そんなことを呟く太老。
 既に給金を半分に減らされている華雄が聞いたら、泣き出しそうな話をしていた。

「ん? 恋も食べるか? 肉まん」
「……(コク)」
「そこ! どさくさに紛れて恋殿と何をやってるですか!?」

 この祭は太老が企画したものだ。まず第一に董卓や劉協の味方をしてくれる民を、出来るだけ多く集めるのが目的。商人を使って噂を広め、更には粛正された宦官や追放された張譲に罪を押しつけ、董卓の悪政に対する間違った認識や噂を是正するのが狙いだった。
 それに元々張譲やそれに追従した宦官達が勝手にやったことだ。太老にしてみれば自業自得というのが本音。連合にしても壊滅させるのが目的ではなく、弱らせることで交渉の場に引き摺り出すのが狙いであって、その目的は既に達成している。
 発起人の袁術は行方不明。袁紹は仲間と共に捕虜の身。この時点で連合は既に、その役割を終えていた。

「んじゃ、次のところ行くか」
「まだ話は終わってないですよ! どこにいくですか!」
「はあ……これでも忙しいんだよ。二人とも後のことは任せた。張三姉妹の舞台までに直しておかないと詠ちゃんに無茶苦茶怒られると思うけど……まあ、頑張って止めてくれ」
「ちょ! そう思うなら止めるのを手伝うですよ!」

 話がややこしくなる前に、さっさと逃げ出す太老。
 気付けば華蝶仮面まで乱入して、むねむね団の増援まで現れ、更に騒ぎが増していく。
 陳宮の悲痛な叫びも虚しく、木造の舞台はガラガラと音を立てて崩れ去った。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第93話『平和の象徴』
作者 193






【Side:太老】

「久し振りね。元気そうで何よりだわ。太老」
「あはは……華琳も元気そうで安心したよ」
「ええ、あなたのお陰で随分と酷い目に遭ったけど、なんとか無事だったわ」

 トゲのある華琳の言葉に、俺は冷や汗を流す。虎の穴は予想以上に効果的だったようで、華琳達がどれだけ苦労を強いられたか、その態度からもはっきりと伝わってきた。とはいえ、あれが人的被害を最小限に食い止める最善の策だった。
 普通にぶつかっていれば、双方の兵に大きな被害が出ていたことは考えるまでも無い。事前に何の説明もしなかった事は悪かったと思うが、人の生死が関わる問題だ。やったこと自体は後悔していなかった。

「華琳さん、ご主人様のことを凄く心配してたんだよ」
「ちょ! 桃香!? あなた何を――」
「そうだよな。ごめん、華琳。心配を掛けて……」
「そ、そういうことじゃ……もういいわよ。私にも落ち度があったのだし」

 そうだよな。事情を知らない華琳や桃香にしてみれば、俺は洛陽に連れ去られたも同然だ。心配していないはずがない。連絡を取れるような状況ではなかったとはいえ、心配を掛けてしまったことは確かだ。後で他の皆にも、ちゃんと謝っておかないと。
 自分の行動に後悔はしていないが、悪いところは悪いと素直に反省していた。

「それより、いつから真名で呼び合うようになったんだ?」
「ダメだよ、ご主人様。これは女の子同士の秘密なんだから!」
「……色々とあったのよ。そう、色々とね」

 よくわからないが、どうやら二人の間に何かあったらしい。そう言えば、以前感じたようなギスギスした空気がなくなっていた。
 何が原因かは知らないが、仲良くしてくれるにこした事は無い。そもそもこの世界と、俺の知る歴史は違う。更に言えば反董卓連合が戦いに敗れたことで、この先何が起こるかは俺にもわからなくなってしまった。
 恋姫に董卓ルートとかあれば話は別だが、残念ながら俺の知る記憶にそんなものはない。
 本来この戦いで名を挙げるはずだった諸侯が、全く名を挙げられなかったどころか、敗残兵として責任を追及される立場に立たされたのだから当然だ。華琳の表情からも、その辺りの覚悟は出来ていると言った様子が窺えた。

「それで、どうするつもりなのかしら? 領地の没収? 官位の剥奪? それとも処刑かしら?」
「そんなことするわけないだろう?」
「……はい?」

 連合に加担した諸侯を処刑をするつもりは当然のことながらなかった。
 多少のペナルティは負ってもらうつもりでいるが、基本的にはそれだけだ。寧ろ、死ぬ覚悟があるのなら、俺の仕事を手伝って欲しい。この後に待ち受けている仕事の山を考えると頭が痛かった。

「……本気なの?」
「華琳も本当はわかってるんじゃないのか? 俺達の本当の狙いが」

 どのみち袁家はこれで終わりだ。
 袁術は行方不明。しかも消えたはずの孫策軍の奇襲を受け、寿春城は陥落。袁術の悪政から揚州が解放されたと言う話も聞こえてきている今、罰は十分に受けている。
 袁紹の方も、戦費調達のため私財と領地の没収が決まっており、金と権力がなければ、ただのバカ。特に何か出来るとは思えない。身包みを剥がれたも同然で、味方となってくれる諸侯もいなかった。
 ただまあ、ああ言うタイプはしぶといと相場が決まっているしな。実際、もう再就職先を見つけたようだ。ヒーローショーに悪役で参加しているとは思わず、正直驚かされた。
 むねむね団だっけ? アレも一種の才能と言って良いかもしれない。まだ一応捕虜の扱いのはずだが、全く自覚がないな。あの様子だと。
 まあ、特に牢屋にぶち込んでいると言う訳でもないのだが、せめて屋敷で大人しくしていてくれれば……と思わなくもない。言うだけ無駄なので相手にするつもりはないけど。
 それに、何かある度に頭を下げて回っている顔良を見ると、不憫でならなかった。

「悪いのは張譲と宦官達だしね。後は黒幕の干吉と左慈。お互い人的被害は殆どなし。これなら言い訳も立つだろう? 落としどころとしては反乱の責任を問わない代わりに、董卓の責任を問わないこと。欲を言えば、あらためて皇帝に忠誠を誓って欲しいってところかな? 劉協の安全のためにも」
「それで周囲を納得させられるとでも? 簡単に歪みは消せない。一度失った信頼を取り戻すことは容易ではないわよ? どちらにせよ、漢王朝に未来はないわ。幼い皇帝に心の底から忠誠を誓う者が、どれほどいるかしら?」
「でも時間稼ぎにはなる。反対しそうな宦官達は都を追放されちゃったしね。それに前提を間違っているようだけど、董卓軍と連合が戦ったという事実は無い。華琳達はアトラクションに参加しただけだろう?」
「なるほど、そういうことね。だから、あんな立て札を……」
「董卓の悪政なんてものは最初からなかった。皇帝を傀儡にしたて悪政を敷いた張譲や宦官は、董卓によって処罰された。だから反董卓連合なんてものが最初から存在しない。反乱はなかった」

 屁理屈だということはわかっている。ただこれが最善だと俺は判断した。
 勿論、劉協や月の了承も得ている。そのために、こんな面倒な方法を取ったのだ。
 袁紹と袁術には主犯格ということで、アトラクションの使用料。壊した設備の弁償。今回掛かった諸経費の全てを負ってもらった。袁術が飛ばしたという檄文も、アトラクションの招待状にすり替わっているという算段だ。
 袁紹の私財は没収。当然のことながら借金の担保にあてられ、城や領地も没収。袁術の私財や領地に関しては孫家との話になるだろうが、更なる借金の上乗せということで話の決着は付くだろう。どちらにせよ、商会に損は全くなかった。
 この調整を行ったのは言うまでも無く林檎だ。さすがというか、言葉も出ない。

「やっぱり、太老は太老ということね。袁紹と袁術を破滅させるのが目的だったなんて」
「ちょっと袁紹さんと袁術ちゃんが可哀想かも……ご主人様の鬼畜」
「……ふたりとも何気に酷い事を言ってない?」

 何気にけなされている気がするのは気の所為か?
 本当にいつの間に仲良くなったんだ? この二人。
 元々似た者同士な二人だからか、妙に息が合っていた。

「話は理解したわ。でも、太老。あなたには別の責任を取ってもらうわよ」
「……へ? 責任?」
「私の計画は失敗。それどころか、国を興す切っ掛けすら失ってしまった。桃香も結局戦果を上げる事は出来ず、独立も果たせないまま理想から遠のいてしまったわ」
「……いや、それって自業自得じゃ? 俺の責任か?」
「話は最後まで聞きなさい。敗者には敗者の、そして勝者には勝者の責任がある」

 華琳の言っている理屈はわかるが、勝者の責任とはなんのことを言っているのか、そこがよくわからなかった。

「私が敗者としてあなたに差し出すもの……それは私自身よ」
「……はい?」
「そして太老は勝者として、私達の想いを引き継ぎなさい。民を救い、この大陸から争いを無くす」
「え? それってどういう?」
「華琳さんもご主人様のモノになるってことだよ。二人で決めたんだよね」
「た、太老が望むなら、私もご主人様って呼んであげても……」
「……はあ!?」

 民を救うというのや、大陸を平和にするというのは百歩譲って理解できる。
 俺もそのつもりだったので、そこに関しては何も反論するところはない。
 しかし問題は前者だった。華琳が俺のモノ? ご主人様?
 いやいや、ちょっと待て! 幾ら何でも唐突過ぎるだろう!? なんだ? その超展開。

「落ち着いて話し合おう。後者はわからないでもないが、前者は――」
「その話乗った!」

 突如、俺達の話に割って入る声。
 メイド服姿の月と女官を引き連れた劉協が、部屋の入り口に立っていた。

「我も、御主にこの身と生涯を捧げる!」


   ◆


「なんで、こんなことになったんだ?」

 あの後、色々と騒ぎがあったのだが、要約すると俺は次の皇帝候補にされてしまった。
 劉協との婚約を足がかりに諸侯と新たな関係を結び、天の御遣いの威光を持って大陸を統一する。少なくとも連合に参加した諸侯は、一部を除いて賛成の意を示してくれていた。最終的には劉協より禅譲を受け、新しい国の皇帝として俺が即位するという話の流れだ。
 反対する宦官は既に処分されるか都を追放されており、これに異議を唱える者は一人としていなかった。
 正直逃げ出したかったが、周りの雰囲気がそうはさせてくれなかった。

『本当に嫌なら無理強いをするつもりはない。いつかは天に帰るというのなら、それも止めぬ。いや、我等にそれを止める権利はない。しかし我には御主が必要なのじゃ。天の御遣いという柱を失えば、大陸全土を巻き込んだ戦乱へと時代は向かうことになるじゃろう。卑怯な言い方やもしれぬが、出来る事なら我のため、民のために協力して欲しい』

 劉協に頭を下げて頼まれたら断れなかった。
 確かにこうなってしまった責任は少なからず俺にもある。俺というイレギュラーな存在が、今のこの状況を作り出してしまったことは事実。その点に関しては言い逃れするつもりはない。俺が居なくなることで再び大きな(いくさ)が起こるなんてごめんだった。
 少なくともこの国が平和になり落ち着くまでは、途中で投げ出すような真似は出来そうにないことがよくわかった。国の均衡を保つために、誰にでも分かり易い威光が必要と言う理屈も理解できる。
 残念ながら幼い劉協にも、そしてこの国にもそんな力は残されていない。民が求めているのは平和と安定だ。平和の象徴。民を安心させるため、諸侯を納得させるために必要な御輿。その役目を彼女達は天の御遣い≠ノ求めていた。

(最初は焦ったけど、華琳の気持ちもわかるしな)

 自分を差し出すなんていうから最初は焦ったが、理由を説明されれば納得が行く。女の子なのだから、もう少し将来の事とか自分の身体とか大切にして欲しいと考えるが、それほどに華琳や桃香にとって、この国の未来の方が大切なのだろう。
 あの二人はやり方や考え方は違うが、根本的に言っていることは良く似ている。国のため、民のため、それがあの二人の行動基準。飢えに苦しむ事のない。争いのない平和な国を作りたい。それは誰もが胸の内に秘めている理想でもあった。
 どちらにせよ、あちらの世界に帰るためには林檎の言っていた条件を満たす必要がある。
 ――物語を終わらせる。それがどの時点でのことを言うのかはわからないが、少なくとも中途半端に終わらせられる話ではなさそうだ。
 俺の知っている話と違ってきている今、どこが物語の終着点かわからない。
 自分に出来ることをすると言うのなら、今がその選択の時なのだろう。

「マスター、何をされてるんですか?」
「花火を見ながら考え事をしてるんだよ。はあ……そう言えば、この問題もあった」

 花火の光に照らされ、姿をみせるメイド服姿のチビ鷲羽。通称ブラック鷲羽。確か漫画では『多麻(たま)』とか呼ばれていた鷲羽の開発した対鷲羽専用侵略プログラムだ。
 なんでこいつがこっちの世界に居るかとか、なんで俺がマスターなのかとか、色々とツッコミどころ満載の状況なわけだが、深く追及する気になれなかった。
 こういうのは気にした方が負けだ。まだ本人じゃないだけマシと判断した。

「えっと、多麻ちゃんだっけ?」
「たま? それが私の名前ですか?」
「ああ、まだ名前がなかったのか」
「はい。でも、良い名前ですね。たま、タマ、多麻。私の名前は『多麻』でお願いします」

 卵が先か鶏が先か――みたいな話になってしまった。
 あれって名付け親は鷲羽じゃなかったっけ? まあ、どうでも良い話ではあるが。
 うん、もうこれ以上深く考えるのはよそう。頭の中がこんがらがってくる。

「何かお悩みでも?」
「いや、俺なんかに皇帝とか務まるのかな? って」
「大丈夫ですよ。マスターは既に銀河支配直前までやっちゃってるじゃないですか」

 人聞き悪いことを言わないで欲しい。
 少なくとも俺はそんなことをやった記憶も、企んだ覚えもないぞ?

「侵略ならお任せください! 私がマスターの邪魔者を全て蹴散らしてみせます!」
「いや、マジでやめて。勘弁してください」

 そんなことをされたらこの世の終わりだ。物語が終わる前に世界が終わってしまう。
 お前、本気をだしたら惑星の一つや二つ破壊できるだけの力を持ってるだろう?
 対鷲羽用侵略プログラムというくらいだ。そのくらいは出来て不思議では無い。

「ううん、そうですか? 折角マスターのために働けると思ったのに……。でも、なるほど。あっと言う間に滅ぼしてしまっては面白く無い。じわじわといたぶりながらその過程を楽しみたいと、そういうことですね。さすがはマスターです!」

 ああ、うん。そういうタイプなんだ。これは何を言っても無駄だ。俺の話なんてこれっぽちも通じてない。この手のタイプに正論を説いても全くの無駄だ。徒労に終わる。
 というか、滅ぼしちゃダメだろう。滅ぼしちゃ。やっぱりマッドの発明品だ。危険な思考回路を持っている。多麻にだけは絶対に相談してはダメだと理解した。

(はあ……これからどうなるんだ? 俺)

 ただ平和にのんびりと暮らしたいだけなのに、どう言う訳か段々と平穏から遠ざかっている気がしてならなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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