陳留中央にそびえ立つ城の次に大きな建物。
 クルクルと回る風車。もくもくと上がる煙。
 時代背景にあっていない奇妙な建造物が目立つ――正木商会本部。
 屋根の上に背中合わせに座り、星空を眺めている二つの人影があった。

「……まさか秋蘭まで、こんなことに加担するなんて」
「秋蘭から言いだしたことなんだけどな」

 太老と曹操の二人だ。
 ――華琳様を休ませてくれ。そうでないと桂花もゆっくりと休めない
 それが、夏侯淵が太老に持ち掛けた相談の内容だった。
 荀イクに限らず忠誠心の高い彼女達が身体を休めるには、主である曹操が休みを取らないことには難しい。仕事を頑張っているつもりでも、結果的にそれが部下を追い詰める結果に繋がっていることに曹孟徳とあろうものが気付けなかった。

「もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないか?」

 太老は荀イクの身体や仕事にのめり込む曹操のことを心配して、自分にこんなことを頼んだ夏侯淵の気持ちを汲み、曹操を諭すように言葉を投げ掛けた。
 ようは、仕事にのめり込むのも良いが程々にしろということだ。
 その結果、心配してくれる家臣が倒れ、自分まで倒れてしまったら元も子もない。

「……わかってるわよ。でも、あなたも他人(ヒト)の事は言えないでしょう?」
「ううん。林檎さんもそうだけど、俺は身体の構造が違うしな」

 太老や林檎と、生体強化を受けていない普通の人間では比べるまでもなく身体能力に差がある。全く疲れないというわけではないが、一週間徹夜をしたところで身体に変調を来すといったことはなかった。
 特に太老の場合は、そうした環境に慣れて育ったこともあって、あちらの世界の住人と比べてもずっとタフに出来ている。身体の小さな曹操とでは比べるまでも無いほど頑丈だった。

「身体の構造ね……。まあ、確かに人間離れしてるとは思うけど」
「褒めてないよね? 何気にけなされてる気がするんだけど……」

 身体の構造と言われても、どう違うのかまではさすがの曹操にも理解は出来ない。
 そもそも天の世界の知識は、この世界の人々にとって未知の技術。時代背景にあっていない行き過ぎた科学は、言ってみれば魔法と同じだ。文化で数千数万年劣るこの世界の知識では、科学の全てを理解する事は不可能。彼女達にとってそれは、妖術や道術と変わりない。
 天の知識ということで、怪しげな術よりも幾分受け入れやすくなっているだけのことで、場合によっては畏怖されて当然の力――それが太老の推奨する科学の正体だった。
 もっとも、太老の事を信用しているからこそ、曹操はその力をあてにしている。
 信頼と信用。その二つが無ければ幾ら便利な力だからといって、太老の知識と技術を利用することはなかったはずだ。
 曹操にとって、太老の話を信じるということは信頼の証でもあった。

「あなたの方の仕事はいいの?」
「大体は目処が立ったしね。城の仕事も心配は要らないよ。多麻を残してきたから」
「多麻? ああ、あの非常識な子≠フことね」

 太老の口からでた『多麻』と言う名前に、ムッと微妙な反応をする曹操。
 多麻には色々としてやられた思い出があるだけに、曹操としては少し複雑な心境だった。
 しかも目の前に、その非常識の親玉とも言うべき人物がいるのだから尚更だ。

「……仕事が急増したことも、それなりに責任を感じてるんだ」
「そういうことなら素直に受け取っておくわ。でも、あなたが気にするようなことではないわよ? 私としても北部六州を治める大領主って肩書きには満足しているもの。あなたの名前を出せば、何をしても大義名分は立つのだし」
「あの……華琳さん? その言い方だと、多少無茶をしても厄介事や責任は全部俺に押しつければいいって聞こえるんですけど……」
「安心なさい。ちょっと大変な思いをするかもしれないけど、死ぬようなことはないから」
「全然、安心できないし!?」

 これ以上、厄介事を押しつけられても困るとばかりに太老は反論した。

「まあ、仕事をするなとは言わないから、余り無茶はしないでくれ。華琳に倒れられたら、それこそ一大事だし」
「あら? 心配してくれるの?」
「当然だろ? 華琳は俺にとって大切な人≠ネんだから」
「た、大切……あなたはまたそう! ふ、不意打ちは卑怯よ!」
「何、怒ってるんだ?」

 ドキドキと高鳴る胸。顔を真っ赤にし、太老に悟られないように曹操は顔を隠す。
 大切な人――それがどう言う意味かまではわからない。しかし悪い気はしなかった。

「何か他にやりたいこと、趣味でも探してみたらどうだ?」
「そんな余裕、今はないわよ……」
「平和になってからでもいいし、考えるだけならタダだろ?」
「あなたの趣味のコスプレとか?」
「なんでそれを!? 風か? 風なのか!?」

 仕事以外に打ち込める趣味でも持てば、少しはマシになるのではないかと考えての提案だったのだが、また自分の知らないところでプライベートが筒抜けになっていたことに頭を抱える太老。
 本気で衣装の隠し場所を変えるべきか? と考えるくらい激しく動揺していた。

「着てあげてもいいわよ。太老が望むなら」
「あの……華琳さん?」
「その代わり、ずっと私の傍にいなさい。この国には……私にはあなたが必要なの」
「……華琳?」

 一瞬見せたそれは曹操の弱さ。いや、ひとりの少女が太老にだけ見せた本心だった。
 いつか役目を終えた時、太老は元の世界に帰ってしまうのではないか? ずっと不安で仕方無かった。
 仕事に逃げていたのも、実のところはそうした不安を押し隠したかったからかもしれないと曹操は思う。太老に、この卑しい気持ちを悟られたくなかったのだ。
 曹孟徳が男に頼る。こんなことは今までなかったことだ。彼女にとって太老はただの仕事仲間(パートナー)ではない。それは初恋――例え帰れなくなったとしても、ずっと傍に居て欲しいと心の底から願う、大切な人だった。
 だからこそ、本音を言えば優しくして欲しくなかった。こんな風に――
 絆を深めれば深めるほど、太老と離れたくなくなってしまう。
 それは太老の気持ちを無視して、この世界に彼を縛るということ。自分が受けた恩の大きさ。この世界が彼にして貰ったことを考えれば、それは余りに身勝手な考え。それでも曹操は考えずにはいられなかった。

「……今日は心配してくれてありがとう。それで?」
「それで?」
「こんなところまで拉致して、私はどこで休めばいいのかしら?」
「えっと……それは林檎さんか稟の部屋を」
「当然、責任を取って太老のところに泊めてくれるのよね?」
「は、はい? ちょっ、それは色々と拙い――」

 夏侯淵が太老に相談を持ち掛けた一番の理由。
 どこまでが演技で、どこまでが本心だったのか?
 それを知るのは本人だけ。

(私は太老が好き。なら――)

 何がいいか、最善の答えなんてきっとない。
 例え、太老が元の世界に帰ることを選択したとしても、後悔のないように行動したい。
 それが曹操が自分で導き出した答えだった。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第98話『ロリコンではない』
作者 193






【Side:太老】

 窓から日の光が差し込み、チュンチュン、チュンチュンと小鳥の囀る声が聞こえる。
 朝だ。長い長い夜が、ようやく明けた。

「ううん……」
「うみゅ……」

 いや、まあ言いたい事は人それぞれあるだろう。
 右に華琳。左に璃々。そして俺。三人で川の字になってベッドで一晩を過ごした。
 一言いって置くが、何もしてない。未遂だ。事故だ。仕方無かったんだ。
 あの後、華琳が強引に俺の部屋に押し掛けてきて、そこに璃々が乱入。「璃々もお父さんと一緒に寝る!」と言って、ベッドに潜り込んできた。
 何故か最初の内は不機嫌だった華琳だが意外と子供好きのようで、璃々に「華琳お母さん」と呼ばせると、ご機嫌で俺の隣で眠りについた。

 まあ、確かに璃々は可愛いし、そんな子に『お母さん』と呼ばれれば頬が緩むのもよくわかる。俺も璃々に『お父さん』と呼ばれているが、嫌な気は全くしないしな。寧ろ、璃々のように可愛い子になら、もっと甘えて欲しい『お父さん』と呼んで欲しいというのが本音だった。
 俺の隣でスヤスヤと眠る璃々。まさに天使の寝顔だ。こんな状況でなければ、思いっきり癒されていたことだろう。そう、こんな状況でなければ……。

(取り敢えず、身体を起こさないとまずいな。こんなところを誰かに見られでもしたら)

 神に誓って何もしていないが、こんなところを見られたら勘違いされても仕方が無い。
 まさに現行犯。捕まっても言い訳が立たないような状況だ。
 過去にも似たような経験があるが、俺の経験上、絶対に厄介事に発展することは確実だった。

 とはいえ、どうやって抜け出すべきか?

 左はがっしり璃々ちゃんに抱きつかれていて、右も華琳に腕を押さえられている状況だ。
 これでは動けん。強引に引き離すことは可能だが、それではベッドから転げ落ちて怪我をさせてしまうかもしれない。そもそも少し大きめのベッドとはいえ、一つのベッドに三人で寝るという行為自体が無茶だった。

「あの……華琳さん。朝ですよ」

 こうなったら華琳だけでも起こすしかないと覚悟を決めた。
 気持ちよさそうに寝ているところを起こすのは気が引けるが、誰かに見られるよりはマシだ。
 グズグズしていると、風か稟あたりが呼びに来て不思議では無い。璃々だけならまだしも、華琳を部屋に連れ込んで一晩を過ごしましたと言う話が広まったら俺の命が危うい。あの『華琳様命』の桂花や春蘭が黙っているとは思えなかった。
 春蘭は「決闘だ!」と言って真っ向からきそうだが、それはそれで相手をするのが面倒そうだし、桂花は裏で罠を用意したり呪詛をかけてきたりしかねないだけに、はっきり言って一番厄介だ。
 ただ桂花の場合は抜けているところがあるので、そのまま自滅してくれれば一番楽だが、結局逆恨みされることに変わりはない。撃退してもしなくても結果は変わらないということだ。どう考えても碌なことになりそうになかった。

「ううん……朝?」
「そそ、朝。だから早く起きて――なんで裸なんだ!?」
「服を着て寝たら、しわになるから……」

 起き立てで、まだ頭がはっきりしていないのか?
 いつもは見せない無防備な状態で、ううんと目を擦りながら上半身を起こす華琳。
 昨日寝る時は服を着ていたはずなのに、どう言う訳か裸だった。

(これはまずい! こんなところを誰かに見られたら言い訳なんて出来ない!)

 そう、こんなところを誰かに見られたら身の破滅だ。
 曹操だけに早々に服を着て、出て行ってもらわないと――
 と、センスのないギャグが頭を過ぎるほどに俺は錯乱していた。
 しかしその願いは、カチャッという扉の開く音と共に無情にも破られた。

「ご主人様。昨晩、璃々がこちらに――」

 最悪のタイミングだった。
 扉を開け、璃々を迎えにやってきた紫苑とバッタリ目が合う。
 下はシーツで隠しているものの下着一つ身に纏っていない裸の華琳。こちらは服を着ているが、隣でスヤスヤ寝息を立てて眠る璃々。そしてここは俺の部屋。俺のベッド。しかも俺も事後とばかりに上半身裸の状態だった。
 まるで時が凍り付いたかのように、長い長い沈黙が訪れた。

「太老……」
「へ――んむっ!」

 最初に、その沈黙を破ったのは華琳だった。
 突如、俺の唇に押しつけられる柔らかな唇。舌を這わせ、むさぼるように濃厚な口づけが交わされる。普段、百合百合しいハーレムを囲っているだけあって、さすがに慣れている。思っていた以上にテクニシャンだった。
 良い気持ち……じゃない!
 正気に戻った俺は、華琳の肩を掴んで慌てて身体を引き離す。

「な、何を!?」
「ううん? おはようのキス。太老の世界じゃこうするって……」

 まだ寝ぼけてるのか!?
 誰だ! こんなことを華琳に吹き込んだ奴!
 俺か? いや、こんなことを教えた記憶は無いぞ!? くそっ、どこの(カニ)の陰謀だ!

「ご主人様。昨晩はお楽しみだったようで」
「ち、違うんだ。紫苑、これは!」
「いえいえ、ご主人様も男≠ナすから。寧ろ、女性の身体に興味がある普通の男性≠ネのだとわかって安心しました」
「何、普通の男って!? 今まで、俺の事をどんな目で見てたの!?」
「ですが、璃々まで一緒というのはどうかと……。いえ、親子共々貰って頂けるのであれば、寧ろその方が私としては都合が良い……嬉しいのですが」

 なんだかよくわからないが、紫苑の中で変なシナリオが展開されているようで、状況は最悪な流れに向かっていた。
 確かに人並みにそうしたことに興味がある。俺だって男だ。言い訳はしない。
 しかし、華琳はともかく璃々に手を出すなんてことはありえないから!
 俺はロリコンじゃない! そもそも、璃々に手を出したら犯罪だろう!?

「ち、違うんだ! 話をきいてくれええええっ!」

 これだけは認める訳にはいかない。手後れと思いつつも、叫ばずにはいられなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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