【Side:太老】

 現在、俺達は非常に厄介な事態に遭遇していた。

「クッ! 待ち伏せされていたか! ですがご安心ください、太老様。必ずや賊を討ち取ってご覧に入れます!」

 などと言って、周囲が止めるのも聞かずに気合いを入れて飛び出していったコノヱ。頼もしくもあり、不安を誘う猪武者だ。
 罠かも知れないんだし、もうちょっと警戒しようよ、と思ったのは俺だけでは無いはず。
 その結果、案の定――俺達は罠に嵌って敵に取り囲まれていた。

「太老様、武装解除と投降を勧告してきていますが?」
「いや、応じる訳にも行かないでしょ。ああ、いいや。俺も出るから取り付いて侵入しようとした連中だけ始末してくれる?」
「畏まりました。戦闘態勢で侍従達にあたらせます」

 マリエルに指示を与えて、聖機人の置いてある格納庫へと向かう。こっちにはラシャラだっているのに、賊の要求なんかに応じられるはずもない。

(取り敢えず、コノヱは後でお仕置き決定だな。あからさまに罠っぽいのに、自分から罠に掛かりにいくなんて……)

 なんて事を考えながら、格納庫へと駆け足で急いだ。
 コノヱはどうしているかというと、孤軍奮闘の活躍を見せはしたモノのやはり物量には勝てず聖機人の亜法限界が来てあえなく撤退。
 所謂、重度の乗り物酔いの状態で医務室で寝込んでいた。まともにやり合えばコノヱに敵う聖機師はいないだろうが、コノヱも人間だ。亜法波の耐性限界は勿論、スタミナにも限界はある。
 敵の聖機人三機を撃破したところまでは良かったが、動きが制限される狭い渓谷に誘い寄せられて絶え間なく攻撃を仕掛けられれば、自ずと限界がくるのは当然だった。
 敵の狙いもそこにあったのだろう。なかなかによく考えている。
 まあ、そんなこんなで色々とあって、コノヱを見捨てる訳にもいかず突出した船は動きの取り辛い狭い渓谷に誘導され、聖機人七機とエアバイクに乗って武装した山賊数百人に取り囲まれていた。

(とはいえ、やり方が巧妙だな。やっぱりこれは……)

 ここは既にシトレイユ領、国境の境に位置する。
 式典の警備で中央に兵が集まっているとはいえ、これだけの大戦力が集結しているのに国境警備隊が気付きもしないだなんて、どう考えてもおかしすぎる。
 馬鹿でも分かる事だ。裏に何かあると考えた方が極自然だった。

「狙いは、やっぱりラシャラちゃんかな?」

 それしか考えられない。既に軍にも手が回されていると考えて間違いないだろう。ラシャラに即位されると困る連中が居ると言う事だ。
 以前にも一度、刺客を差し向けられた事があるしな。いやはや、懲りない連中というかなんというか……。
 とはいえ、面倒な状況である事に変わりはない。
 コノヱには後で思いっきり嬉し恥ずかしい格好をしてもらうとして、まずはこの状況をなんとかしないと。
 格納庫に着いた俺はコクーン状態の聖機人の前で、最後の点検と確認を行っているワウを見つけて声を掛けた。

「ワウ。例のモノは?」
「フフン、お任せください。こんなこともあろうかと!」

 相手が相手だけに遠慮が要らないというのは良い事だ。幼女の暗殺を企むような外道に掛ける情けは無い。
 一度言ってみたかったんですよね、と言いながら格納庫の一角で異様な存在感を放っていた巨大コンテナを開いて、用意してあったという聖機人用の装備を見せてくれるワウ。
 以前に俺が使える装備が無いという話をした時に、俺の聖機人用に使えそうな装備が出来ないかどうか、開発をワウに依頼しておいた物だ。
 試作品という話だが、格納庫にはなかなかに良さそうな代物が並んでいた。

「調整が済んでるのは、まだこれ一個なんですけどね。良い出来でしょう?」
「問題は耐久値なんだよな」
「それも大丈夫。良質の素材を圧縮して、限界まで耐久限界を追及した代物を使ってます。戦艦の主砲を受けたって傷一つ付きませんよ」

 おおっ、なんとなく心強い。ようは無茶苦茶頑丈に出来ているという事だった。
 俺の聖機人の武器に必要なのは性能とかそういうのじゃない。如何に壊れずに使えるかだ。
 ワウが用意してくれたのはフレイル型のモーニングスター。所謂、『ガン●ムハンマー』によく似た武器だ。
 結構、あの武器好きなんだよな。ロボットに鉄球だぜ? なんとも男気溢れる武器だとは思わないか?
 原作では余り活躍の無かった武器なのだが、それでもこと破壊力に関してはドリルに並び称されるほど有名な武器の一つだ。

「でも、なんでトゲトゲ付いてないんだ? まん丸じゃないか」
「無茶を言わないでくださいよ。壊れないようにってのが要望だったんで、何日も掛けて大量のインゴットをこのサイズにまで圧縮したんですよ?」

 ようは後から加工しようにも、工作機器でも傷つかない代物が出来てしまったと言う事だ。
 それは期待して良いのだろうか? まあ、剣や槍よりは壊れにくいと思うけど。鉄球だしな。

「それじゃあ、早速使わせてもらうよ。ああ、悪いんだけど」
「はい。当然、私も協力させてもらいますよ! 実験したい武器がまだ一杯残ってるんですよね!」

 フフフッ、とマッドな笑みを浮かべ嬉々として語るワウ。はっきり言って、どちらが悪役か分からなかった。

【Side out】





異世界の伝道師 第179話『天災と天才と晴れのち鉄球』
作者 193






【Side:ラシャラ】

 襲撃を受ける可能性は考慮していたが、まさかこれほどの戦力が罠を張って待ち構えているとは思ってもいなかった。
 山賊はともかく聖機人が七体。コノヱが先に倒した三機を合わせれば十機の聖機人など、一体どこから調達してきたのか?
 シトレイユですら国内の総数は約五十機と言ったところが精々だ。これは国力に応じて教会の定めた聖機人の供与数に比例する。
 そのため、その数が国の軍事力にそのまま直結する聖機人を十体も易々とだせる国は少ない。しかも、よもや暗殺などに使うなど考えられぬ事じゃ。

「どうじゃ? 聖機師の特定は出来たか?」
「全員、浪人のようですね。正規の聖機師では無いようです」
「やはりの……」

 慣れた手つきでパネルを操作するアンジェラ。その報告に我は『やはり』と納得の行った様子で一言呟いた。
 聖機師によって外見や能力が異なる聖機人は、百人居れば百通りの聖機人が存在する。その特性を利用して聖地学院に通う生徒達、そして各国に雇われている正規の聖機師は全て機体が登録されていた。これは共有される情報として教会の名の下に各国の協定で公開が義務付けられており、聖機師による犯罪行為を抑制する役割も担っていた。

 例え浪人といえど、聖地学院に一度でも通った事のある生徒、聖機師の資質ありと適性を認められた者は全員が登録の対象となり例外は一つとしてない。
 登録漏れがあるとすれば高地の出身者か、適性試験を奇跡的に今の今まで受けずに逃れてきた者だけじゃ。
 そう、後は以前の異世界人(タロウ)のような例外を除けば、聖機師を特定出来ない聖機人など存在するはずもなかった。

 今回も、相手が浪人と直ぐに分かったのは登録されているデータを照らし合わせた結果じゃ。
 相手が浪人という可能性は直ぐに思い至った。先の理由から、正規の聖機師を使えば直ぐに足が付く。こんな大胆な作戦にでるような相手じゃ。簡単には尻尾を掴ませてはくれぬじゃろう、と確信していた。

「問題は連中がどうやって、これだけの聖機人を集めたかじゃな」

 聖機人が投入されている時点で、ただの山賊の仕業とはとても思えない。かなりの組織力を持った誰かが背後にいるのだけは間違い無かった。
 我を狙っての犯行と考える事も出来るが、我一人の命を狙うのにこの戦力は些かやり過ぎじゃ。そもそも今、この瞬間に我の命を狙わなければならない理由はどこにもない。
 護衛の少ない時を狙うのが一番なのじゃから、それならば我一人の時を狙うか、公務中などを狙った方が遥かに効率的じゃ。
 何もハヴォニワの護衛が付いている今でなくてもいい。それでなくても、太老の実力は知れ渡っているはずじゃ。リスクの方が高いと考える。

(考えられる狙いは、やはり太老の方か)

 この戦力も太老を暗殺するために差し向けられたものと考えれば納得が行く。
 尤も、我の見立てではそれでも太老相手には少なすぎるくらいじゃが――
 太老の力は文字通り規格外。我等とは次元が違う。一般的な聖機師の常識や物差しで太老を計っておるのなら、それは大きな間違いというものじゃ。
 じゃが、今一つ腑に落ちんのが――

「ラシャラ様。この件、やはり裏には――」
「ババルンと考えるなら少し早計じゃろう」

 一枚噛んでおるのやもしれぬがな、と言葉を付け加えアンジェラの疑問に答えた。
 国境警備隊と連絡が付かんというのも気になる。しかもここは本来、警戒区域のはずじゃ。これだけの騒ぎあって気付かないはずがない。
 その点からも宰相派が関与しておる可能性は高いじゃろうが、ババルンの策略と考えるには些か疑問が残る。
 背後に居る者の狙いが何かは分からぬが、まるで勝てない事を悟っていて襲撃してきたように思えてならぬからじゃ。果たして、ババルンほどの男が危険を冒してまで、そのような無茶をするじゃろうか?
 我がババルンや宰相派の人間にとって邪魔者なのは分かっておるが、今回の件、本当にババルンの仕業と考えて良いものかどうか。
 どちらにせよ、証拠を残すようなへまはしておらぬじゃろう。ババルン以外にも何者かが裏で動いておる可能性を考慮した方がよいやもしれぬ。

「ラシャラ様、ブリッジから動かないようにお願いします」
「む……。侵入者か?」
「はい。現在、侍従とタチコマ数機に鎮圧にあたらせています」

 マリエルの報告通り、映し出された監視モニターには一方的に侍従とタチコマ達に翻弄される山賊達の姿が映し出されていた。
 追い詰めたつもりが逆に誘い寄せられ、自分から猛獣の巣に足を踏み込んでいたとは、まさか奴等も想像もしておらんかったはずじゃ。
 外には太老の黄金の聖機人。内には最強の侍従部隊。さすがにこれでは手も足もでない。敵ながら不憫に思えてならなかった。
 更に別のモニターに映し出されている外の映像には――

『アハハハッ! そらそらそら! 次はこいつの実験台にしちゃうんだからっ!』

 甲板の上にワウアンリーの聖機人の姿があった。
 高笑いを上げ大量の武器を手に、船に取り付かせまいと弾幕を張って応戦するワウアンリー。
 その砲弾の嵐に晒され、逃げ惑う山賊達。敵の聖機人すら、さすがにあれでは船に近付けんようじゃ。
 攻守が完全に逆転しておる。どちらが悪役か分からない光景が広がっていた。

「丸っきり悪役じゃな。アレは……」
「ええ、なんだか相手の方が不憫で……」

 アンジェラも、そしてマリエルも無言で頷いておるところを見ると、我と同意見のようじゃった。

「ん? そう言えばユライトはどうしたのじゃ?」
「気分が優れないとの話で、コノヱさんと一緒に医務室でお休みになられているはずですが?」
「ふむ……。それならよいのじゃが……」

 先日のユライトの話がずっと頭の中を離れないでいた。ユライトが、他にも何かを隠している事は確かじゃ。
 それがなんなのかは分からぬが、ババルンと無関係という事は無いはずじゃ。
 出来る事なら太老の信頼を裏切るような真似だけはして欲しく無い。今は、そう願うばかりじゃった。

【Side out】





【Side:太老】

 皆さん、お待たせしました。
 早速、このガン●ムハンマーもといモーニングスターの性能を確かめてみたいと思います。

 ――ブンブン、ブンブン
 ――ブンブン、ブンブン

 頭上で振り回す。振り回す。振り回す。

「げっ!?」

 ――キラン!
 と、いう音が聞こえた気がした。
 自慢できる性能だったらよかったのだが、そうも言っていられない。ブンブンと振り回して数分も経たない内に鉄球はお星様になってしまったからだ。
 どういう事かというと、鎖がちょん切れたのだ。耐久力には自信があるんじゃなかったっけ、ってツッコミどころ満載の状況だった。
 こんな時にまでオチを望んでいないんだが――

「おいっ! ワウ、どういう事だ!?」
『アハハ……鉄球ばかりに気がいって、鎖の方を忘れてました』

 テヘ、と言った感じで愛想笑いを浮かべて通信を切るワウ。
 おまっ、それじゃあ意味が無いだろう! 肝心の鉄球は飛んでったし、無手だよ。無手。素手でどうしろと!?
 再び通信を繋いで、せめてワウの使っている武器を使わせてくれと交渉してみたが、

『すみません。試作品ばかりで予備がないんですよね。弾も余り残ってませんし』

 何というか、色々と味方に恵まれていない気がしてならなかった。
 これだから、マッドは嫌いなんだ……。

【Side out】





【Side:コルディネ】

 ――ズドンッ!

 轟音と共に大きな地震が私達を襲った。

「な、何がどうなってるんだい!?」
「敵の攻撃です! あ、あの野郎! ここ目掛けて巨大な鉄球を投げつけ――うわっ!」

 ガクンッ、と床が斜めになり地面ごと流されている事に気付いた。
 ピンポイントで投げつけられたという鉄球の一撃が、崖崩れを引き起こしたのだ。
 駐屯所として使っていた場所に設置されていたテントやトラックは全て、部下達と一緒に土砂と一緒に崖下に押し流されていく。

「お頭! 手を――」
「くっ!」

 エアバイクで救出にきた部下に拾い上げられ、寸前のところで難を逃れた。
 危なかった。背筋に冷たい汗が滲み出る。あと数秒遅かったら、私も崖下に放り出されて土砂に埋まっているところだった。

「こりゃ……。酷え……」

 前の席から部下の震えた声が、かすかに耳に届く。無理もない。エアバイクの上から周囲の被害状況を見渡すが、それは酷い物だった。
 ざっと見渡しただけでも装備の殆どを失い、部下の実に半数近くが流されてしまった事が見て取れる。
 一瞬にして全滅とも言える被害に見舞われたのだ。誰一人、こんな事態を予想していた者はここにいない。

「まさか、この距離をピンポイントで攻撃してくるなんて……」

 ここから襲撃地点まで軽く五十キロは離れている。狙い撃ちが出来るような距離じゃない。
 しかもピンポイントで攻撃が出来るなんて、こちらの位置を正確に掴んでいたとしか考えられない。作戦が読まれていたのだと私は察した。
 下手をすればギルドの内部にも、正木商会に通じた内通者が居るのかもしれない。

「くっ! 撤退するよ! ここにいたら狙い撃ちにされる!」

 呆然とした部下達に檄を飛ばし、直ぐに撤退を指示する。
 この距離を直接攻撃できるような奴を相手に呑気に構えていたら、即座に全滅だ。更に被害は拡大する事になる。
 自分の見通しが甘かった事を再び痛感させられた。正木太老――やはり、侮れない男だ。

「作戦の練り直しか……。くっ、思わぬ痛手だよ」

 一度失った組織力を回復させ、ここまで手勢を揃えるだけでも相当に時間が掛かったというのに頭の痛い話だった。
 やはり、私達だけでどうにかなるような相手ではない。山賊ギルドとの交渉、何がなんでも成功させる必要がある。

「だけど、このままではすまさないよ! 正木太老!」

 悔しさを噛み締めながら背にした戦場では、今も大気が震えるかのような轟音と火花が飛び交っていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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