【Side:太老】

「私も太老殿と行きたいー!」
「お兄様とラシャラさんを二人きりにだなんて出来ない相談ですわ!」

 駄々を捏ねる母と娘。

「ええ、ちょっとどうして!? ああーん! 放して〜〜!」
「ああっ、こら放しなさい! お母様だけでなく、どうして私まで!?」

 呆れた様子でため息を漏らす侍従達に、襟首を掴まれて引き摺られていくハヴォニワの女王と姫。
 こんなやり取りがあったのが昨日の話。俺は黄金の船『カリバーン』でシトレイユに向かっていた。

「はあ……。マリアも段々とフローラさんに似てきたよな」
「……太老。それはマリアに言わぬ方が良いぞ」

 フローラもフローラだが、マリアもマリアだ。段々と『色物女王』に似てきてないか、と思う今日この頃だったりする。
 いつも顔を合わせる度に喧嘩をしている割に、フローラに似てきたと話すと同情の入り交じった複雑な表情を浮かべるラシャラ。

「太老様。ラシャラ様の仰るように、それはあんまりな例えだと思います」
「ええ、それではマリア様が不憫です」

 マリエルとアンジェラ。何気にお前達も酷いと思うぞ。フローラに何か恨みでもあるのか?
 そういう俺も本人の前で口には出せないのだが。フローラに似ていると話すと、絶対にショックを受けて寝込むに決まっている。
 ある意味で、マリアが一番似ていると例えられたくない相手なのは間違い無い。
 血の繋がった実の母親だ。愛していない、尊敬していないなんて事は無いと思うが、それとこれとは話が別だった。
 フローラの悪癖を見て育ったマリアからしてみれば、フローラは尊敬はしているけど最も見習いたくない人物の一人と言える。何気に周囲の評価もフレンドリーというか、可哀想なレベルだしな。

「マリア様。一緒に来られなくて残念でしたね」
「王族の責務なのじゃから仕方あるまい。まあ、我はマリアが居なくて清々しておるがな!」

 アンジェラにそう答えて笑ってはいるが、実際のところは喧嘩相手が居なくて寂しそうなラシャラだった。
 ただまあ、今回はラシャラの言うように遊びに行くのではなく正式な公務だ。王族ともなれば色々としがらみがあるらしく、マリア達とは別行動となった。
 以前から何度も口にしている貴族の見栄や仕来りという奴だ。外交的な問題も関わってはいるが、その根幹にある部分はやはりそこに尽きる。
 ただ式典に参加して、はいそれで終わり、と行かないのが貴族の面倒臭いところだった。

 ちなみにマリアの護衛機師であるユキネも当然あちらについて行った。マリアの従者として登録されているシンシアとグレースも同様だ。
 ミツキは彼女達の保護者兼、念のための護衛役といった理由で一緒に付いていった。
 まあ、その方が確かに安心できるのは確かだ。ユキネ一人にお守りをさせるのも可哀想だしな。

 そんなこんなで今カリバーンに搭乗しているのはラシャラとアンジェラの二人。
 マリエルとコノヱ、それにワウの三人に、ちょっと逞しくなって帰ってきたユライト。昨日は一日目が死んでたけど……。
 後はメイド隊の侍従達が戦闘要員兼世話係として同乗している。
 マリエル曰く――

「当然です。太老様のメイドたるもの、そのくらい出来なくてどうしますか」

 さすがはメイドさん。赤ん坊の世話から戦闘までこなすなんて、とても万能だ。

 ――水穂はどうしたかって?

 ハヴォニワでまだやる事が残っているらしくて、向こうに残って本部の指揮を執って侍従達と何かをやっている。
 聖地の事はランに任せてあるとかで、当分の間はこっちと合流する予定は無いらしい。
 ユライトの鍛錬もユキネとコノヱに任せてあるから大丈夫、と言ってたしな。ユライトにはご愁傷様としか言えないけど。
 他にも『夏休みを楽しみにしててね』とかなんとか言ってたけど、楽しみにするどころか逆に不安を覚えたのは言うまでも無かった。

 戴冠式の後は即、聖地入りだ。それから二年聖地学院に通う事になるのだが、領地や商会を余り留守にも出来ない。
 夏と冬の長期休暇には、どちらにしても一度ハヴォニワに帰らないとダメなんだが――

(アレ絶対に何か企んでいる顔だったよな)

 普段の水穂は凄く頼りになるんだが、あの手の表情を浮かべている時の水穂は、俺にとって不安の象徴でしかなかった。
 そう、まるで鬼姫を相手にしているような――
 本人の前では絶対に言えないけどな。落ち込むし、後で何をされるか分かったモノじゃないし。
 俺は学習する男だ。地雷を踏むような真似は絶対にしない。不可抗力を除いて……。

「それに太老との船旅も悪く無いぞ。マリアとフローラ伯母がおらぬと思うと最高じゃ」
「ラシャラ様、そのような事を仰るのは感心しません。その所為で皆様にどれだけの迷惑をお掛けする事になったか、理解されていますか?」
「うっ……。それは悪かったと思うておる」
「全然反省の色が見えません。この事はマーヤ様にご報告させて頂きます」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ! アンジェラ!」
「待ちませんし、聞く耳を持ちません。それに黙っていたら、私までお叱りを受けますから」
「こ、この不忠者が! お、覚えておれ!」

 口でアンジェラに勝てない事を悟ったのか、三下っぽい捨て台詞を残してラシャラは走り去ってしまった。
 余程、マーヤが怖いらしい。良い人だと思うんだけどな。まあ、確かに怒らせたら怖そうな人ではあるけど。

「申し訳ありません、太老様」
「これも仕事の内だしね。気にしないで」

 アンジェラに謝られるような事は何一つ無い。今回のこれは仕事の一環だ。
 家出娘の護衛と案内。不法入国同然でハヴォニワにやってきたラシャラをシトレイユ皇国に無事に送り届けるというのが、俺が受けた今回の任務だった。
 これは商会の代表というよりは、ハヴォニワに仕える一貴族としての役割、言ってみれば公務の内だ。
 それに護衛はコノヱ達の仕事だし、その点で言えば俺は気楽なモノだ。責任者は俺だが、俺も言ってみればコノヱ達に護られる立場にあるので特にやる事が無い。
 一国の皇女の護衛という事で、俺の聖機人の他にコノヱの聖機人、それにワウの聖機人と合計三体の聖機人を乗せ、武装したタチコマを二十機も搭載しているのだ。生半可な相手では例え襲撃にあったとしても返り討ちが関の山だ。余程の事が無い限り、俺の出番などあるはずもない。
 コノヱとタチコマだけで十分すぎる過剰戦力だ。俺が賊の立場なら、こんな船を絶対に襲おうとは思わない。

「まあ、のんびり船旅を楽しんでてよ」

 その考えが甘いと思い知らされたのは、この翌日の事だった。

【Side out】





異世界の伝道師 第178話『船旅の裏側で』
作者 193






【Side:ダ・ルマー】

「あの正木卿に捕まった仲間は数知れません!」
「連中に目にモノ見せてやりましょう!」

 そうだそうだ、と気合いの入った山賊達の怒声が響く。
 ここは軍の旗艦クラスはあろうかという巨大なダルマ型艦船『ダイ・ダルマー(弐式)』の中。ダイ・ダルマーの丁度、額の位置にあるブリッジだ。
 そして、儂こそがこの船ダイ・ダルマーの持ち主にして山賊ギルドの総帥『ダ・ルマー』その人である。
 と言っても、今は早く総帥の椅子を誰かに譲って、どこか山奥で隠匿生活をしたい気持ちで一杯になっていた。
 それと言うのも全て――

(うぬぬ……おのれっ! これと言うのも全て、あの女が来てからおかしくなったのだ!)

 コルディネと言う名の一人の女山賊がギルドに接触してきた頃から、全ては狂い始めていた。
 あの女は言葉巧みにギルド内の山賊達をそそのかし、儂が抑えておったハヴォニワ王家や特に正木太老に対する連中の復讐心を煽った。
 その結果、ギルド内には『打倒ハヴォニワ』、『打倒正木太老』の声が強くなり、儂一人ではその声を抑えられなくなってきていた。 

(まずい、まずい……このままでは……)

 シトレイユ皇国でラシャラ姫の戴冠式が行われるという情報がもたらされ、その式典に正木太老が出席するという話が広まったのが今から三ヶ月ほど前の事。シトレイユ皇国で行われる戴冠式に出席するため、お忍びでハヴォニワを訪れていたラシャラ姫を護衛しながら、正木太老が所有している一隻の船でシトレイユへと向かっているという報告が上がってきたのが先程の事だ。
 血の気の多い者達が中心になって襲撃部隊を編成。出撃準備を済ませた者から順に出発したという話を聞かされて、儂は更に頭を抱える羽目になった。

(コイツ等は何もしらんのだ! あの、樹雷の恐ろしさを……)

 もはや、戦いは避けられないところにまで迫っていた。その先には組織の壊滅、滅亡の道しか残されていないと言うのに――
 正木太老は樹雷の人間だ。それは間違い無い。
 あの非常識なまでの実力は勿論の事、聖地で行われたという武術大会。その場の映像を見せられた時、儂は確信した。
 忘れるはずもない。見間違えるはずもない。儂を破滅へと追いやった、あの光鷹翼≠――

(アレに数で挑んでも無駄な犠牲をだすだけだ。そもそも次元が違いすぎる……)

 光鷹翼を使いこなせる樹雷の皇族が、この世界にきているという事実。皇家の船もこちらの世界にきているかも知れないという現実。
 聖機人などアレに比べれば玩具にも等しい存在だ。正面から戦って勝てるような相手ではない。数の理論や常識などが通用する甘い相手では無いのだ。アレは――
 だが、その事を誰も分かっていない。感情に身を任せ、怒りのままに最も敵に回してはならない相手に武器を向けようとしている。
 それがどれほど無謀な事かを、ここに居る者達は誰一人理解していなかった。

(このタイミングで正木太老の情報がもたらされるなど、余りに都合が良すぎる。裏で何者かが糸を引いているのは間違いない)

 あのコルディネという女の背後に黒幕とも言うべき、裏で糸を引いている人物が居るのは間違い無かった。
 大凡の見当は付く。正木太老に居てもらっては困る者達が首謀者と見て間違い無い。
 情報源がシトレイユという事からも、宰相派と呼ばれる貴族達の可能性が考慮できる。ババルン卿も無関係とは言えないはずだ。
 このタイミングで情報をリークしたという事は、正木太老に式典に参加されては困る理由が彼等にはあると言う事だ。
 儂等を利用して、山賊の仕業に見せかけて正木太老を暗殺するつもりなのだと察した。いや、あわよくばラシャラ姫の命も、と企んでいるのやもしれん。

「総帥。如何致しましょう?」
「フンッ、あの女の甘言にそそのかされた馬鹿な連中は捨てておけ」
「しかし、それでは……」
「全滅するよりはマシだ。ダイ・ダルマーはここに待機。情報収集だけに行動を留めよ」
「了解しました」

 最悪の場合、再び樹雷との戦争になるやもしれぬ。それを考えると頭の痛い話だった。
 しかし儂は組織の長。組織を存続させるためにも、非情と言われようが最善の行動を選択しなければならない。
 一度痛い目に遭わなければ何一つ理解できないような連中だ。精々、情報収集くらいには役立ってもらわねば。

(あの女め。儂を策に嵌めたつもりかもしれぬが、このままで絶対に済まさぬ)

【Side out】





【Side:コルディネ】

「馬鹿な連中だね。自分達が踊らされているとも知らずに」

 山賊ギルドの総帥といえば纏まりの無かった山賊達を纏め上げ、国家に一目を置かれるほどの巨大組織へと成長させた傑物だ。易々と利用できるような甘い相手では無い。
 だけど、下の連中は違う。基本、連中の思考回路なんて単純なモノだ。
 奪い、殺し、犯す。仲間の仇や復讐などと言っているが、そんなのは建て前に過ぎない。連中の頭の中にあるのはただ一つ――欲にまみれた薄汚い欲望だけだ。

 ハヴォニワほど今勢いのある国、潤っている国は他に無い。
 商会の生み出す莫大な利益はハヴォニワという国を、大国からシトレイユをも上回る超大国へと押し上げようとしている。山賊達にとっては、それら全てが宝の山に見えているに違いない。
 正木太老が行った改革の所為でハヴォニワ国内で仕事がし難くなってしまったが、正木太老という柱を失えば、再び自分達の時代が来ると夢を見ている連中も少なく無かった。

「ほんと、馬鹿な連中だよ」

 山賊など、どいつもこいつも同じ穴の狢だ。どれだけ名の売れた山賊や、大きな山賊団の頭であろうとそれは変わりが無い。
 目先の欲に目が眩んで彼我の戦力差に気付きもしないなど、三流も良いところだ。
 だが増長した巨大な組織であればあるほど、そうした馬鹿を自然と多く抱える羽目になる。それがギルドの最大の弱点とも言えた。

「そんな事、絶対にありえないのにね」

 そもそも、あんな連中にあの男――正木太老が殺せるとは私も考えていなかった。
 あの男の実力は本物だ。確かに私はあの男を憎んでいるが、その実力は他の誰よりも高く評価していた。
 そこらの山賊や浪人程度でどうにかなる相手で無い事は、私が一番よく理解している。

「これで、あの野郎もお終いですね!」
「はあ? だから、アンタはずっと下っ端なんだよ。連中じゃ万に一つも勝ち目なんて無いさ」
「え? でも、お頭。山賊ギルドの白兵部隊に、浪人とはいえ聖機人が全部で十体もいるんですぜ?」
「それでもだよ。あの男に対抗するつもりなら、国中の戦力を掻き集めて来ないと無理だよ。いや、それでも全然足りないかもね」

 正木太老に勝ち目なんてあるはずが、という部下の話を私は鼻で笑った。
 確かにかなりの大戦力ではあるが、その程度の戦力でなんとかなるような相手なら私もこんな手間を掛けたりはしない。
 暗殺は無理。諜報活動も上手く行かない。更には真っ向から勝負を挑んでも、白兵戦・聖機人戦、何れに置いても勝負にすらならない。
 そんな史上最強のバケモノを相手にしようというのだ。一つの国や組織がどれだけ頑張ったところで、あの男に敵うはずがない。

「――って、事は連中犬死にですかい? なんで、そんな事を……」
「頭の悪い奴だね。山賊ギルドを交渉のテーブルにつかせるためさ」

 これで山賊ギルドは、確実にハヴォニワに目を付けられる事になる。
 国の重鎮である正木太老を襲撃されて黙っているようなハヴォニワの女王ではない。ましてや、周辺諸国に味方を増やしつつある正木商会を敵に回しては、更に活動がし難くなるのは必至だった。
 後戻りが出来ない状況にまで連中を追い込んで、その上で交渉のテーブルにつかせる。
 そうしなければあの山賊ギルドの総帥は、どんな交渉を持ち掛けたとしても絶対に首を縦に振らないだろうと私は考えていた。

「組織を危険に冒してまで、強大な敵に抗おうなんて馬鹿はいないからね。山賊ギルドの総帥も、正木太老の危険性がよく分かっているって証拠だよ」

 さすがは、組織の長と言ったところだ。下の連中は馬鹿揃いだが、総帥と呼ばれるだけあってトップは中々に頭が回るようだった。
 だけどそうでなければ仲間に引き込む価値は無い。山賊ギルドを支配下に置ければ、正木太老に一泡吹かせられる可能性はグッと高まる。

 連中の一番の武器は情報とあの組織力だ。
 山賊ギルドを味方につける事が出来れば、同時に世界中の正木太老に反感を持つ数多くの貴族・商人達を味方に付ける事が出来る。
 山賊稼業の傍ら麻薬に武器の密売、人身売買など、非合法な裏の商売を牛耳っている彼等は文字通り貴族社会の裏の全てを知り尽くしている。
 何事にも表があれば裏もある。山賊ギルドという巨大な組織を貴族の連中が見逃しているのも、そうせざるを得ない事情があるからだ。
 誰でも自分の痛いところを探られたくない。ようは、そういう事だ。
 ハヴォニワに関しては、あの大粛正の所為でそれが殆ど通用しなくなってしまったが、それでも山賊ギルドが強い勢力を誇っているのは確かだ。

「ランと仲間の恨み、必ず晴らさせてもらうよ――正木太老!」

 全ては復讐を果たすため、娘と仲間の仇を討つために、私は悪魔にすら魂を売る覚悟を決めた。
 それが私、コルディネの戦う理由だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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