敵ISのビームをかわしながら、周囲を旋回し徐々に距離を詰める。
 空高く飛び上がる敵。腕の砲口が地表へと向けられ、無数の拡散ビームを放つ。

「――くっ!」

 普通のISよりも一回りも二回りも大きな図体の割に動きが素早い。あの腕と一体化したビーム兵器の威力もあって、かなり厄介な相手だ。
 シールドエネルギーを削られるわけにもいかず、確実に回避して近付くしかない。これは思った以上に骨が折れる仕事だった。
 だが、やるしかない。機会は一度だけ。大見得を切ったんだ。そのくらいは決めてやる。

「――オオオッ!」

 空から降り注ぐビームの雨を、ジグザグに動きながら高速機動で回避する。かすったらそこで終わりだ。
 残りのシールドエネルギーから考えると、一撃をもらった時点で零落白夜を使えなくなる。
 精神を研ぎ澄ます。目の前の敵だけに意識を集中させる。
 ――抜けた。
 ビームの雨を抜け、そこに待っていたのは、俺へと照準をあわせたビームの砲口。

「俺は――」

 地表を抉り、石を溶かし、土を焦がすほどの威力を持ったビーム砲が、俺へと向けて放たれる。
 刹那、先程まで俺が居た空間を白い光が通り過ぎた。だが、そこに俺の姿はない。
 ビームをギリギリのところでかわし、スラスター翼より解き放たれた光が白式を押し上げる。

 ――千冬姉を、箒を、鈴を、

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)――急激に体を襲うGの衝撃。ISの保護機能があっても伝わって来る圧力。
 雪片弐型を展開。零落白夜を起動。眩い光をまとった刀が、俺の右手に現れる。
 最後の急加速を行い、俺は敵の眼前へと迫った。

「関わる人すべてを守る!」

 零落白夜の最大出力。本来であれば、操縦者をも傷つけかねない危険な力。だが、相手が無人機なら遠慮なくすべての力をたたき込める。
 残りのシールドエネルギー全てを、雪片弐型に籠めて放つ渾身の一撃。
 左右に展開された雪片の間から伸びた光の刃が、シールドを切り裂き、敵の胴体を肩から腰に掛けて袈裟斬りにした。
 消滅するシールド。よろめく敵IS。
 俺の役目は敵の注意を惹きつけ、シールド≠無効化するところまで。

「今だ――鈴!」
「言われなくてもっ!」

 俺の動きに呼応して敵の死角から回り込んだ鈴が、シールドを失い固まる敵に――全力の衝撃砲をたたき込んだ。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第8話『約束と責任』
作者 193






「はあはあ……やったわね」
「なんとかな。かなりギリギリだったけど」

 実際かなりギリギリだった。
 白式のシールドエネルギーは底を尽き、鈴の方はまだシールドエネルギーが残っているものの本人は疲労困憊と言った様子だ。
 あれだけの戦闘をして、かなりの精神力を磨り減らしたんだ。そうなるのも無理はない。
 俺も、あの命懸けの訓練を受けていなかったら、とっくに大の字になって倒れているところだ。

「あとは遮蔽シールドの解除を待つだけね……」
「ああ、それなら――」

 俺が口を開こうとした、その時だった。

 ――敵ISの再起動を確認! ロックされています!

 ISの緊急アラートが視界に現れ、警告を知らせてくる。俺と鈴は目を開き、振り返る。
 鈴の衝撃砲で吹き飛ばされ、土に埋もれているはずの敵ISへと視線を向けた。
 そこには土から半身だけ姿をだし、突き出した腕の砲口をこちらへと向けている敵の姿があった。

「鈴! そこにいろ!」
「ちょっ、一夏! アンタ何を!?」

 間に合わない。そう判断した俺は鈴を庇うように前へと飛び出す。
 シールドエネルギーは0。零落白夜も起動できない今、あのビームを食らえば、俺はただでは済まない。だが、鈴を守ると俺は約束した。
 大切な人を、仲間を守ると誓ったんだ!

「一夏――ッ!」

 鈴の悲鳴が背中を貫く。
 視界に広がっていく白い光。だが……その光が、俺を呑み込むことはなかった。
 ――ドンッ!
 寸前のところで、敵ISの左腕を切り落とす鋭い斬撃。宙に舞った腕が空中で爆散する。

 ――鋼のサムライが、そこにいた。

「箒……?」

 学園の保有する訓練機。純国産の第二世代型IS『打鉄(うちがね)』。
 安定した性能を誇るガード型の機体で初心者にも扱いやすく、国内外問わず広く普及しているISだ。
 だが、それに箒が乗って、どうしてここに現れたのかがわからない。

「お前、それどうして……」
「借りた」
「勝手に持ってきたの間違いじゃ……」

 後から、鈴がツッコミを入れる。
 今日はクラス対抗戦の当日。クラス代表が集い優勝をかけて争う大会ではあるが、出場選手全員が専用機持ちと言う訳ではない。
 そのため、当然ここ第二アリーナには、出場選手のためのISが用意されていた。
 鈴のツッコミはそういうことだ。そのうちの一機を黙って拝借してきたのだと察しがついた。
 緊急事態とはいえ、後で千冬姉……絶対に怒るだろうな。まあ、箒も覚悟の上で助けにきてくれたんだろうが。

「箒、気を付けろ! そいつ、まだ!」
「むっ……」

 ブレードを構える箒。ISの操縦技術は代表候補生に比べれば今一つだが、さすがに剣を握るその姿は様になっている。
 家が剣術道場。全国中学校剣道大会優勝は伊達ではない。だが、それでも目の前のISが相手では形勢が不利だ。
 片手を失い、シールドを張れないほどの大きなダメージがあるはずなのに、まだ目の前の敵は動いていた。
 土砂を巻き上げ、空に飛び上がる敵IS。その後を追って箒も飛翔する。

「なっ! こいつ、まだこんな力が――ぐあっ!」

 ガンッ! 振り下ろされた右腕を、ISのブレードで受け止める箒。
 だが、パワーで押し負け、そのまま地表へと弾き飛ばされる。

「なんなのよ! アイツ!」

 鈴は空にいる敵を見上げ、焦りを隠そうともせず悪態を吐く。無理もない。とっくにあの機体は活動限界に達しているはずだ。
 だが、機能を停止するどころか、その動きは衰える気配すらない。ダメージを負い、弱っていてあれだ。
 一方こちらはガス欠のISが一機に、ガス欠寸前のISが一機。しかも操縦者からは疲労の色がみえる状態。
 箒は善戦している様子だが、幾ら相手が弱っているとは言っても、あの敵が相手では厳しい状況だ。

「くっ! 待ってろ、箒」
「一夏、アンタ何をする気よ!?」
「俺も戦う! 箒一人を戦わせるわけにはいかないだろう!?」
「バカ! アンタのISはもうシールドエネルギーが残ってないんでしょ!? そんな状態で攻撃を食らったら、下手すれば死ぬわよ!?」
「そんなことはわかってる! だが、このまま黙って見ていられるか!」
「ああ、もう! だったら、あたしが行くわよ!」

 俺と鈴の激しい口論がアリーナに響く。
 そんななか、ISのプライベート・チャネルを通して、聞き慣れた声が耳に入ってきた。

『心配して助けにきてあげたら、一夏さんとイチャイチャしてるなんて……鈴さん、いい度胸してますわね』
「なっ!? べ、べつにあたしは一夏とイチャイチャなんて!?」
「その声、セシリアか!?」

 アリーナの空。箒と敵ISの間に割って入る見慣れた四機のビット。
 イギリスが開発中の通称『BT兵器』とも呼ばれるビット型兵器。
 空を舞うそれぞれのビットにビーム砲が搭載された、操縦者の意思で自在に動く自立機動兵器だ。

「そう、セシリア・オルコットですわ!」

 大きく発せられた一言が、アリーナの空に響き渡る。
 機体と同じ名前を持つ兵器『ブルー・ティアーズ』のビームが、敵ISの身体を四方から貫いた。


   ◆


「三十点」

 厳しい評価だった。  
 戦闘が終わり、千冬姉から簡単な事情聴取を受けた俺を更衣室で待っていたのは、合法幼女こと平田桜花。
 試合の様子や、あの正体不明のISとの戦闘を、ピットからリアルタイムで鑑賞していたらしい。
 こっちが大変なところを高みの見物というのは少し気に食わなかったが、この人がでてくる方が色々と問題なので、俺はグッと言葉を呑み込み我慢した。

「もうちょっと頑張ってくれると思ったのに、お陰で大損……いや、失望させられたわ」
「いや、試合の後でシールドエネルギーも残り少なかったし、あの状態じゃあれが精一杯というか……」
「それが言い訳になるとでも?」

 ギロッと、俺を睨む合法幼女。というか、さっき大損とか言わなかったか?
 しかしツッコミを入れると地雷を踏みそうなので訊けない。まあ、確かに言い訳にもならないよな。
 セシリアとの戦いを含めても、今回のがISでの二回目の実戦だ。それを考慮に入れても、守ると言っておきながら情けない有様だった。

「試合で手痛い一撃をもらったのは油断が原因。試合の直前に衝撃砲を見てたはずなのに、攻めるのに夢中になって忘れてたでしょ?」

 くっ、否定が出来ない。
 まさかあそこまで鈴が粘ると思ってなかったので、早く勝負を決めようと焦っていた。
 今になっていうが、最初に衝撃砲を見てなかったら、あの容赦の無い追撃を回避出来たかわからない。
 全力で行くと心に決めておきながら、瞬時加速を温存していた時点で、俺の中に『鈴には負けない』という慢心があったのは確かだ。

「倒した後の確認も怠ったよね? その後も、鈴お姉ちゃんとイチャイチャしてただけだったし」
「ぐっ……。アレは別にイチャイチャなんて……」
「証拠映像あるよ。さっき見せたら、鈴お姉ちゃん床を転がって身悶えてたけど」

 彼女がピッとリモコンを操作すると、空中投影のディスプレイが現れる。
 さっきの戦闘での鈴とのやり取りを編集した映像が、そこには流れていた。
 確かにこれは恥ずかしい。やっぱり鬼だな。アンタ。

「まあ、いい映像が撮れたからいいけど」

 いいのかよ!? と心の中で俺は激しくツッコミを入れた。
 というか、あの記録映像持って帰るつもりなのか……。これは鈴でなくても、やめて欲しいと思う。

「冷静に遮蔽シールドを敵と一緒に破壊したところは褒めてあげる。そのお陰で、お姉ちゃん達も助けに入れたんだしね」

 鈴の攻撃でも倒せなかった時のことを考えて、遮蔽シールドを一緒に破壊した。
 回避しながら敵を壁際に誘導するのには苦労したが、まあそれが功を成したわけだ。
 逃走ルートの確保は戦闘の基本だしな。それを怠って何回、目の前の幼女に殺され掛けたかわからない。

「でも、それをプラスしてもギリギリ赤点回避ってところね。次も同じようなことがあったら、夏休みは再訓練だから……そのつもりでね」

 天使の微笑み。中身を知らない人がみれば、きっとそう言うはずだ。
 しかし俺にはその笑顔が、悪魔の笑み≠ノ見えて仕方が無かった。


   ◆


「やはり無人機ですね。登録されていないコアでした」

 学園の地下五十メートル。薄暗い部屋。研究室とも開発室とも呼べる機械が並ぶ広い一室。その場所に、一夏達を襲った例のISが運び込まれていた。
 軽快なタイピングでキーボードを叩き、真耶は収容されたISの解析結果を読み上げる。
 真耶の後には織斑千冬ともうひとり、スーツ姿の若い男性が立っていた。

「やはり……か。確認をしてもらいたい。これは例のアレ≠ェ関係しているのか?」

 真耶の横に立ち、ディスプレイの内容を確認する男。その指は先程の真耶よりも更に早い速度で、キーボードを操作していく。
 幾つものウインドウが画面に現れ、大量の文字と数字で画面は埋め尽くされる。
 目で追いきれないほどの速さで画面上を流れていく解析情報。男はそれを自身の知識と比較し、検証していく。
 これには真耶も驚かされる。彼女には目の前で何が起こっているのか、理解すら出来なかった。

「一部うちの会社の技術が使われてるのは確かだけど、オリジナルとは関係ない。でも、工房≠ゥら流出した技術が利用された可能性は高いかな?」

 工房、オリジナル、真耶には理解できない単語が幾つも千冬と男の間で飛び交う。
 理解が追いつかず、話しについて行けず、訝しげな表情を浮かべる真耶。
 そもそもここは、レベル4以上の権限を持つ学園関係者以外入れない機密度の高い場所だ。
 千冬が連れてきた目の前の男性。彼が何者なのか? 真耶には不思議でならなかった。

「あの……織斑先生? そちらの方は?」
「ああ、紹介が遅れてすまない。彼は――」
「正木太老です、よろしく。確か、山田先生ですよね? 一夏の副担任の」
「え? 一夏くんを知って? 正木? それって、正木グループと同じ……」
「ああ、それ。うちの会社です」
「え……ええっ!?」

 本日二度目。桜花の時もそうだったが、まさかこんな場所にあの正木グループの総帥が居る事に真耶は驚いた。
 それも篠ノ之束に匹敵する天才と呼ばれている科学者が、こんなにも年若い青年だとは思ってもいなかったので二重の意味で驚く。
 公の場に滅多に顔をださないために、太老の顔は余り一般人に知られていない。真耶が驚くのも無理のない話だった。

「でも、俺が学園にきてるってよくわかったね」
「桜花に聞いた。それよりも、要らぬ入れ知恵をしてくれたらしいな?」
「……へ?」
「誰が『ママ』だ。私はそんなにからかい甲斐のあるブラコンか」
「は? そこまでは言ってないし!? 確かにちょっと一夏に甘いな、とかブラコン気味だな、とは思うけど」
「ほう……」
「あっ……」

 場に冷たい沈黙が訪れる。たらりと額から汗を流す太老。

「山田先生。あとのことは任せて構わないか?」
「えっと、はい」
「久し振りにあったんだ。何、酒でも交わしながら、少し話でもしようじゃないか」
「ちょっ、やめて! 助けてくれええっ!」

 襟首を掴まれてズルズルと千冬に引き摺られていく太老を見て、真耶は呆気に取られポカンとした表情を浮かべる。
 とても、世界に名を連ねる大企業のトップとは思えない……情けない姿だった。


   ◆


「酷い目に遭ったわ……。ううっ、明日からどんな顔して学園に行けばいいのよ」

 桜花に見せられた映像がリアルタイムで中継されていたと知った鈴は、二時間もの間、更衣室で身悶えていた。
 学園に明日から、どんな顔をしていけばいいのか?
 ルームメイトとも顔を合わせ辛く、人気の少ない夕方の学園をウロウロとしていた。

「しばらく、ここに避難しとくか……」

 と言って、ガラリと教室の扉を開く鈴。
 夕日でオレンジ色に染まった教室。そこに人影があった。

「え? 一夏! ど、どうして!?」
「どうしてって、ここ俺のクラスだけど?」

 ハッと目を見開き、教室の外に掛けられたクラス票を確認する鈴。
 確かにそこには『一組』の文字が……。
 ぼーっとしていて一つ隣の教室に入ってしまったのだと、鈴はようやく気付いた。

「うう……」
「なんだ? 教室を間違えたのか?」
「ち、違うわよ!」

 今更、間違えましたなんて言えない。
 だからと言って上手い言い訳も思い浮かばず、鈴はさっさと話題をすり替えることにした。

「そういう、一夏は何してんのよ?」
「今日の戦闘の分析……レポートにまとめてる」
「真面目ね。でも、アンタが率先してそんなことをするなんて、ちょっと意外かも」
「再訓練は絶対に避けたいからな……」
「再訓練?」

 訝しげな表情を浮かべ首を傾げる鈴だったが、真面目に戦闘の分析に取り組む一夏をみて、邪魔をしないようにと静かに隣の席に腰掛けた。
 一夏と二人きり。約束をしたあの日も、こんな夕方の教室だったな、と鈴は昔の事を思い出す。

「一夏。分析なら、あたしも手伝ってあげようか? その……一緒にやった方が効率がいいと思うし……」
「おっ、そうか? 悪いな。助かるよ」
「う、うん」

 椅子を移動して、一夏の横に並ぶように腰掛ける鈴。それだけで、ちょっと得をした気分になれた。
 空中投影ディスプレイに映し出された戦闘映像を見ながら、良い点、悪い点。それに再検証と対策を考え、意見を交わしながら時間は過ぎていく。
 大体レポートもカタチをなし、一段落ついてきた頃、一夏が突然思い出したかのように口を開いた。

「そう言えば、あの約束をしたのって、こんな夕方の教室だったよな」
「あ、うん。そこまで、ちゃんと覚えてたんだ」
「ああ、そうだ。正確には、『料理が上達したら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?』だっけ? それで上達したのか?」
「うっ……あう……」
「そういえば、試合の前にも責任がどうのとか言ってたよな。アレってどういう――」

 一夏の質問攻めに、顔を真っ赤にしてあたふたと慌てふためく鈴。
 ここで「責任を取って!」と可愛く言えれば早いかもしれないが、恥ずかしさとプライドが邪魔をして何も言えない鈴だった。

「あ、あれよ! す、酢豚! そう、あたしの酢豚を食べるって約束を、ちゃんと守りなさいってことよ!」
「うん? まあ、そのくらい全然構わないんだが、責任ってそのことなのか?」
「そ、それ以外に何があるっていうのよ!」
「俺はてっきり『乙女の生肌に触れたんだから〜』とか、『味噌汁がどうの〜』って話なのかと思ったんだが、やっぱり考えすぎだったか」
「…………」
「鈴?」

 もう、コイツを殺して私も死にたい。鈴は心の底から、そう思った。

「でも、鈴の酢豚も楽しみだけど、親父さんの料理もまた食いたいぜ」
「あ……ごめん。お店はしないんだ」
「え? なんで?」
「あたしの両親、離婚しちゃったから……」

 鈴がIS操縦者を目指した理由のひとつは一夏にあったが、もうひとつの理由は家族にあった。

 両親の離婚に伴い、今は社会的立場や待遇も女性の方が何かといいため、鈴は母親に引き取られることになった。
 中国に帰国することになったのも、そのためだ。
 でも中国には仲の良かった友達や一夏がいない。一人で居ると日本での生活を思いだし、みんな一緒だった頃の家族のことを考えてしまう。
 そんな不安と寂しさを紛らわせたくて、鈴はISの訓練と勉強に打ち込んだ。
 その結果、適性と能力を認められ代表候補生にまでなることが出来たが、鈴の心が癒されること、寂しさが消えることはなかった。

「父さんとは一年会ってないの。元気だとは思うけど……」

 ――鈴は考える。
 こんなことを話したところで一夏を困らせるだけだ。同情を引きたいわけではない。だから今まで何も言えなかった。
 でも、この一年。一夏のことを考えない日は一日としてなかった。
 一夏に会いたい。会いたいという気持ちは薄れるどころか、思いは募るばかりだった。
 だからかもしれない。一夏にだけは隠し事をしたくない。知っておいて欲しかったのだと、鈴は思う。

「家族って難しいよね」

 一夏は、今の鈴にかける言葉が思いつかなかった。
 一夏には両親がいない。顔すら知らず、物心がついた頃からずっと家族は千冬ひとりだった。
 だから鈴の悲しみはわかっても、鈴の話す家族と言うものが一夏には上手く理解できない。ただ、そんな一夏にも一つだけはっきりしていることがあった。
 鈴が泣いている。大切な幼馴染みが助けを求めている。鈴の問題を解決してやることは出来ない。でも話を聞き、喜びや悲しみを分かち合ってやることは出来る。

「……一夏?」

 一夏は自然と、鈴の小さな身体を自分の胸に抱き寄せていた。
 突然のことに鈴は驚く。鈍感な一夏。空気の読めない一夏。お人好しの一夏。
 でも今、鈴の目の前にいるのは、鈴が感じている温もりは、彼女が好きになった強くて優しい一夏だった。

「なあ、鈴。今度どこか一緒に出掛けないか?」
「え? それってまさか……」

 一夏とのデート。
 それは鈴にとって思い掛けず舞い降りた幸運。先程まで沈んでいた心に、パアッと花が開く。
 だが、そんな鈴の幸福な時間を遮ったのは、聞き慣れたふたりの少女の声だった。

「全く散々ですわ。何故わたくしまで一緒に怒られなくていけませんの? 打鉄を勝手に持ち出したのは篠ノ之さんですのに……。まあ、確かにわたくしも勝手に出撃しましたが、あれは緊急で仕方が無く」
「だから、先程から悪かったと謝っている。お前はもう帰っていいぞ」
「そうはいきませんわ。篠ノ之さん一人に罰掃除を押しつけたと知れれば、織斑先生からどんな罰が下るかわかりませんもの!」

 ガラッと扉が開き、教室に入ってきたのはセシリアと箒の二人だった。
 鈴、一夏。それにセシリア、箒は同時に顔を見合わせ、ピタリと固まる。
 人気のない教室に二人きり。しかも抱き合っている男女。ほんのりと鈴の目には涙が浮かんでいた。

「な、ななななっ! 何をしてるんですの!」
「い、一夏、貴様っ!」

 一夏は思う。なんで、いつも最後はこんなオチなのだろうか、と。
 オレンジ色に染まった夕方の校舎に、破壊音と男の悲鳴が響き渡った。





 ……TO BE CONTINUED



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