――私は負けたのか?

 ラウラは自分の身体を袈裟斬りにした零落白夜の光を思い出す。
 意識が飛んだのは、ほんの数秒のことだった。
 シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーの残量を指す値はゼロを示し、あの一撃で一夏に敗れたことをラウラは理解する。
 だが、思いのほか嫌な気はしなかった。
 あれほど憎み嫌っていた相手だというのに、どうしてか悔しいという気持ちすら湧いてこない。

「大丈夫か? ラウラ」

 目を開けたそこには、ずっと忌み嫌っていた男の顔があった。
 アリーナの空。ISを纏ったまま落下するラウラを、一夏はその腕に抱きかかえ助けた。
 お姫様抱っこの格好で抱えられ、吐息が触れるほどに近い距離に一夏が居るというのに、ラウラは抵抗するどころか、嫌な顔一つせず一夏の眼をジッと見詰めていた。
 その眼には僅かな戸惑いと、好奇の色が浮かんでいた。

「負けたのだな。私は」
「ああ、俺の勝ちだ」

 一夏の言葉がスッとラウラの胸に染み渡る。その言葉を受け入れることで、ラウラはようやく負けを受け入れられた気がした。
 本当はわかっていた。こんなことは意味の無いことだと。ただ自分は、織斑一夏に嫉妬していただけなのだと。
 そして同時に知りたかった。あの人をあんな風に笑わせることが出来る男が、どんな男なのかを。
 それがラウラが一夏に拘った理由。そして――

「お前の戦う理由、強さとはなんなのだ?」
「お前と一緒だよ。ラウラ」
「私と……?」
「お前が憧れた強さと同じだ。俺はこの力で大切な人を、家族を、仲間を守りたい」

 ――ラウラ、お前は何がしたいんだ?

 それはラウラに向けられた問い掛けだった。
 強さとはなんなのか? その強さを手に入れて自分は何をしたいのか?
 強さに拘る余り、その力で何をするのか、したいのかをラウラは考えてこなかった。
 がむしゃらに憧れたあの人の背中を追い掛けて、いつしかその目的は強さを得ることだけに執着していった。
 だが、本当にそれが正しかったのか、ラウラは考える。
 守ると言った一夏の力は――嘗て、ラウラを救ったあの人≠ニ同じだった。
 そして、その力の前にラウラは敗れ、こうして助けられた。

「私は……あの人のようになりたい。誰かを守れる強さを手に入れたい」

 それがラウラの答え。悩み続け、ようやく辿り着いた強さの回答。

「なら、お前も守ってやるよ。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 そして、それが織斑一夏の強さ。ラウラの答えに対する彼の回答だった。
 嘗て、織斑千冬が言った言葉をラウラは思い出していた。

『一つ忠告しておくぞ。あいつに会うことがあれば心は強く持て。あれは未熟者のくせにどうしてか、妙に女を刺激するのだ。油断していると惚れてしまうぞ?』

 珍しく教官が冗談をいうものだと軽く流した言葉。でも、今ならその言葉の意味がわかる。
 ラウラは確かに今、胸の高鳴りを感じていた。
 激しく心臓が脈打ち、熱を帯びたように肌が赤みを増し、体温が上昇する。
 そう、彼女は生まれてはじめて――恋をしていた。

「さてと、試合も終わったことだしピットに戻るか。ひとりで大丈夫か? ラウラ」
「ああ、問題ない……あり――」

 その言葉は最後まで紡がれることなく、大勢の観客が見守るアリーナの空に溶けて消える。
 一夏から離れた瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンの黒い装甲が欠片となり空を舞う。
 ラウラの身体を吹き飛ばしたのは――

 シャルルの放った一発の砲弾だった。





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第22話『シャルロット』
作者 193






 ――シャルル・デュノア。それが彼女≠ノ与えられた、もうひとつの名前。
 彼は男でなく女。シャルロット・デュノア、それが彼女に与えられた本当の名前だった。
 本妻の子ではなく妾の子としてこの世に生を受けた彼女は、父親と離れ、母親とふたりだけで暮らすことを余儀なくされた。
 それでもシャルロットにとって母と二人の生活は、それなりに幸せな日々だったことは間違い無い。

 だが、そんな幸せも長くは続かなかった。

 女手一つで育ててくれた母親が他界し、肉親を失ったシャルロットの元にやってきたのは、父親の部下を名乗る黒服達。
 彼等に連れられて向かった先は、デュノア社のIS研究所。そこでシャルロットは高いIS適性が認められ、非公式にデュノア社のテストパイロットをさせられることになった。
 その後、第三世代機の開発の遅れによりイグニッション・プランの候補から落ち、政府からの予算削減によって経営危機にあったデュノア社の広告塔として、彼女が利用されることになる。
 徹底的な教育と管理の下、シャルロットの名を捨て男≠ニして生きる道を強要され、

 ――彼、『シャルル・デュノア』の人生がはじまった。

 そんななか突如、急速に進み始めた第三世代機開発。
 ラファール・レーヌの登場によりデュノア社は一時的に息を吹き返すことに成功したが、以前として技術的に大きな欠陥を抱えた機体であることや、稼働データの不足により、その後もイグニッション・プランの候補に選ばれることはなかった。
 開発競争が激化するなかでデュノア社が次に取った行動は、彼女を世界で二番目の男のIS操縦者としてIS学園に送り込むことだった。

 目的の一つは、ラファール・レーヌの稼働データの収集。
 他国の第三世代機と比較することで、その実用性を他国に認知させることにあった。

 そして、もう一つの目的。こちらが本当の狙い。
 同じ男のIS操縦者として一夏に近付けさせることで彼自身と白式のデータを集めさせ、その上でチャンスがあれば『正木』からラファール・レーヌに使えそうな技術に関するデータを盗み出してくるようにとシャルロットは実の父に命令されていた。
 そのためにはまず一夏に接触し、信用を得なくてはならない。一夏に近付くことに成功すれば、堂々と彼を通して正木に接触することが出来る。
 それがデュノア社の狙いであり、シャルロットがIS学園にやってきた一番の目的だった。

 だが、シャルロットはずっと罪悪感に苛まれていた。
 友達を騙すという行為。自分を信じてくれている一夏を欺いているという事実。
 そんななかで一夏と生活を共にし、彼の優しさに触れていくうちにシャルロットの中に恋が芽生えはじめた。
 大切な人を、好きな人を欺くという行為。目的のために利用しているという罪悪感。それにいつしかシャルロットの心は耐えられなくなっていった。
 秘密を告白すると決めたのも、本当の気持ちに気付き、一夏に隠し事をする自分に耐えられなくなったからだ。
 それは初めて、彼女が自分の意思で決めた選択でもあった。

 だが、それがこんな結果を生み出した。
 ラファール・レーヌに隠された暴走プログラム起動の切っ掛け、キーワードとなったのは『シャルルの秘密』だ。
 秘密を誰かに打ち明けようと心に決めた時、それに反応してISが暴走するように仕掛けが施されていた。
 証拠隠滅と口封じを目的とした工作。最初から彼女はISと言う名の首輪を付けられ、この学園に送り込まれていた。

(一夏……ごめ……ん)

 走馬燈のように今での出来事が頭のなかを通り過ぎ、残された僅かな意識も消えていくなかで、シャルロットは最後の力を振り絞って大切な人の名前を呼ぶ。
 その謝罪の言葉は誰の耳にも届くことなく、こぼれ落ちる涙と共に闇の中へ消えていった。


   ◆


「大丈夫か!? ラウラ」
「ぐっ……この程度の傷、問題ない」

 強がってはいるが、ラウラの肩からは血が滲んでいた。
 シールドエネルギーがゼロのところに不意打ちの攻撃を食らったんだ。大丈夫なはずがない。
 機体は恐らく、さっきの一撃で操縦者生命危険域(デッドゾーン)に達しているはず。次に攻撃を食らえば命の危険すらある。
 砲弾の衝撃を殺しきれず操縦者が怪我を負ったことからも、それは明白だった。

「シャルル……どうして」

 だが、その質問に答えてくれる相手はいない。シャルルは答えられる状態になかった。
 嘗て、ラファール・レーヌだったものは、別の何かへと形態移行(シフト・チェンジ)していた。
 オレンジ色の外観は変わらないが、その形状はISとは程遠い。以前アリーナを襲ったISと同じ全身装甲(フルスキン)。いや、もっと人型に近い。シャルルの身体のラインはそのままに、すっぽりと別の何かで身体を覆ったような、そんな異形なカタチをしていた。

「なっ!」

 俺は目の前の光景に驚き、咄嗟にラウラを抱えてその場を離れる。
 シャルルの周囲に展開された大量の装備。その砲口が俺達へと向けられていたからだ。

「くっ、やばい!」

 一斉に放たれる大量の弾丸。
 何十と数える大量の武器から同時に発射された(たま)は、まるで雨のように降り注ぎ、俺達の逃げ場を封じていく。
 ただ展開しただけでなく、それらの武器をすべてあのISはコントロールしていた。

 ありえない光景。

 手に持っていない武器をすべて操り制御するなんて、そんなIS聞いた事がない。
 装備の同時展開。更には複数装備の多重運用。
 そんなこと普通は――

(まさか、シャルルの言ってた)

 ラファール・レーヌに搭載されている未完成な技術。書庫機能(アーカイバ・システム)の真の機能。

「なるほど……アレがフランスの第三世代機の力か」
「ラウラ。何か、知っているのか?」
「フランスの第三世代機は本来、思考の並列制御、情報処理能力に特化した機体を開発していたと聞く」
「まさか、それって……」
「今、目の前にあるのが真実ということだろう。まさか、これほど厄介なものだとはな……」

 圧倒的な情報処理能力に任せた並列制御による全装備同時展開(フルオープン)
 書庫機能(アーカイバ・システム)により『圧縮』された大量の武器は、状況に応じて使い分ける物では無く、圧倒的な物量と火力により敵を殲滅するために『解凍』して使われるものだった。
 対人ではなく対軍を想定して作られた戦略型軍用IS。それがデュノア社の開発していた機体の正体ということだ。
 だが、未完成ということは何か欠陥があるはずだ。

『一夏さん、聞こえますか?』
「え、その声――蘭か?」
『落ち着いて聞いてください。太老さんからの伝言です』

 蘭からのプライベート・チャネルを使った通信だった。
 太老さんからの伝言という言葉が、不安と期待を俺に抱かせる。

『タイムリミットは三分。あの機能は、それだけの時間しか持ちません。暴走させることで一時的に演算速度を高めているそうで、それを超えると――』

 三分って、もう殆ど時間が無い。
 暴走ってことは通常では処理速度が足りず、同時展開が出来なかったということか?
 だが、問題はそこではない。三分経過したらどうなるのか、そこが一番の問題だった。

『爆発します。操縦者と一緒に……跡形もなく』
「なっ!?」
『恐らくは証拠の隠滅が目的ではないかと……』
「そんなバカな話……デュノア社ってのはシャルルの親父さんが社長をしてるんだろう?」

 嫌な予感が的中した。
 でも、それ以上に証拠隠滅が目的という蘭の言葉が、俺の心を深く抉った。
 ラファール・レーヌを作ったデュノア社は、シャルルの親父さんの会社だ。まず、この機体の詳細を知らなかったとは思えない。
 だとすれば、そんな機能が搭載していることを知っていて、シャルルをこのISに載せていたってことになる。
 何故そんなことが出来る? 自分の子供に、そんな惨い真似がなんで出来る?

『今は目の前のことに集中してください。シャルルさんを助けられるのは、一夏さんしかいないんです』
「……わかった。どうすればいい?」
『大丈夫、一夏さんならきっと出来ます。方法は――』

 理由はわからない。どうしてこんなことになっているのか、何一つ。
 でも、一つだけはっきりとしていることは、俺はシャルルを助けたいと思っていることだ。
 シャルルにどんな秘密が、事情があるかなんて関係無い。シャルルは俺にとって大切な友達だ。仲間だ。

「待ってろ、シャルル」

 絶対に助けてやる。俺が絶対に――。


   ◆


「蘭ちゃん。席を外してくれるかな?」
「太老さん……」
「俺は大丈夫だから、一夏のところに行ってやってくれ」
「……はい。太老さんもお気を付けて」

 政府の高官や企業の重役用に用意されたVIP専用の観戦席。そこに太老は居た。
 黒いスーツを身に纏ったボディーガードに守られながら、この場を離れようとする男の前に太老は立ち塞がる。

「ミスター正木。そこをどいて頂けますか? それに、あなたも早く避難を」
「必要ありません。すぐにこの事態は収拾します。それよりもあなたは娘≠置いて、ひとりで逃げるつもりですか?」
「――っ! やはり知って……」

 男はデュノア社の社長にしてシャルルの父親。
 黒服達は警戒を強め、社長を守るように間に立ち、太老の前に立ち塞がった。

「ああ、無駄なことはしない方がいい。少し頭にきてるから手加減できそうにないし」
「それがキミの本性か……」
「アンタの本性はそっちかな? それとも……まだ別の一面を隠しているのか?」
「底が知れないな。キミは……どこまで知っているのか」
「うちには優秀な人材が一杯いるんでね。目≠ニ耳≠ヘいい方かな? 例えば愛人の話とか」

 太老の話に観念した様子でデュノアは天井を見上げた。
 スッと右手を横にだし、黒服達を後に下がらせる。今更抵抗しても無駄ということは、彼にもわかっていた。
 太老がここに居る時点で、薄々はこうなると予想していたことでもあった。

「ならば、もう調べがついているのだろう?」
「うちのオリジナルをどこからか手に入れて、そこから技術を盗もうとしてたくらいには」

 そこまでわかっていながら、最初に会った時に何もないかのような演技をしていた。
 だとすれば、ここでこうして太老と対面している時点で、何もかも手後れなのだとデュノアは気付いた。

「なるほど、キミがここに現れたのはそういうことか……その様子では、既に政府とも話はついているのだろう?」
「デュノア社は解体。幾つかの部門は吸収されるカタチで、うちの傘下に入る。第三世代機の開発も新設されるフランス支部に引き継がれる予定だから、あちらとしてもメリットのない話ではないだろうしね」
「なるほど、私の首一つですべてが丸く収まるわけか……」

 すべては目の前の男の筋書き通り。欺くつもりで欺かれていた道化師(ピエロ)は自分の方だったと気付き、デュノアは覚悟を決めた。
 正木グループ総帥――正木太老。とても見た目通りの年齢とは思えない男の手腕に、デュノアは興味を覚えると共に、なんとも言えぬ恐怖を抱く。
 神か悪魔か? そう思わせるほどの得体の知れない力を、デュノアは太老から感じ取っていた。
 それはデュノアが経験により培ってきた企業家としての勘だった。
 会社に尽くしてくれた社員達と、その家族が路頭に迷うことがないのは不幸中の幸い。
 少なくとも、そのことに太老が配慮してくれたことは、人の上に立つ者としてデュノアも感謝していた。

「キミは意外と情が深いのだな」
「俺はあくまで幼女(こども)の味方。不安要素を取り除いただけで、別にアンタの会社を助けるつもりなんて全くないんだけどね……結果的には、そうなったと言えるかな?」
「子供達のため……か」

 第三世代の開発が上手くいかなかった時点で、デュノア社はどちらにせよ終わりだった。
 問答無用で倒産に追い込まれていても不思議ではなかった。だが、それを太老はしなかった。
 今回の件でフランスに貸しを作り、デュノア社を呑み込むことでヨーロッパでの影響力を高める狙いがあったとも言えるが、それでも最後の最後で救われたことに変わりは無い。
 それだけでも一企業家として、太老の言葉を信用するに十分な理由がデュノアにはあった。

「ああ、そうそう。最後に一つだけ尋ねてもいいかな?」
「……なんだ?」
「シャルロット・デュノア。アンタは本当に彼女を利用していただけなのか?」

 太老には、ずっと腑に落ちないことがあった。
 往生際の良さ。会社の行く末や、残された社員とその家族を心配する気持ち。
 そんな男が、いやそんな男だからこそ、実の娘に、家族に全く情を持っていなかったとは思えない。
 時に人の上に立つモノは、自身の感情よりも優先しなくてはならないものがある。
 デュノア社の行く末を確信した時、彼が取ろうとした行動は幾つか予想が付く。そこに一欠片も娘への愛情がなかったのかと言えば、太老にはそうは思えなかった。
 そうでなければ、シャルロットは――彼を愛したシャルロットの母は救われない。

「そうだ……私は何もしらないあの子を利用していただけだ。そこに愛情などない」

 淡々と感情を押し殺すようにデュノアは答えた。
 最後の最後まで情を表に見せず、デュノア社のトップとして毅然と振る舞う男の姿。それは金や権力に執着する人間の姿ではない。
 デュノアのその反応自体が、太老に対する回答になっていた。

「……なら、俺からも最後に一つだけ」

 デュノアの答えに満足した様子で、太老は言葉を付け加える。

男の子(ヒーロー)≠ヘ現れる。泣いている子の前には必ずね」

 それが男に残された唯一の心残りにして、最後の希望でもあった。
 太老がその言葉を口にした時、どこからか、床にポタリと一粒の涙がこぼれ落ちた。





 ……TO BE CONTINUED



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