一夏とラウラが激戦を繰り広げている頃、シャルル・デュノアと篠ノ之箒は互いのISを装着し、それぞれの武器を手に戦闘態勢のまま向かい合っていた。
 シャルルと違い専用機を持ってはいないが、箒は決して弱くない。一年生のなかでは確実に上位に入る実力を持っている。近接戦闘においては、代表候補生すら凌駕するほどの技術を持っていた。
 幼い頃から剣術を嗜み、中学では全国の剣道大会で優勝したと言うだけあって、生身での単純な戦闘能力なら彼女と並ぶ者はそうはいない。
 達人クラスの使い手か、同年代なら彼女に勝てるのは一夏くらいのものだ。

 だが、これはISでの戦闘だ。

 シャルルのISはラファール・レーヌ。デュノア社が開発したフランスの第三世代機。
 一方、箒のISは打鉄(うちがね)。学園の所有する日本の第二世代機だ。
 第二世代と第三世代では機体性能差は歴然。しかも近接格闘能力が高いとは言っても一般生徒の箒と、フランスの代表候補生であるシャルルとでは、操縦技術と経験に大きな差が存在する。
 ISは操縦時間に比例して、操縦者の特性を理解しようとする。より操縦者に適した状態にIS自身も進化をしていくということだ。ここに専用機持ちと、そうでない者の明白な差が存在した。
 生身での戦いならまだしも、ISでの戦いは箒が圧倒的に不利。
 これは何も箒だからと言う訳では無く、専用機持ちとそうでない一般生徒では、それだけ明確な力の差が存在するということだ。
 一年一組は専用機持ちが四人という異常な事態になっているが、本来専用機持ちがひとりいるというだけで、その人物が自動的にクラス代表に選ばれるくらい、その優劣ははっきりとしていた。

「相手が一夏じゃなくてごめんね」
「なっ……バカにするな!」

 故に、シャルルのその言葉は、自身の勝利を確信した言葉だった。
 シャルルは自分が負けるとは思ってはいない。誰の目にも明らかな、純然たる事実だからだ。
 当然、箒は激昂するが、代表候補生の力……専用機持ちの戦闘能力の高さは、彼女もその目に焼き付けている。

(冷静になれ……相手のペースに乗るな)

 箒が頭に思い描くのは、目の前のシャルルではない。あの時、感じた。あの時、その目にした織斑一夏の姿だ。
 ずっとイメージしてきた。一夏の太刀筋を、動きを、その姿を。
 一夏の剣術は少し特殊な癖があるが、小学一年の頃から篠ノ之道場に通っていたことから、彼の剣術の基礎と呼べる部分は篠ノ之流に通じるところがある。
 篠ノ之流は剣術だけでなく古武術の流れも汲む、歴史の古い流派だ。
 故に精神修養を目的としたスポーツの剣道と違い、その真髄は刀を振るい、敵を斬ることにある。
 剣とはどこまでいっても人殺しの道具。剣術とは人を斬るための(すべ)だ。
 だが、それは同時に自分を、人を守るための力でもある。
 己の意思で剣を振るう。それは即ち、己の心に立ち向かい、打ち勝つことでもあった。

(空気が変わった……)

 シャルルは挑発に乗って来ない箒に、少し驚いた表情を見せる。
 織斑一夏を通し、同じクラスの一員として彼女のことを見てきたシャルルの感想から言えば、箒はこうした挑発に乗ってきやすいタイプだと思っていたからだ。
 真面目で直情的。シャルルは戦術を駆使した搦め手が得意だが、箒はそれとは全く正反対の性格をしている。
 あの時、一夏と模擬戦をした時に感じた空気と同じ気配を、シャルルは目の前の箒から感じ取っていた。

「キミはそこまで一夏のことを……でも、僕は負けられない。負けてあげられないんだ」





異世界の伝道師外伝/一夏無用 第21話『強さの証明』
作者 193






 シャルルと箒の攻防は、戦闘とは言えないほどに一方的な展開ではじまった。
 白式と違い射撃武器も搭載されてはいるが、打鉄はどちらかといえば近接仕様の機体だ。
 近接格闘戦に持ち込めば、あるいは箒にも一矢報いるチャンスはあったかもしれない。
 だが、シャルルは箒をただの一般生徒ではなく、自身に立ち塞がる強敵と位置付けた。
 迂闊に近付けば斬られる。そうシャルルに思わせるほどの気配を箒が発していたからだ。

「悪いけど、このまま勝たせてもらうよ」

 近付けさせるつもりはない、と言った様子で射撃武器を中心に箒を追い詰めるシャルル。
 そこには一切の油断も容赦もない。箒を近付けさせず、完封する気持ちで猛攻を続ける。
 一夏の時にも見せた高速切替(ラピッド・スイッチ)で、ノータイムで武器を切り替えながら弾幕を放つ。
 箒は常に足を動かし逃げ回る事で辛うじてその攻撃を凌いでいるが、徐々にシールドエネルギーは削られ、このままでは敗北も時間の問題という状況に追い込まれていた。

(このままではやられるのも時間の問題。ならば――)

 ラウラの援護も期待出来ない以上、シャルルの相手は箒がひとりでするしかない。
 状況は圧倒的に不利ではあったが、箒にも意地があった。
 この戦いにかける思いの強さは一夏やラウラ、それに目の前のシャルルにも負けない。
 ラウラが自身の強さを証明したいと考えたように、箒もこの戦いで強さの(あかし)を立てようとしていた。
 六年前、あの頃から止まったままの時間を動かすには、今のままではダメだ。
 一夏の横に並び立ちたいのであれば己自身に打ち勝ち、本当の強さを証明しなくてはいけない。
 箒がこの試合にかける想いの強さは、六年間の想いの積み重ねでもあった。
 故に、ただこのままやられるつもりはない――と箒は覚悟を決める。

「何を!?」

 シャルルは箒の自殺行為とも取れる行動に驚き、焦った。
 急に方向転換をしたかと思えば、弾幕の中に身を投げ出す箒。
 先程までとは比較にならないほどの速度で削られていく打鉄のシールドエネルギー。
 頭を突き出し、突撃の姿勢を取った箒がラファール・レーヌへと迫る。

「まさか、こんな無茶を!」

 どうせ防げず避けられぬのなら、すべてを攻撃に傾けるのみ。
 ――肉を切らせて骨を断つ。
 突撃姿勢を取ることで攻撃を受ける面を最小限に絞り、ISのシールドに頼った一点突破を箒は試みた。

(今はまだ届かないかもしれない。でも、私は諦めない。あの背中に追いつくために――)

 一歩ずつ、でも着実に。
 一夏と離れ、その間に開いてしまった差を、溝を埋めるかのように――
 箒はその手に持つ刀に、力と想いのすべてを籠め一閃――横凪に振り抜いた。

「はあああっ!」
「ぐっ!」

 近接武器で応戦しようとしたシャルルのブレードを一撃で弾き飛ばし、直ぐ様上段に構えた攻撃がシャルルの身体を縦に切り裂く。

 一閃二段の構え――打鉄のシールドエネルギーがゼロになる音を告げた。


   ◆


「くうっ……危なかった」

 白式の肩の装甲は、先程のラウラのレールカノンでシールドを突き破られ、打ち砕かれていた。
 だが、ラウラは白式の身体を撃ち抜くつもりで放った。しかも一夏はAICの拘束で動けなかったはずだ。
 それを回避したのは一夏の機転。悪あがきによるものだった。

「まさか、アレをかわされるとは……」
「いや、危なかった。それに結構、削られちまったしな」

 AICの束縛から逃れられないと考えた一夏は、咄嗟に零落白夜にエネルギーを集中し、雪片弐型の刀身を伸ばしたのだ。
 危険を察知し瞬時に決断した一夏の機転は、条件反射とも言うべき素早い判断力だった。
 その光に貫かれたラウラのレールカノンは爆散し、AICの拘束からも離脱することは出来たが、代償として一夏は爆発による影響と暴発したレールカノンの弾丸で装甲を貫かれ、機体にかなりのダメージを負った。
 そこに加えて、先程の零落白夜の発動だ。シールドエネルギーも消耗し厳しい状況にあった。
 だがそれはラウラも同じ。本体への直撃は避けられたとは言ってもレールカノンを失い、零落白夜のバリア無効化攻撃によってシールドを破壊されたところに近距離からの爆発を受けたことにより、シールドエネルギーを大分削られていた。

「一夏、凄い爆発だったけど大丈夫?」
「ああ、シャルルがここにいるってことは、箒は?」
「お休み中。でも、結構危なかったかな……」

 白式同様シャルルのラファール・レーヌも、胸の装甲に痛々しい傷痕を残していた。
 まだシールドエネルギーに余裕はあるが、機体の損傷具合から言って一夏やラウラと大差はない。シャルルをここまで追い詰めた箒の実力に一夏は感心した。
 実際シャルルと戦ったことのある一夏には、シャルルに一太刀を入れる難しさを誰よりもよく知っていたからだ。
 勝てなかったとはいえ、それを第二世代機でやったというのだから驚くしかない。

「一夏、戦いに集中して!」
「あ、ああ……すまない」

 箒の成長に感心している場合じゃない、と一夏はシャルルの一声で頭を切り替える。
 確かにラウラはレールカノンを失い、シールドエネルギーを消耗しているが、彼女にはまだAICという厄介な武器がある。
 だが一夏にも、零落白夜というラウラを一撃で倒せる切り札がまだ残されている。
 残りのシールドエネルギーから考えても残り一、二回が限度。それでラウラを倒せなければ一夏の負け。逆にその一撃を与えることが出来れば、今のシュヴァルツェア・レーゲンなら一撃で落ちる。

「どうするの? 一夏」
「悪い、シャルル。やっぱり俺ひとりにやらせてくれるか?」
「一夏はそれでいいの?」

 今のラウラなら、二人掛かりでやれば確実に勝てる。勝敗だけを考えるのであれば、ここは二人掛かりでラウラと戦うべきだ。
 シャルルが確認を取るのは当然のこと。これはチーム戦なのだから、片方が倒されて二対一になったからと言って卑怯と罵られる理由は無い。それは相手の作戦ミス、連携を取らなかった相手の失策だからだ。
 ラウラの実力なら、箒と連携することも十分に可能だった。
 それに足止めをしてくれるパートナーがいれば、AICの拘束攻撃にラウラは意識を集中することが出来たはずだ。一夏の足を止める方法は他に幾らでもあった。それをしなかったのラウラ自身だ。
 しかし一夏は、敢えて一対一の戦いに拘っていた。

「自分でも我が儘だってわかってる。ただの自己満足かもしれない。でも――」

 同じ人物に憧れ、その強さを求めた者同士。ラウラに思うところが一夏にはあった。
 ラウラが望んでいるのは、一夏との決着だ。そして自身の強さを証明することにある。
 ここでシャルルの協力を得て勝利したとしても、それは一夏自身の強さの証明にはならない。
 ずっと目指してきた強さ。それを手に入れるために血の滲むような努力を重ね、手にした力。
 どこまで憧れた強さに迫ることが出来たのか、それを一夏自身も試してみたかった。

「俺はラウラに勝ちたい。俺の力で」

 そう言って雪片弐型を握る手にギュッと力を込める一夏。
 そんな一夏を見て、シャルルはフッと笑いかけた。

「一夏は男の子なんだね」
「え? シャルルだってそうだろ?」

 一夏の的外れとも言えるいつもの反応に、シャルルはきょとんと目を丸くする。
 次の瞬間、シャルルは戦闘中と言うことも忘れ、大きく息を吹き出して笑っていた。
 そして、ようやく自分の気持ちに気付く。

(そうか。僕は一夏のことが――)

 同時にこんな出会い方をしなければ、そんなもしも≠ェシャルルの頭を過ぎった。
 でも、それなら答えは決まっている。気持ちは固まったとシャルルは心を決めた。

「勝って一夏」

 ――そして、この試合が終わったら聞いて欲しいんだ。僕の秘密を。

 例え、そのことで一夏に嫌われることになったとしても後悔はしない。
 シャルルが自分の意思で初めて決めた選択だった。


   ◆


 瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使える回数は残り二回。零落白夜は一回、よくて二回と言ったところだ。
 二発目は放てば確実に白式のシールドエネルギーもゼロになる。だから、この一回で決めないといけない。

「貴様に、貴様だけには負ける訳にはいかない!」
「お前の気持ちがわからないわけじゃないが、俺にだって負けられない理由がある」

 ラウラの攻撃を回避しながら、攻撃の機会を探る。
 怒りで顔を歪め、激昂するラウラ。だけど俺にはどうしてか――

「貴様に何がわかる! 教官に守られ、正木の庇護を受け、温々(ぬくぬく)と育ってきた貴様などに、何が!」

 ラウラの顔が泣いているように見えた。
 こいつは俺と一緒なのかもしれない。彼女は三年前の俺と同じ眼をしていた。
 ずっと感じていた虚しさ。守られてばかりの無力さ。暗闇から救い出してくれた時の嬉しさ。
 そのすべてを、俺の前にいるこの少女も知っている。

「わかるさ。守られていたからこそ、わかるんだ。千冬姉の凄さが、皆の優しさが」

 ただ、認められたかった。認めて欲しかった。
 力になりたかった。頼って欲しかった。
 笑顔が見たかった。笑いかけて欲しかった。

 そう、同じなんだ。ずっと俺とラウラは目指している強さが違っているのだと思っていた。
 でも同じ人に憧れ、同じ人に助けられ、本当に俺とラウラで感じたものは違ったのだろうか?
 そうは思わない。ラウラもきっと――

「ラウラ、お前にも教えてやる。俺が信じる強さを――」

 目の前に迫るワイヤーブレードを、装甲をかすめながらも紙一重のところで回避し、俺はラウラへと距離を詰める。
 雪片弐型――千冬姉と同じ力。この刀を持ったその時に、俺は覚悟を決めた。
 千冬姉のようにはいかないかもしれない。俺はまだまだ未熟だし、ひとりで出来ることも少ない。
 でも、守りたいものはある。それを、この力で俺は守りたい。

「無駄だ! 停止結界からは逃れられない!」

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)――それに合わせるように、ラウラのAICが目の前の空間を掌握した。

「なっ!」

 だが、空間(そこ)に俺の姿は無い。
 さっきと同じように突っ込めば、必ずラウラがAICを使ってくるとわかっていた。そのための瞬時加速だ。
 急加速のなかスラスター翼の方向をねじ曲げ、身体を捻ることで強引に進路を変える。地面に突撃するような姿勢でラウラの真下を捉えた瞬間、俺は最後の瞬時加速を使い――空へと飛び上がった。
 圧力と抵抗により機体がきしむ、身体が悲鳴をあげる。無理に軌道を変えた反動だ。
 視界がぼけ、空気が裂けたその先で――ラウラと眼が合い、

 ――零落白夜が、シュヴァルツェア・レーゲンの装甲を切り裂いた。





 ……TO BE CONTINUED



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