元々出力の向上に加え、エネルギー変換効率の上昇などスペックアップしていたところに、第二形態移行したことによって一対二枚のスラスター翼から二対四枚に増えた白式の機動力は、以前とは比べものにならないほど上昇していた。
（凄い。前より、ずっと思った通りに動く）
福音の放った光弾を高速ロールで避けながら加速する。光の翼が鞭のようなしなりをみせ俺に襲いかかるが、瞬時加速を発動。左右に多段加速を行うことで狙いを逸らし、一気にその距離を縮めた。
「遅いっ！」
零落白夜を発動――袈裟斬りに雪片弐型を振り下ろす。
福音のシールドが切り裂かれ、肩から腰にかけて銀の装甲が弾け飛ぶ。だが、福音も易々とやられてくれるほど甘く無い。光の翼を重ね砲身を作り出すと、カウンターとばかりに近距離から爆発に巻き込まれることを覚悟の上で荷電粒子砲を放った。
「――ッ！」
高熱の光が白式に迫る。しかし俺は左手を前に突き出し、頭のなかで盾をイメージすることで光の壁を作り出し、その攻撃を阻んだ。
第二形態に移行したことで生まれた白式の新装備『雪羅』。俺のイメージに合わせて矛にも盾にもなる変幻自在の多機能武装腕。
今展開した盾は、謂わば零落白夜の盾。あらゆるエネルギー攻撃を無効化する光の盾だ。
「さっきのを見てなかったのか？ 俺にその攻撃は通用しない！」
瞬時に盾を砲に変化させ、そこから高熱の光を発射する。福音が放った荷電粒子砲と同じものだが、その威力は出力制限を付けて放っているというのに桁違いだった。
福音の銀の装甲をかすめたかと思うと、ドンッという衝撃と共に雲を散らし空に消えていく。
全力で放てば小島の一つや二つ、軽く消し飛ばしかねない威力だ。
「うわ……これは迂闊に使えないな」
元々、威嚇のつもりで放った一撃だったが、直撃しなくてよかったと心から思った。
幾ら絶対防御があるとは言っても、あんな破壊力の攻撃を食らえば操縦者もただでは済まない。不可抗力でも殺してしまっては後味が悪すぎる。出来ることなら福音の暴走を止めて、捕獲したかった。
（となると、やはりこいつしかないか）
右手にギュッと力を込める。零落白夜で福音のシールドエネルギーをゼロにして、強引に具現維持限界に持って行く。運が良ければ無傷で操縦者を助けられる。運が悪ければ大怪我を負う可能性はあるが、即死でも無い限りは『正木』の人達が治療してくれるはずだ。
はっきり言って、福音は強い。そこまで気遣って戦っていられるほどの余裕はなかった。
（まさか、こんな悩みを抱えることになるなんて……）
倒すだけなら難しいことじゃない。第二形態に移行した白式の力は、以前とは比べものにならないほどだ。福音がどれだけ凄い機体であっても、今なら負ける気はしない。だが逆をいえば、今の白式は余りに強すぎて全力をだせないという欠点があった。
今放った荷電粒子砲もそうだが、出力を絞った状態でさえ、白式の攻撃は操縦者ごとＩＳを破壊してしまいかねないほどの破壊力を持っている。最大出力で攻撃を行えば、どれだけの威力になるのか、正直想像もつかないほどだ。
そのことからも、零落白夜の最大出力攻撃は使えない。予想では以前とは比べものにならないほどの威力になっているはず。今後のことを考えると頭が痛い。
マイナーバージョンアップしたと言われて渡された時にも、その性能の向上に驚かされたが、今回のはあの時と比較にならないほどだった。
（原因は間違い無く、太老さんの調整もとい改造だよな……）
ただの第二形態移行では、ここまでの変化はないはずだ。太老さんが何かをしたのは間違い無い。
一つだけはっきりとしていることは、初期設定から第一形態移行した時のように形態移行を終えたことで『白式・改』の最適化がようやく終わり、改めて俺専用の機体に生まれ変わったということだ。
（確かに力が欲しいとは言ったけど……）
身に余る力とはこのことをいうのだろう。俺の実力で手加減を気にすることになるなんて、思ってもいなかった贅沢な悩みだ。はっきり言って、今の俺には勿体ないくらい高性能な機体だった。
夢の中に出て来た青い髪の少女に、少し愚痴を溢したくなる。
――正直これは、やり過ぎだと。
異世界の伝道師外伝/一夏無用 第51話『黒騎士』
作者 193
「凄い……あれが一夏の力か」
あの福音すら圧倒する一夏と白式の力に、箒は驚きを隠せなかった。
一夏がここにいる誰よりも強いことは、その力に憧れた箒自身が一番よくわかっている。
第二形態移行した白式の性能もあるのだろうが、それを計算に入れても一夏の動きは凄まじかった。
「どうしたら、あんなことが可能なんだ？」
目で追いきれないほどのスピード。高感度ハイパーセンサーを使わなければ、姿を確認出来ないほどの凄まじい高速機動。四機のウイングスラスターを駆使した多段加速。遠くから全体を目視して一瞬姿を見失うほどの動きだ。
福音が辛うじてとはいえ、反応出来ていることの方が驚きなくらいだった。
「これが本来の一夏の動きか……」
今まで感じていた違和感が、すっきりと収まるのを箒は感じた。
ＩＳには操縦者保護機能があるとはいえ、高速機動からの瞬時加速の多段使用など、急激なＧで身体に掛かる負荷は相当のもののはずだ。
強い肉体と精神力。それも並外れた身体を持っていなければ、絶対に不可能な動き。白式と同じ機動力を持つＩＳを装着していたとしても箒には不可能。いや、並の人間には到底、一夏と同じ動きは出来ない。どれだけ機体が優れていようと、それを扱うのは人間。機械的な補助があったとしても、操縦者の反射限界を超える速度はだすことが出来ないからだ。
だがそれは同時に、白式が一夏以外には動かすことの出来ない欠陥機であることを証明していた。
今までは一夏の反応に機体の方が追いつけていなかった。それ故に動きに若干の隙が生じていたのだが、今の一夏にそれはない。逆に白式の力を持て余し、自らを律するように戦っている節さえ見受けられた。
その証拠に、荷電粒子砲も最初の一発を除いて一度も放っていない。あの威力なら福音を一撃で沈められるはずなのに、それをしようとしないということは、操縦者の身を気遣うほどの余裕があるということだ。
（いや、威力が強すぎて使えないのか……）
最初は持て余していた力も加減を覚えたのか、一夏は着実に自分の物にしていく。
今の白式の力は、傍目からみても明らかに異常だった。
暴走してリミッターの外れた福音の方が、まだ可愛く思えるほどに次元が違っていた。
「この勝負、一夏の勝ちだ」
箒がそう口にした瞬間、零落白夜の光が福音の身体を捉えた。
◆
俺の刀は、確かに福音の身体を切り裂いた。
出力を絞った一撃ではあったが、福音のシールドエネルギーをゼロにするには十分な一撃だった。
なのに、なんだ？ この違和感は？
具現維持限界を迎え、目の前で光の粒子になって消えていく福音。ＩＳを失い、スーツだけの状態になった操縦者が海へと墜ちていく。俺は、その後を追った。
「よっと……って、サーシャ！？」
海面に叩きつけられる前に、助け上げた操縦者の顔を確認して俺は驚いた。
二年前、ある出来事を切っ掛けに知り合った女性、ナターシャ・ファイルス。親しみを込めて『サーシャ』の愛称で呼んでいる俺の大切な人。今はアメリカにいるはずの彼女が、福音の操縦者だったなんて思いもしなかったからだ。
いや、考えてみれば『銀の福音』はアメリカとイスラエルが共同で開発している機体。そのテストパイロットに、サーシャが選ばれたとしても不思議な話ではない。問題はそのことを千冬姉と合法幼女が知らなかったとは思えないところだ。
（ぐっ……騙された）
知っていて、俺には黙っていたと考える方が自然だった。
確かにサーシャが福音の専属操縦者だと最初に聞いていれば、俺は冷静でいられなかったかもしれない。そこを考えると文句は言えないが、それにしたって一言くらい何か言って置いて欲しかった。
「うっ……いち、か」
「サーシャ、よかった。怪我はないようだな」
意識を取り戻したサーシャを見て、ほっと安堵のため息を漏らす。
体力を消耗して少し衰弱はしているものの大きな怪我もなく、命に別状はなさそうだ。思ったより元気で安心した。
「くっ、あの子が……一夏、あの子を！」
「あの子？ まさか……！？」
サーシャの異常に焦った様子に、俺はハッと空を見上げる。さっき福音が姿を消した場所に、菱形のクリスタルのようなものが浮かんでいた。
すぐにわかった。あれはＩＳのコアだ。
通常のコアは球状をしているが、福音のコアは第二形態まで発展した証として宝石のような強い輝きを宿していた。
「なんで、コアが！？」
「私を守るためにあの子は……。すべてアイツ等が仕組んだこと――亡国機業！」
空に向かって叫ぶサーシャ。いつからそこにいたのか、福音のコアの傍らに真っ黒なＩＳを身に纏った女がいた。
胸の膨らみや骨格、身に纏っている雰囲気から女とわかるだけで、バイザーで覆い隠しているため顔まではわからない。
だが、もうひとつ驚かされたのは、そのＩＳの姿だった。
「白式に似てる……」
第二形態に移行した白式を、そのまま黒くしたような外観。
バイザーで顔を覆った姿は、十年前の白騎士を彷彿とさせる。
白騎士ならぬ『黒騎士』と言ったところだ。
「待って！ その子を返して！」
福音のコアを手にした黒騎士に、悲痛な叫びで訴えるサーシャ。
よくわからないが、あいつが福音のコアを奪おうとしていることだけは確かだ。
（どうする？ 相手の戦闘力は未知数。サーシャを抱えたままじゃ戦闘は無理だ）
サーシャを抱えたままの状態では激しい動きは出来ない。かと言って福音のコアを持ち去ろうとしている以上、このまま黙って見過ごすことも出来ない。それ以前に逃がしてくれるかどうかも怪しい雰囲気の相手だ。
そうこう考えていると、黒騎士は無言で前に腕を突き出してきた。
「何を……？」
その腕が形状を変化し、砲身を作り出す。
「まさか――！？」
間違い無い。それは、白式の雪羅と同じ多機能武装腕だった。
しかも射撃モード。狙いは考えるまでも無く、俺とサーシャを捉えていた。
集束する光。次の瞬間、黒い腕がカッと眩い光を放つ。
「ちっ！」
回避が間に合わないと判断した俺は、サーシャを守るようにギュッと抱きしめる。
左手を前に突き出し、雪羅を防御モードで展開。光の盾で攻撃を受け止めた。
「一夏、大丈夫！？」
「……ごめん、サーシャ。文句は後で聞く」
「え？」
一応謝ってから、俺はサーシャを海に放り投げた。
「きゃああああっ！」
何やら悲鳴が聞こえるが知らん。何も説明せず、空から海に放り投げたのは悪かったとは思うが、全員で生きて帰るにはこれしかないと考えた末の結論だ。まあ、それにちゃんと考えてある。
俺の行動を見越していたかのように紅い光が海上を横切り、海面スレスレのところでサーシャを受け止めた。――箒の紅椿だ。
「これで条件は五分だ」
サーシャが巻き込まれることがわかっていて、黒騎士は攻撃を仕掛けてきた。
なら、俺も遠慮をするつもりはない。俺は俺の意思で大切な仲間を守る。
「返してもらうぞ、そのコアを！」
◆
「大丈夫ですか？」
「酷い目にあったわ……」
箒に抱えられ近くの小島まで待避したナターシャは、真っ青な顔をして地面に膝をついた。
銀の福音の暴走を止めてくれたことや、黒騎士の攻撃から庇ってくれたことには一夏に感謝するナターシャだったが、緊急事態とはいえ、思い人の手で海に放り投げられたショックは大きかった。
特に二年振りの再会がこれでは、感動的な場面も台無しだった。
「一夏も悪気があったわけではないと思うので……」
「わかってるわ。緊急事態だってことくらいは……でも、女心は複雑なのよ」
「うっ……よくわかります」
箒は行き場のない怒りを胸に、愚痴を漏らすナターシャに同情した。
同じ事を一夏にされれば、きっと自分も落ち込む。それが箒にはよく理解出来た。
「行っていいわよ。一夏の力になりたいんでしょ？」
「しかし……」
「私なら大丈夫よ。不甲斐ないところをみせちゃったけど、これでも軍に籍を置く専用機持ちよ。ＩＳがなくても自分の身くらいは守れるわ。余計な心配なんてしないで、あなたは自分の為すべきことをなさい」
「……わかりました。後で、必ず迎えに来ます」
そう言って箒はナターシャに頭を下げ、再び戦場に飛び立った。
そんな箒を見送って、ふうと息を吐くナターシャ。
「為すべきことか……らしくないわね。ナターシャ」
寂しさと悲しみの籠もった眼で空を見上げ、ナターシャはそう呟いた。
福音の異変に気づけず、更には目の前でコアを奪われてしまった。
この場にいながら助けに迎えないことが、ナターシャはどうしようもなく悔しかった。
「お願い、一夏。あの子を助けてあげて……」
だから、ナターシャは心を込め、最愛の人に願った。
操縦者を守るために自らを犠牲にした――心優しい相棒の無事を祈って。
……TO BE CONTINUED
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