二人の王の会談から一夜明け、内掘り通りを南へ走行する黒塗りの高級車のなかに男女の姿があった。
 運転席に座っている男は甘粕冬馬。そして後部座席に座っている女は沙耶宮馨。沙耶宮家の次期党首にして、正史編纂委員会・東京支部長を務める甘粕の上司だ。
 時刻は八時を少し回ったところ。窓の外を見渡せば週明けの月曜日と言うこともあって、朝早くから制服姿の学生や出勤前のサラリーマンの姿が目立つ。沙耶宮馨も、その大人びた容姿と女癖の悪さから忘れがちになるが、まだ十八歳――高校三年生だ。委員会の仕事がない日は普通に学校へ通っている。
 華の女子高生と言うにはワイシャツにネクタイ、ブレザーにパンツと無理のある格好だが、男子用の学生服がよく似合っていた。

「いやあ、王と神の三つ巴の争いにならなくて本当によかったねー」
「やめてください。こっちは冷や冷やしながら状況を見守っていたんですから……」

 馨の言うように、そんなことになったら下手をすれば東京は壊滅する。
 上司の命令で、王と王の会談を離れた場所から見守っていた甘粕からすれば、冗談でも止めて欲しい話だった。

「それでアテナの方はなんて?」
「今のところ保留と言ったところですね。祐理さんの話では、あちらも今は事を構えるつもりはないそうです」
「今は……ね。七人目の王も同じ考えなのかな?」
「どうでしょう? ただアテナは今、かの王の庇護下にあるようですから……」
「下手に干渉できないか。まあ、さすがに神様をどうこう出来るとは思っていないけどね」

 神は人にどうこう出来る存在ではない。人間の干渉など歯牙にも掛けない、そんな相手だ。
 下手に怒りを買えば、痛い目を見るのは自分達の方。故に、アテナに関しては不干渉を貫くことで二人の意見は一致する。
 問題はかの女神を庇護している存在、七人目の魔王――正木太老との付き合い方だ。

「それで調べはついたのかい?」
「はい。まあ、先にこれを見てください」

 そう言って甘粕は一冊のファイルを馨に手渡す。
 そこには正木太老について、休日返上で可能な限り詳細に調べ上げた情報のすべてが記されていた。しかし、

「……まさか、これで全部なのかい?」
「ええ、それがすべてです」

 そこには綺麗すぎるほど何もなかった。簡単なプロフィール以外は、ほとんど何もわかっていないと言った方がいい。
 書かれていることを鵜呑みにするなら、彼もまた草薙護堂と同様に魔術と縁もゆかりもない極普通の一般家庭に生まれ育ったようだ。
 両親は海外へ出張中。兄弟はなし。桜花の方は母親の友人の娘で、家族ぐるみの付き合いから兄妹同然で育ったとか、もっともらしいことが書かれていた。
 どこまでが本当でどこまでが嘘かわからない。そんな曖昧な報告だった。

「両親の確認は?」
「仕事で海外を飛び回っているらしく、残念ながらまだ接触は出来ていない状況です」
「交友関係や、周辺住民の聞き込み調査は?」
「そこに書かれているとおり、今のところ何も……。呪術的な痕跡は見られませんでしたし」

 聞き込み調査の対象となった人々からも呪術的な痕跡が見られなかったということは、記憶が操作された可能性も低いということだ。
 甘粕の報告に、馨は珍しく考え込んだ様子で唸る。怪しい点はない。でも、そこが逆に怪しい。

「戸籍を改竄された形跡は見つけられませんでした。ですが……」
「ここまで完璧だと、かえって怪しいよね」

 そう言って、馨はファイルを横の座席に放り投げる。
 何もわからないのであれば、目を通す価値もない。下手な先入観は目を曇らせる。
 四年もの間、下手をするとそれ以前から、カンピオーネであることを隠していた人物だ。
 恐らく正体がバレた時のことを見越して、用意周到に準備してあったのだろう。馨はそう推測した。

「逆に言えば、そこまでして隠したい何かがあるってことか。甘粕さんはどう思う?」
「下手に藪をつついて蛇を出すような真似は謹んで欲しいですね。興味本位で探ると大変なことになりそうです」

 蛇でも、この場合は蛇神の類だろう。いや、もっと最悪な物が顔をだしかねない。それほどの危機感を甘粕は抱いていた。
 それもそのはずだ。あの時に感じたプレッシャーを甘粕は忘れることが出来ない。
 甘粕は完全に気配を消して様子を窺っていたのに、あの場で一人、甘粕の存在に気付いていた少女がいた――平田桜花だ。
 気付かれていたばかりか、甘粕にだけわかるように殺気を飛ばしてきたのだ。正直、甘粕からすれば生きた心地がしなかった。
 そして、その異常とも言える少女を手懐け、アテナまで庇護している男に常識が通用するとは思えない。やはり彼はカンピオーネなのだと、甘粕はその時、理解した。

「ですが、彼等が拠点としているマンションの持ち主を辿っていくと……興味深い人物に行き当たりました」

 太老達が借りている部屋は、とある資産家の持ち物ということになっていた。
 だが、特に怪しい点はない。その資産家も魔術とは縁もゆかりもない家の生まれだ。しかし資産家の交友関係を調べていくと、そうも言っていられなくなる。彼は所謂、オカルトマニアと呼ばれる趣味を持っていた。
 オカルト――という言葉を聞いて、馨の頭にある組織の名前が浮かび上がる。そう、ロンドンのグリニッジに拠点を構える賢人議会だ。
 世界的に有名な魔術やオカルトの研究機関で、ヨーロッパ最大の組織力と資金力を持つ集団として知られている。
 神々やカンピオーネに関する造詣も深く、十九世紀後半から蓄えられてきた知識と研究成果は膨大で、世界中の魔術結社が一目を置くほどだ。
 賢人議会が公開しているレポートなどは、カンピオーネのことを知る上で欠かせないものとなっていた。

「まさか、このことに賢人議会が?」

 魔術に造詣の深い人物達が集う好事家のサークルが、賢人議会の発祥だと言われている。
 貴族や王族、そして資産家や学者に至るまで様々な地位と職にある者が集まり、今日(こんにち)の賢人議会を作るまでに至った。
 魔術を使える使えないは大きな問題ではない。必要なのは志と資金力だ。
 学術・魔術に長けた物は智慧や技術を磨き、他の者は彼等が満足な研究を行えるように社会的・経済的な支援を行う。
 今回、話題に上がった人物も、そうした賢人議会の活動を支援する資産家の一人だ。
 そんな資産家と繋がりのある人物と言えば、賢人議会でもそれなりの地位と権限を持った会員(メンバー)である可能性が高い。馨はそう考えた。

「はい、賢人議会の元議長にして特別顧問。ゴドディン公爵家令嬢、アリス・ルイーズ・オブ・ナヴァール。かのプリンセス・アリスが、この件に関わっています」





異世界の伝道師外伝/異界の魔王 第10話『調査報告』
作者 193






 あの戦いの夜から五日が過ぎ、連日のように報道されていたニュースも今ではすっかり見なくなった。
 街は落ち着きを取り戻し、浜離宮恩賜庭園の周辺では瓦礫の撤去作業が始まっていた。
 戦いの傷痕は深く、建物や庭園だけでなく首都高の一部が完全に崩落していることから復旧までの道程は遠いが、どうにか一歩を踏み出したと言ったところだ。
 草薙護堂もまた、ようやく訪れた平穏な日々を満喫していた。

「おはよう、護堂」
「エリカ、遅いぞ。今、何時だと思ってるんだ」

 遅い登場のエリカに、護堂は顔をしかめる。既に時計の針は正午を回っていた。
 護堂とエリカはまだ十六歳。私立城楠学院高等部に通う一年生だ。この学校にフレックスタイム制なんて都合の良いものはない。誰の目から見ても遅刻だ。しかし遅刻してきた当人は如何にも堂々としていた。
 一言の相談もないまま週明けに突然転校してきたかと思えば、二日目からは遅刻の常習犯。
 今日に至っては昼から登校と、護堂が苦言を漏らすのも無理はなかった。

「護堂は変に世間体を気にしすぎなのよ」
「世間体どうの以前に、学生の本分は勉強だろう」

 護堂は自由奔放なエリカらしい物言いに呆れる。エリカは能力だけを見れば非常に優秀なのだが、致命的なまでに朝が弱い。
 海外の大学を出ていて既に卒業資格を取得しているなどを理由に遅刻を免除されているという話だが、恐らく学校関係者に魔術を使ったのだろう。そこまでして朝起きられないくらいなのだから、かなりの筋金入りだ。
 その点、護堂は戦っている時は酷く大雑把で適当だが、私生活は対象的に真面目な男だった。
 これでいて成績も悪くないし、中学の頃には勤勉なスポーツ青年として知られていたくらいだ。教師の受けも悪くない。
 エリカや祐理の件で一部の男子生徒からは妬まれているが、友人関係にも恵まれている方だ。
 もっとも、これでエリカも男女ともに非常に人気は高い。トップモデル顔負けの容姿に加え、転校初日から持ち前の政治手腕を発揮して生徒達の心を掴み、今ではファンクラブまであるほどだ。
 しかし生来の性格か、このままではいけないとエリカの遅刻癖をどうにかしようと考え始める護堂。
 このお節介が後に、妹との間に大きな誤解を生む原因となるのだが、そんなことに護堂が気付くはずもなかった。

「祐理もおはよう。今日は護堂と一緒なのね。それ、祐理の手作りかしら?」
「え、ええ。エリカさんも如何ですか?」
「それじゃあ、遠慮なく頂くわね」

 差し出された重箱から、だし巻き玉子を一掴みし口に運ぶエリカ。

「うん、悪くない味ね。でも……なるほど、王の胃袋から籠絡するつもりなのね」
「そ、そんなんじゃありません!」
「祐理はこう言っているけど、そこのところどうなの? 護堂」

 何故か、背中に感じる嫌なプレッシャーに護堂は冷や汗を流す。
 何もやましいことはない。いつもの成り行きで一緒に食事をすることになって、朝作りすぎたという彼女の手作り弁当を御馳走になっていただけだ。
 なのに、まるで正妻に浮気を見つかった亭主のように護堂は身を小さくする。

「酷いわ、護堂。私という正妻がありながら、こんなに白昼堂々浮気をするなんて!」
「ちょっと待て、誰が正妻だ! そもそも俺達はそんな関係じゃないだろう!?」
「また、そんなことを言って私の心を弄ぶのね。この間だって、気絶したあなたに治癒術を施し、家まで送り届けてあげたって言うのに……ずっとつれない態度で、私には感謝の一言もないし」
「それは感謝してる。でもその後、静花に事情を説明するのに俺がどれだけ苦労したと思って――って、ちょっと待て。治癒の術をかけたって言わなかったか? それってまさか……」
「ええ、口移しで。そうしないと、あなたには効果がないでしょう?」
「なっ!?」

 膨大な呪力を身に宿すカンピオーネの身体には、人間の扱うレベルの魔術や呪術は効果がない。それは治癒の術も同じだ。
 唯一の例外は経口摂取などで体内に直接術を施すこと。
 その術を護堂にかけたということは、寝ている護堂にキスをしたということだ。

「く、草薙さん!? また、あなたはそのような不埒な行為を――」
「ちがっ……これはエリカが勝手に……!?」

 祐理に責められ更に身を小さくする護堂を見て、エリカは満足そうに微笑む。
 護堂と祐理の仲良さげな様子を見て、少し悪戯をしてみたくなっただけだ。
 それに祐理が護堂のことをどう思っているのか、知りたくて取った行動でもあった。

(この様子だと、祐理も満更ではないみたいね)

 出会ってまだ数日しか経っていないが、それなりに祐理の人となりは知ることが出来た。
 それにゴルゴネイオンからアテナの名を見抜いた祐理の霊視能力は、きっと護堂の役に立つとエリカは考えていた。
 なら、彼女とは仲良くしておくべきだ。祐理にその気があれば、護堂との仲を認めてもいいと思うくらいにはエリカも祐理に心を許していた。
 とはいえ、この反応を見る限りでは、まだまだ先は長そうだ。気にはなっているが、それが恋愛感情かどうかまでは自分でもわからないと言ったところか、とエリカは冷静に祐理の心情を見抜く。
 出来れば護堂の助けになって欲しいが、それを強制するつもりはエリカにはなかった。強制してついて行けるほど、まつろわぬ神との戦いは甘くないからだ。
 護堂と一緒にいるということは、常にそうした危険と隣り合わせの日常を送るということだ。生半可な覚悟では、護堂の隣には立てない。
 それに――祐理には、まだ別に聞きたいことがあった。

「祐理。あなた、私達に隠していることがあるわね?」


   ◆


「お気づきでしたか……」
「どういうことだ?」
「先日の王同士の会談で、彼女は正木太老を霊視していたのよ」

 これには護堂も驚いた。全然そんな素振りを祐理は見せなかったからだ。

「残念ですがエリカさんのご期待には応えられないと思います」
「それは委員会に口止めをされているから?」
「いえ、何も視えなかったのです」
「視えなかった?」

 万里谷祐理は媛巫女のなかでも特に霊視に長けた能力者だ。
 彼女は以前にも護堂を一目でカンピオーネだと見抜いたことがある。
 その彼女が霊視の力を使い『何も視えなかった』と言うのは、通常なら考えられないことだった。

「やはり、そういうことなのね」
「どういうことだ? さっぱりわからないんだが……」
「私は彼が本当にカンピオーネかどうかの確証が欲しかった。そして、それは委員会も同じのはずよ。だから密かに祐理の霊視に期待をしていた」
「でも、何も視えなかったんだろう?」
「そう、それが何よりの証拠なのよ。視えないと言うことは、その必要がない。もしくは――」

 ようやく気付いた様子で「そう言うことか」と声を上げる護堂。
 ここまで説明されれば、魔術に疎い護堂でも察しが付く。

「なんらかの力で能力を隠しているってことか?」
「あら、珍しく冴えているわね。護堂」
「バカにするか褒めるか、どっちかにしてくれ……」

 カンピオーネを二度倒している時点で、太老がただの一般人という線は消える。
 そして護堂を一目でカンピオーネだと見抜いた祐理の霊視ですら何も見通せないという話になれば、なんらかの方法で力を隠していると考える方が自然だ。
 しかし魔術で何かを隠しているなら呪術的な痕跡、違和感のようなものを感じても不思議ではない。それもなかったとなると、人智の及ばないなんらかの力――そう、権能が働いていると考えるのが自然な流れだった。

「それに隠匿に長けた権能を持っていると考えれば、四年もの間、誰にも正体を知られず姿を隠せていた理由にも納得が行くわ」

 カンピオーネの力は強大だ。どれだけ一般人に紛れようと、隠しきれないほどの力を彼等はその身に宿している。四年もの間、誰にも正体を知られることなく姿を隠せるかと言えば、それは難しい。
 それこそアイーシャ夫人のように世俗を捨て、人気のない自然の中で隠棲でも送らなければ不可能というものだ。
 しかし太老の場合、四年前にヴォバン侯爵を倒し、先日は護堂と些細な誤解から衝突をしている。
 そんな人物が人気のない山奥でじっと隠棲できるとは、とてもエリカには思えなかった。

「やっぱり結論は今までと変わらないってことか」
「本人も認めているし、状況からすればそうとしか考えられないわね」

 護堂からすれば、太老がカンピオーネであろうとなかろうと大差はなかった。
 前は些細な誤解から戦うことになったが、最初から太老と事を構えるつもりは護堂にはない。
 自分やその周囲の人間に被害を及ばさなければ、基本的に太老が何をしようと関知しないつもりでいたからだ。
 もっとも騒動の火種になりやすいと言う意味では、護堂も太老と大差はないことに気付いていなかった。





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