『なるほど、それで私に連絡をしてきたってわけね』
「うん、お兄ちゃんは教えてくれないし、鷲羽お姉ちゃんなら何か知ってると思って」

 守蛇怪・零式のブリッジで密かに超空間通信を使い、桜花は自分達の世界の地球へ連絡を取っていた。
 足下まで伸びる赤く長い髪は正面から見ればカニのシルエットのように見える。何かの実験を行っていたところなのか、銀河アカデミーが『皇立』を名乗っていた時代の古い制服の上から少女≠ヘ白衣を纏っていた。
 桜花の通信相手である白衣の少女は、地球の柾木家に身を寄せる太老の育ての親にして師匠。自称『宇宙一の天才科学者』を名乗る哲学士――白眉鷲羽その人だった。
 これでもわかっているだけで二万年以上の歳月を生きる伝説の哲学士だ。太老も暇があれば怪しげな実験やシミュレーションだの工房に籠って何かをやっているのを桜花は知っているだけに、鷲羽が何をしていようと特に驚きはなかった。

「――と言う訳なんです」

 桜花から話の経緯を聞いて、眉をひそめる鷲羽。何か心当たりがあると言った顔だった。

『黒歴史ね……』
「やっぱり何か心当たりが?」
『あると言えばある。確かにアレは太老にとって思い出したくない過去だろうね』

 やはり何かあるのかと桜花は鷲羽の話から確信した。
 太老に『最後の王』の正体を聞いても話をはぐらかされ、何も教えてくれないことから不審に思っていたのだ。
 太老が話したがらない過去。そこに『最後の王』の正体を知る手掛かりがあると桜花は考えていた。
 だから、太老の育ての親にして師匠でもある鷲羽に連絡を取ったのだ。
 生憎と太老の両親は旅行に出掛けていて連絡が取れなかったが、鷲羽なら何かを知っているはずだと桜花は確信していた。

『でも、だったら尚更、私が教えるわけにはいかないね』
「え、なんで?」

 思いも寄らない返答に桜花は困惑した。
 無条件で教えてもらえるとは思っていない。条件を突きつけられるくらいの覚悟はしていたが、最初から断られるとは思っていなかった。
 それだけに『何故?』という疑問が頭を過ぎる。そこまでして隠さなければいけない過去なのかと桜花は不意に思った。

『このことを知っている人間は限られている。私が桜花ちゃんに太老の過去を教えたら、あの子は真っ先に私を疑うだろう?』
「うん、それはまあ……そうだよね」
『哲学士の執念を甘く見ちゃダメってことさ。それを知ったら最後、桜花ちゃんもただじゃ済まないよ。いや、それより周りが危険だね。あの子のことだから、秘密を知った者の口を封じるために何をしでかすか……』

 そうまで言われては、桜花もそれ以上は訊くことが出来なかった。
 太老がそこまでして隠したい秘密と言うのも気になるが、やはり我が身の方が大切だ。
 余り無茶はしないと信じたいが、太老のこれまでやってきたことを考えると、その結果がどう言う方向に転ぶかまったく予想が付かない。
 鷲羽が何を心配しているかを察して、桜花は黙って頷く他なかった。

「でも、それじゃあ、どうしたら……」

 相手の情報がわからないのでは対策の立てようがない。
 太老が『手段を選ばなければ』と比喩するような相手だ。並の方法でどうにかなる相手と桜花は考えていなかった。
 最悪、『船穂』や『龍皇』の力も借りるつもりでいるが、対応を誤れば戦いの余波だけで星が消滅してしまう。そうなっては元も子もない。
 どうしたものかと桜花が悩むのは当然だったが、鷲羽はケラケラと笑いながら桜花の悩みに答えた。

『心配はいらないよ。あの子ならなんとかするさ。それに私の予想通りの展開なら、こっちからちょっかいをかけない限りは基本的に無害なはずだからね』
「え、それってどういう……」
『あ、悪いね。これから、ちょっと出掛ける用事があるんで通信を切るよ』
「え、鷲羽お姉ちゃん!?」
『まあ、頑張りな。あ、そうそう。助っ人をそっちに送るって瀬戸殿が言ってたから楽しみに待ってな』
「ちょっ、待って!」

 まだ訊きたいことがあったのに、最後に爆弾を投じて鷲羽は通信を切った。
 手を突き出したまま硬直する桜花。唖然とした表情で、眼をパチクリと何度も動かす。

「助っ人って……誰?」

 桜花のその問いに答えてくれる者は、この場に誰一人いなかった。





異世界の伝道師外伝/異界の魔王 第26話『招待状』
作者 193






「鷲羽様、誰かと通信をされていたのですか?」
「ああ、桜花ちゃんとね。あっちも色々と面白いことになってるみたいでね」
「相変わらずのようですね」

 心の底から楽しげに笑う鷲羽を見て、エメラルドグリーンの髪の女性は苦笑を漏らす。神木ノイケ樹雷――瀬戸の養女で天地の婚約者だ。
 鷲羽がご意見番なら、柾木家の家事全般を担っている台所の主と言えば、このノイケと砂沙美の二人が挙がる。
 砂沙美とは柾木・阿重霞・樹雷の妹にして、これまた地球の柾木家の主――柾木天地の恋人と称される女性の一人だ。
 太老にとっては姉同然の人物で、他にも魎呼や九羅密美星、それに魎皇鬼と言った女性達が共に柾木家で暮らしていた。

「それで畑の方はもういいのかい?」
「はい。今は砂沙美ちゃんが、お弁当の用意をしてくれています」
「そりゃ、楽しみだね」

 ノイケはまさに絵に描いたような家庭的な女性だ。夫を立て、家に就くし、料理や家事全般は勿論のこと子供の扱いにも慣れている。
 天地と並んで農作業をしている姿は傍から見れば夫婦同然といった様子だが、天地が地球での暮らしに拘っていることもあって、まだ籍は入れていない。
 とはいえ、それも時間の問題だろうと鷲羽は考えていた。

(天地殿の方は時間の問題ってところかね)

 地球での暮らしも、いつかは終わりが来る。天地とその周りを取り巻く女性達の寿命は地球人に比べて遥かに長い。
 歳を食わなければ不審に思われるし、姿を変えて過ごしたところで誤魔化せて百年と言ったところだろう。
 名を変えるなり宇宙に上がるなり、遠くない未来に選択を余技なくされることは目に見えていた。
 謂わば、この地球での暮らしは覚悟を整える準備期間と言ったところだ。何の覚悟かは言うまでもないが……。

(太老もそろそろ落ち着いてくれればね)

 天地はもう覚悟が出来てきているようだが、『太老はまだまだか』と鷲羽はため息を漏らす。
 太老を見ていると、今回のように瀬戸が色々と画策をする気持ちもわからないではなかった。
 女に興味がないと言う訳ではないのだが、自分に向けられる好意に対して鈍感というか、そういう仲になるのを恐れている部分が太老にはあった。
 女性不信とは言わないまでも、結婚に繋がるような既成事実や関係を意図的に避けている節がある。それに太老の性格からして一人を選ぶというのは、まず難しいだろう。
 かと言って、誰か一人を優遇するような真似も出来ない。太老があの性格だからこそ、今の関係が上手く行っていると鷲羽は考えていた。
 だから決行するなら全員一緒が望ましい。瀬戸もその辺りのことは理解しているはずだ。

(まあ、思惑通りに上手く行けば、苦労はないんだけどね)

 相手が太老では大変だと鷲羽は嘆息した。
 ちょっとした計画も、太老が絡むと計画通りに行かなくなるのだから困ったものだ。
 確率の天才。しかも『事象の起点(フラグメイカー)』と称される太老の厄介さは、鷲羽も身に染みて理解していた。

「それで鷲羽様。そろそろ出掛けようかと思うのですが……」
「ああ、そうだったね。ちょっと待っとくれ」

 手早く荷物をまとめる鷲羽。今日の旅行を楽しみにしていたのか、いつもより動作が軽い。
 今日は天地の親戚が経営する山村の旅館に、家族で温泉に行く日だった。
 これは昔から続けている行事だ。老朽化の進んでいた旅館を建て直したらしく、そのお披露目も含んでいた。

「そうだ、ノイケ殿」
「はい?」
「温泉に入る時は、ちゃんと天地殿を誘わないとダメだよ。なんなら良く効く精力剤を――」
「わ、鷲羽様!?」

 瀬戸が太老を玩具に楽しんでいるように、こちらはこちらで日々を満喫していた。


   ◆


(鷲羽お姉ちゃんに尋ねたのが失敗だった。余計に気になって昨晩は眠れなかったし……)

 朝食を取りながら、桜花は昨日のことを思い出していた。
 疑問を取り除くどころか、もう一つ悩みの種が増えたようなものだ。瀬戸絡みで誰かがやってくると言われれば、何か裏があると考えるのが自然だ。桜花としても聞き逃せる話の内容ではなかった。
 あの後、水穂や林檎にも連絡を取った桜花だが話をはぐらかされ、瀬戸を問い詰めようと思ったら温泉旅行に出掛けていると言われ、地球の柾木家に電話しても留守で誰もでないといった具合に桜花は困り果てていた。

(問題は誰が来るかよね。あの様子だと水穂お姉ちゃんや林檎お姉ちゃんではなさそうだけど……それじゃあ、一体誰が?)

 誰が来るにせよ桜花からすれば、太老との仲に割って入る邪魔者に違いなかった。
 こうなったら向こうが行動に出る前に、太老との仲を縮めようと桜花は画策する。
 幸いにも夏休みが目前だ。旅行に出掛けるのも悪くはない。ひかりやアテナも一緒なら、太老も嫌とは言えないだろうと桜花は邪な笑みを浮かべた。

(お兄ちゃんと二人きりになるチャンスを作り出せば!)

 あれほど悩んでいた『最後の王』のことも、桜花の頭からは綺麗さっぱり抜け落ちていた。
 しつこく訊かれるのが嫌で、これを狙って爆弾を投下したのだとしたら、やはり鷲羽は策士と言えるだろう。
 太老の方を振り向いて『お兄ちゃ……』と言おうとしたところで桜花は固まった。

「ひかりちゃん、夏休みは何か予定ある?」
「いえ、特には……」
「じゃあ、旅行に出掛けないか?」
「え、太老兄様とですか」

 太老から旅行に誘われ、何かを妄想し頬を赤らめるひかり。満更でもない様子だ。
 桜花の眉間にピキピキと青筋が浮かぶ。『そこは私を誘うのが先だよね?』と言った不満が、ありありと表情に出ていた。

「ちょっと、お兄ちゃん。なんで、ひかりを!?」
「え、いや……色々とあったから息抜きに丁度いいかなって。勿論、桜花ちゃんやアテナ、それに恵那も一緒だぞ?」
「恵那もいいの?」
「当然だろう? もう、家族も同然なんだし」

 太老に抱きついて『やったー』と身体全体を使って喜びを表現する恵那。
 アテナはアテナで『ふむ、旅行か。美味いものはあるのか?』と既に行く気になっている様子。
 ひかりは何か納得した様子で『それはそうですよね』と顔を真っ赤にして塞ぎ込む。
 桜花は計画通りにいった反面、素直に喜んでいいのか複雑な心境を味わっていた。

「それで、お兄ちゃん。どこに行くか、もう決めてあるの?」
「ああ、実は親切な人から遊びに来ないかって招待されてな」

 そう言って一通の手紙を取り出す太老。それは海外からのエアメールだった。
 桜花の頭に『親切な人?』と疑問が浮かぶ。こちらの世界に、そんな知り合いはいないはずだ。
 どこからの手紙かと、桜花は手紙を手に取って差出人を見る。

「アリス・ルイーズ・オブ……ナヴァール!?」

 桜花が名前を読み上げると、恵那とひかりも思わず口に含んでいる物を吹き出しそうになった。
 桜花が名前を知るように、媛巫女の二人にとっても聞き逃せない名前だったからだ。
 プリンセス・アリスまたは『白き巫女姫』の名で呼ばれる賢人議会の元議長にして特別顧問。『天』の位を極めた魔女で、魔術会で最も高貴なセレブと称される公爵家の令嬢その人だった。

「お兄ちゃん! また、そんな人とどこで知り合ったのよ!」
「ちょっと待て、またってなんだ! またって!」

 有無を言わせぬ迫力で、太老に詰め寄る桜花。さすがにまずいと思ったのか、素直に太老は白状する。

「俺の知り合いってわけじゃないぞ。零式が色々と世話になったらしくて、それで――」
「……零式が?」

 チラッと食卓の片隅へと視線を向ける桜花。そこにはちょこんと零式が腰掛け、呑気に朝食を取っていた。
 桜花の視線に気付いた様子で「うみゅ?」と首を傾げる零式。

「なんで、あなたがプリンセス・アリスと知り合いなの?」
「ほへ? アリスって誰ですか?」

 質問に質問で返す零式。会話になっていなかった。


   ◆


「おおっ、思い出しました。三年前に捕獲した幽霊ですね」

 周りから『お前は何をしてるんだ』って目で見られ、零式は特に気にした様子もなく淡々と答える。

「私の前にアストラル体で現れたので捕獲しました」

 まるで虫を捕獲したみたいに話す零式に桜花は頭を抱えた。
 そもそも、なんでそんなことをされたのに、太老に手紙を出してくるのかわからない。
 いや、それ以前にこれでは零式と太老の関係を知っているということだ。桜花はそこを不思議に思った。

「本体の居場所を逆探知して乗り込んだんですけど既に虫の息で、拷問をして背後関係を吐かせようとも思いましたが、殺してしまってはお父様の意思に反するので仕方なく治療してあげたんですよね」

 良いことをしたとばかりに胸を張る零式。
 しかし恵那とひかりは互いの肩を抱き、ガクガクと身体を小刻みに震わせていた。

「それで、どうしたんだ?」
「普通に口止めと協力を約束させて解放しましたよ? ああ、このマンションもプラチナさんに用意してもらいました。人間にしては結構使えるので、色々と情報を集めるのにも協力させたんですよね」

 ――そんな人を今まで忘れてたのか! とツッコミそうになった太老だったが踏み止まった。
 相手は零式だ。どうせ深い考えなどない。使えそうな人間がいたので利用しただけ。
 どんな風にお願いしたのか気になるが、どうせ碌でもないことだろうと予想が付く。
 それよりも、まさかそんなことをしていたとは太老も思ってなく、どうしたものかと頭を抱えた。

(これは行くしかないな……。素直に謝って許してもらえるかな?)

 最初はちょっとした旅行気分だったのに、今では零式の所為で行く前から空気が重い。
 今からアリスにどう謝罪すべきかを考え、頭を悩ます太老だった。





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