「――ティナ――アルティナ!」
「……なんでしょうか?」
「どうしたんだ? ぼーっとして。もうすぐ宿に着くぞ」
「いえ……特に異常はありません」

 自分の身体のことなのに、よくわかっていない様子で首を傾げるアルティナ。
 はっきりと意識≠取り戻したアルティナは、この数時間の記憶を呼び起こしながら状況を再確認する。

「皇太子殿下の救出に〈結社〉の力を借りるため、取り引きを持ち掛ける。まさか、そんな大胆な作戦を考えているとは思いもしませんでした。やはり、あなたの評価を大きく改める必要がありそうです。リィン・クラウゼル」

 リィンが結社に持ち掛けた取り引き≠フ内容を思い出し、そう口にするアルティナ。
 そんなアルティナの話に苦笑しながら、リィンは答える。

「まあ、〈赤い星座〉と本気でやり合うなら、このくらいしないと厳しいだろうからな。そんなことより――」
「はい?」
「フルネームで呼ぶの長ったらしくて面倒だろ? 普通にリィンでいいから」
「それは命令ですか?」
「いや、お願いだ」

 フルネームで呼ぶ方もそうだが、呼ばれる方も堅苦しくて仕方がない。
 出来れば名前で呼んで欲しいというのが、リィンのお願いだった。
 一瞬、逡巡した様子を見せるも、そんなリィンの願いにアルティナは頷いて応える。

「では、リィン……いえ、リィンさん≠ニお呼びします」


  ◆


「戦力を増強するとは聞いていましたけど、さすがはリィンさんですね……予想の斜め上をいっていますわ」
「一人で危ないことはしないようにと、あれほど注意をしていたというのに……」
「いや、別に危険なことじゃ……」
「十分、危険な行為です!」

 アルフィンに呆れられ、エリゼに叱られ、床に正座をするリィン。
 結社の幹部クラスを相手に、堂々と取り引きを持ち掛けた人物と同じには見えないほど小さくなっていた。
 フィーはリィンが何をしにいったのか、大体の事情を説明されていたが、アルフィンとエリゼの二人は計画の詳細を伝えられていなかった。
 ただ、内戦の状況を調べることと、〈赤い星座〉に対抗するための増強を整える必要がある――と旅の目的を伝えられていただけだった。
 それがまさかケルディックに足を運んだのは〈結社〉との取り引きが目的だったとは、これにはアルフィンも感心するやら呆れるやら――オリヴァルト以上に大胆な行動を平然と取るリィンに、ある意味で尊敬の念すら抱くほどだった。

「エリゼ、その辺に……それにあなた――〈結社〉が何かもわかっていないでしょう?」
「知らなくても、兄様のすることですから大体わかります。姫様をさらおうとした人たちの仲間なのでしょう?」
「仲間というか、協力者だな」
「そんな人たちと、どうして……」
「俺が猟兵だからだ」

 はっきりと、そう言い切るリィン。
 言えば、エリゼが反対することはわかっていた。アルフィンだって知っていれば反対しただろう。
 しかし、これは今後のためにも必要なことだとリィンは考えていた。

「確実に目的を達成するためだ。はっきり言っておくと、俺は別に内戦の結果に興味がない。こちらに害を及ぼさないのであれば、ルーファスの思惑や〈結社〉の計画に一切の関心がないということだ」

 淡々と語るリィンの冷たい声に気圧されるエリゼ。そこには、エリゼの知る家族想いのリィンの姿はなかった。必要なもののために一切を切り捨てるそのやり方は、厳しい猟兵の世界で生きてきた者にしかわからない考えだ。そこに一切の迷いはない。あるのは確実に目的を達成しようとする決意だけだ。
 ケルディックの現状を見ても、リィンの考えが変わることはなかった。むしろ、覚悟が固まったくらいだ。
 大切なものを守るため、大切なものを取り戻すため――
 アルフィンとの契約も、その目的のために必要だと判断したからに過ぎない。

「俺からも聞きたい。現状を知り、それでもこの内戦に関わっていく覚悟はあるのか? 別にケルディックだけが特別じゃない。西部なんかは、ここより酷い有様だ。財産だけでなく内戦によって住処を焼かれ、家族を――大切な人を失った人々は大勢いる。これからも、そういう人たちは増えていくだろう。それが戦争だ」

 厳しい現実をエリゼに突きつけるリィン。それはエリゼを嫌ってのことではない。大切に想っているからこそ、言うべきことだと感じていた。
 原作では学生たちが内戦に率先して関わっていたが、それは彼等が士官学院の生徒だからだ。学生とはいえ、軍人としての教育を受けている以上、ある程度は戦争に向き合う心構えのようなものは出来ていたように思える。
 しかし、エリゼは違う。貴族の娘とはいえ、士官学院の生徒ではない――普通の女の子だ。この先、アルフィンと行動を共にするつもりなら覚悟がいる。それは絶対に避けては通れない道だ。
 リィンが何を訊きたいのか? 薄々、エリゼもそのことには気付いていたのだろう。
 答えに迷うエリゼに助け船をだしたのはアルフィンだった。

「リィンさん、それ以上は……ここからは、わたくしがその問いに答えます」

 エリゼを庇うように、リィンの前に立つアルフィン。
 昨日までの彼女ではない。そこには確固たる意志の籠もった目をしたエレボニア皇女としての彼女がいた。

「わたくしは、わかっているつもりで何もわかっていなかったのだと思います。ケルディックのことや、この内戦が引き起こす結果、その意味さえも――」

 甘く見ていた。いや、理解しているつもりで、その意味まで深くは考えて来なかった。
 それを目の当たりにしたのが、ケルディックの現状だ。

「だからこそ、私はエレボニア皇女として現状に甘んじるのではなく、この内戦と向き合いたいと思います。そのためにもリィンさん、そしてフィーさん。お二人には力を貸して頂きたいと考えています」

 アルフィンはずっと自分に何が出来るのか、自問自答していた。
 結局は他人の力を借りなくては何も出来ない。それでいいのかと――それでは、リィンやフィーの力を利用しようとしたオリヴァルトと何も変わらないのではないかと。しかし、そんなことは何もしない理由にはならない。本来、守るべき立場の者たちが、その守るべき国民たちを苦しめ、傷つけている。そんなことが許されるはずが――あっていいはずがない。そして、そんな貴族の暴走を止めることが出来ず、諫めることが出来なかった。
 その責任はエレボニア皇帝――ひいては皇族すべてにある。
 現状を知ってしまった今、アルノールの血を引く者として、アルフィンはもうこれ以上なにもせず、見て見ぬ振りをすることなど出来なかった。

「まあ、最初からそのつもりだったわけだが……それでも五十点と言ったところか」
「ん……問題ない。猟兵は報酬をもらい、依頼をこなす。ただ、それだけ」
「そういうことだ。俺たちは目的のためにアルフィンを利用させてもらう。だから、アルフィンも遠慮なく俺たちを利用すればいい。あのバカ皇子なら、こんなことを言うまでもなく扱き使っただろうしな」

 アルフィンが自分たちに遠慮をしていることは、リィンとフィーも感じていた。
 彼女がリィンたちと契約を交したのは自分のためではない。二人のことを考えてのことだ。
 この内戦に本来関わり合いのない二人。そんな二人を自分たちの都合で戦いに送り出すような真似をアルフィンはしたくなかった。
 リィンとフィーのことを友人だと思っているからこそ、口にすることが出来なかったのだろう。
 この期に及んで『お願い』という姿勢を崩さないアルフィンに、リィンは呆れながらも悪い気はしなかった。
 そんなアルフィンだからこそ、契約を結んだのだから――


  ◆


「姫様……私は間違っていたのでしょうか?」

 食事を終えた後、アルフィンとお茶をしながらエリゼは先程の話を思い返していた。
 リィンに尋ねられた時、はっきりと自分の考えを答えることが出来なかった。
 そのことを、ずっと思い悩んでいたからだ。

「それはエリゼ自身が答えをだすことだと思うから、わたくしの口から言えることは何もないわ。でも――」
「……でも?」
「一人の友人として言わせてもらえば、それがエリゼの長所じゃないかしら?」
「私の長所……ですか?」

 自分が間違っていたのかと悩んでいることを、アルフィンに長所などと言われてエリゼは戸惑いの表情を見せる。

「ええ、リィンさんやフィーさんには、それぞれ譲れないものがある。そして、それはわたくしにも――ただ、その考えや、やり方は必ずしも正しいと言えるものではない。エリゼにはエリゼの考えが、やり方があるはず」
「私のやり方……」

 急にそんなことを言われても、自分のやり方などすぐには思いつかない。
 しかし、アルフィンが言いたいことの意味は、なんとなくエリゼにも理解できた。
 そして、恐らくそれは――リィンがエリゼの口から一番聞きたかった言葉だ。

「リィンさんも、エリゼの考えを否定したかったわけではないと思うわ。エリゼがどうしたいのか――それを聞きたかったのではないかしら? なんだかんだでフィーさんの次くらいに、リィンさんはエリゼに甘いものね。わたくしには辛く当たるのに……」
「そんなことは……それに姫様の場合、半分は自業自得かと……」
「酷いわ……エリゼ」

 不満そうな声を漏らすアルフィンを見て、くすりと笑みを溢すエリゼ。

「難しく考える必要はないのではないかしら? いまのエリゼの気持ちを、どうしたいのかを素直にリィンさんに伝えればいい。きっとリィンさんは応えてくれるわ。エリゼに嫌われることを承知で、あんなことを言うくらいなんですもの」
「私は兄様のことを嫌ったりなんて――」
「その素直な気持ちを、リィンさんに伝えればいいのではなくて?」

 アルフィンに気持ちを見透かされ、顔を真っ赤にしてエリゼは顔をそらす。

「意地悪です。姫様……」
「フフッ」

 意地悪に微笑むアルフィンを見て、自然とエリゼの表情にも笑顔が戻っていた。


  ◆


「ごめんなさい、兄様。私……兄様の気持ちも考えずに……」
「いや、俺の方こそ少し言いすぎだ。すまなかったな……」
「いえ、兄様は悪くありません。私のことを想って言ってくださったのに……むしろ、私の方こそ」
「いや、エリゼは悪くない。むしろ、俺が――」

 なんだろう? この展開は――と、エリゼを煽って、この状況を作り出した張本人は、その甘々なストロベリー空間にあてられ、げんなりした表情を浮かべていた。
 これで当人は気持ちを自覚していないというのだからエリゼを甘く見ていた、とアルフィンは思う。
 リィンの方は恋愛対象に向ける感情というよりは、生来『妹』に甘いのだろうとアルフィンは推察していた。
 フィーに対してもそうだが、厳しく徹しきれない。所謂シスコンという奴だ。

「お二人とも、その辺に……。自分で煽って≠ィいてなんですけど、さすがにちょっと……」
「ん……蜂蜜に練乳を加えたものより更に甘いね」

 その例えはどうかと思わなくもないアルフィンではあったが、まさにその通りなのでなんとも言えない。
 このまま二人を放って置けば、一日中この甘い空気にあてられることになるだろうとアルフィンは思い、強引にリィンとエリゼを止めに入った。

「姫様?」
「仲直りが出来たようで何よりだわ。これからのことで大切な話があるの。少しリィンさんを借りてもいいかしら?」
「あっ、その前に……兄様」
「エリゼ?」

 リィンの背中へ手を回し、その胸に顔を埋め、ギュッと抱きしめるエリゼ。
 そんなエリゼの行動に、リィンは目を丸くして驚く。

「私は兄様やフィーさんのように強くない。姫様のように立場もなければ、お二人の力になれるようなこともないのかもしれません。それでも――シュバルツァー家の娘として、いえ……姫様やお二人の友人として、これからも傍に居させてはもらえないでしょうか?」
「……危険だぞ。エリゼが考えているよりずっと大変で、ここより酷い光景を目にすることもあるかもしれない」
「確かに、私は兄様の言うように箱入り娘で世間のことに疎い。戦争なんて外の世界のことで、これまで兄様がどのような人生を歩んで来られたのか、私は知りません。そして恐らく話を聞いても、その半分も理解することは出来ないと思います」

 リィンとフィーが壮絶な人生を歩んできたということは、エリゼにも想像が付く。しかし、それは想像できるというだけで実際に二人がどんな人生を歩んできたのか、本当の意味で理解できるわけではない。
 女学院入りを決めたのも、そんな世間知らずな自分を少しでも変えたかったからだ。ユミルに籠もっていてはわからないこと、見えないこと――こんな自分に何が出来るのか? エリゼは外の世界へ飛び出すことで、その何か≠見つけたかった。そう思った切っ掛けは良心への恩返しの気持ちだった。
 シュバルツァー家は皇帝縁の由緒ある家柄だ。ただ、領地は北の辺境にあり、領主も政治に無関心で狩りが好きな変わり者として貴族社会で蔑まれていた。しかしそれは、男爵がユミルを愛しているからだとエリゼは知っていた。
 男爵が中央から距離を取るようになったのは、いまから十年ほど前。貴族派と革新派の対立が激しさを増してきた頃からだ。
 ある日、男爵に貴族派から声が掛かった。その時、声を掛けてきたのはアルバレア公だ。それは地位は低くとも皇帝家に縁を持つシュバルツァー家を取り込むことで、貴族派の主導権争いで対立するカイエン公や革新派への牽制とすることが狙いだったのだろう。伝統と格式を重んじる貴族らしい発想だ。
 しかし、そんな政争の道具にシュバルツァーの名を使われることも、ユミルを巻き込むことも男爵はよしとしなかった。だから領地に引き籠もり、政治の世界から離れた。
 エリゼは、そんな父の苦悩を知っていた。ユミルを守るためとはいえ、自分のやっていることは皇帝への裏切りではないのかと。帝都での話が人伝に入ってくる度に、ひとり部屋で思い悩む父の姿をエリゼは見てきた。
 エリゼが女学院行きを決め、アルフィンと知り合ったのは、そんな時だ。
 最初は父が出来なかったこと、その後悔を少しでも晴らすことが出来るのなら――そんな思いからアルフィンにエリゼは近づいた。しかし、先に手を取ったのはアルフィンの方だった。
 どうして、アルフィンがエリゼのことを知っているのか? その疑問はすぐに晴れた。

 ――シュバルツァー家の方ですね。お父様から話は伺っています。わたくしと同い年の娘がいると聞いて、一度お話がしてみたかったの。わたくしとお友達になりましょう。

 そう言って手を取るアルフィンを前に、周りの目も気にせず、泣いた日のことはエリゼもよく覚えている。
 父の苦悩は杞憂だった。陛下は、皇族の方々は父を忘れてはいなかった。
 それからアルフィンとエリゼはすぐに友達になった。いつも一緒に行動し、たくさんのことを話した。
 いままでのこと、そしてこれからのこと――

「自分にずっと何が出来るのか考えていました。私の力では、兄様たちと共に戦うことは出来ない。でも、こんな私にも一つだけ出来ることがあると、姫様の言葉で思い出しました。それは――共に考え、共に歩むこと」

 それはアルフィンと共に学び、教えられたことだ。

「すべてを一人で抱え込むことは、例え兄様がどれだけ強くても、姫様がどれだけ覚悟を持っていようと大変なことだと思います。それはきっと心を磨り減らしてしまうほどに……。その半分とは言いません。一部でも共有することが出来るのなら――私は兄様たちに付いていきたいと思います」

 だから、今度は自分がアルフィンの力になりたい。リィンやフィーの力になりたい。大切な人のために出来ることをしたい。
 他の誰でもない。私が私であるために、父の想いを無駄にしないために――
 それはエリゼが思い悩み、だした答えだった。

「私では、役に立ちませんか?」

 薄らと涙を滲ませながら、エリゼはリィンに尋ねる。
 そんなエリゼの気持ちはリィンだけでなく、アルフィンにも伝わっていた。
 そっとエリゼの背中から手を回し、抱き寄せるアルフィン。

「エリゼは本当に良い子ね」
「ひ、姫様……っ!?」
「そんなあなたが居てくれるから、わたくしは頑張れる。誇らしい最高の親友(ともだち)≠諱v

 アルフィンは、男爵と同じように皇帝の――父の後悔を知っていた。

 ――彼奴を守ってやれなかった。自分は無力な皇帝だ。

 アルフィンの父は常々そんなことを口にしていた。アルフィンがエリゼのことをよく知っていたのは、そんな経緯があったからだ。
 似た者同士――と言った方がいいのかもしれない。家族と離れ離れになって不安で悲しくて、それでもここまで頑張って来られたのは、エリゼが傍にいてくれたからだ。縁というものがあるのなら、きっとこの出会いは偶然ではないのだろう。そんな空の女神の導きに、アルフィンは感謝していた。
 最愛の親友を得たことで、アルフィンは強くなれたのだから――
 そんな二人の絆を見せられて、リィンも気付かないほど鈍感ではない。アルフィンにはエリゼが必要。そして、エリゼにもまたアルフィンが必要なのだと気付かされる。どちらか片方だけではダメなのだ。
 それに、エリゼに助けられているのは、何もアルフィンだけではない。リィンにとってもエリゼは特別な存在になりつつあった。
 心配したからこそ、大切に想っているからこそ、危険な目に遭わせたくなかった。
 しかし、それは自分の我が儘――傲慢だったとリィンは気付く。ずっと前から、彼女も一緒に戦っていたのだから――

「エリゼ」
「はい」
「この先、大変だとは思うが一緒にいてくれるか?」
「……喜んで!」

 リィンの言葉に、満面の笑顔で応えるエリゼ。
 そんな見つめ合う二人を見て、アルフィンは「はあ……」と甘い吐息を漏らしながら口にする。

「なんだか愛の告白みたいですわね」
「ん……リィンは天然だけど、エリゼも結構……」
「ひ、姫様、茶化さないでください! フィーさんまで!」

 アルフィンとフィーに茶化され、顔を真っ赤にして反論するエリゼ。
 一方、フィーに天然と言われたリィンは微笑ましいものを見るかのように、その様子を見守っていた。そんなリィンを見て、アルフィンは残念そうに溜め息を漏らす。
 リィンがシスコンであることは間違いない。しかし、それが恋愛感情へと発展するには、まだまだ先が長そうだと思いながら――
 エリゼの意志を確認できたところで、アルフィンは先程の話へと戻る。

「では、リィンさん。エリゼの可愛いらしい姿も見られたところで、わたくしの話も聞いて頂けますか?」
「例の俺たちの力を借りたいっていう目的についてか?」
「はい。これからのことについて――内戦を終わらせるための悪巧み≠致しましょう」

 ――内戦を終わらせる。
 口にするほど簡単なことではないということは、アルフィンもわかっていた。
 それでも希望はある。アルフィンは決意に満ちた表情で、そのための一歩を口にした。


  ◆


『そうか、ご苦労だったね』
「いえ、任務ですので」
『しかし、まさか魔女殿に協力を頼むとは……では、引き続き監視≠フ方をよろしく頼む。あと任務に支障のない範囲で、彼等の力になってあげて欲しい』
「了解しました。引き続き、任務にあたります」

 通信を終え、フッと溜め息を漏らすアルティナ。
 自分でもわからない行動。こんな風に溜め息を漏らすこと自体、いままでの彼女にはありえない行動だった。
 自分は道具。〈黒の工房〉から計画≠フために貸与された身分に過ぎない。
 なのに、ここ最近、自身にもわからない不可解な感情がアルティナの心を支配していた。

「リィン……リィンさん……」

 屋根の上で夜空を見上げながら、リィンの名前を何度も呟くアルティナ。
 変な人。不埒な人。それでいて、とても狡猾で――恐ろしく腕の立つ猟兵。アルティナの分析では、単純な戦闘力だけでも執行者(レギオン)クラス。いや、〈結社〉のデータにある危険人物と比較してもトップクラスの実力の持ち主だ。
 ――身喰らう蛇。盟主を中心とした『使徒(アンギス)』と呼ばれる数人の幹部と、盟主によって選ばれた『執行者(レギオン)』によって構成された組織。
 アルティナの所属する〈黒の工房〉も、そんな〈蛇〉の一部。開発と研究を担う十三工房の一つだ。彼女はそこで人≠ナはなく、ただ任務を忠実にこなす道具≠ニして生み出された。
 感情など不要。必要なのは合理的な考えと、作戦遂行に必要な能力のみ。なのに、ここにきて彼女の論理思考(ロジック)に、修復不可能なエラーが生じつつあった。

「彼と行動を共にすれば、知ることが出来るのでしょうか? この感情(データ)の意味を――」

 そのエラーの正体がなんなのか?
 その疑問への回答を、いまの彼女は持ち合わせていなかった。



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