『やあ、通信越しに済まないね』

 アルフィンから計画の内容を聞き、これからのことを集まって相談している最中に、リィンの導力器(オーブメント)に通信が入った。カレイジャスで帝国全土を忙しく飛び回っているはずのオリヴァルトからの通信だ。
 相変わらず緊張感のない軽い口調で、挨拶から入るオリヴァルト。こめかみに青筋を浮かべながら、そんなオリヴァルトをリィンは冷たい声で威圧する。

「さっさと用件を言え」
『酷いな、リィンくんは……。前から思ってたけどキミ、僕の扱いがぞんざいだよね』
「そういうことは、自分の胸に手を当てて考えてみろ」
『…………うん、僕ほど清廉潔白な人間はいないと思うよ?』

 導力器をベッドに投げ捨てるリィン。
 オリヴァルトの所為で、アルフィンに貧乳好きの疑いをかけられた恨みをリィンは忘れていなかった。
 そんな二人のやり取りを見て、エリゼは乾いた笑みを浮かべる。
 アルフィンは投げ捨てられた導力器を拾い上げて、リィンの代りに通信にでた。

「お久し振りです。お兄様」
『アルフィンかい? いやあ、壮健そう何よりだ。まあ、アルフィンはちゃっかり≠オているから心配はないと思っていたけど、やっぱり兄として気にはなっていてね。いや、そっちの心配じゃないよ? そういうのは当人同士の意思が大切だからね。とはいえ、アルフィンがリィンくんとの関係を望むのなら、兄としては応援――』
「いろいろとツッコミどころ満載の話をありがとうございます。そんなことより、お兄様。こうして連絡をしてこられたということは、何か用事があるのでは?」
『いや、単にリィンくんをからかい、もといアルフィンの声が聞きたか――』
「切りましょうか?」
「ん……むしろ、投げ捨てるべき」
「生温い。二度としょうもない連絡が出来ないように粉砕すべきだ」
「あの……皆さん。さすがにそれは……」

 アルフィン、フィー、リィンの容赦ない一言に、エリゼの良心が輝く。
 そんなコントのようなやり取りを、アルティナはテーブルのお菓子を摘まみながら無言で見詰めていた。

『まあ、冗談はこのくらいにして、実はキミたちに手伝ってもらいたいことがあってね。いや、正確にはリィンくんとフィーくんの力を借りたいわけだが……』
「寝言は寝てから言え。別に俺たちの力なんてあてにしなくても、ミュラー少佐がいるだろ?」
『そのことなんだが……彼には今、第七機甲師団と共に帝国西部で独自に動いてもらっていてね』
「ああ……そういや、そんな話もあったっけ」
『ん? 何か言ったかい?』
「いや、こっちの話だ」

 オリヴァルトには前世の知識のことは伏せてあるので、適当に誤魔化すリィン。
 妹のアルフィンには話したとはいえ、この男にだけは絶対に知られるわけにはいかないと、リィンは固く心に誓っていた。
 悪い人間だとは思わないが、目的のためには人を欺くことも利用することも平然とやってしまう男――それが、このオリヴァルトという男だ。
 貴族社会では『放蕩皇子』などと揶揄されてはいるが、実際にはあの『鉄血宰相』並に厄介な男と思って、リィンは警戒していた。
 もっと簡単に言えば、胡散臭いの一言に尽きる。

『あちらは今、東部よりも厳しい状況でね。戦火に巻き込まれ、実際に幾つかの町に被害も出ている。本当に酷い有様だよ』
「話には聞いていましたが……やはり、厳しいようですね」

 オリヴァルトから帝国西部の話を聞き、アルフィンは顔を青ざめながら声を漏らす。
 西部には、あのカイエン公のお膝元でもあるラマール州や、同じく四大名門の一角ハイアームズ侯の治めるサザーランド州がある。
 しかも、領邦軍きっての英雄と名高いウォレス准将やオーレリア将軍の率いる軍が先鋒を務めているという話で、正規軍も厳しい戦いを強いられているという話が、ここ東部にも噂として流れてきていた。
 オリヴァルトが第七機甲師団とミュラーを西部へ行かせたのは、そのあたりに理由があるのだろう。
 しかし、そうなるとカレイジャスの方が気になる。カレイジャスは貴族派と革新派、そのどちらにも属さない中立の船だ。そのため、皇帝家の専用艦として登録し、乗組員には軍や貴族派に属さない民間人を主に起用している。艦長に〈光の剣匠〉を添えているのも、中立派の御旗として実力・名声ともに彼が適任だったからだ。
 そしてミュラー率いる第七機甲師団は、そんなカレイジャスの運用に足りない部分を補う役目を担っていた。

「それだと、カレイジャスの運用に問題はないのか?」
『まあ、〈光の剣匠〉や民間人の協力もあって、どうにかね。ただ、こちらとしても余力のない状態だ。だから、キミたちに頼みたいことがある。どうか、この通りだ。力を貸してくれないか?』

 先程までふざけていた人物とは思えないほど真剣に、真面目な声でリィンの心に訴えるオリヴァルト。通信の向こうでは実際に頭を下げているのだろう。それほど追い詰められているということだ。
 大陸一の飛行速度を誇る最新鋭の飛空艇だ。運用には、やはり専門化の力が必要となる。戦力の面から見ても、頼りになるのが〈光の剣匠〉だけというのは厳しいだろう。そのための協力者――トヴァルやギルドの力を頼りにせざるを得ないということなのだろうが……どうしたものかとリィンは考える。
 恐らく――いや、確実に厄介事だ。それも猟兵≠フ力を必要とするほどの――
 今更、手を血で染めたくないと綺麗事を言うつもりは更々ない。〈西風〉の仲間を捜すと決めた時点で、この内戦に関わることも仕方なしとリィンは考えていた。

「リィンさん……話を聞くだけでも、ダメでしょうか?」
「リィン……私のことなら大丈夫だから」

 リィンの考えなど、アルフィンとフィーにはお見通しだった。
 二人にこんな風に気遣われては、オリヴァルトの頼みとはいえ、リィンも断り辛い。

「はあ……わかった。雇用主(クライアント)の要望だからな。ただし、協力するかどうかは話を聞いてからだ」
『助かるよ。いやあ、さすがはアルフィン。しっかりと未来の旦那様の手綱を握っているようだね』
「切るぞ」
『か、軽いジョークだよ。ジョーク』

 良い雰囲気だったのに、オリヴァルトの一言ですべてが台無しになる。ミュラーがいれば、容赦のないツッコミが入っていた場面だろう。
 オリヴァルトの軽口に、懲りない人だと全員が呆れた表情を浮かべていた。

『キミたちには、人質の奪還をお願いしたい』
「人質?」

 人質という言葉を耳にして、リィンは訝しげな声を漏らす。
 厄介事だとは思ってはいたが案の定とでも言うべきか、不穏な気配しかしなかった。

『人質となっている人物の名は、エリオット・クレイグ。士官学院の生徒だ』

 その名が、ここで出て来るとは思っていなかったリィンは目を瞠る。
 ――エリオット・クレイグ。原作でも主要となる登場人物の一人。VII組の生徒の一人だ。
 トールズ士官学院。獅子心皇帝が設立したことで知られ、歴代の皇帝を始め、オリヴァルトも通っていたことのある由緒正しい学院だ。
 大帝が創設時に残した『若者よ、世の礎たれ』という言葉をスローガンに、数多くの才ある若者を世に送り出してきた名門校だ。
 とはいえ、士官学院という名を冠してはいるが、実際に軍へ進む卒業生は全体の四割ほどと、その授業内容も一部を除けば普通の学校とそう変わりはない。他と変わっている点があるとすれば、身分制度の根強い帝国にありながら貴族と平民が学舎を共にしているという点だろう。勿論、まったく身分の差なく平等とまではいかないが、貴族と平民が一緒の学舎で勉強をするというのは、身分制度のある帝国では珍しい光景だ。
 そんな歴史ある士官学院に新しい風を巻き起こすべく、次世代オーブメントの試験運用を名目に様々な思惑によって結成されたクラス。それが、エリオットの在籍する特科クラス『VII組』だった。
 原作では、このVII組を中心に物語が展開されていくわけだが、クラスの中核となって活躍するはずの青年――リィンはVII組に所属するどころか、士官学院にすら入学していない。そして、同じくVII組に所属するはずだったフィーも学生という立場になかった。

(俺とフィーが士官学院に入学しなかったために、歴史に狂いが生じたのか?)

 原作においてエリオットが人質になったという話はリィンの記憶にはない。
 確か、原作で人質となったのはエリオットではなく姉≠フ方のはずだ。

『あと協力者をつけるから、詳しくは現地で彼女≠ゥら説明を聞いてくれたまえ』
「……協力者?」
『キミのよく知る人物さ。まあ、会えばわかる』

 この上、何が――
 と、勿体振った言い回しをするオリヴァルトに不信感を抱くリィンだった。


  ◆


(まさか、姉の方じゃなくて弟が捕まっているとはな……)

 囚われのお姫様が姉の方でなくエリオットだと知ったリィンは、何度目かわからない溜め息を漏らす。
 翌朝、宿をチェックアウトした一行は、ケルディックを後にして双龍橋を目指していた。
 もっとも、ガレリア要塞へと通じる双龍橋付近は、領邦軍と正規軍が現在も激しい戦闘を繰り広げており警戒が強い地域だ。
 通行書があっても、簡単に通してもらえる可能性は低い。となれば、正規軍との合流は難しい。人質の奪還は独自に行う必要がある。
 オリヴァルトの話していた協力者が誰かによるが、危険を伴う作戦となることは間違いなかった。

「そういえば、リィンさん。取り引き≠ニいうからには、何か相手からも要求されたのではないですか?」

 双龍橋へと向かう車のなかで後部席に座っていたアルフィンが、いま思い出したかのように突然そんな話をリィンに振った。
 エリゼの件で一旦話は中断し、アルフィンの計画について相談をしていたところにオリヴァルトからの通信が入るなど、いろいろとあって尋ねるタイミングを逸していたためだ。

「ん、ああ……そのことか」

 アルフィンの質問にどう答えたものかと考えるリィン。
 そんな歯切れの悪いリィンの反応に、アルフィンは訝しげな表情を浮かべる。

「何か話し難いことでも要求されましたか?」
「ええと……」
雇用主(クライアント)として知っておくべきかと思うので、どうか話してください」
「……でも、これは俺とヴィータとの契約でだな」
「わたくしたちにとっても大切な話です。リィンさんは秘密主義が過ぎます。それに他にもまだ、わたくしたちに隠していることがありますよね?」
「うっ……」
「今回はそのことについてはいいです。ですが、取り引きの内容については話して頂きます」

 アルフィンの勘の鋭さに驚き、何一つ言えなくなるリィン。
 さすがにここまで言われては、黙秘を続けるわけにもいかなかった。
 渋々と言った様子で、ヴィータとの取り引きの内容を口にするリィン。

「一度だけ、ヴィータのお願い≠聞く約束をした」

 まさかの話に、アルフィンを始めとした面々は、ポカンとした表情でその場に固まる。
 硬直から解け、最初に言葉を発したのはフィーだった。

「リィン……その話、私も聞いてない」
「いや、でも俺に出来る範囲って条件付きだし、フィーやアルフィンたちには迷惑をかけないって釘を刺してあるから――」
「それ、なんの保証にもなってない」
「フィーさんの仰るとおりです。これだからリィンさんは……」
「……俺が悪いのか?」

 フィーとアルフィンから非難を受け、納得が行かないといった表情を見せるリィン。
 そんなリィンに、エリゼが心配した様子で苦言を漏らす。

「兄様は自分のことに無頓着すぎます……」
「でも、これは俺とヴィータの取り引きだし、皆に迷惑をかけるわけには……」
「ん……重症だね」
「ええ、付ける薬がないほどに……」

 息の合ったフィーとアルフィンのツッコミに、グッと言葉を詰まらせるリィン。

「リィンって、私たちのことはいろいろと言うくせに、自分のことは適当だよね」
「そんなことないと思うぞ。結構、俺って自分の欲望に忠実だし」
「そう思ってるのは、リィンだけだと思う」

 自己中心的だと主張するリィンの言葉を、あっさりと否定するフィー。
 自己犠牲が強いとまでは言わないが、大切なものや目的のためには手段を選ばないところがリィンにはある。
 昔からリィンのことをよく知るフィーは、もう少し自分を大切にして欲しいと思っていた。

(まさか、本当のことを言う訳にはいかないしな……)

 しかし、そんな三人の心配を他所に、バックミラー越しにアルティナを見ながら、そんなことをリィンは心の中で呟く。
 嘘は吐いていない。しかし、真実も語っていなかった。
 バレれば秘密主義だと、またアルフィンに怒られるだろうが、取り引きの本当の内容≠アルティナや、その背後にいるルーファスに知られるわけにはいかない。だから本当≠フことを誰にも言うわけにはいかなかった。
 ヴィータを取り引き相手に選んだのは、ただの偶然ではない。彼女でなければならない理由があったからだ。とはいえ――

(すべて終わったら、アルティナには謝らないとな……)

 ふと、視線のようなものを感じ、首を傾げるアルティナだった。



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