「オーレリア将軍、アンタがどうしてここに!? 外で〈赤い星座〉と戦っていたはずじゃ……」

 そこまで口にして、リィンはようやくオーレリアの狙いに気付く。

「まさか、船団を囮にして空から奇襲を仕掛けるのが狙いだったのか?」

 ローエングリン城の周囲には、飛空艇を着陸させるような場所はない。だから空からの襲撃はないと予測していた。
 それをまさか、飛行中の軍用艇から飛び降りるという非常識な手段で実現させるとは、リィンもそこまでは考えていなかった。
 てっきりオーレリアは旗艦で指揮を執っているものとばかりに思っていたからだ。

(指揮官が取る行動じゃないだろ……)

 オーレリアの身体能力があって始めて可能な作戦と言えるが、味方を囮にして指揮官が単独で奇襲を行うなど、常識外れもいいところだ。これにはリィンも呆れる。

「フフッ、なかなか鋭いな。青年、名はなんという?」
「……リィン・クラウゼルだ」

 一瞬、名を尋ねられて逡巡するも、素直に答えるリィン。
 誤魔化したところで、どうせすぐにわかることだ。なら会話を長引かせることで、相手から少しでも情報を引き出そうと考えてのことだった。
 リィンの名前を耳にして、感心した声を上げるオーレリア。

「その名……〈妖精の騎士(エルフィンナイト)〉の異名を持つ〈西風〉の申し子か。そして隣にいる赤髪の少女は……シャーリィ・オルランド。〈赤い星座〉の副団長〈赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)〉の娘だな」

 リィンの二つ名どころか、あっさりとシャーリィの名を言い当てるオーレリア。

「なるほど、ならば納得が行く。まるで高位の魔獣と対峙しているかのような、この濃密な気当たり――その若さでたいしたものだ」
「せいかーい。さすがに領邦軍の英雄だけあるね。パパほどじゃないけど、お姉さんもなかなか≠セと思うよ」
「フフッ、素直に褒め言葉と受け取っておこう」

 シャーリィの挑発にも動じず、オーレリアは余裕の笑みを浮かべる。
 場の状況から大体の事情を察したオーレリアは、軽く頭を下げながら話に入った。

「決闘の邪魔をしたのなら謝罪しよう。しかし、私にも引けない事情がある。大人しく皇太子殿下を解放し、こちらの軍門に降るのであればよし、さもなくば……」

 オーレリアがカイエン公より与えられた任務は、あくまでセドリックの確保だ。リィンやシャーリィと戦うことや〈赤い星座〉の殲滅は任務に含まれていない。当然、障害となるのであれば排除も任務の内だが、今回の任務――オーレリアも心の底から納得して引き受けたわけではなかった。
 ここ最近のカイエン公の行動は目に余るものがある。アルバレア公と競い合うように猟兵を雇い入れていることや、奇妙な連中と通じて裏で怪しげな計画を進めていることなど、ルーファスの拘束も確かな証拠があってのことではない。その所為で、兵たちの間にも動揺が広がっている。
 とはいえ、オーレリアは軍人だ。上の行動に不審な点があるとはいえ、それが命令とあれば従う他ない。今回の任務に関しても、いろいろと腑に落ちない点はあるが、正式な手続きを踏んだ命令である以上は異を唱えるつもりはなかった。

 彼女には理想がある。その理想のために貴族連合を利用しているに過ぎない。極端な話をすれば、カイエン公が何を企んでいようと目的を遂げられるのであれば、他のことがどうなろうと構わないとさえ考えていた。
 彼女が求める理想。それは――〈槍の聖女〉をも超える圧倒的な武勲を得て、オーレリア・ルグィンの名を後世に残すことだ。
 多少は名が知れてるとはいえ、猟兵を一人や二人殺したところで大きく名が上がるわけでもない。しかし、人質は別だ。セドリックを救出したとなれば、それなりに箔は付くだろう。そう考えて、渋々この任務を引き受けたのだ。
 ――素直に従うならよし、抵抗するのなら殺す。
 そんな風に威圧するオーレリアの提案を、シャーリィは軽い口調で拒否した。

「ああ、それ無理。あの皇子様なら、ここにはいないからね」

 これにはオーレリアだけでなく、リィンも目を瞠って驚く。

「はあっ!? そんな話は聞いてないぞ!?」
「言ってないもん。シャーリィたちの仕事はあくまで、そこの怖いお姉さん≠ここに陽動すること――皇子様なら、とっくに引き渡しちゃった」

 ここに皇子はいない。シャーリィがそんな少し調べれば分かるような嘘を吐く人物ではないことは、リィンがこの場で一番よくわかっていた。
 それに、もう一つ気になることをシャーリィは口にした。
 オーレリアをここに陽動することが、本来の目的だと彼女は言ったのだ。

「どうやら、いろいろと訊くことがありそうだ」

 その細い身体からは想像も付かない大きな剣を片手に、全身から闘気を迸らせるオーレリア。しかし、オーレリアの言うようにシャーリィに訊くことがあるというのは、リィンも同感だった。
 ここにセドリックがいない以上、益々シャーリィを逃がすわけにはいかなくなった。そして、オーレリアにシャーリィを渡すということも絶対に出来ない。
 そこまで考えたリィンはシャーリィを守るようにオーレリアの前に立つと、振り返ることなくシャーリィに釘を刺した。

「おい、シャーリィ。……逃げるなよ」
「うーん。リィンが守ってくれるならいいよ。いまは〈テスタ=ロッサ〉もないし、楽しめそうにないしね」

 シャーリィは一見すると考えなしに思えて、実のところは勘が鋭く機転がよく働く。この展開を予想して、あんなことを口にしたとしても、まったく不思議ではなかった。
 武器を構え、二十アージュほどの距離で睨み合うリィンとオーレリア。場を濃密な気配が支配する。
 鋭い眼力と気当たりを放ち、僅かな隙すら見逃すまいと互いを牽制し合う二人。

「ちょーっと、お待ちになってください! このわたくしを無視して勝手に話を進めるんじゃありませんわ!」

 そんな二人の間に割って入り、異を唱えたのはデュバリィだった。
 突然のデュバリィの乱入に面喰らい、目を丸くするリィン。
 そんな呆然とするリィンを無視して、デュバリィは剣先をオーレリアに向けると、確認を取るように質問を投げつけた。

「その大剣に、その構え、あなたアルゼイドの関係者ですわね」
「ほう……我が剣を言い当てるか。ん、その姿……」

 一目で流派を言い当てられたことに感心しながらも、デュバリィの姿を見て何かに気付いた様子を見せるオーレリア。

「あなたの相手は、わたくしがします。鉄機隊が筆頭、この〈神速〉のデュバリィが!」

 想像もしなかった言葉がデュバリィの口からでたことで、オーレリアは目を瞠る。
 古風な騎士の姿に、一目でアルゼイドの構えを言い当てた眼力。そしてデュバリィが口にした『鉄機隊』という名称。
 ただの偶然とするには、余りに出来すぎている。そこからオーレリアは、一つの結論を導き出した。

「フフッ、そうか……まさか、このようなところで――いや、この場所だからか! よもや〈聖女〉に連なる者と相見(あいまみ)えるとは……」

 喜びに満ちた表情で、オーレリアは高らかな笑い声を上げる。

「面白い! 我が剣が伝説の一端に届くか、試させてもらう!」
「笑止ですわ! 傍流のアルゼイド如きがマスターより授かった、この〈神速〉の剣に届くとでも? その思い上がり、後悔させてあげますわ!」

 闘気を全身から迸らせながら、デュバリィとオーレリアは二人の世界へと入り込んでいく。
 剣を構え、僅かな隙を窺い合う二人。空気がチリチリと張り詰めていくのを感じる。
 ――長い沈黙の後、先に飛び出したのはデュバリィの方だった。


  ◆


「あのバカ……」

 頭を掻きむしりながら、デュバリィとオーレリアの戦いを見守るリィン。助けに入ろうにも連携が上手く取れなければ邪魔になるだけだ。あの調子では協力して戦うことなど頭にないだろう。
 この場にオーレリアが現れることを考慮していなかったため、デュバリィのアルゼイドに対する執着心をリィンは失念していた。
 アルゼイドというのは、嘗て〈槍の聖女〉の片腕となり鉄騎隊≠フ副長を務めていたことで知られる歴史上の人物だ。〈光の剣匠〉や娘のラウラも、そのアルゼイドの血を継いでいる。そしてオーレリアがいま℃gっている剣も、そのアルゼイド流だ。現在の鉄機隊≠フ筆頭であるデュバリィには、その辺りで思うところがあるのだろう。

「リィン……これ、どうなってるの?」
「フィーか。まあ、いろいろとあってな。それよりガレスはどうした?」
「逃げられた……それと、ちょっとまずいかも」
「まずい?」

 悔しげな表情を浮かべながらガレスに逃げられたことと、外の様子をリィンに話して聞かせるフィー。
 要約すれば、外で領邦軍と戦っていた〈赤い星座〉の猟兵たちが、ガレスと共に撤退を始めたという話だった。
 まさか、そんなことになっていると思っていなかったリィンは、戸惑いと驚きに満ちた表情でシャーリィを見る。

「さっきも言ったよね。仕事は終わった≠チて」
「終わったってな……お前、置いて行かれたんだぞ」
「うーん。まあ、別にいいんじゃない? ガレスには適当なところで撤退するように言ってあったしね」

 仲間に置いて行かれたというのに、随分と軽い返しをするシャーリィ。また何か企んでいるのではないか? と勘繰るリィンではあったが、いまはそんなことを言っている場合ではなかった。〈赤い星座〉が撤退したということは、領邦軍がここにやってくるということだ。オーレリアと合流される前に逃げないと厄介なことになる。
 リィンが逃走のタイミングを考えていると、デュバリィの雄叫びのような声が広間に響いた。

「剣の腕は、ほぼ互角だね」
「いや、あれじゃダメだな。デュバリィは勝てない」

 目に留まらないほどの速度で剣を打ち合う二人を見て、フィーはほぼ互角と推測するがリィンの見立ては違っていた。

「まだ、オーレリアはアルゼイド≠フ剣しか使ってない。そろそろか……」

 盾を正面に構え、凄まじい速度で迫るデュバリィを大剣で迎え撃つオーレリア。デュバリィの突進に合わせ、オーレリアは大剣を振り下ろす。
 しかし、デュバリィはそんなオーレリアの攻撃を予測していたかのように盾を斜めに構え、剣筋を滑らせながら盾の陰に隠された神速の剣を抜き放つ。

「もらいましたわ――残影剣!」

 オーレリアへ目掛けて一筋の光が吸い込まれようとした、その時――

「甘いっ、ハウンドゲイル!」

 ディバリィの視界からオーレリアの姿が消えた。


  ◆


 神速の剣撃が決まるかと思った次の瞬間――
 息が詰まるほどの衝撃を全身に受けたかと思えば、床を転がっていたのはデュバリィの方だった。

「ぐっ――!」

 血を吐き、何度も床に叩き付けられながら弾け飛ぶデュバリィ。
 三十アージュほど転がると壁に叩き付けられ、ようやく動きを停止した。

「くっ……がはっ……」

 剣を支えにしてフラフラと起き上がるデュバリィ。床や壁に叩き付けられながらも受け身を取っていた様子で、血と土埃で汚れてはいるものの目立つ外傷はない。しかし、その表情には驚きと困惑が見て取れた。

「クッ……いまのは一体……」
「あんな頭に血が上った状態で通用するわけがないだろ。突っ走りすぎだ」

 呆れた表情でそう話すリィンの手を、不機嫌そうにデュバリィは払い除ける。

「それだけ元気なら大丈夫か」
「当然です! この程度でやられるほど柔な鍛え方はしていませんわ!」

 足にきているのか、プルプルと身体を震わせながら胸を張るデュバリィを見て、リィンは苦笑を漏らす。

「さっき、お前がやられた技はアルゼイドのものじゃない。ヴァンダールの技だ」
「……ヴァンダール?」
「帝国の二大剣術の一つ、アルゼイド流と双璧をなす流派だ。あの将軍さんは、アルゼイドとは別にヴァンダールの剣術も修めている。鉄騎隊の流れを汲む剛剣のアルゼイド。皇帝の守護者として知られるヴァンダールの剣。その二つを極めた――謂わば、攻防一体の剣という奴だ」

 アルゼイドが攻めに特化した剣なら、ヴァンダールは守るための剣だ。その二つを極めたオーレリアの剣は、まさに攻防一体の力を備えている。デュバリィが渾身の剣を放った瞬間、オーレリアは受けるでも避けるでもなく前に出た。見事な足裁きでデュバリィの左手側面に潜り込み、剣の腹でカウンターを決めたところをリィンは見ていた。
 音速に迫るデュバリィの剣撃を見切ったこともそうだが、ただ回避するだけでなく振り下ろした大剣を棍のように回転させ、カウンターを合わせるなど常人離れした反応と恐るべき技術だった。
 しかし、あの一瞬でオーレリアの剣撃に盾を合わせ、咄嗟に受け身を取ることでダメージを最小限に抑えて見せたデュバリィも十分に規格外と言えるが――

「そういうことですか……まったく忌々しい真似を……」

 すぐにでも飛び掛かっていきそうな目つきで、オーレリアを睨み付けるデュバリィ。とはいえ、彼女も先程の一撃でオーレリアの実力を理解したようで、闇雲に飛び出すような真似はしない。じっと冷静にオーレリアの出方を窺っていた。
 そんなデュバリィを見て、いまならとリィンは話を持ち掛ける。

「それで、だ。協力しないか?」
「む……わたくしはまだ負けていませんわ。あの程度の相手、一人でも――」
「万全の状態なら良い勝負をするかもしれないが、その足≠ナ全力がだせるのか? ダメージ残ってるんだろ?」
「うぐっ……」
「それに時間も余り残されていない。外で領邦軍と交戦していた〈赤い星座〉の部隊が撤退を始めたそうだ」

 てっきりシャーリィを助けにくるかと警戒していたリィンだったが、フィーに追い詰められてガレスもあっさりと仲間を連れて撤退。シャーリィもどう言う訳か、逃げる素振りをまったく見せず大人しくリィンの指示に従っていた。
 とはいえ、〈赤い星座〉が撤退したということは、領邦軍がここにやってくるのも時間の問題ということだ。
 セドリックがいない以上、そんな状況で戦いを長引かせても意味はない。長居は無用とリィンは考えた。

「どうしてもやるって言うなら置いていく。逃げる気があるなら協力しろ」

 いざとなればデュバリィを囮にして、その間に逃げることも出来る。
 とはいえ、ここまで連れてきた責任がある以上、リィンは協力者として簡単に見捨てるつもりはなかった。
 リィンの問いに渋々といった様子で首を縦に振るデュバリィ。彼女も、いまの状態ではオーレリアに勝てないことくらいは理解していた。
 それに命は惜しくないが、マスターから与えられた使命もある。こんなところで捕まるわけにはいかない事情が彼女にはあった。

「例の転位魔術……どのくらいで発動可能だ?」
「わたくし一人なら十秒と掛かりませんが、専門外ですし四人となると……。二分、いえ一分ほどあれば……」

 リィンの質問に厳しい表情で答えるデュバリィ。彼女も自分で言っていてわかっているのだろう。
 転位する時間を待ってくれるほど優しい相手ではない。誰かが時間を稼ぐ必要があった。

「俺が時間を稼ぐ。その間にフィーとシャーリィを連れて転位の準備をしてくれ」
「……わかりましたわ。不本意ながら、今回はあなたの指示に従ってあげます」

 そう言って、フィーたちの元へ走るデュバリィ。
 去り際まで可愛くない奴だと呆れながらリィンは腰の武器を抜き、二丁の片手銃剣(ブレードライフル)を手にオーレリアの前に立つ。

「次はそなたか――〈妖精の騎士(エルフィン・ナイト)〉。まさか、二刀流とはな」
「二本同時に使うことは滅多にないんだが、今回はそうも言ってられそうにないしな……。一応きいておくが、引く気はないか?」
「愚問だな。敵を見逃すほど、私は甘くない」
「だよな。正直、金にもならないし面倒でやりたくないんだが……」
「その口振り……まるで、私に勝てると思っているような口振りだな」
「まあ、負けはないな。少なくともあの程度≠ネら問題ない」

 デュバリィとの戦いを見ていたはずだ。にも拘らず『負けはない』とはっきり口にしたリィンに、オーレリアは興味を持った。
 もし本当にそれほどの実力を持っているのなら、是が非でも立ち合いたい。猟兵の世界で最強と呼ばれた男――あの〈猟兵王〉に次ぐ実力を持つと噂される〈妖精の騎士〉の力に触れられるチャンスだ。貪欲に強さを求めるオーレリアにとってリィンは、まさに最高の獲物と言えた。
 しかし、そんなオーレリアの考えなど歯牙にも掛けない様子で、リィンは楽しむでも怒るでもなく、ただ平坦に戦場を眺める。
 リィンにとって戦場とは、常に生きるための、大切なものを守るための戦いだった。
 必要だから武器を取った。必要だから力≠手にした。ただ、それだけのことだ。この戦場(せかい)はリィンにとって、日常の延長線でしかない。

「見せてもらうぞ。最強と名高い猟兵団の力の一端を!」
「いいぜ、なら刮目しろ。〈西風(さいきょう)〉の戦いを――」

 髪が白く染まり、双眸が真紅に変わる。身体から迸る闘気は黒く、禍々しい輝きを放っていた。



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