「前に見たのより大きいな」

 カレイジャスの船倉まで運び入れた巨大なゼムリアストーンの結晶を見て、リィンは感想を漏らす。全長で二アージュほどある結晶は、四年前にリィンが回収したものより一回りほど大きく見えた。
 表には余り流通していない鉱石だが、一部の好事家や研究者の間では有名な素材だ。ここ数年、加工技術が大幅に進歩していることで、稀少鉱石の需要が高まっているという話もある。それだけに、闇に流せばかなりの高値が付くだろう。それこそ、一億ミラを超えるほどの値が付いても不思議ではない。もっともリィンは、この結晶を売るつもりはなかった。
 原作では結晶を幾つか集めることで〈騎神〉用の武器に加工して使っていたが現在その必要はないし、考えてみれば勿体ない使い方だ。〈騎神〉は確かに驚きに値する戦闘力を有しているが、兵器としてみれば欠陥品だ。〈機甲兵〉のように数を揃えられないのであれば、大きな脅威にはならない。それよりは戦闘メンバーの装備の充実を図りたいというのが、リィンの考えだった。
 現在はリィンとフィーしか持っていないゼムリアストーン製の武器だが、機甲兵の装甲すら容易く斬り裂く武器だ。全員に行き渡れば、かなりの戦力アップが期待できる。
 結晶の使い道についてリィンが考えている横で、シャーリィに追いかけ回され、命辛々の生還を果たしたエリオットとラウラは屍のように床に伏せっていた。

「よし……それじゃあ、準備運動はこのくらいにして」

 これ以上まだあるのか、といった顔でリィンから距離を取るエリオットとラウラ。
 ラウラも厳しい訓練には耐性があるつもりだったが、リィンの訓練は彼女の常識からも大きく外れていた。
 顔を青くして震える二人を見て、さすがにやり過ぎたかと頬を掻くリィン。

「冗談だ。真に受けるな」

 リィンの言葉に心の底から安堵して、ほっと息を吐くエリオットとラウラ。一方リィンはというと、明日からの訓練メニューを真剣に考えていた。
 実戦に勝る経験はないというが、時間がない以上ある程度は手荒に鍛えるしかない。そういう意味で考えると、シャーリィは理想的だ。下手をすると再起不能になりかねないが、実戦さながらの経験値を得るのに打って付けの相手だった。どのみち適度にシャーリィの退屈を解消する必要もあったので、そういう意味で生け贄は必要だった。
 強くなれるのなら本望だろうと、二人の特訓相手に今後もシャーリィをけしかけることをリィンは考える。

「こ、これは――」

 声に気付きリィンが振り返ると、ゼムリアストーンの結晶を興味深そうに観察している一人の男がいた。
 黄色の作業服を身に着けた小太りな男性。随分と若い。恐らくはラウラたちと同じ学生の一人だろう。現在この艦は、救出された士官学院の生徒とオリヴァルトが集めた民間人の手によって運用されている。この太めの男もそんな作業員の一人だろうと考え、リィンが声を掛けようとした、その時――エリオットが驚いた様子で声を上げた。

「ジョルジュ先輩!?」

 エリオットに名前を呼ばれて、太めの男は顔を上げる。
 士官学院・技術部の部長で、学生の身でありながら技術棟の管理も任されていた凄腕技師。それが彼、ジョルジュ・ノームだった。

「久し振りだね。あれから心配してたんだけど、元気そうで何よりだよ」

 のんびりとした口調で優しげな笑みを浮かべ、ラウラとエリオットの無事を喜ぶジョルジュ。
 そんなジョルジュに、ラウラはふと頭を過ぎった疑問を口にする。

「ご無沙汰しています。ジョルジュ先輩、どうしてここに?」
「オリヴァルト殿下から連絡をもらって、さっきこっちに着いたところでね。ああ、トワも一緒だから後で顔を見せてあげるといいよ」
「トワ会長も!?」

 ジョルジュの口から思い掛けない名前が飛び出したことで、エリオットは驚きの声を上げる。
 トワというのは、トールズ士官学院の生徒会長トワ・ハーシェルのことだ。
 ジョルジュと同様に平民ながら、優れた資質と親しみやすい性格を買われて生徒会長に就任した士官学院を代表する優秀な生徒だった。

「えっとキミは……」
「リィン・クラウゼルだ。よろしく頼む」
「ああ、キミがサラ教官やオリヴァルト殿下の言ってた……こちらこそ、よろしく」

 ジョルジュと握手を交すリィン。
 サラとオリヴァルトが何を言っていたかは、後でゆっくりとジョルジュから聞く必要があるなとリィンは考える。

「ところで、この結晶ってゼムリアストーンだよね。これほど大きいのは始めてみたよ。一体どこでこんな物を……」

 ジョルジュの質問に、ふと何か思いついた様子であごに手を当てるリィン。 

「気になるなら、俺の話に乗ってみないか?」

 リィンの言葉の意図を瞬時に察したジョルジュは、技術者らしい笑みを浮かべる。
 怪しげな笑い声を上げる二人を見て、言い知れぬ不安と寒気を感じるラウラとエリオットだった。


  ◆


 ジョルジュと商談もとい相談をしている途中でブリッジに呼び出されたリィンは、どう言う訳かヴィクターに睨まれていた。

「ふむ……兄上か」

 そこで黙らないで欲しいとリィンは切実に思う。
 これまでの親バカ連中を見るに、ヴィクターも親バカである可能性が高い。
 ラウラが何故あんなことを言ったのかわからないが、勘弁して欲しいと言うのがリィンの偽らざる心境だった。

「リィン殿……いや、リィン。娘のことをよろしく頼む」
「え……あ、はい」

 何故、態々呼び方を言い直したのかなど疑問は残るが、怒っていないようなので安心するリィン。

「うんうん、着実にヒロインを増やしているね。兄上くん!」
「一回、死ね――」

 オリヴァルトの額に、ブレードライフルの銃口を向けるリィン。
 だらだらと汗を流しながらオリヴァルトは両手を挙げ、降参のポーズを取る。

「一度どころか、チャンスがあれば何度も殺そうとしてるよね?」
「そう思うなら、お前もちょっとは反省しろ」

 仲が良いのか悪いのかよく分からない二人のやり取りに呆気に取られる一同。
 しかしアルフィンは慣れた様子で、にこにこと笑顔を浮かべながら、オリヴァルトに釘を刺す。

「お兄様。悪ふざけはそのくらいにして、そろそろ本題に」
「ああ、そうだったね」

 これ以上は本気でまずいと思ったのか、素直に妹の言葉に従うオリヴァルト。
 コホンと一呼吸置き、オリヴァルトは話に入った。

「話というのは簡単だ。彼女――シャーリィ・オルランドから得た情報の裏が取れた」

 それは先日のシャーリィの話に関することだった。
 確認を取るようにリィンはオリヴァルトに尋ねる。

「シャーリィの話が正しかったってことか?」
「そちらに関しては、当事者に話を聞いて頂いた方が早いと思います」

 オリヴァルトの代わりに、リィンの質問に答えるアルフィン。すると大型スクリーンにスイッチが入り、一人の男性が映し出された。
 正規軍の軍服をまとった金髪の男。長身でガッシリとした体格をしており、その表情からも堅実な性格が滲み出ている。
 その人物に心当たりがあるどころか、よく見知っている様子で誰よりも早くサラは名前を叫んだ。

「ナ、ナイトハルト教官!?」
『久し振りだな、サラ教官。活躍は、そのなんだ。いろいろと耳にしている』

 サラに名前を呼ばれ、どこか言い難そうに返事をするナイトハルト。
 二人は同じ士官学院で、教官をしていた間柄。謂わば、同じ職場で働く同僚だった。
 規律を重んじ仕事をきっちりとこなすナイトハルトと、いつも適当で生徒の自主性に委ねるサラ。反りが合わず、口論になることも珍しくなかった。
 もっともクレアの件と動揺に、何かと口うるさいナイトハルトを、サラが一方的に嫌っていたという面も大きかったのだが――
 そんなわけでサラとしては、士官学院の関係者のなかで一番顔を合わせたくなかった人物が彼≠セった。
 微妙な表情を浮かべるサラを放置して、ナイトハルトはリィンとフィーに話を振る。

『第四機甲師団所属ナイトハルト少佐だ。〈西風の妖精〉と、その〈騎士〉殿。貴殿たちの活躍は中将閣下から伺っている。この場を借りて礼を言わせて欲しい』

 深々と頭を下げるナイトハルトを見て、リィンは困った様子で頬を掻き、フィーも少し照れ臭そうに顔を背ける。
 心の底から学生たちの身を案じて、頭を下げているのだろう。それが真摯に伝わってくる言葉だった。
 堅実で真面目そうな人物だと思っていたが、まさにイメージ通りの人物だ。

『エリオットも……壮健そうで何よりだ』
「ナイトハルト教官……」

 教官と生徒と言う以上にクレイグ中将を通じてエリオットと面識のあるナイトハルトは、エリオットが領邦軍に捕まったと聞き、心配をしていた。
 そういう意味でも、リィンたちには感謝していた。そのため、話に入る前に、どうしても感謝だけは伝えておきたかったのだ。
 再会を喜び、一通り挨拶を終えたところで、ナイトハルトは本題に入る。

『先日まで私はミュラー少佐と共に第七機甲師団の元に身を寄せていた。帝国西部で猛威を振っていたラマール領邦軍の動きに対抗するためだ』

 その話は以前、オリヴァルトからリィンも聞いていた。
 正規軍のなかでも若手の双璧と言われるミュラーとナイトハルトの二人なら、オーレリアやウォレスの相手も務まるだろう。
 そう考えて、オリヴァルトも二人を西部に向かわせたに違いなかった。

『そして先日、情報局から〈黄金の羅刹〉と〈黒旋風〉が兵を率いてレグラムに向かったとの情報が入った。我々はその情報を基に作戦を練り、ラマール領邦軍に対し反攻作戦を開始した。それが三日前のことだ。その結果、幾つかの町や村を解放し、カイエン公の本拠地オルディスまで敵を押し返すことに成功した』

 そこに話が繋がる訳か、とリィンは納得の表情を見せる。
 シャーリィがオーレリアの目を向けさせることが狙いと言っていたことや、ルーファスが捕らえられた件も無関係ではないとリィンは推察する。
 裏で革新派、情報局の人間が動いていたということだ。すべては正規軍にとって有利に事を運ぶために――
 そして、その計画はナイトハルトは勿論、正規軍にも知らされていなかった。

『正直、我々も驚いている。まさか、あの情報の裏に〈赤い星座〉が絡んでいたとは……』
「しかし、その情報通りに動いて正規軍は勝利した、と……。現在の西部の状況は?」
『以前は七割以上押し込まれていたが、現在は戦力的に五分か、少し我々に優勢な状況となっている』

 ナイトハルトの話が事実なら、これまで優勢だった貴族連合が劣勢に追い込まれていることは間違いない。残存戦力にほとんど差はないとはいえ、流れは正規軍の方にある。東部でも双龍橋が正規軍に奪還され、アルバレア公の部隊はバリアハート方面へ撤退を余儀なくされている。現在もオーロックス砦の攻防は続いているという話だ。
 これを偶然と考えるべきか? 何者かに利用されたと見るべきか? 何れにせよ膠着状態にあった戦いは大きく動くと考えていいだろう。
 貴族連合もこのまま黙ってはいないだろうし、正規軍も現在の流れを維持したいはずだ。となれば、より激しい衝突へと発展していく恐れもある。

(まさか、それが狙いか?)

 以前、デュバリィから伝えられたヴィータの伝言が気に掛かるリィン。原作知識について知る者がいる可能性については考えてきた。
 この状況から推察するに、その何者かは情報局の関係者である可能性が高い。いまのところ一番怪しいのは、あの男――レクター・アランドールだ。
 彼自身か、その周りに原作知識について知る者がいると考えるのが自然だ。
 そこまで考えたリィンは、オリヴァルトに確認を取るようにセドリックの消息について尋ねた。

「セドリック殿下の消息は掴めたのか?」
「そちらに関しても情報局に問い合せてみた。現在セドリックは、ゼクス中将の元に身を寄せているそうだ」
「その話からすると、情報局は〈赤い星座〉との関係を認めたのか?」
「あっさりとね」

 オリヴァルトの話に、益々情報局が怪しいと狙いを付けるリィン。とはいえ、怪しいというだけでは、どうこうすることも出来ない。
 疑わしいところはあるが少なくとも、これまでの情報局の動きは正規軍を味方するものだ。
 オリヴァルトやナイトハルトの立場では、情報局を追及することは難しいだろう。

「大尉は何も聞かされてなかったんだよな?」
「お疑いになるのは当然かと思いますが、鉄道憲兵隊(われわれ)には何も……」
「だとすると……」

 情報局の独走と考えるのが自然だ。すぐにリィンの頭を過ぎったのは、鉄血宰相ことギリアス・オズボーンの名だった。
 敵の油断を誘うために味方をも欺く手法。これだけの計画を考えられる人物となると、リィンの知る限りでは〈鉄血〉の名を持つあの男しかいない。
 しかしそうなると、ルーファスの件がわからない。ルーファスはオズボーンの腹心のはずだ。計画を知らされてなかったにしても少し妙だ。

(動きに一貫性がなさすぎる……。上手くいっていることは確かだが、ちぐはぐに見えるのはなんでだ?)

 見落としがないか考えるリィンだが、これまでの情報だけでは狙いが見えて来ない。
 少なくとも単純に正規軍に勝たせることが、最終的な目的とは思えなかった。
 逡巡して一つの結論をだしたリィンは、ここで大きな動きに出る。
 アルフィンに目配せをするリィン。すぐにリィンの狙いを察したアルフィンは静かに首を縦に振った。

「オリヴァルト。俺と一つ取り引き≠しないか?」
「……取り引き?」

 ふむとあごに手を当て、探るような視線をリィンに向けるオリヴァルト。

「俺は猟兵だ。当然だが依頼で動いている以上は、ただ働きはしない。なのに、まだアルフィンからは、ちゃんと報酬をもらってなくてね。だから、ここらで確約を得ておきたい」
「僕に、その報酬を立て替えろと?」
「別にオリヴァルトに払えって言うつもりはないが、子供の不始末は保護者の責任だろ?」

 オリヴァルトが支払いを拒否すれば、皇帝に請求すると言っているも同じだった。
 傲岸不遜とも言えるが、リィンならそのくらいのことはするだろうとオリヴァルトは考える。
 そして、それが猟兵だ。彼等を軽く見て支払いを拒否した挙げ句、報復を受け、破滅した貴族の話もあるくらいだ。
 そうしたことから彼等への報酬を渋る者は、商人は勿論のこと貴族にもいない。

「キミの言い分はわかった。それで? 幾ら欲しいんだい?」
「十億ミラ」

 バカな――と思わず声が漏れるほど、バカげた金額だった。
 確かにアルノール皇家であれば払えない額ではないが、猟兵に支払う報酬の相場から考えても余りに懸け離れた金額だった。
 しかし同時にオリヴァルトは、これまでのリィンたちの活躍を振り返り考える。
 アルフィンやエリゼの保護に加え、ユミルの防衛。更には民間人の救出と双龍橋の奪還。レグラムの一件もセドリックを救出は出来なかったとはいえ、彼等の活躍によって西部の戦況を有利に進めることが出来た背景がある。その上、あのオーレリアに怪我を負わせ、退かせた功績は勲章ものと言って良いほどだ。
 一般的に高ランクの猟兵団に依頼する場合、一回の依頼につき数千万ミラが相場だと言われている。先日の西ゼムリア通商会議で帝国政府が〈赤い星座〉に支払った依頼料も一億ミラを超えていた。リィンやフィーの実力や実績から考えて、それに相当する報酬が支払われても不思議な話ではない。十億という途方もない額も、そのことを考慮すれば理不尽と言えるほどの金額ではなかった。

「帝国の至宝とも呼ばれるアルフィンの命が、それより安いって言うなら値下げ交渉に応じてもいいが?」

 そう言われると、オリヴァルトとしても反論は難しかった。
 アルフィンの命と金。当然そんなものを比べられるはずもない。しかし払えないと言えば、アルフィンの命はその程度の価値なのかと問われることになる。とはいえリィンとて、そのような要求が本当に通るとは考えていないはずだ。なら、その意図は何かとオリヴァルトは必死に頭を働かせる。
 しかし、リィンはオリヴァルトの反応を見て満足したのか、あっさりと前言を翻した。

「と言いたいところだが、さすがにそれだけの報酬を即金で用意するのは無理だろう。だから代案がある」
「リィンさん、その先はわたくしが――」

 まるで示し合わせていたかのようにアルフィンが前にでて、リィンの代わりに話の続きを始める。

「お兄様。この艦をいただけませんか? 正確にはお父様のものですけど、そこは後で誠心誠意お願いしますので、取り敢えず〈紅き翼〉の権利諸々をすべて譲ってください」
「え、はあ……この艦を? まさか、アルフィン。キミは……」

 ここでようやくリィンとアルフィンがグルになって、この状況を作り上げたことにオリヴァルトは気付いた。
 畳み掛けるかのように、リィンはそんなアルフィンの話を補足する。

「内戦が終わるまで俺たちはアルフィンに力を貸す。アルフィンを通してなら、そっちの依頼を受けてやってもいい。その代わり、カレイジャスを貰う。どうだ? 悪くない取り引きだろう?」

 リィンの提案に目を瞠って驚くオリヴァルト。
 それは、リィンとアルフィンの計画が動き始めた瞬間だった。



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