「思ったより残ったな……」

 出航の朝を迎え、トワから渡された乗員名簿を目にしたリィンはそんな言葉を漏らした。
 リィンたちを含めて乗員三十二名。艦の規模から考えれば多いとは言えない数だ。そのなかで学生が十二名。実質、艦の運用に必要なサポート要員として数えられるのは、リィンたちを除いて二十名余りであることを考えると半数が学生ということになる。
 艦を降りたのは六名。三分の二が艦に残ることを希望したということだ。トールズ士官学院の生徒を少し侮っていたかもしれない、とリィンは思った。
 とはいえ、忠告はした。機会も与えた。その上で艦に残るということは覚悟を決めたということだ。
 実際、リィンだって彼等よりずっと小さい頃に実戦の経験をしている。その点から言えば、彼等の決断を否定するつもりはなかった。

「トールズ士官学院っていうのは、恐いもの知らずが多いな」
「若者よ世の礎たれ、が当校のモットーですから」

 胸を張って、そう答えるトワ。その様子がおかしくてリィンは思わず笑い声を漏らす。

「ちょ、ちょっとリィンくん! 笑うなんて酷いよ!」
「いや、悪い。なんだか子供が背伸びしているみたいでおかしくて……」
「全然、悪かったと思ってないよね。それ……」

 不満げにリィンを睨みながら、もういいよと肩を落とすトワ。
 そんなトワの横を通り過ぎ、艦長席に腰を下ろすリィン。その瞬間にブリッジに緊張感が漂う。
 ガラではないと思いつつも、腕を振り上げ指示を出すリィン。

「これよりカレイジャスは、ゼンダー門へ向けて出航する」


  ◆


 ゼンダー門。共和国との緩衝地帯として知られるノルド平原に建造された帝国に置ける北の要所だ。
 常日頃から大平原を挟んで北側に基地を構える共和国の軍隊と睨み合いを続けており、有事の際は共和国の侵攻を食い止めるために、正規軍のなかでも精強で知られる第三機甲師団が守りについていた。
 とはいえ、ここ十数年は主立った動きのない地域だ。
 たまに小競り合いのようなものはあるが、互いに領有権を主張し合い、静かに睨み合うだけの日々が続いていた。

「通信が届かないっていうのは本当みたいだな」

 もう直ぐノルド平原上空に到着する。何度かゼンダー門に通信で呼びかけはしたものの、クレイグ中将が言っていたように通信が繋がる様子はなかった。何者かに妨害されていると考えるのが自然だろう。
 となると、リィンには前世の記憶で思い当たる節が一つだけあった。監視塔に設置されているという通信を妨害する装置のことだ。
 どういう仕組みかはわからないが、正規軍の通信だけを阻害する効果を持った装置が監視塔に設置されていて、原作ではそれをVII組が領邦軍の目が正規軍に向いている隙をついて停止させるという話があった。
 ここまでの情報から察するに、それと同じか似たような装置が使われている可能性は高い。近代戦争において通信が持つ役割は大きい。情報をどれだけ早く正確に伝えられるかどうかは戦局を左右する上で重要な要素だ。それだけでなく通信が思うように取れないということは、部隊の連携にも支障が生じる。
 この問題をどうにかしないことには、クレイグ中将の懸念通りゼンダー門は何れ陥落することになる。第三機甲師団とはいえ、通信手段を封じられ補給もなしに戦線を維持することは難しいはずだ。
 ゼンダー門の陥落。それはリィンにとっても余り良い話ではなかった。
 領邦軍の手にゼンダー門が渡れば、帝国北部は完全に領邦軍の支配下に入ることになる。そうなればユミルにも、再び領邦軍の手が及ぶかもしれない。そうした事態だけは可能な限り避けたかった。

(監視塔か……念のため調査をしておくか)

 そこに装置があるという確証はない。しかし、もし貴族連合の手に監視塔が落ちているのなら、対策を講じる必要がある。
 積極的に正規軍に力を貸すつもりはないが、その結果ユミルを危険に晒しては意味がないとリィンは考えた。
 そして気掛かりなのは、ノルド方面の領邦軍と合流したと思われるアルバレア公の動きだ。

(何事もなく済めばいいが、そうはいかないだろうな……)

 このままアルバレア公が静観しているとは思えず、リィンは宙を見つめ考えを巡らせていた。


  ◆


 第三機甲師団の指示でゼンダー門の裏手に艦を着陸させたリィンはトワとクレアを伴って、第三機甲師団の幹部たちと対面していた。
 左右に腹心と思われる厳つい軍人たちの顔が並ぶ中、奥まった席で一際強い存在感を放つ人物がいた。
 右眼を黒い眼帯で覆い、濃い紫の軍服に身を包み、残された片方の目で射貫くような視線でリィンたちを見据える老獪の将。
 ――ゼクス・ヴァンダール中将。彼こそ〈隻眼〉の名で知られる帝国正規軍を代表する名将の一人だ。
 ゼクスが息を吐くと、部屋に張り詰めていた空気がサッと引くのを感じる。部屋に入った途端、心臓を鷲掴みにするかのような気当たりを向けられた時にはどうしたものかと思ったが、左右に居並ぶ将校たちを見て、リィンはゼクスの狙いを察していた。
 紅き翼の代表が、こんな若造であったことに対する驚きと戸惑いを隠せない将校たちを諫める狙いがあったのだろう。

「すまない。無粋な真似をした」
「いえ、お気遣いなく。かの〈隻眼〉の力の一端を見られただけでも収穫はあったので。ただ――」

 ブワッと濃密な死の気配がリィンから放たれ、将校たちに襲いかかる。
 喉元に鋭利な刃物を突きつけられたかのような衝撃に汗を流し、瞬き一つ出来なくなる将校たち。
 若さ故に舐められることは慣れているが、いまは艦を代表して来ている。甘く見られるということは、〈紅き翼〉も同じように軽く見られているということだ。
 結果、トワや学生たちは勿論のこと、フィーやアルフィンたちまで不当な扱いを受けるかもしれない。
 そのような可能性を、リィンは放置するつもりはなかった。

「その辺りにしてやって欲しい。彼等も悪気があってのことではないのだ」
「失礼しました。ただまあ、そういうことなので理解して頂けると助かります。お互いのためにも――ね」

 都合良く使われるつもりはないぞ、と釘を刺すリィン。将校たちの表情からも、余裕がないことは伝わってくる。そこにカレイジャスが物資を積んで現れれば、戦力としてあてにしたいと考える気持ちもわからないではない。しかしリィンは〈紅き翼〉の代表として、それを許すつもりはなかった。
 先にアルフィンを連れて来なかったのも、それが理由だ。アルフィンがいれば、彼等は〈紅き翼〉を彼女の付属品の一つとしか見ないだろう。最悪アルフィンを確保することで、カレイジャスを徴発しようとするかもしれない。ゼクス中将がそのような真似をするとは思えないが、名前や噂を知っているというだけで初対面の人間を無条件で信用するほど、リィンはお人好しではなかった。
 まだ幾人か納得していない様子の人物も見受けられるが、彼等を抑えるのは本来ゼクス中将の役目だ。
 そこまで面倒は看きれないと、リィンが本題に入ろうとした、その時だった。

「リィンさん。トワさんが……」
「ん、トワ?」

 クレアに言われて振り返るリィン。そこには目を開けて立ったまま気絶したトワの姿があった。


  ◆


「リィンくん、ああいうのはダメなんだからね! 私たちは喧嘩をしにきたわけじゃないんだから! ゼクス中将も大人気ない真似はやめてください」
「反省しています」
「申し訳なかった」

 大の男が二人並んで年端もいかない少女に叱られていた。
 将校たちを眼力一つで竦み上がらせた人物と、同一人物には見えないほど情けない姿だった。

「トワさん、その辺りに……セドリックも脅えていますし……」
「え、ええ!? 私、怖がられるようなことしてないよね!? ねっ?」

 同意を求められても困るといった表情を浮かべるリィン。
 一方、セドリックは震えながらアルフィンの背中に隠れ、様子を窺っていた。

「ううっ……アルフィン。この人たち本当に味方なの?」
「ええ、たぶん……」
「たぶん!?」

 予想だにしなかった双子の姉の言葉に、顔を青ざめて震え始めるセドリック。
 そんなセドリックを見て、「仕方ありませんね。セドリックは」と頬杖をつきながらアルフィンはあっさり前言を翻した。

「冗談です。さあ、セドリック。アルノール家の男子として、きちんとご挨拶を――」
「あ、はい。セドリック・ライゼ・アルノールです。はじめまして、皆さん」

 血を分けた双子の弟を手の平で転がすアルフィンを見て、やはりオリヴァルトの妹だとリィンは再確認する。
 一方、素直で礼儀正しいセドリックを見ると、とても同じ血が通っているとは思えなかった。

「本当にオリヴァルトやアルフィンの弟か? なんか似てないような」
「あ、僕は母様似だと、よく言われるので……」
「……ってことは、オリヴァルトやアルフィンの性格は親父さん譲りのものか」

 セドリックの話に「なるほど」と頷き、リィンは納得の表情を見せる。
 だとすれば歴代のエレボニア皇帝は、オリヴァルトやアルフィンのような性格だった可能性が浮上する。当然アルフィンやオリヴァルトの父親であるユーゲント三世も、その素養はあるということだ。
 リィンは背筋が寒くなるのを感じる。余り知りたくもない皇帝家にまつわる秘話だった。

「あの……リィンさん、不愉快な想像をされていませんか?」
「気の所為だ」

 アルフィンに訝しげな視線を向けられ、サッと顔をそらすリィン。
 まだ納得していない表情を見せるも、リィンに話す気がないと察するや諦めた様子で気持ちを切り替え、アルフィンはゼクス中将に話を振った。

「ヴァンダールの小父様。セドリックの件で少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「……情報局の件ですな。とはいえ、我々も皇太子殿下の一時的な保護を要請されただけで、詳しい経緯などは存じ上げないのです」
「一時的な保護……ですか?」
「近いうちに〈紅き翼〉が皇太子殿下を保護しにくると彼等は言っていました。話が通っているとばかりに思っていたのですが……その様子では、どうやら違ったみたいですな」

 道理で大きな混乱もなく基地内に招かれたはずだと、リィンとアルフィンは納得した。
 あらかじめ話が通っていたのなら将校たちの反応にも納得が行く。大方、オリヴァルトやヴィクターがセドリックを引き取りにきたと思ったのだろう。しかし〈紅き翼〉の代表として姿を見せたのは、どこの誰とも知れない若造だった。
 まったくの筋違いではあるが、彼等がリィンたちを警戒していた理由にも納得が行く。
 とはいえ、問題はそこではない。アルフィンは、ふと湧いた疑問を確かめるようにリィンに尋ねた。

「リィンさん、どう考えますか?」
「前から不思議に思っていたんだが、こちらの動きを把握しているとしか思えない。となると、正規軍かカレイジャスの乗組員にスパイがいる可能性がある。もしくは両方か……」
「スパイですか……。ですが、〈紅き翼〉には……」

 原作知識だけでは説明の付かない動きも幾つかあり、リィンはずっとそのことを気に掛けていた。可能性として一番高いのはスパイだ。
 しかし、クレアやアルティナなどの例外を除けば、〈紅き翼〉には民間人と学生しか乗船していない――そうアルフィンは言いたいのだろう。
 当然、味方を疑いたくはないはずだ。しかし、リィンはスパイが潜り込んでいても不思議ではないと考えていた。
 この場合、真っ先に疑われるのはクレアだが、疑われるとわかっていてそんな真似をするとは思えない。
 クレアが本当にスパイなら、もう少し賢いやり方を取るはずだ。この犯人はどちらかといえば、素人臭い部分がある。

「まあ、その件は後でどうにかするとして、ゼクス中将。車を一台貸してもらえません?」
「む……別に構わないが、どうする気だね?」
「少し調べておきたいことがあるんで移動用の足が欲しいんです。こちらの読み通りなら通信障害をどうにか出来るかもしれません」
「なんと――それが事実なら、是非こちらから協力を要請したいところだが……タダではあるまい。望みは何かね?」

 クレイグ中将と同様に、ゼクス中将なら言葉の裏を読んでくれるとリィンは確信していた。
 あらかじめ用意してあった台詞を読み上げるかのように、リィンはゼクス中将の質問に答える。

「では、遠慮無く。俺たちの悪巧みに加わる気はないですか?」

 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべながら、リィンはそんなことを口にした。



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