カレイジャスに戻ったリィンはエリゼを執務室に呼び、ゼクス中将との会談の内容の一部を話して聞かせた。
 それは彼女にやってもらうことがあったからだ。

「学生のなかにスパイですか!?」
「声が大きい。どこで聞かれているともわからないんだ。気を付けてくれ」
「あっ、はい」

 口を慌てて両手で塞ぐエリゼ。しかし、スパイというのはただならぬ話だった。
 その上、スパイが学生のなかにいるなどと言われれば、動揺しないのは無理だ。
 不安げな表情を浮かべ、リィンに尋ねるエリゼ。

「捕まえるのですか?」
「いや、当分は泳がせるつもりだ。ただまあ、どいつがスパイかは把握しておく必要があるからな。それでエリゼを呼んだってわけだ」
「……その話の流れから察するに、私に犯人捜しをしろと?」

 リィンの考えは理解できたが、それでも犯人捜しをしろと言われてもエリゼは困った。
 そうした捜査の経験はないし、何をどうしていいかわからない。それに出来れば学生たちを疑うような真似はしたくなかった。

「いや、そこまでのことは期待してない。ただ、普通に話を聞いて学生たちの相談に乗ってやってくれればいい。学院のことや家族のこととか、不安を抱えてる学生も大勢いるだろうしな。そのなかで気になる情報があったら教えてくれればいい」
「そんなことでいいのですか?」

 思ったより簡単な内容に、不思議そうに首を傾げながらエリゼは聞き返す。

「ああ、それで十分だ。面識の薄い俺がやるよりは、エリゼの方が怪しまれないと思ってな」
「それでしたら、エリオットさんたちの方が適任だと思いますが……」
「親しすぎるのも問題だからな。何事も程々に距離を取っていた方が、冷静に物事を見られるんだよ。あいつらじゃ学生の立場に寄りすぎている」

 エリゼは彼等と歳が近いと言っても、トールズ士官学院の生徒ではない。しかしエリオットたちは士官学院の生徒だ。
 問題の生徒とも顔見知りである可能性が高いし、仲間意識の強い彼等では客観的な意見は述べにくいだろうとリィンは考えていた。
 リィンの話の意図を察し、エリゼは頷いて応える。

「そういうことでしたら、お引き受けします」
「よろしく頼む――艦内通信? こんな時に誰だ?」

 そんな時だった。執務机の角に設置された艦内専用の通信端末がコール音を発した。
 カレイジャスはちょっとした広さを持つために艦内放送設備以外に、導力通信によるネットワーク網が敷かれている。
 これは有線のため傍受される危険も低く、現在ノルド全域に広がっている通信障害の影響を受けることもない。艦の機能を支える重要な設備の一つだ。
 ブリッジからの呼び出しかと考え、リィンは通信のスイッチを入れる。

『大変、リィンくん! VII組の皆が――』
「トワ……ちょっと落ち着け、そんなに大声ださなくても聞こえてるから。てか、どこにいるんだ? 周りの音からしてブリッジじゃないよな?」
『あっ、ごめんなさい。いまは補給物資の引き渡し確認で船倉に――って本当にそれどころじゃないの!』

 何やら随分と慌てた様子のトワに、何事かと顔を合わせるリィンとエリゼ。

『兵隊さんからノルドの集落の話を聞いたエリオットくんたちが、馬を借りて飛び出していっちゃったの!』
「アイツ等はまた勝手な真似を……でも、それのどこが大変なんだ? 子供じゃないんだし腹を空かせたら帰ってくるだろ?」

 子供じゃないんだから放って置け、とリィンはバッサリ斬り捨てる。
 大方VII組のメンバーの情報を得て我慢出来ずに飛び出していったのだろうが、エリオットには以前に釘を刺してある。
 その上でどう行動しようが、それは自己責任だとリィンは考えていた。

『それが話には続きがあって――あの辺りはいま領邦軍の巡回区域に入っているらしくて、猟兵なんかがたくさんいるらしいの!』

 そういえば、そんな話もあったかとリィンは思い出す。
 原作では〈ニーズヘッグ〉とか言う名の、そこそこ名の知れた猟兵団が派遣されていたはずだ。そして、その名はリィンも覚えがあった。
 さすがに〈西風の旅団〉や〈赤い星座〉ほどではないが、堅実な仕事をすることで知られている高ランクの猟兵団だ。
 現在のエリオットたちの実力では、些か分の悪い相手と言える。とはいえ助ける義理は――と考えていると、

『お願い、リィンくん!』
「兄様……」

 トワだけならまだしもエリゼにまで潤んだ目で訴えられ、リィンは観念した様子で肩を落とした。


  ◆


「ねえねえ。全員、殺っちゃっていいの?」
「まあ、いいんじゃないか?」
「リィン……」

 シャーリィの質問に適当に答えるとフィーに呆れた視線を向けられ、リィンは溜め息交じりに言い直す。

「冗談だよ。適当に追い返せれば十分だ」
「うーん。久し振りに思いっきり戦えるかと思ったんだけど、リィンがそう言うなら……」

 残念そうに不満を漏らしながら、ごろんとシートの上に転がるシャーリィ。
 ゼンダー門で導力車を一台借り受けたリィンはフィーとシャーリィ、それにアルティナを伴って、エリオットたちの向かったというノルドの民の集落を目指して車を走らせていた。

「ところで、どうして私まで?」
「お前、俺の監視があるとかいつも言っているくせに、なんで面倒臭がるんだよ……」
「最近、便利屋扱いされている気がするので……いま目を逸らしましたね?」
「気の所為だ」

 アルティナの質問に目を逸らして答えるリィン。
 ジーッとアルティナに睨まれながら、リィンは誤魔化すように話の続きを口にする。

「アルティナには別にやってもらいたいことがあるから連れてきたんだ。あそこの建物なんだが」
「……監視塔? なるほど、そういうことですか」

 遠くに薄らと見えている黒い塔のような建物を目にして、アルティナは理解の色を示す。
 その建物は高原北部にある共和国の基地を監視するために、帝国軍が建造した監視塔だった。

「ゼクス中将の話では、現在あそこが領邦軍の占領下にあることは確認済みだ。通信障害の件も含めて一番怪しいと踏んでいるんだが、アルティナは何か聞いてないか?」
「詳細は知りません。ただ、ルーファス卿の依頼(オーダー)で工房製のジャミング装置を融通した記憶があります」
「お前が原因かよ……」

 なんとなく予想は出来てたとはいえ、まったく悪びれた様子もなく正直に答えるアルティナにリィンは呆れる。
 最近ではすっかり馴染んでしまって忘れそうになるが、アルティナはこれでも貴族連合側の人間だ。まあ、表向きという条件は付くが――
 そのことを理解した上でリィンは、念のためアルティナに尋ねる。

「対処法は?」
「装置を破壊する以外には効果的な対処法はありません。あれは一定範囲の導力通信を妨害する導力波を発生させます。ジャマーキャンセラーを搭載した特別な通信機を除いて通信は不可能です」

 あっさりと答えたことに拍子抜けするも、ここ最近のアルティナは自分からは何も話さないが質問には答えてくれることが多かった。
 特に貴族連合に対しては、ルーファスの件もあって思うところがあるのだろう。
 前は立場を重んじて貴族連合に義理立てしていたが、最近はそれも薄れてきているようだった。

「ジャマーキャンセラー? それって妨害導力波を打ち消す装置かなんかで、通信を可能にしているってことか?」
「その通りですが、それが何か? 例え、そのことを知っていたとしても解析は困難です」

 仕組みを理解できたとしても解析は困難だと話すアルティナ。
 十三工房の作った代物だ。普通に考えれば、アルティナの言うように一朝一夕で解析できるようなものではないだろう。
 しかし導力技術に関しては何人か、それを可能とするかもしれない人物をリィンは知っていた。
 そして原作の通りなら、このノルドにその一人はいるはずだ。試してみる価値はあるかとリィンは考える。

「困難でも人の作ったものである以上、不可能じゃないはずだ。シャーリィ」
「……ん?」
「さっきのは前言撤回だ。派手にやっていいぞ」

 ニヤリと笑みを浮かべながら、シャーリィに好きにやれと指示をだすリィン。
 これにはフィーも「ああ……」と、リィンの悪い方のスイッチが入ったことを確認して何も言わなかった。


  ◆


 集落跡に着いてすぐのことだった。
 不意を突き、エリオットの死角から放たれた銃弾を、ユーシスは間一髪のところで弾き落とす。

「大丈夫か、エリオット!」
「うん……ありがとう。ユーシス」

 背中合わせに立つ二人。すぐにラウラも円陣を組むように二人の傍に立ち、大剣を構える。

「まさか、待ち伏せとは……」

 苦しげな表情で周りの男たちを観察するラウラ。
 猟兵と思しき装備をした黒衣の男たちが五人。三人を取り囲むように立っていた。
 その手にはラウラの剣によく似た大剣と、アサルトライフルと思われる武器が握られていた。
 男の一人、恐らく隊長格と思しき男が代表して、ラウラたちに質問をする。

「お前たち、ノルドの民ではないな。何者だ?」
「答える義理はないな。貴様等こそ、貴族連合に雇われた猟兵団か? ここで何をしていた」
「なんだと? 貴様、自分の立場がわかって……待てよ。その顔どこかで」

 そんな男の質問に、傲岸不遜な態度で逆に聞き返すユーシス。
 一瞬、怒りを覚えるも、ユーシスの顔を見て男の動きが止まった。

「隊長、ユーシス・アルバレアです。報告書にあった」
「アルバレア公の子息か。まさか、こんなところで遭遇するとはな」

 仲間の言葉で、いま思い出したかのように納得の表情を見せる隊長格の男。

「丁度良い。他の者は始末しても構わん。だが、ユーシス・アルバレアだけは捕らえろ。アルバレア公の前に連れて行く」

 そして悪辣な笑みを浮かべると、部下にそんな指示を飛ばした。
 隊長の一言で距離をじりじりと詰めながら、段々と包囲を狭めていく猟兵たち。
 しかし危機的状況であるにも拘らず、エリオットはどう言う訳か落ち着いていた。

「ユーシス人気者だね」
「フン、こんな時に冗談を言っている場合か。随分と余裕そうだが、何か秘策でもあるのか?」
「ああ、うん。危機的状況なのはわかるんだけど、もっと凄い人たちを知っているからかな。怖いって感情が湧かなくて……」

 なんだそれは――といった顔でエリオットを見るユーシス。
 一方ラウラは、そんなエリオットの言葉を納得の表情で肯定した。

「同感だ。いままでのことを考えれば……遥かにマシな相手だ」
「お前たちは、しばらく会わない間に何と戦っていたんだ?」

 二人が何を言っているのかわからず、困惑の表情を浮かべるユーシス。
 しかし、そんなユーシスの疑問に答える時間を待ってくれるほど、敵は甘くはなかった。

「来るぞ!」

 ラウラの一声で、目の前の敵に集中するエリオットとユーシス。
 大剣を持った前衛が敵の足止めをしつつ、銃を持った男たちが射撃で援護を行う。
 オーソドックスではあるが使い古された手堅い連携を見せる猟兵たちに、ラウラたちは実習で養った息の合った連携で立ち向かう。
 ラウラが前衛を引き付け、エリオットが後方からアーツで援護する。その隙をついてユーシスが、後衛の動きを牽制する。
 五対三という不利な状況にも拘わらず、ほぼ戦況は五分の状態で膠着していた。
 これに驚いたのは、攻撃を仕掛けた猟兵たちだ。容易い相手と思い侮っていただけに、ラウラたちの健闘は予想外だった。

「チッ! こいつら、なかなか戦い慣れている」
「特に子供(ガキ)と女は、まるでこちらの動きを予想しているかのように――」
「逃さぬ――真・鉄砕刃!」
「ぐあっ!」

 上段からの強烈な一撃を受けて猟兵の一人が弾け飛び、無人の家屋へと頭から突っ込む。
 ラウラが一人を倒したところで動きが鈍くなる猟兵たち。戦いの流れは完全にラウラたちへと傾いていた。

「猟兵との戦い方は心得ているつもりだ。それに、もうお前たちの癖は見切った」
「そういうこと――これ以上やるっていうなら、こっちも容赦しないよ」
「……本当に何があったのだ?」

 ラウラはまだわかるが、エリオットまで――『男子三日会わざれば刮目して見よ』という諺があるが、それにしても以前とは比べ物にならないくらい、二人の実力は飛躍的に向上していた。
 パワーやスピードなど、単純に身体的な能力が強くなったというよりは、精神的な部分――戦いに対する姿勢が大きく変わったように見える。油断や慢心といったものが二人からは感じられない。それどころか、どこか余裕を持ちながらも冷静に戦況を見極める目が大きく養われていた。
 この実戦慣れした戦い方は、軍人や騎士のものと言うよりは猟兵に通じるものがある。
 それを猟兵たちも感じ取ったのだろう。その表情からは、先程まであった慢心が消えていた。

「いいだろう。子供にしては、なかなかやることは認めてやる。しかし、ここまでだ」

 そう口にして首に下げた笛を鳴らす猟兵。すると遠吠えと共に十匹のヒョウ型の魔獣が、どこからともなく姿を見せた。

「軍用魔獣――しかも、こんなに!?」

 国の軍隊や高ランクの猟兵団が飼っている人の手で訓練された魔獣――それが軍用魔獣だ。
 エリオットが悲鳴を上げたように、訓練された魔獣は厄介で、非常に手強い相手だ。
 しかも、これほどの数――猟兵たちを含めれば戦力差は五倍近い。
 以前に比べて強くなったとは言っても、多勢に無勢が過ぎる。三人の額から、嫌な汗がこぼれ落ちた。

「奥の手は最後まで見せない。戦闘の鉄則だ。詰めが甘かったな」

 有利を悟ったのか、余裕の笑みを浮かべる猟兵。しかし、その笑みは一瞬で崩れることになる。

「面白そうなことしてるね。ねえ、シャーリィも仲間に入れてくれない?」

 予期せぬ声に驚き、ギョッと目を瞠る猟兵たち。振り返ると、そこには――
 巨大なブレードライフルを肩に背負った赤い髪の少女が、愉しげな笑みを浮かべ佇んでいた。



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