一瞬で姿を消し、間合いを詰めたフィーの一撃を、ガトリング砲の最も装甲の厚い片側部分で受け止めるヴァルカン。
 武器ごと腕を断つつもり放った一撃。ゼムリアストーン製の刃を受け止める装甲の硬さに驚きながら、フィーはすかさず反撃にでたヴァルカンの大振りの一撃を後方に飛び退くことで避ける。だが、そこを狙ってガトリング砲を放ち、フィーを遠ざけるように弾をばらまくヴァルカン。絶え間なく放たれるガトリング砲の弾が周囲の岩を粉砕し、土埃を宙に舞わせる。
 後退しながら左右に動き回ることで回避し、フィーは一時接近を諦め、仕切り直すために距離を取った。

「その硬さ……その武器も、ゼムリアストーン製?」
「その通りだ。お前さんの武器もそうなんだろ? ただまあ、とある工房の品って話だが、俺も詳しいことは知らねえんだ」

 悪いな、と口にしながらも悪ぶれた様子もなく平然と答えるヴァルカンに、フィーはなるほどと納得しつつ脅威度を上方修正する。
 並の武器なら今の一撃で勝負はついていた。しかし武器の質で互角なら、後は経験と力が勝敗を分ける。
 パワーでは圧倒的にヴァルカンの方が上だ。フィーの腕力では、あれほどの重量の武器をあんな風に軽々と振り回すことは出来ない。
 しかし、スピードではフィーの方が勝っている。あの巨体では、フィーの動きについて行くのもやっとだろう。
 問題はガトリング砲の恐るべき連射力だった。フィーでも、あの弾幕のなかを突っ込むのは厳しかった。

「さっきまでの威勢の良さはどうした? 俺に勝てるんじゃなかったのか?」
「ん……想像以上で少し驚いた。でも、やっぱりレオほどじゃない」

 何か作戦を思いついた様子で、敢えて攻撃を誘うように挑発するフィー。
 フィーが何かを企んでいることを承知の上で、ヴァルカンはどこか愉しげな笑みを浮かべる。

(感謝するぜ、西風の妖精(シルフィード)!)

 復讐心に取り憑かれ、ギリアスへの怒りで我を失っていたあの頃の自分では、決して味わえなかった充足感。
 すっかり忘れていた戦場でしか味わえない高揚感。生死を懸けた戦いによって心が満たされ、血が滾っていくのをヴァルカンは感じ取っていた。

「そう、来なくっちゃなあっ!」

 巨大な銃口をフィーに向けるヴァルカン。一秒間に数十発というエネルギーの塊が、容赦なくフィーに襲いかかる。
 幾らフィーが素早いと言っても、それだけの数の攻撃を一度にさばくのは不可能だ。
 狙いを付けさせないように足を動かし続けることで、フィーは絶え間なく襲ってくる銃弾の嵐を回避する。しかし、そんなフィーの動きはヴァルカンも予想していた。
 フィーを狙ったように見せかけて、垂直に伸びる巨大な岩壁にヴァルカンは狙いを付ける。
 弾の衝撃によって削り取られた箇所から亀裂が走り、自重に耐えきれなくなった岩壁がスライドするかのように崩れ落ちた。

「……まさか!?」

 頭に影が差し込み、直上を仰ぐフィー。直径三十アージュはあろうかという岩の塊が、フィーの頭上目掛けて落下してくる。
 更に、フィー目掛けて銃口を向けるヴァルカン。上からは大岩。正面からはガトリング砲。どこにも逃げ場はないかのように思えた。
 さあ、どうする――と興味深そうな笑みを浮かべ、一瞬の躊躇いもなく引き金を弾くヴァルカン。しかし――

「残像か! 本物は――」

 放たれた無数の弾丸は、フィーの身体をすり抜けて岩壁にぶつかる。
 ヴァルカンが残像に気付いた瞬間。空中の大岩が爆音を上げ、粉々に砕け散った。
 その岩の中から、双銃剣を顔の前でクロスさせたフィーが姿を見せる。すかさずガトリング砲を上空へ向けるヴァルカン。

「これなら、どうだ! 西風の妖精(シルフィード)!」

 ガトリング砲の銃口に嘗て無いほどの闘気が集まり、エネルギーが集束を始める。
 限界まで闘気を集束させたエネルギー弾を標的に撃ち込むヴァルカンの奥の手。
 決まれば機甲兵すら動けなくするほどの破壊力を持った必殺の一撃だ。余波だけでも相当な威力がある。

「デストラクトキャノン!」

 反動でヴァルカンの足下に亀裂が走り、轟音と共に放たれる閃光。巨大なエネルギーの塊が、フィー目掛けて迫る。
 空中で急な方向転換は出来ないはず。今度こそもらった――とヴァルカンが直撃を確信した、その時。

「なにっ!?」

 自分で砕いた岩の破片を足場に方向を転身し、フィーが空中で加速した。
 それでも回避しきれず余波でダメージを負いながらも、技の硬直で動けないヴァルカンにフィーは突撃する。

「――シャドウブリゲイド」

 身体がブレたかと思えば、複数の分身と共にヴァルカンに迫るフィー。
 無数に張り巡らされた糸のように交錯する閃光が、ヴァルカンの視界を覆い尽くした。


  ◆


「まったく……ざまあ、ねえな」

 仰向けに横たわり、空を仰ぎながらヴァルカンは呟く。

「ひと思いに殺ってくれ。満足のいく戦いだった。もう思い残すことは何もねえ」

 武器を手に見下ろすフィーに、ヴァルカンはトドメを刺せと迫る。
 嘗て憧れた最強の猟兵団。その申し子の一人と命懸けの死闘を演じることが出来たのだ。
 こういう最後も悪くない――そう思えるほどに、ヴァルカンはこの結果に満足していた。

「そうしたいところだけど……」

 刀身を破壊され、ヒビの入った双銃剣を見せて、フィーは肩をすくめる。それにヴァルカンも動けないが、フィーも体力的には限界に近かった。
 確実に殺せたはずの一撃だった。それに耐えきったということは、ヴァルカンのしぶとさがフィーの一撃を上回ったということだ。
 フィーは心の内で「しぶとさだけならレオ以上かも……」と、ヴァルカンの評価を更に上乗せしていた。
 トドメを刺せと言われても、それはヴァルカンの都合でフィーには関係のないことだ。これ以上、無駄な体力を使いたくなかった。
 なので確認の意味を込めて、フィーはヴァルカンに尋ねる。

「……本当に思い残すことはないの?」
「……何が言いたい?」
「ギリアス・オズボーン。鉄血宰相が生きているとしたら、あなたはどうする?」

 予想もしなかった一言に、目を剥いて驚くヴァルカン。実のところ、その可能性は考えなかったわけではなかった。
 しかし、調べれば調べるほどに死んだとしか思えない状況証拠しか出て来なく、十年に及ぶ復讐に疲れ果てていたヴァルカンは、その可能性から目を背けていた。
 それに、ギリアスが生きているとなると、これまでの行動がすべて無意味になってしまう。
 ギリアスに復讐を誓い、志半ばで死んでいった仲間の無念を考えると、口にだすことが出来なかった。

「冗談で言っているわけじゃ……なさそうだな」
「可能性の話だけどね。リィンはそう考えてるみたい」
「リィン・クラウゼル。……あの時の坊主か」

 リィンのことは知っていた。〈西風〉と軽くやり合った時のことだ。〈西風〉の本隊を撹乱するために後方の部隊にちょっかいをかけて、そこでリィンと出会った。
 当時、七つに満たない子供に手痛い反撃を食らい、時間を稼がれている間に本隊と合流され任務を失敗した時のことを、昨日のことのようにヴァルカンは覚えている。
 アルンガルムが壊滅する一年前のことだ。

「リィンのこと知ってたんだ」
「昔、仕事で〈西風〉とやり合った時に少しな。いまでは相当に強くなってるんだろうなあ」
「ん……いまのリィンなら、団長と互角に渡り合えるかも」
「そいつは凄い……」

 確かに子供にしては手強かったことを記憶しているが、一人前の猟兵と比べれば動きはぎこちなく、身体能力に振り回されているイメージが強かった。
 そんな少年が〈猟兵王〉に迫る実力を手にするまでに成長したという話を聞き、ヴァルカンは笑みを浮かべる。
 あれから十一年、リィンが当時のことを覚えているかどうかはわからないが、嘗ての仲間――アルンガルムのことを知る数少ない戦友だ。
 その成長が嬉しくないはずがなかった。

「おじさん、やっぱり猟兵なんだね」

 非情なテロリストという風には、フィーには見えなかった。団長たちによく似た懐かしい匂いをヴァルカンからは感じる。
 話をしてヴァルカンがそれでも死を望むなら、フィーはトドメを刺す気でいた。しかし、その必要はなさそうだと判断する。

「〈西風の妖精(シルフィード)〉……お前さん、何を……」
「死んで逃げるのは卑怯。彼等のためにも、おじさんには最後まで見届ける義務があると思う」

 フィーは辺りに散らばる死体に目を向けながら、敢えてヴァルカンに生きて罪を償うように勧めた。
 死を選ぶのは簡単だ。しかし帝国解放戦線の幹部として、彼等を導いてきた責任がヴァルカンにはある。
 その責任を少しでも感じているのなら、生きて最後まで結果を見届けるべきだろう。
 信じて死んでいった仲間たちのためにも――

「フィー!」

 ラウラの声がして、振り返るフィー。
 戦闘が終わったことに気付いたラウラとユーシスが、鉱山の中から鉱員たちと一緒に姿を見せる。
 そんな彼等に事情を説明し、一緒に骸と化した帝国解放戦線のテロリストたちを、フィーは一人ずつ丁寧に弔い始めた。

「くっ……」

 嘗ての死んでいった仲間たちの姿が頭を過ぎり、ヴァルカンの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
 ずっと復讐を理由に溜め込んできた十年分の後悔の念を吐き出すかのように、ヴァルカンは嗚咽を漏らした。


  ◆


「妙だな……」

 ガイウスは訝しげな表情浮かべながら、油断なく周囲を警戒する。
 ガイウス、アリサ、エリオット、ミリアムの四人はアイゼングラーフ号の車両内にいた。
 四人が現在いる位置は三号車。五両編成の車両の丁度真ん中にあたる部分だ。
 人質は先頭車両にいるものと思われるが、ここまで敵と一人も遭遇しなかったことに、ガイウスは罠を警戒する。

「人質を守ってるんじゃ?」

 ガイウスの疑問に、もっともらしい言葉で答えるエリオット。
 状況から考えると、その可能性が一番高い。だとすれば敵は少数。多くとも数人と言ったところだろう。
 本来であれば、フィーたちの陽動が上手くいったと喜ぶべきところなのだろうが――
 慎重すぎる気もするが、ガイウスは嫌な予感を拭い去ることが出来なかった。

「どちらにせよ、行くしかないわ。ミリアム……でいいのよね?」
「うん、僕も普通に名前で呼ばせてもらうね。アリサ、ガイウス、エリオットだよね?」
「あ、うん。よろしく、ミリアム」
「ガイウス・ウォーゼルだ。よろしく頼む、ミリアム」

 作戦を前に自己紹介をすることで、緊張を緩和するアリサたち。ブリッジの一件もあり、ミリアムのことは知っていたとはいえ、こうして直接話をするのはこれが初めてだった。
 以前リィンが言っていたように、ミリアムには怪しいところがある。こんな小さな女の子が情報局のエージェントなんて未だに信じられない部分はあるが、クレアと同じ〈子供たち〉の一人だというのだから、そこに嘘はないのだろう。これまでの流れから考えても、情報局やギリアスが疑わしいということは、アリサたちも理解していた。
 しかし、いまは人質を確実に救出するためにも、ミリアムの力が必要だ。その上で作戦の確認に入る。

「それじゃあ、作戦の確認をするわよ。ミリアム、ここからは姿を消してついてきてくれる?」
「了解。隙を見て人質を逃がせばいいんだよね?」
「ええ、ガイウスは私と敵の注意を引く係ね。エリオットは念のため、後方待機で」
「心得た」
「任せて」

 アリサとガイウスが敵の注意を引き、その間に姿を消したミリアムが人質を解放する。
 エリオットは救出した人質の護衛と後方支援が主な役割と、人質を救出するための作戦をアリサたちは立てていた。
 教本にあるようなオーソドックスな作戦ではあるが、狭い車両内で身を隠すところがない以上、これ以上の方法は思いつかなかったのだ。
 覚悟を決め、次の車両に通じる扉に手を掛けるアリサ。

「行くわよ」

 アリサの言葉に、エリオットたちは無言で頷いた。


  ◆


 死者の弔いを終えたフィーたちは後始末を鉱員たちに任せ、鉱山内に残っていたサラと合流し、全員でルーレに向かっていた。
 鉱山から続く線路は、ラインフォルトの本社ビル地下へと通じている。本来は鉱山で掘り出された鉄鉱石を製錬し、工場へ運搬するために設けられた専用線路だ。そのことから、列車の目的地はルーレと考えていい。
 とはいえ、いまから列車を追い掛けたところで間に合うはずもない。そこでアリサたちを信じて、ルーレに向かうことにしたのだ。
 どちらにせよ作戦を終えた後は、リィンたちと合流する予定になっていた。

「サラ、間抜け過ぎ。アリサたちだけを行かせるなんて……」
「仕方ないでしょ。誰かが足止めする必要があったんだから……」

 フィーに責められ、ぐっと唸りながらも反論するサラ。とはいえ、フィーも本気でサラが悪いとは思っていなかった。
 状況から言って仕方のない部分もあると認めていたからだ。サラでなければ、数人とはいえ一人で足止めすることは難しかっただろう。
 それに、その咄嗟の判断がなければ、まんまと逃げられていた可能性は高い。しかし、アリサたちだけでは不安があるのも事実だった。ルーレに向かい急いでいるのは、最悪の事態を想定してのことだ。
 というのも、ヴァルカンからもたらされた情報が、フィーたちの不安を煽っていた。

「……それよりも信用できるの?」

 フィーの隣を並んで歩くヴァルカンへ、訝しげな視線を向けるサラ。武器は取り上げているとは言っても、油断のならない相手だ。
 結局、命が助かったのはヴァルカンを入れて八人。その八人は一命を取り留めたものの動かせるような状態ではなかったため、鉱山に置いてきたが、ヴァルカンだけはそうも行かなかった。
 幾ら怪我を負っているとは言っても、腐っても猟兵だ。ヴァルカンが本気で逃げようと思えば、鉱員たちでは太刀打ち出来ない。
 そのことから監視の意味も込めて連れて行くこと自体に反対はしなかったが、敵の言葉を素直に信用するほどサラはお人好しではなかった。

「まあ、信じてもらえないのは仕方ねえがな。こんなことで嘘を言ったところで意味はないだろ?」

 ヴァルカンの言うように、嘘を吐くにしても、もう少しマシな嘘を吐くはずだ。
 彼が口にしたのは、自分以外の帝国解放戦線の幹部もルーレにいるという情報だった。

「もう一度聞くけど、アンタの仲間が人質の護衛についているのは確かなのね?」

 サラの質問に、首を縦に振って答えるヴァルカン。

「〈C〉が今どこにいるのかは不明だけどな。ルーレで別行動を取って、それっきりだ」

 ヴァルカンの口からでた〈C〉という名前に反応して、ラウラとユーシスは何か言いたそうに眉根を寄せる。
 クロウ・アームブラスト。それが〈C〉の本当の名前だった。
 VII組の生徒にとっては士官学院の先輩であり、短い時間ではあるが教室を共にした仲間だ。
 そんな彼が帝国解放戦線のリーダーであったことや、ギリアスを狙撃した容疑者であることに複雑な感情をラウラとユーシスは抱いていた。
 それは他のVII組メンバーや、彼と仲の良かったトワやジョルジュ。それにアンゼリカも同じ思いだろう。

「でも、どういう心境の変化?」

 ヴァルカンの狙いがまったく読めず、サラは不信感を募らせる。
 というのもヴァルカンの性格からして、仲間の情報を売るような人間には思えなかったからだ。

「言ったところで、今更どうすることも出来ねえしな。それに……」

 今更、二人が関与していることを教えたところで、出来ることなどない。ルーレに到着した頃には、すべて終わった後だろう。
 二人のことを教えたのは、帝国解放戦線の仲間を丁寧に弔ってくれたフィーたちへの礼でもあった。
 それに――

「勝手な言い分だってのはわかってるがな。せめて〈C〉と〈S〉の二人には、上手い落としどころを見つけてやりてえんだ」
「ヴァルカン。アンタ……」
「そのためなら俺は、どんな罪も背負う覚悟がある。まあ、〈鉄血〉のクソ野郎が生きてたってのは残念だがな……」

 ヴァルカンは、とっくに地獄へ行くことを覚悟している。このまま正規軍に引き渡され、処刑台に上がることになったとしても自業自得だと納得できる。しかし、〈C〉と〈S〉だけは――出来れば命だけでも助けてやりたかった。だから、一度拾った命を二人のために使うことにしたのだ。
 ギリアスのこともあり、革新派と繋がっている正規軍のことは今でも信用できない。それでもフィーたちなら――
 そんな淡い期待に縋ることしか、いまの彼に出来ることはなかった。
 教官としてクロウをどうにか救ってやりたいという気持ちは、サラも同様に持ち合わせていた。それだけに何も言えなくなる。

「……いまは、その言葉を信じてあげる。とにかくルーレに急ぎましょう。アンタの処遇はその後よ」

 そう言って、歩くスピードを上げるサラ。人質やアリサたちの無事を祈りつつ、一行はルーレへと急いだ。



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