「さすがに重量オーバーです。余り動かないでください」
「そうは言うが……狭いんだよ」

 リィンたちは〈クラウ=ソラス〉に捕まり、ルーレ上空を飛行していた。
 運べるのは二人が限度(アルティナを除き)と言うことで、アルフィンとセドリックの護衛兼サポート役にクレアが残り、代わりにアンゼリカがラインフォルト本社ビル制圧の作戦に加わることになったと言う訳だ。それに、これはアンゼリカたっての希望でもあった。
 ログナー侯を交渉の場へ引き摺りだす計画に協力する代わりに彼女が求めたのは、ハイデルを捕らえる作戦に自分も加えることだった。こういう事態を招いた父親に対してもそうだが、叔父のハイデルには身内として一言いわないと気が済まないというのがアンゼリカの言い分だ。
 権力欲しさにイリーナを監禁した挙げ句、会長席に腰掛けるだけならまだしも人様の家に図々しく上がり、愛人を侍らせ、毎週のようにゲストを招いてパーティーを開いていると聞けば、身内でなくとも呆れる所業だ。アンゼリカがハイデルに対して言いたいことがあると怒るのも無理はなかった。

「……どこを触ってるんですか」
「俺じゃない! 言い掛かりだ! てか、アンゼリカなにしてんだ!?」
「済まない。目の前にあったのでつい……」
「……お前は目の前に胸や尻があったら揉むのか?」
「揉まない方が失礼じゃないか?」
「……不埒です」

 アンゼリカの悪ぶれない態度に、リィンは溜め息を吐きながら呆れる。
 尻や胸をまさぐられたアルティナの方はもっと呆れた様子で、半眼でアンゼリカを睨み付けていた。
 リィンの同類ということでアンゼリカを認識するアルティナ。そんなことをアルティナが考えていると知れば、リィンは断固として抗議したことだろう。

「しかし、よくこんな方法を思いつくね……」

 都市の象徴とも言うべきラインフォルト本社ビルの上空まで辿り着いたリィンとアンゼリカは〈クラウ=ソラス〉から手を放し、屋上に飛び降りる。
 リィンの考えた作戦は屋上から密かに潜入し、奇襲を仕掛けるというものだった。

「正面から乗り込むとか脳筋(アホ)のすることだろ。使えるものは使わないとな」
「うっ……それを言われると……」

 最初、正面から堂々と乗り込む案を考えていたアンゼリカからすれば、耳に痛い話だった。
 アルティナのことを知らなかったので無理はないが、それにしたって正面からはないだろうとリィンが呆れたほどだ。

「いろいろと親父さんのことを言ってるが、案外似た物同士なんじゃ……」
「……私が父上と似ている?」

 ログナー候と似ていると言われ、微妙にショックを受けるアンゼリカ。
 しかし、リィンの考えは的外れとも言えなかった。似ているから反発をする。親子とは、そういうものだ。
 実際、リィンもルトガーとはよく親子喧嘩をしていた。それだけに、アンゼリカが父親に反発する気持ちもわからないではなかった。

「さてと、それじゃあアルティナ。後は作戦通りに頼む」
「了解しました。ビル内のシステムの掌握に入ります」

 光学迷彩で姿を消して、一足先にビル内へ潜入するアルティナ。制御端末のある会長室へ向かったのだろう。
 いまハイデルはラインフォルト家の居住スペースで寛いでいることがわかっていた。リィンたちの目的はそちらだ。

「それじゃあ、俺たちも行くか」
「ああ、叔父上には言いたいことがある。さっさと殺るとしよう」

 バシンと胸の前で拳を鳴らし、気合いを入れるアンゼリカを見て、リィンはやれやれと頭を掻く。
 やるの意味合いが『殺る』に聞こえた気がするのは、気の所為ではないだろう。
 相当に頭にきてるんだなと他人事のように思いながら、リィンはアンゼリカと共にハイデルの元へと向かった。


  ◆


 ラインフォルト本社ビル二十四階。そこにアリサの実家、ラインフォルト家の居住スペースがあった。二十四階と二十五階、二つのフロアをぶち抜いた邸宅はマンションと言うよりは豪邸と言った方が正しい。
 居住スペースへと繋がる直通のエレベーターを降り、玄関を抜け、最初に目に入るのは一般家庭ではまず目にすることのない豪華なシャンデリア。子供が走り回っても十分な広さがあるリビングには、帝都でも有名なブランドの調度品や家具が機能的にまとめられていた。
 そのリビングの中央に、如何にも高そうな革製のソファーに腰掛け、大理石で作られた白い長テーブルに片足を乗せ、昼間から果実酒のグラスを片手に複数の女性を侍らせる一人の男がいた。

「もう、会長のエッチ! どこ触ってるんですか?」
「ぐふふふ、良いではないか。私はRFグループの会長様だぞ。この街で一番偉いんだ」
「そんなこと言ってもいいんですか? もし、侯爵様に知れたら……」
「フンッ、兄上には何も出来んさ。私のバックには、カイエン公がついているのだからな」

 綺麗に整えられた口髭に、特注と思しき高級感溢れるスーツを身に纏い、大物ぶってはいるものの小物臭がそこはかとなく漂う男――ハイデル・ログナー。ログナー侯爵家の当主、ゲルハルト・ログナーの弟に当たる人物だ。ラインフォルトグループの取締役の一人にして、現在は不在のイリーナに代わって会長代理の役目に就いていた。
 とはいえ、毎日のようにラインフォルト家の居住スペースで怠惰な日々を過ごし、仕事はほとんど部下任せで一日に数度、報告を耳にするだけ。その対応も部下に丸投げという適当さで社員にも呆れられている有様だ。
 このように典型的な権力欲に凝り固まった無能な男ではあるが、自分より立場が上の者に対して媚びへつらうのが上手く、貴族連合と距離を置いているログナー候に代わってカイエン公に取り入り、貴族派とのパイプ役を見事にこなしていた。人の上に立つような器量はないが、コネを作ったり活用することに関しては人一倍才能のある人物でもあった。

「そんなところに立ってないで、キミも一杯やったらどうだね?」
「いや、俺はいい」

 部屋の隅で腕を組み、壁に背を預けながら銀髪の青年は、ハイデルの誘いを素っ気なく断った。
 一瞬、不満げな表情を浮かべるも興味をなくしたのか、ハイデルは愉しげに口元を緩ませ女たちと宴の続きを始める。
 そんなハイデルを見て、本人に気付かれないように溜め息を漏らす青年。ボサボサと無造作にまとめられた銀色の髪、ルビーのように赤い瞳。タートルネックに赤いシャツを合わせ、その上には濃いブラウン色のロングコートを羽織り、頭には黒のバンダナを巻いている。何より目を引くのが壁に立てかけているダブルセイバーだ。
 柄を中心に二本の剣を繋ぎ合わせた特殊な武器で、リィンやフィーの武器と同様にゼムリアストーンで作られており、鋼鉄とは違う独特の輝きを放っている。扱いの難しさから使い手の少ない武器ではあるが、青年にとって苦楽を共にしてきた愛用の武器だった。
 青年の名は、クロウ・アームブラスト。〈C〉の名で知られる帝国解放戦線のリーダーだ。そして、とっくに袂を分かってはいるがトールズ士官学院の生徒でもあった。
 元々はギリアスに復讐をするために経歴を偽り、学生の振りをしていたに過ぎず、帝国解放戦線のリーダーにして〈深淵〉の名を持つ魔女に見出された〈蒼の騎神〉の起動者(ライザー)。それが彼の本来の顔だった。

「……きたか」

 ダブルセイバーの柄を手に取り、ぼそりと呟くクロウ。
 その視線はテラスへと通じる木枠のガラス扉へと向く。その時だった。
 ガシャン、という音と共に二人組の男女がガラスを割り、リビングへ飛び込んできた。

「「「きゃああっ!」」」
「ななななななっ!」

 女たちの悲鳴とハイデルの慌てふためく声が、リビングにこだます。
 侵入者に剣を突きつけられ、「ひいっ」と短い悲鳴を上げるハイデル。

「死にたくなかったら去れ、邪魔だ」

 侵入者に睨まれ、女たちは無言で何度も頷き、リビングを飛び出して玄関へと走り去っていった。
 動揺するハイデルと散らかった酒瓶を見て、侵入者の一人、黒髪の青年は呆れた声を漏らす。

「昼間から女と酒か。良いご身分だな」
「な、何者だ! ここが、どこかわかって……」

 そこまで口にして、ポカンと呆気に取られた表情を見せるハイデル。
 その驚きの視線はもう一人の侵入者、黒いライダースーツに身を包んだ短髪の女性に向けられていた。

「ア、アンゼリカ!? どうして、お前がここに!?」

 予想もしなかった姪の登場に驚きを隠せない様子で、声を張り上げるハイデル。
 浮気の現場を押さえられた亭主のように狼狽え、あわあわと唇を震わせていた。

「叔父上、私は恥ずかしい。このような……侯爵家の一員として恥ずかしくないのか?」
「う、五月蠅い! RFグループの会長は私だ! 会長の私が何をしようと、貴様に文句を言われる筋合いはない!」

 この言葉には、さすがのアンゼリカも呆れて言葉がでない。
 書類上はまだイリーナが会長な上に、ここはラインフォルト家が所有する居住スペースだ。会長代理とはいえ、勝手に他所の家に上がり込んで良い理由にはならないし、ここは法的にもラインフォルト家が所有する物件ということで登記されている。言ってみれば、ハイデルのやっていることは不法侵入だ。
 それを非難され謝罪するどころか、開き直るなんて恥知らずも良いところだった。

「本気で言っているのか? 厚顔無恥にも程がある。この光景をイリーナ会長や、私の父が見ればなんと言うか……」
「くっ! そんな綺麗事ばかり言っているから、兄上は貴族連合の主導権争いにも参加できないのだ!? お前もお前だ、アンゼリカ! 家に寄り付かず、公式なパーティーへの出席は疎か見合いすら断り、貴族の義務を放棄している放蕩娘に言われたくはないわ!」
「そのパーティーや見合い相手というのも、ほとんどは叔父上が勝手に手配したものだろう?」
「それの何が悪い! すべてログナー家のためだ!」
「違う。叔父上のそれは自分の権力欲を満たすためだろ? ログナー家の当主はゲルハルト・ログナー、私の父だ。父が言うならまだしも、叔父上に口を挟む権利はない」

 アンゼリカも貴族の子女として責任を果たしていないことや、自分の身勝手で家に迷惑を掛けていることは自覚している。しかし、それをハイデルに言われるのだけは我慢ならなかった。
 アンゼリカに寄せられているパーティーの招待状や見合い話のほとんどは、堅物で余り人付き合いが上手いとは言えないログナー候に代わって、ハイデルが有力な貴族勢力に恩と顔を売り込むために勝手に行っていることだ。それが本当に侯爵家のためを思っての行動であればまだいいが、ハイデルのそれは決して家のためを思っての行動ではない。自分の出世欲を満たすために、侯爵家の名前を利用しているだけだ。アンゼリカから言わせれば、余計なお世話という奴だった。

「そのあたりでいいだろう? 今日は他に用があるしな。身内のことは、家族だけで話し合ってくれ」
「なんだ、貴様は!?」
「リィン・クラウゼルだ」

 本当に知らないのか? と呆れた視線をハイデルに向けるリィン。
 どこかで聞いたことのある名前のような気はするハイデルだったが、部下からの報告を真面目に聞いているわけではなく、すぐに思い出せないでいた。
 そんなハイデルに呆れながらリィンは一枚の紙を胸もとから取りだし、それを見せつけるように前に掲げた。

「ハイデル・ログナー。お前には逮捕状が出ている」
「……は?」
「ほれ、アルフィンとセドリック、両殿下のサインが入った逮捕状だ。主には略取・誘拐と監禁の罪。他にも住居不法侵入や横領疑惑など、お前には嫌疑が掛かっている」

 一瞬なにを言われているのか呑み込めず、食い入るようにリィンの手にした紙を睨み付けるハイデル。
 その紙は帝国政府が公文書に使用しているもので、確かにアルフィンとセドリックのサインが入っていた。
 だすところにだせば、しっかりと法的根拠を示せるものだ。

「ふ、ふざけるなあああああっ!」

 激昂した様子で、顔を真っ赤にして叫ぶハイデル。
 冗談ではない、と喚き立てる。そんなものを認められるはずがなかった。

「やれ! こいつらを殺せ! 殺してしまえ!」
「叔父上、自分が何を言っているのか――」

 急にやれだの殺せだの、とち狂ったとしか思えないことを叫び始めたハイデルに眉をひそめ、叔父の暴走を止めようとアンゼリカは声を上げながら前に歩み出る。
 その時だ。頭上に影が差し、ハッとアンゼリカは天井を見上げた。次の瞬間、金属が弾けるような音が部屋に響く。
 リィンがアンゼリカを庇うように前に立ち、クロウの一撃を片手銃剣(ブレードライフル)で受け止めていた。

「かなりの腕だな。攻撃の瞬間まで、部屋に潜んでいることを気付かせないとは――」
「へっ、そう言いながら平然とした顔で受け止めておいて、よく言うぜ……」

 クロウの背中に冷たい汗が流れる。いまの一撃で決められるとは思っていなかったが、ここまで何食わぬ顔で受け止められるとは思っていなかった。
 強いことはわかっていたつもりだったが、これほどとは――と内心驚きを隠せないまま、後ずさるように数歩距離を取る。
 そんなクロウの姿を見て、アンゼリカは目を剥き、驚きの声を上げた。

「クロウ!?」
「久し振りだな、ゼリカ。まあ、元気そうで何よりだ」

 旧友に名前を呼ばれ、苦笑しながらクロウはアンゼリカを愛称で呼ぶ。
 アンゼリカの性格をよく知るクロウは、なんとなくではあるが彼女がここに来ることを予想していた。
 しかし、覚悟を決めていたつもりでも、実際にこうして会うと決心が鈍りそうになる。
 VII組のメンバーもそうだが、トワ、ジョルジュ、アンゼリカの三人とは特に長い、士官学院に入学してからの付き合いだ。
 歳の近い友人と言える相手のいなかったクロウにとって、アンゼリカたちは数少ない気の許せる友人だった。

「クッ――こうなったら!」

 膠着状態にあるのを見て、それをチャンスと思ったのか、ハイデルは床に散らばったガラスの破片を靴底で踏みつけながら玄関へ向かって走る。
 そんなハイデルの後ろ姿を捉え、「往生際の悪い」と呆れながら、リィンはアンゼリカの名前を呼んだ。

「アンゼリカ。奴を追え」
「だが――」
「自分の為すべきことを見誤るな。お前はここに何故いる?」
「それは……」

 作戦に参加させて欲しいと無理を言ったのはアンゼリカだ。目的はあくまでハイデルの確保。クロウでないことはわかっていた。
 そして先程の攻防から、自分の実力では本気のクロウには届かない。足止めも難しいだろうとアンゼリカは判断する。
 クロウの顔を見て迷うも、逡巡したのは一瞬。アンゼリカは無言で頷き、リィンの言葉に従い、ハイデルの後を追った。



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