トールズ士官学院・旧校舎地下の遺跡。
 その最深部で、リィンはヴィータに見守れるなか最後の試練を受けていた。

「二体同時なんて聞いてないぞ! どういうハードモードだよ!?」

 騎神と見紛うばかりの巨大な――黒≠ニ白≠フ影がリィンに迫る。
 ロア・エレボニウスと、ロア・ルシファリアの二体だ。
 本来ここで試練として立ち塞がるのは黒き巨影――ロア・エレボニウスの一体だけ。しかし、ここにいるはずのないもう一体。地精と魔女が造り上げし、裏の試練の守護者――ロア・ルシファリアが顕現していた。
 原作では、どちらもVII組のメンバー総出で相手をした化け物。後者に至っては、サラやシャロンたちの協力も得て、どうにか倒すことの出来たラスボス級の力を持った怪物だ。普通であれば、一人で相手に出来るような存在ではない。
 事実、リィンも最初から全開とばかりに〈鬼の力〉を発揮し、二体の攻撃をいなしていた。

「これは予想外ね……」

 それは海都オルディスの地下に眠る遺跡で、クロウの試練の見届け役もこなしたヴィータから見ても異常と言える光景だった。
 本来、最後の試練の場に現れる守護者は一体だけ。それが二体も同時に現れるなど、本来であればありえない。だが、現実から目を背けたところで、目の前の危機がどうにかなるわけではない。
 守護者を倒さなければ〈騎神〉の起動者として認められないし、ヴィータも結社の計画を遂行することが出来ない。取れる選択は一つしかなかった。
 覚悟を決めたヴィータの長杖の先端から青白い光が放たれ、瑠璃色の鳥が召喚される。

 ――踊れ、踊れ、可愛い小鳥。

 紡がれる詠唱。それは、魔女の言霊。
 理性を狂わせ、獣の本質を呼び起こすための呪歌。

 ――主の仇を眼に捉え、爪を立てて、牙を向け。

 更に大きな輝きが杖の先端より放たれると、魔女の使い魔は手の平に乗るサイズから巨大な幻獣へと姿を変える。
 グリアノス=アウラ。ヴィータの使い魔の真の姿だ。
 翼を羽ばたかせ、ロア・ルシファリアに迫るグリアノス。その巨体で、白い巨影を押さえ込む。

「ヴィータ? お前、何を……」
「幾らあなたでも二体を同時に相手にするのは骨が折れるでしょ? 一体は押さえておいてあげるから、早く片を付けなさい」

 突然の共闘の申し入れに、訝しげな視線をヴィータに向けるリィン。

「……後で貸し一つ≠ニか言わないだろうな?」
「……あなたが私のことを、どういう目で見ているのかよくわかる発言ね。心配しなくても、対価なら既にもらっているわ。レグラムの一件では余り力になれなかったしね。クロウを見逃してくれた御礼もあるし、そのお詫び≠ニいうことでどうかしら?」

 心の底から信用することは出来ないが、嘘を吐いているようにも見えない。
 このまま一人で戦いを続けても倒せないことはない。しかし、苦戦を強いられることは確実だ。この先、何があるかわからない以上、可能な限り体力は温存しておきたい。メリットとデメリットを比較し、結局リィンはヴィータの提案を呑んだ。

「一分、頼む」

 二本のブレードライフルを手に、黒い巨影に向かって駆け出すリィン。
 迫る巨大な爪の一撃を寸前のところで回避し、風のような速さで懐へと潜り込む。
 一閃――放たれる剣閃。一撃、二撃、三撃と絶え間なく巨影へと叩き付け、その影を斬り裂いていく。

(やはり手応えが薄い。実体が伴わない影だからか……)

 なら――と刀身に闘気をまとわせるリィン。
 漆黒の闘気がリィンの身体より放たれ、大気を震わせる。
 次の瞬間、ヴィータの目にはリィンの姿が突然消えたかのように映った。
 振り下ろされた腕の一撃を避けると同時に、巨影の頭上に姿を現すリィン。
 二本のブレードライフルが一本の槍へと姿を変える。それはルーレの街で見せた奥の手の一つ。

「――必滅の大槍(グングニル)

 一瞬にして黒白の光をまとったリィンの槍が、ロア・エレボニウスの身体を縦に貫いた。
 光に呑み込まれ、マナを散らせ、消滅していく巨影。

「くっ……なんてバカげた威力なの……」

 間近でリィンの力の一端を見るのは、これが初めてだ。
 ローエングリン城崩壊の一件や、虚神と化した少年を救い、生身でオルディーネを傷つけたという話はヴィータも聞いてはいたが、話に聞くのと実際に目にするのとでは印象が大きく違う。
 ましてやヴィータは魔女だ。戦闘に特化していない分、様々な呪法と知識に精通している。リィンがあの一瞬で何をしたのかを悟ったヴィータは、その異常な力に戦慄を覚えずにはいられなかった。

(これが、リィン・クラウゼルの真の力……。無意識に異なる二つの力を制御しているのだとしたら、まさに化け物ね)

 本質的には、武で最強を誇る〈鋼の聖女〉より――〈劫炎〉に近い力だとヴィータは考える。クラフトやアーツとは違う――異能と呼ばれる力だ。
 しかも、それが二つ。〈鬼の力〉そして未知の〈聖痕〉と思しき異能をリィンはその身に宿していた。
 異能とは肉体と魂に宿る力だ。普通、二つの異能が一人の人間に宿るということは考えられない。ましてや二つの異なる力を制御し、同時に行使することなど普通であれば不可能だ。
 人が人の姿のまま、人を超える力を持つというのは口にするほど容易いことではない。人間である以上、どれだけ力を付けようと種の限界が存在する。身に余る巨大な力を、小さな器に収めようとしたところで溢れだすのが自然の摂理だ。
 結果――種の限界を超えるには、人間を辞めるしかないという結論に行き着く。その答えの一つが、教団のグノーシス。魔人化とも言えるだろう。

 だが、リィンは人の身でありながら、人という種を超越した力を行使して見せた。
 髪や瞳の色は確かに変貌している。しかし、それはまだ人と呼べる範疇の変化だと言えるだろう。
 なまじ知識があるが故に、ヴィータからするとリィンは異質な存在に見えた。
 しかし、リィンは転生者だ。その身には前世の彼≠ニリィン・クラウゼルの力、二人分の魂が混じり合い宿っていた。
 前者の異能は、リィンがその身に宿していた力だろう。なら、後者の力は?
 普通に考えれば、前世の彼が持っていた力だと考えるのが自然だ。こちらの世界で切っ掛けを掴むことで、本来眠っていた力が覚醒したと考えることも出来る。リィンも自身のなかに眠る力について様々な憶測を立てていた。
 どうして転生などという現象が自分の身に起ったのか、それはリィンにもわからない。
 しかし、そのお陰でリィンは運命に抗う力を手にすることが出来たのも、また事実だ。

「ヴィータ!」

 リィンの怒声にハッと意識を取り戻し、すぐにその声の意図を察してヴィータはグリアノスに指示をだす。

「グリアノス――引きなさい!」

 ロア・ルシファリアと組み合うように争っていたグリアノスが、ヴィータの一声で翼を羽ばたかせ宙を舞った。
 タイミングを見計らっていたかのように、極光が白い巨影を呑み込む。
 その正体はすぐにわかった。リィンの放った集束砲だ。
 白と黒の光が渦を巻き、一つの光となってロア・ルシファリアの身体をマナへと分解していく。
 人智を超越した力――魔女の知識でも理解の及ばない未知の力。
 この世のものとは思えない光を瞳に宿し、ヴィータは呆気に取られた表情で溜め息を一つ溢した。


  ◆


 リィンたちの不在を狙い、ルーファスの指示でアルフィンを拉致するため、カレイジャスに潜入したアルティナは任務達成間近と言ったところで、部屋に潜んでいたリーシャ・マオの妨害を受け、苦戦を強いられていた。
 決して弱くはないが、アルティナの得意とするのは情報収集と潜入工作だ。
 学生レベルが相手なら、アルティナでも対処は可能だっただろう。しかし相手は伝説の凶手と謳われる〈銀〉だ。
 まだ名を継いで数年と経っておらず、伝説の名に見合うだけの実力と経験が伴わないとはいえ、幼い頃から〈銀〉の名を継ぐべく鍛え上げられてきた力は、確かにリーシャのなかに息づいていた。
 未熟ながらも執行者に迫る実力。それは着実に一歩ずつアルティナを追い詰めていく。
 細い腕からは想像も付かない力で大剣を振い、時に胸もとに忍ばせた暗器を用い、アルティナをアルフィンから引き離す。
 執務室から戦いの舞台を艦内へと移し、後方甲板へと転がるように飛び出るアルティナ。
 全身に細かい傷を負い、まだ幼さの残る表情からは、一切の余裕が消えていく。

「……一つ聞かせてください。こちらの行動を予想していたのですか?」
「はい。正確には、リィンさんの指示ですけど……」

 リーシャにアルフィンの護衛を頼んだのはリィンだった。
 カイエン公の目的でもる〈緋の騎神〉の起動には、アルノール皇家の血が必要だ。騎神を動かせるほどの純粋な血統ともなれば候補は絞られる。皇帝であるユーゲント三世もしくは、彼とプリシラ皇妃の間に生まれた双子。アルフィンとセドリックの二人だ。
 オリヴァルトもアルノール皇家の血を引いてはいるが、平民との間に生まれた庶子であるし、ミュラーと行動を共にしているのか、正確な所在が掴めないままだ。そして総大将のセドリックの元には、ゼクス率いる第三機甲師団が護衛に付いている。幾ら結社の人間と言えど、戦場で敵の大将を拉致するのは困難を極めるはずだ。
 ならば――可能性として、最も拉致しやすいアルフィンを狙ってくるものと考えた。
 恐らくはカレイジャスの主戦力が出払った隙を突いてくるものとリィンは考え、リーシャにアルフィンの護衛を依頼したのだ。
 上手く行けば、相手の裏を掻くことが出来る。これはアルフィンも、危険を承知の上での作戦だった。

「そう、ですか……」

 やはり侮れない相手だと、アルティナはリィンの評価を引き上げる。
 しかし一筋縄でいく相手だとは、彼女も思ってはいなかった。
 なんらかの対策を講じている可能性は高いと考慮していたからだ。

「でも、油断しましたね。私が一人≠セけだと、いつ言いましたか?」

 リーシャの背後で爆音が響く。それはアルフィンの執務室の方角だった。
 振り返るリーシャ。艦内に立ち込める煙を見て、アルティナは最初からこのための囮だったのだと気付く。
 仲間がいる。それも恐らくはアルティナと同等か、それ以上の手練れだ。
 ここでアルティナに構っている時間はない。そう考えたリーシャは艦内に戻ろうとするが、そこに巨大な火球が降り注いだ。

「くっ……」

 咄嗟に鉤爪を放ち、艦体に引っ掛けることで難を逃れるリーシャ。先程までリーシャのいた後方甲板は炎と煙に包まれ、見る影もなく破壊されていた。
 クラウ=ソラスと共に空へと逃げたアルティナの傍に、赤いコートを羽織った一人の男の姿が見える。青みがかった髪に、サングラスをかけた軽薄そうな雰囲気の男。しかし、その身にまとった気配は常軌を逸していた。
 人の姿をしてはいるが、リーシャの目には同じ人間には決して見えない。

(人? いえ、あれは……)

 人の皮を被った怪物。これまで感じたことがないほど大きな魔の気配。リーシャの勘が、戦わずに逃げろと警笛を鳴らす。
 艦橋の天辺から飛び降り、甲板へと軽やかに着地する赤いコートの男。
 その気怠そうな瞳が、艦壁にぶら下がるリーシャを捉えた、その時だった。
 ――爆音。艦内へと続く煙の中から仮面と白いマントをまとった怪しげな男が飛び出し、甲板へと姿を現す。
 その腕には、赤いドレスをまとった金髪の少女――アルフィンが抱かれていた。

「皇女殿下!?」

 リーシャの声が空に響く。
 気を失っているのか、ピクリとも反応を見せないアルフィンを見て、リーシャは決死の表情で襲撃者たちが待つ甲板に飛び降りる。その時だった。
 煙の中から飛び出す、もう一つの影。それは騎士甲冑とまとった少女、デュバリィだった。

「はあああああっ!」

 神速の如き一撃が、仮面の男を捉えたかと思った次の瞬間――
 赤いコートの男が拳に炎をまとい、デュバリィの剣を寸前のところで弾く。
 素手で剣を止められると思っていなかったのが、驚愕した表情で慌てて距離を取る少女――デュバリィ。

「助かりました〈劫炎〉殿。いやはや、まさか〈銀〉だけでなく〈神速(かのじょ)〉まで姫君の護衛に付いているとは……レグラムの一件といい、あなたが動くということは、それが魔女殿の思惑と考えていいので?」
「そこまで理解しているのなら、説明が欲しいですわね。そこの小娘が計画に従わないのはともかく、〈怪盗紳士〉ブルブラン。それに〈劫炎〉のマクバーン――執行者のあなた方まで、結社を裏切ってそちら≠ノつくのは、どういうことですか?」
「〈深淵〉や〈鋼〉の思惑なんて知ったことか。俺は、俺の好きなようにするだけだ」

 赤いコートの男、マクバーンの傲岸不遜な態度に苛立ち、眉間にしわを寄せるデュバリィ。
 しかしマクバーンの言うことにも一理あった。執行者は結社の一員ではあるが、唯々諾々と組織に従っているわけではない。彼等には結社に身を置く代わりに、盟主からあらゆる自由≠ェ認められている。
 それは今回のように、結社の思惑が絡む件であっても例外ではない。そして、それはブルブランも同じだった。

「此度の魔女殿の計画には華がない。目的を達成できさえすれば、他のことには妥協しても構わないというのは、私の美学に反するのでね。終幕に至るには、それに相応しい舞台が必要だとは思わないかね?」
「思いませんわ。というか、そんなことのために、私の貴重な時間を浪費させないでくれませんか?」
「……やはり真の芸術とは、常人には理解され難いということか。申し訳ないと思うがね。こちらとしても譲れないのだよ」

 デュバリィに同意を求めるもバッサリと切り捨てられ、少し困った表情を浮かべる仮面の男、ブルブラン。
 しかし口ほどに、デュバリィにも余裕はなかった。
 結社の執行者を二人も相手にするのは、デュバリィと言えど厳しい。そこに加えてアルティナという少女も厄介だった。
 戦闘力はこのなかで一歩劣るが、クラウ=ソラスの能力は直接戦闘より支援に特化している。奇術を用いるブルブランとの相性は悪くない。
 しかも〈劫炎〉の名を持つ男、マクバーンに関しては彼女――デュバリィのマスター〈鋼の聖女〉に匹敵する力を持つと噂される化け物だ。執行者のナンバーは強さで決まるものではないが、マクバーンに関して言えば、彼の持つ数字の『T』と同様に執行者最強の力を有していた。
 デュバリィとリーシャが共闘したところで、勝ち目は僅かにも存在しないだろう。
 向かい合う二人と三人。いつ戦闘に発展してもおかしくない緊迫した空気が場に張り詰める。

「これ以上、時間を掛けるのはまずいかと」

 その緊張を解いたのは、アルティナの一言だった。
 デュバリィとリーシャをここで殺すのは、彼等にとってそう難しいことではない。
 しかし、そうして時間を取られれば、サラやシャロン。それに〈西風〉の二人が異変を察知して戻ってくる可能性が高い。ましてや、そこにリィンやヴィータが加われば、形勢は一気に逆転する可能性すらあった。
 もっとも、マクバーンはそんな状況ですら嬉々として戦いに酔いしれそうだが、それではブルブランの思惑は達成されない。
 彼にとって重要なのは戦いそのものではなく、そこに至るまでの道程だ。

「彼女の言うとおり目的は達成しました。〈劫炎〉殿、今回はここまでということで」
「チッ……まあ、本命もいないみたいだしな。今日のところは引いてやる」

 転位魔法を発動し、アルフィンを連れて立ち去ろうとするブルブランたち。しかし、そんな隙を逃すリーシャではなかった。
 ブルブラン目掛けて、一足で駆けるリーシャ。

「逃がしません」
「待ちなさい! 迂闊に前にでたら――」

 デュバリィがリーシャを止めに入った、その時だった。
 地面からマグマのように炎が噴き上がったのは――

「これは……」

 リーシャとブルブランたちの間に炎の壁が立ち塞がる。
 肌を焼く熱気に気圧され、後退を余儀なくされるリーシャとデュバリィ。

「置き土産だ。精々、気張るんだな」

 炎の向こうから掛けられた声で気付き、リーシャとデュバリィは同時に空を見上げる。
 炎が立ち上る先――頭上に輝くもう一つの太陽。それは、マクバーンが異能で作りだした火球だった。
 カレイジャスの甲板目掛けて落下する小さな太陽。天を焦がす光が、トリスタの空に輝いた。



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