「で? 俺の相手はお前ってことでいいんだよな? 火焔魔人」

 リィンの問いにニヤリと笑みを浮かべて応えるマクバーン。

「ククッ、いいな。お前。正直、退屈な仕事だと思っていたんだがな」
「お前に気に入られるようなことをした覚えがないんだがな」
「そうでもないさ。最初は半信半疑だったんだがな。この内戦でお前が見せた力の数々、しっかりと見せてもらった。俺の興味を惹くには十分過ぎる内容だったさ。お前も持ってるんだろう? 人とは異なる力を――」

 マクバーンがなんのことを言っているのか察したリィンは、やっぱりかと溜め息を吐く。
 こういう輩に目を付けられる危険があるからこそ、出来れば隠しておきたい力ではあったのだ。
 とはいえ、肝心な時に力を出し惜しみして結果を出せないようでは、猟兵としては失格だ。
 アルフィンと契約を交した時から覚悟を決めていたことだ。ずっと隠してきた力を使ったことをリィンは後悔していない。
 しかしシャーリィの一件といい、どうして毎度のように、こういった輩にばかり注目されるのかと納得の行かない部分はあった。

「しかも、教会の〈聖痕〉にも似た力を同時に身に秘めていると来る。こんな面白い逸材は他にいないだろうしな」
「それが、お前がヴィータを裏切って、そっち側についた理由ってわけか」
「〈深淵〉の思惑なんぞ、元より知ったことじゃないからな。俺は俺の好きなようにやらせてもらう。レーヴェの阿呆がいなくなってから、どうも物足りなかったんだ。お前なら、俺の渇きを満たしてくれるんだろう?」

 心底、愉しそうに笑いながらマクバーンはリィンに尋ねる。
 しかし、それは質問というよりも、否定を許さない脅迫のようなものだった。
 リィンがどう答えたところで、ここで戦いを止める気は彼にはないのだろう。
 マクバーンの全身から噴き出す炎のような闘気が、それを物語っていた。

「レーヴェ……剣帝レオンハルトか」

 結社の執行者のなかでも、最強の剣の使い手だったという男の名だ。
 だった、というのは、彼は二年前のリベールの異変の際に死亡が確認されていた。
 リィンも戦場の噂と、原作知識によるところでしか知らないが、恐らく剣技だけで言えば光の剣匠と五分か、それ以上とも言える相手だ。
 まさしく最強の剣士。剣帝の名に相応しい人物だったと言えるだろう。

「生粋の戦闘狂(バトルジャンキー)かよ……オルランド一族と気の合いそうな奴だな」

 そんな相手と比較され、思わず本音が漏れるリィン。
 マクバーンの場合、どちらかと言えば、力を持て余していると言った方が近いかもしれない。
 身に宿る異能の力。その力によってマクバーンは〈結社〉でも一、二を争う最強の力を得ている。だが、それは同時に本気で戦える相手が、ほとんどいないという証明でもあった。
 戦闘そのものが好きというよりも、全力を出せる相手を求めていると言ったタイプの相手だ。

「まあ、元より話し合いで片が付くとは思っていなかったしな。仕方ないか」
「やっとやる気になったか。いいぜ、見せてみろ。お前の全力をな!」
「後悔するなよ。言っておくが、お前と俺の相性は最悪だ」
「……何を言ってやがる?」

 リィンの口にした言葉の意味を理解できず、マクバーンは眉を顰める。
 そんなマクバーンへ剣先を向け、リィンは静かに宣言した。

「絶対に、お前は俺に勝てない。それを今から証明してやるよ」


  ◆


 リィンとマクバーンが対峙している頃――
 ヴィータ、クロウ、フィー、シャーリィ、リーシャの五人も、エマとブルブランの二人と激しい戦いを繰り広げていた。
 数の上では圧倒的に有利。しかも、リィンには及ばないとは言っても五人は、それぞれの得意とする分野で達人クラスの実力を持つ使い手だ。本来であれば、圧倒的に押し切れるはずの戦力差があるはずだった。
 なのに――結果は違っていた。

「……攻撃があたらない」
「まるで、こちらの動きが読まれているみたいです」

 圧倒的な速度で迫るフィーとリーシャの攻撃を、難なく回避してみせるエマとブルブラン。
 次に来る攻撃がわかっているかのような動きで、的確に相手の攻撃に対処していく。

「面白いじゃない。なら、これならどう!」

 先読みされて攻撃が避けられるのであれば、回避しても意味のない攻撃を放てばいい。
 そう代弁するかのようにシャーリィは空高く飛び上がり、巨大なチェーンソーライフル〈赤い頭〉の銃口をエマとブルブランへ向ける。

「まずい……皆、逃げて!」

 シャーリィが何をしようとしているのか察したフィーは、仲間に注意を促し、その場から距離を取る。
 次の瞬間――〈赤い頭〉の銃口から無数の弾丸が斉射された。
 雨のように降り注ぐ弾丸。無差別と言ってもいい攻撃にエマとブルブランは晒される。
 床石を粉砕し、土煙を上げて尚、降り注ぐ弾丸の雨に、シャーリィの高揚した笑い声が響く。

「無茶苦茶やりやがる。なに考えてんだ。あの嬢ちゃんは!」

 視界すら定まらない煙の中、クロウは元凶である赤髪の少女へと目を向け、悪態を吐く。
 相手が一般人ではないとはいえ、問答無用で銃を乱射するなど正気の沙汰ではない。しかも仲間を巻き込む可能性さえ、まったく考慮していない攻撃だった。
 トドメの一撃とばかりに〈赤い頭〉を大きく振りかぶり、自ら作り上げた土煙ごと薙ぎ払うシャーリィ。その衝撃で爆風が巻き起こり、広間に轟音が鳴り響く。
 技の反動でクロウの傍に着地すると、シャーリィはさっきの呟きが聞こえていたようで反論した。

「フィーとリーシャが、あの程度の攻撃をかわせないはずないじゃない」

 実際、フィーとリーシャは寸前のところで避けている。
 そういう意味では二人のことを信頼しているとも取れるのだろうが――
 シャーリィに言わせれば、味方の攻撃にあたる間抜けの方が悪いということになる。
 バカじゃないの? と首を傾げながら反論されたクロウは微妙な表情を浮かべながらも、シャーリィに確認を取る。

「で? やったのか?」
「ダメだったんじゃないかな? 手応えがなかったもの」

 そう言って、未だ土煙の立ち込める場所へと視線を向けるシャーリィ。
 すると、煙の向こう側に光る何かをクロウも見つけた。
 ――アダマスシールド。エマとブルブランを守るように、物理障壁が展開されていた。
 まさか、と驚愕するクロウ。アーツを発動するような時間はなかったはずだ。ならば前もってアーツの駆動に入っていたとすれば、それこそシャーリィの一撃を予想していたということになる。
 そんなことが可能なのか? と考えるクロウ。

「予知でも未来予測でもない。……心を読んだのね」

 そんなクロウの疑問に答えるように、ヴィータは自分の憶測を口にした。
 ずっと後ろで観察して、エマとブルブランの力のトリックを暴くことに専念していたのだ。
 エマは魔女。そしてブルブランは奇術使いだ。術士である以上、身体的な能力はそう高くない。普通であれば、一流の使い手であるフィーやリーシャの攻撃を紙一重で避けるような真似が出来るはずもなかった。
 ならば、そこにはなんらかの仕掛けがあるはずだと考えたのだ。

「さすが、姉さんですね。ええ、その通りです。だから、こんな真似も出来ます」

 エマが杖の先端で床を軽く叩くと、魔法陣のようなものが足下に展開され、そこから人のカタチをした影が浮かび上がる。
 その影の姿に驚き、フィーは瞠目する。

「団長……」

 ルトガー・クラウゼル。フィーのよく知る〈西風〉の団長、猟兵王の姿を摸した影がそこに立っていた。
 エマがフィーの記憶を元に作りだしたルトガーの影だ。
 そしてエマが床を再び叩くと、もう一体の影がルトガーの横に並び立つように現れる。

「まさか、そんな……」

 フィーと同じく驚きの声を上げるリーシャ。
 彼女の目の前にいるのは、伝説の凶手〈銀〉の黒装束に身を包んだ男の影。
 三年前に亡くなったはずの先代の〈銀〉――リーシャの父親の姿だった。

「どこで、こんな力を……あなた、まさか」
「……姉さんの予想通りですよ。私はグノーシスの被験者の一人だった、と言えば、わかってもらえますか?」
「四年前の事件の時ね。でも、あなたは……」
「郷から連れ去られて、あの男が私に何もしなかったと思いますか?」

 エマが魔女の隠れ郷から連れ去られ、西風に保護されるまでに何があったのか、そのことをヴィータは知らない。当時、エマが何も話したがらなかったということもあるが、彼女が連れ去られた理由が遺跡にあるということはわかっていたからだ。
 だから、エマの心の傷を広げてまで、根掘り葉掘り事情を聞くことは躊躇われた。それはヴィータに限らず、彼女を最初に保護した西風に至っても同じ考えだったはずだ。
 だが、いまこうしてみると、少しでも情報を得ておくべきだったとヴィータは後悔する。
 エマとシーカーの間に何があったのかは分からない。しかし、エマのこの力と目的が過去の事件と繋がっている可能性は高い。
 すべては四年前のあの日から始まった。エマの言っていることは、そういうことだ。

「目的は何? 魔女の禁忌を犯してまで、あなたが為そうとしていることは一体?」
「同じ質問をすれば、姉さんは正直に答えてくれるんですか?」
「それは……」

 魔女の禁忌を犯し、エマに何も言わず郷を飛び出したのはヴィータの方が先だ。
 自分がエマに対して、何も言える立場にないことをヴィータは理解していた。
 それだけにエマの質問に答えられず、苦しげな表情でヴィータは顔を伏せる。

「……一つだけ言えることは、やはり私は姉さんの妹だったということだと思います」
「エマ……あなた、もしかして……」

 ヴィータが何故、郷をでたのか? 魔女の禁忌を犯したのか?
 その理由をエマが知っているはずがない。しかし薄々、彼女は気付いていたのだろう。
 エマに何も語らずにヴィータが郷をでたのは、エマに自分のような道を歩ませたくなかったからだ。
 エマが何を考え、何をしようとしているのか、その目的までは分からない。しかし、自分と同じようにエマが並々ならぬ覚悟を持って、何かを為そうとしていることだけはヴィータにも伝わった。
 そんな二人の話を横で聞いていたリーシャが、エマに確認の意味を込めて核心に触れる質問をした。

「一つだけ訊かせてもらえませんか? あなたの目的――そこにリィンさんは関わっていますか?」
「……肯定します。私は魔女――〈灰の騎士〉を導く魔女なのだから」


  ◆


「クロスベル行きの列車はすべて運行が休止されているはずだ! どうなっている!?」
「わかりません! ですが、あの列車は――」

 双龍橋は現在、予期せぬ事態に晒されていた。
 封鎖しているはずの検問を強行突破し、一台の列車が双龍橋を抜け、クロスベル方面へと向かっていたからだ。
 その赤い装甲の列車に見覚えのあった兵士は思わず、畏怖の籠もった声で呟く。

「アイゼングラーフ号……」

 鋼鉄の伯爵の異名を持つ帝国政府の専用列車だ。現在はラインフォルト社の工房にて、修復作業が行われているはずだった。
 その列車がどうして、こんな場所に姿を現したのかが分からない。それも帝都の奪還作戦が開始されている裏で厳重な警戒網の隙を突き、クロスベル方面へ向かっている理由など、一介の兵士に分かるはずがなかった。

「このことをすぐにクレイグ中将へ連絡しろ!」
「ですが、通信が妨害されていて、帝都方面とは現在連絡が――」
「くっ! ならば、人を直接送れ! 早く、このことをお伝えするのだ!」

 部下に指示を飛ばす、基地司令官。彼は第四機甲師団の出身で、クレイグ中将から留守を預けられている責任者でもあった。
 トップの不在中に起きた不祥事。これでは自分を信じて任せてくれた中将に申し訳が立たないと司令官は憤る。

「何が起こっているのだ……」

 その呟きに答えてくれるものはいない。
 帝国の趨勢を決める戦いの裏で、歴史を揺るがす何かが動き始めようとしていた。



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