「あー……大丈夫だったか?」
「はい。それよりマカロフ教官、その肩の怪我は……」
「ああ、さっきちょっとな……なーに、ただのかすり傷だ。放っておいても……」
「ダメです! ちゃんと手当てをしないと!」
「いや、しかしだな――」
「じっとしていてください!」
「あ、はい……」

 肩の怪我をメアリーに注意され、その迫力に気圧されて渋々と言った様子で治療を受ける様は、傍から見ればカップルがイチャついているようにしか見えず、サラはこれ見よがしに大きな溜め息を漏らす。

「マカロフ教官。生徒の目もありますから、イチャつくなら他所でやってください……っていうか、あたしへのあてつけのつもりですか? はいはい、どうせ、この歳になっても独り身ですよ。理想が高すぎるからだって? 夢を見て悪いか、コンチクショウめ!」

 冗談めかしながらも涙目で、半ば本気で悔しがるサラ。
 これには傍で見ていた生徒たちも、なんとも言えない同情した視線を向ける。
 本当に大人気ない大人である。だが、ここにもう一人、情けない声を上げる大人がいた。

「ちょっ! 誤解を招くような発言はやめろ! 俺は別に――」
「…………?」

 メアリーと目が合い、うっ……と喉元まで出掛けていた言葉を呑み込み、何も言えなくなるマカロフ。
 そんななか二人が使い物にならないと見切りをつけたマキウスは、サラやマカロフの代わりに学院長やベアトリクスと情報交換を行っていた。そのなかでユーシスが無事なことを知り、マキアスほっとの安堵の息を吐く。

「そうですか。ユーシスが……」

 だが同時にユーシスがルーファスとの決着を付けにいったと聞き、表情を曇らせる。
 正直、ユーシスと余り仲が良いとは言えないマキアスではあるが、本気で嫌っているわけではなかった。
 マキアスは貴族が嫌いだ。彼は幼い頃、姉のように慕っていた一人の女性を亡くしている。その原因となった貴族を恨む気持ちは、いまでも変わらない。だが、平民にだって善人と悪人がいるように、貴族にも様々な人間がいる。そのくらいのことはマキアスもわかっていた。
 そういう点で言えば、ユーシス・アルバレアという人間は性格はともかく仲間として信用できると思うくらいには、マキアスは彼のことを認めている。だが相手は、あのルーファス・アルバレアだ。
 ユーシスが彼との決着に拘る理由はマキアスにもわかる。しかし、それだけに心配でもあった。
 学院長を恨むのは筋違いだろうが、出来れば止めて欲しかったという思いもある。
 だが、言って聞く男でないことは、他ならぬマキアスが一番よくわかっていた。

(まったく、なんで僕があんな奴のことを心配しないといけないんだ)

 と言いながらも、マキアスは別行動を取っている仲間のことを考えていた。
 学院長たちは地力で逃げてきたようだが、人質の救出はガイウスとミリアムの班が担当する予定だった。
 マキアスたちの役割は陽動。派手に暴れて敵の注意を引くのが彼等の仕事だ。
 そして、もう一つ。ブリッジの制圧にはアリサ、エリオット、ラウラの班が向かっていた。
 ユーシスがブリッジへ向かっているのなら、アリサたちと鉢合わせる可能性は高い。

「ユーシスくんのことが心配かね?」

 学院長に心を見透かされ、動揺した姿を見せるマキアス。
 それは違うと反論したかったが、相手は学院長だ。誤魔化すだけ無駄と考え、マキアスは肩を落とす。

「仲間ですから……」

 それがマキアスに言える精一杯の言葉だった。
 素直に心配だと言えないあたり、彼も素直ではない。
 そんなマキアスを見て、ニヤリと笑いながら学院長は言った。

「彼なら大丈夫じゃろう」
「……何か根拠が?」
「いまの御主と、似たような顔をしておったからな」

 ユーシスと似ていると言われて、なんとも言えない顔をするマキアスだった。


  ◆


「心配を掛けるなとは言わない。そなたの事情も理解はしているつもりだ。だが、もう少し我等を頼ってくれても良いのではないか?」
「まったくよ。ユーシスといい、マキアスといい、ほんと素直じゃないんだから……」
「アリサがそれを言うんだ……」

 素直じゃないのはアリサも二人とどっこいどっこいだと思うのだが、エリオットは言葉を呑み込む。アリサに半眼で睨まれたからだ。
 だが、ラウラやアリサの言うように、もう少し頼ってくれてもいいのではないかとエリオットも思っていた。

「皆……すまない。お前たちの気持ちも考えず勝手な真似をした。謝って済む問題ではないと思っている。だが、もし許してくれるのなら――」

 頭を深々と下げ、これまでの行動を謝罪するユーシス。らしからぬ態度に三人は目を丸くして驚く。ユーシスに何があったのかまではわからないが、少なくない心境の変化があったことは確かだった。
 その証拠に、先日まで感じていた張り詰めた空気が彼から感じられなかった。

「水臭いわよ。私たち、仲間じゃない」

 アリサの言葉に苦笑しながら、エリオットとラウラは頷き返す。
 自分たちが未熟であること、リィンたちに比べれば頼りないことは自覚している。それでも学び舎を共にした仲間だ。ユーシスがどう思っているかまではわからないが、少なくともアリサたちは彼のことを大切な友人だと思っていた。

「再会を喜ぶのはここまで。ユーシス。わかっている範囲で良いから、この状況を説明してくれる?」
「俺も詳しいことはわかっていないのだが……」

 エリオットの質問に、困った顔で答えるユーシス。
 無人のブリッジ。この状況が幾らなんでも異常あることは、エリオットたちにもわかっていた。
 ユーシスはこれまでに得た情報から、自分の考えをエリオットたちに話して聞かせる。

「ふむ……我々はまんまと敵の誘いに乗ってしまったと言う訳か」

 若干、憶測を交えた話ではあるが、筋は通っているとラウラも考える。
 どこか腑に落ちない点はあったのだ。しかし、だとするとわからない点が一つある。

「ここまで大掛かりな陽動を仕掛けてくるなんて、敵の狙いはなんだろう?」

 ううんと唸りながら、エリオットは首を傾げる。そこがユーシスにもわからなかった。
 パンタグリュエルほどの船を陽動に使ってまで、ルーファスが隠したかったこと。
 少なくとも見過ごせる内容でないことは確かだが、狙いまではわからない。

「僕たちの注意を、帝都から削ぐことが狙いだったとか?」
「だが、帝都にはセドリック殿下や正規軍の本隊もいる。それに……」

 リィンたちもいると言いたいのだろう。ラウラが何を言いたいのか、エリオットにも理解できた。
 そう、こう言ってはなんだが彼等はおまけだ。学生が主体となっているため、戦力としてアテにされていないと言ってはなんだが、組織に組み込まれていないからこそ、いまのように自由が利くという側面もある。
 はっきりと言ってしまえば、カレイジャス一隻が帝都を離れたところで大勢に変化はないと言っていい。

「ああ、わからないな。一体なにを考え……って、アリサ?」

 会話に入って来なかったアリサが、ブリッジの端末を凄い速さで操作していた。
 声を掛けるのも躊躇うほどの集中力で、手を動かしながら画面に流れる文字を注視するアリサ。
 ようやく手を止めたと思ったら、今度は険しい顔をして親指の爪を噛んだ。

「やっぱり……」
「何かわかったのか?」

 アリサのただならぬ様子に、眉をひそめながら尋ねるユーシス。
 こう見えて、アリサはラインフォルト・グループの令嬢だ。幼い頃から祖父や父の仕事を見て育っただけあって、彼女自身の技術者としての腕もジョルジュほどではないにしても十分優秀と言って良い。
 アリサがブリッジの制圧班に回されたのも、その腕を買われてのことでもあった。

「この船、爆弾が仕掛けられているわ……」


  ◆


「爆弾!? まさか――」

 既に艦内の制圧は完了しており、捕らえられた猟兵たちは拘束して甲板に集められていた。
 そこでアリサたちからの通信を受けたサラは、船に響くほどの大声で驚きを顕にした。
 これに驚いたのは捕らえられた猟兵たちだ。
 船にそんなものが積み込まれているなど、彼等も聞かされていなかった。

「爆弾って、どういうことだ! おいっ!」
「お、俺たちはそんなこと聞いてないぞ! 一体どうなってやがる!」
「五月蠅い!」

 騒ぐ猟兵たちを一喝し、足下に銃弾を撃ち込むサラ。

「その口を閉じないと、今度はあてるわよ」

 サラの怒気にあてられ、猟兵たちは口を噤む。冗談でないことは彼女の目が物語っていた。
 猟兵たちが大人しくなったことを確認すると、サラは直ぐ様、まだ船の中にいるガイウスとミリアムに連絡を取った。

『情報通りだ。格納庫には爆薬が満載だった』
『ほんと凄いよ。この船を吹き飛ばしても、お釣りがくる量だね』

 アリサを疑っていたわけではなかったが、本音を言えば間違いであって欲しかった。
 それだけにサラは目眩を覚え、右手で額を覆い隠す。ガイウスやミリアムが言うように、船に積み込まれている爆薬の量から考えても、爆発が起きれば粉微塵に船が吹き飛ぶことは想像に難くない。いや、それどころか辺り一帯にも大きな被害がでかねない。
 そんなサラの不安を煽るように、ARCUSが着信を知らせる音を鳴らす。
 嫌な予感がしながらも通信にでるサラ。スピーカーから聞こえてきたのは、アリサの声だった。

『もう一つ、よくないお知らせがあるわ。この船の目的地――ノルド高原の監視塔よ』
「……冗談でしょ?」
『冗談でこんなことを言う訳がないでしょ。で、どうするの? 正直かなりまずい状況だと思うんだけど』

 まずいなんてものじゃなかった。
 あそこには今、共和国軍の部隊が展開し、帝国軍との睨み合いが続いている。そんな場所に帝国の船が姿を見せ、特攻まがいの大爆発を起こすようなことになれば、共和国との全面戦争に発展しかねない。置き土産としては、最悪と言ってもいいものだ。

『私としては、船を停止させるしかないと思うんだけど……どうする?』
「……出来そうなの?」

 サラの質問に「うん」と一言、肯定の意思を返すアリサ。
 それが可能なら確かに言うことはないが、サラはどうしても嫌な予感を拭いきれない。
 だが、ことこの件に関しては、アリサ以上に船のことに詳しい適任者がいないのは事実だった。
 いまからジョルジュを向かわせても間に合うかわからない。
 あと十分もすれば、ゼンダー門が見えてくる。事は一刻を争う状況だ。

「任せるわ。でも、無理はしないこと……いいわね?」

 ダメだと思ったら逃げるようにアリサに念を押すサラ。
 いつもと同じ元気な声で「大丈夫よ、任せなさい」とアリサは胸を張る。
 だが、どこか無理をしているような気配をサラは感じ取っていた。


  ◆


(言えるわけがないわよね。船を停止させたら、爆弾が起動するなんて……)

 船を停止させられるには、ブリッジの端末を使うしかない。
 しかし、停止させてから逃げたのでは、とてもではないが間に合わない。

「ごめん。こんなことに巻き込んでしまって……」

 アリサは、他の三人――ラウラ、エリオット、ユーシスに頭を下げる。
 本来なら三人にも逃げて欲しかったが、そう言って素直に聞いてくれるようなら苦労はない。
 そもそも、この程度のことで仲間を見捨てるようなら、ここまで来ることすらなかっただろう。

「気に病むことはない。これは我等、全員の問題だ。そなた一人に、すべてを押しつけるつもりはない」
「それに元を辿ればアルバレア家の問題……身内の不始末だ。俺には見届ける義務がある」

 ラウラとユーシスは、アリサ一人の責任ではないと話す。
 そもそも、こうした状況を作った元凶はルーファス・アルバレアだ。アリサが謝るようなことではない。むしろ、一番心苦しく思っているのはユーシスだろう。もうユーシスには、兄が何を考えているのかわからなかった。
 この状況で共和国と問題を起こせば、待っているのは泥沼の戦争だ。他国との戦争ともなれば、これまでの内戦とは比較にならない、より多くの人が死ぬことになる。そのことを当事者のルーファスが理解していないはずがない。

「アリサ。ここで死ぬつもりはないんでしょ?」
「当然よ。まだ、やり残したことが一杯あるんだから……あいつにも一言、文句を言ってやりたいし」

 エリオットの言うように、こんなところで死ぬつもりはなかった。
 まだアリサにはやりたいこと、やり残したことがたくさんある。
 母親のこともそうだが、あいつ――リィンにも言ってやりたいことがたくさんあった。

「なら、問題ないよね。僕たちはアリサを信じてる。だから、きっと上手く行く」

 そんな風に言われては、失敗など出来るはずもない。アリサは端末に向かい、意識を集中させた。
 このまま船を停止すれば、爆弾は起動する。使い古された手法ではあるが、かなり有効なトラップだ。こういうことに長けたアリサだから気付くことが出来たが、何も知らない人間が船を止めようとすれば、大惨事を引き起こしていただろう。
 こうした場合、取れる方法は二つ。諦めて逃げだすか、爆弾を止めるかだ。
 爆弾を停止させてしまえば、船を止めたところで爆発することもない。問題はその爆弾をどうやって停止するか?

(プログラムは、どうにか解除できる。でも……)

 トラップを解除することは可能だ。しかし、そのためのプログラムを停止させれば、動力機関に仕掛けられた爆弾に起爆用のコードが発信される仕組みになっていた。
 それを防ぐには動力機関へと繋がる二本の導力ケーブルを、プログラムの停止と同時に切断する必要があった。
 だが一秒の狂いもなく、ほぼ同時に二本のケーブルを切断するにはタイミングを合わせる必要がある。練習もなしに、それが可能かと言えば難しいだろう。
 だからと言って先にケーブルを切断すれば、船が停止行動に入ったとプログラムが判断して爆弾が起動する可能性が高い。

(普通なら無理。でも、ARCUSの戦術リンクを応用すれば……)

 戦術リンクを使えば、それも可能だとアリサは計算を導き出す。
 問題があるとすれば、ARCUSの戦術リンクは有効距離が然程長くないことだ。だが、艦内に張り巡らされた導力ネットワークを利用すれば、一時的に戦術リンクの有効距離を伸ばすことが可能だとアリサは考える。
 そのことを三人に伝えるアリサ。だが、説明を受けてラウラは険しい表情で問題を指摘する。

「ここから遠いな……」

 一本目はまだいい。ここからでも走れば、そう時間の掛からない距離にある。
 しかし下層区画の格納庫を経由している導力ケーブルは、ブリッジからだと結構な距離があった。
 船がゼンダー門を越えるまでがタイムリミットだ。そこを越えれば、共和国軍の哨戒艇に捕捉される可能性が高い。警戒区域に入ってしまえば、もう船を降ろすことも出来なくなる。残された時間を考えると間に合うかどうか、ギリギリと言ったところだ。

「悩んでいても仕方がない。そこは俺が――」
『いや、その役目。俺に任せてくれないか?』
『僕もいるよ!』

 突然、割って入った声に驚くユーシス。その声は間違いなくガイウスとミリアムのものだ。
 ハッと艦内スピーカーに目を向けるアリサ。その時だった。
 ブリッジのスクリーンによく見知った顔が映る。

『まったく水臭いじゃないか』
「ジョ、ジョルジュ先輩!?」

 予想もしなかった人物の介入に、アリサは声を上げて驚いた。



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