【Side:太老】

 ラシャラ女皇から船を預かって数日――

「上手くいったみたいだな」

 俺の視線の先には、手の平サイズの結晶体が浮かんでいた。ラシャラ女皇の言っていた『ブレインクリスタル』というものだ。
 船のデータを解析して得られた情報から、再現を試みたものだ。
 実のところヒントは身近なところにあった。そう、聖機人の圧縮弾だ。
 あれは名前の通り、亜法で圧縮することで物質の強度を増す技術と思われているみたいだが、実際には少し違う。
 器となる物質にエナを封じ込めることで、副次的な効果として圧縮された体積の分、物質の強度と密度が増すと言うことだ。
 当然、膨大なエナを封じ込めるには、それだけ大きな器が必要となる。
 ブレインクリスタルの技術が失伝した理由として、そこが大きく関係していると俺は睨んでいた。

 少なくとも恒星間移動が可能なだけの船のエネルギーを確保するには、並大抵の器では無理だ。
 自然界の物質では不可能に等しく、最低でも山のように大きな岩石を圧縮する必要がある。
 そして、それだけの巨大な物質を圧縮できるだけの聖機師がいなければ、この方法を使うことは出来ない。
 更に言えば、封じ込められたエナを外へ逃がさないため、器となる素材にも質≠ェ求められると言うことだ。
 この方法で巨大な岩石にエナを封じたとしても、余り長い時間エナを封じておくことは難しいだろう。
 封じ込めたエナの力に耐えきれず器が崩壊することは勿論、大爆発を引き起こす可能性すら考えられる。

 恐らく現代にまで技術が伝えられながらも、ブレインクリスタルの精製にまで至ることが出来なかったのは、膨大なエナを封じ込めることが出来る器を用意できなかったからだろう。
 そして解析した船のデータからわかったことだが、銀河帝国時代にはブレインクリスタルの精製に特殊なクリスタルが用いられていたことがわかった。
 そのクリスタルと言うのが――

「まさか、万素の結晶体と適合するとはな」

 俺がエナを封じ込めるために用いた器とは、聖機神の改修用に準備してあった万素の生体金属だった。
 これを結晶化して、試しに大気中のエナを取り込ませてみたのだ。結果は大成功と言っていい。
 だが、これには問題がある。万素の扱い方を知っているのは、俺と鷲羽だけだ。だが、万素に関する研究を公開する気はなかった。
 クリスタルの製法がわかったからと言って、魎皇鬼のような船を造れるわけではないのだが、過ぎたるは猶及ばざるが如しとも言うしな。
 人造人間やガイアの件を思うに、この世界の人々にクリスタルの製法を教えることが良い結果に繋がるとは到底おもえなかった。

 それに技術だけでなく、設備の問題もある。この守蛇怪・零式には、地球にいた頃に使っていた俺の工房がそっくりそのまま収容されている。
 ここの設備だから万素の研究が可能なのであって、この世界の技術レベルでは適切に万素を扱うことは出来ないだろう。
 万素そのものも、どうやって確保するのかも問題だ。
 銀河帝国時代に同じようなクリスタルを精製できていたと言うことは、この広い宇宙のどこかに万素はいるのかもしれないが、それを探し出すことは困難を極める。というのも、万素は熱反応や生体反応と言ったあらゆるレーダーで存在を捉えることが出来ず、目視確認をする以外に見つける手立てがないという非常に厄介な特性を持っているからだ。
 砂漠の中から一粒の砂を探し当てるようなものだ。現実的な話とは言えなかった。

「まあ、正直に話すしかないか」

 あの女皇様ならわかってくれるだろう。
 製法を公開することは出来ないが、船を動かす程度のエネルギーで良いなら、こっちで用意することも出来る。
 取り敢えず、いまのところはそれで納得してもらうしかないだろう。
 それに――

「まずは、こっちをどうにかしないとな」

 明日は約束の日だ。
 遺跡都市で開かれる御前試合に参加し、貴族の用意した聖機神と決闘する予定になっていた。
 負けるつもりはないが、勝負に絶対はない。だからこそ、いまは目の前の戦いに集中し、念には念を入れておきたい。
 そのために聖機神の改修作業を急いだのだ。お陰で収穫もあったが――

「完璧とは言えないが、出来るだけのことはやった」

 この世界の聖機神より一回りほど小さな――聖機人に近い姿をした二足型ロボットが格納庫に鎮座していた。
 もてる技術の粋を集め、現代より持ってきた聖機神に改修を加えたものだ。
 完璧とまでは言えないが、ブレインクリスタルのお陰で以前よりも遙かに出力がアップしている。
 万素を素材とした体組織は自己修復機能を備え、組織の劣化を理由に動けなくなることもないはずだ。
 その出来に満足しながら、

「あとは力を尽くすだけだ」

 俺は明日への意気込みを口にするのだった。

【Side out】





異世界の伝道師 第286話『人助け』
作者 193






 御前試合当日――

「凄い人ね」

 街では建国千年を祝う祭が開かれていた。
 遺跡都市だけでも人口は十万を超え、王都や周辺の都市からも人々が集まっているのだ。
 その人の多さに、メザイアが圧倒されるのも無理はなかった。

 特に現代は、この時代と比べて人口が少ない。

 統一国家の滅亡から数千年の時は、彼等から文明的な営みを奪うに十分な時間だった。
 教会の存在がなければ、僅かに生き残った人々も滅びていた可能性が高い。この時代には数多く存在していた先史文明の遺産も、結界工房や教会が秘匿する一部を除くと僅かしか現物が残ってなく、ラシャラ女皇がやったように異世界から移民を募り、種の滅亡を防ぐと言った手段も取ることが出来なくなっていたからだ。
 統一国家が僅か千年で、これほどの繁栄を築くことが出来たのは、やはり銀河帝国時代の遺産によるところが大きい。
 ガイアの暴走によって、それらが尽く失われたことで復興は大きく遅れ、現代の人口は最盛期の五分の一にまで減少していた。

 そんな時代からやってきたメザイアからすれば、驚きは大きい。
 人造人間としての記憶の大半はドールが受け継いでいるというのもあるが、そもそもドールが生まれた頃には世界は衰退し、高地に逃げ延びた人々が僅かに生き残っている程度だったのだ。
 ドールですら、これほどの数の人を見るのは初めてのはずだ。それはネイザイも同様だろう。

「いい加減、放してくれる? 別に逃げたりしないわよ」
「そう言って、さっきも屋台に目を奪われてたじゃない。はぐれたら大変でしょ? だからダメよ」
「子供扱いしないで欲しいんだけど……」

 ムスッとした表情で、そう呟くドール。
 しかしメザイアからすれば、ここで手を放すわけにはいかなかった。
 いまも屋台に目移りしているドールを自由にさせれば、確実に迷子になることが目に見えているからだ。
 こういう時は、いつもネイザイがドールのストッパー役を担っているのだが、彼女は太老と共にコロシアムへ先に入っていた。

「……なんだか、騒がしいわね」

 コロシアムを目指して表通りを歩いていると、何やら言い争うような声を耳にしてメザイアは双眸を細める。
 そして人垣の隙間から騒ぎの元凶を覗き見ると、そこには幼い少女と対峙する三人の男たちの姿があった。

(あの子は確か……)

 その少女に見覚えのあったメザイアは、少し驚いた様子で目を見開く。
 まったく気圧された様子もなく、堂々とした態度で男たちと口論する少女。
 それは以前、太老が助けた――幼いマリアだったからだ。

「放っては置けないわね。ドール、あなたも――」

 このまま見過ごすことは出来ないと考え、メザイアがドールに声を掛けようとした、その時だった。

「あの子、いつの間に!?」

 いつの間に抜け出したのか?
 メザイアの手はしっかり服を掴んでいたのだが、上着だけを残してドールの姿がなくなっていた。
 一体どこに――と周囲を見渡すメザイア。
 すると、先程まで少女と男たちが言い争っていた広場に――

「まったく、情けないわね」

 ドールの声が響くのだった。


  ◆


「はあ!? 急に現れて、何様だ! てめえッ!」

 三人組のリーダーと思しき長身の男が、突然現れたドールに食って掛かる。
 だが一方で、ひょろ、ちび、デブと個性的な三人を目にして、心底うんざりした表情で溜め息を漏らすドール。

「弱い者イジメしか出来ないバカを見かけたから、本当のことを言っただけよ」
「なんだと!?」

 ドールの歯に衣着せぬ言葉に、長身の男は激昂し掴みかかろうとする。
 しかし、

『兄貴ッ!』

 ドールに掴みかかろうとした次の瞬間、男の身体は宙に舞っていた。
 背中から地面に叩き付けられる長身の男を見て、他の二人は我を忘れて声を上げる。

「まだやるの? そこで気絶してるゴミを連れて、さっさと消えて欲しいんだけど」

 心底どうでもいいと言った様子で、冷ややかな目を残された男たちに向けるドール。
 一瞬、たじろいだ様子を見せるも、兄貴の仇とばかりに男たちはドールに殴りかかる。
 だが、結果は同じだった。

「がッ!」
「ぐべッ!」

 先の男と同様に宙を舞い、地面に倒れ込む二人の男。
 すると、その直後――沸き立つような歓声が起きた。
 まさかドールのような小柄な少女が、自分よりも大きな男たちを軽々と投げ飛ばすとは想像もしていなかったのだろう。

「……おめでたい連中ね」

 そう言って、ドールは溜め息を漏らす。
 進んで揉め事に首を突っ込みたくないのはわかるが、見ているだけで誰一人として少女を助けようとはしなかったのだ。
 そうした連中を喜ばせたところで、ドールとしては何も感じるところがない。

(まあ、私も他人のことは言えないか)

 しかし、それは自分も同じかとドールは苦笑する。
 以前のドールなら、絶対に少女を助けようとはしなかっただろう。
 他人事と思って見て見ぬ振りをしていたに違いないと、自分でわかっていたが故の自嘲だった。

「おねえちゃん、ありがとう!」
「気にすることはないわ。こいつらを見てたらムカつく男を思い出して、イラッとしてやっただけだから」

 助けたつもりもなければ、ただの八つ当たりだとドールはマリアに話す。
 プライドばかり高くて自分の弱さを認めることが出来ず、徒党を組むことでしか自らの強さを証明できないバカな男。
 正直、ドールはその男――ダグマイアのことが余り好きではなかった。しかし気には掛けていたのだ。
 ババルンに駒として利用され、自分と同じような境遇にあるダグマイアに対し、親近感にも似た同情を僅かに抱いていたからだ。

(ほんと、男ってバカばっかりよね)

 だから、この三人を見て、感情が抑えきれなかったのだろうとドールは考える。
 正義の味方を気取るつもりはない。だが、こうした弱い者イジメしか出来ない輩をドールは好きになれなかった。

「それより、アンタ。こんなところに一人でどうしたのよ? もしかして迷子?」
「ううっ……」

 図星だったのだろう。塞ぎ込むマリアを見て、ドールは確信する。
 男たちと揉めていた経緯はわからないが、こんなに幼い少女が一人で街にいるのは不自然だ。
 しかも、彼女は一国の王女だ。今頃は騒ぎになっている可能性が高い。なら――

「一緒にくる?」
「……うん!」

 一転して、満面の笑みを浮かべるマリア。
 コロシアムまで行けば、太老もそうだがラシャラ女皇も来ているはずだ。
 そこでマリアを引き渡せばいいと考え、ドールは幼い手を取るのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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