過去と未来。そして、異なる宇宙と繋がる虚無の空間――それが次元の狭間だ。
 青みがかった暗黒の空に、星のように瞬く閃光。激しく衝突する火花。
 ガイアの放った黒い聖機人と、連合軍の激しい戦闘が繰り広げられていた。

『アハ、アハハハハハ! ほら、もっと、もっと もっと! わたくしを愉しませなさい!』

 口元を歪め、狂気に染まった顔で喜びの声を上げるモルガ。
 二本の巨大な戦斧を振い、目の前に立ち塞がる敵を斬り、薙ぎ、叩き潰していく。
 一瞬にして三体の聖機人が粉々に弾け飛び、首と胴体が分かたれる光景を前に――

「巻き込まれたくなければ、アレには絶対に近付くな!」

 頬を引き攣らせ、味方に注意を促すシュリフォン王。
 一度スイッチが入ってしまうと敵味方の区別なく、視界に入った敵を倒し尽くすまで動きを止めることはない。
 モルガが『バーサーカー』と呼ばれる由縁でもあった。
 そして、トリブル王宮が扱いに困り、正木商会へ彼女を差し出した理由の一つでもある。
 幾ら優秀な聖機師と言っても味方との連携が取れないのであれば、危なくて戦場にだすことなど出来ない。
 しかし、任務を与えず飼い殺しにしようにも、それが通用する相手ではない。獣を飼うには、定期的に餌を与えることが必要だからだ。
 そうしなければ、逆に自分たちが獣の餌食となりかねない。モルガとは、そういう聖機師だった。
 だからトリブル王宮はハヴォニワとの取り引きに応じ、モルガを正木商会へ出向させたのだ。
 それは――

「それは、あの女狐も同じか……」

 同じ獣≠フ類であれば、モルガの手綱を握れるかも知れないと考えてのことでもあった。
 獅子奮迅の活躍を見せる青い聖機人に目をやり、溜め息を漏らすシュリフォン王。
 若返った影響で全盛期の力を取り戻したフローラの活躍は、モルガと同様に他を圧倒していた。
 嘗て、聖地の武術大会を制した実力は伊達ではない。現役の聖機師と比較しても、トップクラスの実力と言っていいだろう。
 問題は余りに凄まじすぎて、並の聖機師ではついていけないことだ。モルガと同様に味方との連携がまったくと言っていいほどに取れていなかった。
 まだ、こちらは敵と味方の区別がついているだけマシではあるが、不用意に近付けば巻き込まれると言う点ではそう大差はない。
 心強くもあり、非常に厄介な味方と言える。

「仕方があるまい。無理に前へでようとせず、抜けてきた敵だけを相手すればよい!」

 幾らフローラとモルガが強いと言っても、二人で相手取れる敵の数には限りがある。
 最前線の維持は二人に任せ、漏れた敵の掃討に専念するようにシュリフォン王は指示をだすのだった。





異世界の伝道師 第373話『優先すべきこと』
作者 193






「さすがは父上だ」

 シュリフォン王の指揮に感心した様子で頷くダークエルフの女。
 シュリフォン王国の王女、アウラだ。
 彼女もまた、父親や国の仲間たちと共にこの戦いに参加していた。

『アウラ様、どうされますか?』
「あちらは父上に任せておけば問題ないだろう。我々は手薄な箇所のサポートに回る」

 自身の護衛でもある従者の問いに、そう答えるアウラに対して誰一人として不満を漏らさない
 当然だ。生まれ持ち優れた身体能力と亜法耐性を持つダークエルフではあるが、それを過信するような者はシュリフォンの聖機師にいない。
 心・技・体。そのすべてを兼ね備えていると認められない限り、仮に聖地での修行を経て聖機師の証を手にしたとしても、一人前の聖機師とは認められないからだ。
 それだけに才能に恵まれているからと言って、フローラやモルガと肩を並べられると自惚れる者はいない。
 彼女たちは自分たちの実力を正確に把握し、分をしっかりと弁えていた。

「あれは……」

 三体の黒い聖機人を相手に、防戦一方と言った様子で苦戦を強いられている赤い聖機人≠発見するアウラ。
 すぐにそれがキャイアの聖機人だと察したアウラは、

「先行する! お前たちは援護を!」

 一刻を争うと考え、部隊に指示をだし加速する。
 一気に距離を詰めると、加速したまま銃口を構えるアウラ。
 そして、

(――いまだ!)

 背後からキャイアに迫っていた黒い聖機人を撃ち抜く。
 一撃で破壊することは叶わなかったが背中に被弾し、爆風で大きく弾け飛ばされる黒い聖機人。
 そこに間髪入れず、色とりどりの光が降り注ぐ。
 アウラの部隊、ダークエルフたちが放った銃撃の光だ。

「これは……」

 四肢を破壊され、頭を撃ち抜かれ、塵と化す黒い聖機人。
 二体の聖機人を相手取りながら、その光景を目にしたキャイアは驚きと困惑の声を漏らす。
 そこに――

「助太刀する!」

 銃剣を構えたアウラが割って入る。
 大きく剣を振りかぶり、目標に目掛けて力一杯、斬撃を叩き込むアウラ。
 咄嗟に防御の構えを取り、受け止めようとするも武器ごと腕を叩き斬られる黒い聖機人。
 不意を突いたアウラの渾身の一撃に驚き、二体の黒い聖機人は逃げるように距離を取る。
 そして、

「待て」

 チャンスだと考え、追撃に移ろうとしたキャイアをアウラは制止した。

「何を――!?」
「周りをよく見ろ」

 アウラに注意され、周囲を警戒するように視線を泳がせるキャイア。
 そして、上空で激しくぶつかる火線を発見して目を瞠る。
 あのまま踏み込んでいれば敵に包囲され、集中砲火を浴びていたと気付かされたからだ。
 追って来ないことを察してか? 二体の聖機人は、そのまま後方の部隊と合流するかのように下がっていく。
 その後ろ姿を悔しげに睨み付けながらも、一先ず脅威が去ったことを確認してキャイアは安堵の息を吐き、助けてもらった礼を口にした。

「……助かったわ」
「礼はいい。それよりも、何を焦っている?」

 アウラの質問にすぐには答えず、苦い表情を浮かべるキャイア。
 キャイアの実力は、アウラもよく知っている。
 彼女が才能に溺れる愚かな聖機師ではなく、努力を怠らない有能な聖機師だと言うことを――
 剣術の腕では、自分以上だと認めていたのだ。
 しかし、いまのキャイアはアウラが認めた実力の半分も出し切れていない。
 その原因に察しを付け、更に質問を続けるアウラ。

「気にしているのは、イザベル殿のことか?」

 ガイアの放った光に呑まれ、聖機人と共に姿を消したキャイアの母――イザベル。
 固い岩壁さえも溶かし、聖機人をも一撃で消滅させるほどの破壊力を持ったガイアの攻撃を受け、無事だとは思えない。
 イザベルの生存を信じたい一方で、本音では生きているはずがないと言うことを皆が分かっていた。
 当然、そのことをキャイアも分かっていないとは思えない。
 だから思い切って、アウラはそのことをキャイアに尋ねたのだ。

「母さんが死んだのは……いいえ、殺したのは私よ。私がもっとしっかりとしていれば、迷わなければ……」

 心の内に溜まっていたものを吐き出すように、キャイアはアウラの問いに答える。
 そんなキャイアの反応に「やはりな」と、小さく溜め息を漏らすアウラ。
 好意を寄せていた幼馴染みに裏切られ、更には母親の死を目の当たりにしたのだ。
 普通であれば、とっくに心が折れていても不思議ではない。
 それでもキャイアの心が折れず、こうして再び戦場に立つことが出来ているのはラシャラの存在が大きかった。
 しかし、今度こそラシャラの期待に応えたい。主のために剣を振うと誓ったのに、ガイアを前にしたら感情を抑えることが出来なかったのだろう。

「キャイア・フラン。ガイアに憎しみを向けるなとは言わない。私だって仲間を大勢あの化け物に食われたのだ。その気持ちの一旦は理解できるつもりだ」
「アウラ・シュリフォン。あなた……」

 アウラの言葉で、我に返るキャイア。
 ガイアに大切な人を奪われたのは、自分だけではないことに気付かされたからだ。

「だが、冷静になれ。心を確りと持て、自分を見失うな」

 それが一流の聖機師だと、アウラはキャイアを諭す。
 いまのキャイアに足りていないものは、聖機師としての技術でも身体的能力でもない。心だ。
 精神的に未熟な点を除けば、キャイアは学院で一、二を争うほど優秀な聖機師だったのだ。
 将来的にはフローラやモルガにさえ匹敵するほどの聖機師になり得ると、アウラはキャイアの実力を認めていた。
 だからこそ――

「なんのために、誰のために剣を振うのか? お前ほどの聖機師なら他人に答えを聞かずとも理解しているはずだ」

 こんな風に弱ったキャイアを見ていられなかったのだろう。

『はあはあ……強いな。キャイアは……』
『ダグマイアこそ、凄いわよ。男≠ネのに勉強だけじゃなくて剣の鍛錬も凄く頑張ってて』
『……だが、それでもキミには勝てない』

 アウラの言葉に刺激され、幼い頃にダグマイアと共に過した時間が、キャイアの頭を過る。
 男なのに――そんな風に何気なく口にした言葉が、ダグマイアを傷つけていたのではないかと言うことに気付いたのは、随分と後になってからのことだった。
 この世界の男性聖機師は何もしない。いや、正確には何もさせてもらえない。
 だから能力が低く、どれだけ才能に恵まれた者でも一流にはなれない。それが、この世界の常識であった。
 だが、ダグマイアだけは違った。
 女性聖機師以上に勉強に励み、周りが制止しようとするなかでも、決して剣の修行を怠ることはなかった。
 そうした努力が実を結び、男でありながら女の聖機師に劣らないだけの確かな実力を手に入れるに至ったのだ。
 だが、それだけの実力があっても彼が実戦にでることはない。
 貴重な男の聖機師である限り、何もさせてはもらえないだからだ。

(だから、私は……)

 そんな報われない努力を続ける彼を、応援したかったのだとキャイアは思う。
 父親に認めて欲しい。周囲に認められたいというダグマイアの想いが、嫌と言うほど理解できたから――

(違う。それは詭弁よ。だって、私は……)

 幼い頃のことだと言ったところで、ダグマイアを傷つけてしまった事実に変わりはない。
 本当は謝りたかったのだと、キャイアは考える。
 でも、きっとそれを口にしてしまえば、ダグマイアをもっと傷つけてしまう。
 だから何も言えなかったのだ。

(ラシャラ様は、すべてお見通しだったのかもしれないわね)

 好きだったことは間違いないが、それよりも贖罪の気持ちの方が大きかった。
 そのことにラシャラは気付いていたのかもしれないと、キャイアは考える。
 気付いていたからこそ、ラシャラはキャイアを信じて待ち続けたのだろう。
 なのに――

(私はラシャラ様の期待を裏切ってばかりいる。それでいいの?)

 太老の力になってやって欲しい、と送り出したラシャラの言葉がキャイアの頭を過る。
 自身が聖機人に乗って戦えないと分かっているからこそ、その願いをキャイアに託したのだろう。
 ならば、そんな主の願いに応えるのが護衛機師≠フ役目だ。

「礼を言うわ。アウラ・シュリフォン……いえ、王女殿下」
「アウラでいい。その代わり私もキャイアと呼ばせてもらう」

 まだ、完全に自分を制御できているとは言えない。
 ダグマイアへの感情も、母を失った哀しみも忘れることは勿論できない。
 いまもガイアに対する憎しみは、胸の奥底からふつふつと湧き上がってくる。
 それでも、もう二度と大切な人を、仲間を失いたくない。
 何より――

「悔しいけど私一人の力ではガイアは勿論、あの黒い聖機人たちさえも倒せない。だからアウラ、一緒に戦ってくれる?」
「頼まれずとも、そのつもりだ。キャイアの背中は、我等が守ろう。存分に力を振うといい」
「ありがとう。なら、あなたの背中は私が守るわ」

 自分を信じて待ち続けてくれた主の想いに応えたい。
 それが、

「私はキャイア・フラン! シトレイユの皇、ラシャラ・アース様の護衛機師よ!」

 キャイアのだした答えだった。



 ……TO BE CONTINUED



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