翌日、早速リィンたちは島の探索を開始した。
 グリゼルダの話ではロンバルディア号は全長五十メライ(1メライが約1.2メートル)ある大型の旅客船で、船員と乗客を合わせて五十人ほどが乗っていたとの話だ。全員が助かったということはないだろうが、船の沈没した場所や海流の動きなどグリゼルダから得た情報から分析して、それなりの人数が島へ漂着しているのではないかというのがベルの見立てだった。
 もっとも半数も生きていれば良い方だと、口にはださないがリィンは思っていた。
 例え、無事に島へ流れ着いたとしても、今日まで生きている可能性は低いと考えたからだ。

「へえ〜凄いね。これだけの情報から、そんなことまで分かるんだ」
「このくらい常識ですわよ?」

 感心した声を上げるシャーリィに、なんでもないかのように答えるベルだったが、専門の船乗りでもここまでではないだろう。
 もっと正確なデータがあれば漂着の予測ポイントを割り出すことも出来る、と説明するベルの話にグリゼルダも感心した様子で聞き入っていた。
 そして、ふと気になったことをグリゼルダは尋ねる。

「もしかして、船の設計も出来るのではないか?」
「出来ますわよ。さすがに本職には及ばないと思いますが、簡単な船なら造れますわね」

 横で話を聞いていたリィンも、さすがは錬金術師と感心する。
 簡単な船と言ってはいるが、ベルの簡単≠ヘ常識で当て嵌めない方がいい。
 グリゼルダがイメージしているような帆船ではなく、飛行船を設計することも出来るはずだ。
 とはいえ、

「ですが、出来ることと引き受けるかどうかは別問題ですわよ? 手伝う理由がありませんもの」

 グリゼルダが何を望んでいるかを察して、ベルは釘を刺すように機先を制した。

「昨夜は俺に手伝ってやれと言ってたくせに……」
「それをやるのは、わたくしじゃありませんもの」

 そう言えば、こういう奴だったな……とリィンは溜め息を吐く。
 昨晩のやり取りを思い出し、困った顔を浮かべるグリゼルダにベルは妥協案を提示する。

「そうですわね。わたくしの実験≠ノ付き合って頂けるのなら考えてみてもいいですわよ?」
「本当か!? それなら――」
「やめとけ。絶対に碌なことじゃない」
「ん……命が惜しいなら止めておくのが無難」
「魔人化しちゃうかもしれないしね」

 しかしリィン、フィー、シャーリィの三人に揃って止められ、微妙な顔を浮かべるグリゼルダ。
 魔人化というのはよく分からなかったが、それでも危険だということは彼女にも伝わっていた。

「命まで取ったりしませんわよ……あなたたち、わたくしをどう言う目で見ていますの?」

 どうも何もと、呆れた顔でベルを見る三人。
 そもそも、これまでに彼女がしてきたことを思えば、安心できる要素は微塵もない。
 いまベルが大人しくしているのは、彼女の目的のためにリィンの力が必要だからだ。
 エステルは話せばわかってくれると考えていたようだが、更生の余地などまったくないほどに彼女は歪んでいた。
 ベルに条件抜きで頼みを聞いてもらえる可能性があるとすれば、それはエリィだけだろう。

「まったく、あなた方も人のことを言えないでしょうに……。ああ、わたくしの興味を惹く対価を用意できるのなら、先程の依頼引き受けてもいいですわよ。よーく考えてから相談してください」

 昨夜のような交渉をしたのなら、ベルは二度とグリゼルダの話を聞こうとはしないだろう。
 そのことはグリゼルダにも伝わったのか、黙ってベルの話に頷いた。
 そんな二人のやり取りを見て、『まあ、頑張れ』とリィンは心の中でグリゼルダにエールを送る。
 ベルがこんなことを口にするからには、グリゼルダに多少なりとも興味を持っていると言うことだからだ。
 なら、あとはグリゼルダ次第だ。それに船を造ることが出来れば、騎神に拘る必要はない。
 恐らくベルもそのことがわかっていて、こんな話をしたのだろう。

「……リィン」
「ああ、お客さんみたいだな」

 腰の武器に手を掛け、身構えるリィンとフィー。シャーリィも何かに気付き、獰猛な笑みを浮かべる。
 ベルだけは特に慌てた様子もなく、近くの岩に腰掛けると大きな欠伸を浮かべていた。
 状況についていけず、狼狽えるグリゼルダの目と耳に――ようやくそれが入る。

「ひいいいぃ! お、お助けええええ!」

 額から汗を流しながらドカドカと足音を鳴らし、リィンたちの待つ方角へ走ってくる一人の大男。
 肩には船の錨(いかり)のようなものを背負い、必死な形相を浮かべている。
 そして、その後ろには――

「あれって、昨日殺ったのと同じ種類(ヤツ)じゃない?」

 恐竜としか例えようのないティラノサウルスによく似た巨大な獣の姿があった。
 逃げる男の姿しか目に入っていないようで、巨大な顎から大量のよだれを垂らしながら真っ直ぐに近付いてくる。
 それを見て、なんだかやる気のなさそうな顔で「はあ……」と溜め息を吐くシャーリィ。

「いいよ、リィンがやって」
「お前なあ……」

 昨日戦ったのと同じ獲物ということで余りやる気がでないのだろう、とリィンは察する。
 仕方がないと腰に帯びた二本のブレードライフルを抜こうとした、その時だった。
 一足早く双銃剣を構えたフィーが、先に飛び出したのだ。
 そして瞬く間に距離を詰めると、逃げる男と獣の間に立ち、風を巻き起こしながら一気に武器を振り抜いた。

「浅い……」

 しかし硬い鱗に阻まれ、僅かに表面を斬り裂くことしか出来なかったことにフィーは驚く。
 無理もない。フィーの双銃剣はゼムリアストーンで作られた特注品だ。
 鉄すらも簡単に斬り裂ける切れ味がある。
 全力ではなかったとはいえ、本来であれば手足の一本も落とすつもりで一撃を放ったのだ。

「それなら――」

 フィーは目を眇め、大地を蹴る。一瞬にして獣の視界から姿を消すフィー。
 身体が小さく手数を優先するフィーには、シャーリィのような豪快な戦い方は真似できない。
 何よりダガータイプの双銃剣では刃渡りが短く、身体の大きな獣が相手では一撃で致命傷を与えることが難しい。
 だが本来、猟兵が相手にするのは獣ではなく同じ人間だ。
 人間が相手であれば、シャーリィの持つ〈テスタ・ロッサ〉のような巨大な武器は必要ない。人を殺すなら銃弾一発、ナイフ一本で事足りるからだ。
 ようは相性の問題だった。
 張り合う必要など何一つないのだが、

(シャーリィなら時間を掛けなくても倒せる相手。なら、私だって――)

 ラウラがフィーを目標として鍛練に励んでいるように、フィーも現状に満足はしていなかった。
 シャーリィが一撃で倒した相手なら、自分も時間を掛けずに一気に倒す。
 そのくらい出来なければ、到底リィンに追いつくことは出来ない。
 そのために出来ることは――

「残念、はずれ」

 隙を窺いながら、獣の周囲を疾駆するフィー。
 苛立ちを隠せない様子で尻尾を振り回すが、フィーに当たることなく獣の攻撃は宙を切る。

「そこ!」

 そんな大振りの一撃を、フィーが見逃すはずがなかった。

 ――クリアランス。

 フィーが得意とする戦技の一つ、獣の足下に無数の弾丸が放たれる。
 その直後、爪先から血を噴き出し、絶叫を上げて倒れ込む異形の獣。
 どれほど硬い鱗を持っていようと、身体のすべてを硬い鱗で守るのは不可能だ。生物的な弱点を完全に克服することは出来ない。
 攻撃が通用しないのであれば、攻撃の通る箇所へ一撃を決めればいい。
 それがフィーのだした答えだった。

「うわ……あれは痛そう」

 バランスを崩して頭から倒れ込む獣を見て、シャーリィは顔をしかめる。
 次の瞬間――

「これで――」

 倒れ込んだ獣の頭に、フィーは渾身の一撃を叩き込んだ。
 ドゴン、という音と共に地面に亀裂が走り、顔を土に埋める獣。
 横たわる獣の眼球に、フィーの双銃剣が突き刺さる。
 そして――

「終わりッ!」

 突き刺した双銃剣の先から、フィーは闘気を圧縮した弾丸を放った。
 その直後、獣の側頭部が弾け飛び、噴き出した血の雨が大地に降り注ぐ。
 どんな生物でも、眼球だけは鍛えることが出来ない。
 同じように、頭を吹き飛ばされれば絶命する。

「ブイ」

 真っ赤に染まった大地の上で、勝利のVサインを決めるフィー。
 その凄惨な光景を前に、獣から逃げていた大男とグリゼルダが唖然とする中、

「二つ名、交換する?」
「遠慮しとく」

 シャーリィとフィーは、そんなやり取りを交わしていた。


  ◆


「はあ……こんなに返り血を浴びて、シャーリィのこと言えないぞ」
「はりきりすぎた。いまは少し反省してる」

 川の水で身体についた血を洗い流しながら、頭を下げるフィー。
 リィンはというとその横で、フィーのジャケットを洗濯していた。

「ガハハ、助かったぜ。助けてくれて、ありがとうな。嬢ちゃん」
「ん……無事でよかった」
「ワシの名はサハド・ノートラス。グリーク地方出身の猟師だ」
「フィー・クラウゼル。よろしく」

 豪快に笑いながら礼を言うサハドに対し、フィーも挨拶を返す。
 傍から見れば親子に見えなくもないほど、二人の歳と身長は離れていた。

「これが昨夜、話にでてきた異形の獣ですわね。なかなか興味深いですわ」
「ん……凄く硬かった」
「機甲兵より硬いと思うよ。闘気を乗せた攻撃で、どうにか一撃ってところだったし」
「私じゃ一撃は無理。ちょっと悔しい……」

 獣と戦ったフィーとシャーリィの感想を聞いて、ベルは興味深そうに地面に横たわる獣を観察する。
 そして腰に下げた護身用のナイフを抜くと、獣の身体に振り下ろした。
 しかし、

「確かにナイフが通りませんわね」

 ナイフは弾かれ、獣の身体に傷がついた形跡はない。
 ゼムリアストーン製と言う訳ではないが、マリアベルのナイフもそこそこの良品だ。
 それでも傷が付かないとなると、獣の全身を覆う鱗はかなりの硬度を持つことが分かる。
 その後も何かを確かめるように、何度もナイフを叩き付けるベルを見て、洗濯を終えたリィンは怪訝な顔で声を掛けた。

「まさか、食べるのか?」
「サンプルに鱗を何枚か欲しかったのですけど、肉の方も確かに興味がありますわね」
「意外と食べたら美味しいかもね。お昼はステーキにする?」
「……本気か? まあ、そこまで言うなら調理してみても良いが……」

 冗談のつもりだったのが、ベルとシャーリィから意外な言葉が返ってきて、リィンは戸惑いを見せる。
 とはいえ、自分から言いだしたことだ。
 二人がその気なら取り敢えず試して見るかと、リィンは慣れた手つきで獣の解体を始める。
 その後ろでは、すっかりと馴染んだ様子でサハドがフィーと話をしていた。
 そこにグリゼルダが割って入るように声を掛ける。

「少し良いだろうか? もしや貴殿はロンバルディア号の乗客では?」
「おお、そうだそうだ。出稼ぎ先から故郷へ帰るために乗った船が、まさか沈んじまうとはな」

 この島にいるということは、自分と同じロンバルディア号に乗っていた漂流者ではないかと考えたからだ。
 そして、その予想は当たっていた。
 しかし緊張感のないサハドの態度に、状況を理解していないのではないかとグリゼルダは心配になるが、

「それにしても流れ着いた先が、よりにもよってセイレン島とはなあ」

 そう話すサハドに、驚きの顔を見せた。

「気付いていたのか?」
「おお、グリーク出身ならガキでも知ってる話だからな。子供の頃、こう聞かされたことがあるはずだ。『悪さをする奴はセイレン島へ島流しにするぞ』ってな」

 納得しつつグリゼルダはサハドの話に興味を示す。
 こうした伝承や昔話は、実際にあったことを元にした話が多い。子供に語り聞かせることで教訓とするためだ。
 だとするなら、そこからセイレン島に関する情報が何か得られるのではないかと考えたからだった。
 そんなグリゼルダとは違い、シャーリィは別のものに興味を持った様子でサハドに声を掛ける。

「ねえねえ、さっきから気になってたんだけど、それってオジさんの武器?」

 木に立てかけられた、大きな錨を指さしながらサハドに尋ねるシャーリィ。

「ん? これか? 浜辺で拾って護身用に持ち歩いてたんだが……」
「そうなんだ。でも、良いセンスしてると思うよ。おっきくて強そうだし、やっぱり武器はこうじゃないとね」

 そんな風に褒められるとは思ってもいなかったのだろう。
 面白い嬢ちゃんだな、とサハドは豪快に笑う。

「しかし、まさか拾ったコイツが偶然、獣の頭に当たって追い掛けられる羽目になるとは……まったくエライ目にあったぜ」

 命の危機だったと言うのに、エライ目にあったの一言で済ませるサハドにグリゼルダは呆れる。
 だが、サハドがどういう性格の人物か、理解できた気がした。
 こんな状況でも緊張感がないのは、元々の性格なのだろう。
 悪く言えば、大雑把。よく言えば、大物。神経が図太いと言うことだ。
 シャーリィと気が合うのも頷ける話だった。

「お?」

 サハドのお腹から大きな音が鳴って、一斉にリィンへと視線が集まる。
 その視線に気付くとリィンは溜め息を吐きながら、

「お前等……俺を料理人≠ゥなんかと勘違いしてないか?」
「違うの?」
「俺は猟兵≠セ!」

 シャーリィのボケに当然のツッコミを入れるのだった。



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