「思っていたよりも、ずっと美味しかったね。リィンの腕が良いんだろうけど」
「ん……リィンの料理は最高」
「これなら転職≠オてもやっていけそうですわね」

 食事を終え、シャーリィ、フィー、ベルの三人はそれぞれ勝手な感想を述べる。
 後片付けをしながら三人の会話を耳にして、何とも言えない顔を浮かべるリィン。
 こちらの世界にきてからというもの、料理や洗濯ばかりしている気がしてのことだった。
 やはり人選を間違えた。次があるなら家事スキルの高いメンバーを連れて来ようとリィンは固く心に誓う。

「あの怪物が、こんなにも美味い料理に化けるとはなあ。兄ちゃん良い腕してるぜ」
「うむ、本職の料理人と比べても遜色の無い腕と工夫だ。誇っても良いと思うぞ」

 サハドとグリゼルダにも同じようなことを言われ、益々微妙な顔を浮かべるリィン。
 確かに〈西風〉にいた頃、リィンは料理ばかりしていた。
 それは基本的に猟兵はシャーリィのような考え方が多く、煮て食うか焼いて食うかの二択しか知らないからだ。
 美食家と言う訳ではないが、前世の記憶があるリィンには耐えがたい食事だった。
 だから必要に迫られ、料理のスキルが磨かれたのだ。決して猟兵であって料理人ではない。

「リィンの料理は凄い。一緒に店をやってた時も、凄く評判がよかった」
「ガハハ、やっぱり本職だったか。島での生活に一つ楽しみが増えたな」

 確かに一時、帝都で喫茶店をやっていたこともあった。しかし、決して本職は『料理人』ではない。『猟兵』だ。
 サハドの一言でさり気なく料理当番にされていることに、リィンは反論する気も失せて溜め息を吐く。
 どちらにせよ、まともな料理を食べたいなら自分で作るしかないのだ。
 サハドは凝った料理は出来ずとも魚くらいは捌けるのだろうが、他の四人は絶望的だ。
 グリゼルダの料理はまだ食べたことはないが、アルフィンの顔が頭を過ぎり、期待できそうにないなとリィンは考えていた。
 皇女に対する酷い偏見だった。

「さてと、腹も膨れたところで。おっさん――いや、サハドでいいか?」
「おう、助けて貰って飯も食わせて貰ったからな。協力できることがあるなら、なんでも言ってくれ」

 握り拳を作って胸を叩くサハドを見て、やはり察しがいいなとリィンは評価する。
 豪快な性格で何も考えていなさそうに見えて、フィーへの接し方や他の三人への対応もサハドなりの気遣いが垣間見えた。
 根から面倒見の良い男なのだろう。子供の扱いにも慣れているように思える。
 そしてリィンの話を聞き、こんな風に聞き返してくると言うことは、何をすべきかを理解していると言うことだ。

「適当な場所を見つけるまでは、ここを拠点に行動するつもりだ。明日からはベルと一緒に野営地の番を頼みたい」

 そう、リィンはサハドに頼む。
 雨風を凌ぐには厳しいが近くには川があり、森も近いことから山菜や茸など食材の確保には困らない。仮の拠点として使うには適した場所だった。
 この半月、一人で生きてきたことを思えばサハドもそれなりに戦えるのだろうが、彼は猟師だ。
 戦いに関して素人であることに変わりはない。実際、相手が悪かったとはいえ、異形の獣には逃げるので精一杯のようだった。
 となると、やはり戦力には数えない方がいい。足手纏いを連れて行くよりは、自分たちだけで島の探索を進めた方が効率が良いとの考えからだった。
 それに――

「……何か、失礼なことを考えてますわね?」

 ベル一人を残すと飯の準備にも困るだろうと考えたところで察せられ、リィンは誤魔化すように視線を逸らす。

「それは構わねえが、この小さな嬢ちゃんと二人でか? さすがに、さっきみたいな獣がでると厳しいぞ?」
「小さいは余計ですわ」

 そうリィンに意見するサハドだったが、ベルに睨まれ「悪かった。機嫌を直してくれ」と頭を下げる。
 まあ、悪気はないのだろう。彼なりにベルのことを心配してのことだというのはわかっていた。
 そのことはベルもわかっているのか、「ベルで構いませんわ」とサハドを許す。
 そんな彼女の見た目は十歳程度の子供だ。サハドの懸念も理解できる。
 だが、

「ベルなら、どうにかしそうだが……」
「獣除けの結界くらいなら張れますけど、あなた方のように戦闘を期待されても困りますわよ?」

 そうは言うがサハドが追われていた獣程度なら、ベルも殺れるだろうとリィンは確信していた。
 彼女は錬金術師だ。しかも最高位の魔導師――魔術を使えば、並の獣は相手にすらならない。
 むしろ魔術の利便性を考えると、ベルほど拠点防衛に向いた人選はないとも言えた。
 とはいえ、万が一を考えるとベルは術士だ。
 前衛がサハドだけでは厳しいかとリィンは考え、フィーとシャーリィに視線を向ける。

「どちらか残ってくれるか?」
「ん……じゃあ、私が残る。シャーリィは、じっとしてられないだろうから」

 自分から残ると言いだしたフィーに、リィンは少し申し訳なさそうな顔で「悪いな」と頭を下げる。
 しかし〈暁の旅団〉で、気配に一番敏感なのはフィーだ。
 ベルの結界と合わせれば、少なくとも不意を突かれるようなことはないだろう。
 最初は心配そうにしていたサハドも、フィーの戦いを一度目にしているからか、特に異論はないようだった。

「グリゼルダは俺たちと来てくれ。漂流者を見つけたら説明を頼みたい。俺やシャーリィじゃ無用な警戒を与えるだろうしな」
「了解した。確かに、その方が良いだろうな」

 リィンの案に、グリゼルダは納得した様子で頷く。
 そもそも漂流者の捜索は、彼女から言いだしたことだ。
 最初から島の探索には参加するつもりでいたので、特に不満はでなかった。


  ◆


 翌朝、リィンはシャーリィとグリゼルダの二人を連れ、島の探索を再開した。
 とはいえ、以前リィン自身がグリゼルダに言ったことだが、この島は広い。
 闇雲に動き回ったのでは、島のどこかにいる漂流者を見つけるのは難しいだろう。
 そこでリィンはベルから渡された一枚の地図を開く。

「……よく、こんな地図を用意できたな」

 グリゼルダが驚くのも無理はない。
 リィンの持っている地図には地上からでは概要を掴み難い、島の全体像が描かれていたからだ。
 それは、この世界に訪れた際に〈騎神〉で上空から撮影しておいた写真を元に、ベルが地図に書き起こしたものだった。
 そこにサハドの協力を得て、船が沈没したポイントや海流の動きからベルが予測を立てた漂着ポイントが記されていた。
 まずはこのポイントを重点的に捜索し、徐々に探索範囲を広げていこうというのがリィンの考えだ。

「それで、どこから見て回るの?」
「北は後回しにした方がいいだろうしな。まずは野営地を中心に島の東側を探索する。その後は時計回りに探索範囲を広げていこうと思う」

 現在リィンたちがいるのは島の東側だ。
 そこから海岸沿いに南下するカタチで、時計回りに島を探索する案をリィンは他の二人に提示する。
 シャーリィは特に異論はないようだが、グリゼルダはリィンの言葉に違和感を覚えて質問を返す。

「北を後回しにするのは何か理由があるのか? ここから見える岩山の方角のようだが……」
「島へ上陸する時に襲われて一匹は撃退したんだが、翼竜の巣があるみたいでな」

 この世界へやってきた初日に翼竜に襲われたことを思い出しながら、リィンはグリゼルダに説明する。
 一匹程度ならどうとでもなるが、数で攻められると〈騎神〉であっても骨が折れる。
 精霊の道を通ってきた影響で〈騎神〉のマナが残り少なかったことから、比較的安全な島の東側に降りたのだ。

「山の向こうは、それほど危険な場所なのか……」
「一応、秘策はある。まずは他の探索を終わらせてからだな」

 翼竜の話を聞いて不安を抱えるも、何かしらの手があると知ってグリゼルダも一先ず納得する。
 秘策というのは〈騎神〉のことだ。マナさえ回復すれば、翼竜が何匹襲ってこようと敵ではない。
 ただ、この島に他にも人がいると判明した以上、騎神の使い所は考える必要があるとリィンは考えていた。

「しかし、どうやったら翼竜に襲われるようなことになるのだ?」
「ああ……まあ、そのうち説明するから、いまはまだ聞かないでくれ」

 怪訝な表情で尋ねてくるグリゼルダに、リィンはそう言葉を濁すのだった。


  ◆


 探索開始から五日。島の探索は順調に進んでいた。

「リィン! 私も寝ずの番をやる!」
「子供はさっさと寝ろ」

 元気に自己主張する少女に対し、さっさと寝ろと返すリィン。
 彼女の名はクイナ。二日前に保護した十歳の女の子だ。
 そして、

「ほら、クイナちゃん。お姉さん≠ニ一緒に寝ましょう」

 背後からクイナに抱きつく女性はミラルダ。
 クイナと一緒に森の中で隠れ住んでいるところを保護したロンバルディア号の乗客だった。

「……お姉さん?」
「フフッ、何か気になることでもあるのかしら?」

 周辺の温度が数度下がったかのような錯覚を受け、クイナは急速に大人しくなる。
 敢えて触れずにいたと言うのに、平然と地雷を踏み抜いていく子供故の無鉄砲さにリィンは呆れる。

「で、でも! リィンは明日も探索にでるんだよね!?」

 急に何を言いだすのかと思えばそういうことか、とリィンはクイナが何を心配しているのかを察する。
 クイナなりにリィンの体調を心配していると言うことだ。
 何か、皆の役に立ちたいと考えているのかもしれない。
 とはいえ、

「俺は猟兵だからな。三日は寝なくても問題なく行動できる」
「りょーへーって、すごッ!?」

 子供が気にすることではない、とリィンは考えていた。
 そもそも寝ずの番と言っても、一睡もしていないわけではない。早めに休んでいるフィーやシャーリィと途中で交代して、十分とは言えないものの睡眠は取っていた。
 それに戦場では敵の襲撃を常に警戒しなくてはならず、ゆっくりと横になって眠ることなど出来ない。そのため、こうしたことには慣れている。
 しかし納得が行かない様子で、それでも自分も番をするとクイナはごねる。
 とはいえ、強がってはいても子供だ。
 眠気に抗えるはずもなく、そう時を置かずに船を漕ぎ始めたクイナをリィンはテントに運び、ミラルダに任せた。

「……やっと寝たか」

 急に騒がしくなったなと頭を掻きながら、焚き火の前へ戻ろうとしたところでリィンは足を止める。
 浜辺に人影を見つけたからだ。

「この五日で見つけることが出来たのは、私を除いて三人≠ゥ」

 夜空を見上げながら、そう呟くグリゼルダ。
 現在、野営地で保護している漂流者はグリゼルダを除くと三人だ。
 グリーク地方で猟師をしているというサハド。
 同じくグリーク地方で、旦那の料理屋を手伝っているという六児の母ミラルダ。
 そして、そのミラルダと一緒にいた十歳の少女――クイナ。

「暗い顔をしてるな。まあ、分からなくもないが……」

 浮かない顔をするグリゼルダにリィンは声を掛ける。
 ロンバルディア号に乗船していたのは、船員と乗客を合わせて五十人ほど。
 既に船の沈没から二十日が経過していることを考えると、例え島へ漂着していたとしても無事な可能性は相当に低い。
 日が経つに連れて、生存確率は下がっていく。グリゼルダが焦るのも理解できなくはなかった。

「焦っても状況が好転するわけじゃない。こう考えたらどうだ? 三人も無事だったってな」

 三人しか助けられなかったと考えるから自分を責めることになる。
 だが、実際には逆だ。グリゼルダはよくやっている
 彼女自身も痛感していることだが、この島は人間が生きていくには厳しい環境だ。
 その状況で三人も無事だったこと自体、リィンは幸運≠セったと考えていた。
 ましてや船が沈んだのはグリゼルダの所為ではない。彼女が責任を感じる必要はどこにもないのだ。

「……慰めてくれているのか?」

 意外そうな顔を向けられて、リィンは顔をしかめる。
 最初に厳しく接したのは確かだが、リィンは間違ったことを言ったとは思っていない。
 仕事の対価を求め、リスクを計算して依頼を引き受けるかどうかを決めるのは当然のことだからだ。
 判断を見誤れば自分だけでなく仲間全員を危険に晒すことになる。それは団を率いる者として認められることではなかった。
 危機的状況であればあるほど、喜び勇んで突撃しそうな団員が若干一名いるが、そこはリィンも考えないことにする。

「それに悪いことばかりじゃない。収穫はあったからな」
「……何がだ?」
「ミラルダだ」

 夫婦で料理屋を営んでいると言うだけあって、ミラルダの料理の腕はなかなかのものだった。
 他にも世話になってばかりは悪いからと、現在は家事全般をミラルダが引き受けてくれていた。
 これまでは、ほぼリィンが一人でやっていたのだ。
 朝食を用意して洗濯を終わらせてから探索にでる。しかも探索が終わって帰ってきたら、また食事の用意だ。
 そのことを考えれば、随分と楽になった。ミラルダの存在はリィンにとって欠かせないほど重要なポジションを占めていた。

「確かに、あの御夫人の料理の腕はなかなかのものだが、私は貴殿の料理も好きだぞ」

 褒めているつもりなのだろうが、グリゼルダの的外れとも言える発言にリィンは微妙な顔を見せる。
 料理をするのが嫌と言う訳ではないが、少しくらいお前等も料理を覚えてくれというのがリィンの本音だ。
 とはいえ、一朝一夕に身につくものでもない。シャーリィやベルなど、それ以前の話だ。
 教える方が労力が大きいので、半ば諦めていたところにミラルダが加わったのだ。
 まさにリィンにとっては救世主とも言える出会いだった。
 彼女の頼みなら一度くらいは依頼を無料で引き受けてもいいと思うくらいに感謝していた。

「とにかく今日はもう寝ろ。明日からは探索範囲を広げていくからな」

 リィンは焚き火の前に腰掛けると、そう言ってグリゼルダをテントに追い払うのだった。


  ◆


「やれやれだな」

 グリゼルダの気持ちも分からなくはないが、焦っても仕方のないことだ。
 背負い込まずとも良いもので責任を感じている彼女の不器用さに、リィンは若干呆れていた。

「少し良いかしら?」
「ベル?」

 焚き火に薪をくべていると、とっくに寝ていると思っていたベルに声を掛けられ、リィンは怪訝な顔を浮かべる。
 態々こんな時間に声を掛けてきたということは、二人きりになれるタイミングを見計らっていたと言うことだ。
 いまは仲間とはいえ、気の許せる相手ではない。少し警戒しながらリィンはベルに用件を尋ねる。

「なんの用だ?」
「クイナさんのことですわ」

 そのことか、とリィンは溜め息を吐く。
 ベルが何を聞きたいかは察していた。
 リィンが気付いているのだ。
 クロイス家の錬金術師であるベルが気付かないはずもない。

「本人は自覚がないようですけど」

 ――どうするつもりですの?
 と、ベルに尋ねられ、リィンは逡巡する。
 半月以上もの間、あの二人が無事でいたのはミラルダがクイナを守っていたからではない。その逆だ。
 クイナの存在がミラルダを危険な獣から遠ざけていた。ベルも当然そのことに気付いている。
 だから、このまま放って置いていいのかとリィンに尋ねたのだ。
 だが、それが善意によるものではなく、クイナのなかに眠る何か≠ノ興味を持ってのことだとリィンは察する。
 それだけに、

「ダメだ。というか、少しは自重しろ」
「あなたなら、そう言うと思っていましたわ。キーアさん……いえ、ノルンさんの件もありますし」

 これまでにベルがしたことを思えば、迂闊にクイナを預けるわけにはいかなかった。
 まだ確認を取ってくるだけマシで、言質を与えるような真似をすればクイナがどうなるか想像に難くないからだ。
 とはいえ、ベルもリィンならそう言うだろうとわかっていた様子で、あっさりと引き下がる。

「もしもの時は俺が責任を持つさ。それより……」

 クイナのことは気になるが、他にも気になることは幾つもある。
 近付く船をことごとく沈めるという魔の島。グリゼルダも見たことがないという異形の獣。
 それに探索を始めてから、何処からか誰かに見られているような視線≠リィンは感じ取っていた。
 これだけ続けば、すべて無関係と考えるよりはクイナのことも含め、幾つかは繋がっていると考える方がしっくりと来る。

「何かあるな。この島には……」
「ええ、間違いなく。この島からは――〈始まりの地〉とよく似た力の気配を感じますもの」

 クイナのことはついでで、最初からそれを伝えたかったのだろう。
 不意を突かれて目を瞠るリィンに、ベルは微笑みを返すのだった。



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