「許さん! 絶対に許さんぞ! 猟兵風情が――ッ!」

 ホテルの一室と思しき場所で声を荒げ、怒りを顕わにする老人の姿があった。
 二十八人が斬殺されたライ家本邸の襲撃事件から三日。
 長老会の集まりに出席していたため被害を免れ、生き残ったライ家の長老が彼であった。
 息子と孫の二人を殺されたのだ。大事な跡取りを殺されたとあっては怒りが収まらないのも無理はない。
 それに――

「ガウランめ……目を掛けてやったと言うのに猟兵風情に後れを取るなど……」

 ガウランがいれば、結果は違ったかもしれないと長老は考えていた。
 というのもリィンと決闘した日から、ガウランの消息は途絶えていた。
 海蝕洞の崩落に巻き込まれて死亡したとする説も浮上しているが、実際のところは生死不明の状況だ。
 ガウランがリィンとの決闘に勝利していれば――
 ガウランがいれば、息子と孫が死ぬことはなかったかもしれない。
 暁の旅団に対してだけでなく、長老の怒りはガウランにも向かう。

「何かに使えると考え、拾って育ててやったと言うのに恩を仇で返しおって」

 吐き捨てるように、長老はガウランの非難を口にする。
 もはや死んでようと生きていようと関係なかった。
 どのみちリィンとの決闘を持ち掛けた時から、ガウランは切り捨てるつもりでいたからだ。
 二人揃って死んでくれれば上々。リィンに殺されたとしてもライ家が長老会の筆頭になれるのであれば、惜しくない犠牲だと考えていたのだ。
 そもそも筆頭拳士にまで登り詰めたガウランだが、ライ家の人間からは酷く疎まれていた。
 孤児と言うのもあるが、本人すら知らない出自にライ家が警戒する理由があったからだ。

「所詮は〝リー家〟の小倅か」

 ニ十年ほど前に没落したとされる長老家の一角。リー家の〝忘れ形見〟がガウランであったからだ。
 そして、リー家を策略に嵌めて没落に追い込んだのがライ家であった。
 そのことをガウランは知らないが、知ればライ家に牙を剥くかもしれない。
 そのため、実力で筆頭拳士にまで登り詰めたガウランは、ライ家の人間にとって目障りな存在になりつつあったと言うことだ。
 本来は〝人質〟として拾った少年が、これほどの実力を手にするとはライ家の長老も思ってはいなかったのだろう。
 だからガウランをリィンにぶつけることで、ガウランの始末を図ったと言う訳だ。
 仮に生きて帰ったとしても決闘に敗れれば、すべての責任をガウランに押しつけてしまえばいい。
 そう考えていたのだが、暁の旅団がこんなにも早く報復に動くことはライ家の長老にとって誤算であった。
 まさか猟兵如きが共和国最大の組織である〈黒月〉に対して、そのような行動にでるとは思ってもいなかったからだ。

「このままで済ませるものか。こうなったら組織の力を使ってでも――」

 いまやライ家はルウ家に成り代わり、黒月の筆頭だ。それは即ち、組織の力を十全に使えると言うことでもある。
 幾ら〈暁の旅団〉が二つ名持ちの実力者を多く抱えていようと、黒月の組織力に及ぶはずもない。
 東方三大拳法の一つに数えられる月華流は共和国最大の門下数を誇り、各地に散る黒月の構成員も数千人に上る。
 傘下にある組織も加えれば、数万の人員を集めることも不可能ではない。
 資本力、組織力共に上回っている黒月が猟兵団如きに負けるはずがないとライ家の長老は本気で考えていた。
 いや、これが普通の考えと言って良いだろう。
 他の長老たちも大半はライ家の長老と〈暁の旅団〉に対する認識は変わりなかった。

 リィン・クラウゼルがどれほどの怪物であろうと、たった一人で出来ることなど限られている。
 帝国との戦争に勝てたのも、クロスベルの協力やリベールの支援があってのこと。
 そして、騎神の存在やエタニアと呼ばれる謎の王国が関与していたからだと考えていた。
 そうでなければ、結成から二年足らずの猟兵団が帝国軍を退けるなど考えられないからだ。
 そんな彼等からすれば、暁の旅団と対等な関係を結ぼうとしているルウ家は気が狂ったとしか思えなかっただろう。
 だからこそ、ライ家がルウ家に謀略を仕掛けたと分かっていながらも、他の長老家はそれを黙認した。
 猟兵と手を組むなど、彼等のプライドが許さなかったからだ。

 なら今回の件で組織を動かしたとしても、他の長老たちから反対の声が上がることはないだろう。
 被害を受けたのはライ家のみだが、組織への攻撃と見做してしまえばいい。
 猟兵に好き勝手されたとあっては、黒月の看板に傷が付くからだ。

「残念ですが、それは叶いませんね」
「――!?」

 他に誰もいないはずの部屋に声が響き、慌てた様子を見せるライ家の長老。
 息子や孫を殺した〝銀〟の存在が頭を過ったからだ。
 しかし、

「お前は……ツァオ?」

 長老が振り返ると、そこには銀ではなく見知った顔が立っていた。
 黒月の幹部の一人にして、ルウ家の側近。
 ツァオ・リー。白蘭竜の二つ名を持つ男だった。


  ◆


「驚きましたよ。リー家の没落にライ家が関与していたことは知っていましたが、まさか〝フェン〟が名を変えて匿われていたとは……」

 フェン――それはガウランの本当の名。彼はツァオにとって、血を分けた実の弟であった。
 もう生きてはいないと諦めかけていたのだが、ライ家の屋敷より密かに押収した資料からそのことが発覚したのだ。

「誰か――」
「無駄ですよ。〝外〟の方々には眠って頂いています。あとは――」

 振り向くことなく放ったツァオの回し蹴りが、気配を消して背後から忍び寄る〝凶手〟を弾き飛ばす。
 そして直ぐ様、長老との距離を詰め、掌底を放つツァオ。

「ガ――ッ」

 その一撃は姿を隠していたもう一人の凶手の不意を突き、一撃で意識を刈り取った。
 部屋にライ家の凶手が潜んでいたことに最初から気付いていたのだろう。

「貴様……!」

 一瞬で護衛として傍に控えさせていた凶手を無力化されたことで、長老はツァオを睨み付ける。
 この場にツァオが現れたことは、彼にとって想定外の出来事だったのだろう。
 こんなにも早く居場所を突き止められるとは思ってもいなかったからだ。
 それに――

「こんな真似をしてタダで済むと思っているのか!?」

 いまやライ家は長老会の筆頭だ。黒月の実権は今やライ家が握っている。
 そのライ家の長老に手をだすなど、ルウ家の人間と言えど許されることではない。
 このような直接的な行為にでれば、他の長老たちも黙ってはいない。
 ルウ家とライ家の全面戦争へと発展しかねない愚かな行為だと、ライ家の長老はツァオを非難する。

「残念ですが、これは長老会の決定です」
「……なに? ど、どういうことだ?」

 ライ家の長老は信じられないと言った表情で動揺した様子を見せる。
 自分を抜きにそんな決定が出来るはずがないと考えていることが、その表情からも読み取れた。
 確かにそうだ。長老家の筆頭であるライ家抜きに、このような重要な決定がなされるはずがない。
 しかし、

「昨日、ライ家の〝総意〟をもって貴方は当主から罷免されております。それを長老会は承認。理由はそうですね。組織の掟に背き、黒月がこれまで築き上げてきた信用を大きく損ねた。これは長老と言えど、許されることではありません」

 確かに長老は組織内で絶大な権威を誇っているが、黒月という組織の〝歯車〟の一つでしかない。
 ましてや黒月が定めている〝掟〟は百年以上に渡って守られてきた絶対的なものだ。
 掟によって自らを律することで、裏社会の秩序を保つための戒めとしてきた歴史がある。
 それを組織の長たる長老が破ったとなれば、周囲の示しが付かない。
 だからこそ長老と言えど組織の掟を破れば、厳しく罰せられるのが黒月のルールだった。

「バカな! 何の証拠があって――」
「屋敷より押収した資料から、アルマータとの関係は露呈しています。言い逃れは出来ませんよ?」
「貴様! 勝手に我等の屋敷に踏み入ったのか!」
「これは失礼。人命救助が当初の目的だったのですが、余計なお世話でしたか?」

 アルマータとの関係を指摘され、押し黙るライ家の長老。
 全員が亡くなっていると言うのに人命救助など白々しい嘘だと分かるが、今更それを言ったところで遅い。
 こんなことなら屋敷にある資料の回収を急がせるべきだったとライ家の長老は悔やむが――

「まさか、最初から銀と……」

 余りに準備が良すぎることから、最初から銀と繋がっていたのではないかと長老はツァオに疑惑を向ける。
 屋敷の人間を銀に皆殺しにさせ、そのあと何食わぬ顔で屋敷に踏み入って証拠となりそうなものを押さえる。
 目の前の男であれば、そのくらいのことはしてもおかしくないと考えたからだ。

「ご想像にお任せします。まあ、彼女があそこまでやるとは想定外ではありましたが……」

 本来であれば怪我人を保護し、その上で証人と証拠の両方を押さえるつもりでいたのだ。
 しかし、銀が屋敷の人間を皆殺しにするとは、さすがのツァオも想定しなかった。
 結果としては無事にアルマータとの繋がりを示す証拠を押さえることが出来たので良かったが、その所為で少しばかり計画を早める必要があったのだ。
 というのも――

「感謝して欲しいものです。あと少し私が駆けつけるのが遅ければ、あなたの命はなかったでしょうからね」

 そう言って、ツァオは部屋の角へと視線を向けるのだった。


  ◆


「……やはり、気付いていましたか。さすがですね」

 陽炎のように空間が揺らめき、そこから仮面をつけた女性が姿を現す。
 東方の戦闘装束を身に纏い、右手に大剣を携えた仮面の女。
 その姿を見れば、名前を尋ねるまでもなかった。

「貴様は……銀!」

 ライ家の屋敷を襲撃した犯人の登場に目を瞠りながらも声を荒げ、怒りを向けるライ家の長老。
 息子と孫を殺されたばかりか、あと一歩と言うところで長年の夢を叶える計画を邪魔されたのだ。
 長老の怒りが銀――リーシャに向かうのは当然の流れであった。
 しかし、彼も長きに渡って長老を務めた人間だ。自分の力では、リーシャに敵わないことは理解しているのだろう。
 だから睨み付けることしか出来ない。それはリーシャも分かっていた。

「申し訳ありませんが、この場は引いて頂けますか?」
「〝元凶〟を見逃せと?」
「いえ、我々に裁きを委ねて頂きたい。あなた方に迷惑を掛けたことは事実ですが、これは元を辿れば黒月の問題。いまは〝貸し〟として頂けないでしょうか?」
「それはあなた個人の考えですか? それとも――」
「黒月の総意と受け取って頂いて構いません。長老家の了承は得ております」

 リー家を没落に追いやったのはライ家だ。
 ツァオが私怨で動いているのであれば、リーシャも自分の〝都合〟を優先させるつもりでいたのだろう。
 しかし、

「分かりました。ですが、こちらが納得の行く裁きをお願いします」

 組織の名を持ちだした以上、約束をツァオが破るとは思えない。
 それにリィンなら先を見据えて黒月に貸しを作る選択を取るはずだとリーシャは考え、ツァオの提案に応じるのだった。


  ◆


「上手くいったようだな」
「ええ、お陰様で滞りなく。スムーズに事が運べたのは、あなたが協力してくれたお陰です。ライ家の筆頭拳士にして当主代行――ガウラン。いえ、フェイ・リーと呼んだ方が良いでしょうか?」
「その名で呼ぶな。俺には俺の道がある。悪いが、アンタの誘いに乗る気はない」
「……やはり、考えは変わりませんか」

 ガウランの考えが変わらないことを確認し、残念そうに肩を落とす仕草を見せるツァオ。
 次期当主を殺され、当主も行方を眩ませている中で残ったライ家の者たちを統括する者が必要となる。そこでライ家の筆頭拳士という立場は、不安に駆られるライ家の者たちを煽動するのに都合が良かったのだ。
 黒月が一枚岩ではないようにライ家とて一枚岩ではない。権威に固執した長老のやり方を疎ましく思っている者たちもおり、そうした者ほどガウランに憧れ、支持している若者が多い。その者たちの支持を集め当主代行の座に納まってしまえば、あとはアルマータとの繋がりを示す証拠を示すことで、すべての罪を長老に被せてしまえばいい。ライ家に心から忠誠を誓っている者は、実際のところそれほど多くはないからだ。
 それに長老を支持する古参の構成員は宴に参加していたこともあり、先の襲撃で大半が死亡した。
 だからこそ、ツァオはガウランにすべてを明かし、協力を要請したのだ。
 ライ家を吸収することで長年の夢であったリー家を復興し、その当主にガウランを据える計画を実行に移すためだ。
 しかし、ライ家に復讐することまでは協力を約束したが、リー家の当主に納まることをガウランは拒否した。
 リィンと出会う前であれば誘いに乗っていたかもしれないが、もう既に自分の進むべき道を決めてしまっていたからだ。

「無理強いをするつもりはありません。ですが、この件が片付くまでは協力して頂けますよね?」
「無論だ。俺にも〝筆頭拳士〟として、まだ為すべきことが残っているからな」

 ライ家に対して思うところがない訳ではないが、このまま放り出す気はガウランもなかった。
 筆頭拳士としての矜持と責任。何より、そんな自分を慕ってくれる者たちが少なからずライ家にいるからだ。
 だからこそ、ツァオに協力することをガウランは約束した。
 組織を抜けるにしても、ケジメをつける必要があると考えたからだ。

「ですが、考えが変わったらいつでも言ってください」
「諦めの悪い奴だ」

 生き別れの兄弟だと知っても態度を変えないガウランに苦笑するツァオ。
 しかし、本気でガウランの生き方を縛るつもりは、いまのツァオにはなかった。
 それが分かっているからこそ、ガウランも心の奥底では感謝しているのだろう。

(俺はもっと強くなる。そして、いつの日か……)

 心が満たされていくのを感じながら、ガウランはリィンとの再戦を誓う。
 過去に決着を付け、新たな道を歩むために――
 ガウランはツァオの計画に加担するのだった。



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