ユニコーンのゾディアーツとの戦いから一週間が経とうという休日のこの日。一夏は困った顔をして座っていた。
「どうかしたのか、一夏?」
「いや、なんで俺達が呼ばれたのかなと思ってさ」
「そうだね」
 問い掛けるラウラに一夏が答えると一緒にいた簪もうなずく。対面には衛理華の姿もあった。
さて、一夏達が今どこにいるかというと、走行中のマイクロバスの中だったりする。
ちなみにマイクロバスの内装はそれなりに高級感があったりするが。
それはともかくとして、なんで一夏達がマイクロバスに乗っているのか?
それを説明するのは数日前にあったことを説明せねばならない。
先日のユニコーンのゾディアーツとの戦闘でIS学園を破壊してしまったラウラ。
その修繕費を本国ドイツが支払わねばならなかったのだが、それを折半しようと言い出した企業があった。
倉持技研。日本にあるIS企業であり、一夏の白式を造り、簪の専用ISを造るはずであった会社である。
なお、簪のISは一夏達やIS学園の整備科の協力で無事組立に入り、来週中には試運転が出来る予定となっている。
それはそれとして、その倉持技研の折半の申し出にドイツは了承した。本国は悩んだ末に了承した――というのはラウラの談だが。
なので、ラウラがドイツの代表として倉持技研にお礼に行くのはわかる。
だが、ラウラはオマケだったりする。どういうことかというと、一夏、簪、衛理華が倉持技研に呼ばれて行くからだ。
このマイクロバスも倉持技研が送迎用に手配した物であり、呼ばれた一夏達が乗せられているにすぎない。
で、その話を聞きつけたラウラは本国から機会があれば礼を言っておくようにと言われていたので、付いてきたのである。
「それに俺達を呼んだのもそうだけど、なんで修繕費の折半なんて言い出したんだろ?」
「まぁ、我望さんのことだから、何かあってのことだとは思うけどね」
「お知り合いがいるんですか?」
 そんな疑問に首を傾げる一夏であったが、それに対して衛理華が苦笑混じりに答え、それを聞いた簪は訝しげな顔で問い掛ける。
今の衛理華の話だと、倉持技研に知り合いがいるようにしか聞こえなかったのだから当然ではあるが。
「ええ、我望 光明(がもう みつあき)さんって言って、倉持技研の社長よ。おじいさまの親友だったから、私も何度か面識はあるのよ」
「そうなんですか」
 紹介をする衛理華の話に簪が納得すると、衛理華は我望のことを話し始めた。
我望という人物は以前から宇宙開発組織などにコネクションを持ち、ISが登場してからはそれを利用して倉持技研の発展に貢献していた。
その一方で若者の育成にも力を入れており、教育機関への援助も行っているそうだ。
もし、社長でなければ学園長をしていたというのは我望本人の言らしい。
衛理華の祖父の泰蔵教授とはその関係で出会い、以降は親友関係になったという。
そんな話を衛理華から聞かされながら、一夏達は倉持技研の大きな会社ビルに入るのだった。


 で、入ってからは高級そうな部屋に通された一夏達。
これまた高級そうなソファーに座りつつ、そわそわしながらその人物を待っていた。
「いや、待たせてすまなかったね」
「お久しぶりです、我望さん」
 そして、少し白髪が混じる整った黒髪にスーツを着こなした初老の男性が部屋へとやってきた。
その男性に衛理華が頭を下げる。そう、この人物が倉持技研の社長である我望 光明なのだ。
一夏はこの人がそうなのかと思う反面、何かの視線を感じて顔を向ける。
そこにはスーツを着た背中まで伸びる黒髪を持つ女性がおり、一夏を見ていたのである。
しかし、その視線に一夏は首を傾げた。なんというか、睨んでいるようにも見えたからだ。
「あ、あの、私はドイツの代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒと言います。
この度は修繕費の折半をして頂き、本国を代表してお礼をと――」
「ああ、君がか。いや、別に礼はいらないよ。ちょうど良かったというか、こちらも打算があってのことだしね」
「打算……ですか?」
「まぁ、座りたまえ。お客様を立たせているわけにもいかないからね」
 その最中にラウラが頭を下げつつ挨拶すると、我望は笑みを交えながらなだめていた。
そのことに簪が首を傾げると、我望の言葉に一夏達はそれぞれソファーに座り直す。
その後に一夏は再び女性に顔を向けるものの、その女性の姿はすでに無かった。
「私が修繕費の折半を申し出たのは、今後のことを考えてということが大きい」
「今後のこと……ですか?」
「うむ。君達も知っての通り、各国で活発にIS開発が行われているが……現状はどこも頭打ちの状態だ。
かくいう私達の所も同じではあるのだがね」
 衛理華の問い掛けに答えた我望は苦笑混じりに答えていた。
以前にも各国でIS開発がしのぎを削っているのは話したと思うが、実を言うと技術的な優劣はさほど無かったりする。
セシリアのブルー・ティアーズ。鈴の甲龍。ラウラのシュヴァルツェア・レーゲン。
3機は相性はあるものの、性能的には突出した物は無かったりする。
例えばセシリアのブルー・ティアーズのビット攻撃はオールレンジ攻撃が可能ではあるがコントロールに難を残しているし――
ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンのAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)もやはりコントロールに難があった。
こう言われると鈴の甲龍が優れているように思われるが、使われているのは現存技術がちょっと発達した程度でしかない。
またこれは白式もだが、セシリア達が使う第3世代のISは総じて燃費の悪さがあるという欠点を抱えている。
むろん、各国共になんとかしようとしてはいるのだが、現在はその糸口すら見つからないのが現状だった。
「我々としてはどこかと共同開発をと考えてもいるのだが、どこもいい顔をしてくれなくてね」
「なぜですか?」
「まぁ、共同開発って聞こえはいいけど、嫌な言い方をすると相手に手の内を見せるような物だしね。それを嫌ってるんじゃないかしら?」
「その通り……なのだろうね。彼らとしては、ISでトップを取りたいというのもあるだろうからな」
 それを聞いて首を傾げる簪に我望が答えると衛理華が呆れた様子で説明し、我望もそれに苦笑混じりにうなずいていた。
ISの共同開発が行われない理由としては、前にも話した優れたIS技術を示したいという思惑が大きい。
ISに関わる各国の中で大きな発言権を得られるのだから、当然とも言える。
それに共同開発は自分達の技術をさらすだけでなく、盗用される危険性を高めることにもなりかねないのだ。
また、例え共同開発をして開発に成功しても、今度はその利権を巡る争い出てくるのは目に見えている。
こういったこともあり、現在ISに関しては共同開発が行われていないのである。
「じゃあ、共同開発の口実に修繕費の折半を申し出たんですか?」
「出来ればとは思ってはいるが、流石にそこまでは無理だろう。しかし、なんらかの形で技術を見せてもらえればとは思ってはいるよ。
それによって何かしらの発見をして開発に生かせられれば、それだけでも修繕費の折半を申し出た価値はあると私は考えている」
 一夏の問い掛けに肯定しつつも苦笑混じりに説明する我望。ISにも限らず、どんな物にも開発費という物は存在する。
そして、それは高額になるのが世の常だ。食品でも数千万……場合によっては億単位になることもある。
ISはそれを遙かに上回るのは皆様には想像出来ると思う。そして、開発出来たからといって売れるとは限らない。
それもあって企業としては開発費を抑えたいのだが、そうもいかないのが実情だった。
我望はそういった思惑もあって、修繕費の折半を申し出たのである。
数億単位の出費となるが、他国の技術を1つでも見られるなら安い物と考えたのだ。
「それはわかりました。でも、俺達を呼んだのはなぜですか?」
「おっと、忘れる所だった。まず、簪君だが……会社を代表して謝りたいと思っていてね」
「え?」
 修繕費の折半のことは納得しつつも、自分達が呼ばれた理由を改めて問い掛ける一夏。
それに我望が答えるが、簪は首を傾げてしまう。我望に会社を代表してまで謝られるような覚えが無いからだが。
「本来なら、我が社は君の専用機を造らねばならなかった。
しかし、国からの指示で一夏君の専用機開発をしなければならなかったとはいえ、それを放棄することとなってしまったのだ。
君にはすまないことをしたと思っているよ」
「あ、いえ……その、気にしないで、ください。IS学園の方で造れることになりましたし」
「いや、そうもいかない。代表候補生だからといって、その者の専用機を造らないというのは失礼にも程がある。
お詫びの印……というわけではないが、パーツの調達は出来る限り融通出来るようにしようと思っている」
「あ、その……なにか、すみません……」
 頭を下げながら謝る我望に、簪は困りつつも同じように頭を下げてしまう。
倉持技研が簪の専用機開発を半ば放棄し、白式開発にほとんどの人員を充てたのは国から最優先でという指示があったのもある。
しかし、開発陣のほとんどが初の男性IS操縦者である一夏のデータ欲しさに群がったのが大きい。
我望も国からの指示がある以上、その流れをとどめることが出来ず……結果としてそうなってしまったのだ。
まぁ、簪としても今更といった感じではあったが。
「あれ? それじゃあ、私を呼んだのは?」
「うむ……君がIS学園にいたのは驚いたが――
先に確認をしたいのだが、IS学園でラウラ君のISの暴走を止めたのは君と星野が研究していた物で間違い無いかな?」
「え、ええ……でも、どこでそれを?」
「星野に会った時に何度か研究していた物を見せてもらったことがあってね。
で、見せてもらっていた物と似た物をあの騒ぎの映像で見かけて、もしやと思ったのだが――」
「ああ、そういえばそんなこともありましたね」
 我望の言葉に訝しげに問い掛けていた衛理華は納得といった顔をする。
実際、我望が泰蔵教授と研究している物のことで話し合っていたのを覚えていたので、それで納得してしまったのだ。
「うむ、それでなのだが……それをもう一度見せてもらえないかと思っているんだよ。もちろん、君が良ければの話なんだが」
「あ〜……その、なんというか……あれに関してはわかってないことが多くて……お役に立てるかどうか……」
 それを聞いて表情を明るくする我望の申し出に、衛理華は逆に困った顔をしてしまう。
というのも、コズミックエナジーに関しては肝心な所がまったくと言っていいほどわかっていなかった。
コズミックエナジーの活性化方法……というか、根本的なことがまったく――
データは集まっているのだが、データを集めれば集めるほどにわからなくなるのだ。
というか、データが集まる程にあり得ない物に見えてくる。一夏達には言ってはいないが、衛理華としてはそんな状態だった。
まぁ、それを言うと不安がらせるだけなので、誰にも言えずにいたのだが。
「別に無理にと言っているわけでは無い。出来たらで構わないさ」
「あ、本当にそうなんですけど……まぁ、データくらいでしたら、お見せする分には不都合は無いのですけど……」
「そうか。いずれ、IS学園の修繕のことで我が社の者が行くことになっている。その時で構わないなら、データを渡してくれればいい」
「あ、わかりました」
 我望の言葉に最初はすまなそうにしていた衛理華はうなずいていた。
まぁ、我望は信用出来る人物であったので、データなら構わないと考えたのだ。
それにデータだけあっても使える物でも無いだろうと考えたのもあるのだが。
「あ、あの……それじゃあ、俺はなんで……」
「おっと、すまなかったね。君を呼んだのは純粋に興味からだ」
「興味、ですか?」
 笑顔で答える我望の言葉に問い掛けた一夏は怪訝な顔をする。
自分は興味を持たれるようなことをした覚えが無かったからだが――
「なにしろ、世界初の男性IS操縦者だ。どんな者なのか気になってしまってね」
「織斑君、そこの辺りは自覚した方がいいわよ。本気で」
 そのことに苦笑混じりに答える我望。衛理華もこれには呆れてしまっていたが。
一夏は男性IS操縦者の意味をあまり深く考えていない。実感が無いというのはある。
もっとも、それは姉である千冬により、その手の接触を可能な限り断っている為だ。
千冬はこのことを一夏に伝えていないので、それが実感の無さに繋がっているのである。かといってこのままでいいということにはならない。
IS学園を卒業してしまえば、一夏は否応無しにIS関連の渦中に叩き込まれるのだから。男性IS操縦者というのは、そこまでの存在なのである。
この辺りはどうにかしなければと衛理華は後で千冬と相談しようと考えていたりするが。
「まぁ、自覚の無さはどうかとは思うが、会ってみてわかった。君は可能性を秘めている。
それがどんな物かは断言出来ないが……私はそれが面白いと思っているよ」
「は、はぁ……」
 笑みを交えながら話す我望だが、一夏は困惑した様子で頭を下げるだけだった。
褒められているのはわかるのだが、どう反応していいのかわからなかったのだ。
その後は他愛のない会話をしてから、我望の仕事の時間が来たというのでお開きとなった。
「織斑 一夏君。君には色々と期待しているよ」
「は、はい……ありがとう、ございます」
 そうして部屋を出ようとした所で我望に声を掛けられた一夏は立ち止まり、振り返って頭を下げていた。
まぁ、嬉しくないと言えば嘘になるので若干笑顔になっていたりするが。
そうして、去っていく一夏達。我望はそれを見送っていたのだが――
「にしても、あそこで人を睨むというのは感心出来ないな、園田君」
「申し訳ありません、社長」
 我望の言葉に先程一夏を見ていた女性が部屋へと入り、頭を下げていた。
彼女の名は園田 紗理奈(そのだ さりな)。我望の秘書の1人である。まぁ、秘書と言っても、その実は雑務処理が主であったが。
しかし、彼女がなぜ一夏を見ていたのか? それはもちろん理由がある。
「ですが、なぜこのようなことをするのですか? あいつは我らの邪魔に――」
「社長はそうは思っていないよ」
 反論しようとする園田だが、そこに声を掛ける男性の声が聞こえてくる。
我望達が振り向くと、そこには整った黒髪に高級そうなスーツを纏った男性が部屋に入ってくる光景を目にすることとなった。
「速見君、どうだったかな?」
「今回はラウラという子に感謝しなければなりませんね。おかげで我が社の者達を派遣しやすくなりましたよ」
 我望に速見と呼ばれた男性は笑みを交えて答えた。
速見 公平(はやみ こうへい)。倉持技研では営業などを担当する社員ではあるが――
ちなみに速見が言っているのはIS学園への倉持技研社員の派遣のことである。
IS学園にIS関係の者が行くこと自体は珍しいことでは無い。しかし、それは限られた範囲でのことで、自由に動き回ることは出来ない。
生徒や先生に不用意に近付かせない為なのだが、速見達は学校の修繕確認などである程度ではあるが自由に動けるようになったのである。
「ですが、『亡霊』に完全に目を付けられました。以前から薄々気付かれてはいましたが、今回のことで奴らは本格的に動くでしょうね」
「まったく、忌々しい事だ」
 速見の言葉に我望はどこか怒りの表情を浮かべる。
『亡霊』という存在は我望にとっては目障り以外の何者でも無かった。
なにしろ、それが動くのはどのみち不利益なことしか怒らないからである。
「そういった意味で、なんであのゾディアーツを焚きつけたのか聞きたいのだけどね?」
「わ、私は新たなホロスコープスを見つけようとして――」
「別にそれを疑っているわけじゃないよ。けどね、少しは考えて行動してくれ。
君があのゾディアーツを変に焚きつけたから、『亡霊』を動かすことになったんだよ?」
 苛立ちながらも答える園田だが、問い掛けた速見は遮る形で呆れたように漏らした。
『亡霊』の厄介な所は自分達の優位になる物なら、あらゆる手を使って取り込もうとする点だ。
しかし、我望達の目的を考えると、それは好ましいことでは無かった。
故に我望達は『亡霊』に目を付けられないようにしていたのだが、今回の騒ぎで完全に目を付けられてしまった。
まぁ、我望達もただ待ち構えているつもりもないが……さて、ここまでくると隠すのは意味は無いだろう。
そう、我望達がゾディアーツと呼ばれる怪人を生み出し、一連の騒ぎを起こした張本人なのである。
その目的とはなんなのかは、今はまだ語る時では無いのだが――
「しかし、フォーゼは私達の邪魔になります!」
「社長がそう言ったのかい? 君はわかってないようだから言っておくけど、フォーゼは社長にとって保険なんだよ」
「保険?」
「うむ。確かにホロスコープスのメンバーをそろえるのは大事だ。しかし、それは目的を達成する為の手段の1つにすぎない。
目的が完全に遂行されるのであれば、手段はなんでも問わないのだよ。つまり、フォーゼは手段の1つということだ」
 反論する園田だが速見の言葉に首を傾げ、それに答えるように我望は真剣な顔で話していた。
我望達がゾディアーツを生み出すのはある目的の為であった。しかし、我望にとってはそれは手段の1つにすぎない。
目的を達成出来るなら、それにこだわる必要が無いからだ。そして、フォーゼは我望にとって手段の1つなのである。
「しかし、星野がフォーゼを完成させたと聞いた時は驚いたがね」
 苦笑混じりにそんなことを漏らす我望。
実は我望は泰蔵教授が気付く前からコズミックエナジーの存在を知っていた。
そして、その力がどんな物かわかった時、我望はある目的を思いついてしまう。
しかし、その目的の為にはただコズミックエナジーを使えばいいというわけでは無かった。
その為にホロスコープスと呼ばれる者達を集める必要があるのだが、目的の達成にはそれだけしか無いというわけでもなかった。
それで我望は有望な科学者や技術者にコズミックエナジーの存在をそれとなく示唆し、研究させようと考えた。
他の手段を模索する為に。まぁ、そのせいで『亡霊』に自分達の存在に気付かれてしまったのだが……
それはそれとして、その手段の1つを泰蔵教授が造ってしまったのである。
我望もまさかあそこまで形にするとは思っておらず、内心軽く驚いていたりするが。
「まぁ、園田君にはこれからもがんばってもらうとしよう。
ただし、今後はもう少し考えて行動してくれ。下手な行動は『亡霊』以外の物も呼び寄せかねないからね」
「わかり、ました……」
 我望の言葉に園田は不承不承といった様子でうなずく。園田にはフォーゼが邪魔者にしか思えなかったのだ。
故にどうするべきかと考えながら、内ポケットに入れていたゾディアーツのスイッチを取り出して押した。
すると星座の輝きと共に園田の体が黒い何かに包まれ、次の瞬間にはサソリのゾディアーツの姿になってしまう。
「ふふふ、織斑 一夏君……君には本当に期待しているよ」
 そんな園田の様子に気付かないかのように笑い出す我望。その我望の瞳が真っ赤に輝いていたのだった。


 一方、IS学園の寮内。その中を歩く千冬はどこか沈んだ様子を見せていた。
「まったく、私はどうしてしまったというんだ……なぜ、一夏のことばかり……」
 というのも、ここ最近一夏のことばかり気になってしまうのである。
前々から一夏のことを考えていなかった訳では無い。現に千冬は一夏()を守る為にあれこれとしてきた。
一夏のIS学園入学もその一環であり、初の男性IS操縦者の重要性がわかるが故の行動であった。
一夏を守る――それは両親がいなくなってからの決意。だから、一夏が誘拐された時は本当に自分が情けなく思えた。
それで自分を鍛え直す意味も含めてドイツに渡ったりしたのだが――
今回の騒ぎで自分はその時から何も変わって無いと思い知らされてしまう。
自分がそのつもりでいて、大事なことは何も出来ていない。伝わっていない。今回の騒ぎもそれが元で起きてしまったような物だった。
最近では自分は一夏を守っているつもりになっているだけなのではと思えてきてしまう。
事情があるとはいえ大事な時に何も出来ず、一夏を戦いに赴かせ――今回は一夏に助けられる始末……
 それを思い出した時に千冬は顔を赤らめてしまう。
あの時はマスクでわからなかったが、多分一夏は真剣な顔をしていたんだと思う。
そんな顔を思わず想像してしまい、千冬は更に顔を赤らめていた。
「あら、織斑先生。どうなさったのですか?」
「む、更識か」
 そこに楯無が通り掛かって声を掛けてきたので、一瞬でいつもの顔付きに戻る千冬。
もっとも、先程の顔は楯無にバッチリと見られていたが。
「なにか、お悩みのようでしたが?」
「あ、いや……そんなことは……」
「もしかして、織斑君のことですか?」
「む……」
 くすりと笑みを漏らしながら視線を向け、そんな一言を漏らす楯無。その一言に断ろうとしていた千冬は思わず口を閉じてしまう。
ちなみに楯無がなんでそんな指摘が出来たかというと、ここ最近千冬が一夏を見ていることが多くなっていることに気付いたからである。
で、千冬はその指摘に観念したかのように今抱えている悩みを漏らした。
「なるほど……まぁ、私が言うのもなんですが、織斑先生は織斑君を守ってきたのは間違い無いと思います。
ただ、なんでもかんでもという訳にもいかないでしょう。織斑君も男の子ですから、その辺りはわかっていると思いますよ?」
「う、そ、そうか?」
 楯無の話に戸惑いを見せる千冬。
楯無の言うとおり、一夏も千冬に守られてきたのは自覚していた。
その一方でこのままではいけないと思っていたのも事実だ。高校受験の際に藍越学園を選んだのもそれが理由だったのだし。
そして、今は仮面ライダーになろうとしている。今まで守ってくれていた千冬に目指そうとする姿を見せたい為に。
危うい所はあるものの、一夏は一夏なりに自立しようとしているのだ。
「ええ、ですからこれからは何をどうしたらいいのか? そういうのを教えていくべきだと思いますよ?」
「確かに、な……」
 楯無の言葉に千冬は考え込む。先程も言ったが、一夏は危うい所がある。
まだ、若く知らないことがあるのだから当然だが、千冬はそういったことを教えていないことに気付いたのだ。
そういうのも教えていくべきなのか、と考えていたのだが――
「しかし、先程のお顔を見てますと、まるで恋する乙女のようでしたわね」
「え”!?」
 くすくすと笑う楯無の言葉に千冬はまともに驚いてしまう。その様子におや?と思う楯無だったが――
「わ、私がい、一夏を!? そ、そんなわけが無い!? だ、だってあれだぞ!? 姉弟(きょうだい)だぞ!?
そんなわけがあるわけないじゃないか!? そうだ! そんなわけが無い!?」
 なぜか、勝手に言い訳を始める千冬。その慌てぶりはなんというか……可愛かったりする。その様子に楯無はニヤリと笑みを浮かべた。
ここ最近はゾディアーツ関連でそのようなことが出来なかったが、楯無は本来いたずら好きだったりする。
そして、千冬のこの反応。むしろ、確定だろうと楯無は確信し――
「織斑先生のそれはlikeなのかloveなのかはわかりませんが――それはそれでも良いと私は思いますよ?」
「え、あ、あう……」
 視線を向けながら話す楯無だが、千冬は真っ赤になるばかりで反論出来なくなる。
というのも、指摘されたことで改めて一夏を意識してしまったのだ。しまいにはいけない姉弟(きょうだい)愛まで想像していた。
この様子に楯無は面白いネタを見つけたと考える。なので、まったくもって気付かなかった。
自分もこのようなことになることに――


 その頃、シャルルは自室でクッションを抱きしめつつ、1人悩んでいた。エレキスイッチを盗もうとしたのに、一夏は何も言わない。
本人はそのことに気付いてないのだが、そのことを知らないシャルルにとっては罪悪感が募るばかりだった。
でも、どうしていいのかわからない。聞くべきなのか、それとも――
シャルルはその答えを見つけられずにいたのだった。


 一方で箒も悩んでいた。それは今回の騒ぎで戦ったサソリのゾディアーツとのこと。
敵わなかった。自分が未熟とパワーダイザーの力不足故に――
パワーダイザーは前にも言ったとおり、ジャンクパーツをレストアして使用している。
なので、操縦者に負担を掛けると共に本来の性能が出せないという欠点も前回の事で判明した。
こればかりは時間を掛けるしかないという。なにしろ、パーツを交換すればいいというだけの話ではないからだ。
では、ISが使えたらと思うのだが、楯無に言わせるとパワーダイザーの方がいいという。
「今回の事でわかったのだけど、ISではゾディアーツとの戦闘には向かないわ。
ISではゾディアーツのように戦えないもの……この所は対策を考えないとマズイかもしれない」
 と、やや落ち込んだ様子で話していた。
ISの武装で被害が大きくなるのは前回話したが、今回の事でISのゾディアーツに対する欠点や戦闘の場が限定されるのも判明したからだ。
戦闘の場の限定とはどういうことか? ISは基本飛行移動だ。一応、歩いたり走ったり出来ないわけではないが、基本はそのような形となる。
これに問題があるかと聞かれると、場所によっては問題になると答えるしかない。
なにしろ、ISは本来宇宙開発作業用のマルチフォーム・スーツとして開発された。
すなわち、宇宙という広大な――わかりやす言えば、開けた空間で使用されることを前提に造られているのである。
なので、今回の騒ぎで戦った廃工場内などのような限定的な空間では自由に動き回れないという制約がついて回る。
今回は廃工場内がそれなりに広かったおかげでなんとか戦えたが、あれよりも狭くなるとISは返って邪魔になるというのだ。
それにバリアー機能もゾディアーツとの戦いでは重荷になっている。
確かにダメージを受けないというのは助かる。しかし、その為のエネルギーを消費してしまう。
そして、そのエネルギーを使い果たすと当然ながらバリアーは使えなくなる。
そうなると装甲があまりないISではゾディアーツの攻撃を直接受けることとなり、返って危険になるのだ。
だったら避ければと思われそうだが限定的な空間ではそれは難しくなるし、サソリのゾディアーツ程の強さとなると回避自体が難しくなる。
現に楯無も危うい所までシールドエネルギーを減らされている。また第3世代のISは燃費が悪い為、長時間の戦闘に向かないというのもあった。
 一方、動きに関してはISよりも大きなパワーダイザーにも付きまとうが、ISとは違い装甲を破られない限り大事になりにくい。
また、ISと比べると燃費もいい為、長く戦えるという利点もあった。
だが、今のパワーダイザーは操縦者に負担を掛ける為、長時間の戦闘が出来ない。
それに先程も言ったが、本来の性能が出せない為にゾディアーツと戦うには難を残している。
それをどうにかする方法が今の衛理華や箒には無い。いや、無い訳では無いのだが、それをするには箒には躊躇いがあった。
それをすれば色々と問題になるのは目に見えてもいる。でも、今の箒にはそれにすがるしかなかった。
恐る恐るといった様子で箒は携帯を取り出し、ある番号へと掛ける。
『もすもす終日(ひねもす)? はいは〜い、みんなのアイドル、篠ノ之 束ちゃんだよ〜!』
 で、通じると共にハイテンションな声が聞こえてきたので思わず切りたくなるが、その衝動を箒はなんとか抑える。
束――姉がこの調子なのはいつものことではあったが、箒としては勘弁して欲しいと思っていた。
この性格のせいで時には困らせられることもあったのだから――
「お久しぶりです、姉さん……」
『うんうん、久しぶりだねぇ。何年ぶりかなぁ? それで今日はなんの用かな? IS?』
「それは……それもありますが……姉さんは最近IS学園で起きている騒ぎを知っていますか?」
『あ〜あれかな? ゾディアーツとかいう怪人が襲ってきたとかなんとかって奴?』
 束の言葉に心揺れながらも箒は問い掛け、その返事が来るとこれまでのことを話し始めた。
ISが欲しいというのはある。自分専用のISを持ってれば、一夏に近付ける気がするからだ。
しかし、箒は耐える。本当はなぜISを造ったのかも聞きたかった。
でも、頼むべきことを頼むことにした。このまま一夏だけで戦わせるようなことをさせたくなかったから。
『ふむふむ〜。あのヘンテコな格好したのがいっくんだったとはねぇ。で、箒ちゃんはヘンテコなロボットに乗って戦っていたと――』
「ヘンテコというのは……それはそれとしてですね――」
 途中、束の言葉に顔を引きつらせる場面もあったが、ゾディアーツとの戦いにISは向かないこと。
パワーダイザーは欠点を抱えていて、長時間戦えないことを伝える。同時にこのままでは一夏だけに戦わせることになるかもしれない。
そうはさせたくないのでどうにか出来ないかと伝え――
『なるほどなるほど〜。箒ちゃんはいっくんのお手伝いがしたいわけだねぇ〜?』
「はい……どうにかなるでしょうか?」
『ま〜かせて! この天才篠ノ之 束さんに任せておきなさい! というわけで、すぐに準備するから待っててねぇ〜。ばいび〜』
 戸惑いがちな箒に答えると、束はハイテンションのまま通話を切ってしまう。
その後に箒はため息を吐いた。もしかしたら、自分はとんでもないことをしてしまったのではと今更ながらに思ってしまう。
なにしろ、束はIS関係では最重要人物と言ってもいい。現に各国で束の行方を捜している。
箒もそれを知っていたので、それ故の後悔であった。でも、他に頼れる人がいなかったのも事実。
大変なことにならなければいいのだが……ふと、そう思わずにはいられない。
だから、気付かなかったのかもしれない。後に予想を斜め上の形で大変な事になることに――


「ゾディアーツかぁ〜……な〜んか、悔しいなぁ〜」
 一方、通話を終えた束はつまらなそうな顔をしながらモニターを眺めていた。
見ているのは楯無がサソリのゾディアーツと戦っている光景である。
ISの開発者である束に掛かれば、ISに記録されている映像を相手に気付かれずに盗み見るのは造作も無いことだった。
それはともかく、映像では楯無がゾディアーツに苦戦する光景が映っており、それが束としては面白くなかった。
ISを造った束としては、ISがIS以外の相手に負けるのは自分が負けたような気がしてしまうのだ。
むろん、映像を見てみると箒が言っていた通りの理由で苦戦を強いられているのがわかる。
わかるのだが、やはり悔しいと思ってしまう。ならば、対抗策をと考えたい所だが、箒との約束もあるのでそちらを優先させることにした。
「でも、そうなるいっくんの……フォーゼだっけ? どういう構造になってるんだろ?」
 そこでふとそんな疑問を感じてしまう。
この時の束は知らなかったのだが、ISとフォーゼは構造からして違っていた。
専用機のISは一見すると何も無い所から出ているように思われるが、実際は粒子化によって最低限のサイズになっているにすぎない。
みなさんには服を小さくたたんでタンスにしまうと言えばわかりやすいと思う。
一方のフォーゼはフォーゼドライバーを介してコズミックエナジーを物質化させることで装着される。
厳密には違うのだが、無から有を創り出すのと同じような物なのだ。
なので、構造は限定的ではあるがなんでもありとも言える。フォーゼがIS並の性能を出せるのもその為だ。
で、束がこのことを知ったら驚くか怒り狂うかのどちらかだろう。なぜなら、それは『ありえない』から――
「うんうん、気になってきちゃったし、箒ちゃんやちーちゃんにいっくんにも久しぶりに会いたいし、束さんがんばっちゃお〜」
 そうとは知らない束は上機嫌で準備を始める。箒や千冬、一夏に会う為に。そして、新たに出た興味の為に。
これが自分の運命を変えることになるとは知らずに――


「ん〜、これからどうしようかな?」
 さて、IS学園に戻ってきた一夏は背伸びをしつつ、そんなことを考えていた。
すでに衛理華と簪とは別れ、今はラウラと共に寮内を歩いている所だった。
「一夏はこれからどうするつもりだ?」
「そうだなぁ。一応、訓練はしておこうとは思ってるけど」
 その最中、ラウラの問い掛けに一夏はあごに手を当てながら考えつつ答えていた。
フォーゼとISの訓練は欠かすことは出来ない。これからのことを考えると、そういったことをおろそかには出来ないと思っているからだ。
ただ、今日は休日なので誰かに頼んで一緒にというのも気が引ける。なので、1人でするかとも考えていたが。
「そうか……なんというか、流石だな」
「あ、いや……仮面ライダーを目指す身としてはこれくらいはしないとなと思ってるだけなんだけどな」
 感心しているラウラに一夏は照れくさそうにしている。
ラウラとしてはこれまでの一夏を見ていると今までの自分を恥じたい気分であった。一夏はゾディアーツという存在と戦うなどがんばっている。
それに比べ、今までの自分はただ威張っているだけで何も出来ていない。少なくともラウラ自身はそう考えていたのである。
一方で一夏としては特別なことをしてるという意識が無かったので、ラウラに言われて照れくさかったのだが。
「私は……自分が情けない。つまらない嫉妬であんなことを――」
「まぁ、確かにあれはどうかとは思わない訳じゃないけど……でも、反省してるなら、これからがんばればいいじゃないか。
なんというか、あれで終わりってわけでもないんだしさ」
 なので、少し落ち込んでしまうラウラであったが、笑顔の一夏の言葉に思わず顔が赤くなる。
なぜかはわからなかった。でも、一夏のその笑顔が自分に力を与えてくれるような気がした。
だから、それがとても嬉しくて――そんな状態のラウラに一夏は首を傾げてたりする。
「じゃ、俺も行くから」
「あ、ああ――」
 そして、笑顔で去っていく一夏にラウラは赤くなりながら右手を振って見送る。
で、一夏の姿が見えなくなってから考える。この気持ちはなんなのだろうかと。
考えるが答えは見つからない。でも、あいつなら――
「クラリッサか? 私だ。ラウラ・ボーデヴィッヒだ。実は――」
 そうまで考えてから、ラウラは携帯越しにある人物に連絡を取った。
それがある騒ぎの元になるとも知らずに――


『ライダー100億ボルトブレェェェェェェェイク!!』
 さて、男性や本郷達は今回の戦闘の映像を見ていた。
その映像にある者は驚き、ある者は怪訝な顔を向けていたりしたが。
「なんというか、これは凄いな。スイッチを変えるだけで武装だけでなく、姿も変わるとは――」
「まるで光太郎(こうたろう)だな」
「はは、そうかもしれませんね」
 ある青年の言葉に本郷がうなずくと、光太郎と呼ばれた青年は照れくさそうにしていた。
一方で一也は複雑そうな顔をしている。戦いが激化してきているのがわかるからだ。
だから、一夏は大丈夫なのだろうかと心配してしまうのである。
「だが、喜んでもいられない。今回の事でゾディアーツだけでなく、他の動きも活発化している。
もしかしたら、彼らだけでは対処出来なくなる可能性もある。なので、予定よりも早いが、結城君に行ってもらうことにした」
 真剣な顔をする男性の言葉に、本郷を始め誰もが真剣な顔付きになる。
今回、ラウラが起こした騒ぎは国際IS委員会だけでなく、様々な所も刺激してしまった。
それこそ、彼らが一夏に関わらせたくないような所にまで――
それまでにコズミックエナジーが注目されてしまったのである。
「結城君、色々と大変かもしれないが、がんばって欲しい」
「なに、俺達の後輩になるかもしれない奴だからな。その辺りはしっかりと鍛えるさ」
 男性の言葉に結城と呼ばれた男性は笑顔で答えていた。
白髪が混じる整った黒髪に少しばかり皺が刻まれている整った顔立ち。高い身長にしっかりとした体型を白衣で包んでいた。
彼の名は結城 丈二(ゆうき じょうじ)。現在はこの組織で技術開発者として活動している。
「うむ、頼んだぞ。諸君、今後は大変な事態になるかもしれない。
しかし、君達なら大丈夫だと私は信じている。だから、がんばって欲しい」
 男性の言葉に誰もが真剣な顔になるが、その中で本郷は思わず笑みを浮かべていた。
「どうした、本郷?」
「いや、そうしているとおやっさんに似てきたなと思ってな」
「まったく……それを言わんでくれ……私は父のようにはなれないよ」
 笑顔で答える本郷だったが、問い掛けた男性は苦笑混じりにそんなことを漏らす。
彼の名は立花 総一郎(たちばな そういちろう)。本郷がおやっさんと呼ぶ立花 藤兵衛(たちばな とうべえ)の息子である。
立花 藤兵衛は全員というわけではないが、本郷達を支えてきた人物である。しかし、高齢であったこともあって、すでに死去していた。
そして、父のことを本郷達から聞いていた総一郎は父の意志を無駄にせぬようにと、父の跡を継ぐような形で本郷達を纏めていた。
そんな総一郎の姿を見てか、この場にいた全員に笑顔が浮かぶのだった。


「お風呂?」
「はい、そうです」
 夕方、一夏とシャルルの部屋にやってきた真耶が笑顔でそのことを告げる。
で、どういうことかというと――
「女子のみなさんの使用時間の後になりますが、大浴場が使えることになりました」
 笑顔でそのことを告げる真耶。今まで、一夏とシャルルは寮内にある大浴場を使うことが出来なかった。
まぁ、男子と女子が一緒に入るわけにはいかないのだから、当然の措置とも言える。
しかし、それもどうかと議論になり――結果、女子の使用時間終了後に一夏が使えるように配慮してくれたのだ。
この話を聞いて一夏は嬉しくなる反面、あることに気付いて悩んでしまう。
自分はいい。今日まではシャワーのみだったので、そろそろお風呂に入りたいと思っていた所だ。
なので、この話は渡りに船なのだが……問題はシャルルだった。シャルルは本当は女子である。
なので、一夏と一緒に入るわけにはいかない。だから、一緒に入るわけにはいかず――
まぁ、時間をずらせばいいかという結論に達した。で、時間は夜となり――
「ふぅ〜……生き返る〜」
 久しぶりの湯船に背伸びをする一夏。
IS学園の施設だけあってか、大浴場は高級旅館のような造りで外の景色も良い。
湯船も広いし、それを1人で満喫出来るので気分もとても良い。
ここ最近はフォーゼとISの訓練もあったので、その疲れが癒されるような気分であった。
「そういや、最近千冬姉の様子がおかしいような?」
 そこで一夏はそのことに気付いた。
訓練の時、千冬は指導はしてくれるのだが、どこか態度がおかしいのだ。
実際は一夏のことをまともに見れなくなってるだけだが。なお、仮面ライダー部の女子達はそのことに気付いてたりする。
一夏はそのことに気付かず、逆につい名前で呼んでしまった時も怒らなかったようなと、そのようなことを考えていたりした。
そんな時である。
「お、お邪魔しま〜す……」
「へ? ええぇ!?」
 声が聞こえたので一夏がそこへと顔を向け、見えてきた光景に思わず驚いてしまう。
というのも、そこにいたのはシャルルだったのだ。もちろん、裸……バスタオルで隠してはいるが、その状態で。
「え? なんで? 確か、時間をずらしてって――」
「あ、その……一緒に入りたくて……」
「いや、なんでさ!?」
 顔を赤らめながらも湯船に入ってくるシャルルに、戸惑う一夏は思わず聞き返してしまう。
実際、なんで一緒に入ろうと思ったのか一夏にはまったくわからなかったのだし。
「その……謝りたくて……」
「謝る? 謝るって、なにをさ?」
 シャルルの言葉に慌てて後ろを向いた一夏は思わず首を傾げてしまう。
シャルルが謝るようなことをしていた覚えが無かったからだが――
「ゾディアーツと戦ってた時に渡したスイッチ……あれ、本当は盗む気だったんだ……」
「へ?」
「だって、スイッチだけであれだけのことが出来るから……会社に持って行けばって思っちゃって……」
 そのことを告白するシャルルの言葉に一夏は呆然としてしまう。
もっとも、それも無駄に終わっていたかもとシャルルは内心思っていたが。
というも、アストロスイッチは基本的に一夏にしか使えない。もしくは、一夏の近くでなければ、その効力を発揮出来なかった。
バガミールやポテチョキンが一夏の近くでなければ動かないのも、それが理由である。
そういった意味ではシャルルがスイッチのことをデュノア社に知らせなかったのは幸いかもしれない。
 一方で一夏はシャルルの話に思わず納得する。
シャルルがここに来たのは自分や白式のデータを得る為。その課程でスイッチの存在を知れば、盗もうとしたのはわからなくもない。
「でも、シャルルは返してくれたじゃないか。俺はそれでいいと思うけどな」
「一夏……」
 後ろを向いたまま、笑顔で話す一夏。その言葉にシャルルは胸が痛んだ。
でも、同時に嬉しくもあった。自分はもしかしたらひどいことをしたかもしれないのに。
そんな自分を許してくれる一夏が……だから――
「ありがとう……一夏……おかげで決心が出来たよ」
「決心って? て、シャルル!?」
 その言葉に首を傾げそうになる一夏であったが、シャルルの行動に思わず驚いてしまう。
なにしろ、シャルルが自分の背中に抱きついてきたのだ。しかも、素肌で……
だから、シャルルの柔らかな胸の感触などが直に感じられてしまう。
「ボクはここに残ろうと思う。ボクのあり方で――」
「あり方、って……」
「2人きりの時でいい。ボクのことはシャルロットって呼んでくれる?」
「シャルロット……それが本当の名前……なのか?」
「……うん」
 その言葉に戸惑っていた一夏は思わず問い掛け、シャルル――シャルロットは顔を赤らめながらもうなずいていた。
シャルルとは父親が男子と偽らせる為にシャルロットに名乗らせた名前だ。だから、シャルロットはこの名があまり好きでは無かった。
だけど、一夏に呼んでもらうとなぜか嬉しくて……だから、シャルロットは決意したのだ。
これからは本当の自分のままの姿でいようと――
「ありがとう……一夏……」
「え? あ、うん」
 シャルロットの言葉に一夏は首を傾げる。
一夏にはシャルロットの礼の意味がわからなかったから……でも、シャルロットが言うならと、思わず笑顔になるのだった。
なので、この時は気付かなかったのである。シャルロットのこの時の言葉の意味を――


 次の日の朝のSHR(ショートホームルーム)。そこでの真耶はなぜか顔を引きつらせていた。
「ええと、今日はみなさんに転校生……というか、改めて紹介します」
 で、顔を引きつらせる真耶。そのことに一夏を含めてクラスメート達は首を傾げた。
しかし、その後に入ってきた女生徒の姿ににわかに騒がしくなる。
というのも、その女生徒の姿はどう見たって見覚えがあって――
「シャルロット・デュノアです。みなさん、改めてよろしくお願いします」
「ええと……デュノア君はデュノアさん……ということでした――」
『ええぇ〜!!?』
 で、その女生徒ことシャルロットが挨拶し、真耶が引きつった顔で紹介するとクラスメート達は驚きの声を上げた。
特に箒、セシリア、本音の驚きようは人一倍だったりする。というのも、なんか遅れをとったような気がしてならないからだ。
「て、デュノア君って女!?」
「なんか、おかしいと思った。美少年じゃなくて美少女だったのね」
「て、織斑君! 一緒の部屋だったってことは知らないってことは――」
「そういえば、昨日は男子が大浴場使ってたわよね?」
 騒がしくなる教室だが、その指摘が出てくると箒、セシリア、本音が一夏を睨んでいたりする。
一方の一夏はどうするか困っていた。実はシャルロットのこの行動のことはまったく知らなかったのである。
シャルロットとしては一夏を驚かせようと思ったのだが、事態は思わぬ方向に行っていた。
すなわち、昨日の入浴時間。一夏とシャルロットが一緒に入っていたかもしれないということに。
まさにその通りであるが、まさか馬鹿正直に言うわけにもいかず……というか、言ったら明らかに問題になるが。
なので、なんとか誤魔化そうと一夏が考えた所で、教室のドアがかなりの勢いで開けられる音が響いた。
誰もがそちらへ顔を向けると、そこには鈴の姿があった。明らかに顔が引きつっている。主に怒りの方面で。
しかも、右腕にはISを部分展開もしてたりするし。
「い〜ち〜か〜」
「ちょっと待て鈴! それはマズイって!? ていうか、なんで怒ってるの!?」
 明らかに右腕を構えて迫ってくる鈴に一夏は慌てながらもなだめようとしていた。
部分展開とはいえISはISである。あんな物で殴られたらケガでは済まない。
しかし、鈴は怒り心頭といった様子で気付くことも無く――
「わぁ!?」
 その右腕を振り落とした。
その光景に一夏は思わず目を背けながら叫んでしまうが――
「あれ? 痛くない?」
 衝撃が来ないことに戸惑いながら改めて顔を向けてみる。
すると目の前で両腕にISを部分展開しているラウラが、振り落とされた鈴の右腕を受け止めている光景があった。
「ラウラ……助かった。サンキュー」
「いえ、お兄様がご無事で何よりです」
「……は?」
 助けられたことに礼を言う一夏であったが、ラウラから返ってきた言葉に思わず固まる。
というか、今明らかに聞き捨てならない一言を聞いた気がしたからだが。
「お兄様……って、俺がか!?」
「はい、日本では尊敬する目上の方をそう呼ぶものだと聞きましたから」
「誰だ!? 間違ったこと教えてる奴は!?」
 ラウラの返事に問い掛けた一夏は思わず頭を抱えそうになる。
一方、その周りではあまりの出来事に皆固まっていたが……なお、この騒ぎを止めるはずの千冬はどうしてるかというと――
「い、一夏……また、そんなに女子に囲まれて……てぇ、私は何を考えているんだぁ!?」
 小声でなにやら悶えていたりする。どうやら、千冬には一夏の周りの女子が羨ましかったようだが。
そんなわけで一夏にまた新たな日常が加わろうとしていた。
なお、その日常を作り出した張本人はというと――
『ライダーロケットドリルキーック!!』
「ありがとうございます、隊長……こんなにも素晴らしい物を与えてくださって――」
 黒い軍服を纏い、薄い水色の整ったショートカットに整った顔立ちに左目に眼帯を付ける女性。
彼女の名はクラリッサ・ハルフォーフ。ラウラが隊長を務める『黒ウサギ(シュヴァルツェ・ハーゼ)部隊』の副隊長である。
同時に日本の漫画やアニメ(主に少女系)を愛好しており、それを元に日本の知識を得ている。
しかし、そんな物から得ている知識なのでかな〜り偏っており、ラウラが一夏を『お兄様』と呼んだのもクラリッサが偏った知識を与えた為であった。
で、ラウラはそのクラリッサの(間違った)助言の礼に、頼まれていたフォーゼの戦闘シーンの一部を渡していた。
クラリッサは日本の漫画やアニメから仮面ライダーの都市伝説を知っており、それ故に本国経由で知ったフォーゼに興味を抱いたのだ。
で、見てみると凄い。まるで漫画やアニメのような戦いをするフォーゼが。
なので、涙を流しながら映像を見ているクラリッサは一発でフォーゼの大ファンになったりするのだった。


 こうして、新たな日常が始まろうとしている一夏。
その一夏が身に付ける待機状態の白式が脈動するように輝いていることに誰も気付かない。
そして――
「ここは……どこだ?」
 整った短めの黒髪に同じく整った顔立ちの青年。
高い背にしっかりとした体付きを光沢がある薄い水色のジャケットに黒い革ズボンを纏い、両手にはドライバーグローブがはめられている。
その青年がIS学園の周囲を見回していたのだった。


 コズミックエナジーの変化はISだけでなく、IS学園にも与えようとしていた。
しかし、それを知る者はまだごく一部である。




 あとがき
今回は幕間的なお話でしたが、いかがでしたでしょうか?
我望達の登場からラウラのお兄様発言にシャルロットの決意まで――
良く考えると色々と起こりすぎだと思った今日この頃……まぁ、今後も色々と起こるのですが。
そして、ラストに出た謎の人物。彼はいったい何者なのか? それはこの作品でのコズミックエナジーのあり方にも関係してきます。

さて、次回はトーナメント前のお話。
一夏はトーナメントで誰と組むか悩んでいます。一方、衛理華の元に結城 丈二が現れますが、なぜか束もいて――
そんなお話です。ではでは、次回またお会いしましょう。



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