一人の男が亡くなった

残された家族は何を思うのだろうか

そんな思いなど世界は気にせずに動き続ける

せめて束の間の休息だけでも平穏でありますように




僕たちの独立戦争  第五十一話
著 EFF


―――オセアニア メルボルンシティー郊外の墓地―――


静かに葬儀は進行していく。

私達は様々な思いで葬儀を見つめ参加している。

悲しいが泣けない自分は冷たいのかと思う。

姉さんも複雑な顔で見つめている。

お爺様は何も言わない。

言っても無意味だと思う事で悲しみを誤魔化しているのかもしれない。

ジュールはバイザーを着ける事で表情を見せずにいる。

モルガとヘリオも連れてくる予定だったが、退屈な葬儀に立ち合わせるのはどうかと思い。

また警護と周囲の人間にマシンチャイルドだと知られるのを避ける為にトライデントで留守番させていた。

(勝手気ままに生きて、死んでからも私達を苦しめるのですか?)

「アクア、泣きたいなら泣いてもいいぞ」

優しく手を頭に置いて撫でるクロノ。その優しさが嬉しくて……辛い。

「泣けないのです、クロノ。

 悲しい筈なのに何故か……泣けない。

 冷たい女ですね、私は」

そうあの男は私を愛してはいなかった。都合のいい道具だと思っていた。

いずれ誰かに高値で与える事で自分の権力の向上を考えていた。

(寂しかった……その手で幼かった私を抱き上げて欲しかった。

 そしてお母様と私を愛して欲しかった)

ずっとあの男の帰りを待ち続けて亡くなったお母様が憐れに思えた。

(お母様が亡くなった時から私は壊れ始めたのかもしれませんね)

あの日、クロノと逢わなければ私は虚無を抱えて壊れていったのだろう。

目に見える全てがモノクロの虚構に見えていた。

全てが虚ろで私には何の価値も見出せない世界。

死んでいるのか、生きているのかを実感できないのだ。

クロノの記憶にあった虚無を抱えて狂う私の姿を思い出して恐怖する。

(この手が私を救い出してくれた)

優しく髪を撫でるクロノの手の温もりがとても愛しいと感じる。

依存かも知れない。クロノがいないと私は生きられないかもしれない。

(これが私の弱さでしょうね。

 未だに一人になる事が怖いなんて情けないわ)

《それでもいいさ。

 弱さを知って人は強くなれるのさ》

《……何時からリンクしてました》

《アクアが恐怖を見せてきてからかな》

どうやら無意識の内にクロノに感情を送ってしまった。

《すみません、クロノ。

 何時まで経っても貴方に頼ってばかりですね》

《いいさ、夫が妻を助けるのは当然の事だ。

 俺が疲れて立ち止まった時は後押ししてくれると嬉しいな》

「馬鹿です」

私はクロノの腕に私の腕を絡めて呟く。

「どうして自分の事を構わずに他人の事ばかり優先するのですか?

 貴方は優しすぎます」

「そうかな」

「ええ」

「本当は気付いているんだろ。

 自分よりも境遇が悪かった二人に遠慮している事に。

 泣けないのではなくて、泣く事でシャロンさんやジュールに悪いと思ってしまうのだろう」

クロノの言葉に私は絶句する。

「そ、そんな事……」

「嫌いだけど憎めない」

違うと叫びたかった。

「こんな別れ方などしたくはなかった」

「……違います。そんな訳が…」

「泣きたい時は泣いても良いんだよ。

 泣きたいだけ泣いて、それからまた歩き出せばいいのさ」

「うっ……うぅぅ……」

(優しい事を言わないで……耐えられなくなります)

クロノは何も言わず私の肩を抱いて身体に押し付ける。

私は耐えきれずに泣き出していた。

葬儀は続いていく……。


父親だった男が死んだ。

葬儀を見ながら私はポツリと呟く。

「勝手気ままに生きて、このざまですか」

お母さんは何故この男と一緒にいたのか私には理解できなかった。

(金銭ではなかった。

 私ができた事が問題だったのかと考えていたけど、お母さんが亡くなって……答えは出ないままの状態だった)

クリムゾンの中では愛人の子として腫れ物扱いだった。

陰口や嫉妬による中傷は当たり前のように行われていた。

そんな状況でもあの男は私を守ろうとせず、無関心を貫いていた。

(あの男は私には無関心で、お母さんとの関係も不確かなもの)

おかげで私はタフな女になってしまったようだが。

私もアクア同様に政略結婚の為の道具としての存在なのかもしれない。

悲しいという感情はないが、胸に穴が空いた感じだと思う。

(もしかすると私はこの男に認められたかったのかもしれない)

アクアが胸に虚無を抱えていたように、私も胸に虚栄を抱えていたのかもしれない。

(どんな栄光を手に入れても満足できないのかもしれない。

 この男に認められない限りは)

結局、私は虚しい人生を送る所だったのかもしれない……火星に行かなければ。

あの星は私にとって自分を見つめ直す良い機会を与えてくれた。

クリムゾンの娘ではなく、シャロン・ウィドーリンとしての私を見つめてくれる。

その事が私にはとても大事な事であり、今までは得られなかった何でも話せる友人も得られた。

そして忘れかけていたお母さんの優しい笑顔を思い出せた……父親はいないが幸せな時間だった。

(私もお母さんのように優しい笑顔になれるかしら)

空を見上げて私は未来について考える。

アクアの子供達が私に懐いてくれたように、いつか家庭を持って生まれてくる子供に微笑む母親になりたいと願う。

……優しく温もりが溢れていた手だったお母さんのように。

(問題はいい男がいない事かしら……?)


正直なところ自分が此処にいる理由が分からないというべきだろう。

父親ではあるが、俺にとっては他人なのだ。

退屈な葬儀を他人事のように冷ややかな目で見つめている。

周囲の者は俺を見て、小声で囁いている。

(無理もないか……親族の中にいるのが不思議なんだろうな)

クロノさんは周りの目など気にしていない。

姉さんの事だけを心配している。

(金とか名誉なんか、クロノさんには意味がないのだろう。

 大事なのは家族を守り、共に生きていく事なのだろう。

 俺もそんなふうに考えられるといいな)

家族を大事にするクロノさんは嫌いではなかった。

二人の姉も俺と同じようにクリムゾンに人生を狂わされたのかもしれない。

ロストナンバー――失敗作として死ぬ筈だった俺を連れて母さんはクリムゾンから脱走した。

その際にクリムゾンの実験資料の殆どを破棄して。

そのおかげでクリムゾンのマシンチャイルドの作製技術は大幅に失う事になり、ルリちゃんが一番になったのだろう。

(皮肉なものだ……おそらく母さんが逃げなければ、クリムゾンが最初に成功した可能性もあったのだ)

ルリちゃんを見た時、俺は自分との違いを思わず比較してしまった。

未だに実験体としての感情があった事が腹立たしかった。

(あの子もまた犠牲者なのだ。

 聞けば比較的安全な場所で生きていたようだが、人として生きていたとは言えなかった)

あの子も俺と同じ様に全てを諦めていた。

俺には母さんが側に居た事で救われていたが、あの子には母さんのような存在が居なかった事が悔しいのかもしれない。

(幸せになりなさい、ジュール)

母さんの最期の言葉は何時までも忘れる事はないだろう。

どんな時も辛いとは言わずに笑顔を絶やさない母さんが好きだった。

その手の温もりを今度は弟達に伝えてやりたい。

クロノさんやアクア姉さんのおかげで弟達は笑えるようになったのだと思う。

あの二人はこの戦争を通じて子供達の安全を確保して一時的な平和ではなく、長期に亘る平和な時代を作ろうとしている。

人類から戦争が無くなるという事はないだろう。

今までの歴史がそれを証明しているが、平和な時代があった事も事実なのだ。

そういう時代を作ろうとしている二人は忙しく動く事になる。

俺もそんな二人に協力したいと考えている。

今の俺に出来る事は多くはない。

まだまだ未熟なんだと思っているのだ。

とりあえず出来る事はルリちゃんも含めた子供達の保護者になる事くらいかもしれない。

忙しいあの二人に代わって守ってやる事が俺の仕事なんだろう。

この男を反面教師として家族を守れる男になると誓おう。

そんな事を考えながら葬儀を見ていた。


息子を失ってしまった。

自業自得とはいえ親である私より先に逝くとは思わなかった。

ますますクリムゾングループの中で自分の存在が重要になっていくだろう。

孫達が継ぐ気がない以上は他の誰かに任せるしかないのだ。

重役達の中で次を任せられる人物を探すが、一長一短で誰もがクリムゾン会長の重圧に押し潰されそうでもある。

(十年は掛かりそうだな)

引退するにしてもクリムゾンの方向性を作り上げて勇退しないと問題が起きるだろう。

(私の責任とはいえクリムゾンは血を飲みすぎたな)

非合法部門の縮小もしなければならないが、他の企業に対抗する為に残す必要性もあるので匙加減が難しかった。

(企業間の争いも激化するかもしれない。

 戦争が激化すれば非合法な事も正当化されるだろう)

アクアの子供達を見た事が、私の懸念に拍車をかけている。

(マシンチャイルドの有用性は理解している。

 クロノ君達が企業に攻撃を仕掛けた事で沈静化しているが、いずれ再開する可能性もあるのだ)

ジュールの事を知ったおかげで、アクアがサンプルになる可能性もありえるのだ。

(身内が危機に晒されて命の重さを知る事になるとはな。

 これが地球の現状なのだろう……命の重さを知らず、傲慢になっている)

先代のネルガルの会長が良い例だった。

(ボソンジャンプの独占を企み、テンカワ博士夫妻の暗殺。

 マシンチャイルドの量産による、古代火星人の技術を兵器転用する愚かさ)

まさかと思うが、世界を征服する心算ではないかと考えさせられる事もあった。

(現状の兵器と隔絶した性能の戦艦に、ボソンジャンプによる戦略と戦術。

 どちらも既存の常識では考えられない力を秘めているのだ)

企業としての範疇を越えているのだ。

(……「希望のない、パンドラの箱」というが、それは事実だと私は思う。

 あの男は野心家だったが、既に死亡している)

その事は幸運だったと思うしかなかった。

(あの男の息子はまだ人としての一線を踏み外していないと思う。

 その甘さがネルガルの暴走に歯止めが掛かっているのだ)

ネルガルは現状では大丈夫だろう。

北米にあるマーベリック社も大丈夫だと思う。

(あそこは合理性を追求している会社だ。

 人間を歯車の一部にするような兵器を量産するような行為はしないだろう。

 不安定な生体部品など認めずに、AIを発展させて対抗するだろう)

アスカも大丈夫だろう。

(民生品主体で生体兵器などは無関心だ。

 トップの男も人道的な考えをする男で信用できる)

何故かネルガルを警戒している事が気になる。

(一度、クロノ君と相談してみるかな。

 彼はネルガルのSSに所属していたから、我々の知らない情報も知っているかもな。

 情報次第では提携話も有利に進むかもしれん……ああ、いかんな…)

こんな時も仕事に考えが移る自分は根っからの企業人だと思い、私は空を見上げて苦笑していた。

(死ぬまで私は企業から逃れられんかも知れんな。

 孫達が似ない事を祈るか)

葬儀は滞りなく進んで行く……家族の思いなど気にしないように。


「疲れたわね……お爺様、良かったのですか?

 ジュール達の事を公表しても」

移動中の車中で姉さんがお爺様に相談する。

「構わんよ。けじめはつけないといかんだろう」

葬儀が終わり、関係者がジュールの事を尋ねるとお爺様はあっさりと話した。

関係者はお父様の行状を知っているだけにまたかと思っていたが、バイザーを外したジュールを見て驚愕していた。

金色の瞳――マシンチャイルドである事に。

マスコミには父親であるお父様の冷凍保存されていた精子を無断使用されて生み出されていたと公表した。

その事に気付いた父は息子である子供達を保護しようとして犯人に殺害され、

ジュールは他に生み出された子供達と実験施設を逃げ出し、お爺様の保護を求めた事になっている。

犯人は逃走して発見できず、司法当局に任せる事にしていると説明していた。

「ずっと隠しておく訳にもいかん。

 ならば真実を誤魔化しつつ、保護する方向にするしかないだろう」

「そうですね、四六時中ずっと瞳の色を隠し続ける事など出来ません。

 今公表するか、先に延ばすか、その違いだけです」

ジュールはマスコミの質問に対してきちんと答えていた。

「役者の才能もありそうね。

 ああも見事に嘘八百を並べるとは思わなかったわよ」

姉さんが呆れながら会見の様子を思い出している。

ジュールは嘘の中に真実を混ぜる事で見事に今回の事件を隠蔽していた。

「姉さんの弟ですから」

「どう意味ですか?、ジュール」

私を見て告げるジュールに尋ねる。

「言葉通りです。

 ルリちゃんから聞きましたよ。

 ネルガルの戦艦ナデシコに乗り込んでそれはそれは見事にクルーをペテンにかけた事を」

クスクスと笑いながら、ジュールは楽しそうに話した。

「是非、聞きたいものだな。

 ネルガルのSS長を騙せるほどの力があるとはな」

お爺様は楽しそうに私を見ている。

(この二人って……)

反目していたようだが、案外似た者同士かもしれないと私は思っていた。

「仲がよろしいようですね、二人とも」

姉さんが呆れるように二人を見ている。

「そうかな」

「喧嘩するとまた怒られそうだし、関係を改善するのは間違いじゃないでしょう」

「すっかりルリの尻に敷かれているのですね。

 姉さんは情けなく思いますよ」

ジュールに向けてチクリと一撃を入れる。

「まあ、別に誰と付き合っても良いけど犯罪行為はダメよ」

姉さんもさり気なく毒を浴びせる。

かなり火星で鍛えられたようだと私は思う。

「そんなんじゃないですよ」

憮然とした様子でジュールは話す。

「あの子のお節介な所は姉さんに似たんでしょう。

 マリーさんが言うには悪戯好きでないだけマシだと聞きましたよ」

「……何処まで聞きましたか?」

私が笑いながら尋ねるとジュールは何故か冷や汗を流していた。

「クロノさんとルリちゃんと一緒に聞きましたよ。

 姉さんの子供の頃の事を」

「き、聞いたのですか?」

驚く私にジュールは、

「ええ、それはもう……可愛い少女だったみたいですね」

笑顔で答えていく。

「かなり今と昔にはギャップがあるみたいね」

姉さんが興味津々と会話に乱入してくる。

「そこまでです、ジュール。

 それ以上話すというなら、後が大変ですよ」

私は微笑んで二人に告げる。

二人は何故か私を見ずに窓に顔を向けて外の景色を見ていた。

「……アクア、殺気を出すのはやめなさい」

「そうだぞ」

「……出てましたか」

お爺様とクロノがため息を吐いて苦笑している。

車内は何とも言えない空気に包まれて走っている。

「そういえば、ゴタゴタ続きで忘れかけたが、セレス達の誕生日はどうするんだ?」

話題を変えてクロノが私に尋ねてくる。

「プレゼントの用意は出来ているが、パーティーの方はどうする?」

「何時用意したのですか?」

私は驚きつつ、クロノに聞く。

事件と事後処理で買いに行く余裕など無かった筈だ。

「フッ、娘達の喜ぶ顔を見る為なら時間など幾らでも作ってみせよう」

胸を張って答えるクロノに、

((((お、親馬鹿?))))

私達の心は一つになっていた。

「まさかとは思いますけど、ボソンジャンプで買い物に行ったのではないでしょうね」

私が尋ねるとお爺様達もクロノを見つめている。

「…………」

「なるほど、それなら夜中でも店に買いに行けますね」

沈黙するクロノに私は呆れるように見つめていた。

「ホント、便利な力よね」

「確かに」

姉さんとジュールが呆れながらボソンジャンプの便利さに感心している。

「便利な力だからこそ、管理はきちんとせねばな」

お爺様が話すとクロノは誤魔化すようにして話題を変えていく。

「ええ、C・Cとジャンプシステムの管理は厳重にしないといけませんな。

 ジャンプシステムは政府の管理に委ねる事になりそうです。

 またA級ジャンバーも三種に分類する予定です。

 A3ジャンパーが個人跳躍者の区分に入ります。

 A2ジャンパーが重機ごとの跳躍が可能な者になり、

 A1ジャンパーが艦艇のジャンプナビゲートが可能な者になる予定です。

 このまま進めばこの区分になると思います」

「順調に進んでいるようだな」

クロノから聞かされる火星の現状にお爺様は耳を傾けている。

「まだまだ問題が山積みですが」

「新規に開拓するには問題だらけだよ。

 一つ気になる事があるんだがいいかね」

「ええ、どうぞ」

「地球から仕事の関係で来た者の中で火星で子供を出産した者はどうする心算だね。

 火星生まれの子供達は潜在的なジャンパーである事は否定できないだろう。

 いずれ判る事だから確保する方向にしなければ不味いだろうな」

お爺様の提言にクロノも腕を組んで考え込む。

「クリムゾンが動けばネルガルに悟られる可能性もあるぞ」

「……手が無い事もありません。

 クリムゾンではなく別の企業の力を借りる方法が一つだけあります」

最後の手段ですがとクロノは付け加えたが。

「……アスカか?」

「はい、あそこのトップの方とは知り合いですから……父の友人でした」

「……そうか」

言い難そうにするクロノにお爺様も対応に苦慮している。

「あそこのご令嬢であるカグヤ・オニキリマルさんはおそらくA級ジャンパーです。

 そこを突く形で動けば協力をしてくれるでしょう。

 非難されるやり方ですが、綺麗事では何も守れない事も事実です」

「そうだな、綺麗事だけでは何も変わらんだろうな」

「……はい」

「すまないが、君にも同席してもらえんか?

 一度提携の事でトップ会談を行おうと思っている」

「ではテンカワファイルを用意しましょう。

 真実を知ってはこの戦争の危険性も理解できるでしょう」

「そうだな。世界は皮肉でしか我々に応えてくれんようだな」

窓の風景を見ながらお爺様は告げる。

郊外の風景は平穏で美しいものだったが、私達の生きる場所とは……無縁のものだった。


―――木連 月攻略艦隊―――


こうげつの艦橋で高木はふと閃いた考えを話す。

「大作、ジンに張り付く形で飛燕を跳躍させる事は可能かな?」

「試してみますか、飛燕を自動で張り付かせて、まずは機体の安全性を確認する形でよろしければ準備します」

「そうだな、月到達前にしておくぞ」

高木は決断すると大作はすぐに準備を始める。

「成功すれば、作戦に幅が増えますね」

「ああ」

二人は真剣な様子で話し合う。

新開発された飛燕の活用方法はまだ十分ではないのだ。

艦隊全体で様々な意見交換が行われ、月到達前に試験運用が活発に行われていた。

「提督! 前方に跳躍あり!」

突如、行われた報告に高木は落ち着いて対応する。

「数は何隻だ?」

「一隻です。向こうから通信が入ってきています」

「開いてくれ}

高木の指示に回線が繋がり、画面に映像が出る。

『こちら火星宇宙軍月偵察艦ユーチャリスTの艦長、エリック・レナードです』

「我々は木連月攻略艦隊、私が提督の高木だ」

『お待ちしていました。

 司令部から月方面の連合軍の展開情報をお渡しするように指示が入っていますので受け取って下さい』

告げられた事に艦橋は驚きでざわめく。

「構わんのか、まだ火星とは停戦はしていないが」

『こちらにも都合があるのです。

 あなた方も地球の現状をご存知でしょう。

 未だに戦争を行っていると認識する者は少なく危機感などないのです。

 火星には謝罪すら行っていませんよ』

呆れるように話すエリックに高木も大作もため息を吐く。

「酷いものだな」

『ええ、未だに無責任な人間が連合政府と軍に居座っています。

 この分では火星の独立など認めないと判断したので、当面は情報提供という形で極秘に協力するそうです』

他言無用にして欲しいとエリックは言外に告げている。

「感謝する」

高木は頭を下げて礼を述べる。

危険を犯しながら協力してくれる火星に感謝しているのだった。

『いえ、お互い地球に見捨てられたものです。お気になさらず。

 地球連合の出方次第では火星も宣戦布告する可能性も出てきました。

 その時は艦を並べて戦う事もあるでしょう』

「だが独立を認めれば戦う事になるかな?」

『いえ、その時は中立になるでしょう。

 その事で地球が抗議しても火星は気にしません。

 何故なら先に裏切ったのは地球であって火星ではありません、違いますか?』

エリックがはっきりと地球の裏切りを告げる。

高木は状況が大きく動く可能性も考えなければならないと判断する。

『それでは情報をそちらに送信します。

 準備はよろしいですか?』

高木は艦橋を見渡し、準備が完了するのを確認すると頷いた。

情報を受け取るとユーチャリスTは跳躍していった。

「火星は跳躍を単艦で行えるようです」

「敵に回すのは避けんとな。

 さて貰った情報を基に偵察を行うぞ。

 間違いないと思うが、全部を鵜呑みにする訳にもいかんだろう」

大作に告げると高木は連合軍の展開状況を分析する。

「そうですね。貰った情報を分析して有効に使いますか」

二人は口元に笑みを浮かべると作業を始める。

火星とは協力できる可能性もあると分かったのだ。

少しはマシな戦いが出来る事に感謝していた。


エリックは状況の推移を考える。

(火星も決断する時が近づいているのかもしれない。

 その時はクロノ提督の下で戦う事になるんだろうな)

半年の期限を出したが、地球は回答を未だに決めかねている。

市民は未だに戦争に対する不安もないようだとクリムゾンから報告されている。

テロによってトライデントが被弾した事を聞いて、火星宇宙軍は地球連合軍の今回の行動に腹を据えかねていた。

(何時までも火星が我慢すると思うなよ。

 勝てるなどとは思わんが、せめて火星の怒りを見せつけてやるぞ。

 いい加減な事をした事を後悔させてやる)

無責任な地球に対して火星は毅然とした対応を取る事にしている。

その為の準備にエリック達は偵察している。

……連合市民は未だに戦争に対する心構えができていない。

その事がこの戦争を長引かせ、最大の悲劇を生み出した要因だと歴史家達は述懐している。


―――トライデント 食堂―――


クルーの食事を提供する食堂は本日は貸し切り状態になっていた。

「しっかし、いいのかな〜パーティーなんてさ」

「笑いながら言う事じゃないな」

「こういう時だからこそ、するもんなんだよ。

 お嬢の快気祝いとラピスちゃん達の誕生日会の両方だからパーッとしてやらんとな」

「いいんすか、班長?」

「いいんだよ。子供にとってお誕生日会はな、一大イベントなんだよ。

 聞けば去年はその事を理解出来なかったみたいだからな、今年こそは盛大にして楽しんで貰うのさ」

この艦で年長者でもあるカタヤマはアクアの子供達に非常に甘かった。

本人曰く、子供は火星の大事な宝物だぞと公言しており、アクアの子供達も懐いていた。

自身の家族もノクターンコロニーで生活していて子供の扱いには慣れていた。

その為に整備班を率いてパーティーの準備を手伝っていた。


火星宇宙軍は民間人を急遽徴兵と志願制で集めた為にまだ軍としての根幹が定まらず、

民間人としての意識が残っている者が多かった。

当面はそれでいいんじゃないかとクロノは議会に報告した。

「一応は覚悟は出来ている者達だが、四六時中張り詰めた状態にさせる訳にもいかんだろう。

 緊張で潰れる者も出る可能性もある。

 いずれは軍隊として規律を持った部隊へと作り上げなければならないが、現状ではこの方法が最善だと思うぞ」

マーズフォースや各コロニーの守備隊からの転向者はともかく、

半年という短期間で教育された彼らを軍の規律で締め付けるのは不味いとクロノは告げていた。

「上にいる俺達が押さえる所をきちんと押さえて少しずつ変えていくようにしよう。

 グレッグさんには負担が掛かるかもしれんが、士官候補生の教育はお任せするよ」

元軍人で教官の経験もあるグレッグが士官候補生教育を行い、

クロノが現場指揮官として教育された者を実戦で経験させ、教育していくやり方で進められている。

レオンもその予定であったが、クロノがパイロットとしては規格外であった為にパイロットの育成を任せる事になった。

「あいつは超一流なんだが、戦闘スタイルに問題がありすぎるのさ。

 本来のパイロットって奴は編隊を組んで戦う事が基本でな、一機で複数の敵や部隊と戦う事はないんだよ。

 だからあいつの戦い方は軍のマニュアルにはない独自の技術であってな。

 一般のパイロットに真似させるのはちょっと問題があるのさ」

クロノ自身もその意見には賛成しており、パイロットの教育には参加していなかった。

そういう理由でパイロットの育成にはレオンとマーズフォースのメンバーに任せる事になり、

堅実で無駄がない機動兵器乗りが育成される事になる。


ちょっと話が脱線したが《マーズ・ファング》はナデシコのクルーに近い資質があり、お祭り好きな連中が多かった。

レイはこういうイベントを行う事で一時でも戦争をしている事を忘れたいのだと思っている事を見抜いていた。

「仕方ありませんね。あまりハメを外さないように」

テロ事件で艦内が緊張状態になっていたので息抜きを兼ねてクルーの緊張を解きほぐす事にする。

こうしてラピスたちのお誕生日会が行なわれ、子供達を祝うという名目で束の間の休息が与えられた。

和気藹々という雰囲気で行なわれるパーティーをルリは少し離れた場所で見ている。

「楽しくないかい、ルリちゃん」

ジュースをルリに渡しながらジュールは尋ねる。

「いえ、楽しいですが」

ジュールには不満はないが何故かルリは楽しんでいないように思えた。

「何となく分かるけどね。

 何故誕生日など祝うのだろうか?、ただ年を取っただけなのに…かな」

ジュールの声にルリは少し考え込むと小さく頷いた。

「そこが違うんだよ、ルリちゃん。

 祝うというより感謝するといった方がいいかな」

「感謝ですか?」

「そう、今日まで生きていてくれてありがとう。

 こうして出会えた事に感謝しようという感じかな。

 ルリちゃんはラピス達に出会えた事は嬉しくないかな?」

「いえ、嬉しいです」

首を横に振りジュールの問いに答える。

「出会った事に感謝して、これからも仲良く生きて行こうかと誓うのさ。

 誰の為でもない、自分自身が幸せに生きていくための行為かな、と俺は思うんだ。

 俺はみんなに出会えた事は良かったと思っているよ」

「そうですね、私もみんなに出会えた事は嬉しいです」

微笑むルリにジュールも笑う。

「来年も再来年もこうして笑い合えるようにしたいな」

「はい、姉さん達と火星で祝ってあげたいです」

「モルガとヘリオにも教えてやらんとな、祝う意味とこの日々が続く事の幸福を。

 下の子供達も来年は派手にしてやりたいな」

アクアと一緒に楽しんでいる子供達を見ながら二人は話す。

お互い一度は生きる事に諦めを感じた者同士だからか、前向きに生きる事の意味を知っている。

「さて、みんなの所に行って祝ってやろう」

「はい♪」

二人は同時に歩き出していく――家族と仲間の元に。

血縁など関係なく共に生きていこうと願う人々が存在している光景。

そこへルリは自分から入っていく。

人として幸せになるために。



一枚の写真立てがルリの手元にある。

クロノとアクアが微笑んで子供達が集まっている瞬間を写した大事な一枚。

人として歩み始めたルリが手に入れた家族の情景だった。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

リチャードの葬儀を見る家族の思いを書いてみました。
それぞれの胸の内を書く事でシャロンとジュールの未来への展望を出してみました。
ロバートは自分が仕事人間だと自覚して、孫達が似ない事を考えてました。

では次回でお会いしましょう。





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