目を覚ましたとの報告にゲンドウはその少女を司令室に連れて来るようにリツコに指示を出す。

「ふ〜ん……とりあえず、初めまして爺さん」

威圧感のあるゲンドウに物怖じする事なく話す少女――赤木リン――に冬月は少し驚いていた。
レイのような感情の希薄さがなく、殆んど人と変わらないように見えたからだ。


RETURN to ANGEL
EPISODE:3 賢者の憂鬱?
著 EFF


「……爺さんって」

リンの後ろにいたリツコはため息を吐いて困った様子でいる。

「だって爺さんは爺さんだよ。私は碇シンジの遺伝子とリリスから生み出された存在だもん」
「なに?」
「コアが損傷して婆さんが消滅しかけたから……初号機が、リリスが慌ててお父さんを取り込んで回復に回したの」
「どういう意味かね?」
「ん〜〜と今はお父さん……碇シンジがコアの中枢になっているの。
 それで婆さんが回復するまで初号機をお父さんが制御する事になったわけ」
「じゃあ、ユイさんは?」
「魂ボロボロになっているからお父さんが治療中」

リンが話した内容にゲンドウと冬月が困惑している。

「何故だ?」
「レイだっけ……あの子と私は役割が違うから。
 あの子はリリスの欠片で私は初号機の欠片でお父さんと婆さんの知識と経験の一部をインストールされているから」
「役割が違うとはどういう意味だね?」
「リリスは審判を行うもので、初号機はリリスの代わりにリリンを守護するもの。
 レイはリリンを調査する端末で、私は戦う為の端末だけど爺さんがレイを教育しなかったからリリスが兼用させたの」
「碇……レイの事はお前の責任だぞ」
「リリス怒っている。お父さんが宥めなかったら……婆さん、消滅していた」

ギシリと空間が凍りつくような殺気をリンが二人に向ける。
二人はダラダラと汗を浮かべて硬直していると周囲に赤い刃のような物が出現していた。

「え、ATフィールド?」
「うん、この二人切り刻んでいい。リリスは良いって言っているけど」
「悪いけどこの二人を殺すと使徒戦に支障が出るからしないで」
「リツコお姉ちゃんが言うならやめる」

リツコの言葉で刃を掻き消し、殺気も消すと二人は息を吐いている。
リンは二人を見つめると瞳の輝きが消えて自動的な口調になって告げる。

「リリスからの伝言。
 綾波レイの事は仕方がないと判断するが、私に干渉するなら碇ユイを消滅させてお父さんに初号機を移譲するだって」
「何故だ?」
「リリスは自分の子であるリリンを守る価値があるのか、判断出来ないからレイを生み出したのに教育しなかった。
 だから私はリリンに価値があるのか、見る必要性があるの……余計な干渉されるのをリリスは嫌っている。
 碇ユイは人質……必要なら消滅させて次の人物に仮初の身体を委ねる気になった。
 シンジはリリスに気に入られ、シンジはリリスを認め受け入れた……碇ユイの価値はリリスにはもう無いから」
「碇、不味いぞ」
「サルベージしたいならしても構わない……魂が損傷した状態で出したら間違いなく死ぬけどリリスは気にしない」
「魂の回復にはどの程度の時間が要るの?」
「半年は絶対に必要。戦闘で初号機が傷付けば、その回復に力を使うから更に時間が延びる。
 葛城ミサトの手腕に期待する」
「「…………」」

その言葉に二人は絶句する。葛城ミサトはその能力を買われて作戦部長になった訳ではなかった。客寄せパンダとして、そしてチルドレンと呼ばれる者達の心砕 く為の要因として配置されている事を知っているから安心できる訳がなかった。

「戦闘で損傷がないようにしないとダメなのね」
「そう、損傷が激しくなると回復に力を回せない。結果、魂の儀に間に合わずにそのまま消滅する。
 リンに戦術プログラムを与えたから助言を求めよ。
 但し、各使徒の能力もインストールしているが時期が来るまでは答えられないように組んである。
 魂の儀は全ての使徒に与えられた権利……リリンだけに優先権は認められない」
「何者だ?」
「我が名はリリス……リリンの祖となるもの」
「リ、リン!?」

そう告げるとリンが崩れ落ちるように倒れていくのをリツコが慌てて支える。

「……気を失ってます」

リンの状態を確かめたリツコがリンを楽な状態に寝かせると二人に向かって訊ねる。

「サルベージですけど……早ければ二週間後には出来ますがどうします?」
「不味いぞ。リンの言葉が正しければ、サルベージすればユイ君が……死ぬ可能性がある」
「事実だと思うか?」
「可能性としてはレイの回復後、初号機に乗せるのが最善だと判断します。
 シンジくんがコアの中枢ならば……会った事もないレイとシンクロするでしょうか?」
「なるほど……血縁ではあるが知らない者を受け入れる事は無いか」
「はい、ですが……事実だとすればサルベージは出来ませんので、委員会にはどう報告します?」

リツコの指摘に二人はまたも絶句する。
サルベージの許可を望んだのは自分達なのだ。今更しませんと言えば痛くない腹を探られかねない。
ましてやリリスが覚醒している可能性の報告など……出来ないし、レイの事も報告出来ない。

「ダミーのデーターを送って失敗したと言う形で誤魔化しますか?
 その場合はエヴァのコアについての説明は……出来ませんね」

エヴァが人を取り込むという事実を職員は見ているが、機密扱いで沈黙させる必要がある。
特にセカンドチルドレンに知られると問題が起きそうな気がする。

「ある程度、エヴァの情報を嘘と真実を混ぜて公開して誤魔化すのが最善かと思います。
 初号機にユイさんが居たがコアにダメージを受けて消滅して代わりにシンジくんを取り込み自己修復。
 シンジくんの遺伝子情報を基にエヴァ自身が最適されたパイロットを生み出したで行きましょう。
 これならユイさんの事はこれ以上は明るみに出ませんし、リリスの件も出る事はありません」
「……いいんじゃない、それで」
「リン、大丈夫なの?」
「無理矢理身体を使われたけど……普段は眠っているわ。
 今回は腹に据えかねたから警告みたいなものよ……次はないと思って」

意識を取り戻したリンがリツコに支えられて立ち上がる。

「私に警護や監視は付けないで……自分の身は自分で守れるし、リリスを刺激させたくない」
「君とリリスはどういう状態なのかね?」
「私を通して、リリスは見た事を情報として蓄積するの。
 それを基にリリスが判断して魂の儀の審判の材料にする。
 リリスは自分の身体を切り刻んだ碇ユイを嫌っているけど、知識量は豊富だから分身である初号機を使って取り込んだ。
 でもその知識も記憶したから碇ユイの必要性が低くなった。
 そこでコアが破損して、お父さんがリリスを受け入れたから乗り換えた。
 お父さん、暖かくて優しい人……爺さんと正反対の人。レイの扱いを知っているからリリス、爺さんを嫌っている。
 レイはリリスの娘みたいな存在。娘を粗末に扱った爺さんの妻、殺したがっている」

リンの答えにゲンドウは表情こそ変わっていないが、背中からは冷や汗が止まらない。
自分のしてきた行為がユイの身を危険に晒したと言われて焦っている。

「リツコお姉ちゃん、帰っていい……疲れた」
「二日後にシンクロテストするけど大丈夫?」
「お父さんに会うのは嬉しいから大丈夫」
「それじゃあ、テストが終わったら洋服買いに行きましょうね」
「買い物楽しみ……リリンの街見たい」
「案内してあげるわ」
「リツコお姉ちゃん、理性的で中立みたいだから信用する」

そう告げるとリンは司令室から出て、病室に帰って行った。

「気に入られたみたいだな」
「そうですね。私が引き取って監視という形で構いませんね」
「そうだな、私もそれが最善だと思うが」
「……問題ない」
「本当にそう思っているのか? 明らかにお前がしてきた事にリリスは怒っているみたいだぞ」

冬月の指摘にゲンドウの顔が強張っている。
自分の計画に何も盲点はないと考えていたが最大の失態を犯したようなものだった。
特にユイの安否が危険に晒されていると思うと気が気じゃなかった。

「幾つか条件を出して、あの子を大人しくさせます。
 特に人前でATフィールドを発生させないように注意します」
「任せる」
「あれは不味いな。そういえば先程のフィールドは大丈夫なのか?」
「目を覚ました際にフィールドを発生させたのを直に止めさせて、マギのログからは消しています。
 現在は自己診断モードで検知できないようにしてますので、後日調査して彼女のパターンは除外するように手配します」
「問題ない」
「待遇はチルドレンと同じにして給与の制限だけは解除します。制限を与えれば干渉されたと勘違いされても困りますから」
「その点は考慮しよう。そう言えば検査服だったな」
「ある程度の知識を持っているので誤魔化しが効きません。
 ユイさんの知識もあるので中学に行くと言ってました。リリンの観察も役目の内と言われると拒否できません」
「コード707に転入させる」
「精神的に幼い部分もあるので友好的に付き合えば、こちらに有利に動くと思われます。
 問題は葛城一尉の使徒に対する感情をあの子にぶつけると間違いなく衝突します」

復讐心で動いているミサトの行動を懸念するリツコの指摘に二人は難題を抱える事になる。
ミサトを排除できれば良いのだが、ゼーレの意向に叛く事は出来ない。かといって杜撰な作戦で初号機が損傷するとユイの回復が遅れて補完計画の発動時で消滅 しかねない。

「あの子を委員会の皆様方に会わせてみますか?」
「それは出来ん」
「リリス覚醒とリリスの端末の事を聞けば手元に置いて洗脳しかねない。
 とても洗脳できそうもないし、ユイ君の安全が懸かっているとなるとこちらで保護するしかない」
「ああ」
「使徒の能力を事前に知る事が出来ますから、作戦の立案と不利な作戦に対する拒否権を与えてみれば如何でしょうか?
 初号機が傷付くのはあの子も嫌がると思いますので、最適な作戦を立案する可能性と損傷を最小で済ます事を優先する筈」
「確かいつ思い出すか分からんが使徒の能力を知っていたな」
「その情報を早めに思い出してくれると技術部で対応策を検討します」
「作戦部ではダメなのかね?」
「何処でその情報を手に入れたという事になりますので」
「確かにな」

表沙汰に出来ない事柄だとリツコが指摘して冬月は苦笑している。

「とりあえずシンクロテストと次の使徒戦までは現状維持で行きます」
「それで良いな、碇」
「ああ」
「もう一つ重要な問題があります……ターミナルドグマへの侵入者についてですが」
「それもあったな」
「はい、問題は司令のパスを使って侵入された事です」
「内通者か? 諜報部は何をやっているんだ」
「ダミープラグの開発は頓挫しました。バックアップのデーターも司令のパスで消去されています。
 予備体も全部破壊されていますし、レイを使うとリリスを刺激させかねません」
「委員会にはダミーの資料を送る」

苛立つようにゲンドウは話すがユイの安全と引き換える気は更々ない。

「あの子を説得できれば、ユイさんを無傷でサルベージ出来る可能性もあります」
「ホ、ホントかね!? それは?」
「はい、コアから人を抜き取る方法はあるそうです。
 ただ司令の事を嫌っていますから、ユイさんをサルベージしたいと言っても協力してくれるかは判りません。
 レイのような事件を行いたくてもエヴァに近い存在なので擬装がバレる可能性が高いのでリスクが大きいと判断します」
「不干渉の状態で協力体制を確立してから要請するのが早道だと考えるのかね」
「はい、無理強いはユイさんを失う事になりそうです」
「なるほど、初号機の中に居る限り人質を取られた状態だったな」
「あの子自身が気付かなくてもリリスが監視しています。言葉通りならですが」
「自業自得だな、碇。お前がしてきた行為のツケが今頃になって返ってきたようだ」
「手は出さん」
「そうしてくれ。生身のユイ君に会いたいのは私もだぞ」
「それでは準備だけは執り行います」

そう告げてリツコも司令室から出て行く。
後に残された二人は複雑な心境でシナリオの修正を考えてようとしていた。

「どうする、碇?」
「現状維持で使徒殲滅を優先する」
「レイの事はどうする?」
「それも現状維持だ」
「誰かに預ける訳にも行かんな」
「感情が芽生えないようにして、万一の予備にする」
「あの子にサルベージを要請するのか?」
「そうだ」
「お前は嫌われているみたいだぞ」
「冬月先生……後は任せます」
「…………昔から面倒な事は俺に押し付けるな」
「期待してます」

思わず殴ってやろうかと冬月は考えるが、これもユイ君と再会する為と我慢して耐える苦労人の冬月であった。


リツコは司令室から退室すると病室のリンの元に行く。

「上手く行ったかな?」
「ええ、当面は大丈夫だと思うわ。一応、私が監督する事で話は着いたから」
「ゴメン、リツコお姉ちゃんに負担掛けちゃうね」
「そうでもないわ。
 ダミープラグの研究が頓挫したから仕事の量は減ったし、エヴァの整備マニュアルも最新版を手に入れた。
 後はあなたがダメージを最小にすればいいわ」
「その点は安心して。覚醒前のお姉ちゃん達なら足を引っ張られない限り勝てる」

自信満々に話すリンにリツコは一安心する。
リツコもサードインパクト直前までの記憶を持っているので使徒戦に不安は無いが未来は確実に変化しているから対応を誤ると何が起こるか分からないと考えて いる。

「13使徒はどうするの?」
「汎用コアがあるよ。年齢制限のない誰でもシンクロできるコアの資料を渡すね」
「そ、そんなのあるの?」
「ナオコお姉ちゃんが自分の魂をデジタル化した資料からウル姉さまが作った」
「ウル……11使徒ね」
「うん、普段は二人ともまともなんだけど……ナオコお姉ちゃんと悪ノリしては変な物を開発するマッド」
「か、母さん……恥掻かせないでよ」

自身をデジタル化する時点で危ない人だと思うが、未来では本当にマッドになっていると言われてリツコは頭を抱える。

「二人とも普段はまともなんだけど1+1が2にならないで−1になるから凄いよね」
「そ、そう(シンジくん達も苦労しているのね)」
「後、お父さん達がネルフに対する嫌がらせをするから気を付けてね」
「え? シンジくんってコアにいないの?」
「今の初号機は私の分身。私が許可しない限り、私以外の誰もシンクロ出来ないよ」
「……そう。何をするのかしら?」
「エヴァ以外に使徒を倒せる物があれば……ネルフはどうなる?」
「存在そのものが危うくなるわね……なるほど、そういう嫌がらせなのね」
「はっきり言うとお父さん、リツコお姉ちゃんが見た記憶とは性格が変化している。
 家族に対してはベタ甘だけど……それ以外の存在に関しては虫扱い」
「む、虫?」
「そう、人が蚊や蝿を殺すのに何の感情も持たないように、お父さんは敵だと判断したら躊躇いもなく……消滅させる」

リンが告げた言葉にリツコは記憶にあるシンジとは別物だと思い……薄ら寒いような気分にさせられる。

「今のお父さん、大陸一つくらい簡単に壊して海に沈めるから」
「そ、そんなに力あるの?」
「神の代行者に無理矢理させられて千年以上独りで生きてきた人。
 その精神はもう人間じゃない。
 単体で生きる生命の実を持ち、人類全ての知恵の実を取り込んだリリンの完全体にアダムとリリスを取り込んだ存在」
「…………」

リツコは絶句するしかなかった。
ゼーレの補完計画では自分達が神の座に到達するはずなのに寄り代であるシンジがその座に座ったから計画そのものが最初から失敗しているような物だったと考 える。

「つまり寄り代が頂点に立つ訳ね……老人達も勘違いしているって事か」
「不完全な資料を基にした計画なんて成功するはずがないよ。
 最初から破綻しているし、二つのインパクトが同時に発生したから更に不確定要素が混ざった訳なの」
「そうね、アダムとリリスの融合もあったわね」
「同じ事をもう一度やろうとしても成功しないと思う。あれは偶然の産物で出来た奇跡だとお姉ちゃん達は結論付けた」

偶然の産物で神に匹敵する存在が生まれたと言われてもどう答えて良いか悩む。

「それに関しては保留にするわ。考察は出来ても結果を知る事は難しいから」
「リツコお姉ちゃんが寄り代になる?」
「やめておくわ……千年の孤独って耐えられそうもないから」

自分を被験者にして試すと聞かれて、リツコは躊躇ってしまう。

「お父さん、最初の二百年は世界を終わらせた自己憎悪から破壊衝動の塊になった。
 ユーラシア大陸を焼き尽くして……最後には自分の肉体すら完全に破壊したけど死ねなかった」
「……きついわね」
「肉体の再生に百年掛かったけどその間、絶え間ない激痛が精神を何度も破壊しては再生を繰り返して鍛えられた」
「壊れなかったの?」
「元から壊れていたから……壊れては再生して肉体が再生しても精神が再建されるのに更に百年掛かった」

肉体が再生されても植物状態のままで更に百年掛かったと言われて、リツコは気の遠くなる年月を狂気に晒されたと感じて……寒気を覚えていた。

「復活した後、赤い海から人を戻そうとしたけど……誰も還って来なかった。
 原始の海は母の揺り篭だから安らぎと平穏に満ちた理想の世界。
 傷付く事も、裏切られる事もなく、誰もが安らかな眠りにつけるから、お父さんの声も無視される」
「誰も痛い思いなんてしたくないという訳ね」
「二百年、声を掛けて待ち続けたけど還らないから……お父さん、人類に見切りをつけて諦めた」
「そう……辛抱強かったのね」

自分なら二百年も待ちはしないと思うがシンジは待ち続けた。
この時点でシンジの精神は相当変容したんじゃないかとリツコは考える。

「赤い海から人類の知識を吸収する事を開始して新たな種の誕生をお父さん考えた」
「時間は掛かったの?」
「人類の英知を取り込むの大変だったみたい。取り込んだ知識を実践しながら、また取り込んでは実践。
 使えるものと使えないものを判断するのが困難で四百年以上掛かったみたい」
「それは確かに時間が掛かりそうね」

無駄な物かどうか判断する見極めは難しいだろうとリツコは考える。
時代時代に応じて技術というのは変化する物なのだ。またその時代では使えない物でも技術力の進歩で役立つ物もある。
シンジが時間が掛かったというのは当たり前の事かもしれないが気の遠くなる話でもあった。

「さあ、これからっていう時にママがディラックの海から地球に帰還したの♪」
「はい?」

さあ新しい種の誕生と期待したリツコにリンが意外な事を楽しそうに話す。

「還って来たママは地球の変わりようにビックリして……お父さんに質問して真実を知って大喧嘩♪」
「そ、それで?」
「世界の変わりように憤りを感じたママは暴走して、その元凶のお父さんに全てをぶつけて殺し合いを始めたの♪」
「そ、そう……」
「お父さん、久しぶりの会話に胸弾ませてママの相手を手加減して付き合ったの♪」

娯楽が殺し合いというとんでもない展開にリツコは呆れるというか……疲れを感じていた。

「ママもお父さんが悪くないって本当は感じていたんだけど、怒りを向ける捌け口がなかったから♪」
「まあ、そうかもしれないわね」
「傷付いては修復して戦い、傷付いては修復で休息という形で百年以上戦い続けたの♪」
「……タフな人ね」
「お父さんは感情をストレートにぶつけてくるママが嫌いじゃないからずっと相手をしていたの♪」
「千年孤独だったからかしら?」
「でも結局ね、怒りやら憎しみやら全部吐き出してしまうと泣き出してお父さんを困らせた♪」
「無様とは……言えないわね」

還ってきたら世界がなくなっていたなんて衝撃を受けるだろう。泣き崩れても仕方ないかとリツコは思う。

「泣き出したママをお父さんが慌てて慰めて……世界の再建を一緒に目指して、三年後に私が生まれたの♪」
「そう、良かったわね」

ドッと疲れが出た気分にさせられる。
何が悲しくて夫婦の馴れ初めを聞かなければならないのかとリツコは思うが、リンはとっても楽しそうに話すので否定するような事を言えば泣くんじゃないかと 思って耐える。

「その後、記憶媒体に封じ込めていたナオコお姉ちゃんを復活させて、他のお姉ちゃんを復活させたの♪
 マギ自体、使徒の身体との共生状態だから劣化も無く残っていたからね」
「使徒を復活させるのは簡単だったの?」
「お父さんの中で眠っていたから。タブリスとリリスはお父さんと同化していたから分離できないけど他の皆は出来た♪」
「タブリス……どういう事?」
「使徒は次の使徒に情報を伝達させる為に魂を二つに分けるの。
 片方は情報媒体として次の使徒に送られ参考にする。もう片方はそのまま残るの。
 だけど最後のタブリスはアダムに還るからお父さんに同化する」
「循環するという事で良いのかしら?」
「多分ね。お父さんも全部理解した訳じゃないから」

困った顔でリツコに告げるリン。

「じゃあ、お母さんは人間なの?」
「ちょっと違う。ママはシンクロ400%してエヴァと同化して生命の実を自分で取り込んで使徒化したリリン」
「それって四号機かしら?」
「大当たり♪ リツコお姉ちゃんは賢いから自分で答えを見つけるの上手だね」

リンに褒められて少し気分を持ち直すリツコ。そして自らを使徒化したという人物に会ってみたいとリツコは思う。

「会って見たいわね」
「時が来れば会えるよ。最後はここが戦場になると思うから」

量産機による侵攻を示唆するリンにリツコはその時にシンジ夫妻が来ると予測する。

「その時を楽しみにさせてもらうわ」
「一応、話しておくけど初号機にS2機関を搭載させたから」
「やっぱりそうなのね」

マヤからの報告で初号機の電力消費の異常を不審に思っていたリツコは納得する。

「ヒゲが聞いてきたら婆さんの回復に使っている事にして、弄らないようにさせて」
「ディラックの海に沈む気はないわ」
「私以外、全員死ぬ事になるから……一応機能は停止させてるし、ロックを掛けているから動かないと思うけどね」
「レイで動くと思う?」
「無理だと思う。リリス本体なら出来ると思うけど、人の形質を取り込んだ時点で能力はガタ落ちだから。
 私やママ、ナオコお姉ちゃんみたいに人の姿が基本で生まれたなら能力は変わらないけど」
「ちなみに使徒の皆さんは?」
「人の姿でお父さんが新生させたから♪」
「何故、女性なのかしら?」
「お父さん、男が嫌いだから……人であった頃、碌な男がいなくて男の顔なんて見たくなかったみたい。
 ママは周りが女性ばかりだから浮気しないか心配みたいだけど……お父さん、ママにベタ惚れ♪」
「そ、そう(つ、疲れるわね……もしかして年なのかしら?)」

ハイテンションなリンについて行けないリツコは自身が老いたという考えが浮かんで苦悩する。

「基本はポジティブシンキングが若さの秘訣だってナオコお姉ちゃんが教えてくれたよ♪」
「母さんが?」

自分が知っている母はそんな人物だったかしらとリツコが考え、生前の様子を回想しようとすると、

「一度死んで前向きに考えるようにしたんだって……くだらない男に振り回されたから今度は自分に正直に生きるって♪」
「ああ……そうなの」

ゲンドウの所為とリツコは判断する。
リツコ自身、ゲンドウにいいように振り回されているから親子揃って無様ねと言いたい気持ちにさせられる。

「シンクロテストの時にミサトに会うけど……大丈夫?」
「あの人、嫌い。人を駒扱いしそうだから」
「そうね、作戦の拒否権と立案の権限も貰えるように手配したから真っ当な作戦考えて」
「いいの♪」
「ええ、初号機を破損させて予算の無駄遣いしたくないから。
 それにシンジくんたちの嫌がらせが始まると予算の確保が難しそうになるから事前に貯めとくわ」
「じゃあ、次の使徒の身体はアンチATフィールドで分解するね。その方が解体の予算を使わずに済むから」
「研究資料がなくなるのは……まあ、今更か」
「JAUをパクったら?」
「JAU?」

聞いた事がない言葉にリツコが反芻する。

「超電導バッテリー搭載のエヴァの廉価版。
 建造費二十分の一以下で長時間の作戦行動を可能にして、ATフィールド展開可能な機体。
 だけど装甲が薄くて壊れやすい」
「そんな物作ったらゼーレが黙っていないわよ」
「餌には丁度いいでしょ。お父さんもママも戦いたいけど……無関係な人を殺すより元凶を潰すのを優先したの」
「……物騒な夫婦ね」
「そうだね。今は諸国漫遊して美味しいもの巡りしながら反ゼーレ組織に情報支援してる」
「気楽なものね……呆れるわ」
「世界を滅ぼすよりはマシだと思うよ」

リンの言葉にリツコは頭が痛くなってきた。使徒を超える存在が既に地球上に人の姿で実在しているのだ。
しかも人類など……どうでも良いと考えているフシがあるからはっきり言って怖い。

「リツコお姉ちゃんは大丈夫。私が守るから♪」
「……あ、ありがとう」

自分より年下の少女に守ると言われて嬉しいやら、恥ずかしいやら困惑する。

(わ、私、そんな趣味なかったわよね……ユリじゃないわ。ショタでもないから!!)

無邪気に微笑むリンにリツコは頬が朱に染まるのを抑えながら、必死に自分に言い聞かせていた。
この辺り、自分がちょっとヤバイ方向に進んでいるとまだ自覚していなかったリツコだった。


二日後、初号機のシンクロテストが行われようとしていた。

「これよりシンクロテストを始める」
『何、偉そうに言ってるのよ。爺さんの不始末の所為でこっちに負担が掛かっているっていうのに』

エントリープラグ内のリンがゲンドウにツッコミを入れる。スタッフは恐れ知らずの物言いに感心している。
プラグスーツはシンジの物になる予定だったスーツの材料を流用して作られたのでお揃いと言ってご満悦だった。

「リン、ムダ口叩かない」
『は〜い。でも約束だよ、これ終わったら買い物に連れて行ってくれるの』

モニター越しに上目遣いでおねだりするリンにリツコは頭痛を感じている。

「ええ、約束は守るわ」
『じゃあ、ちゃんとするから痛くしないでね』
「……それはやめなさい(か、母さん……恨むわよ)」

この子に悪影響を及ぼしているナオコに文句を言いたいとリツコは真剣に思う。元々可愛らしい女の子なのに幼さを前面に出させるという手段を教えた所為でい けない趣味に走りそうで嫌になる。
ナオコ曰く、萌えの追求だとリンはおかしそうに話していたが、スタッフに与える影響は大きい。

「か、可愛いですね」
「……マヤ、あなた、やっぱりそういう趣味だったのね」
「ち、違います!!」

特に自分の片腕のマヤは影響が顕著に出ているようだから……頭痛のタネになりそうで嫌になる。

「第一次シンクロテスト始めるわよ!」
「しゅ、主電源、全回路接続」

リツコの苛立つ声にスタッフは動揺しながらも作業は始まった。

「主電源接続開始。起動用システム作動開始」
「稼働電圧、臨界点まであと0.5、0.2……突破」
「起動システム第2段階へ移行」
「パイロット接合に入ります」
「システムフェイズ2、スタート」

滞りなく起動プロセスが進行している。この時点でゲンドウの存在は誰も気にも留めない。
シンジを取り込んだ時のようにこの少女を取り込まないか……心配しているのだ。

「オールナード・リンク、問題無し」
「チェック2550までリストクリア」
「第3次接続準備」
「2580までクリア」
「絶対境界線まであと0.9…0.8…0.7…0.6……」

読み上げられる数値と反比例して緊張が高まっていく。

「0.1……シンクロ始まりました。シンクロ率99.89%です」

400%を超えるとエヴァに飲み込まれる事を知ったスタッフは無事シンクロ出来た事に安堵する。

『ロックボルト外して、軽く動かしてみたいけど』
「司令、構いませんか?」
「許可する」

ゲンドウに訊ねると表面上は冷静にいるが内心では苛立っているとリツコは感じた。
リンがシンクロした事で、現在ユイがダメージを負っているという可能性が出てきたからだ。

「軽く動かす程度にしてね」
『了解♪』
「ではロックボルト外します」

マヤがキーボードをリズム良く叩いてコマンドを入力する。
固定具を外された初号機は3歩ほど歩くとその場で軽く屈伸運動をすると再び固定具に戻って待機状態になる。

「もういいの?」
『うん、特に問題はないよ。やっぱりお父さんを感じる事が出来るね』

シンジの遺伝子情報と記憶の一部を持っているとスタッフには通達しているから、シンジが内部で生存していると知ってスタッフはこれまた安堵している。

「このままATフィールドの展開実験に移ります」
「……問題ない」

ゲンドウにすれば、シンジがユイを独占していると思うと複雑な心境だった。
シンジを引き摺り出したいがユイの安全が確保出来ない内はそれもままならない……あのガキの言葉通りならユイは今、瀕死の状態に近いらしいから手が出せな い。

「碇、余計な事をするなよ」
「……分かっている」

隣で見学している冬月がゲンドウの様子から注意する。

「レイが回復次第シンクロテストをする。真実はその時に明らかになるだろう……今は我慢しろ」

初号機がレイとシンクロしなければ、当面はシンジをサルベージしても……ユイの死体が出る可能性が高い。

(赤木君あたりは喜びそうかもな)

ゲンドウとリツコの関係は何となく気付いている。
リツコが暗い感情でサルベージを成功させないように気をつける必要があるかと冬月は考えている。

『婆さん、瀕死みたい……いい気味ね』
「リン!!」
『ゴメン、余計なこと言った』

リンの言葉に隣にいるゲンドウの身体が一瞬ぶれた。

(あの少女は明らかに碇を嫌っている……全く面倒な事を押し付けおって)

明らかにゲンドウに対する嫌がらせだと冬月は思う。
精神的に幼い子供が残虐な行為を平気で行う事はあるから慎重な対応が必要だと考える。ゲンドウに対する嫌がらせでユイ君を傷付けられるのは堪ったものでは ない。
ちなみに冬月はゲンドウなら幾らでも弄んでも構わないと考えている。

「あの少女は明らかにお前を嫌っている……不愉快な思いをさせて腹いせにユイ君に攻撃されたら全てご破算だぞ」
「……問題ない」

この男の"問題ない"は当てにならんと冬月はこの頃は思うようになっている。

「レイに関しても不用意に何もするなよ……我々の知らない方法でリリスは監視しているようだぞ」
「まだ事実と決まっていない」
「……事実ならユイ君は還って来る事なく、消滅だな。
 お前がそれを望むなら好きにすればいい……ユイ君と再会できないのは残念ではあるが」
「冬月、俺を裏切るのか?」
「今は余計な事をするなと注意しているだけだ。
 二週間後に全てとまでは行かんがある程度の目処がつく……それから行動すればよかろう。
 十年掛けてここまで来たのに失敗では報われんぞ」
「……そうだな」

この男の拘りが全てを台無しにしようとしている気にさせられる。冬月は慎重に見極めて動く事にした。
ちなみに葛城ミサトはこの実験に立ち合わせていない。サキエルの残骸の回収の責任者にしている。

(赤木君の忠告は正解だったな。碇がいれば絶対にあの子は不用意な言葉を言う……か、見事だ。
 だが、今後の作戦には非常に不安だがね)

リツコの懸念は正しく、ミサトを外しておいて正解だったと冬月は思っていた。
この日、実験は無事終了し、サードダッシュチルドレン――赤木リンとして彼女は登録された。


「ところでマヤ……あなた、何故ここに?」
「半休取って、リンちゃんの買い物に付き合おうと思ったんですが……ほら、女の子の荷物って多くなりますから」
「……そう、下心があるのなら帰っていいわよ」
「せ、せんぱ〜い」

態々仕事を休んでまで買い物に付き合うというマヤをリツコは危ない人物を見る目つきで見ている。
とりあえず、リンが通う第一中学の制服を着せてデパートにリツコは連れて来ていた。
見るもの全てが珍しいのか、リンは楽しそうに見つめてる。

「リンちゃん、リンちゃん、アイスクリーム食べる?」
「えっ? いいの、マヤお姉ちゃん?」
「ええ、お姉さんが奢ってあげるわ」

お姉さんぶってリンに良い所を見せようとしているマヤだが、傍で見ていると甘え上手な妹に滅法弱い姉に見えてしまう。
見た目を見る限り童顔の所為か……あまり年が離れていないように見える。

「ねえねえ、リツコお姉ちゃん♪ ゴスロリ服ってどんなの?」
「はい?」

とんでもない言葉を聞いたように思えて聞き返すリツコ。

「あら♪ リンちゃん、着たいの?」
「ナオコお姉ちゃんが似合うから着てみなさいって言うんだよ」
「そうね、ナオコお姉さんが誰かは知らないけど……良い目をしてるとお姉さんも思うわ」
(か、母さん!)

スタッフの一人が言ったんだとマヤは勘違いしたようだが、リツコは母ナオコの言動に困惑している。
リツコはナオコが復活したら絶対に文句を言おうと決意する。

「じゃあ、見に行きましょうね♪」
「ダメよ、マヤ。まずは下着から買いに行くわよ」
「下着って言うと……黒のガーターベルト?」
「リンちゃん、スタイル良さそうだから似合いそうね♪」
(母さん……ぶっ飛ばす!!)

この場に居ないナオコに殺意が湧いてくる。どうして母さんは変な事ばかり教えたのだろうかと考える。
しかもマヤは完全に乗り気になって、暴走気味になっている。
なんとか無難な下着を選ばせてマヤの暴走を抑えたリツコだが、リンがゴスロリ服を着た姿にお持ち帰りしたくなった事実に強烈な衝撃を受けた事は絶対に秘密 だと心に誓った。

「わぁ〜〜〜天使みたいですね、先輩」
「そ、そうかしら(ち、違うわよ! 私は絶対にそんな趣味じゃないんだから!!)」
「リツコお姉ちゃん……似合わなかった?」

上目遣いで涙目で聞くリンにリツコはいつものポーカーフェイスを外して慌てている。

「そ、そんな事ないわよ! と、とっても似合っているから!」
「そ、そうですよ。だから泣かないでね、リンちゃん」

側で見ている店員は思う。

(お姉ちゃんって言ってるけど、どう見ても母親にしか見えないわね。
 もしかして義理の母親で姉と言わせて、懐いてくれている娘を可愛がっているのかしら?)

リツコが聞けば大激怒しそうな結論に達して、ほのぼのとした親子のスキンシップの様子を見守っていた。

(まあ、あんな美少女の娘がいれば可愛がりたくもなるか)

店員から見れば、リツコは娘の様子に一喜一憂する母親のように見えた。

この日、リツコはとてつもなく疲労感に襲われて、リンと一緒に自宅に帰った。
マヤはリンの私服姿をたくさん見られて満足して仕事に戻った。

……もしかしたらリツコの口から「ロジックじゃないの! 時代は萌えよ!」という意見が出るのは近いかもしれない。










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EFFです。

マヤさん、壊れ気味でリツコさんもピンチみたいです(爆)
リツコさんはどうしても理性で動こうとしながら、結構熱くなるタイプで賭け事には向いていないタイプに見えます。
お茶目な母親のおかげで怪しい趣味に目覚めそうで困っているようです。
一部の人はこのSSをLAS、もしくはLRSと思ったみたいですが……捻くれでへそ曲がりなEFFは甘くはないんです。
ものの見事に外してますから……さてどうなる事やら?

それでは次回もサービス、サービスで♪

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