「コ、コンボ、ライジングニーやと!?」

鈴原トウジは目の中に星が浮かぶ光景を見ながら教室の床に沈んだ。

「す、鈴原!?」

クラスの委員長で鈴原トウジに恋する乙女――洞木ヒカリは慌てて叫んでいるが他の女子は冷ややかに見つめている。
男子生徒はというと、

「鈴原、お前が悪い」
「な、なんてうらやま……いや、恐れ多い事を」
「トウジ……通夜の写真は撮ってないから自分で用意しろよ」

などと鈴原トウジの行為を非難している。
「ち、遅刻や〜〜、勘弁したって〜〜〜」など叫んで教室に駆け込み、教師が紹介しようとしたリンにぶつかって押し倒した挙句に胸に触るという暴挙をトウジ はやってのけた。
当然、リンは家族に教わった攻撃方法の一つを選択してトウジを教室の床に沈めただけ。

「先生、追撃でダウン攻撃していいですか?」
「……その前に自己紹介をお願いします」

事なかれ主義ではないが、これも一つのイベントと判断したのか、老教師は落ち着いた様子で自己紹介を促す。


RETURN to ANGEL
EPISODE:4 狂いだす歯車
著 EFF


「赤木リンと言います。
 両親が仕事の都合で諸国漫遊のラブラブ旅行に出たので、知り合いのお姉さんの元に引っ越してきました。
 私の願いとしては弟か、妹を期待してますので次に会う時を楽しみにしています♪
 好きなものは良く分かりませんが、嫌いなものは今はっきりと分かりました。
 いきなり人の胸に触る変態黒ジャージです」

ダウン中のトウジがヘロヘロな口調で文句を言う。

「ワ、ワイは変態やないで……」
「いいえ、あなたは紛れもなく変態よ。
 いきなり女性に抱きついて猥褻行為を行う……これを変態と言わずして何を変態というのかしら」

リンの意見に女子はウンウンと頷き納得している。
男子は"鈴原〜羨ましいぞ!"という視線で睨んでいる。

「す、好きでしたんとちゃうわ」
「つまり誰でも良かったというのね……やはり変態ね」
「せやから……じ、事故なんや」
「前方不注意でぶつかって謝りもせずに、人の胸を揉むのが事故というのね……言い訳するなんて男らしくないわね」
「…………」

男らしくないと言われてトウジも流石に自分の方に非があると感じて、沈黙する。

「元はと言えば、あなたが遅刻するから悪いんでしょう。時間も満足に守れずに人に迷惑掛けて謝罪もしないなんて屑ね」
「な、なんやと!」

バカにされてトウジも頭に血が昇り、ファイティングポーズを構える。
それを見たリンはかかって来なさいとジェスチャーと呆れた視線を向けて一言告げる。

「あら、やる気……そう、殺してあげるわ。
 お姉ちゃんが言ってたわ「変態を一匹見つけたら、三十匹はいるから即座に殲滅しておきなさい」って」
「ワ、ワイはゴキブリやないで!」
「変態とゴキブリは同じようなもの……うっとおしいから即時殲滅が基本よ」

トウジが拳を振り上げて殴りかかると女子の中から悲鳴が出る。
転校生が殴られると思った男子生徒は次の瞬間、驚きで止めようと立ち上がったまま硬直した。
トウジの拳の勢いを利用して腕を掴んで背負い投げた。
教室の床に叩きつけられたトウジは息が詰まって動きを止めたが、リンは動きを止めずに右膝を鳩尾に当てて全体の動きを封じて、左手でトウジの喉を掴んで一 言。

「終わりよ……これ以上戦うというなら喉を潰して楽にさせてあげるわ」
「グ……グァ、ガハァ……」
「す、鈴原!?」
「ト、トウジっ!?」

喉を押さえられて呼吸困難に陥りかけるトウジにヒカリとケンスケが叫ぶ。
慌てて止めようとする男子だったが、リンの醸し出す殺気に近付けずにいる。
このまま、行けばトウジがヤバイと感じても近づけない。

「……遅れました」

場の雰囲気を無視するように綾波レイが教室に何事もなく入ってきた。
殺気を消して、トウジから距離を取りレイを見つめて呟くリン。

「怪我、治してもらったんだ」

包帯を巻いていない姿のレイを見て呟く。
トウジは喘ぎながら二人から距離と取り、警戒するような目で見つめている。
レイも同じようにリンを見つめて、不思議そうにしている。自分の記憶が正しければ、今日は碇君が転校する筈だったのに別の人物が自分の前に居るのだ。

「あなた……誰?」
「赤木リン……サードダッシュチルドレン、エヴァ初号機パイロット」
「違うわ……碇君が初号機のパイロットよ」
「碇シンジはコアに取り込まれたわ」
「どうして?」
「ヒゲが余計な事をしたからよ」
「……そう。何故ここに?」
「ヒゲの味方に答える気はないわ」
「私はヒゲの味方じゃない」
「どうでもいいわ」
「あの人は誰?」

自分に傷を治し、予備体の魂を移殖する人物にどこか似ていると思い尋ねる。

「答えは自分で調べなさい」
「答えて」
「嫌よ、人形に答える気はないわ」
「私は人形じゃない」
「考え、行動して、責任を取る。それが人間よ」
「同じ事言うのね」
「当然でしょ。私はヒトだから」
「あなたはどこか似てるわね」
「碇シンジに?」
「それもある」
「携帯貸して」
「何故?」
「その携帯は発信機と盗聴器が付いてるわ」

クラスメイトはリンと綾波レイの会話が成立している事に驚いていた。
綾波レイは自分から話しかける事は今までなかったのに、転校生のリンとはあっさりと会話をしていた。
断片みたいな言い方でまともな話にならないはずなのに成立している事にも驚く。

「一つ言っておくわ。私は碇シンジの意思に逆らうものは敵と見なすわ。
 あなたが何をしたいのかは知らないけど、邪魔をするなら……望みどおり無に帰すわ」

ハッタリじゃないとクラスメイトはレイに殺気を浴びせるリンを見て直感する。

「……携帯」

何事もなく、携帯をリンに渡すレイにクラスメイトは感心している。
受け取った携帯を掴むと直にレイに返す。

「もういらないわ」
「何をしたの?」
「ちょっとした手品よ」
「……そう」
「安心しなさい……壊してないわ。
 先生、席は何処でもいいですね?」

「ええ、構いませんよ」

落ち着いた様子で何事もなかったかのように話す老教師にクラスメイトは脱力している。

「鈴原トウジ」
「な、なんや?」

呼吸困難から回復したトウジが少しビビった様子で聞く。側にはヒカリがトウジを支えるようにしている。
それなりに喧嘩が強いと思っていた自分をあっさりと押さえ込み、窒息死させかけるリンに腰が引けるのは仕方ないとクラスメイトは考えてしまう。

「二度目はないわ……私はあなたが嫌いになった。
 初めて会うけど、あなたが憎くて……殺したいと思ってる」
「な、なんでや?」
「聞いても理解できないし、教える気もない。
 だけど覚えておきなさい……私はあなたを敵として認識したから、刃向かうなら容赦はしないわ」

凍りつくような冷たい殺意を浴びせられてトウジは動けなかった。
トウジにとってリンの言葉は全然理解できない。謂れのない殺意をぶつけられたとしかトウジには言い様がなかった。
リンはクラスメイトの視線を無視して空いている席に座る。

「何故、鈴原君を憎むの?」
「あなたはその答えを知っているわ……還ってきたんでしょ」
「分からないわ」
「そうね……今のあなたでは理解できないわ」
「何故?」
「心が未成熟なのよ」
「心?」
「人になりたいなら感じる事から始めなさい。必要ならレクチャーしてあげるわ」

クラスメイト達は二人の会話を聞いても理解出来ない。
何故ならリンが怒っていた理由は前回鈴原トウジが父親を八つ当たりで殴った事が原因だったからだ。
自分が妹の眼を離さずに保護していれば怪我をする事がなかったのに、シンジの所為にして八つ当たりして殴るなど……お父さんが大好きなリンには許しがたい 行為だったから。
何か異質なものがクラスに入り込んで来たんじゃないかとレイを除くクラスの全員が感じた瞬間だった。

ちなみにレイの携帯の盗聴器だけが破壊され保安部は新しい盗聴器を用意するが、その度にリンに破壊される。
この事を保安部からの嘆願と、リンからの事情聴取をした冬月はセカンドチルドレンの携帯には盗聴器をつけない指示した事は当然の結果だった。
冬月はリンを刺激させて、ユイ君を失いたいのかとゲンドウに詰めよるが……その意見は無視された。
ゲンドウにとって理解できない存在をそのまま放置する事は出来ないのだ。
そして、リンがゲンドウに「婆さん、殺すわよ」という脅しを受けるまで盗聴器を付けては破壊されるというイタチゴッコが続いたのは言うまでもなかった。
予算の無駄遣いをさせるなとゲンドウに再び詰め寄ったのは当たり前の結果だった。


二日後、綾波レイの初号機シンクロテストが行われる事になった。

何故か、傷が殆んど治療されている事に医療スタッフは頭を抱えていた。現代医学では少なくとも二週間は回復に時間が掛かると考えていたのに急速に治癒して いるのだ。理由を知りたくて再検査をお願いしたかったがゲンドウはシンクロテストを前倒しにさせたい為に拒否した。シンクロテスト後の検査も拒否され、医 療スタッフの不満はあった。
代わりにリンの検査をと考えた研究員が居たが、その人物はリンによって……他の研究員の目の前で殴り飛ばされた。
倒れた研究員から流れ出す血が床に広がる光景を見ながらリンは告げる。

「言っておくけど……売られた喧嘩は高く買うわよ」

目の前で研究員の惨劇を見せられて……全員が死を覚悟した時、慌ててやって来たリツコがとりなして事なきを得た。
相手がただの少女ではないと本当に理解して医療スタッフはリンとの接触を嫌がり、リツコが担当する事になるとレイの事も同時に担当するとゲンドウに許可を 求めた。
ゲンドウとしても研究者の余計な介入を嫌い、担当を任せる事にした。
リツコはユイの事を吹っ切れた所為でレイに対しても蟠りは無くなっているから、二人の関係は良好なものに変わり始めている。
現在、レイはリツコのマンションでリンとリツコの三人で生活している。幸いにもリンが炊事洗濯の家事の全てが出来るようにシンジから教育を受けていたので レイの食生活は向上していた。
ちなみにリン曰く「お父さんはすっごく強くなったけどマメな所は変わらなかった」とリツコに話している。

「レイ、聞こえる?」
『はい』
「シンクロテストを始めるけど大丈夫ね」
『問題ありません』
「これより、初号機の起動実験を行います」

リツコの実験開始を告げる声と共にスタッフが動き出す。
この場にはゲンドウと冬月も立会い、リンも二人から離れた場所でテストの様子を見ている。

「主電源、全回路接続」
「主電源接続開始。起動用システム作動開始」
「稼働電圧、臨界点まであと0.5、0.2……突破」
「起動システム第2段階へ移行します」
「パイロット接合に入ります」
「システムフェイズ2に入ります」

滞りなく起動プロセスが進められていく。慎重に進めていくテストに今日は立ち会っている葛城ミサトもリツコに軽口を叩く事は出来なかった。

「オールナードリンク、問題ありません」
「チェック2550までリストクリア」
「第3次接続準備」
「2580までクリア」
「絶対境界線まであと0.6……0.5…0.4、0.3」

読み上げられる数値と反比例して緊張が高まっていく。

「……0.2…0.1……シンクロ率――駄目です、初号機起動しません!」
「何%かしら?」
「そ、それが3.67%なんです」
「そ、そうなの」

あちこちから呻き声が上がる。
リツコは落胆の色を見せる事は無いが、ゲンドウと冬月は憮然としている。
レイが初号機を起動させることが出来ないという事は現在の初号機の制御はシンジが行っている証明になる。
二人ともリンの言葉の正しさを証明された事によってユイの安否が気懸かりになる。

「言ったでしょう。お父さんがコアになっているって」

二人の側に近付いて来たリンが他のスタッフには聞こえないように告げる。

「それでどうするの? ふざけた真似をしないなら婆さんが回復した暁には取り出すわよ」
「協力してくれるのかね?」
「婆さんはアンタを嫌っているみたいだから、嫌がらせには丁度いいでしょう。
 私も初号機に婆さんなんて異物は要らないから、都合がいいでしょう」
「なんだと」
「しつこい人は嫌いなんだって、お父さん経由で聞いたの」

リンの言葉にゲンドウが愕然としている。冬月は何処か楽しそうに聞いていた。

「私の言う事を何でも聞いてくれる可愛い人なんだけど……お父さんへの仕打ちを聞いて幻滅したらしいの」
「…………」

リンの言葉にゲンドウは憮然としている。冬月は自業自得だと思いながら二人から顔を背けて笑みを押し殺している。

「冬月も嫌いになっているみたい……爺さんを抑えなかったから失望したみたい。
 好奇心ばかり優先してリリスからレイの扱いを聞いて……ちょっとショックだったみたい」
「そ、そうなのかね?」
「結構、親身に相談に乗ってくれたのに土壇場で裏切られた気がするって」
「…………」

これには冬月も複雑な思いでいる。自身の探究心が仇になったかと少し後悔している様子だった。


シンクロテストは失敗したが暴走が起きる事は無かった為か、管制室に安堵の空気が流れている。

「レイ、あがっていいわ。後はこっちの仕事だから着替えて休みなさい」
『……了解』
「いいの、リツコ?」

葛城ミサトがリツコに聞いてくる。レイが初号機を使えない以上は必然的にリンが初号機を操縦する事になる。
曰く付きの機体に、これまた曰く付きの人物を乗せるのは正直、気が進まないようだった。

「あの子……人間なの?」
「ミサト、そういう話は場所を考えて聞きなさい」
「そ、そりはそうなんだけど……」

エヴァが人造使徒という事を知ったミサトはそのエヴァから現れたリンを快く思っていない。
もしかしたら使徒なんじゃないかと疑っていると同時に使徒が人とコミュニケーションが取れる存在だと知って困っている。
使徒を父親の仇と思っているミサトにとって使徒に近しい存在のリンと上手く向き合える自信がない。

「零号機の凍結っていつ解除されるの?」
「レイが初号機とシンクロ出来ないって判ったから、早急に硬化ペークライトを除去するわ」
「うっし、なら安心ね」
「何、言っているの。零号機は試作機だから戦闘用に装甲とかの変更を早急にするから、当分は動かせないわよ」
「なっ、なんでよ!?」

零号機を使って、使徒殲滅をしようと考えていたミサトはいきなり、リツコからダメ出しを喰らって叫ぶ。

「呆れた……また書類読んでなかったのね」
「え、えっと……タハハ……ゴミン」

リンから過去の記憶を見せてもらったリツコはリンと相談の上で零号機の改修を前倒しにする事をゲンドウ達に相談した。
ゲンドウ達もいずれ改修しなければならない事も承知しているのでリツコの提案に賛成する。リツコ自身も前回の記憶から効率良い改修プランを作成できたので 第5使徒戦に間に合うようにスケジュールを組んでいた。

「リツコお姉ちゃん、ペークライトの除去手伝おうか?
 私がやれば……予算浮くよ」
「お願いするわ」
「じゃあ、人払いよろしくね」

ゲンドウ達との会話に飽きたのか、リンが二人の元に来て話しかける。

「ちょ、ちょっとリツコ!」
「何よ?」
「こんなのに零号機を触らせるわけ」

ミサトが慌ててリツコに話しかける。
ミサトにすれば、自分の手駒である零号機を使徒もどきのリンに触られるのが嫌なのだ。使えないようにされるんじゃないかと疑惑の目でリンを見つめる。

「予算が浮くからありがたいんだけど」
「だ、だからって、こんなのにアタシの零号機を……」
「零号機はレイのものよ。オバサンのものじゃないわ」
「なんですって―――!!」

リンにオバサンと言われて、ミサトが噴火する。まだ30になっていないのにオバサン呼ばわりされて憤慨している。

「炊事洗濯、家事が一切出来ない人でビールばっかり飲んで、仕事も碌にせず、人をからかう事ばかりしている。
 しかもゴシップ好きで、そんな人をオバサンと呼ばずに誰をオバサンというのかしら?」

ミサトの叫びにスタッフ全員が注目する中でリンが自身の考えを口に出す。
中年女の定義らしいものを聞いた気がするスタッフはミサトの行状と重ね合わせて納得していた。

「そうね、確かにオバサン臭いかもね」
「リ、リツコ―――っ!!」
「一応、技術部としては通達事項はきちんと読んで貰わないと困るのよ」
「そ、そりは……」
「ちなみにシンクロ率の上昇下降によるエヴァの機動性とパイロットの安全性について知っている?」
「へ? ただ上がれば良いだけじゃないの?」
「呆れた……全然、書類読んでいないのね」

対第4使徒での伏線として聞いたリンの質問にミサトは自身が書類仕事を疎かにしている事を周囲のスタッフに露呈する。
リンの質問の意図に気付いたリツコはミサトに注意を促す。

「あのね、ミサト。あなた自分の仕事くらいきちんとしなさいよ。
 シンクロ率はね、上昇する事が良いとは限らないの。
 上がると同時にエヴァとの親和性も上がるからエヴァがダメージを負うとパイロットにもダメージが返る可能性があるの」
「そ、そうなの」
「上がれば機動性も上がるけど、下がればまともに動く事も出来なくなるのよ。
 そしてエヴァが一人乗りなのもシンクロ率に関係しているの。
 血の繋がった兄弟や双子なら問題はないかもしれないけど、他人を乗せるとエヴァが異物として判断するわ。
 当然、異物とはシンクロしないからシンクロ率が低下して動けなくなる事もあるわ」
「書類読んでいたら、知っていて当然の事だけどね」

リツコの説明の後にリンの冷ややかな声が続く。スタッフもミサトの勤務態度の不真面目さに呆れている。

「ど、ど忘れしただけよ」
「まあ、本番で忘れなければ構わないわ」
「リ、リツコ〜〜〜」
「ところでパレットライフルの銃弾の変更って終わったの?」
「ええ、無事に完了したわ。ついでにUN軍にも劣化ウラン弾の使用は禁止させるように通達を出した」
「流石ね、いい仕事してるわ」
「ありがとう、あなたくらいよ。言ってくれるのわ」
「わ、私も先輩が頑張っている事は知っています!」
「ありがとう、マヤ」
「…………」

迂闊に口を出すと藪蛇になるような気がしてミサトは黙っている。

「ところでミサトオバサン、シェルターの管理って作戦部よね」
「……オバサンをやめてくれたら教えるわ」
「じゃあ、聞かない。別に作戦部の仕事はきちっと出来ていると思うから」
「そ、そう(このクソガキは〜〜絶対信じてないわね)」

人をオバサン呼ばわりするリンにミサトは不愉快だと言わんばかりに睨みつけている。

「一つ言っておくわ。戦闘中はアタシの指示に従いなさい……良いわね」

自分の手で使徒を倒すという目的がミサトの存在意義のようなものなのだ。この際、使えるものは何でも使うと割り切ってリンを命令通りに動かそうと考える。

「正当な指示ならば従うけど、不当な命令は拒否するわ」
「なんですって―――っ!!」
「当然でしょう。特攻しろなんて言われて「はい、そうですか」なんて言うほど私はバカじゃないわ。
 あなたがきちんとした作戦指揮をすれば問題ないはずだけど……違って?」
「そ、そんな事しないわよ!」

見透かされるような言い方にミサトは即座に否定する。
ミサトの考え方に損害を最少にするという項目はなく、世界を救うという名目を掲げて戦うんだから文句を言うなが基本である。

「出たとこ任せなんていうお粗末な作戦をしない事を期待してるわ」
「当然よ! パーペキな作戦を立案するから期待しなさい」

売り言葉に買い言葉と言うようにリンの声にミサトは反応する。

「言質は取らせてもらったわ。今度の戦いで「とりあえず攻撃して、その間に考える」なんて言うなら勝手に動くから」
「そ、そりは〜〜ちょっと……」
「威力偵察すれば問題ないでしょう。それとも、いきなり決戦兵器のエヴァを投入しようとでも言うのかしら?」
「…………」

リンの指摘にその心算だったミサトは黙り込む。
二人の会話を聞いていたスタッフ一同はミサトの作戦指揮に一抹の不安を覚えた。

「で、リツコお姉ちゃん。使徒の解体だけど、どうする?」
「何かするのかしら?」
「解体の予算を浮かせたいなら、必要な部分を残して他は初号機で分解させるわ」
「出来るの?」
「テストで第3使徒の残りを分解しても良いよ」
「そうね。予算が浮くのはありがたいわね」
「アンチATフィールドのデーター欲しくない?」
「……欲しいわね」
「決まりね。じゃあ次のシンクロテストの時に初号機を使いましょう」
「初号機の前に残骸を運べば良いのね」
「うん、LCLに分解させるから」
「了解、じゃあそのLCLも採取して研究用に使わせて貰うわ」
「じゃあ先輩、三日後のシンクロテストに間に合うように準備しますね」
「そうね。それでいいわ、マヤ」


リン達の会話を聞いていたゲンドウと冬月の二人は他のスタッフに聞かれないように小声で話している。

「良いのか、碇?」
「予算を浮かせるなら構わん」

エヴァが人造使徒である事を上級職の職員には通達している。
そして、其処から出現したリンの正体を気に病む者もいるが……ゲンドウは気にしていない。
いざとなれば……事故死で済ますと考えているのだ。
寧ろ、リンが使徒に近い存在で排斥しようという感情を出して暴発するのも有りだと考えている。

「確かにな。ただでさえ金食い虫と委員会からは小言を言われているからな。
 ところで葛城君はどうする? 正直、不安なんだが」
「サードダッシュに任せる」
「零号機の改修を急がせるか?」
「ああ」

初号機ではなく零号機を使って使徒戦を行い、ユイを取り戻すという考えがゲンドウにはある。
回復次第サルベージして、リツコ、シンジ、リン、レイを始末する事も考えているのだ。

「ユイ君に知られているから……上手い言い訳を考えんとな」
「それこそ重要だ」
「赤木君にレイとリンを任せて負担が大きくならないか?」
「問題ない。ダミープラグの研究が頓挫した」
「負担は減ったと見るべきか。レイの事はどうする」
「ユイが戻れば不要だ」
「それもそうだな。では、当面は初号機の損傷を抑える事を第一に考えるか?」
「ああ」

二人にとってユイが帰るなら補完計画を強行する理由がない。
逆にこのまま補完計画が進むとユイとの再会が出来なく可能性もあるから困る。
指示に従いながら、いざとなれば責任をゼーレに押し付けて頬被りしようかと二人は思っていた。


まあ、そんなこんなでリンの日常生活はそれなりに楽しいものになっている。
ネルフではミサトのように警戒心丸出しで近付くものには容赦はないが、リツコのように割り切って付き合う者にはちゃんと接しているし、仕事にも協力的であ るから関係は良好なものと言える。
学校生活に関しては最初の事件の所為でクラスメイトから敬遠される事になったが、リン自身は特に気にしていない。
主に図書室で本を借りて読む事を中心に毎日を楽しんでいる。未来では本というものは千年の時間に風化されてボロボロになり、電子書類のような物しかなかっ た為に珍しさもあり、本を読む楽しみに目覚めたようであった。

「そろそろ、来るけどいいの?」
「そうね、もうそんな時期ね」
「零号機は動かせないわ」
「五番目までに間に合えば良いわよ」
「そう……私の出番はないのね」
「まあ、その分、楽にしてれば良いじゃない」
「それもそうね」
「今日のお弁当は期待してもいいわよ」
「お弁当……いいわね」
「食事は最大の娯楽よ♪」
「そうなの?」
「昔から衣、食、住と言うわ。人生の三分の一は美味しい物を食べる事に意義があると思う」
「……そんなの知らない」
「アンタ、ヒゲに騙されているのよ」
「……そうね」
「美味しいもの食べるの嫌い?」
「嫌いじゃない……そう、これが怒りなのね」

リンの作るお弁当を食べるのは嫌いじゃないとレイは思う。そして、食べるという行為を教えなかったゲンドウに不快感をレイは感じている(リンによる餌付 け?)
こうしてレイのゲンドウに対する感情は更に下降線を辿る。
クラスメイトは二人の会話を聞いて、よく成立しているなと感心している。
リンが危険人物かと転校当初は思っていたが、実際には理不尽な事は最初だけで後は自分達と何も変わらなかった。
トウジに関しては最初の出来事が出来事だけに女子の大半は自業自得と考えている。
男子はというとレイと会話出来る人物であり、迂闊に近寄ると危険だが遠目に見るだけでも目の保養になると思い……距離を取って熱い視線を送っている。

「う、うう〜〜聞きたい事が山のようにあるのに〜〜」

相田ケンスケはリンとレイがネルフの決戦兵器のパイロットと知って、聞きたい事が山のようにあるのに聞けずにいる状況に苦悶していた。迂闊に近付いてトウ ジのような目に遭いたくないからリンに近づけない。
何故か、リンは隠し撮りしようとしても失敗する。シャッターチャンスと思って写してもファインダーの中から外れている事が多い。写った場合もさり気なく上 げられた手で顔を隠したり、横顔が後頭部になって売れない写真になってしまう。

「おっかしいよな〜〜。なんで隠し撮りが出来ないんだよ〜〜」

などと、ぼやいていた時にリンから「ふざけた事してると殺すわよ」と告げられて脱兎の如く逃げ出した。
以来、リンの側に近付けず、隠し撮りもままならない日々が続いていた。

「レイは、肉ダメなのね」
「ええ、ダメなの」
「まあ、最初に食べたのがレアステーキなら仕方ないか」
「おかしいの?」
「生に近いから普通の人でも遠慮するっていう話だって」
「そう、これがトラウマなの?」
「多分ね」
「リンにはないの?」
「肉は食べていない。大きな家庭菜園で作った自家製がメインだった。
 だから肉とか魚は珍しくて食べてみたいって思う」

二人はベジタリアンかと男子生徒達は考えている。
女子は女子で食生活が貧困だったのかしらと考える。
どう聞いても普通の生活を二人は送っていないと感じるのだ。
そして、その違いが違和感として出てしまうのかもと想像する。
リンは最初こそ怖い雰囲気だったが、怒らせなければ普通だと徐々に理解していたのだ。

「時間だけは沢山あったからお父さんが自家製で味噌とか醤油とかの調味料も自分で作るの♪」
「そう、面白いの?」
「何かを作るっていうのは娯楽でもあるから、今度一緒に料理でもしようか?」
「そうね」

窓際に座って仲良く食事をするレイとリン。
迂闊に近付くと危険だと承知していてもケンスケは自分の欲望を優先した……その行為が破滅への片道切符だと知らずに。

「な、なあ、赤木さん」
「なにか用?」
「綾波さんと赤木さんはネルフの決戦兵器のパイロットだよね」

「このミリタリーオタクが!」と男子は思い、もっと他の事を聞けよと叫びたかった。
女子もケンスケがリンの逆鱗に触れるだろうと思うといい気味かと考える。
ケンスケの隠し撮りには女子の一部から苦情が出ているから、一度痛い目を見ればいいと思っているのだ。

「だから、何? 相田は殺し合いに興味があるわけ……度し難いわね」
「そ、そういう言い方はないだろ。人類を救うカッコイイ仕事じゃないか」
「一面を見ればそうね。
 でも……やっている事はただの生存競争でどちらかが死ぬまで戦うだけの殺し合いでゲームじゃないわよ」
「そうね」

揶揄するように話すリンにレイも同意する。

「まさか戦争にロマンがあるとでも言うの……バカバカしい。相田は戦争を美化するバカ?」
「そ、そんな言い方はないだろ!」

バカにされたと思うケンスケは声を大にして叫ぶ。
それを聞いたリンは拳銃を持ち出して、その銃口をケンスケの額に当てる。

「な、なにを?!」
「これ、本物よ。護身用に借りたんだけど丁度試射したかったの」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「自分のしている行為が自覚できないバカは死んでくれると助かるわ」
「どういう意味だよ?」
「背後関係はないと思うけど、一歩間違えばスパイ行為で取調べを受ける事になるわ。
 当然、相田の両親もその対象になるわ……アンタがしている行為は家族も巻き込むヤバイ事なのよ」
「そ、そんな訳ないだろう!」
「何の為にネルフに諜報部があると思ってんのよ。
 人間の敵は同じ人類だから備えがあるの……覚悟は決めた?
 あんまり待たせるのも趣味じゃないし、死ぬには丁度いい日和よ」
「う、うわっ、や、止めろよ」

まるで優しく諭すように話しリンにケンスケは本気だと思って教室の床を転がるようにして逃げる。

「無様ね……死ぬ覚悟も出来ないくせに戦争がしたいなんて、アンタみたいな臆病者は戦争ゴッコでもして満足すれば」

蔑むように嘲笑ってリンは拳銃をしまうとレイに告げる。

「そろそろ行きましょう……来たわ」
「そうね。確か……今日ね」

レイの携帯の着信音が鳴り出して、レイが確認する。

「緊急招集よ「先に行くわ、かな」……」
「どうしてそういうことを言うの?」
「ゴメン、セリフ盗っちゃった。ゴメン、ゴメン、代わりに明日はレイの好きなおかずでお弁当作るわ」
「……ならいいわ」
「レイも自分の欲望に忠実になってきたわね」
「……悪い?」
「何が善くて、何が悪いかの判断はこれから覚えていけば良いわよ。
 まずは失敗しても良いから動いて、次に活かせば良いんじゃない」
「……失敗なの?」
「最初から上手く行くなんて思わないわ。
 人は失敗を繰り返して成長する生物で、同じミスをしない人が優れているだけ」
「……そう」
「私だって最初から成功したわけじゃないのよ。
 料理だって最初は消し炭だったから」
「なぜ?」
「……火力のミスよ」
「そう、火力は重要なのね」

思い出したくないと言った様子でリンがレイに失敗談を告げながら教室を一緒に出て行く。

「ケンスケ、ワイが言うのもなんやが……あの女には近づかん方がええで」
「ほ、ほっといてくれよ!」

手を差し伸べるトウジの手を振り払ってケンスケは立ち上がる。

「まあ、ケンスケが構わんちゅうのならこれ以上は言わんが……地雷を踏んだら」
「うるさい!」

ケンスケはトウジの忠告を聞かずに教室を出て行くと同時にサイレンの音が第一中学に鳴り響く。

「鈴原、行こうぜ」

男子生徒の一人が避難警報を聞いてシェルターに行こうとトウジに話す。

「そうやな」
「相田もバカじゃないだろ……避難するさ」
「いや、ケンスケはアホやから」
「お前も結構お人好しだな。赤木さんが言ってたろ「危ないから来るな」って」

口は悪いがリンの言っていた事はそういう意味だと男子生徒は思っている。

「そうそう、鈴原も最初にあんな事しなけりゃ酷い事に遭わなかったと思うぞ」
「あ、あれは事故やって」

他の男子生徒のからかう声に慌てて反論するトウジ。

「でも、謝らなかったのは不味いぞ」
「そうだぞ。我らが姫の胸に触った不届き者だからな」
「な、なんやねん?」
「いや、遠目から見ているだけでも目の保養にはなる」
「まったくだ。綾波嬢といい、うちのクラスは非常にレベルが高いと感じないか?」

「そこ! 早く行くわよ!」

洞木ヒカリの声に首を竦めて慌てて避難場所に向かうトウジ達。

「委員長も大変ね」
「しっかり、頑張って。そのうち良い事あるわよ」
「なによ、それ?」
「赤木さんが鈴原の事"変態黒ジャージ"って命名したから倍率低いから」
「なっ!?」

女子の一人が告げた情報に口をパクパクと開いて言葉が出なくなったヒカリ。

「いや〜〜さすがに「鈴原!」って叫んで駆け寄ったら分かるわね」
「うんうん、まさか委員長が鈴原とは……」
「ち、違うって!」

慌てて反論するヒカリに女子生徒達は、

「それはこれから存分に聞くから」
「そうそう、避難中は退屈だから時間は十分にあるわ」

ヒカリの腕を取って楽しそうに歩いて行く。

(あ、赤木さん……恨むわよ)

ヒカリはこの場に居ないリンを恨めしく思いながら避難して行く。
この時点でケンスケの存在は忘れ去られる……状況は変われど、同じような展開になる。
しかし、決定的な違いもある。
赤木リンはケンスケの命をなんとも思っていないという事実をケンスケは……知らなかった。










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どうもEFFです。

危機感のなさっていうのはダメですね。
この相田ケンスケくんは戦場のロマンチシズムなんて幻想に憧れていますからヤバイです。
古い話ですがベトナム戦争で帰還したアメリカ軍兵士の精神的なダメージをモチーフにした映画などがあるように戦争というものは非常に神経をすり減らし、心 を砕きかねない危ないものなんです。
日本を武装化しようと一部の政治家は考えているみたいですが、本当に戦争を理解しているといいんですが?

ちょっと重くなりましたけど次回もサービス、サービス♪

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