リツコは執務室で次回のシンクロテストの作業手順を作製していた。
この時期、技術部は初号機の修理と零号機の調整に忙しかった前回と違い、前回の知識を持つリツコの的確な指示で作業は滞る事なく行われ、比較的楽な状態で 居た。
例外は零号機担当の部署で戦闘装甲への換装を急いでいるくらいだったが、これもリツコの効率良い指示で焦る事なく作業をしていた。

「リツコ〜〜コーヒーある?」
「……ミサト、仕事は終わったの?」
「ま、まあ、何とかするわよ」
「だったら、戻りなさい」
「まだ怒ってるの?」
「当然でしょう。せっかくのサンプルを台無しにされて黙っているほど、私はお人好しじゃないわよ!」
「ゴ、ゴミン」

第四使徒シャムシエルの身体のサンプルは以前の記憶で知っているが、実際に得た知識と手に入れたサンプルを照合したいと考えていたリツコはその邪魔をした 作戦部に苛立ちを覚えていたのだ。
自爆する事はないと思うが、根拠を聞かれると困るから黙っていた。あの子供が乱入しなければ、確実に必要な部位のサンプルが手に入ったと思うと腹立たしく 思う。

「よ、予算が浮いたからいいじゃない」
「ふざけないでよ! 貴重なサンプルを失った私の悔しさを金で誤魔化せというの!」
「や、藪蛇だった。じゃ、じゃあ仕事に戻るわ」
「ま、待ちなさい、ミサト!」

逃げ足の速さだけは優れているとリツコは思う。学生時代から本能的に不味いと判れば、脱兎の如く逃げ出すのは変らない。
実際に予算は浮いている。リンが使徒の残骸を分解してくれたおかげで使徒の処分用の費用が浮き、前回よりもかなり余裕があり、追加予算も加わるので非常に ありがたい事だと思う。
そして、家の事は心配が要らない。リンがレイに家事を教え始めたので日常生活に問題はないと考えたが、レイの精神面の幼さが頭痛の種だった。
人と触れ合う事を覚え始めたレイは、リンと一緒に寝たがる。女性同士だから心配はないが、ちょっと……悔しい気がする。
性的な関係になりたい訳ではない。ただ可愛いリンともっと仲良くなりたいし、保護欲というものがある。
母親であるナオコの教育の賜物か、何気ない仕草が幼く感じられて……ツボに嵌りそうで可愛がりたい気分になる。
気まぐれな猫と言う第一印象があり、猫好きなリツコにすれば構ってみたいのだ。
そして定時で帰れる時は必ず料理の用意をして温かく迎えてくれるから嬉しい。リンの作る料理は素朴な味で家庭料理の基礎とも言える献立が中心になって飽き が来ない。

「今日は定時で帰れるから……楽しみね」

リンの腕は日に日に進歩している。肉や魚系の料理は不慣れだったが少しずつ覚えてきている。
サードインパクトの所為で、植物は無事だったらしいが、動物はダメだったらしい。こっちに帰って来てから持っていた料理の知識の実践をしている。「マメな ところはお父さん譲り♪」と嬉しそうに料理をしている。最近ではレイもそれに感化されたのか、一緒に料理をする光景も見られる。

『赤木君、司令室に』

リツコの執務室に冬月から連絡が入る。
「ユイさんが戻ってきますから、終わりにしましょう」とゲンドウに告げるとあっさりと仕事上の関係になれた。
所詮、ゲンドウにとって自分は都合のいい女だったと考えると腹が立つ。
今は私を始末する気がないと判断するが、ユイが帰ってきたら始末するだろうと容易に想像できるから、リンの存在が命綱になっているとリツコは考えている。
リンが私に協力している以上は私にサルベージを依頼させて、その後……リン共々処分すると予想している。
尤も現実を知らないから、悠然と構えているだけ。既にユイが処理されたと知っていれば、暢気に構えるなど出来ない。

「器が知れたわね……この時期だとJAの備えかしら?」

マギを使って、JAに仕込むウィルスの作製かと判断して司令室に向かう。


RETURN to ANGEL
EPISODE:6 変わり始める流れ
著 EFF


「……日重ですか?(予想通りね……汚い仕事ばかり回すわね)」

こういう裏の汚い仕事をさせられるのは不愉快になる。
前回は愛情があったから耐えられたが、今回は冷めた感情しかないから苛立つ事が多い。

「そうなのだ。向こうが開発しているJAの開発を妨害したいだが」
「それで記念式典の起動時に暴走させろというのですね」
「そうだ」
「自己消去型のウィルスでも仕込んでみますか?
 核動力ですから臨界間近で止まるように手配しますが」
「問題ない」
「分かりました。ですが諜報部に任せても大丈夫ですか?
 シンジくんの一件が気になります。中学生に気付かれるような不手際でも……」
「その点は大丈夫だよ。一応、改善するように指示を出している。同じミスを繰り替えさんだろう」
「それもそうですね」

とりあえず納得した振りをしておく。
実際にはシンジくん達がJAUの開発に協力しているから、妨害工作も失敗するだろうと思う。
前回みたいに熱くなる事もない……彼らよりも面白いピエロは目の前に二人居るから。

「サルベージの件だがご苦労だったね。委員会には上手く誤魔化せたよ」
「そうですね。上手く行けば半年後にはユイさんも還ってきますわ(無理だけど)」
「楽しみな事だよ」
「問題はスタッフにどう説明するかです。
 スタッフがユイさんにシンジくんの事を話せば……ユイさん、悲しむでしょうね」

リツコの指摘にゲンドウの肩が動き、冬月も唸っている。

「最悪は自身がコアに戻りシンジくんを助けると言うか、シンジくんの代わりに戦うなんて言い出さないか心配です」
「むぅ……碇、優しいユイ君の事だからありえるぞ」
「…………」
「それにリンが居ます。彼女はある意味シンジくんの子供ですから可愛がるんじゃないでしょうか?
 そしてレイの事も言わなければなりません……ユイさんの遺伝子から生まれた少女ですから娘ですね」

真剣な顔でリツコは告げているが、内心では舌を出して……からかっている。

(これ、結構楽しいわね……なんか、くせになりそうだわ)

今まで散々働いてきたが結局道具扱いだったから、リツコの胸中では二人を甚振るのは楽しい。
この二人が困っている様子を見るのはリツコのストレス解消になっていたのだ。

「私自身の考えとしては一番最後まで待つという選択が無難かもしれません。
 ユイさんをサルベージして説明するよりも、土壇場でサルベージして勢いで誤魔化すのもありではないしょうか?
 シンジくんはユイさんの手で助けるという形なら、失敗して慰める事で有耶無耶にする事も可能です」
「い、いや、しかし……それはどうかと」
「ですが、リンの言葉が正しければ、ユイさんはお二人の行状をリリスとシンジくんに聞いています」
「…………」

ゲンドウは黙り込んで落ち着いているようにしているが内心ではビクビクしているとリツコは見ている。

「委員会の命令に逆らえなかった。シンジくんの身を守るにはこれしかなかった事にすれば良いじゃないですか?」
「その手があったな」
「……問題ない」

一筋の光明のように聞こえているのだろう。
リツコは謀略やゴリ押しが得意なくせに最愛の妻の事になるとダメなゲンドウに失望していた。

「ユイさんは取り込まれたままの姿でサルベージ出来るそうです。
 お若いままですので、失意の内にお子様でも作れば、そっちに目が向きますからもう一度やり直そうで上手く行きますわ」
「問題ない」
「それでは失礼します」
「うむ、よろしく頼むよ」
「はい、お任せ下さい」

リツコが退室した後、冬月が聞く。

「赤木君の提案だが……上手く行くのではないか?」
「……ああ」
「シンジくん、レイにリン、赤木君が居なければ誤魔化せるぞ」
「問題ない。事が終われば用済みだ」
「レイは予備で、時が来るまで現状維持だな」
「ああ」
「赤木君とリンは使徒戦に励んでもらえば良いか?」
「それでいい」
「事が上手く行けば、ゼーレに全てを押し付けてネルフが解決した事で情報操作か?」
「そういう事だ」

ニヤリと笑みを浮かべてゲンドウはこの後の計画を修正する。
ゲンドウはユイが戻れば満足だし、冬月もユイ君が居れば新しい理想を持った時に協力すれば良いと考える。
二人とも新しい未来を思い浮かべて満足しているが……既にユイが消滅している事を知らない。


「ホント、無様ね」

退室して、しばらく歩いてからリツコはいつものセリフを二人に手向ける。

「まあ、この仕事は明日からにして……今日は定時で帰りましょう。
 そう……リンのご飯が私を呼んでいる」

ゲンドウの命じた仕事なんて後回しで良いとリツコは思う。
リンが私の為に作ってくれるご飯を食べずしてどうすると言うのだと思っている。
図らずもナオコのように自身の欲望に忠実になって来ているリツコであった。


病室で横になっているケンスケにトウジが呆れた顔で言う。

「ホンマ、お前はロクな事をせんやっちゃのう」
「な、なんだよ。怪我人にそんなこと言うなよ、トウジ」

開口一番、トウジに責められて文句を言うケンスケ。
クラスの代表という形で委員長のヒカリと一緒に行くようにリンが言ったのだ。

「アンタ、一応、あのバカの友人でしょう。
 伝言しておいて、「今度、こんなバカやって戦場を甘く見るなら……殺す」って。
 洞木さん、クラスの代表で申し訳ないけど注意しといて」
「わ、私が?」
「委員長のあなた以外、誰も見舞いなんか行かないわよ」

ヒカリが周囲を見ると、全員が冷ややかな目で頷いている。
ケンスケがした行為は本当に許される事ではない……興味本位でクラスの全員だけではなく、シェルターに居た全員を巻き込む事になりかねない惨事になるとこ ろだったのだ。

「そうね……菊の花、贈ってくれる?
 領収書貰ってくれたら、全額負担するわ」
「そ、それは不味いわ。菊の花って弔いとかに使うのよ」
「だから、良いんじゃない……「さっさとくたばれ」って言ってんの」

リンの声には棘があるが、クラスメイトの殆んどが同意している様子だった。

「そう……嫌いなのね」
「当然でしょう。リツコお姉ちゃんに悪い事したもの」
「なぜ?」
「サンプル欲しがっていたから」
「そうね。リツコさん、機嫌悪かった」

リンがリツコお姉ちゃんと呼ぶので、レイも名前で呼ぶようにリツコは指示していた。
目上の人には敬意を込めて、さん付けが基本とリンがレイに話したのでレイはリツコさんと呼んでいる。
尤も嫌いな人に敬意を払うかは自分で判断してともリンはレイに話している。

「分かるの?」
「……なんとなく」
「あ、赤木さん、やっぱり菊はダメよ」

いつものループみたいな会話になると判断したヒカリが二人の間に割り込む。

「しょうがないな。じゃあ、鉢植えの花でも贈って」
「そ、それもダメよ!」
「……鉢植え、ダメなの?」
「鉢植えの花はね、長持ちするから入院患者に贈るのはタブーなの。
 理由はね、入院を延ばせっていうイヤミかな」
「そう、良い事ね」
「でしょう♪ 隠し撮りするような変態は居ない方が世の為、人の為よ」
「そう、相田君は変態なのね」
「今度、隠し撮りしようとしたら通学路で待ち構えて狙撃しようかと思ってたの」
「本物使うの?」
「それ良いわね。銃弾で死ぬんだったら、ミリタリーオタクなら本望でしょう」

ほ、本気かもしれないとヒカリは思う。このクラスメイトは嫌いな人物には手加減しないと常々感じる。
他の女子に目を向けるとケンスケの隠し撮りにウンザリしているので何度も頷いてリンの粛清に期待しているようであった。

「そこの黒ジャージは洞木さんが愛の力で更生させるから大丈夫として」
「ちょ、ちょっと、あ、赤木さん!」
「な、なんやねん。黒ジャージちゅうのは!」
「謝罪しない限り、黒ジャージか、茶羽よ」
「……す、すまんこってす」

とりあえず詫びる事でトウジは不本意な状況を打開する事にしたらしい。喧嘩しても、勝てない事はその身を持って知った。
ヒカリは真っ赤な顔で口をパクパクさせて声が出なくなっている。
女子もリンがヒカリをからかう様子にクスクスと笑っている。

「まあ、いいわ。鈴原と洞木さんで見舞いに行ってきなさい。
 ついでにデートの一つでもして、鈴原は女性への接し方を洞木さんに教えてもらいなさい」
「な、なんでやねん。そんなもん、必要ないちゅうわ」
「これが人生最初で最後のデートかもしれないのに」
「ワ、ワイがモテんちゅうのか!?」
「年中、黒ジャージでモテると思ってんの?」
「当然やないか! ジャージの何処が悪い!」

トウジが反論するが、女子のほとんどがリンの意見に納得して頷いていた。
男子も年中ジャージ姿は不味いだろうと思っているのか……頷いている。

「……まあ、いいわ。とにかく、二人で見舞いに行ってきて。
 多分、先生が話してくると思うから、その時に二人で行く事にしたと言えば理由としては悪くないでしょう、洞木さん」
「そ、そうね。先生が言うわね」

な、なんでバレているとヒカリは言いたかった。もしかして知らないのは無頓着な綾波さんだけと考えてしまう。
そんな訳で先生から見舞いの話が出たのでヒカリとトウジはお見舞いに来たのだ。

「全員、怒っとるで」
「な、なんでだよ?」
「当たり前じゃボケェ。シェルターのロックは外すわ、開けっ放しで出るわ、何考えとんのじゃ!」
「あ、相田君、もし使徒っていうのが爆発したらシェルターに居た人全員が巻き込まれていたのよ」
「あ?」

ヒカリの指摘にケンスケは今になって気付いている。
ネルフの関係者は勝手に戦場に出て、カメラで撮影した事に注意しただけだったが本当に自分のした事が悪いとは深く考えなかった。

「赤木はんからの伝言や。「今度、こんなバカやって戦場を甘く見るなら……殺す」ってな」

一言一句間違いなくトウジは告げると自分の感想を述べる。

「相当、キタはりましたで……退院したら覚悟しとけよ」
「ト、トウジ?」
「赤木さんね、菊の花贈れって言ったのよ」
「き、菊ぅ?」
「クラスのみんなも花なんて贈る必要ないって言うのよ。
 相田君のした事聞いて怒ってるわ」
「俺らを殺す気かって文句言うとるわ。少しは反省しとけよ」
「お、俺の所為なのか?」
「それ以外になんやちゅうねん」
「とりあえず、怪我早く治ると良いわね」

無難なお見舞いの言葉を告げるヒカリ。トウジは少し不機嫌な顔で見舞いに来ている。
ケンスケはようやく自分の仕出かした事の結果に気付いたが……反省するかどうかはこれからである。


人類補完委員会を隠れ蓑に暗躍する秘密結社ゼーレ――その中でもトップの六人は新しい問題に直面していた。

『各国の諜報機関の動きがおかしい』
『然様、一部の者が我らの存在に気付き始めている』
『いったい何者が我らの存在を口にしたと言うのだ』
『そう、そこが重要なのだ。我らの存在は限られた者しか知らぬ』
『内から情報が洩れたという事か?』
『それこそ、ありえぬ』

ここ一月で自分達の支配下にあったはずの各国の諜報機関が政府内の自分達の手の者を調査対象にしている。
口封じを行おうと動いたが、何者かの手によって悉く排除されている。
しかも口封じで諜報員達の危機にしか出現せず、危機を救われた諜報員はゼーレの存在を自分達の命を奪われかける事で知る事になるからゼーレにとって都合の 悪い方向に事態は進んでいる。
まだ数は少ないが確実に味方を増やしつつ、勢力は増え続け、阻止しようとしたゼーレ側は戦力の消耗という結果に終わる。
ゼーレは世界の影に存在する組織だ。戦力とて無限にある訳ではないから、削られると組織力の低下に繋がる。
諜報員達は自分達の国家に寄生するように存在するゼーレを快く思っていないし、救われた際にセカンドインパクトの真相を教えられているみたいでゼーレが企 んだ結果だと聞かされるので反発が大きい。
末端の構成員を狩り始めている国も出ているので厄介な事態だと痛感している。
ゼーレは権力集中型の組織で末端が減少すると動く人材がいなくなり、上が直接指示を出したり行動しなければならない。
それは自分達の存在を明るみに出す事に他ならないので謀殺、暗殺、テロの危険性が増大する傾向になる。

『巻き返しを図らねばならない』
『静観しては発言力の低下を招く』
『そう、それこそが不利な事態になる』
『各国の諜報機関に潜む我らの駒を使おう』
『それしかあるまい。ここでこちらの配下の駒を失う訳にはいかん』
『心せよ。約束の時まで我らは世界を動かさねばならない』

これより各国の諜報機関は内部の暗闘が始まるが、ゼーレ側の構成員が不利な状況だった。
その理由は簡単だった。相手側はかなり精度の高いゼーレの構成員のリストを所持している。組織を構成する人員の正体が判明している以上は監視も楽になり、 確実に処理できる事も可能なのだ。
相手側も被害は出ているがゼーレ側の不利は変わらずにジワリジワリとボディーブローのようにゼーレの力を削ぎ始める。
まだ戦いは始まったばかりだが、着実にゼーレはその影響力を世界から失いかけていた。


それを画策している存在の者達はというと、

「やっぱり、英国の料理は……雑ね。私の祖国は大味だけど、まだ食べられたわ」

不機嫌な顔で女性は目の前の料理を口にするのをやめる。

「……不味い。シン様の料理を僕は食べたい」

少し吊り目気味で快活な印象がする10代後半の少女が不愉快な表情で食事を中断する。
赤毛のショートカットでボーイッシュな雰囲気の赤い瞳の少女――第四使徒シャムシエル。
現在は、シエルと名乗る少女は周囲を一瞥するとシンジに話す。

「イギリスは紳士の国だって思ってたんだけど……何故、こんな不味い食事を許容するの?
 不味い食事に耐える事が美徳というのなら、僕はここでは暮らしたくない」
「フィッシュアンドチップスは食べられますが、他は頂けません」
「サキ姉の言う通りよ。隣のフランスは美味しいものがあるのに……何故、こんなに差が出る?」
「そうよね。英国は食事をただの栄養補給としか、考えていないのね」
「……しょうがないね。後で僕が作るよ」

シンジが仕方ないと言った感じで告げると機嫌を持ち直す三人の女性。

「ガギエルが居たら、暴走していたわね」
「あの子は食事に関しては容赦がありませんから」
「そうだよ。あの子なら「こんな不味いご飯が食えるか―――っ!」って叫んで英国を火の海に変えるよ」
「有り得るね。ガギエルは魚類がベースだから常に食べているという本能が少し残っていたから、食事には拘りがあったね。
 だけど英国の崩壊の理由が食事の不味さだなんてジョークにしては良いかもね」
「ジョークになれば良いけど、あの子なら本気でやりかねないわよ」

周囲には聞こえないほど声量で喧騒に溢れている食堂ではあるので、誰にも聞こえていない。
聞こえても冗談にしか思えないだろうと思うが実際に可能な力を持つ者達の会話だとは誰も知らない。

「もうすぐラミエルが来る」
「早く来て欲しいわね。ウチで一番腕の良いスナイパーだから」
「ゼーレの爺様方の狙撃も出来ますね」
「僕としては首を刎ねたい」
「それは最終局面だよ……もう少し楽しまないと」
「うう〜〜、末端の連中はウザイ」

シエルが嫌そうに話すとサキも同意している。
自分達に比べると遥かに格下の戦闘力だが数の多さだけは侮れないし、派手に動くと後始末が面倒になる。延々と対人戦をするなど面倒なだけだと感じてしま う。

「確かにゴキブリ並みに湧き出しますから」
「その面倒を避けるために諜報の連中を猟犬にしてるのよ」
「適当に咬み合って、潰し合ってくれると好都合なのさ。こっちは自分達の懐は痛まずに隠れて行動できるから」
「ナオコさんが居れば、電脳戦も可能だけど今は居ないから面倒なのよね」
「う〜ん、ウルと同時に還ってくるから……危なくない」

シエルの懸念に女性二人は顔が引き攣っているが、シンジは平然として答える。

「その点は大丈夫。ナオコさんもウルも自分の仕事はきちんとする大人だよ」
「でも普段はぶっ飛んでるよ、シン様」
「遊びだからね。遊びならバカやっても良いじゃないか」
「遊びにしてはスケールが大き過ぎませんか?」
「サキの言いたい事も分かるけど、僕達はリリンじゃない。
 簡単には死なないし、何よりあの世界には僕たちしか居ないから……派手な事しても大丈夫だった。
 規模は大きいけど僕達が作った農場とか、家は壊してないだろ」
「確かにそうですね」

思い返してみると被害は彼女らの実験施設に止まっていたとサキは気付いた。

「ナオコさんは元ヒトなんだよ。
 どうしても君達のように永い時間を生きるという経験が少ないから……時間を持て余すんだよ」
「……そうね。ヒトは限られた時間という概念があるから、どうしても落ち着くまでに時間が掛かるわ」
「ウルはそれに付き合っていると?」
「好奇心が旺盛なんだよ。マギと共生しようとしたのも知りたいという気持ちを優先したんだと思う」
「来たら、ヒトの観察しそうね」
「観察するだけじゃ、理解までは辿り着けないけどアプローチの一つとしては悪くないよ。
 とにかく、当面は面倒だけど害虫退治だから」
「その前にシン様のご飯が食べたい」

シンジの方針に反対する気はないが、シエルは口直しをしたい事を告げる。

「そろそろ、英国にも飽きたし、日重の方にも顔出ししないと不味いから和食でいい?」
「「「賛成♪」」」
「じゃあ、行こうか……次の目的地に」

シンジは席を立つと三人も続いて食堂から出て行く。
次の目的地は……日本のようだった。


リツコは予定通りに帰宅した……葛城ミサトというオプション付きで。
不本意なのだろう、その表情は能面のように感情を表に出していないから機嫌の悪さの程度が予想できる。

「……ただいま」
「……お茶とタクアンでいい?、ミサトオバサン」
「なんでよ?」
「京都では帰って欲しい客にはお茶と漬物が基本だから」

オバサンと呼ばれて不機嫌なミサトに、リンが更に不機嫌にさせる言葉を吐く。

「なっ!?(お、落ち着くのよ、ミサト。ここで怒ったら負けなのよ……クールで行くのよ)」
「そうね、それでいいわ」
「リ、リツコ〜〜!? まだ怒っているの?」
「ええ(せっかく、作ってくれたリンのオカズが減るから来なくて良いのに)」

自身の欲望に忠実になっているリツコは味音痴のミサトにリンお手製の食事は食べて欲しくなかったのだ。
学生時代に食べたミサトカレーのおかげで、まだカレーを食べる事に対しては抵抗感がある……目の前にカレーを出されると身構えてしまう事があるのだ。
そんな味音痴のミサトに自分のために作ってくれた温かいご飯を分けるなど……ちょっと嫌だった。

「これから夕飯なんでしょ! 私にも食べさせてよ〜〜」
「……減給が響きだしたのね」
「レ、レイ!?」
「しょうがないわね……恵んであげるから感謝して食べなさい」
「わ、私はホームレスじゃないわよ!」
「じゃあ、お茶だけで良いわね」
「……ごめんなさい。食べたいです」
「人間、正直が一番よね」

自身の懐具合をレイに指摘されて焦るミサトにリンが冷ややか意見を述べる。
プライドがまだあったミサトは反発しようとするが、現実の問題には逆らえずにいた。

「無様ね、ミサト」
「……そう、これが無様なのね」
「リ、リツコ! レイに変なこと教えないで!」

慌ててリツコに注意しようとするミサト。
これ以上、二人の悪影響を受けて、レイまで毒舌になられると威厳が無くなると思って焦っている。

「リツコお姉ちゃん、一品追加するから待ってね」
「大丈夫よ。ちゃんと行儀良く待つから」
「ミサトオバサンがつまみ食いしないように見張っていてね」
「当然よ、そんな事しようものなら叩き出すから」
「大丈夫、リンのご飯は私が守る」
「リ、リツコ、レイ!?」

リツコとレイの二つの視線に晒されながら、ミサトは居心地が悪そうにして席に座る。

(きょ、今日は生意気なガキを言い聞かせるのが目的よ。落ち着いていくのよ、ミサト)

今夜の最大の目的はこのナマイキな赤木リンに自分の立場というのを分からせるのが目的なのだと自分に言い聞かせる。
作戦部長としての面子と自分の手で使徒を倒すという願いを邪魔させる気はない。
今日こそはハッキリとどっちが上なのか、教え込むという意気込みでミサトは来たのだ。
だが、目の前のテーブルに載る料理に涎が零れそうになる。

「リ、リツコ……いつもこうなの?(アンタ、いい食事してるじゃない)」

温かな家庭料理にミサトは少々驚いて、リツコに尋ねる。

「今日はレイと共同で作ったからオカズは多めだよ♪」
「はい、リンと一緒に作りました」

楽しそうに笑うリンに釣られるようにレイも笑っている。

「そう、楽しみね」
「レイも筋は良いから教えるの楽しい」
「私も作るのが楽しいと感じる」
「それじゃあ、食べましょうか?」
「リツコ、エビチュある?」
「……ないわよ」

図々しいにも程があるとリツコは思う。
自分が帰宅する瞬間を見計らったように現れてついて来るわ、食事時に乱入してビールを要求するのはどうかと思う。

(どうせ、ここに来た理由もリンに言う事を聞くようにさせるつもりでしょう。
 言っておくけど、リンはあなたを嫌っているから従いはしないわよ)

シンジを家政婦の様に扱ったミサトをリンは嫌っている。交代制と言ってはいたが結局シンジの方が上手いという理由で押し付けたので無責任な保護者とリンは 嫌悪感が先に出てしまう。
オバサンというのも嫌がらせであり、作戦に対してもスタッフの前で疑問符を付けるように話すのもミサトの作戦指揮にスタッフが不信感を持つようにしてミサ トを孤立化させる心算だと予想している。
そしてミサトを作戦部長に据えたゲンドウと冬月に不審感を抱かせるのも計算しているかもしれない。

(今は日向くんがフォローしているけど、そう長くは持たないわよ。
 でもミサトを降格させる事は出来ない……司令達も内に火種を抱えて大変ね)

精々中間管理職の悲哀を味わえばいいとリツコは思っている。
ゼーレの意向でミサトを外せない以上はスタッフの不信感を払拭する事は出来ずに自分達も信用されなくなる。
尤もネルフはゲンドウが自分に従う駒として集めた連中ばかりだから表に出る事はないと思うが、燻るように不審の火種はネルフの奥深くに残リ、そして作業効 率を徐々に低下させるだろう。
そう考えると愉快でたまらない……ゲンドウは威圧する事で従わせるだろうが、それが自分の首を絞める事に気付かない。
冬月も決断に迫られるだろう……似非紳士の仮面を捨てて非道に走るか、ゲンドウと反目して切り捨てられるかを。


食事を終えて、ミサトはリンに従うように滔々と言い聞かせるが、逆に論理的に反論されて苛立ちが溜まっている様子だ。

「だから、アンタはアタシに従えって言ってんのよ!」
「私は人形でも駒でもないから納得できない命令に従わないわよ」
「ミ〜サ〜トォ〜〜〜「リ、リツコ?」……喧嘩するなって言わなかったかしら?」

地の底から響き渡るような声でミサトに声を掛けるリツコ。
せっかく美味しい料理を食べて、優雅な食後と考えているリツコの前でミサトはリンに怒鳴りつけて場の空気を乱す。
まったりとした時間を壊されるのは、ちょっと頭に来る。

「いい加減……人の話を聞いて貰えないかしら?
 せっかく美味しいご飯を食べて、気分が良いのに金切り声を聞かされると苛々するのよ」
「私もそう思います……リンに美味しかったか、聞きたいのに邪魔しないで」
「レ、レイまで……」

リツコだけではなく、レイも不愉快という感情をミサトに見せて抗議する。
自分が作った料理を食べて貰ったから美味しいか聞きたいのに邪魔をされて不機嫌みたいな様子だ。

「だからパーペキな作戦なら文句言わずに従うから立案すれば万事めでたく収まるわよ」
「なんでもかんでも押し付けるのは頂けないわよ、ミサト。
 そりゃあ、あなたは日向君に仕事を押し付けるのが基本だから良いけど、リンに押し付けるなら技術部として抗議するわ」
「なんでよ?」
「リンはこっちも兼任しているの。技術部員としてはマヤに匹敵する能力が有るからウチとしては大助かりなの。
 ミサトが訓練と称して嫌がらせしようものなら技術部全体が反発するわよ」
「マ、マジ〜〜〜ホ、ホントなの?」
「冗談でこんな事言わないわよ。エヴァを開発した人の知識があるから整備に役立つ資料を提示するの。
 おかげで整備マニュアルが進歩しているから整備班なんかありがたがっているわ」
「…………」
「まさかとは思うけど、リンが作戦部所属と考えていたんじゃないでしょうね?」

リツコの問いにミサトは答えられない。てっきり作戦部所属の自分の部下だと思っていたのだ。

「書類を読んでいれば分かる筈なんだけどね」
「読まないの?」
「読めないの……長い文章になるとメンドくさがってね」
「それが仕事じゃないの?」
「仕事放棄してるのよ」
「給料ドロボー?」
「まあ、そうとも言うし、オバサンの仕事は別にあるから」
「別にある?」
「ええ、オバサンだけが知らない別の仕事があるのよ」
「リン、何よ、それは!?」

初めて聞いた意見にミサトは慌ててリンに尋ねる。自分の職務は作戦部長の筈だが違うと言われたら途惑う。

「自分で調べなさい……自分でね」

意味深なセリフを告げるとリンは食器を集めて台所に向かう。レイも手伝う為に席を離れる。

「ちょ、ちょっと……リツコ、何で止めるの?」

慌てて立ち上がってリンを追い掛けようとしたミサトの腕をリツコが掴んで止める。

「悪いけど、次の使徒について技術部で一つの結論を出したわ」
「何よ、予測でもしたの?」
「ええ、近距離、中距離と来たから次は……遠距離の可能性が高いと判断したの」
「ふ〜ん、それで?」
「遠距離型ならどういう攻撃方法をミサトなら考える」
「そうね、砲撃が主体になると思うわ」

リツコの質問にミサトが軍人としての意見を述べる。

「まあ、役に立つかどうか、分かんないけど遠距離の可能性を事前に模索していれば作戦立案も楽でしょう」
「そりゃあ、そうだけど……確かなの?」
「さあ、予測だし、確立の問題だから」
「不確かな情報で作戦なんて決められないわよ」
「使徒に常識は通用しないから幾つもの作戦パターンを作っておくのは間違いなの?」
「…………ゴメン、リツコの言う通りだわ」
「先に作っておいて、効率良く変更するのが臨機応変よ」

リツコの指摘にミサトは困った顔になっている。親友であるリツコの意見には反論し難い。
リツコとしては前回のように加粒子砲の前に初号機を晒すなんて事は避けたい。
リンは大丈夫と話しているが、不安は尽きないし、無駄な予算を使いたくないという気持ちがある。
前回は知らなかったからミサトの指揮に口出しする気はなかったが、今度は知っているから無様な真似はする気は無い。
一番嫌なのが初号機を損傷させて、ゲンドウや冬月から小言を言われるのは我慢できないのだ。
ゲンドウの器が知れた以上、リツコはくだらない事に時間を割きたくはないと感じている。生命の実の創造というS2機関の分析と解析に実用化という研究に、 ATフィールドの研究もしてみたい。
ATフィールドの研究はまだ始まったばかりで、しかもアンチATフィールドという新しい展開も見えたのだ。
科学者としては未知なる分野の探究は楽しいものであり、リンの協力があれば永遠の命を手にして研究を続けられるという利点も存在している。
正直、今のリツコにとってネルフの価値はあまり高くない。使徒によるサードインパクトは望んでいないから戦いに協力しているといった感じで、優先順位は以 前よりも低くなっている。
マギのバージョンアップは続けているが、これも母であるナオコが還ってくれば必要なくなる可能性もある。マギは世界で最高のシステムではあるが、それを上 回るものをナオコ達が作る可能性もある。
出来ればその開発に参加したいという願いもある。

「ミサト……期待してるから損害ゼロで勝ってね(煩わしい仕事はさっさと終わらせて学究の徒になりたいわね)」
「まっかせなさい♪ 今度はパーペキな作戦で勝利するから」
「そう、そうね(ダメかも……ミサトって鳥頭だから)」

心持ち機嫌を良くしたミサトは明るくリツコに告げる。
リツコは前回の事と、第四使徒戦でのシンクロの指摘を考えると不安になる。

まもなく次の使徒ラミエルが襲来する……それはリツコにとって煩わしい時間の始まりでもあった。











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EFFです。

外伝という形にしてシンジ達の動きを書くか、本文に挿入するべきか……迷ってます。
各話のタイトルも考えなければならないし、オリキャラの名前が大変です。
いつも感じるんですが、ネーミングセンスがない……これが私の悩みの種かもしれません。

ま、まあ、なんとかしつつ次回もサービス、サービス♪


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