葛城ミサトにとって、これからが本番だと気持ちを引き締めて臨む使徒戦の始まりだった。
発令所の画面に映る使徒を真剣な顔で見つめているミサトだが、内心ではさっさと指揮権を移譲しなさいと叫びたいのを我慢しているだけでUN軍の攻撃を目に 焼き付けいるように見えて……なんら対策を練っていなかった。

「司令の留守中に来たか……前回は15年ぶりのくせに」
「たった三週間で来ましたね」
「こっちの都合も考えないなんて……女性に嫌われるタイプね」

副官のマコトの声に軽口を叩いて答えている。
そんなミサトにリンが尋ねてくる。

『オバサンの意見はそのくらいにして……どうすんの?』
「誰がおばさんよ!」
『葛城一尉よ』

初号機で待機中のリンがミサトに聞く。
前回は中距離からパレットライフルで攻撃という指示だったが……効果はないは、指示通りしたのにバカ呼ばわれされた。
今回も同じ事をされるのは嫌だったのだ。

『この分じゃパレットライフルは効かないわよ』
「なんでそんな事言えるのよ!」
『だってUN軍の攻撃が効果ないじゃない。同じ規格の兵器が通用すると思ってんの?』
「フィールドを中和すれば効くわ!」
『バカ?』
「なんですって!」

容赦ないリンの一言にミサトは苛立つように叫ぶ。
作戦部長である自分を蔑ろにするような物言いのリンにミサトの怒りは頂点に達していた。

「アンタは私の指示に従えばいいの!」
『パーペキな作戦には従うけど、行き当たりばったりには従わないと言ったわよ』
「そうね。ミサトがそう決めたのよね」
「リツコ! アンタ、どっちの味方!?」

二人の会話にリツコが前回の話を出してくるとミサトが問うが、リツコはミサトの味方ではなかった。

「私としては損害なく倒してくれると助かるけど」
『一つ言っとくわ、おバカさん。今、来ているのはフィールドを展開しない状態で攻撃を受けているの』
「だから何!?」
『まだ判んないの? フィールドを中和しても向こうの防御力は変わらないの……お分かり?』
「うっ…………」
「……無様ね、ミサト」
『ちなみにUN軍の攻撃は無意味じゃないの。彼らはネルフの代わりに威力偵察をしてくれた様なものなの。
 オバサンはもう少し戦況を見るようにしてね』

税金の無駄遣いと言いかけた冬月の発言を封じ込むリン。
上がそんな軽口を叩くと下まで戦争を甘く見ると思うから警告して、ネルフが持つ軍への蔑視を少しだけ改善したかった意図があるが多分無駄だろうなとリンは 思っている。
作戦部長のミサトでさえ、UN軍を蔑視している。
ネルフが世界を守ってきた訳じゃない、UN軍がセカンドインパクトの後から今まで血を流して世界を安定させる為に励んでいた事を忘れているのだ。
使徒戦には無力な部分もあるが、ネルフは対人戦が出来ない点を考慮すれば適材適所だと考える必要があるのだ。
実際に第四使徒の防御力が判明しただけでも十分意味があるのに分かっていないミサトには呆れているが。

『で、どうすんの?』
「ちょ、ちょっち待って」
『あんまり時間ないわよ』
「リン、ソニックグレイブを用意したわ」

リツコがため息を吐いてリンに武器を提示する。
それを聞いたミサトは勢い込んで指示を出す。

「そ、それよ! ソニックグレイブによる近接戦よ!」
『まあ、いいけど……右へ避けろとか、左へとか、言われても無理だからね』
「なんでよ!?」

自分の指示通りに動かそうとするミサトはリンの意見に突っかかる。

『タイムラグがあるでしょうが、敵の攻撃、オバサンの指示、それから私が動くなんて……回避なんて無理よ』
「そうね。遠隔操作じゃあるまいし、大まかな指示に留めるのがベストよ」
『そうよ。オバサンの仕事は作戦を立てる事なの。戦局全体を見て有効な指示を出せば良いの。
 末端まで細かい指示を出されても困るから』
「煩いわね! 良いから私の指示に従いなさいっていうのよ!!」

癇癪起こした子供の駄々みたいに叫ぶミサトに呆れるスタッフ一同。
リンの言っている事は間違いではないと理解している。パイロットは人形ではない……こいつ、何か勘違いしているんじゃねえかという侮蔑の視線をミサトに向 けるスタッフも居た。

『副司令……ある程度、自由に動きますよ』
「許可する。細かい判断は君に任せるよ」
「ふ、副司令!」
「葛城君、君の仕事は作戦を立案する事であり、戦局全体を見る事だ」

冬月に駄目押しされてミサトは腹立たしい思いで一杯だった。
全て自分の指示で使徒を倒すという目的がミサトの願いでもあるのだ。それをいきなり邪魔されて憤慨している。
だが冬月にすれば……ミサトの能力そのものを疑問視したくなるような状況だった。

「委員会からエヴァンゲリオンの出撃要請がきています」
「煩いわね! 言われなくても出すわよ!」

青葉の声を怒鳴り返して叫ぶミサトに殆んどのスタッフが呆れていた事は言うまでもなかった。

「エヴァ初号機発進!」

気合を入れて叫んだミサトだが……なんら有効な手立てを見つけず、行き当たりばったりなお粗末な作戦開始に発令所スタッフの士気は著しく低下していた。


RETURN to ANGEL
EPISODE:5 愚か者の末路
著 EFF


「ちっ、まただよ」

持ち込んだ携帯テレビの画面に相田ケンスケは舌打ちする。
いつものテロップが流れて、何も見る事が出来ないのが不満な様子だった。

「報道管制なんてすんなよ。こんなビッグイベントにさ」

天井を見上げて、その先にはネルフの決戦兵器が戦っている光景を思うと見たいという欲望が込み上げてくる。

「トウジを連れて……ダメだ」

トウジはリンの事を苦手にしているから行かないと言うだろう。今も妹が側に居るから妹を一人にさせないと思う。
逆に止められる可能性が高いので……話すのは不味いと判断する。

「こうなったら……俺だけでも」

面倒な力仕事があるが……一人でも出来ると判断したケンスケは実行に移す。
シェルターのロックはパパのパソコンから暗証コードを見て覚えたから解除できる。

「俺は臆病者じゃないって事を見せてやる」

リンに対する反発もあるケンスケはシェルター抜け出す事を決意するが、それが如何に危険な行為だと気付かずにいる。
戦場とは平等に死を振り撒く場所なのだ。其処にはロマンなどという幻想はなく……生死という冷たい現実だけしかない。
兵士達が厳しく辛い訓練を行うのは、そんな場所で生き残る為に少しでも生存率を上げると理解出来れば、ケンスケも憧れたりしなかったかもしれない。

「トウジ」
「なんや、ケンスケ」
「悪い、小便に行ってくるから委員長に言っといて」
「しゃーないのお」
「すまん、手間掛けさせて」
「はよ、行ってこんかい」

手を振ってケンスケに答えるトウジからケンスケは離れて、一人で表に出ようとする。
丁度、女子からの質問攻めから逃れたヒカリがケンスケの代わりにトウジの近くにやって来た。

「す、鈴原。相田君は?」
「ああ、ケンスケやったら便所や」
「もう、勝手に行くなんて」

集団行動を守れないケンスケに腹を立てるヒカリ。

「そう言いないな。こればっかりはしゃあないで」
「えっと……お兄ちゃんの彼女?」
「ナ、ナツミ! なに言うとんねん」
「ち、違うわよ!(……私ってバカよね。素直になれれば……)」

無邪気な妹の鈴原ナツミの一言に慌てる二人。クラスの女子などは「ナイスよ! 鈴原妹♪」などと観戦モードになる……後でヒカリをからかってやろうと企ん でいる様子だった。
男子としても鈴原がリンと仲良くする事はないと思うが、脱落する事は歓迎なので「そのまま上手くまとまれ」と考える。
いつしかケンスケの存在はクラスの全員の頭から消えていた。


射出された初号機はソニックグレイブを装備して慎重な様子で接近する。
その様子にミサトは苛立ちながら指示を飛ばす。

「一気に近付いて攻撃しなさい!」
『どんな武装かわからないのに』
「いいから近付きなさいって言ってんのよ!」
『はいはい』

ミサトの指示を無視してリンは初号機を動かしているからミサトは罵詈雑言をリンに向けるが、

「……マヤ」
「大丈夫です。葛城さんの声はカットしてます」
「いい判断よ」

リツコの指示を出す前からマヤは独断でミサトの声をカットしていた。側で聞いていても不快なものをリンに聞かせるのはどうかと判断したのだが、リツコは正 しいと告げる。
ミサトがリンを駒のように扱う態度はリツコも不愉快だったのだ。
ポジトロンライフルを用意したかったが時間の関係で間に合わないとリツコは判断し、ソニックグレイブを用意する事に専念させた。
事前にリンに聞いてみるとリンは答えた。

「十分よ。プログナイフよりマシだから」
「でも大丈夫? 中距離型だけど」

鞭と槍、それでも距離的に危険ではないかとリツコは思うがリンは平気な顔で話す。

「ATフィールドを穂先に集めて、衝撃波みたいに跳ばせるから大丈夫」
「そんなこと出来るの?」
「うん、初歩の技だよ」
「……他にもあるの?」
「ママは凄いよ。超圧縮して爆縮出来るから♪」
「そんな事も出来るの……見てみたいわね」
「お父さんは高速に回転させながら極限まで圧縮してマイクロブラックホール作るよ♪」
「マ、マイクロブラックホール?」

とんでもない事を聞かされたとリツコは思う。
そんなものを地上で使えば人類など簡単に死滅しそうな気がするのは勘違いじゃないと思う。

「未来じゃ力の関係でお父さんの技を基本にしての訓練は地上じゃ危なくて出来ないからお母さんの技が主流になった」
「どうしてかしら?」
「百年の戦闘経験って伊達じゃないから」
「そ、そうなの?」
「うん、だって神様同然の相手に百年戦うって楽じゃないよ。勝てないと判っていても勝つ為の手段を必死に模索したもん」
「足りないものを技術で補うって事かしら?」
「でも、お父さんの方が才能あってね。一度見た技は簡単に覚えて二度目は改良されるからイタチゴッコだった」
「……気力が萎えなかったわね」

勝ち目のない戦いというものによく絶望しなかったものだと感心する。
それだけ未来に希望を抱いていたのかもしれないとも思う。
打ち砕かれた未来に対する憤りもあったから頑張れたかもしれない。
それに付き合ったシンジも相当一人でいる事が退屈だったのかもしれないと考える。

「ママの場合は寂しかったんだって」
「寂しいか……自分以外はシンジくんだけだったものね」
「寂しいけど素直になれない……お父さんが悪い訳じゃないと理性では判るけど、感情が許さない」
「凄いジレンマを抱えてたわけね」
「お父さんね……誰かに責めて欲しかったんだって」
「責めて……か」

自分の所為で世界が壊れたら自己嫌悪ではすまないと昔のシンジでは思うだろうと考える。
内向性で内罰傾向のあった性格なのだ。自責の念を深く抱え込んでいた筈だとリツコは推測する。

「ママの攻撃なんて効かない筈なのに……傷付いたらしいの」

痛々しそうにリンが話す。泣きそうな顔で話すのでリツコとしては自分達の所為でもあると思うと心苦しい。

「詳しい事は教えてくれないけど……多分、ママがお父さんを赦したんだと思う。
 ママだけがお父さんの心に初めて向き合ったと思うの」
「アスカやレイじゃなかったの?」

同じチルドレンの二人がシンジの事を一番理解していないのかと聞く。

「アスカは素直になれずにエヴァに拘りすぎて……最後はお父さんを嫌ったから」
「なるほど……エヴァで一番になるのがアスカの義務みたいだったからポッと出のシンジくんは最初は良くてもダメね」

エヴァに拘るように教育を受けていたアスカの心理状態ではシンジとの軋轢は避けられないとリツコは考える。

「そ、お父さんは人を求めていたから婆さんを自然に受け入れた。
 でもアスカは自分の事しか考えていないし、お母さんは死んだものと思っているからエヴァの人格を認めない」
「そうね」
「自分を見てと言うだけで相手を見ない人が受け入れられると思う……そのくせ、誰かに縋ったりする。
 それにシンクロ率でお父さんが超えたら、お父さんを拒絶するんだよ……勝手すぎるよ」

二律背反というジレンマをアスカは抱えて自滅した事を前回の記憶で知っている。
そこでリツコはもう一人の存在はどうなのか聞いてみる。

「レイはどうなの?」
「幼すぎるし、バランスもおかしい。お父さんの事嫌いじゃないと思うけど……虚ろ過ぎる。
 無に帰るっていう教育だったか……それに爺さんに近過ぎる。お父さんと爺さんの関係じゃあ、お父さんが警戒するよ」
「司令とシンジくんの関係ならシンジくんは苦手意識もあるから近付きにくいわね」
「"お父さんを信じないの"って言われても信じられる訳ないよ。
 それで平手打ちを喰らったら……昔のお父さんならどうなると思う?」
「無難な付き合いしか出来ないわね」
「それにリツコお姉ちゃんの所為でレイの事が怖くなったよ」
「……それに関してはコメントを控えさせてもらうわ」
「あれでレイを受け入れろって言われても……無理だよ。肉体関係とかストレートに好きだとか言われたら大丈夫かもね。
 昔のお父さんに態度で分かれは無理、言葉で伝えれば大丈夫だけど」
「レイでは言葉が足りないか」
「お父さんにも問題あるけど、二人にも問題あるから上手くは行かないよ。
 マナさんだっけ、あの人みたいにストレートに言えれば別だけど……あの人はお父さんより友人を選んだし」
「シンジくんって女運……ダメなのね」

異性運に関しては自分と同レベルか……それ以上に悪いんじゃないかとリツコは考える。

「アスカなんて家事一切しないくせに感謝の言葉もないし、噛みついてばっかり。
 オバサンの部屋の炊事洗濯、掃除は結局お父さんに全部まかせっきりで、自分の下着すら洗わせるっていうダメっぷり。
 ママ曰く「女として終わっているわね」だって」
「ミサトに保護者なんて出来るはずがないのに引き取るか……偽善だわ」
「あの人は自分の手に負えなくなると投げ出す身勝手な人。
 恋人のドブネズミを失ってから自分の事で頭一杯だから、アスカがお父さんに噛み付いても"男なんだから我慢して"だよ
 アスカって軍事訓練受けていたから、経験のないお父さんが怪我する可能性が高いのに放置だもん」
「……無様ね。ところで加持くんはドブネズミなの?」
「自分の欲望に忠実で人を裏切る事を是とする人はドブネズミで十分。
 真実が知りたいからってだけでアスカの心に忍び込んだり、マヤさんを遊び感覚で口説くんだよ。
 そこらじゅうに草鞋を履く節操無しで、自分のトラウマをお父さんに押し付けたりするし最低だね」
「……随分、嫌われたものね」
「あの人、多分死に場所を求めているうちにスリルを味わう事が好きになったんじゃない」
「そうかもね。危ない橋を渡るの好きだったわね」
「ネルフの人って大人のくせに逃げ場所を求めている後ろ向きの人が多いよね」
「私然り、ミサトも加持君もそう、司令に副司令も同じようなものか」
「逃げる事は悪い事じゃないけど……子供に押し付けるのはどうかと思うよ」
「耳が痛いわね」

仕方ないでシンジくんに戦いを強要するミサト。
仲間と弟を裏切るような真似をして死なせたというトラウマを抱え込んでいた加持。
妻に逢う事だけが全てになっているゲンドウ。
ユイの理想に殉じようとしている冬月。
嫉妬に身を焦がす自分も含めて、逃げ場所を探す事だけを考えているような気がする。

最初、リンに能力を聞いていたはずが色々考えさせられる話になったのは少し驚くリツコ。
脱線する気はなかったのに脱線するという結果だがそれもいいかと思う。
過去を教えられたおかげで冷静に自分を見つめ直す事が出来始めたリツコであった。


『リツコお姉ちゃん、始めるよ』
「え、ええ、任せるわ」

回想中に声を掛けられたリツコは少しだけ慌てるが、内心だけ慌てて表面上は気付かれないように誤魔化していた。

「リ、リツコ! 何言ってんのよ!」
「悪いけど作戦の立案が出来ていないんじゃ話しにならないわ。
 まさか、本当に行き当たりばったりの出たとこ任せなの?」
「そ、それは……ほ、ほら、臨機応変って言うじゃない」
「それは事前に策を考えている人がより効率の良い作戦に気付いて変更する時の諺よ。
 UN軍が接触した時から状況は見ていたのに……作戦を立案しなかったの?」
「イ、イカもどきとどう戦うかなんてすぐには出ないわよ!」

画面に映る第四使徒――シャムシエルを指差しながらミサトは叫ぶ。
細長い剛体にイカの頭を付けたような姿の使徒は計算外とでも言い訳するようなミサトの言にリツコは呆れている。

「使徒に常識を求めてどうするのよ」
『パーペキな作戦決まったら教えて。それまでは勝手にやるから』
「だから! アタシの指示を聞けって言ってんの!」
『作戦を立案してから言いなさい。現場には現場の判断があるのよ』
「このクソガキ―――っ!!」

自分の指示だけを一方的に出そうとするミサトにスタッフの視線は好意的ではなかった。
初号機がゆっくりとシャムシエルの間合いに近付き始めると、シャムシエルは身体の真ん中あたりから折り曲げて攻撃態勢に移り、両腕にあたる部分から光る鞭 のような物を発生させていた。

「ATフィールドを確認!」
「ATフィールドを集束させた鞭みたいです」
「お、音速を超えています」

初号機が突然バックステップするとその目の前を光の鞭が駆け抜ける。
シャムシエルが横薙ぎするように鞭を振っていたのだと発令所が気付いた瞬間に兵装ビルが斜めに摺り落ちる。
切れ味抜群の攻撃に息を呑むスタッフ。

「ミサト! 作戦は決めた?」
「……近接戦よ」

リツコの問いにミサトはそれ以上は言えなかった。

「初号機、ATフィールド展開!」
「ソニックグレイブの穂先に集束中」

スタッフの視線が初号機に集まる。
初号機の持つソニックグレイブの穂先が赤く輝いて、横薙ぎされるとATフィールドの刃がシャムシエルに一直線に向かう。
シャムシエルは右手の鞭をぶつけて相殺するが、衝撃波は周りに広がり破壊の爪痕を残す。
初号機とシャムシエルは距離を取り合って睨み合っていた。


「す、凄い! 凄すぎるよ!!」

カメラを手に戦闘風景を撮影しているケンスケはあまりの迫力に感動している。
シェルターを勝手に抜け出して、観戦するという危険性などあっさりと忘れて見つめる。
自分の好奇心を満たしたいという子供らしい考えだけで行動するケンスケはここが戦場だという事を理解していなかった。
もっと近くで見たいという欲望を優先して両者の側に向かって歩き出していた。


発令所は突然の警戒音に慌ただしくなる。

「な、なによ?」
「葛城さん、何者かにシェルターのロックが解除されました!」
「なんですって!」

副官の日向マコトからの報告にミサトは驚いているが、リツコは冷静に確認しようとする。

「場所は何処かしら?」
「山側の部分の出口です」

簡単な地図を正面の大画面の上部に出す。それを見たリツコは、

「厄介な場所ね。万が一使徒が自爆すればシェルター内も大惨事だわ」

と被害予測を立てる。

「ったく、何処のどいつよ!」
「近くに保安部員、もしくはスタッフはいる?」
「は、はい。シェルター内に待機してます」
「そう、内側から閉じられるか、確認して」
「わ、分かりました」

リツコの指示を日向は聞いて待機中のスタッフの告げる。

「作戦部は何をしているのかしら、戦闘中のシェルターの管理はどうなっているの?」

リツコの苛立ちは尤ものものだとスタッフは思う。このようなザルな管理は正直困るとしか言い様がない。

「今はそんな事言ってる場合じゃないわ!」
「そうね、後で始末書を書いてもらうわよ」
「そ、そりは〜〜」
「ミサト、あなたの部署の不始末なんだから責任を取ってもらうのは当然よ」
「うう〜〜また減給?」

『リツコお姉ちゃん、申し訳ないけどサンプル諦めてね』
「……仕方ないわね」
『文句はそこのオバサンに言ってね』
「そうね。この怒りはミサトにぶつけるわ」
「リ、リツコ〜〜〜」

リンからの通信にリツコはミサトを睨むように見つめながら告げた。
ミサトは涙目になってリツコの怒りが消える事を祈っている。


「さて、こっちも本気で動きましょうか」

エントリープラグ内でリンは誰にも聞こえないような小さく呟くと戦いに専念する。
ケンスケがこの場に出る事は前回の記憶で知っているので驚きはしない。
邪魔をするようなら踏み潰しても良いと考えるし、戦場に覚悟もなく出てきた愚か者を助ける気などなかった。
初号機はビルの上を軽やかに跳躍しながらシャムシエルを牽制するように二つの刃をソニックグレイブから飛ばした。
シャムシエルは両腕の鞭で相殺するが、初号機はシャムシエルの懐に飛び込んで回し蹴りを決めていた。


「す、凄い、凄いよ……え? く、来るなぁぁ――――――っ!!!」

完全に戦闘シーンの撮影に夢中になっていたケンスケは自分の方向に飛ばされて来たシャムシエルを見て慌てて叫ぶ。
だが、ケンスケの希望など何の意味もなく、シャムシエルは衝撃波を伴ってケンスケのすぐ近くの山肌に激突した。

「う、うわ、うわっ――――!!」

衝撃波に巻き込まれたケンスケは身体を木や地面にぶつけながら何度もバウンドさせて斜面を転がって行く。
おそらく骨の何本かは確実に折れているように見え、身動きが出来ない状態で気を失っていた。


『終わりよ』

発令所はリンの宣言を同時に初号機がソニックグレイブを高速回転させながら突き出すシーンを見つめる。
ソニックグレイブは一直線に体勢を崩したシャムシエルのコアを貫き、シャムシエルは二、三度身体を痙攣させると液状化して霧散していく。

「中国武術とかにありそうな捻糸棍かしら?」
『そんなとこね。ATフィールドを集束してるから貫通力はかなりあるから使い勝手の良い技ね』
「ご苦労さま……帰還して」
『シェルター抜け出したバカを見つけたわ……瀕死の重傷みたいだから医療班回して』

初号機の視点が変わり、シャムシエルが存在していた筈らしき場所にいる人物にスタッフの視線が集まる。

「こ、子供?」
『好奇心、猫を殺すってやつね。ミリタリーオタクでエヴァの事を聞きに来てたわ』
「……自業自得ね。医療班を回すわ」
『了解』

前回の事を知っているリツコは特に気にも留めていないし、リンが警告したと思っていたがダメだったと判断した。
むしろ、初号機に乗せる事なく終了して良かったと考えている。初号機が損傷すれば、ゲンドウと冬月が煩いからこれがベストだと判断したようだった。

「……ミサト」
「な、なによ!?」

自分の指示通りに動かないリンに不満を感じていたミサトは不機嫌そうにリツコの声に反応する。

「もし……仮定だけど、あの子を戦闘中に発見したら、どういう指示を出したの?」
「そりゃあ、保護を優先するわ」
「どうやって?」
「そうね…………エントリープラグに保護かしら?」
「…………あなた、作戦部長を降りなさい……役に立たないわ」
「な、何言ってんのよ!!?」

親友のリツコから役立たずと言われて動揺するミサト。

「この前、言った事忘れたの……シンクロは異物を認めないって事をもう忘れたのかしら?」
「あ?」

リツコの冷めた問いにミサトはうっかりしていた事に気付いて気不味そうにしている。
スタッフの視線もとても冷ややかになっていた。

「もう少し、しっかりして頂戴。何度も言うのは嫌だけどミサト、あなたの代わりは探せばいるのよ」
「……ゴメン、リツコ」
「ネルフはエヴァの所為で非常にお金が掛かるの。損害一つで国が傾く事もあるのよ。
 特務機関だから機密情報が多くて公開出来ない所為で快く思っていない人も多いから失点が出ると揚げ足取りもあるわ」
「でも、使徒を倒す為なんだから仕方ないじゃない」
「使徒を知らない人の方が多いから困るし、日々の生活に追われている人に仕方ないじゃ済まないのよ」

免罪符のように話すミサトに注意するリツコ。
ミサトにすれば納得出来る訳もなく、苛立つようにリツコを見つめている。

「一番良いのが損傷ゼロで勝利という完璧な作戦よ……次は期待しても良いかしら?」
「ええ、次は完璧な作戦を立案するわ」
「じゃあ、私は初号機の整備に行くから」
「任しなさい」

言うべき事は言ったとリツコは思いながら発令所からケージへと向かうが、

(多分、無理でしょうね。ミサトって……鳥頭なのかしら?)

出たとこ勝負の感が否めない前回のミサトの作戦指揮を思い出して、諦めムードがどうしても先に出てしまう。
結局、この日の損害は初号機は軽微、衝撃波で装甲に傷が付いた程度だった。
技術部としては前回の総点検もなく、比較的部員の負担は軽く、整備班も徹夜組はないのでリンに感謝していた。
処罰対象としてシェルター管理ミスとして作戦部が冬月から訓告され、相田ケンスケの父親がシェルターのロックのパスワードの情報漏えいで三ヶ月の減給を受 ける事になる。
そして先程の発令所でのミサトとリツコの会話でミサトの信用度は更に急落する。
少しは反省すれば、改善されるのだが今度こそは自分の手でと息巻いているミサトは気が付かない。
ゲンドウは冬月から戦いの詳細を聞いて、葛城ミサトの排除が出来ない事に苛立つ。


翌日、レイと一緒に学校に登校したリンにクラスの代表でトウジが恐る恐る尋ねる。
本音で言えば、リンに尋ねるのは嫌だが、友人のケンスケの行方が気になった。一緒に避難していたのに帰って来なかったから、もしかしてという怖い考えに辿 り着いたのだ。
昨日の戦闘に参加していたリンなら何か知っているだろうと思って聞いてみた。

「あ、赤木はん……ケンスケなんやが」
「あのバカ……シェルター勝手に抜け出して撮影してたから死に掛けているわよ」
「や、やっぱり、そうでっか」
「死んだら、死んだで本望じゃないかしら……自分の欲望に忠実に生きて、死ねるんだから」

身も蓋もないリンの言いように聞いていたヒカリは、恐る恐る尋ねる。

「あ、赤木さん……助けられなかったの?」
「無茶言わないでよ。一対一の戦闘で敵に背を向けて救助なんて出来ないわよ」
「あ、綾波さんは?」
「レイの機体は改修中で動かせないの……私が負けた時は装甲なしの状態で戦闘する事になるけどね」
「……そうね」
「ご、ごめんなさい! そんな事情とは知らなかったから」

初めて聞いた内情ゆえにケンスケの怪我はリンの所為かと思った事を素直に謝罪するヒカリ。
クラスメイトもリンが薄情な訳ではないと知って少し安堵していた。

「気にしなくてもいいわよ。例えレイがいても助けられるかどうか判らないから」
「……直撃したら危険だった」
「まあ、そういう訳だから、細かい事は機密だから聞かないで。
 それに相田のした事は許される事じゃないわ……シェルターの扉を開いたままで抜け出したのよ」
「そ、それって……」
「使徒が自爆でもしたら、みんなも無事じゃなかったわ」

クラスの全員が一歩間違えば自分達も死んでいたと言われて蒼白になっている。

「何、考えとんのじゃ、あいつは!?」
「相田君、もう少し考えて行動して」
「ミリタリーオタクは!」
「相田、最低〜」

ケンスケの自分勝手な行動に腹を立てるトウジ達。

「自業自得か、因果応報で入院してるから、ほっときゃいいわよ」

リンはそれだけ告げるとレイと一緒に自分達の席に座る。

「……あなたなら助けられたわ」

クラスメイトに聞かれないようにレイがリンに話す。

「そうかもね」
「何故?」
「理由は簡単よ。ここが戦場だと理解せずに、戦場に飛び込んできたバカを助ける義務はないわ。
 あなたは自分が傷付いてまで助けたい人はいるの?」
「……碇君なら助けるわ」
「相田は?」
「……分からない」
「私は相田を救いたいとは思わない……私はお父さんのように優しくなれないから」
「お父さん?」

聞き慣れない単語を聞いて問い返すレイ。

「まだ言ってなかったわね……私、碇シンジの娘なの」

レイは目を見開いてリンを見つめる。信じられない事を聞かされて驚いている。

「未来で生まれたからレイは知らないわね」
「どういう事?」
「まあ、色々あってね。とりあえず人類はほぼ全滅したわ」
「そんな……」
「事実よ。お父さん、赤い海のほとりで独りで寂しく待ち続けたの……ママが帰ってくるまで」
「どうして……そんな事になるの?」

あの後、人は帰ってきて上手く行くとレイは考えていた。
だが、実際はシンジだけが取り残された状況だと言われて……身体が震えている。
寂しいという気持ちは知っていたから、シンジに良かれと思った行為が結果的に苦しめる事になったのでは申し訳ないのだ。

「ゴメン、動揺させたわね」

震えているレイの様子を見て、リンはレイの頭を優しく撫でて話す。

「動揺?……心が揺れているのね」
「お父さんね、多分ずっと泣き続けていたんだ……ママが還ってくるまで」
「わ、私のせい?」
「レイの所為じゃないよ」
「……でも」
「みんなが悪いの……誰か一人の所為じゃないの」

頭を撫でながら、優しく諭すようにレイにリンは話しかけている。リンの手の温もりにレイは次第に落ち着きを取り戻す。

「……今度はどうするの?」
「起こさない……もう悲しい思いはしたくないから」
「その為に還ってきたの?」
「違う……婆さんが私達の世界を壊したから避難してきたの」
「……婆さん?」
「そ、碇ユイがフォースインパクトを起こして、お父さんが再建しようとした世界を壊したの」
「そんな……」
「もう碇ユイはいないから、フォースインパクトも起きない」
「……そう」

衝撃的な事を聞いて、少なからずレイは驚いていた。

「ヒゲには言わないでね」
「……言わない。もうヒゲは要らないから」
「お礼にレイの好きなオカズを今晩は作るわ」
「リンの作るご飯、嫌いじゃない」
「ありがとう」
「……いい」

クラスメイトがケンスケの事を話している中でレイとリンは楽しく友諠を深めている。
レイにすれば、初めて出来た同性の友人みたいなもので、触れ合う事の意味を教えてくれる大切な人だった。

「次の使徒、どうするの?」
「そうね。ヤシマ作戦の改良版で行こうかな」
「リンは私が守るわ」
「笑えばいいと思うよ」

リンの言葉にかつてシンジが告げた事を思い出して微笑むレイ。
リンも釣られるように微笑んでいる。

「あ、綾波さんが笑ってる」
「……綺麗な笑顔ね」
「お人形さんかと思ったけど違うわね」
「あ、あの笑顔を赤木さんじゃなく、自分に!」
「あ、赤木さん、その笑顔は自分に向けてください」
「二人ともいい笑顔するのね」

ヒカリが締め括るように告げるとチャイムが鳴って授業が始まる。
その頃にはケンスケの存在はどうでもいいようにクラスからは思われていた。

……無責任な人間。それがクラスメイトから見たケンスケの評価だった。












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どうもEFFです。

ヤバイです……なんていうか、進む進むんです。僅か二日ほどでEPISODE:5が出来ました。
独立戦争は煮詰まるから進み難いのにこっちは進むから困ります。

そんな訳で、次回もサービス、サービス♪

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