「随分と不安定ね……反応鈍いわ」
「そうですね。気を抜くと見失いそうです」

第三新東京市に到着したロストナンバーを見たエリィとサキのコメントはそこから始まった。

「使徒の持つ虚無感に苛まれて狂い掛けているわ」
「普通の人には耐えられません」
「それって……私が普通じゃないって事よね」
「……あえて申し上げる事ではないと思いますが」
「そう、今更よね」

あっさりと肯定するエリィにサキは何も言わない。

「一歩間違えば、タブリスが分化されてリリン化の可能性もあるのにしますか」
「だよね。リリスで、それをやった所為で希薄化しているのに"まだやるか"って言いたくなるわ」
「全くです。アダムといい、リリスといい、好き勝手に利用してくれますね。
 おかげで両者とも本来の魂が希薄化して消滅寸前です」
「自我がもう無いもんね……おかげで私は助かったんだけど、命を弄ぶジジイには腹が立つわ」

アダムもリリスもその魂を幾つも分化されて自我を確立する事もできない状態にされている。
アダムは弐号機以降の量産機に細胞を使われて不完全ながら分化された。
リリスも初号機と零号機、そして碇ユイの遺伝子との融合した綾波レイに分化されて、その魂を削られている。
命を弄ぶゼーレとゲンドウには全員が頭にくる。

「レイの体の不安定はダミーの魂を集めて改善したけど……リリスを取り戻せるかしら?」
「難しいです。レイはもうリリスではありません。
 初号機の中に欠片のように残っているかもしれませんが、本能に近いかもしれませんので……」
「アダムはどう?」
「可能性としては弐号機に欠片が残るかもしれませんが……」
「どっちも絶望的ね」
「はい、残念です」

二人ともため息を吐く。出来る事なら両者を新生させたいと考えていたのだ。
エリィにとってアダムは自分を助けてくれた四号機のオリジナルみたいなものだ。借りを返すという意味合いがある。
サキにとってもリリスは仲間であり、アダムはシンジと同じように自分を誕生させた存在でもあるのだ。
救えるのなら救いたいと二人が考えるのは当然かもしれない。

「ゼーレの連中は絶対に許さないわ。
 必ず、奴らの計画は阻止して……その魂を地獄へ叩き落してやるわ」
「その為にも彼らを討ちますか?」

サキの問いにエリィは躊躇う事なく頷いている。
二人の視線の先にあるロストナンバーとその調整を行うスタッフはその事を知らない。


RETURN to ANGEL
EPISODE:19 賢者の帰還
著 EFF


むせ返るようなLCLの匂いにアスカは顔を顰めている。

「正直、この匂いは好きになれないわね」
「そうね。血の匂いだから」
「まさか、使徒の血を加工した物とは思わなかったわよ」

視線の先にある白い巨人――リリス――に目を向ける。
趣味が悪いとしか言い様がない。巨大な十字架に手を杭で打ちつけて吊るなど聖書の真似事じゃないと言いたかった。

「アスカ、レイ、二人ともこっちに来れば……ここ換気システムがあるから匂わないわよ」

リツコが手招きしながら二人に告げると二人も匂いにウンザリしたのか、文句を言わずに従って歩いて来る。

「しっかし、リツコのお母さんってお茶目な人ね」
「おかしいわ……私の憶えている赤木ナオコさんはあんな人じゃなかったわ」
「一度死んで……開き直ったらしいの」

リツコが苛立つように告げる。

「……納得」
「まあ、良いけどね……他人事だから」

アスカの無責任な一言にリツコのこめかみに青筋が浮き出る。

「そんなこと言うと苦労するわよ……キョウコだってかなりお茶目よ」

背後からナオコに声を掛けられてアスカは慌てて聞いてくる。

「ど、どういう意味よ!?」
「アスカちゃんが憶えていない話をたくさん聞いているもの。
 いつまでおねしょをしていたとか……おねしょを誤魔化す為に色々していた事を楽しそうに話していたわよ」
「ママったらなんて事を話すのよ!」
「一度日本に来た時、ユイとふざけてシンちゃんとキスさせたっけ……」
「そ、それ本当なの!?」

慌ててナオコに詰め寄るアスカに、

「冗談よ」

この一言でアスカは床にヘッドスライディングを敢行していた。

「無様ね」
「リッちゃんだって、憶えていないけど恥ずかしい事たくさんしてるわよ」
「か、母さん!」
「ナオコお姉ちゃん、教えて欲しいな♪」
「私も聞きたいです」
「あ、アタシも知りたいな〜」
「どうしよっかな〜〜」

三人の要望を叶えるべきか……ナオコはクスクス笑いながらリツコに目を向ける。

「……母さん、お願い言わないで」
「仕方ないわね……娘の頼みを聞いてあげましょう」
「とても娘には……見えないけどね」

アスカのツッコミに全員が頷いている。
何故なら、目の前にいる赤木ナオコは……二十代前半の女性にしか見えないからだ。

「もう誰にも婆さんなんて言わせないわよ。
 リッちゃんの方が婆さんかもね」

ニヤリと笑いながらリツコの方を見て話すナオコ。
言われたリツコの全身から瘴気が吹き出したのは当然の事かもしれなかった。

「か、母さん……殴るわよ」
「あら、怒ったの? もしかして……更年期が始まったのかしら?」

その声と同時にリツコの平手がナオコに右の頬に向かうが、

「エ、ATフィールド!?」

ナオコの前に展開された赤い壁に弾かれていた。

「フ、フフン。甘いわよ、リッちゃん。
 母さんはオリジナルのリリンに近いんだから♪」
「このやり場のない怒りは……リン、中和して!!」
「そこまでにして下さい。ナオコも娘さんをおちょくるのはやめて下さい」

新たに現れた人物に全員の視線が集まる。
腰まである栗毛の髪を三つ編みにして纏めて、メガネをかけた女性――新生イロウルの登場だった。

「ウル姉さま♪」
「久しぶりね、リン」

嬉しそうに抱きつくリンを見たレイ、リツコは不機嫌そうに見ている。
リン曰く、ナオコとウルが両親以外では幼い自分の相手を一番してくれた姉であるそうだから、やっと戻って来てくれて嬉しいのだ。

「嫉妬しちゃダメよ〜〜」
「そんなんじゃないわよ、母さん」
「…………」
「アンタも睨まない」

アスカがヤレヤレといった顔でレイに話すと慌ててレイは目を逸らしていた。

「母さん、一つ聞きたいんだけど」
「何かしら?」
「どうして……萌えの追求なんてしたのよ」
「だって、リッちゃんにしようかと思った時には仕事が忙しくなってダメになったもの。
 ゲンドウの馬鹿が私に仕事押し付けて磨り潰されて死んだ後、シンちゃんが復活させてくれたのよね。
 でも、復活したけど随分寂しい世界になったなと思っていた時にリンちゃんが生まれたから今度こそはと思って」
「そ、そう」
「リッちゃんと違ってリンちゃん素直だから着せ替え甲斐があると思ったけど……今度は服を自分を作らないと不味いし。
 そういう意味では戻って来れてラッキーだわ。
 リンちゃんにはたくさん着て欲しい服があるから♪」

怒るに怒れないといった様子でリツコは頭を抱えている。

「えっとね、リツコお姉ちゃんって猫耳のメイド服が好きなんだよ」
「リ、リン!?」
「あら、良い趣味してるわね。ゴスロリ服は着てみたの?」
「あるよ♪ この世界って可愛い服たくさん在るから気に入ったよ」
「それは良かったわ。今度着て見せてね」
「うん♪」

嬉しそうに報告するリンにナオコは微笑んで頭を撫でて可愛がっている。

「リツコも苦労しそうね」
「アスカ、言わないで」

アスカは自分の趣味をバラされてガックリを肩を落として落ち込むリツコの肩を叩いて慰める。
そんな時にナオコとウルの肩を掴む人物がいた。

「さあ、行きますよ。二人にはこれから頑張って頂かないと」
「「ト、トリィ!?」」
「トリィお姉ちゃん」
「お久しぶりですね、リンお嬢様。
 再会を祝してお茶会でも催したいのですが……人手が足りないので二人を連れて行きます」
「待って! せめてリンちゃんのゴスロリ服姿を見たいのよ!」
「私個人としてはマギを制圧して……そちらのお嬢さんの個人ファイルを公開したかったんですが」

ウルの視線の先にいるリツコはギクッとした擬音を出すかのように慌てている。

「なかなか面白い趣味をしているようですから暴露する事で前回のリベンジと行きたかったのですが」

ウルのコメントを聞いて、身に覚えがあるのか……リツコはダラダラと冷汗を流している。

「まあ、それは後日の楽しみにさせてもらいましょう」
「「「ああっ!?」」」

レイ、アスカ、リツコが見守る中でウルはリンを抱き寄せて頬に軽いキスをする。
アスカは自分の隣にいるレイに目を向けたくなかったが……状況を把握する為に仕方なく向ける。
そこには怒りの怪気炎を燃え上がらせるレイの姿があった。

「だからね、そうやってレイちゃんをからかっちゃダメよ♪」
「フッ、周囲に混乱と恐怖を巻き起こすのが私の特性です♪」

余裕の表情でレイを見るウルとレイの視線がぶつかり合ってスパークしているような映像がアスカには見えた。

「弐号機パイロット……後よろしく♪」
「アンタ、わざとやったわね〜〜!!」

虚数空間を展開して消えて行くウルにアスカの叫びは届かない。

「アタシがフォローしろって事なの!?
 勘弁してよ〜〜!」
「……リンは私が守る」

レイの呟きが聞こえたアスカは頭を抱えていた。

「リッちゃん! 後でリンちゃんの記録映像送りなさいよ。
 送らなかったら、リッちゃんの未公開映像を世界に配信するわよ!」
「か、母さん!?」

トリィに連れて行かれるナオコはリツコに念を押すように告げる。
リツコはその内容に顔を引き攣らせて力尽きたように床に膝をついている。

「リツコお姉ちゃんの未公開映像か……ちょっと見てみたいな」

リンだけが楽しそうな顔で三人の姉との再会を喜んでいた。


翌日、第一中学校2−Aに二人の転校生が来た。

「ティア・イエルです。ティアと呼んで下さい」

金髪碧眼ならぬ、金髪紅眼の少女が名前を告げると、その後を引き継ぐように活発なショートカットの少女が喋る。

「第二東京より来ました霧島マナと言います、よろしく♪」

その様子に男子は浮かれたように喜び、女子は浮かれ過ぎよ馬鹿と冷ややかな視線で見つめている。
赤木さんみたいなタイプだったらどうするのよとヒカリはトウジに視線を向けるが、トウジは全く気付いていなかった。
ケンスケがカメラを構えて写す準備をしているが、二人は鞄を盾にして顔を隠した。

「盗撮は犯罪よ」
「知らない人に撮られるのはノーサンキュー。
 ここの男子って節操ないのね」

二人が呆れた顔で話すと男子も女子もケンスケを睨んでいた。
クラスの品位を落とし続けていると女子は考え、男子は余計な事をしてせっかく転校して来た女子に警戒させるなと思う。
そんな中で二人が自己紹介をしやすいようにと考え、担任の教師が告げる。

「それでは本日のホームルームは自由時間をしますので、個人で聞きたい事があれば直接聞くように」

後はご自由にと言った感じで教師は職員室へ戻って行く。
クラスメイト達が二人に近付くのを見ながらアスカはリンとレイの方へ向かう。

「で、どう思う?」
「多分、二人とも十三使徒対策ね。
 ヒゲがこのクラスの誰かを選んでも阻止出来るように戦自が手を打ったと見るべきね」
「つまり、誰かをコアにしようとしても出来ないように」
「保存してあるコアを使うように仕向ける為にね。
 デュアルコア対策の一環よ」
「デュアルコア……コアに二人の人間を重ねるってこと?」
「そうよ、アスカ。
 よりシンクロしやすいように近親者の二人をインストールしようとする実験が前回の目的の一つ。
 でも、バルディエルの襲来で失敗したけどね」
「サイテ〜な話ね」
「今回は妨害する気なのね」
「そういう事。アスカは絶対にケンカなんて売らないでよ。
 マナって子なら勝てるかもしれないけど……ティア姉さんに売ったら、死ぬわよ」
「……つまり、あのティアっていうのは新生使徒なのね」
「そ、態々バックアップのために子供の姿をしてくれたの」
「なるほど、同じクラスならすぐに連絡取れるって寸法ね」
「昼休みに図書室で話してくるわ」

あっさりとリンがこの後の予定を話す。

「どうやって伝えるのよ」
「アスカも知っているでしょ。
 精神攻撃の出来る使徒アラエルは……あれの応用で会話できるの」
「あれはキツイかったわよ。
 人の思い出したくない事を次から次へと無理矢理思い出させるんだから」

不愉快極まりない不機嫌な顔でアスカが話す。

「人の心の傷に塩を塗り込めるから……頭に来るわよ」
「向こうはそんな気はなかったけどね。
 ただ人というものを知りたかっただけなのよ」
「そうなの?」
「随分、傍迷惑なやり方よね」
「手段を選んでいる余裕がなかったのは事実よね」

不思議そうな顔で聞くレイに、嫌そうな顔で話すアスカにリンは頷いていた。


「で、どっちが強いんですか?」
「サードダッシュが最強ね。マナでは勝てないわ」
「やってみないと分かりませんよ」
「エリィを相手に五分とまでは行かなくても、そこそこ戦えるわよ」
「そ、そうなんですか?」

授業が始まってからティアに質問するマナ。

「エリィの一番弟子にして娘よ」
「う、嘘〜〜?」
「事実よ、認めなさい」

ハッキリと断言するティアに複雑な顔でリンを見つめるマナ。
鬼教官であるエリィに一矢報いたい気もするが……後が怖い気もする。

「本気のエリィの攻撃を必死に耐え切った事もあるわ」
「……そんな物騒な人物に護衛なんて要るんですか?」
「あなたの役目は他のチルドレンの保護よ。
 フォースの選抜の際にネルフの妨害を優先すれば良いわ」
「了解」
「それと訓練は継続するから……腑抜けた事をすれば、後が怖いわよ」
「……情け容赦ないんですね」
「鉄は熱いうちに打てが基本だって」
「エリィさんの……鬼」
「それ、伝えとくわね」
「ティアさんも……鬼です」
「失礼ね、私は天使よ」
「それ、冗談ですよね」
「事実よ、認めなさい」

机に突っ伏して涙するマナであった。

「う、うう……こんな事なら第二に居るんだった」
「ビシバシやるから」
「この世に神はいないのね」
「神はいるわ。貧乏神と厄病神がね」
「救いがないじゃないですか?」
「セカンドインパクトで神は消えたから」
「ゼーレとネルフの……バカ」
「そうね。碌な事をしない神様気取りの愚か者ども……さっさと始末したいわね」
「全くです」
「ちなみに勉強の成績が悪いと私が補習するから」
「容赦ないっス」
「赤点しなければ良いだけよ」

一度学校に通ってみたいと思ったマナは早くも後悔していた。


同じ頃、冬月はゲンドウに報告している。

「碇、コード707に転入生が来たぞ」
「どういう事だ?」
「第二東京からの指示らしい」
「戦自か?」
「おそらくな。チルドレンの確保かもしれんが全体の規模を調べるか?」

中学生だけを送り込んでくる訳がない。
本隊と思える存在が必ず第三新東京市に潜伏しているからその規模を調査しなければならない。
目に見える存在はあくまで囮だと二人は考えている。

「任せる」
「何処から漏れたと考える?」
「奴か?」
「その可能性が高いな」

特殊監査部の加持リョウジかと二人は考える。

「しかしだな、彼の動きからは不審な点は少ないぞ」
「別の線があると?」
「可能性はあるからもう一度再調査させる」
「問題ない」
「本気で思っているのか?」
「…………」

冬月の問いにゲンドウは沈黙していた。
この男の問題ないは絶対に信じられないと確信した冬月だった。



昼休み、図書室で五人は顔を合わせている。

「久しぶり、ティア姉さん」
「リンちゃんも元気そうで良かったわ。
 あのヒゲが苛めていたら第三を壊滅させようと考えていたのよ」
「それはダメよ。壊すのなら私がしたいもん」

仲良く話すリンとティアを見ながらマナはアスカに聞く。

「あれって冗談ですよね……響きは本気に感じられるんですけど」
「ノーコメントよ」
「此処がどうなっても知らないわ。
 リンがいれば、問題ないわ」
「だから、アンタは妬かないの」

疲れた顔でレイを押さえようとするアスカに、マナはこの人が一番苦労していると感じた。

《気を付けなさい、ロストナンバーが来たわ》
《予定通りって事?》
《全部で四体だけど、希薄過ぎて気配が読み難いわ》
《了解。人体改造なんて、ホントくだらないわね》

この二人の会話は三人は聞こえていない。
傍で見ていると仲良く見つめ合っているとしか思えなかった。

「あ、あれって睨めっこ?」
「……違うわよ」
「リン、見つめ合わないで」
「もしかして……この人ってユリ?」
「そんなんじゃないわよ……多分」

マナの質問に深いため息を吐いて答えるアスカであった。

「……苦労してるんですね」
「ネルフって、まともな人間ほど苦労すんのよね」
「ご愁傷様です」
「アンタも巻き込まれたんだから苦労しなさい」

アスカの意見を嫌な顔で聞いていたマナだった。

「レイ、アスカ……明日やるわよ」
「分かったわ」
「オッケー明日ね」
「霧島さん……明日、第十一使徒が来るわ。
 だけど、ネルフはその事実を誤報と称して隠蔽するから上手く活用するようにお父さん達に話しておいて」
「ラジャー♪ マナって呼んでくれても良いわよ。
 シンジさんにはお世話になっているから」
「その名は出来るだけ出さないで……お父さん、ネルフと敵対してるから隠蔽したいの」
「そっか……シンさんで通して良い?」
「それで良いわ」

シンジの名が出た瞬間、レイとアスカが複雑な感情を見せるような顔に変わる。
会いたい気持ちはあるが、今更会ってどうなるという気持ちもある。
レイとしては、良かれと思った行為が結果的に苦しめただけに会わせる顔がない感情が先に出てしまう。
アスカも自身の未熟さでシンジを苦しめてしまったので会う事を躊躇っている。
二人とも友人として、もしくはそれ以上の好意があったかもしれないので……会った時に拒絶されるのが怖いのだ。

「そのうち会うことになるけど……まだ気持ちの整理がつかないわね」
「……そうね」
「シンさんの事、知っているの?」
「……まあね」
「……知っているわ」
「聞きたい気もあるけど、なんか複雑そうだからやめとくわ」
「そうしてくれると助かる。色々厄介な事があるから」
「ええ、言えない事が多いから」

苦笑するアスカに沈んだ顔のレイ。二人とも碇シンジというかつての仲間に対する今の自分の感情を持て余していた。


第三新東京市の一画にある個人経営の小さな会社が存在する。
使徒戦が始まった直後にネルフの認可を受けて設立されていたが、その規模ゆえに人の目が触れる事は少なかった。
その会社の地下室に大量の銃器が置かれ、二基のシミュレーターが備え付けられている。
会社の名は有限会社スピリチュアルインダストリー、スピリッツの拠点だった。
社員は戦自からの出向者で構成されて、第三新東京市での諜報拠点でもある。

「三島さん、これを全員に渡しておいて下さい」

段ボール箱を抱えていたシンジは戦自側の責任者である三島英司(みしま えいじ)に渡す。
見た目は何処にでも居そうな平凡なサラリーマンに見えるが戦自の諜報部でも指折りの存在である。
彼と彼の部下の経歴を真っ白にしてこの都市に潜り込ませたシンジ達の手腕には専門家の三島も感心している。

「マギの目を欺く為に用意した携帯電話型の通信機です。
 これなら通話記録も残りませんし、電話を掛けているように見えますからこの都市での活動に最適です」
「了解した。全員に配っておく」
「ネルフの本部内に資材を搬入する事もありますが当面は擬態して探りは入れない方向で。
 まもなくマギの電子制圧の手配が完了します。それが終わるまではこの町に馴染む事を優先します」
「分かった……こっちが用意した会社は囮にして動かすぞ」
「そうですね。出来る限り、ここの存在は表に出さないようにしましょう。
 後はトリプルの動きに注意して下さい……節操はありませんが一流の諜報員ですから」
「きちんと仕事をしていれば、我々が来る事もなかったんだが……」

三島は内調の後始末をしているような気分になって苦笑する。

「真実が知りたいそうですよ」
「アホか、そいつは。真実なんてものは人の数だけあるんだぞ。
 人の感情もあるし、思惑だってある。その場に居たからといって人の心の動きを読める訳がなかろうに。
 俺達の仕事は知る事ではなく、情報を集めて分析するだけだ……真実を知る事ではない。
 大体知ってどうする気なんだ?」
「公表する気はないみたいです。ただ知りたいだけですかね」
「興味本位の仕事か……諜報員失格だな。
 そんな事をしている限り、絶対に真実には到達出来んし……良い様に使われるだけだ」
「良い様にパシリをしながら見当違いの調査をしてますよ」
「そして……処理される運命だな」
「助けますか?」
「残念だがその気はない。
 俺達はチームで行動している。個人で好き勝手に動く者は組織に不利益を与えかねない。
 内調もよくもまあそんな男を使ったもんだ」
「腕は優秀ですよ」
「腕だけではダメだな……歯車になれとは言わんが」

呆れと苦笑が混ざった顔で三島が話す。

「一匹狼を気取ったのかもしれんが……そんな事をしている限りはこの世界では長生き出来んよ」
「八方美人はダメですね」
「全くだ」

二人はそこで苦笑いをしてから、会話を本筋に戻す。

「こっちは表裏合わせて四チーム48名を投入する」
「ここは別で考えていいですよね」
「そうだ。俺達は完全に別系統として動く」
「その四チームは通信機をメインに動かして下さい。
 この街では携帯は全てマギを経由しますので通話記録から監視される危険性があります」
「電子制圧で誤魔化せないのか?」
「残念ですが、電子制圧はA−801の為のものです。
 土壇場でネルフを支えるシステムを強奪します」
「なるほど……了解した」
「状況次第ではマギの専門家をこちらの味方に加えられそうです」
「そいつは僥倖だな」
「ええ、内部パスの偽造も可能になりますのでギリギリまで交渉する予定です」
「そっちは任せる。俺達は選抜される予定のチルドレン候補の保護を優先する」
「おそらくあと一人はコード707から選ばれます。
 サードインパクト用の量産機はおそらくダミープラグを使用するはずですから」
「二人じゃないのか?」

アメリカで建造されている参号機、四号機はネルフ本部に来ると三島は考えていた。
したがって後二名がチルドレンとして選出されると踏んでいたのだ。

「四号機なんですが……試作のS2機関を前倒しで動かす危険性があるんです」
「……つまり、失敗して使用不可、もしくは廃棄になると?」
「その通りです。かなり工期を急がせて杜撰な状況になっています。
 アメリカのほうは別系統で調査を進めてますが……芳しくないんです」

シンジはこれから起こる事を詳しく説明する気はないので濁しておく。

「そうか……被害は大きくなるのか?」
「判断できません……人が作ったS2機関の暴走は初めてですから」
「……あれこれ言っても仕方ないな。出来る事をするか」

お互い派手に動く事は出来ない事を三島は知っているので出来る範囲内でベストを尽くすと割り切る事にした様子だった。

「選抜後、チルドレンの家族を誘拐する可能性があります」
「その時は手加減無しで処理してやる。
 ウチにファントムがある以上は誰かを人柱にさせる真似はさせんよ」
「パイロットも順調に育ってきました。
 そろそろ、エヴァはこの舞台から退場してもらいましょう」
「家族を生け贄にして動かす機体は不要だな」

三島とシンジの視線が絡み合って頷きあっている。
戦自によるネルフ包囲網は着実に狭まっている事をネルフは……知らない。


リツコは複雑な顔でシンクロテストを見つめている。
今日、ダミー使徒が侵攻してくる事は聞いているが、その点は心配していない。
ただ、もう一つの問題が気懸かりなだけだった。

「赤木部長、深度をもう少し落としますか?」
「そうね、コンマ1落として」

今日のシンクロテストにマヤは配置していない。
発令所に配置してクラッキングに備えるようにしている。
他のスタッフの練度を上げるという名目でマヤには待機してもらった
少し残念そうな顔をしていたマヤだったが、リツコの立場を知っているから文句を言う事はなかったし、

「他のスタッフがもう少し動けるようにならないと、いつまで経っても楽にならないわね。
 マヤの代わりとまでは行かなくても……マヤに仕事を押し付けるのも悪いし」

リツコが更に仕事を押し付ける気があると感じたマヤは涙目になっていた。
敬愛する先輩の手伝いはしたいが……もう少し休ませて欲しいと目が語っていたが、リツコは気が付いていなかった。
そんな訳でマヤはリツコのスタッフの育成に反論はしていないし、積極的に協力していた。

「リツコ、なんかあったの?」
「そうね。ミサトが真面目に仕事をしているから嫌な予感がするのよ」
「どういう意味よ?}
「言葉通りだけど……今日、傘持って来てないのよ」

リツコの声にスタッフも天井を見て不安な顔をしていた。

「うっかりしてたな……洗濯物まだ取り込んでなかった」
「私、傘持って来てなかった……置き傘あったかな」
「今日は車じゃないんだよな」

スタッフから雨対策の意見がちらほらと出ているのをミサトは顔を顰めて聞いている。

「これが技術部スタッフから見たあなたの評価なの」
「失礼しちゃうわね」
「この評価を改めさせたいなら結果を出すことね」

前回の造反事件を揶揄していると感じてミサトが更に顔を顰めて聞いている。
リツコにすれば、書類仕事を部下に押し付けて自分だけ楽をしている責任者に従う部下はいないと思っている。
むしろ、自分なら積極的にその立場から引き摺り落とそうと行動する。

「わかってるわよ……ちゃんとしてるでしょ!」
「そうね。今は続いているけど、何処まで続くかしら?
 二度目の温情はないと覚悟しておく事ね」

グッと言葉に詰まるミサト。リツコの意見に技術部のスタッフは何度も頷いている。

「司令もずいぶん甘い事するわね……私ならとうの昔に切っているけど」
「リ、リツコ〜〜、そ、そりはちょっち酷くない」
「そうかしら? あなたが立案した作戦って……穴だらけじゃない」
「これからはパーペキな作戦で行くわよ!」
「……期待してるわ」

絶対嘘だとミサトは思う。リツコは自分の能力を疑っていると言葉の節々から感じられる。
作戦部長として威厳を示す必要があるとミサトは考えていた。


発令所では冬月がシゲルに尋ねていた。
実験棟近くの第87蛋白壁の劣化の修復状況が気になったのだ。

「第87蛋白壁の補修は完了したかね」
「昨日、完了した報告があったんですが…」
「何か不具合があったのか?」

シゲルがキーボードを操作して現在の状況を見せながら話す。

「補修してすぐに……またカビの様な物が繁殖したんです」
「ふむ、繁殖するような場所には思えんが」
「杜撰な工事みたいでかなり深い部分まで劣化が進行しているのでしょうか?」
「面倒だが区画全体の調査をするべきか」
「何処の業者ですかね、こんな杜撰な事をするなんて」

シゲルが憤慨して話した直後に非常警報が鳴り響いた。

「何事だ!?」

冬月が慌てて尋ねると発令所内に次々と状況が報告される。

『シグマユニット、Aフロアーに汚染警報発令』
『第87蛋白壁が劣化、発熱しています。第六パイプにも異常発生』
『蛋白壁の侵食部が増殖しています。爆発的スピードです』
『実験中止!第六パイプを緊急閉鎖!』

「ポリソームを出して下さい!
 これ以上の浸食を防いで、この先は実験棟があります!」

マヤが慌てて指示を出して行く。
今日は下の実験棟でシンクロテストを行っているのだ。

『マヤ、パターンを分析して!』
「は、はい!」

リツコからの連絡に慌てて分析を開始したマヤの顔が青褪めている。

「パ、パターン青……使徒です!」
「な、なんだと!? 使徒の侵入を許したのか!?」

発令所内が、今までと違うパターンで使徒が襲来した事に騒然とする。
緊急警報が鳴り響く中、最上段に座っていたゲンドウが告げる。

「警報を止めろ。誤報として委員会と日本政府に伝えろ」

威圧するように部下達を見下ろしているゲンドウに慌てて警報を切ってすぐに指示を各所に回していく。

「汚染区域は更に下降、シグマユニット全域へと広がりを見せています」
「汚染はシグマユニットまでで押さえろ!
 ジオフロントは最悪、犠牲にしても構わん。エヴァは?」
「第七ケージにて待機中、パイロットを回収次第、発進できます」
「パイロットを待つ必要は無い。
 すぐ地上に射出しろ、初号機を最優先だ。そのために弐号機を破棄しても構わん」

いつもよりも焦るように告げるゲンドウに、冬月は目を向けた。

「エヴァを汚染される前に射出しろ」
「りょ、了解」

エヴァの汚染という言葉に発令所内のスタッフがハッとする。
人造使徒という事を知っている者はエヴァの使徒化の危険性に気付き、ゲンドウの言葉に即座に従う。

「初号機、零号機、弐号機、射出します!」
「ファースト、セカンドチルドレンを急行させて待機させます」
「サードダッシュは?」

冬月が問う。この場で最も頼りになると同時に危険な存在であるリンの所在を確認したかったのだ。

「現在、シグマユニットでシンクロテスト中!
 待って下さい……プラグを緊急射出したみたいです」

マコトが冬月の問いに答える。

「とりあえず汚染は免れそうだな」
「ああ」


実験場ではリツコが慌てる事なく指示を出す。

「ここを放棄するわ。全員退避しなさい」

スタッフはリツコの指示に手元のキーボードを操作して実験場の封鎖処理を行う。

「ミサト、発令所に行くわよ」
「そうね、急ぎましょう」

処理が完了したスタッフは足早に実験場から出て行く。

「今回はミサトの出番はないわよ」
「なんでよ?」
「使徒の大きさが小さいからよ。
 推測だけど……かなり小型の使徒でエヴァじゃ対応できない可能性が高いわ」
「厄介な存在が来たものね」

目に見える形で来たのではないとリツコが告げるとミサトは苛立つように聞いていた。


発令所内ではポリソームによるレーザー照射を開始したが、

「ダメです! ATフィールドで弾かれました!」

浸食部に浮かぶ赤い壁――ATフィールド――に受け止められていた。

「純水とLCLの境目で止まっています」
「無菌処理でオゾンを噴出している部分は汚染されていません」
「オゾンを投入してみます!」

マヤが最上段の二人に告げて実験場のオゾン濃度を上げると浸食部分が減少していく。

「マヤちゃん、効いてるぞ」
「オゾンを更に増やせ!」

シゲルの声に続いて冬月が指示を出す。
画面に映る使徒の姿は減少していくが一定の所で止まり……、

「本体に届いていないのか……?」
「浸食再開します!
 今度はオゾンを取り込み始めました」
「これって……自己進化でしょうか、副司令?」

マヤの疑問に冬月は複雑な顔で画面を見ている。
無数の赤い斑点が徐々に増え始めている。

「オゾンを止めなさい……更に活性化するわよ」
「先輩!」

マヤが振り向いた先にはリツコとミサトがいた。

「浸食状況を出して」
「は、はい」

リツコの指示にマヤが即座に動いて画面に提示する。
画面を見ながらリツコは状況が切迫している事に気付いた。

「不味いわね……マギを乗っ取る心算かしら?(う〜ん、前回とほぼ同じ侵攻状況ね)」
「ヤバイじゃない、リツコ。
 万一乗っ取られでもしたら……エヴァの運用も出来ないわよ!」

ミサトが叫ぶと同時に状況は一気に加速していく。

「サブコンピューターがクラックされています」
「侵入者は「目の前に居るでしょう」……」

不明と言いかけたマコトの声を遮ってリツコが告げる。
画面に映る模擬体が電子回路のような発光パターンに変化している。

「マヤ、マギの一つに侵入したらロジックモードを変更するわよ」
「わ、分かりました」
「それとファイルX−03に試作のプログラムがあるから使って」
「何のプログラムですか?」
「ヴェノム――対使徒用に製作していた自壊プログラムよ。
 使徒は自己進化するからそれを逆手に取ってみようと考えて作っていたの」
「ヴェノムって事は……毒ですか?」
「多分、一回しか効かないと思うけどね」
「何で一回しか効かないって思うのよ、リツコ」

二人の会話にミサトが入り込んでくる。そんな便利な物があるのならもっと早く使いたかったと思う。

「自己進化する以上、毒さえも取り込んで武器に変えるかもしれないわよ。
 万が一エヴァに使われたら自己進化しないエヴァはお終いだから」
「なるほどね。エヴァにとっても危ない武器になるわけだ」

ミサトは剣呑な目になって話す。
リツコはいざとなればリンに使う気なんだろうと思うが、無駄な事をとしか言い様がなかった。

「……試作品だからプログラムしかないわよ」
「そ、そうなの?」
「言って置くけど……これって人類にも通用する危ない致死性の高いウィルス兵器になる可能性もあるから」
「何でそんな物騒な代物作んのよ!?」

ミサトが焦るように叫ぶと周囲のスタッフもリツコがマッド化したのかと危惧していた。

「だからプログラム段階で止めているのよ。
 一回だけと決めて保存していたからプログラムを動かしたら残らないように自己消去するようにしているの。
 後は私の頭の中にしか残らないようにしてるわよ」

それだけ告げるとリツコはマヤを席からどけて、自分の手で操作した。

「これでお終い……ね」

リツコの言葉通りネルフに侵入してきた使徒はあっさりと消滅した。

「サンプルとして欲しかったけど……次に期待するわ。
 マヤ、システムのチェックお願い」
「は、はい」

リツコが席を退いて、マヤに返す。

「ミサト、エヴァの回収お願いね。
 私はリンの迎えに行くから」
「え、ええ」

颯爽とした足取りで発令所から出て行こうとするリツコにミサトは問う。

「アンタ、もしかしてエヴァ無しで勝つ自信があるの?」
「フフ、どっちだと思う?」

不敵な笑みを浮かべて問い掛けるリツコにミサトは底知れない恐怖を感じる。

「もしかして……マッドになったんじゃないわよね?」
「安心しなさい。ミサトを最初の犠牲者にするから」
「ぜ、全然安心できないわよ―――っ!!」
「……冗談よ」

リツコはミサトに軽口を叩いて発令所を後にする。
その様子を見ていた冬月はゲンドウに聞く。

「赤木君は大丈夫だろうな」
「問題ない……多分」
「……多分では困るが」
「最初の犠牲者は葛城三佐だ」
「そうか……そうだな」
「……ああ」
「もしかしてナオコ君以上に危険な人物になるのか?」
「彼女はまともだったぞ」
「仕事を押し付け過ぎたかな」
「……かもな」
「まあ、葛城君の次はお前だから問題ないか」
「問題……あるぞ」
「お前が仕事を押し付けなければ大丈夫だろう」
「…………ああ」

普段と変わらぬ様子のゲンドウだが冬月は焦っていると見ている。
その様子を見て、冬月は一人満足していた。


――少し時間を遡る。
地底湖に射出されたリンはエントリープラグから出て、周囲の状況を確認してため息を吐く。

「……失敗したわ。向こうまで泳ぐしかないわね」

エントリープラグのハッチをロックして仕方なく泳いで湖の岸まで辿り着く。
そこには四人の男が待ち構えていた。

「サードダッシュだな」
「誰よ?」

一応、知っているが知らないフリをして聞く。

「お前に会いたいという方達がいる……付いて来い」
「ゴメンだわ。用があるなら自分から足を運んで来なさい」
「お前に拒否権はない」
「失敗作のくせに偉そうな口を聞くわね」
「おろ〜〜お嬢ちゃん、誰に聞いたんだい〜〜」
「さあ、選択肢は二つよ。
 素直に飼い主の元に帰って死ぬか、私に殺されるか……どっちにする?」
「フン、多少は出来るみたいだが……我々に勝てると思うのか?」

自信満々に言い放つ男にリンは告げる。

「使徒の模造品がオリジナルに勝てると思っているの?」
「そりゃ、どういう意味かな〜〜」
「私はリリスから生まれたリリンよ……出来損ないに劣ると思って」

赤い壁がリンの前に出現して、刀の形に変化する。
その刀を手に取り、不敵な笑みを浮かべて宣言する。

「紙屑みたいな脆弱な力で満足している出来損ないに死を」

信じられない展開にリーダー格の男は焦っている。

「どういう事だ?」
「要はネルフにそれだけの技術があるって事だろ」
「そういう事よ……どこぞの誰かさんが隠匿してたの」
「ちっ! やはりあの男は裏切る心算だったのか!」
「教えた以上は生きて返さないから」
「そいつはどうも〜〜」

軽口を叩いた男はいきなり発砲するが、

「あらら〜〜牽制にも使えないんだ」
「複数のフィールドの展開は基本なの」
「下がるぞ!」
「ラジャ〜〜」

銃弾を赤い壁で受け止めたリンに発砲を繰り返しながら男は告げると全員が動くが、

「遅いわよ」

リンがフィールドの刃を飛ばしてあっさりと仲間の首を刎ね飛ばし、その身体を細切れにする。

「聞いてるか〜〜、すぐに離脱しろ〜〜」

通信機で他のスタッフに連絡しようとしたが、

『ただいま外出中です。ピーという発信音がなりましたら伝言を「これ通信機だぞ〜〜」……そう、ダメなのね』

と暢気な返事が来たので自分達が罠に飛び込んだと気付いた。

「……やってくれたな」
「死ぬにはちょうど良い日和よ」
「嬢ちゃん、アンタ、スピリッツか?」
「なにそれ?」

語尾を伸ばしていた男が真面目な顔になって問う。
既に同胞の二人はリンの手で細切れに切り刻まれていた。
知っているが知らないフリをするリン。

「スピリッツ……ゼーレじゃないの?
 まあ、どっちにしても口封じするけどね」

「どう思う?」
「どちらにしてもこれまでなら戦って死ぬ」
「仕方ないな……付き合ってやるよ」

逃げられないと判断したのか……二人の男達はリンに向かい合う。

「一応名乗ってあげるわ。
 赤木リン……第十八使徒リリンのもう一つの選択から生まれた者よ」
「俺はミハイル・バウアー」
「俺はアーロン・シュタイン」
「他の誰かかが忘れても私は貴方達の事を忘れない……出来損ないではなく、戦士として死になさい」
「「感謝する」」

目の前の少女の言葉に礼を述べて戦いを開始する。
勝ち目のない戦いだが二人は満足している……実験体として死ぬより、戦士として死ねる事に文句など言う気はない。
四人の遺体をリンはアンチATフィールドで分解し、機械部品を埋葬する。
埋葬が終わった頃にリツコがリンの元に歩いてくる。

「お疲れ様」
「うん…………これで良かったのかな」

どこか迷った顔でリンはリツコに聞く。
理性では判ってはいるが、感情が追い着かないのかもしれないとリツコは思う。

「私が彼らの立場なら人として死ねる事に感謝するわ。
 もっとも……人間を辞めようとしている私が言っても説得力がないけどね」
「そんな事ないよ……ゴメン、弱気なこと言った。
 一応覚悟はしてたけど……もう言わないから」
「じゃあ忘れないようにしなさい」
「うん、忘れない……絶対にね」
「それじゃあ行きましょう」
「……手を繋いでいい」

おずおずと聞いてくるリンにリツコは自分から手を掴んで話す。

「いいわよ」
「ありがと」
「どういたしまして」

まだ子供なんだとリツコは思う。
確かに鍛えられているが……実戦の経験は初めてで自身の手で人を殺す事はこれが最初なのだ。

「私はリンの事、嫌いにならないから安心していいわよ。
 レイもアスカも嫌いにならないわ」
「そうかな」
「ええ、アスカは軍事教練を受けているから覚悟が出来ているし、レイは貴女が好きだからね」
「だといいな」
「聞けばいいわ。少なくとも私はリンの事好きよ」

慰めるのは苦手だがはっきりと告げておく。
言葉にしなければ、伝わらない事がある事をリツコは知っているから、ちょっと恥ずかしいが告げる。

「男だったらリツコお姉ちゃんをお嫁さんに出来たけど……女だからダメね」
「そうね」

リツコは苦笑する。こういう言動は子供だと思う。
よくよく考えるとナオコに育てられた部分もあるので自分にとっては妹みたいなものかもしれないと考える。

「何かあったらお姉ちゃんに相談しなさい。
 力はないけど……心を少しだけ軽くさせるくらいは出来るわよ」
「……そんな事ない。お姉ちゃんはとっても頼りになるよ」

二人は笑みを浮かべるとゆっくりと歩き出す。
その姿を見れば、親子もしくは姉妹に見えるかもしれない。










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どうもEFFです。

ロストナンバーを強敵にしようかと考えたんですが……無理っぽいんであっさりと終わらせました。
ナオコ、イロウルのコンビの出番はそのうちに出ると思いますので、期待して下さい。

それでは次回もサービス、サービス♪



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