暗い部屋で発光しているモノリス。

『ロストナンバーがあっさりと敗北した』
『所詮失敗作という事でしょうか?』
『それ以外には考えられぬ』
『然様、でなければ、スピリッツは使徒を生み出す力を持っておる事になる』
『我々の力を上回る事などありえん!』

スピリッツにリンの召喚の邪魔をされたとゼーレのメンバーは決め付けている。
不安定ではあるが、それなりの戦闘力を有していた者達が人間の少女に敗北するとは想定していない。
自身の能力を過信しすぎだとシンジが聞いていたら思うが、自分達が神になると考えている傲慢な連中に通じないだろう。

『どういたします。あの男を介して召喚させますか?』
『いや、まずはこちらの状況を立て直す……国連内と各国の諜報機関の動きを止めねばならん』

キールの言葉に口を挟む気はない。
世界からゼーレの影響力は確実に削がれているのを防いで、再び取り戻さなければならない。
第十一使徒イロウルの事件は誤報となっているが、日本政府は猛然と噛み付いてきた。
"使徒専門の特務機関が誤報などあってはならない事だ"とネルフの失態を非難している。
"何の為に莫大な予算を捻出しているのだ"と抗議し、誤報というがこちらの調査では本部内に侵入していると証言している。
"ネルフの虚偽発言はどういう心算なのか?"と前置きして、ゲンドウの偽証の証人喚問を行いたいと申している。
ネルフ司令、碇ゲンドウはその強引な手法と説明しない点から世界各国からよく思われていない。
"莫大な予算を投入して好き勝手するような人物を据え置く人類補完委員会は何を考えている"と叫ぶ。
これには各国も同調して証人喚問を行いたいという意見が国連内の大勢を占めていた。
以前ならば、ゼーレの影響力で黙らせる事も可能だが……支配力の低下した今は思うように行かない。

『忌々しい事だ。我々の偉業を知らぬ愚民どもが』
『行き詰った人類に福音を呼ぶ人類補完計画を知らぬから勝手な事を言えるのだ』

文句を言うなら世界中の人間に是非を問えば良いのだが行わない時点で自分達の行為が本当に正しいと省みないのだろうか?
その時点で自分達の行いは正しいとは言えないのだと気付けば救いがあるが……妄執がそれを阻んでいる。

『まずは国連を掌握する。これ以上我々のシナリオの邪魔はさせん』

強権を発動させて、今回の一件を黙らせたが、不審の火は消えていない。
いずれ業火となって再燃する事を彼らはまだ知らなかった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:20 幕間、人侵入
著 EFF


英国にあるカフェテリアで二人の男性が午後のティータイムを楽しんでいる。

「彼らが反撃に出るみたいです」
「ほう」
「まず国連内の掌握みたいですね」
「国内の掌握は後回しか」
「日本のネルフ司令の証人喚問要求が効いたみたいです」
「後ろ暗い事が山ほどありそうだからな」
「国連内はこちらで対応しますが、自国の方はジェームス・ボンドに任せますよ」
「それは嫌味かな……失態続きのMI6(英国情報部)に対する」

苦笑いをしながら紅茶を飲む人物――英国情報部の諜報員――にシンジが告げる。

「相手は火事場泥棒で、世界の混乱を事前に察知して利用しましたから後手に回っても仕方ないですよ。
 その正体と構成員のリストがあれば……対応できませんか?」
「お膳立てされて負けるほど……我々は甘くはないよ」
「気を付けて下さい。規格外のサイボーグ兵とか居ますから」
「資料は見せてもらったが……いったいどれ程の犠牲を出して作り上げたんだろうな」
「万に届くほどの人間が実験体として殺されていますよ」
「ふざけた話だ」
「所詮、自分達以外の命など軽んじている連中ですから」

紅茶を飲み終えたシンジは席を立ち離れようとする。

「では、次回も無事に会える事を信じていますよ」

別れの挨拶をしてシンジは雑踏の中に消えて行く。

『追跡しますか?』
「やめとけ……正直、弾薬庫に火を投げ込む気がする」
『そんなふうには見えませんが』
「相対すりゃ分かる。
 相当の修羅場を潜っているのか……人の死に対して全然揺るがない。
 必要ならこの場に居る全ての人間を顔色一つ変えずに殺しかねないぞ」
『……まさか』

通信機越しでも同僚の声が震えていると感じられる。

「目を見るのが怖いんだよ……深くて暗い闇に飲み込まれそうで」
『大丈夫か?』
「人の姿をしているけど……人じゃないように見えるんだよ」

男は残りの紅茶を一気に飲み……その温かみを身体に取り込もうとする。
普段のシンジは寒気を感じさせる事はないが、一人で行動する時はその本性を垣間見る事になる。
人を見下している訳ではない……ただ、本当にどうでも良いと割り切っているだけなのだ。
家族以外のヒトの死にシンジは揺れる事はなく、その裡に秘めた感情を感じ取ってしまった。
憤怒、慟哭、狂気、絶望、虚無など……人があまり知りたくないと思う感情が僅かに零れていただけ。
だが、そのホンの僅かな感情だけでも人が触れるのは危険なだけなのだ。

「寒気が収まらないな……度数の高いウオッカでもがぶ飲みしないと熱くなんねえよ」
『随分と臆病な事を言うもんだ』
「今度はお前が会えばいいさ……俺はもう会いたくない」
『いいだろう。代わってやるよ』
「すまない」

呆れるように話す男だがシンジと相対した時に同僚の怯えが瞬時に理解出来た。
絶対的な虚無を抱え、暗い闇の中へ誘おうとする狂気を含んだ瞳に……。
心ではなく身体が叫んでいる……逆らってはならない、自身を滅ぼす絶対の存在だと。



暗い部屋の中で映像が流されている。

第三使徒、サキエル戦。

初号機パイロット碇シンジを使徒襲来当日に召喚、初号機に搭乗させる。
戦闘中コアに損傷を受けて暴走、碇シンジを取り込んで復元したと推測される。
その後、プラグ内にサードダッシュチルドレン赤木リンを輩出する。
これ以降、そのシンクロ率の高さから赤木リンをサードダッシュチルドレンとして登録する。


第四使徒、シャムシェル戦。

初号機にて使徒迎撃を行い、これを撃破。
またエヴァの損害は軽微であり、赤木リンのパイロットとしての能力の高さを評価する。
サードダッシュはATフィールドを自在に使いこなすように見える。


第五使徒、ラミエル戦。

赤木リツコの言葉により、ダミーバルーンによる偵察で遠距離型の使徒と判明。
零号機の支援と戦略自衛隊との共同作戦で超長距離からの一点突破攻撃によって撃破する。
この際の損害は盾とした使用したSSTOと使徒のボーリングによる施設の損傷という結果で作戦は終了する。


第六使徒、ガギエル戦。

太平洋艦隊に運搬されてきた弐号機に、セカンド、サードダッシュの2名が搭乗。
UN軍との共同作戦により、弐号機には損害なく、UN軍側の損害もない完勝で終わる。


第七使徒、イスラファエル戦。

戦自が開発した新型機動兵器ファントムによって殲滅。
ATフィールドの攻撃転用という今までにはなかった戦術がファントムから確認される。
またファントムの能力を見たUN海軍アルバート・ハルトマンの報告を読んだUN陸軍はファントムの購入を国連に進言。
国連内でもUN軍に採用との動きが出て来る。
低予算で量産性の高いファントムを大量投入して使徒戦を乗り切るべきだとの意見が国連内に浮上する。


第八使徒、サンダルフォン戦。

火口に潜む使徒に対し捕獲作戦を決行。
捕獲後、孵化を開始した為に殲滅に変更する。
なお、本作戦は孵化前という事でエヴァを使用せず無人機による攻撃で撃破。
よってエヴァの損害はない。


第九使徒、マトリエル戦。

ネルフに対するテロ事件のおかげでネルフ本部は停電した為に使徒戦は出来ず。
戦自のファントムによる攻撃で殲滅。
ネルフの対人システムの強化を熟考する必要あり。


第十使徒、サハクィエル戦。

衛星軌道上から落下してくる巨大な質量の使徒を初号機のATフィールドの攻撃転用で削り取る。
この攻撃で約六割の身体を消失し、初号機、零号機で受け止めて弐号機で撃破。
なお、エヴァの損害は軽微である。


番外使徒

解読していない記述にあった使徒。
自己進化に優れ、本体を別の場所に隠蔽してエヴァの武装を無効化しようとしたが断念。
理由は不明だが進化を中断して、本体が出現し完全体になる。
通常火器は効果が薄く、ポジトロンライフルも無効化するも、近接装備を秘匿した結果勝ちを収める。


第十一使徒、イロウル戦。

ネルフ本部への侵入は誤報と報告されるが、戦自の監視システムは使徒の存在を確認。
この事によるネルフ司令の虚偽発言が国連内で大きな波紋を起こしている。
一時は証人喚問も考えられたが……人類補完委員会の執り成しで保留される。


『碇よ……偽証は不味かったな』
「あれは誤報です」
『戦自のシステムはネルフと同程度の物があるようだ』
「……では、どうしろと?」
『分かっておるが、もう少し謙虚になりたまえ……以前とは違うのだ』
『然様、ネルフだけが対抗出来るだけではないのだ』
『赤木ナオコ博士は死んだのだな……碇よ』
「間違いありません。司法解剖もしましたので不審な点はありません」
『では、この人物は誰だ?』

新たに映し出された人物の映像にゲンドウは僅かに反応する。

『赤城ナオコ……ファントムの設計者だ』
『こちらにある資料から判断すると同一人物にしか見えん』
「ですが……年齢が合いません」
『そう、その点が我々にも判断できない……クローンを誰かが作った可能性は?』
「それこそ無理です。あの年齢にまで成長させるには二十年は掛かります」

画面に女性はどう見ても二十代前半に見える。
クローン技術がまだ完全に確立していない状況でこれほどの物が出来るとは考えられない。

『赤木ナオコの隠し子か?』
「代理母による誕生とでも?」
『その可能性が最も高いな……赤木リツコ博士の妹と考えるべきか』

自身の卵子を他の女性に使用して複製体を用意したというのが最も正論と考えられる。

『戦自、日重の調査を急ぎ執り行え。
 特に赤城ナオコの出生についてだ』
「……わかりました」

厄介な仕事を押し付けられたと思う。
どちらもネルフとは敵対組織と言っても過言ではない。
諜報部も特殊監査部も被害は甚大になると予想されるから自分の手足をもぎ取られる可能性が高い。

『『『『全てはゼーレの為に』』』』

そんなゲンドウの考えなど気付かないように老人達は消えて行く。
明かりが点いた部屋でゲンドウは普段よりも苛立ちを含んだ顔で立っていた。



日重の一画に謎の部屋が出来た。

"ここに入る者……希望を捨てて、欲望のまま突き進んでね〜〜♪"と扉の前に書かれ、訪れる者に微妙な威圧感を与えている。
だが、中はそんな威圧感など吹き飛ばすように明るい落ち着いた部屋になっていた。

「フ、フフ……ゲンドウ君も焦っているわね〜♪
 ま、あんな男の顔よりもこっちの方が重要だけどね」

画面に映るリンの映像にナオコはウットリと見つめている。

「やっぱり女の子は良いわね♪
 着せ替え甲斐があるから」
「全くよね、ヒゲの顔の映像より何億倍の価値があります」
「リッちゃんもさっさと結婚して孫でも作れば良かったのに……困った子ね。
 あんな穴蔵に閉じ篭るから婚期が遠退くのよ」

リツコが聞けば激怒しそうな事をナオコは同僚のウルに話している。
二人はこの部屋でネルフが所持していたマギコピーの制圧を担当していた。

「そろそろ……新しいのを作る」
「そうね、マギを超える新型は必要よね」

マギに侵入して魂はアダムに還ったが身体の一部はマギと共生した間柄でツーカーの仲だった。
イスラファエルのような完全なる分身ではないが……コンビを組めば電脳戦に負ける事は殆んどない。

「ここじゃなく……新しい本拠地に作らないとね」
「ナオコ、基礎設計だけならここで十分ですよ」
「それもそうね……不完全な奴を残して、どういうふうに発展させるか見たいわ」
「ナオコも好きですね」
「遊び心がないと良い物作れないと分かったわ」
「それが人の道理ですか?」
「必死で作った奴も悪くないけど……ガチガチになりそうだから」

二人はニヤリと笑みを浮かべる。
この日より……この部屋から不気味な笑い声が響き、日重の七不思議の一つと呼ばれる事になる。
……マッド二人がこの地に降臨した。



―――パチンッ!
広い司令室に冬月が指す将棋の駒の音が響き渡る。

「委員会の突き上げでもあったのか?」
「恩着せがましく、証人喚問を封じたらしい」
「偽証などするからだろう」
「…………」

冬月の言にゲンドウが黙り込む。
ゲンドウが行った誤報発言が国連内で波紋を起こしている事は聞いた。
自業自得だと冬月は思うし、いい加減こっちに迷惑を掛けるなと言いたい。

「ネルフだけが戦える組織ではないと言っただろう……強引に物事を進めても碌な事にはならんぞ」
「……問題ない」
「お前の問題ないは当てに出来んな」
「この人物の調査を依頼された」

冬月の嫌味を無視してゲンドウは一枚の書類を見せる。

「……ナオコ君?…………呆けたか……彼女は死んでいるんだぞ」
「良く見ろ……」
「……赤城……ナオコかね。随分とまあ……シャレが効いているものだな」

冷めた目で一読した冬月は話す。

「瓜二つの顔だが……実在しているのか?」
「日重に勤務している」
「……お前の部下で対処しろよ。
 俺は部下に死ねなんて言いたくはないからな」

諜報部の管理をしているのは冬月とゲンドウである。
冬月にすれば、みすみす殺されると分かっている仕事などさせたくないのだ。

「特殊監査部のほうで対応させろ……諜報部はスタッフの追跡調査の途中だ。
 情報洩れの最終確認で忙しいんだ」
「……そうなのか」
「そうだ。大詰めの所だがやはり白だった」
「そうか」
「対人警戒も視野に入れて対策を練らしているからな」

途中の部分もあるが概ね内部告白の線はないと判明したので、今後のテロ対策を冬月は考えている。

「二チーム……24名がこの街に入っているぞ」
「泳がせておけ……本部内に侵入しなければ問題ない」
「……だと良いがな」

大事な情報は本部内にある事は承知しているが、一抹の不安が冬月にはある。

「チルドレンを押さえられたらどうする?」
「……その時は戦自の妨害工作として圧力を掛ける」
「ふむ……お前がそう言うのなら」
「ああ」
(まあ、あの子が殺されるとは思わんがな)

赤木リンと名乗るリリスの端末が人間相手に負けるなど……考えるだけ無意味と冬月は思う。
だが、その少女自身が戦自とコンタクトを取るなど冬月は想像できなかったが。
さすがに中学校に監視の目を作る事は容易ではなく、リンが監視されるのを嫌っている為に配置出来ないのだ。
常識的に機密を自分から話す事はないだろうと考える冬月だった。



屋上でいつもの食事風景を見慣れた光景になってきたとヒカリは思う事にした。
毎日、目の前で出されるお弁当の豪華さに一言言うのがバカらしくなってきたのだ。

「……腕あげたわね、アイツ」
「……美味しい」
「う〜ん、この時間は幸せだと思うわ」
「役得ね……この幸運を堪能させてもらうわ」
「これが本当の味なんだ……美味しい」

アスカ、レイ、マナ、ティア、リンの五人は四段重ねの重箱のお弁当を美味しさを存分に楽しんでいる。
この五人を第一中学の五色の薔薇と呼ぶ者がいる。
何故、薔薇?と呼ぶのかは簡単……非常に痛い茨の棘があるからだ。


ヒカリも食べた事があるが……台所を預かる者としての力量の違いに衝撃を受けていた。
見映えも良いし、味は申し分のない一品ばかりで、しかもカロリー控えめで作っているみたいだけど……食べ過ぎている気もするのでちょっと体重計が……怖 い。

「ア、アスカ……その体重計が怖くないの?」

自分よりも結構食べているアスカに聞いてみる。

「へ?……アタシ達、訓練とかで身体動かすから丁度くらいだけど」
「そ、そう……霧島さん達は?」

全然平気と返されて、ヒカリはマナとティアのほうに聞く。

「私も大丈夫♪」
「私、太らない体質なの」
「問題ないわ」
「私も太らないから」
「そ、そう(う、裏切りもの〜〜!!)」

レイとリンも同じように答えるとヒカリは心の中で一人……魂の叫びをあげていた。

「プハ――ッ、今日も美味しかったわ」
「アスカ、オバサンに似てるわね」
「や、やめてよ! アタシ、ビヤ樽になる気はないわよ」

お茶を一気飲みしたアスカにリンが注意を促す。
言われたアスカは嫌そうな顔でリンに応えるが、よくよく思い返すと確かにミサトのエビチュの飲み方に似ていると考えて心底嫌そうな顔になっている。

「ビヤ樽オバサンって誰?」
「ウチの作戦部長よ」
「ビールが主食の牛」
「レイ……本当の事だけど、もう少しオブラートに包んで言いなさい」
「ふ〜ん、優秀な作戦部長だって聞いてるけど?」

マナがアスカに尋ねるとウンザリした顔で返答する。

「やめてよね。アレが優秀だったら……そっか、対外的には優秀なんだった。
 すっかり忘れてたわ」
「へ……どういう事?」

アスカの言い方にマナは訳が分からずにいる。
そんなマナにリンが答える。

「それなりに経験を積んでいるけど、実戦経験が不足してるわ。
 使徒に対する復讐心は誰よりも大きいけど……損害を出しても仕方ないで済ます困った人」
「でも、被害は最少だって……」
「現場が最少になるように苦労しているの」
「そうね……偵察を考えない人だわ」
「そ、それは危ないじゃない……偵察は作戦決定の為の重要な物よ。
 サードインパクトを防ぐ為なら偵察って必要不可欠なんじゃ」

レイが不愉快そうに告げるとマナは驚いて聞く。
第五使徒戦でリツコがダミーバルーンを出すように言わなければ、リンが怪我をした可能性があるから好きになれないみたいだ。

「ガチンコ好きなのよ」
「ガチンコってゲームじゃないんだけど」
「復讐心が先走って視野狭窄になるのよ。
 そのくせ、作戦決めないで成り行き任せの指示ばかりなんだから」
「そうそう、一々細かく指示を出すのよね。
 右動け、左に動きなさいって、そんな細かい指示出す前にまともな作戦決めなさいっつ〜の」
「才能はあると思うけど……今のままじゃあ、大成しないわね」

最後にリンが締め括るとレイもアスカも頷いていた。

「じゃあ、国連の報告書って……偽物?」
「そうよ」
「なんなのよ、それは!
 やって良い事と悪い事はきちんと区別しなさいよ!
 報告書の偽造なんてサイテ〜」
「誤報なんて虚偽発言するバカがトップなのよ」
「諸悪の根源はヒゲ」

憤慨するマナにアスカとレイが嫌そうな顔でゲンドウを非難する。
ヒカリはネルフの内情を知らないで不思議そうに聞くしかないが、アスカとレイの二人が誰かを嫌っている事だけは分かる。
そんな四人とは別に一度も会話に混ざらなかったティアが口を出してくる。

「オヤツあるけど食べる?」
「もしかして……手作り?」

リンがお父さんのと目で尋ねるとあっさりと頷く。

「食べる……要らないなら私一人で食べる」
「待ちなさい、アタシも食べるわよ!」
「私も食べるわ」
「私も〜♪」
「え、え、ええと……」

訳が分からないままに話の腰を折られてヒカリは途惑う。

「美味しいわよ、洞木さん」
「……頂くわ」

少し運動をしようと決意しながらヒカリはオヤツを食べる事にした。

「大丈夫、洞木さんは成長期だから」
「赤木さん……言わないで」

リンの慰めの言葉に涙するヒカリだった。



ネルフの一画では資材搬入の業者スタッフ六名が同じように重箱のお弁当を頬張っていた。
中身のおかずは同じだが量は大人用に変更されている。

「三島係長……お弁当って良いもんですね」
「……みっともないから泣くな」

三島英司は部下の情けない姿に呆れているが箸の動きは止まっていなかった。

「これで彼女の手作り弁当だったら……」
「仕事中だぞ……プライベートな話をするものじゃない」
「男の手料理など雑な筈なんだが……くっ! 考えを改めなければ……」
「あんまり泣き言をほざくなら……明日からは食堂にするぞ」
「「「「「絶対嫌です」」」」」
「お、お前ら……餌付けされてどうする?」

三島は頭を抱えながら部下を叱咤する。

「美味しい料理には逆らえません……食を握る者が強いんです!」
「断言しやがったな」
「では係長は……食堂に行けますか?」
「…………任務だからな」

微妙に間が空いて、部下の質問に答える三島だった。

「いいか……仕事の手を抜くなよ。
 抜くようなら飯抜きだ」
「「「「「鬼だ」」」」」
「仕事をきちんとすれば問題は無いだろうが」

すっかり部下達がシンジのご飯に餌付けされたと思い、頭を抱える三島であった。
食を握る者の偉大さを痛感した様子だった。

「さて、飯食ったら……仕事の続きをするぞ」

三島が告げると部下達も真面目な顔で頷く。
まずは一般職員に無害な存在と認識させる事が肝心なのだ。
徐々に信用させて内部へ入り込む……潜入工作の前段階を行う為に丁寧で迅速な仕事をする必要がある。
当面は深く静かに潜行する事が決まっている。まだ焦る必要はない……要は第十七使徒が来る前に完了すれば良いだけだ。

「スピリチュアルインダストリーの三島係長はどなたでしょうか?」
「私ですが」

業務用の笑みを浮かべて三島は目の前のネルフ職員に頭を下げている。

「えっと、予定通り時間までには機材の搬入を行いますのでお任せ下さい」

部下達も三島に倣ってきちんと挨拶して頭を下げている。
潜入工作には第一印象は重要であり、相手を警戒させないように従順なフリをイメージさせねばならないのだ。

「こちらが皆さんのIDカードになります。
 一部複雑な構造の場所もありますので、道に迷わないように気を付けて下さい。
 迷った時は通路脇にあるシステムで現在位置を確認して戻るか、職員に尋ねて下さい」
「分かりました。カードは帰る際にゲートで返却でよろしいのでしょうか?」
「それで結構です。
 なお、今回のお仕事はコンピュータールームの設備変更になります。
 とても重要な仕事なので、くれぐれも仕事内容は外部では話さないこと」
「承知しております。必要であれば、部下全員の誓約書も提出いたしますが…」
「資材の搬入だけですから、そこまでして頂かなくても結構です。
 一応、規則ですので話しただけですから」

温いなと三島は思う。
一応ネルフは軍事組織なのだから誓約書の一つや二つは書かせて置くべきだと考える。
一応真っ白な経歴に変えているが、部外から入る人物には監視のために人員を配置するべきだと思う。
目の前に人物は対人戦など想定していないのだろうが……こっちはやる気満々である。

「分かりました……それでは時間までに搬入しますので、今後とも御贔屓に」

ニッコリと笑みを浮かべて、作業を始める。
部下達もキビキビと動いて印象良くしようとしている。
影の更に奥深くの闇からネルフに忍び寄る……三島達の諜報戦の始まりだった。



シンクロテストが終了して、帰宅する前にリンはアスカにお願いされて加持と会う事にした。

「ジャンボパフェで良いわね」
「……食べきれるのかい?」
「問題ないわ」

頬を引き攣らせながら聞く加持にリンはにべもなく答える。

「一応、アスカから会ってくれって言われたけど……そういう趣味なの?」
「な、なんの話しだい?」
「子供に興味がある人なんでしょ?」

周囲に聞こえるように話すリンに加持は謂われ無き複数の白い視線に晒されて汗を流していた。

「全然違うぞ。俺は監査部の一人として聞きたい事があるんだが」
「だったら、書類で申請すれば経費が掛からないじゃない。
 後ろめたい事があるからアスカ経由なんでしょ」
「そうかもな」

呆れを含んだ声に加持は苦笑するしかなかった。

「スリーサイズとか、プライベートな事をは言わないわよ」
「そんな事は聞かんぞ」
「そうなの……見境ない人だって聞いたんだけど」
「誰が言ったんだ、そんな事?」
「リツコお姉ちゃん……いきなり仕事中に抱きついてくるセクハラ男だって」
「……リッちゃんとは一度話す必要があるな」

加持は長いため息を吐いて項垂れていた。
三人前は優にあろうかというジャンボパフェが見る間もなく少女の口に入っていく。

「おかわりしていい?」
「ま、まだ食べるのかい?」
「……夕飯食べるからもう一杯でやめとくけど」

何処に入るんだと言わんばかりの顔で加持はリンを見ている。

「わ、悪いが持ち合わせがない」
「経費で落とせば良いじゃない……監査部の仕事なんて表に出せない事ばかりだから誤魔化せるわよ」
「そうもいかないんだが」
「なんで?、国連には会計報告していないじゃない」
「副司令が内部監査をしているんだが」
「へ〜〜背後霊ってそんなのしてたんだ。
 てっきり、ヒゲが自分のポケットに入れているんだと思っていたけど」

リンの声に全くだと言い掛けそうになる。
調査中のマルドゥック機関の関連会社はダミーばかりだった。
その会社に回る筈の資金は全てゲンドウと冬月のほうに回っている可能性が高い。
チルドレンとコアの関係を知る加持はその先にある真実を知りたかった。

「君はエヴァから生まれたって聞いたけど本当なのかい?」
「今頃、そんな事を聞かれるとは思わなかったけど……エヴァから出たのは事実ね」
「随分あっさり暴露するんだな」
「映像記録があるから誤魔化しようがないと思うけど」
「なるほど……処でエヴァって何なんだい?」
「質問の意図がわかんないけど。
 エヴァが何なのかは資料を見れば分かるでしょう」

リンは濁した言葉で告げているが、加持は知っている。
エヴァンゲリオン――使徒の細胞から生まれた人造人間か、人造使徒。

「君は使徒なのか?」
「ストレートに聞くのね……あなたも使徒よ」
「お、俺が使徒?」

その可能性は予想していたが、実際に言われると複雑な気分になる加持である。

「99.89%も類似してるから普通はそう考える方がおかしくないの」
「なるほどね」
「オバサンはそんな事も考えないで仕事しているバカだけど」
「葛城がオバサンなのか?」
「料理一つ満足に作れずに腐海で生活している人物よ。
 そのうち、黴でも生えて……マ○ンゴになったりして」
「……随分、古い事を知ってるんだな」
「昔の映画ってちゃちな特撮でもストーリーが面白いから。
 まあ、映画の話題はいいとしてオバサンをどうする気?」
「葛城がどうかしたのか?」
「針の筵の一歩手前かしら……鈍感なオバサンは気付いていないけど部下の目は監視に近い状態よ」
「……監視か」
「ええ、人望なんて最初はあったかもしれないけど……地に堕ちているもの。
 誰の責任でもない。自分の所為だけど気付かない愚者が葛城ミサト」

リンはクスクスと笑って話す。
加持はと言えば、葛城のだらしなさを知っているだけに否定出来ずにいた。

「オジサンは何故こんなくだらない事を聞きたいの?」
「くだらない事なのかい?」
「うん、真実って何処にでもあるし、人の数だけ解釈できるから」
「そうかな、真実は一つしかないと思うんだが」
「もし、その真実がオジサンの望むものじゃないとしても受け入れられる?」

笑みを消してリンは加持に問う。

「随分と意味深だな」
「世の中には知らない方が良い事なんて一杯あるけど」
「そんな事はないさ」
「全てを失っても知りたいなんてナンセンスね」
「意味はあるさ。少なくとも俺にはね」
「弟さんと仲間の為に」
「な、なんでそれを!?」

誰も知らない事を目の前の少女が話す。

「仲間と弟を裏切り、切り捨てて生き残ったんだから人生を楽しんだほうがいいわよ」
「違う! 切り捨てた訳じゃない」

加持が叫ぶという姿に驚いて、食堂にいた職員が目を向ける。
加持を知る者は動揺する姿を見て驚き、知らない者は子供相手に叫ぶなんて等と思って見ている。

「でも、私はあなたが仲間と弟さんを裏切って見殺しにしたと思うけど」
「それは違う。そんな心算じゃなかったんだ」
「それはあなたの真実で、私の真実じゃないわ。
 あなたは裏切りさえも是として生きている……そんなあなたが裏切っていないと誰が判断するの?」

愕然とした顔でリンを見つめる加持。
加持の気持ちを考えずに、加持の生き方を見て真実を決めるのだ。

「仲間を売り、人を裏切った人物の言葉を私が信じると?」

クスクスと嘲笑う。お前の真実など信じていないと嘲笑っている。

「ごちそうさま。なかなか楽しい物を見せてもらったから、お礼に教えてあげる。
 セカンドインパクトはアダムが実行したけど……計画したのは別の使徒よ」
「なんだって?」
「その使徒は今も生きて……次のインパクトを実行する為に活動しているわ」

リンは軽く手を振って加持に背を向けて帰っていく。
加持は告げられた内容を吟味しながら、あの少女が真実に至る鍵だと気付いているが……自身の胸の内に入り込まれる事に僅かな怯えを感じて、再び会う事に躊 躇していた。



三島達は機材の搬入を終えて帰社しようとしていた時に声を掛けられた。

「おじさん、上に上がるんなら乗せてくれない?」
「えっと……誰かな?」
「赤木リン、技術部長の赤木リツコを保護者に持つわ。
 ゴマスリ……したくない?」

三島は困った顔で搬入口のネルフスタッフを見る。
スタッフも立場上から三島が拒否できない事を思って、どこかに連絡を取っている。

「三島さん……こちらへ」
「は、はい」

スタッフに呼ばれて三島は受話器に慌てて向かう。
周囲のスタッフが苦笑しながら見ている中で三島は受話器越しにペコペコと頭を下げている。
やがて困った顔で受話器を返して、リンの元に向かう。

「……今回限りだよ」
「ありがと、おじさん♪」

困惑した顔で仕方なく話す三島に周囲のスタッフは頭を下げている。
リンが一人の時は技術部のスタッフや他の部署の帰宅に合わせて車で送ってもらう事はしょっちゅうあるのだ。
今回は出入りの業者の三島達が引っ掛かったと考えていた。
ワゴン車の助手席に乗せて、車は発進する。
ゲートを通り抜けてから、リンは三島に話す。

「第十八サブコン室のセッティング任せるから」
「なるほど……君がスピリッツのメンバーか」

後部座席の部下達も真剣な様子で二人の会話に耳を傾ける。

「リン・シンスティー……これが私の本名よ。
 これで赤木博士と接触できる機会が出来たでしょう」
「採算度外視で仕事をさせてもらうよ」
「儲けは出てるじゃない……ファントム三機の値段を忘れたの」

呆れた声で話すリンに三島は三機のファントムの建造費の出所を知って苦笑する。

「なるほど、ファントムの建造費が何処から出たのか……理解したよ」
「A−17を逆手に取ったのは日本政府で、そう仕向けたのはお父さん」
「この分じゃ、スピリッツも儲けがあるんだろうな」

三島は苦笑しながら話す。
株価操作をしていたのは日本政府とゼーレだけではなかったと知ったのだ。

「ん〜〜、でも作った分のファントムは最後に一割で譲渡する予定だから大儲けだよ」
「何機譲渡するんだい?」
「そこまでは聞いていないけど、今の戦自に五機あるからその同数は堅いんじゃないかな」
「五機を一機の半分で譲渡か……良いのかい、そんな事をして?」
「会社経営に兵器は要らないって」
「スケールが大きいんだな」

せっかく作った機体を惜し気もなく譲渡するシンジの器の大きさに感心するべきか、呆れるべきか悩む。
一機分でも会社の運転資金には十分だとも思うが。

「日本に作りたいけど……日本だけが儲けているって苦情が出るからアメリカに作るんだって。
 実際に日重はかなり儲けているでしょう?」
「確かに儲かっているな」

超電導システムは電化製品に組み込む事で非常に効率良く動かせる。
特に電気自動車の分野に関しては日重は世界から一歩以上先を進む事になり、一刻も早い量産化を求められている。
燃費に関してはどの電気自動車も及ばない製品が日重から生まれようとしていたのだ。

「お父さん、ママにベタ惚れだからママの故郷を支援したいんだって」

リンが拗ねたように話すと三島達は苦笑するしかなかった。
シンジが愛妻家である事はここにいる全員が知っているからだ。

「ウル姉さまがサブコン室のセッティングするからBダナン防壁も無効化できるよ」
「そりゃ、内側から攻撃されればダメだろうな」
「赤木博士が対人システムに穴を開けてくれるから楽になると思うよ」
「至れり尽くせりだな」
「でも油断はしないでね……まだ、知られる訳には行かないから。
 サードインパクトなんて望まないでしょう?」
「俺は今のままで生きたいよ」
「私も知らない人と一つになりたくないわ」
「その言い方はやめた方が良いな……誤解されるよ」

年頃の女の子のセリフではないと三島は注意する。

「……気を付ける」
「で、お嬢さん。どちらまで送ろうか?」
「赤木博士の自宅まで……そこで下宿してるから」
「アイアイサー」

シンジ達の行動には無駄がないと思う。
ネルフにとってマギを押さえるのが一番効率良いと判断するとその弱点を確実に突いてくる。
開発者の赤木博士をこちら側に取り込めば、殆んど勝ちを得る事になるのだ。

「条件は全て揃ったでしょう。
 後は約束の時までに整える事かしら」
「任せてもらおうか……こっから先は専門の諜報員の出番さ」
「お願いね」

上目遣いで甘える仕草をするリンに三島は告げる。

「それはやめた方が良いな。
 俺はそういう趣味はないが……刺激が強いから」
「そっか……効果あるんだ」

クスクス笑うリンに苦笑する三島達であった。



リツコは帰宅後、困った顔でリンに注意しようとする。
何らかの意図があるのかもしれないので、今回は大目に見たが不味い事には変わりがないのだ。

「リン、出入りの業者を顎で使うのはダメよ」
「アンタ、そんなことしてたの?」
「今回だけよ。三島さんって人にリツコお姉ちゃんを会わせたくてね」

苦笑してリンはアスカとリツコに話す。

「A−801の準備をそろそろ始めるから……その為の人が必要なの」
「それが三島さんって人なのね」
「そ、戦自からの出向者で腕の良い諜報員」
「Bダナン防壁対策ね」
「やっぱり、リツコお姉ちゃんは話が早くて助かるね」

リンは楽しそうにリツコに笑いかける。

「Bダナン防壁って何よ?」
「マギのハッキング対策用の防壁よ。
 外からの侵入を完璧にシャットダウンするけど、こっち側も手出しは出来ない欠点があるけどね」
「そうね。一番堅い防壁だわ」
「でも外からじゃ無理でも内から攻撃されるとどうなると思う?」
「……アンタ達、とことんやる気なのね」

徹底的にネルフを潰す気なんだとアスカは理解する。

「アスカはネルフに存続して欲しい?」
「要らないわ。ママの事をアタシに黙っているような連中なんて嫌いよ」
「私も必要ないわ」

レイも不機嫌そうな顔で告げる。
アスカは自分がいい様に扱われた事を知って憤慨し、母の事で完全にネルフを嫌っている。
レイも日常生活を知る事で自分がまともな扱いをされていなかったんだと知って、怒っているみたいだった。

「ネルフを残しておくと、また量産機を作ってインパクトを起こしかねないから」

今回は阻止しても、ネルフを存続させておくと禍根を遺しかねないので潰すとシンジは決意したのだ。

「今頃、ナオコお姉ちゃん達がマギを超える物を開発していると思うよ」
「それは興味あるわね」
「そういう訳でリツコお姉ちゃんは一度挨拶に行ってあげてね」
「しょうがないわね」

やれやれといった顔でリツコが言う。

「ウル姉さまが担当するから、リツコお姉ちゃんとは話が合うかもね」
「そう、楽しみにするわね」

マギを超える物について聞けるかもと思うと、その気になってくる。
知的好奇心を満たすのは大歓迎のリツコであった。

「……レイは妬かないの」
「リンは私が守るの」

アスカは困った顔でレイを抑えていたのは言うまでもなかった。










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どうもEFFです。

戦略自衛隊VS特務機関ネルフの構図が徐々に明確になってきます。
でも獅子身中の存在がネルフ内にいるので、ネルフのほうが不利ですけどね。
散々傲慢に踏み躙ってきた連中にとっては良い薬かもしれませんが。

そんなわけで次回もサービス、サービス♪



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