第三新東京市に浮かぶレリエルはまるで……苦しむように身体を膨らませたり、萎ませたりしている。

「ミサト、来るわよ!」

リツコの声にミサトがモニターを真剣な表情で見つめる。
レリエルの身体に一筋の赤い線が走ると地上に赤い何かが流れ落ち、全身が罅割れるように幾つもの線が走っていく。
そして、内側から二本の腕が突き出される。

「ぜ、零号機!?」

蒼い機体の零号機の腕が真っ赤に染まり澱んだ赤に変色している。
そしてその腕から更に罅割れが大きくなり、全体へと広がっている。
肘、肩が現れ、零号機の全身が出て来た時、ミサトの頭の中は真っ白になった。

「なんでよ?」

零号機の背中から二対四枚の光の翅が伸びている。
それはミサトにとって絶対に忘れる事が出来ない姿に類似している。
……ミサトが南極で見た光の巨人――アダム――と同じだった。

「アダムが復活したっていうの!?」

ミサトの叫びに仮説発令所のスタッフは驚愕する。アダムの復活=サードインパクトへのカウントダウンだと感じたのだ。

「違うわよ。エヴァはアダムの細胞から生み出されたけど、アダムじゃないからインパクトは起きないわ」

「初号機と零号機は違うけど」というセリフを飲み込んでリツコは告げる。

「だって! あれは間違いなく!」
「S2機関を搭載して出力が上がっただけよ」
「どういう事!?」

リツコがミサトの首を引っ張って手元のモニターに顔を向けさせて零号機の内蔵電源のカウンターを見せる。

「嘘?」

呆然とした顔でミサトが呟く。
五分という活動限界を示すカウンターが88:88:88という無限の活動時間を示していた。

「胸部装甲が破損していたから、まさかとは思ったんだけど……取り込んだわね」

リツコが零号機を見ながら納得した顔で呟く。
言葉通り零号機の胸部装甲が剥がれ落ちて……内部のコアを露出していた。
スタッフ全員がエヴァが人造使徒なんだとはっきりと自覚した瞬間であり、ネルフが使徒を使ってインパクトを回避しようとしている組織なんだと感じていた。

「なにを取り込んだって言うのよ?」
「使徒の動力源であるS2機関よ」

リツコが興味津々といった表情でモニターを見つめている。
今までは極秘でスタッフも自分だけという状態で調査していたが、これからはネルフ内部では公にしてスタッフを集めて細かく分析出来る可能性に笑みを浮かべ ている。

「ふ、ふふ……レイ、感謝するわ♪
 これでS2機関のサンプルの研究ができるわ」

高笑いこそしていないが明らかにリツコは喜んでいるとミサトは考える。

「ア、アンタ……本当にマッド化したんじゃないわよね?」

狂喜乱舞に近いリツコの耳には届かなかったが、スタッフ一同には聞こえ……引かせていた。
零号機は血塗れの姿でゆっくりと浮かび上がり……そして何事もなく着陸した。
後に残されたのは使徒の血で満たされた……大地だけだった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:24 街に潜む影
著 EFF


――少し時間を遡る。
虚数空間のレリエルは零号機以外の存在が侵入してきた時……歓喜に満ち溢れていた。
それはアダムが自分の元に近付いて来ていると判断したのだ。
だが、アダムは自分ではなく……もう一つの存在に近付き始めたので慌ててアダムの元に向かった。

「お帰り、リエ」

アダムではないが、その存在が自分に触れた時……自分のあるべき姿をはっきりと知覚した。
旧き身体から抜け出して、新しい身体へと変貌していく。

「ただいま戻りました、シンジ様♪」

黒髪のストレートで僅かに青みがかり紫に近い赤い瞳の女性――レリエルが嬉しそうに微笑む。

「はい、これを」

シンジが彼女に服を差し出して着替えさせる。
着替え終わったレリエルはシンジに尋ねる。

「随分と予定とは違いますね。
 確か……リンちゃんが私を回収する予定ではありませんでしたか?」

背後にある自分の旧き身体を見つめて話す。

「ちょっとね……友達からのお願いがあったんだ」
「……そういう事ですか」

シンジの背後にある零号機を見てレリエルが納得する。

「申し訳ないけど、君の前の身体にある生命の実を使わせてもらうよ」
「はい、このまま朽ち果てさせるよりシンジ様の思う様にお使いください」
「すまないね……その代わりと言っては何だけど、リエの為に美味しいご飯を作らせて貰うよ」
「嬉しいですわ♪」

シンジは零号機に向かい合うと胸部装甲を破壊して、零号機のコアを露出させる。
そしてレリエルの旧き身体から生命の実――S2機関を取り出すと零号機のコアと融合させた。

「これで良いかい、綾波?」
《ありがとう、碇君……いつか、また会いましょう》
「ああ、レイの中に眠るなら、何時かレイの子孫で会えるかもね」
《その時はあなたの子供達と仲良くしたいわね》
「楽しみにさせてもらうよ」
《……またね》

ゆっくりと零号機が再起動して二人から離れていく。

「リリスではありませんが……仲間が増えるのは嬉しい事ですわ」
「そうだね……リンには友達が必要だしね」
「やはり姉だけでは寂しいのでしょうか?」

周囲にいたのは大人ばかりだったから……寂しい思いをさせたのかとリエは告げる。

「そうかもしれないね」
「なんならエリィともう一人くらい作ればよろしかったのでは?」
「……失敗したかな」
「新婚気分でいちゃつきたいのは分かりますが……」
「いや、そういう事じゃなかったんだけど」
「時間は無限に近いほどあったのですから……お子様の願いを叶える方を優先するべきだったと言わせてもらいます」
「厳しいな」

あの世界では再建する事に忙しく動いていた点を指摘するリエ。
その通りなので苦笑するシンジにリエが爆弾発言をする。

「なんでしたら……私とお子様を作りますか?」
「……ゴメン。それすると僕……絶対に殺されると思うから」

冷汗をダラダラと流しながらシンジが申し訳なさそうに告げる。

「……残念ですわ」
「そ、それじゃあ……行こうか?」
「はい、何処までもついて行きますわ」

慌てて話題を変えるシンジにリエは文句も言わずに従う。
二人は出口を開いて、仲間の元に帰還した。

……ちなみに先ほどの発言を聞いたエリィにシンジが叱られた事は言うまでもなかった。



真っ暗な部屋でモノリスの映像だけが浮かぶ中、リツコが立っている。
レイが思った以上に消耗している事にして、リツコが代理として報告していたのだ。

『先の事件の使徒が我々にコンタクトを求めたのではないのかね?』
「被験者の報告からはそれを感じ取れません。イレギュラーな事件だと推定されます」
『彼女の記憶が正しいとすればだね』
「記憶の外的操作は認められません」

使徒との接触は実際になかったとリツコは推測している。
どうやらレイを同化させる為にシンジが虚数空間を利用して動いたらしい。
零号機の中のレイの願いを聞いた様子で……それをレイから聞いたリンは複雑な顔でいたが。

『エヴァのボイスレコーダーは作動していなかった、確認は取れない』
『使徒は人間の精神、心に興味を持ったのかね?』
「その返答はできかねますが……概ね予定通りに進んでいるのではないかと思います」

リツコは人類補完計画のスケジュールをある程度知っているので推測ではあるが予定通りと告げる振りをしている。
内心では皆さんのシナリオは崩壊してますわと嘲笑っているが。

『これが予測されうる第十三使徒以降とリンクされうる可能性は?』
「おそらくは本計画通りに事は成就したと考えられます」
『うむ、ではもう一つの懸念事項だが?』

言葉を濁して話す委員会の面々にリツコは自信満々に言う。
私って詐欺師になれるかもと考えているかはリツコの胸の内に聞くしかない。

「現在、調査中ではありますが現状では凍結処分で使用は控えるのがベストだと判断します。
 内部調査を行いますので、お待ち頂ければ……ご期待に添えるものを送りますわ」
『フム、期待しても良いのかな?』
「勿論ですわ。人類に福音を齎す計画の要に貢献できるのは喜ばしい事ですから。
 ただ……司令と副司令が邪魔をしなければの話ですが」

チクリと聞いているはずの人物に嫌味を言っておく。
意趣返しという名の嫌がらせをする気満々のリツコだった。

「なんでもかんでも強引に進めるのは構いませんが……面倒な仕事は全部こちらに回すので仕事になりません。
 この分だとS2機関量産の為の研究も出来そうにありません」

わざとらしく深いため息を吐いてリツコは疲れた表情で話した。
S2機関の量産化はゼーレにとって必要事項であり、ネルフを係わらせたくないが零号機に搭載されたS2機関の稼動データーは喉から手が出るほど欲しいとリ ツコは考えている。
赤木リツコがゼーレにとって有用な人物と思わせるチャンスでもあり、ゼーレとゲンドウ達の不和を加速させる一手にもなる。
互いに足を引っ張り合えば、シンジ達の援護にも繋がるとリツコは計算していた。

「偉そうに机にふんぞり返って……制限を掛けた状態で仕事ばかり押し付ける。
 ふざけんじゃないわよって何度殴りたくなるか」
『……苦労しているようだな』
「ええ、この仕事の重要性は承知していますから我慢していますが……物事には限度がありますから」

ニッコリと笑っているが、リツコの目は笑っていない事を委員会のメンバーはモニター越しで確認した。

『……ご苦労だった。今後とも期待している』
「それでは失礼します」

そう言ってリツコの姿は消えると、今度はゲンドウの姿が浮かび上がる。

『碇……部下の負担を軽くするのも上司の務めだぞ』
『然様、赤木博士に仕事を押し付けて遊んでいるのではないだろうな』
『赤木ナオコ博士のように仕事を押し付け過ぎて自殺されると困るぞ』
『彼女を失えば、計画の発動に支障をきたすのではないか』
「……問題ありません」

憮然とした顔でゲンドウが告げる。

『零号機は凍結処分とする……良いな?』
「分かりました」
『『『『全てはゼーレの為に』』』』

全てのホログラムが消えてゲンドウ一人が残った。



一度回線を閉じてから、もう一度ゼーレのメンバーは会議を行う。

『やはり碇に任すのは危険ではないか?』
『然様、今まではネルフの優位性があったが……そうも行かなくなっている』
『現場の赤木博士の報告書を読む限り、ファントムの性能はエヴァに匹敵する』
『赤木博士が内密に送ってきている資料はこちらにとっても知らない事実もある』

リツコが加持のポイント稼ぎと称して極秘で委員会に送らせたネルフの内部資料はゼーレにとって看過出来ない物があった。

『葛城ミサトが優秀ではない事は知っていたが……まさかこれ程とは』
『記述ではセカンドインパクト生き残りが貢献するとあったが……』
『裏死海文書を疑う気はないが……記述にはない事も起きている』

サードダッシュの事も戦自のファントムが使徒を撃破する記述はなかった。

『修正の必要も考えねばならんか』
『赤木博士はレポートの最後にこうまとめている。
 "記述はあくまで行動の為の指標として考え、流れを見極め……随時修正するべきでは"と』
『残る使徒は五体……細心の注意を払うべきでは?』
『この計画は全人類に福音を齎す……失敗は許されない。
 今以上に慎重に進めん』
『『『全てはゼーレの為に』』』

既に破綻している事を知らない連中の戯言だった。



「どういう心算だ?」
「質問の意味が分かりませんが」

ゼーレへの報告を終えたリツコにゲンドウが詰問する。

「私としては仕事を押し付けられている現場の苦労を話しただけですが。
 今回の報告もレイを出す訳には行かないので私に押し付けられましたし」
「……問題ない」
「あら、ではダミーのデーターを適当に送りつけて偽物だと気付かせますか?
 それともリンとレイのメディカルチェックの正確なデータも送りましょうか?
 それとも初号機のS2機関の搭載の事実も送りますか?」
「……碇、赤木君に負担を掛けているのは事実だぞ」

冬月が仲裁に入る。冬月にしてもリツコに負担を掛けていると自覚しているが、彼女以外に任せられない事を理解している。
今、彼女を処理してはエヴァの運用もユイ君のサルベージの説得もどうにもならなくなるのだ。
苦々しい感情はあるがゲンドウよりも冷静に状況を弁えていた。

「それでは仕事に戻らせて頂きます」
「ああ、ご苦労だったね」

リツコが司令室から退室すると冬月がゲンドウに注意する。

「赤木君に負担を掛けているのだ……もう少し配慮するべきだろう」
「……問題ない」
「もし彼女がナオコ君みたいにノイローゼになって自殺でもしたら……どうする気だ?」
「…………」

押し黙るゲンドウに冬月が告げる。

「ナオコ君の時と違い……彼女の代わりはいないぞ。
 伊吹君を代わりに据える事も可能だが、彼女は才能はあるかもしれんがまだ若すぎる。
 そこを指摘されて、老人達に介入されると厄介だぞ。
 彼女の代わりに技術部長として来るのは間違いなく老人達の意向で動く人物だ」

老人達が介入する可能性を示唆してゲンドウに注意を促す。

「ギリギリまで上手く使っておくのが一番だぞ」
「……ああ」

こいつの説得は骨が折れると思いながら冬月は心の中で何度目かのため息を吐いていた。


病室で休むレイの側にリンがパイプ椅子に座って泣き疲れて眠っていた。

「姉さんからの伝言……ありがとうって」

その一言を聞いた瞬間、ポロポロと大粒の涙を流してリンは泣き出した。
これが最初の別れである事はシンジから聞いている。

「……グス、せっかく友達になれると思ったのに」
「綾波レイは一人で十分だから……一つになりたかったのよ」

優しくリンの頭を撫でるレイ。その表情は悲しいという感情はなく、ただ穏やかな物だけがあった。
やがてリンは泣き疲れて眠り……今の状況になっている。

「ま、アンタ達の決めた事だから文句は言わないけど……零号機は凍結みたいよ」
「……そう」
「あんまり困っていないみたいね」
「ええ、もうエヴァを使わなくても……リンを守れるから」

レイの話した意味に気付いてアスカは呆れている。

「アンタ、人……やめたんだ」
「そうね……リンを守りたいし、ずっと友達でいたかった。
 この子を独りにしたくないから」
「人の生き方にケチつける気はないし、アンタが戦友である事に変わりはないわ」
「ええ、アスカとはこれからも友人でありたいわ」
「それなら問題ないわ。死が分かつ時まで友達よ!」
「……ありがとう、アスカ」

アスカの言い様にレイは安堵し、穏やかな微笑みを見せる。
それはかつてのような人形と罵った頃のレイではないとアスカは感じた。

「色々見たわ……碇君の悲しみと苦しみも知ったわ」
「……シンジ」
「ええ、怖くて、悲しくて……辛くて…………それでも死ねない」
「アンタ……泣いてるわよ」

アスカの指摘に自分の頬に触れると止め処なく涙が流れていた。
差し出されたアスカのハンカチを受け取り拭うが……止まる事はなかった。

「……辛かった。私は碇君の為を思ってしたのに苦しめた」
「そう……でも、アンタだけの所為じゃないわよ。
 アタシもシンジを苦しめたから……思い返すとシンジの世話になりっ放しなのに傷付けた……どうしようもなくバカよね」

振り返れば、自分の欲しいものはシンジに奪われた訳じゃなかった。
自分が勝手に思い込んで自滅しただけなのだ。

「……リンが生まれた時の顔、どこかホッとしていたわ。
 やっと家族の温もりを手に入れたのね」
「そんなものまで見たの?」
「ええ」

レイはリンの頭を撫でながら話す。

「使徒に新生の喜びはないわ。
 でも……リンは生まれた。この子は希望なのよ」

レイは優しく穏やかな笑みで見つめる。

「そんなふうには見えないけどね」
「そうね……でもみんなにとって希望である事に変わりはないわ」
「希望と言われても……みんなと変わらないよ」

目を覚ましたリンが苦笑して二人に話す。

「期待してくれるのは嬉しいけど……ね」
「良いのよ……リンはリンのままで元気に幸せになれば、みんな嬉しいから」
「そうそうアンタはそうやって笑っていれば良いのよ」
「あ〜〜なんだかバカみたいに笑ってろって聞こえるよ」

頬を膨らませて不満そうにアスカに話すリンに二人は笑っていた。
一頻り笑い合った後、病室にリツコが入ってきた。

「レイ、悪いけど零号機の凍結が決定したわ」
「……了解」
「パターン取るまではATフィールドをうっかり発生しないでね。
 誤魔化すの大変だから」
「はい」

リツコは一応の注意事項をレイに話してから、幾つかの確認事項を尋ねる。

「零号機のS2機関は今どんな状況?」
「……停止させています。
 一応、もう一人の私が碇君にロックするように言われてたのでその通りにしました」
「暴走はないのね」
「ありません。私以外で起動させる事が出来るのは碇君達だけです」
「そう……分析出来るのは構造くらいか、出来れば起動してる資料も欲しかったわね」

少し残念そうに話すリツコ。出来れば起動時の資料が欲しかった様子だった。

「そう言えば……碇君がルインによろしくって言ってました」
「ルイン? 何の事かしら?」
「初号機の事です。碇ユイのおかげで表に出られなかったみたいですが……ようやく出て来られたようです」
「や、やっぱり居るんだ!?
 お、お父さん、何でそんな大事な事を言ってくれなかったの!?」

リンが恥ずかしそうに真っ赤な顔で叫ぶ。

「どうしたの……何か問題でもあるの、リン」
「大問題よ!」

リツコが不思議そうに聞くと滅多にない慌てた様子で言うのでちょっと驚いている。

「な、何故かしら?」
「あ〜〜リンのシンクロって起きている……ルインだっけ、それに直接心を重ねるから表層意識が丸見えになるんだってさ」

アスカがリンから聞いた事をリツコに説明する。

「……つまり全部見られたって事なのね」
「うう〜〜酷いよ、お父さん」

いじけて拗ねるようにリンが困った顔でいる。
今まで事を全部そのルインに見られていると知って恥ずかしいみたいだ。

「それは重要な事なの?」

レイが不思議そうに聞いてくる。

「初号機の中に居るルインって男なんだって。
 リンにすれば、ボーイフレンドにいきなり全部見られたものね」
「あら、それは大変よね。
 明日、シンクロテストだけど……大丈夫よね?」

アスカが笑いながら暴露するとリツコは面白そうな顔付きになってシンクロテストの予定を話した。

「あ、明日〜〜?」

アタフタと慌てるようにリンが真っ赤な顔で聞いてくる。
心の準備が出来ていない状態でいきなりシンクロするのは恥ずかしいらしい。

「だって零号機は凍結したから初号機と弐号機で戦わないと」

リツコが真面目な顔で話しているが、内心ではとても楽しそうに思っている。

「……分かった」

真剣な顔で言われるとさすがに逆らえずに複雑な顔でリンは頷いた。

「レイにとって最大のライバルが来たかもね」
「……負けない。リンは私が守るわ」

リツコはさり気なくレイに告げる。

「……リツコ、煽ってどうすんのよ?」
「大丈夫よ。苦労するのはアスカだから」
「……理不尽だわ」

レイの対抗意識を煽るリツコにアスカは一言文句を言うが簡単に弾き返される。
なんか良いところが無いわねと泣きたくなったアスカだった。



そして翌日、運命のシンクロテストが始まろうとしていた。

「さ、始めるわよ、リン」
『……うん』

エントリープラグ内でリンは途惑った顔でリツコとの通信を行っている。

「なんかあったの? 随分大人しいじゃない」

リンの様子を見ていたミサトがリツコに聞く。

「なんか……これから彼氏にでも会って初デートって感じに見えるけど」
「言い得て妙ね……ミサトも加持君とのデートってああだったの?」
「ち、違うわよ! 加持ってば、いきなり遅刻してきたんだから……って嵌めたわね!」

肩を震わせていたリツコを見て、ミサトは自分が余計な事を言ったと気付いて顔を顰める。
スタッフもリツコがミサトをからかう姿を見て笑っていた。

「さあ、ミサトのおかげで緊張も解れたから始めるわよ」
「……無様ね」
「恥掻かすんじゃないわよ、ミサト」

レイとアスカの声にミサトはガックリと肩を落としていた。
シンクロテストは順調に進み、リンは途惑いながらも初号機――ルインと邂逅する。

「……また赤い海なのね」
「そうだね……見慣れた場所の方が緊張しないと思ったけど」

かつて暮らしていた場所……赤い海がある砂浜がとても懐かしく感じる。
リンにとって海は赤いものとして認識されているので違和感はなく落ち着ける。
そんなリンの目の前に銀髪で赤い瞳の一人の青年が現れる。
何処となくシンジに似た姿でゆっくりとリンの元に歩いてくる。

「……お父さんに似てる」
「そうだね。マスターの姿をベースにしているから他の姿にはなれないし……我慢して欲しいな」
「ううん、悪くないよ。姿はお父さんに似てるけど、中身は違うって知っているから」

慌てて両手の掌を振ってリンは話す。
確かに父――シンジ――に似ているけど、父とは違うと心――魂――が理解している。

「昔のお父さんを知っているの?」
「ええ、碇ユイのおかげで見る事しか出来ませんでしたが……優しい方で苦労しておられました」
「む、それって爺さんと婆さんの所為ね?」

リンは不機嫌な顔になって尋ねる。
祖父母であるゲンドウもユイも身勝手に生きて、父を利用した極悪人だったので好きにはなれない。
特に碇ユイは自分達が暮らしていた世界を破壊したので嫌悪感しかなかった。
そして帰還してからはゲンドウのしてきた行為を知るに連れて、二人とも最低な人間だとはっきり思うようになっていた。

「その通りだよ。この子に未来を残したいと言って子供に戦いを強要する母親」
「そして子供を道具のように利用して妻に会おうとする馬鹿親父」
「「どっちも最低だ(よ)」」

二人の声がピッタリと合わさると二人は笑みを浮かべた。

「どうしてお父さんはルインの事言ってくれなかったんだろ?」
「嫌われていたからね……言い難かったんじゃないかな」
「ゴメン」

シンクロしている時に初号機に対して嫌悪感を見せていた事を素直に謝る。

「は、はは、気にしなくて良いよ……知らなかったんだからしょうがないよ」
「本当にゴメンなさい!」

ずっと嫌悪感を見せ続けてきた。
初号機――ルイン――に酷い感情をぶつけてきたとリンは思う。

「じゃあ、お詫びと言っては何だけど……友達になってくれるかな?」

クスクスと笑いながらルインはリンにお願いする。

「ずっとあの婆さんと一緒でね……大変だったんだよ。
 独り善がりで僕の声に耳を傾けないと言うか……知ろうとしなかったんだ。
 マスターだけが僕に気付いてくれたんだ」

完全に気付いた訳ではないがシンジは自分の存在にシンクロしていた時があった。
一方通行ではなく、シンジだけが自分を見つめてくれたから……マスターと呼んでいるのだ。

「お父さんって凄いんだね」
「誇りに思って良いよ」

お父さんを褒められてリンは嬉しそうな顔をする。

「えへへ、ありがとう。
 私からもお願い……友達になってくれる?」
「もちろんさ、よろしくね」
「うん♪ リンって呼んでね」
「今後ともよろしく、リン」
「う、うん」

シンジ以外の男の人に名前を呼ばれたのは初めてみたいなのか……少し頬が赤くなっていた。

「ルインお兄さんだね」
「そうだね……リンが困った時は力を貸すから遠慮なく頼ってくれて良いよ」

父とは違う存在に気恥ずかしい気持ちと頼りなる安心感を感じて嬉しそうに笑うリンだった。


シンクロテスト後、アスカは両サイドの人物に視線を向けられずに硬直していた。

(なんか還ってきてから……不幸度が加速度的に増えているような気がする)

右側に座っているリンはとっても嬉しそうに笑っていて幸せそうに見える。
時々何かを思い出してはクスクスと笑うので……それはそれで良いかと感じたいのだが……。
左側に座っているレイの嫉妬による凍て付くような寒さのオーラに……頭を抱えていた。

「……勘弁してよ〜〜」

右は天国、左手は地獄……アスカのストレスは日々積もり始めていた。

「ルインお兄ちゃんか〜〜なんか良いよね♪」
「……ルイン……そう、それが私の敵なのね」

「アスカ……フォローよろしく」
「リツコの所為でしょうが!」

南国の晴れた日のような明るい笑顔のリンと真冬の曇って降り積もる雪の日の様な暗い表情のレイ。
リツコとアスカが頭を抱えていたのは当然の事だった。
伊吹マヤは……このブリーフィングが終わったら医務室に行って胃薬を貰おうと決意していた。
ルインという人物はよく分からないけど、この部屋の空気には耐えられないが……仕事ゆえに逃げられない。
その為に心的ストレスは格段に上昇しているのだ。
葛城ミサトはその野生の直感で即座に撤退していた。
とにかくシンクロテストは無事終了して、リンにとって頼れる兄みたいな存在が出来た事は確かだった。



数日後、リツコはミサトから前回にはなかった事件の話を聞く。

「動物の死骸?」
「そうよ。所々欠損した犬や猫の死骸が上……新東京市に出ているわ」

ミサトが上の警察と保健所からの報告書をリツコに見せる。

「何か……おかしいと思うけど、確証がなくてね」

プリントアウトされた報告書に目を通していく内にリツコの目に鋭さが出てくる。

「……ミサト、この報告書もらうわよ」
「え? まあ、構わないけど……やっぱり何かあるの?」
「まだはっきりとは言えないけど……こちらの管轄になるかもしれないわ」
「……使徒なの?」

ミサトがリツコの脇から報告書に目を通す。

「死骸に歯形がないし、傷痕もまるで融かされたみたいね」

犬や猫の死骸の一部が欠損している写真にミサトが目を向けると……確かに切断面が溶かされたようになっていた。

「確かに……そんな面倒な事をしてまで殺す人間ってのは少ないわね」
「無くなった部位は何処にあると思う?」

リツコの指摘にミサトは欠損している部位の行方を想像する。

「そりゃ……腹の中しかないわね」
「歯形のない存在というと何を想像する?」
「……RPGのスライム?」

体内に取り込んで溶かす生命体の話がSF小説にあった気がするし、不定形な生命体を想像すると定番のスライムを考える。

「小さいうちに発見して焼却出来れば……ベストね。
 大きく成長すれば、人も襲うかもしれないわよ」

リツコはそう告げると発令所のマヤに連絡を入れる。

『はい、先輩?』
「マヤ、大至急、ここ数日で微弱なパターン青って発生してないか解析して」
『わ、分かりました』

真剣な声で告げるリツコの指示にマヤは即座に対応する。
ミサトもリツコも身動ぎせずにマヤからの報告を待っている。

『先輩……パターン青はありませんが、不定形な赤が発生してます』
「……赤なのね」
『は、はい。間違いありません。
 今そちらに解析結果を送ります』

リツコは自分の席のキーボードを叩いてマヤから送られてきた解析結果をプリントアウトする。
ざっと一通り目を通したリツコはミサトに告げる。

「最悪ね……この街の何処かに使徒の細胞に浸食された生命体が生まれたわ」
「マジ?」
「こんな事で冗談言うほど暇人じゃないわよ」
「数は?」
「二体、もしくは三体ね……アメーバみたいに分裂して増殖するような事は無いと思うけど」
「なんでよ?」

リツコが確信めいた言い方で数を予測するのでミサトが不思議そうに尋ねる。

「発生時期から予測して逆算すれば、当にこの街のあちこちで発見出来るようになるわよ」
「警戒警報出す?」

作戦部長としての顔を見せるミサトにリツコは困った顔で告げる。

「ダメよ。あくまで推測の段階で姿を確認した訳じゃないの。
 これだけの証拠でこの街の住民全員をずっとシェルターに閉じ込めるのは難しいわ」
「証拠が無いわけね」
「悪いけど動物の死骸をこっちに運べる?」
「分かったわ」
「都市部の監視システムの映像を調べてもらうわよ」
「……人海戦術で調べるのね?」
「今のところはね。
 大きくなれば力も増えるからパターンを発見出来るかもしれないけど……まだその段階に達していないわ」
「厄介な話ね」

砂漠の中で石ころを一つ発見せよと言われた気分にミサトはなった。

「確証を得るまではウチのスタッフだけで動くしかないわ」
「じゃあ、ウチと保安部を動かして調査を進めっきゃないわね。
 司令にはリツコが話しといてね」

ミサトは善は急げと言うように部屋を出て動き出す。
リツコはこの生命体の出所は間違いなくロストナンバーの可能性があると考えていた。

「第十二使徒の血液を浴びて活性化したんでしょうね。
 また面倒な事件が出てきたわ」

そんな事を呟きながらリツコは司令室に向かい報告する。

「それは本当なのかね?」
「推測の段階ですが前回の使徒が第三新東京市全域に血液を撒き散らしましたので……瀕死の動物に寄生した可能性が」
「碇、どうする?」

あり得ない話ではないと判断した冬月がゲンドウに問う。
ナノマシンサイズの使徒が現れた以上……使徒の細胞に汚染される可能性も捨てきれないのだ。

「保安部と作戦部に任せる。
 確証が出た時点で本格的に動く」
「それしかないか……」

打てる手はそう多くはないし、表沙汰にするのも厄介な事になりかねない。
使徒の残骸の処理に失敗したと判断されるとネルフの失点として日本政府が介入してくる可能性もある。
使徒戦の専門機関ではあるが、こういった失策の揚げ足取りをされる機会が増えている。
戦自がファントムを開発した事で、今まで強引に進めてきた反動が徐々に見える形で出てきているのだ。
人手が足りないとなればこの街に戦自の兵士が協力という形で入り込んでくる可能性も捨て切れない。それは自陣に敵を招き入れる事と同じ事であり、この都市 の防衛機構を間近で見せる事に繋がる。
それだけは絶対に避けねばならない事だった。

「必要でしたら……リンに協力を要請しますけど。
 あの子なら単独で行動しても平気ですし、ATフィールドを検知器を用いずに追跡できます」
「……確かにな。碇、要請するか?」
「問題ない」

表情を変えずに許可を出しているが内心では苦々しく思っているとリツコと冬月は考える。

「それでは手配いたします」

リツコが部屋を出て行った後、冬月は疲れた顔で言う。

「やれやれ、これはシナリオにはないぞ」
「何事にもイレギュラーは存在する」
「そうだが……修正は可能だと思うか?
 レイの事に関しても……容易ではないぞ」
「…………」

完全にレイはゲンドウから離れたと冬月は考えている。
ゲンドウ自身もその事を知っているだけに何も言えない。

「最悪はあの子にご機嫌伺いをしてユイ君をサルベージしてもらうしかないぞ。
 確実性ならこれが一番だと思うが?」
「赤木博士に説得してもらう」
「だったら彼女に負担を掛けるな……ギリギリまでナオコ君の二の舞は避けねばならん」
「……そうだな」
「老人達もスピリッツの調査に苦戦している様に、我々も日重と戦自には苦労している。
 ここは慎重にせねば……本当にシナリオが破綻するぞ」

冬月の考えにゲンドウは何も言わないし、冬月も期待している訳ではなかった。
暗い司令室の雰囲気が更に重くなっただけだった。



リツコから事の詳細を聞いてリンは困った顔をしていた。

「私のせいかな……処理に失敗したって事だよね?」
「違うわ。イレギュラーが発生した以上……帰還した全員の問題でもあるのよ」

自分の責任だと決めつけるリンにリツコが違うと言う。

「全て分解したんでしょ?」
「うん、間違いなく」

あの場に在った細胞は全部アンチATフィールドで分解したし、周囲の反応も確認した。

「それに地底湖から上にどうやって上るのよ?」
「あ?……確かに変だね」

地下で始末した筈の存在が何故上の東京市に移動したのかと聞かれてリンは怪訝な顔に変わる。

「という事は先の戦闘で血を浴びた犬とか猫が変質したってこと?」

アスカが可能性の一つを聞くと隣に座っていたレイが困った顔になっている。

「その可能性もあるし、もしかしたらスライム状の不定形な存在の可能性もあるからレイのせいでもないのよ。
 これは間違いなく私達の予想外のイレギュラーね。
 だからレイも気にしちゃダメよ」
「……はい」

レイがリツコの説明に一応納得する。
実際にはまだ消化できていないような感じだが……。

「そこでリンに単独で調査を要請するわ」
「オッケー。脚を用意してね」
「……自転車じゃダメよね?」

第三新東京市全域を調査するには脚が必要だと思うが一応14歳の少女に自動車は不味い気がして聞いてみる。

「隈なく捜すのならバイクがいいな」
「アンタ、バイク乗れるの?」

アスカの質問は未来がどんな世界だったかは知らないので全員が気になる点だった。

「ママに乗り方を教わったの」
「エリィさんからなの?」
「そうだよ、レイお姉ちゃん。
 暇つぶしと研究の為にバイクを再設計して作ってね。
 お父さんはやめなさいって言うけど……最初はママとタンデムして、乗り方覚えたらツーリングして遊んだんだ。
 ママと遠出してキャンプしたり結構楽しかったな」
「ホント、アンタのとこは逆なのね」

アスカがシンジ達の家庭環境に呆れた様子で話す。
普通は母親が注意したりして乗せない様にする筈なのだが、父親であるシンジが過保護なのか……注意している。
母親は娘にバイクの乗り方を教えるという有様で逆転した夫婦関係だった。

「じゃ、じゃあ交通法規を覚えてくれるのなら許可を出して貰えるように手配するわ」
「小型で良いよ。80ccから125ccくらいのオフロードね」
「私も手伝うわ」
「レイ、申し訳ないけど、それは許可できないのよ。
 あなたの力を司令に見せるのは問題になるから」

リツコがちょっと困った顔で告げる。
レイの持つ力を見せるとゲンドウ辺りがドグマ内に幽閉しかねないから参加させる訳には行かなかった。

「アスカの護衛もお願いしたいのよ」
「護衛なんて要らないわよ」

憮然とした顔でアスカがリツコに告げる。

「一応軍事教練も受けてるから自分の身は自分で守るけど」
「ええ、対人に関しては特に心配はしてないけど、浸食型で人を捕食する可能性のある使徒に近い存在に勝てる?」

リツコの指摘にアスカは複雑な表情になる。
足手まといになる気はないし、自分の身を守るだけの力はあると自負していた。
だが、それはあくまで人間相手の話だと気付かされた。
アスカはエヴァがなければ……単独で使徒に立ち向かえない存在だとはっきりと自覚させられたのだ。

「どうする、臨時でリリンになる?」
「……それは…………」

リリンになる=人間ではなくなる。
確かに力は得られるが……永い時間を生きる事になり、それが良い事なのかアスカには判断できない。

「答えが出ないうちは、私には何も出来ないよ」
「ゴメン……アタシは決められない」

人として生きてきた……人じゃなくなるという事にアスカは恐怖を感じる。

「ううん、アスカは間違っていないよ」
「そうね。人間やめようとしている私じゃ説得力はないけど、アスカの生き方はアスカ自身が決めないとダメなのよ」
「リツコは怖くないの?」

人でありながら、それを捨てようとするリツコにアスカは聞く。
レイは使徒に近い存在だが、リツコは自分と同じ人間だから納得できる答えがあるかもしれないから聞きたいのだ。

「私は自分の知的好奇心を満たしたいの。
 それにはたくさんの時間が欲しいから……そういう意味では規格外かもね」

飽くなき探究心を満足させたい気持ちがリツコの中には存在している。
自分でも異常かもしれないと思う時があるが、その感情を捨て切れない以上は突き進むしかないとリツコは思う。

「母さんの子はやっぱりマッドなのかもね」

苦笑するように話すリツコにアスカは何だかな〜という笑えば良いのか、ツッコムべきなのか、悩む顔で見つめていた。












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どうもEFFです。

ちょっとオリジナル要素を出してみたいと思い……伏線を張っています。
人間をやめるのは普通は悩むと思うので、アスカの反応はこんな感じだと思って書いてみました。

それでは次回もサービス、サービス♪




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