「なんなのよ! アタシの真似なんて、するんじゃないわよっ!!」

ウィンドウに映る戦闘シーンにアスカが苛立つように見つめている。
自分の得意とする武器を手にして戦う弐号機のそっくりさんに怒っている様子だった。

「ちょっとっ!! そんな甘い動きなんてしてないわよ!」

弐号機の動きを見て、あれが自分の動きだと言われた気になって大いに不満な感じのアスカは、

「そうじゃないでしょう! こうよっ! こうっ!!」

弐号機の動きにチェックを入れて、こう動きなさいとジェスチャーしていた。

「アスカちゃんは分かっているのかしら?」
「分かっていないでしょうね。アスカらしいと言えば、そうなんですけど……」

頬に指を当てて僅かに首を傾げてキョウコは隣に座っているシンジに聞く。
聞かれたシンジは苦笑して返事をしていた。

「ちっがう――っ!! そこはこうやって追い詰めるのっ!!……って、アタシは何を言ってるのよ!」

ようやく、自分がノリノリで敵使徒の動きに意見した事に気付いて、シンジとキョウコの視線から顔を逸らしていた。
その様子を見ていたキョウコは、

「一人ボケ、ツッコミね。アスカちゃんはコメディアンになるのかしら?」
「アスカがコメディアンですか……ツッコミ役は可能だと思いますけど……」

娘の進路に一抹の不安と、

「それはそれで面白いかしら」
「ちっ、違うのよ!!」

やや期待したような気持ちを込めて呟いていた。
その声を聞いていたアスカは全力で否定していた。


RETURN to ANGEL
EPISODE:34 静かなる怒り
著 EFF


弐号機もどきの猛攻を必死で回避している初号機と発令所のスタッフは見ていた。
何故なら、スクリーンのサブウィンドウに映るリンの顔つきは徐々に険しいものになっていたからだ。

「……リンちゃん」

マヤは不安そうな顔で戦況を見つめている。
隣で見つめているリツコは、心配するというより……リンがキレないか、どうかに意識を向けていた。
もし、リンがキレて暴れ回る事になれば、上の街は壊滅状態、もしくは更地になるのは間違いないと思っていたのだ。

『……ふざけているのも大概にして欲しいわね。
 こういうヒトを小馬鹿にするような存在はネルフだけで十分よ』

音速で繰り出されるソニックグレイブの突きを避けて、懐に飛び込んだ初号機はカウンター気味に殴った。
その攻撃に弐号機もどきは弾き飛ばされて、地響きを立てて地面に倒れていた。

『私が知っているアスカの突きはこんな遅い突きじゃないわよ。
 ったく……こんな存在自体がふざけたものはヒゲとヅラの背後霊だけにして欲しいわ』

リンがぼやくように話す。アスカの動きを真似ている様子だが、正直我慢ならないらしい。
トドメを刺そうとして、近づこうとした瞬間、初号機はその場から後ろに跳ぶ。
破壊を伴った陽電子の光が初号機と弐号機もどきの間に割って入ったのだ。

『……お姉ちゃんの偽物?』

リンの視線の先にはポジトロンライフルを真似た武器を担いでいる零号機の偽物が立っていた。


発令所内では不測の事態というわけではないが、やや混乱気味の様相を見せていた。

「せ、先輩!?」
「落ち着きなさい、マヤ。エヴァの特性を真似ただけよ」
「特性って……数を揃えたって事ですか?」

今までの単体での戦い方から集団戦へと移行しようとする点をリツコが指摘して、マヤが複雑な表情で考えている。
今現在、エヴァの数は三機だが幾つもの複製が出来るなら……最悪は無限増殖する可能性も捨て切れないのだ。
その結論に達したマヤは顔色を蒼白に染めて、怯えた眼差しでスクリーンを見つめていた。

『赤木博士……私も出ます』

零号機のエントリープラグ内で待機中のレイが表面上は落ち着いた感じでリツコに話している。
しかし、リツコは表情こそ変わっていないが、レイが怒っていると考えていた。

(私の姿でリンを傷付けようとするなんて!!ってとこかしら?)

端的な理由としては、それが一番だと判断する。
レイにすれば、友人であり、家族であるリンを傷つけるものを赦す気はないし……まして、自分の姿を真似て攻撃するなど以ての外だろう。
とても静かな怒りのような状態でレイが其処に居た。

「……怒っているんでしょうか?」
「多分ね」

何となくマヤもレイの様子がいつもと違うような気がして、リツコに聞いてみた。
聞かれたリツコも否定する要素がないので、誤魔化す事もなく多分と前置きして肯定していた。
発令所のスタッフは初めて見るレイの怒りに……ちょっと怖れを感じている。
何故なら、零号機はS2機関を搭載し、無限の行動時間を既に得ている。
レイの怒りに引っ張られる形で暴走されると本部内がえらい事になると感じていたのだ。


「……碇、ガス抜きで出すか?」

零号機の本部内での暴走を回避したい冬月がゲンドウに一応の進言をしている。
冬月の思考は命令で押さえつけるのは難しいと判断したらしい。
零号機自体は拘束具で動けないようにしているが、何処まで拘束できるかは予想出来ない。
万が一本部内で大暴れでもされたら……非常に予算の上でも不味いと計算したのだ。

「……どうする? ポーズだけでも上の再建もしなければならんし……追加予算を出してくれるとは思えんぞ」

返事がないゲンドウに畳み掛けるように意見を述べる。
既にゼーレとは円滑に交渉できるような関係には戻れないので、予算を請求しても出してくれるとは思えない。
一応、次の首都として開発されてたので、形の上でも再建しなければならない。
無駄な物に金を使えるほど余裕がないと冬月はゲンドウに告げているのだ。

「日本政府にしても……此処に遷都するというのは嘘だと知られているのだぞ」

予算を出す為の理由としての意味は為さない以上、日本政府が出してくれないと前置きして話す。

「あちらもネルフの事を疑惑ではなく、既に敵対組織として考えておるかもしれん。
 最悪の事態に備えて、中も外も防衛用の準備を進めんと不味いぞ」

A−801の可能性が高まっている以上、兵装ビルを失ったままでは不味いし、本部内の損害は決して出してはならない。
ネルフの予算は昔のように潤沢ではないのだから。

「お前が言い難いのなら……俺の方で委員会に連絡するが?」

司令ゲンドウが言い出し難い以上、副司令冬月のほうから連絡を入れれば、良いだけなのだ。
そんな冬月の意見にもゲンドウは反応せずにスクリーンを見つめていた。


スクリーンに映る戦況は一進一退の様相を見せていた。

『一対一なら、あの程度の偽物なんて瞬殺出来るのにっ!』

苛立つように話すリン。初号機は傷付く事なく回避しながら、二機のエヴァもどきを相手にしていた。
弐号機もどきの動きには隙はあるのだが、背後で支援している零号機もどきが厄介だった。
繰り出される弐号機もどきの攻撃を捌いて、動きが乱れた瞬間に攻撃を加えようとすると邪魔をしてくる。

『二機ともオリジナルより劣るのに連携だけはいい感じよね』

零号機もどきを先に仕留め様としても、今度は弐号機もどきが立ち塞がってくる。
一対一ではなく、二対一ではどちらか一方だけを相手にする訳にも行かずに二体を相手にしなければならない。
初号機は二機を直線状に並べるように誘導しながら動いていた。

『やっぱり似ているけど……違うわね。こんな手に引っ掛かるなんて』

二機が直線状に並ぶと同時に、初号機はカウンターソードを前衛の弐号機もどきに投擲する。
弐号機もどきは即座に回避したが、後方にいた零号機もどきは弐号機もどきを陰にされて反応が遅れて胸部にカウンターソードが突き刺さっていた。

『アスカやレイお姉ちゃんなら、こんなミスはしないわよ』

呆れた声で呟きながら初号機は一気に弐号機もどきに詰め寄り、マゴロク・E・ソードを胸部に突き刺した。
二体の偽物は動きを止めて、LCLになって融けていった。

『次はマシな連携をするかもね』

これで今回の使徒戦は終わったと考えていた発令所のメンバーは、リンのこの一言に一部のスタッフを除いて凍りつく。

「そうね。まだコアを破壊していないし……パターンは消えたの?」
「いえ、まだ湖の中に反応はあります」

リツコの問いに青葉シゲルはスタッフの安堵を壊すように無情な報告をしていた。

「という事は次は初号機かしら?」

最上段を除く全員がギョッとした顔でリツコの推測を聞いていた時、

『あ〜やだな〜。自分のコピーと戦うのか』

リンのぼやく声が発令所に響く中で……紫の巨人が出現し、初号機VS初号機という世にも珍しい戦いが始まろうとしていた。



「そろそろ本番かな?」
「おそらくね」

弐号機の精神世界とも言える空間でシンジとキョウコが戦況を見つめている。

「本番ってどういう意味?」

アスカは二人の話した意味が今一理解出来なかったのでシンジに聞いてみる。

「つまり、今までは初号機の能力分析をしていたんだよ」
「じゃあ、取り終えたデーターを基に初号機の苦手とするタイプを出すというのね」
「そうだよ。今までのは使い捨ての駒だ。これからが本番さ」

はっきりと告げるシンジに、アスカは複雑な心境なのか……睨むようにシンジを見つめている。
シンジがリンの技量を見定める事に関しては百歩譲って良しとしよう。
リンが遊んでいるだけじゃない事はアスカもレイも知っているし、訓練に付き合ってもいたのだ。
だけど、リンが戦闘で傷付くのは見たくないし……手を差し伸べる事も出来ない立場にいるのは不本意だ。

「……睨まれても困るんだけど」

アスカの視線に気付いているシンジは苦笑いしながらお茶を飲んでいる。

「まあ、此処から出て、援護したいって言うのはありがたいけど……それじゃダメなんだ」
「なんでよ!? リンが危ない目に遭うかもしれないのに!!」

リンの手助けをしたいと思うのに、シンジは邪魔をするのが納得出来ずに爆発する。

「……生きてる上で、どうしても避けられない戦いがあるんだよ。
 僕はその時に逃げたから……後悔しているし、あの子には立ち向かえる強さを持って欲しいのさ」

アスカを見ずに虚空を見つめている雰囲気でシンジが呟く。
シンジの目にはアスカが映っているが……シンジにはアスカの姿が心まで届いていない気がして、アスカは後ずさる。

「…………まだ気にしているわけ?」

サードインパクトの事を引き摺っているんだとアスカは思い……後ろめたい気持ちがあった。
アスカの役目はシンジを追い詰める事だとリツコから聞いた。
エヴァに拘るように心理操作を行い、後から選出されたチルドレンに追い詰められて、そのチルドレンを憎むように導く役割。
寄り代たるシンジを孤立させる事で欠けた心を求めるように動かす……気分のいい話ではなかった。

「忘れられれば良かったんだけどね……」
「……そっか」

見た目は二十代後半くらいのシンジだが、中身は千年もの時を生きてきたヒトなのだ。
しかも、エリィと出会うまでは独り……世界に取り残されていた。
絶対的な孤独というものを強制的に押し付けられた結果が今のシンジだった。

「一つ聞いていい?」
「何、アスカ?」
「アンタにとって……リンは?」

アスカはどうしても聞きたくなった事を問うてみた。
とても大事に育ててきたのに……今回の一件ではどこか突き放した感があるので不思議に思うのだ。
リンが望んでいたとしても、今回のような危険な事を放置するのは不味いような気がする。

「今回の件だけど、シンジなら湖に入って即座に排除できるでしょう……違わないかしら?」
「……出来るよ」
「だったら! 「だけど、それをすれば……あの子の思いを踏み躙るんだよ」……それは……」

リンが戦うと決めて、ここまでやってきたのは承知していし、シンジが娘の意見を優先しているのも理解出来る。

「まあ、そう簡単に死ぬような事はなくなったけど……絶対じゃない。
 もしもの時に僕に依存したままじゃダメなんだよ」

依存という言葉をはっきりと口に出してシンジが告げる。
父親に頼るだけの娘にはなって欲しくないとシンジは告げ、一切の手出しは厳禁とアスカに言う。

「本当の戦いってね……誰かが手を差し伸べてくれるような甘いものじゃないんだよ」
「……そうね。シンジの言う通りだけど、リンは私の友人なのよ
 だから本当にやばいと思ったら動くわよ」
「ありがとう、アスカ」

不本意だと言いながらもアスカはギリギリまでシンジの言葉に従うと決めた。

「でも」
「何よ?」
「キョウコさんの許可がないと弐号機は動かせないけど?」
「……あ」

シンジの指摘にアスカはキョトンとした顔になって固まっている。

「あらあら、どうしましょう。アスカちゃんのために一肌脱ぐ必要があるのかしら」
「マ、ママはアタシの味方よね?」
「う〜〜ん。シンちゃん、カッコイイから断り難いのよね」
「う、嘘よね!? マ、ママはアタシを裏切るの!?」

キョウコのミーハーな言葉にアスカは大いに頭を抱えていた。
シンジは自分にとばっちりが来ない限り、このコントを見ておこうかと考えていた。
子供をからかう親とはこういうものかと感心してもいたのだ。
ウィンドウには新手の出現がないので、ケージへと帰還する初号機の姿が映っていた。



その頃、発令所ではリツコの指示にスタッフが忙しく動いている。

「整備班に各部のチェック。
 それと近接武器をいつでも射出出来る様に。
 都市部の被害報告は後回しで、今は初号機にメンテナンスを最優先で!」

矢継ぎ早に告げられていく指示に技術部スタッフは機敏に反応して行動している。

「それと零号機に凍結解除の準備を!
 これからは総力戦になるわよ」

エヴァの複製品が出て来た時点で数による侵攻も視野に入れろとリツコは指示を飛ばす。

「日向君、さっさと次の戦闘の予測を始めなさい!」
「え? は、はい!」

マコトは慌てて作戦部に一対多を想定した作戦を立案するように指示を出していた。


「良いのか……指示を出さなくて?」
「好きにさせておけ。勝てば問題はない」

どこか投げ遣りの様子のゲンドウに冬月は苦言を呈す。

「そういうわけにも行くまい。お前が此処の最高責任者なんだぞ。
 せめて凍結解除の要請くらいは出しておけ」

今更だとは思うが、体裁だけでも整える必要があると冬月は思う。
おそらくスタッフのゲンドウに対する信頼や信用は殆んどないと判断していた。

(嫌われ者が完全に嫌われたと言ったところか……私も同じだろうがな)

元々ゲンドウを好意的に見ている人物は居ないし、司令だから従っているだけなのだ。
それも使徒戦が始まってからは……機密保持の為に黙っていた事が次々と暴露されて、スタッフの不信感が如実に顕在化している。
今まで強引に進めてきた部分の所為で反感を買っていても何も対処しようとしなかった点もあった。
人の思いなど平気で踏み躙ってきた部分が着実にこの男の逆風になっている。
崖っぷちに立たされていると分かっていても未だに改めようとしないので、スタッフの感情は加速度的にマイナス方向に向かっていた。

(葛城君も嫌われいるが……こいつほどではないだろうな)

ミサトを好意的に思っているスタッフは少ないと冬月は考える。

(彼女もこの男に何処か似ているからな)

世界を救うという行為を隠れ蓑にして、自身の復讐を行おうとするのは同じだと思う。

(まあ、私も人の事は言えんがな)

冬月自身も世界を救うためと謳いながら……実際はもう一度彼女に逢いたいだけなのだ。
その結果が如何なる結末になるかと知りながら……歩みを止める事も出来ずに協力している。

(こういう姑息な事をしている限り……救いはないが今更後戻りも出来んか)

あの日、この男の行う事に興味を感じて……人の道を外れた。
その選択は間違いだったのではないかと思ったが、頭を振ってその考えを振り払う。

(今の私をユイ君が見たら……罵るかも知れんが、もはや引き返せんのだ)

冬月の目に映るゲンドウの背中は酷く小さく見える。
こんなふうに感じること自体……この男の魅力が薄れていると気付いていない。
自身の立つ位置を見失いそうになっている冬月だった。



ケージでは初号機のチェックに整備スタッフが大忙しで動き回っている。
第二ラウンドが始まる前にメンテナンスを終えて、万全の状態で発進させたい……そんな思いでスタッフは整備を行っていた。

「リンちゃん、違和感やおかしな所はなかったか?」
「特になかった」

S2機関を動かしての機動は正直どんなものか分からないし……何が起きるか分からない。
一部スタッフはS2機関の搭載は知っていても実際に起動する事はないだろうとリツコから聞いていた。
しかし、零号機に続いて、弐号機も凍結処分を受けた以上……初号機に任せるしかない。
第十二使徒の虚数空間に飛び込んだ際に起動させたんだろうと予想しているが、リンに文句を言う気はなかった。

「S2機関を起動させたから、生体部品の自己修復スピードは格段に上がると思う」
「そっか、少しは楽になると良いな」

口頭で違和感がないか聞いていたスタッフは複雑な表情でリンの説明を聞いていた。
負担は軽くなるかもしれないが、その分……自分達の制御を離れる可能性も上がるかもしれない。
もし、そんな事態になれば、非常に不味い。人が制御出来るからエヴァは決戦兵器として認識されている。
しかし、制御を離れるという事は使徒化するという事に他ならない。
リツコからの説明では初号機は他のエヴァとは一線を画しているのも承知しているし、リンがその機能を完全に解放出来るわけも薄々気付いている。
……同じ使徒同士だからこそだと判っていても、その選択肢をネルフは取らざるを得ない。
遺伝子配列の研究を行っていた部署が言うには使徒と人類の構成配列は99.89%まで同じものだと報告されている。
聡い者はこの報告を聞いて一つの結論に達し……ある疑問を抱えて悩んでいる。


即ち、人類はもしかしたら使徒に類似した存在、もしくは……使徒ではないのかと。


人間サイズの使徒らしい存在は既に目の前の少女――リン――がいる。
エヴァが人と使徒の細胞から生まれたハイブリットである以上、今までのネルフが行ってきた説明は不審な点が多過ぎた。
司令である碇ゲンドウはその点について……沈黙して、何も語らない。
表立って、何も言っていないが技術部ではネルフ司令碇ゲンドウとその上位組織の人類補完委員会が信用出来ないとの結論に到達している。
伊吹マヤはダミープラグ開発に若干携わっていたのでネルフの暗部を多少知っている。
今は目を逸らすという逃避行動している為に、自分の立場の危うさに気付いていないが……。

「……口でしか言えないけど、信用してくれたらちゃんと応えるわよ」

このリンの一言にその場にいた技術部のスタッフは手を止めて……硬直している。

「私はサードインパクトを望んでいないし、阻止する為に此処に居るんだから」

真っ直ぐに怖れる事なくスタッフ全員の視線を受け止めて、リンは真摯に語りかける。

「お父さんも、お母さんもただ静かに暮らしたいから……今、自分に出来る事を精一杯しているの。
 私が戦うのは、私を信じてくれた人の為だけよ」

硬直していた身体を解すように一息吐いてから、技術部スタッフは何も言わずに今の自分に出来る事を行っている。
それは、目の前に居るリンを信じていると口で言うのが恥ずかしいので……言葉ではなく、行動で示すように。

「……ありがと」

自分を信じていると行動で語る人達に、リンは嬉しそうに微笑んでいた。



発令所ではリツコが複雑な表情で考え込んでいる。

「零号機の凍結解除を申請したいわね。
 日向君、作戦部と技術部の合同の上申書を司令に出しても良いかしら?」
「……上申書ですか?」

第二ラウンドに備えて、兵装ビルのチェックを行っていたマコトは気難しい顔で聞いている。
ミサトや自分の事をボロクソに話すリンの援護など……正直、気が進まない。

「そうよ。まあ、ミサトを嫌っているリンの手助けなど冗談じゃないかもしれないけど……そういう状況じゃないでしょ?」
「そ、そういうわけでは……」

リツコの指摘が今の自分の心境をはっきりと当て、更にサードインパクトの危機でもあると告げている。
個人の私情をこの場に持ち込むな、という少々棘を含んだリツコの声にマコトは顔を俯かせていた。

「大体ミサトの方がリンを嫌っているのを隠さずに自分の言うままに従わせようとするのが悪いわよ。
 信頼ってお互いの胸の内を話しあって一から築き上げるものなのに、頭ごなしに従えじゃ……誰もついてこないわ」

呆れた感情を含んで告げるリツコの意見に耳を傾けていたスタッフは納得している。
ミサトが使徒を憎んでいるのは何となく判っているので、その悪感情をリンに向けるのも仕方がないかもしれない。
だが、謂れなき悪感情を向けられるリンにすれば堪ったものじゃない。

「リンとの関係を悪化させているのはミサト自身なのに改善しようとしないのは……無様としか言い様がないわね。
 本来、二人の関係が悪いようなら、原因のミサトに注意するのが日向君の仕事なのよ」
「そ、それは……そうですけど」

歯切れの悪い声でマコトはリツコの発言の内容を噛み締めている。
作戦部長の副官である以上、チルドレンの部長の間に入って円滑に進められるように手配しなければならないと言われた。

「ミサトって、ああ見えて意外と幼いのよ。
 自分の思うようにならないと癇癪を起こしたりするの」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、上手く行っている時は良いけど……今回みたいにミサトの思うように進んでいない時は空回りしかねないの」

ミサトの精神面が幼いのはセカンドインパクトの後の失語症が原因だとリツコは睨んでいる。
多感な時期に人との付き合い方を学べずにいたのが要因の一つだと思っている。
そして、ネルフに入ってから使徒を倒す事に夢中になって訓練漬けも人付き合いから遠退いた一因だ。
挫折を知らずに出世街道を突き進んできた……しかも、シナリオ通りに支援されて。

(まあ、ミサトほどじゃないけど……順調だったわけでもないわね)

挫折とまでは行かないが、母親の後塵を拝してきた感があるリツコだ。
順風だった事などそうはないし、常に赤木ナオコの娘だから出来て当然と思われる事など日常茶飯事だった。
ミサトとリツコの違いは結果を出してきたか、どうかの一点に絞られる。
リツコは赤木ナオコの娘という眼鏡越しの発言が我慢ならないので結果を出す事で払拭しようと頑張ってきた。
ミサトも頑張っていない事もないが……ゼーレのシナリオに不可欠な人物として作戦部長に抜擢される事は決まっていただけ。
実際にミサトより上位の成績の人物は居たが、所詮出来レースに過ぎずにミサトが選ばれる事は最初から判っていたのだ。

(使徒戦で結果を出していれば、良かったんだけど、現場の意見を聞かない以上……ダメよね)

自身の手で倒せないのなら、自分の指揮で倒すという屈折した感情で動いている。
作戦をきちんと立案しているわけじゃなく、ただチルドレンに命令して……大局を見ていない。
子供に危ない橋を渡らせているのに労いやら、感謝の言葉も少ない。
これでは人心を把握出来るわけもないとリツコは思う。
本部に配属されてから、ファーストチルドレンのレイとコミュニケーションを取る時間はあったのに取らない。
実験中の事故で入院していたからと言う理由もあるかもしれないが、例え司令の管轄と言えど、自分の駒になるのならどんな子か調べるだけでも役に立つのに行 わない。
アスカとはドイツにいた時の友人みたいな存在かもしれないが、それだけで言う事を聞かせられるほど戦争は甘くない。
そりゃあ順調に行っていれば、ギクシャクせずになあなあで済ませられるかもしれない。
シンジ君に関しても、何も知らずに、ただ言う事を聞いていれば上手く行くと考えていた頃なら大丈夫かもしれないが……現実は厳しかったのだ。
ネルフの裏を全部知っている三人が操り人形になる筈がないし、命令に従っていれば良いのなどと高圧的に叫ぶミサトを信用するわけがない。
父親であるシンジから全部聞かされていたリンならば、尚更通用するわけもなく……衝突は必至だ。
エヴァとシンクロ出来ないミサトが自身の願いを果たすには三人と上手く付き合って行かねばならないのに、感情的になって命令する。
信頼関係を作れば、協力したらしいが自分から放棄した以上……どうにもならない。

(副官なのにフォローというか、諫言しなかったのは痛恨のミスよ、日向君。
 まあ、それもシナリオ通りかもしれないけど)

イエスマンばかりを作戦部に所属させていたのも事実だし、ネルフ本部全体がそういう人物で固められているのもゲンドウも対人恐怖症の結果だ。自分の指示だ けを忠実に守るような人間を集めてきたので……仕事に疑問を持たなかっただけだ。
……尤も技術部だけはイエスマンばかりではないが。
リツコがゲンドウ側ではなく、シンジ側に付いた事で情報開示を僅かずつ進めている成果が出て来たのだ。
一概に使徒が悪いとは思わなくなっているし、セカンドインパクト自体が何かおかしいと考え始めていた。


「反応増大!」
「先輩! 湖の色が元に戻ってきました」

シゲルの報告にマヤがキーボードを操作して正面のスクリーンに状況を映し出す。
赤い湖の色がLCLからただの水に変わり始め、空の色を反射している。
それを見たリツコは使徒本体が情報収集を終えて、いよいよコアを内蔵して実体化の後……侵攻を開始したと判断する。

「日向君、第二ラウンドよ」
「は、はい」

スクリーンには初号機を模した使徒を先頭に弐号機、零号機の姿があった。
初号機はリンが使っていたソード系と同程度の物を掴み、弐号機もアスカが得意とする槍系の武器を持ち、零号機もまたポジトロンライフルを装備して湖から水 上都市部へと向かっている。
更に使徒として認定された参号機の姿も本来のエヴァンゲリオンの姿で出現する。パレットライフルにパレットガンに似た銃器を装備していた。
……数の暴力、番外使徒マカティエルの選択した戦闘の最終局面が始まろうとしていた。

「零号機も出します」
「え? しかし?」
「始末書なら後で書くし、委員会の呼び出しにも出るわ……文句があるの?」

リツコが自分が責任を取ると明言し、マコトを睨む。

「い、いえ……」
「なら、発進させなさい」

最上段の二人を無視するようにリツコが告げる。
はっきり言って命令違反なのだが……状況が状況なだけに拒否できないし、上の二人……特に冬月が何も言わずに黙認しているようにも見えた。

「一対四と二対四……勝率はどちらが高いかしら?」
「……初号機、零号機発進」

逡巡しながらもマコトはリツコの圧力に負けて、零号機の発進を許可した。



発進手続きを終えた零号機が射出されるのを見ながら冬月が問う。

「良いんだな?」
「……まず勝つ事を優先する」
「そうだな」

この地にアダムがある以上、敗北は許されないのだ。
勝手に凍結を解除するのは今の状況では致命的になりかねないが……自分達以外のインパクトなどさせるわけには行かない。

「まあ、複数の敵に対しては許可を頂いているから大丈夫だと思うが……」
「…………」

希望的観測みたいな事を話す冬月だが、一応の許可が出ているのも事実なのだ。

「老人達も状況は判っていると良いのだがな」
「ああ」
「お前がきちんと説明していたら……もう少しマシだったかもしれんぞ」

この男の説明不足が全ての原因だと冬月はゲンドウの背を睨みながら話す。
冷ややかな目で睨まれていると知っているくせに全然反応がなく……無視するゲンドウに冬月は酷く疲れた気持ちにさせられていた。




『アスカが居ないには残念だけど……』
『大丈夫。リンは私が守るわ』

通信機越しに二人の会話を聞いている発令所のスタッフは不利な状況でも諦める事のない姿勢にホッとしている。
リンが乗る初号機が前衛、レイが乗る零号機が後衛としてフォーメーションを組んでいる。
対する使徒側も初号機もどき、弐号機もどきが前衛、零号機もどきが後衛。そして参号機もどきが中間に立っている。

『2−1−1みたいだね』
『そうね』
『本体はどれだと思う?』
『……初号機だと思うわ』

二人の会話は無駄がないし、動きも淀みなく最適に行動している。

『一直線に並べば串刺しなんだけど……失敗した』

相手を直線状に誘い込もうとするエヴァ二機に四体の使徒は牽制の攻撃を行って妨害している。

『弱音を吐くなんて、リンらしくないわ』
『弱音じゃないよ。さっさと終わらせたいだけ。
 お姉ちゃんが来るまでは、私一人で指示もいい加減で子供に任せっきり』

リンはウンザリした顔で攻防を繰り返している。
聞いているスタッフもマコトの指揮には今ひとつ信用していない。
ネルフが開発したポジトロンライフルより高性能の砲撃の着弾位置を予想したかのようにギリギリで回避し、自身の分身みたいな初号機もどきと弐号機もどきの コンビネーションを避ける。
レイが乗る零号機は肉迫する参号機を牽制しながらパレットライフルとポジトロンライフルで自分の分身みたいな零号機もどきを虎視眈々と狙っている。

『フィールドコーティング……セット』

レイの声と同時にATフィールドでコーティングされたパレットライフルの弾頭が参号機もどきのATフィールドをまるで紙の様に簡単に撃ち抜いて片腕を貫通 して弾き落とす。

『さっすが♪』
『油断は禁物』

レイはリンの褒める声に嬉しげに答えながら注意を促す。
その言葉通り参号機もどきは咆哮して……口から熱光線を照射する。

『加粒子砲か……選択ミスだね。砲撃に徹するなら第五使徒を模倣したやつを最初から出せば良いのに』

エヴァに拘った所為で参号機もどきの扱いがおかしいとリンが述べる。
パレットライフル、パレットガン共に牽制には役立つが攻撃力という点ではやや足りないと判断していた。

『前衛に第七使徒と第十四使徒。そして中衛に第四使徒で後衛に第五使徒。これがベストだと思うな』
「そうね。第三使徒は防御が不安だし……番外使徒でも良いわ」

水中適応した第六使徒、マグマの海に適応した第八使徒では陸上でも行動できるが、リツコには汎用性に問題があるように思えた。
第九使徒は動きが重そうに見えたし、強酸性の体液による攻撃だけでは攻撃力に不安がある。
爆弾みたいに特化した第十使徒は使い方が限定される気もするし、第十一使徒も寄生型である以上……基となる存在は必要だ。
第十二使徒も相手を虚数空間に放り込むだけでは扱いに困る気もするし……あれの使い方は既に決まっている。
……○次元ポケット――私の壮大な野望?を叶える為にあるとリツコは確信している。
未来のネコ型ロボットをこの手で作り上げるか……それ以上の存在になってみせるとリツコは決意していた。

「ふ、ふふ…………ホ―――ッホッホッホッ!! 私の野望は誰にも止めさせないわ!!」

発令所に怪気炎を纏ったリツコの高笑いが響き渡る。

「……せ、先輩? そ、そんなに苦しかったんですか?」
「ストレスだよ……少し休めば大丈夫さ、マヤちゃん」
「そ、そうですね。せ、先輩はそんな弱い人じゃないですよね?」

リツコの壊れ具合を心配するマヤをシゲルがフォローしている。

「明らかに仕事を押し付けた所為じゃないかね?」
「……そうだな」

ヤバイ方向に進んでいるように見えて戦々恐々と言った雰囲気で冬月がゲンドウに話している。

「まあ……最初の犠牲者はお前だし、それで解決するなら問題ないな」
「……問題ありだ。冬月……俺を見捨てる気か?」
「……とばっちりはゴメンだからな」

冬月とゲンドウの関係に罅が入ったかもしれなかった。



初号機のエントリープラグの中でリンは次の一手から始まる詰めを考えている。

(もし第七使徒……ラファお姉ちゃんの力を持っていたら厄介よね)
《だろうね。四つまとめて倒すのは面倒だよ》

もしも第七使徒同様に全てがオリジナルであり、コピーでもある存在ならば同時に撃破しなければならない。
そうなると手段は限られてくるので、リンは頼りになるパートナーに確認してみる。

(圧縮系の技で始末するとして……広域のフォローって出来る?)
《この街を完全に破壊しても良いなら……》

街全体を囲い込んで、一気に圧し潰していく方法なら可能だとルインが告げる。

(それはダメだよ……再建に予算を使うなんて無駄遣いだから)
《……世知辛いね》

既にかなりの被害が出ている処でトドメを刺す形になるのは……ちょっと嫌みたいだ。
ネルフの立場上再建しなければならないし、では予算を何処から出すかは決まっている。国連へと送られた世界の住民の善意で集まった資金に手を付けるのは後 ろめたいのだ。

(爺様方が出すわけないし……ヒゲも出さない。善意から出た資金を悪意で使われると困るのよね)
《まあね》

結局、ゼーレの強引なゴリ押しでファントムの採用は今回は見送られて、量産機の作製に入った。
しかし、前回の時の様に九機分の予算は捻出できないように加盟国全てに根回しして妨害工作を成功させた。
結果、ゼーレの老人達は足りない分は自分達で補わなければならない事になった。
どうしても必要なら自腹を切れ、と人類補完委員会に各国が通達した。
ファントムの量産のほうが数を揃える事が出来るし、パイロットの選出にも不透明な点もない。
それを考慮せずに量産機を生産するとゴリ押しする連中に付き合う気もないし、懐を肥えさすのは絶対に嫌だった。
この背景にはマルドゥック機関を使った委員会の横領疑惑が国連内で囁かれていたからだ。
監査させるなら出しても良いと国連総会で決議されたが、内部監査に入られるのは不味いので委員会の執り成しで回避された。
ゼーレは知らないが、ネルフの裏情報は頭を潰されて混乱気味のアメリカ、ロシアを中心に少しずつ流出している。
他の国でもゼーレ狩りは始まり、諜報活動より守りに入らざるを得ない状態だった。

(精々自分達の財布の紐を緩めて、搾取してきた物を吐き出せばいいわよ)

連携して襲い掛かってくるエヴァもどきの猛攻を回避しながら、

「お姉ちゃん、此処に誘い込むわ?」
『……了解』

レイに誘導ポイントを提示して徐々に後退するリンの初号機。
そして、協力しているレイの零号機も砲撃しながら後退する。

『第七使徒とは違うみたいね』
「そうだね。各個撃破も可能ってことか」

相手のダメージを分析して、同一個体だけど……互いに補完する形ではないと判断する。

『リン、半分は私が牽制するわ』
「お願い」

レイが後方で支援している二体を牽制するかのように射撃を敢行する。

『予備のライフルを射出して……銃身が焼き尽くまで撃ち続けるわ』

宣言通りにレイは零号機もどきに対して射撃を更に激しく撃っている。

『あなた……目障り』

完全に怒りの矛先を自分の分身である零号機を真似た零号機もどきに向けていた。

『もう終わり……次は何処?』

パレットライフルが弾切れになり、次のライフルの射出場所を画面の表示を見ながら探していた。
ちなみにポジトロンライフルはエヴァのアンビリカルケーブルを利用しているので電力切れはなく……文字通り銃身が焼け尽くまで撃つ心算みたいだった。


「……相当怒ってますね」
「……みたいね」

無表情な状態で黙々と攻撃しているレイに発令所のマヤとリツコはやれやれと言った様子で見つめていた。

「パレットライフルの弾をATフィールドでコーティングして撃ち出すなんて」

レイの攻撃方法を感心するべきか、脅威と思うべきか、マヤは判断に苦しんでいる。
フルオートで攻撃せずに三点射撃で着実に使徒の身体を削っている。
相手側もATフィールドを展開して防御しているのに、レイの攻撃は平気で防壁を貫いていた。
参号機もどきが零号機もどきを援護するようにパレットライフルとパレットガンをレイの乗る零号機に発砲するが、

『無駄』

展開しているATフィールドの防壁に全弾……弾かれていた。

『あなたは次……邪魔しないで』

ちょうど弾切れになったパレットライフルを握りなおして、参号機もどきに……投擲する。
音速を優に超えていそうな速度で激突して、トラックやダンプカーに弾き飛ばされたように宙に舞っていた。
そして銃身が焼き尽いたポジトロンライフルをパージしてパレットライフルとパレットガンを握って、銃弾を浴び続けて瀕死の状態の零号機もどきに蹴りを入れ て地面に蹴り倒していた。

『もう……お終い』

宣言通りにパレットガンの連射で頭を吹き飛ばし、フルオートに設定したパレットライフルを胸部を中心に撃ち続けた。

「……エグイわね」
「本当に怒っていますね、レイちゃん」

マジギレだとスタッフ一同が実感している。
容赦のない攻撃を受け続け、反射運動なのか……時折身体を震わせている零号機もどきに憐れみを感じていた。






……彼女を決して怒らせてはいけないと、発令所のスタッフが決意していた。











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どうもEFFです。

オリジナルの使徒を出して話を書くのは大変です。
おかげでスピードが落ちる落ちるし(核爆)
レイちゃん……マジギレのまま次回に続きます。

それでは次回もサービス、サービス♪





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